弁護士法人ITJ法律事務所

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       主   文
一 中労委昭和六〇年(不再)第二四号事件について、被告が昭和六三年五月二五
日付でなした決定を取消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
 主文と同旨
二 本案前の答弁
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 岐阜県地方労働委員会は、申立人を全日本運輸一般労働組合中部地区生コン支
部(以下「組合」という。)、被申立人を原告及び松原鍛工株式会社とする不当労
働行為救済申立事件(岐労委昭和五七年(不)第一号事件)について、昭和六〇年
四月九日付で、別紙(一)記載の救済命令(以下「初審命令」という。)を発し
た。原告は同年六月一二日、初審命令を不服として被告に対して再審査の申立てを
したところ(中労委昭和六〇年(不再)第二四号事件)、被告は、昭和六三年五月
二五日付で、再審査申立てを却下するとの別紙(二)記載の決定(以下「本件決
定」という。)を発し、同決定書の写しは同年六月二五日に原告に交付された。
2 しかしながら、本件決定は法律判断を誤ったもので、違法であるから、その取
消しを求める。
二 被告の本案前の主張
 再審査被申立人である組合が、再審査申立て手続きにおいて再審査被申立人たる
地位を放棄したので、本件再審査申立てはその対象を失い、被告は、再審査申立人
の請求につき審査を継続する必要がなくなったため、労働委員会規則五六条一項に
よって準用される同規則三四条一項七号に則り本件決定をしたものであり、本件決
定によって初審命令は履行するに由なくなったから、本件訴えはその利益を欠き、
却下されるべきである。
三 被告の本審前の主張に対する原告の反論
 労働委員会の不当労働行為救済命令は、使用者に対して不当労働行為排除に必要
な一定の作為又は不作為を内容とする公法上の義務を課する処分であって、相手方
である労働組合又は労働者に何らかの権利を付与するものではないから、使用者が
救済命令によって負担する義務は、相手方である労働組合の履行を求める意思の存
否等によって消長を来たすものではない。したがって、本件で仮に組合に初審命令
の履行を求める意思がないとしても、それがために公法上の義務が消滅するもので
はない。また、本件で組合が初審命令の履行を求めない旨の上申書を被告に提出し
たからといって、組合はこれをいつでも撤回したうえ、労働委員会に対し初審命令
の実現を求めて公権力の発動を促すことも可能なのであるから、初審命令は履行す
るに由なくなったということはできない。よって、原告には本件決定の取消しを求
める法律上の利益がある。
四 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の主張は争う。
五 抗弁
 本件決定は、決定書中の理由記載のとおり労働組合法二五条、二七条、労働委員
会規則五六条一項によって準用される同規則三四条一項七号に基づき、適法になさ
れたもので、その判断に誤りはない。
六 抗弁に対する認否及び原告の主張
1 抗弁事実のうち、本件決定書理由中の「1初審申立て後の経過」及び「2再審
査申立て後の経過」に記載された事実は認めるが、「3当委員会の判断」について
は次のとおりその判断を誤ったもので、違法である。
2 初審の手続きにつき初審申立人が申立てを維持する意思を放棄したものと認め
られるとき労働委員会はその申立てを却下することができるとの労働委員会規則三
四条一項七号の規定は、同規則五六条一項によって再審査の手続きに準用されてい
るから、被告としては、再審査申立人が再審査申立てを維持する意思を放棄した場
合には再審査申立てを却下し、初審申立人が申立てを維持する意思を放棄した場合
には初審命令を取消して初審申立人の申立てを却下すべきである。
 ところで、本件において被告は、組合が初審命令の履行を求めず、被告における
審理への出頭もできない旨の上申書を提出したことをもって、組合が本件再審査被
申立人たる地位を放棄したものと認めて本件再審査申立てを却下したものである
が、再審査被申立人たる地位は、再審査申立人から当該再審査被申立人を名宛人と
する再審査申立てがなされることによって、受動的に取得されるものであって、再
審査被申立人の意思によってその地位を放棄することはできないものであるから、
組合の右上申書の提出は、組合において初審申立てを維持する意思を放棄する趣旨
でなされたものとみるべきである。したがって、被告は、初審申立人である組合に
おいて、初審申立てを維持する意思を放棄したものとして、初審命令を取消したう
え申立てを却下すべきであったのに、本件決定によって再審査申立てを却下して初
審命令を維持したものであるから、本件決定は、法令の適用を誤ったものというべ
きである。
第三 証拠(省略)
       理   由
一 請求原因1の事実及び被告が本件決定書理由中の「1初審申立ての後の経過」
「2再審査申立て後の経過」で認定した事実は当事者間に争いがなく、右事実によ
れば、本件初審申立てから再審査申立てを経て本件決定に至るまでの経過の概要
は、次のとおりである。
1 全日本運輸一般労働組合松栄運輸支部(以下「松栄運輸支部」という。)は、
昭和五七年八月二七日、原告及び松原鍛工株式会社を被申立人として、その組合員
八名を松原鍛工株式会社の製品運搬に就労させること、右製品運搬に就労させるま
での間の未払賃金相当額を支払うこと及び陳謝文の掲示をすることをそれぞれ求め
る不当労働行為救済申立てを岐阜県地方労働委員会に申立てたところ、同年一〇月
二四日松栄運輸支部は、全日本運輸一般労働組合尾張地域支部及び同組合中川地域
支部と合併して本件再審査被申立人である組合(全日本運輸一般労働組合中部地区
生コン支部)を結成し、組合が松栄運輸支部の本件初審申立人としての地位を承継
した。なお、右合併後松栄運輸支部は、全日本運輸一般労働組合中部生コン支部松
栄運輸分会(以下「松栄運輸分会」という。)と称した。
2 ところが、右組合員八名が同年八月二九日から昭和五九年四月二五日までの間
にいずれも原告を退職し又は組合を脱退したので、組合はその申立て救済内容を、
製品運搬への就労拒否による不利益取扱い及び組合に対する支配介入を禁止するこ
と並びに陳謝文の掲示をすることに変更し、右組合員八名の未払賃金相当額の支払
いを求める部分を取り下げた。
3 岐阜県地方労働委員会は、昭和六〇年四月九日付で、右変更後の申立てにつ
き、原告に対しては、組合員に対するトラック運送業務就労拒否による組合への支
配介入の禁止とこれに関する誓約文書の組合への交付を命じる救済命令(初審命
令)を発し、松原鍛工株式会社に対する申立ては却下する旨の決定を下した。
4 原告は、初審命令を不服として、同年六月一二日、その取消しを求めて再審査
を申立てたところ、組合が同年一一月二二日付で被告に対し、松栄運輸分会は組合
から脱退したので組合としては初審命令の履行を求めず、被告における審理への出
頭もできない旨の上申書を提出したので、被告は、組合が再審査被申立人たる地位
を放棄したものと認めて本件決定を下した。
二 被告の本案前の主張について
 右事実によれば、被告が本件決定により原告の再審査申立てを却下したことによ
って、被告がいかなる意思で本件決定をしたかにかかわりなく初審命令が現在存在
し、原告は公法上の義務として初審命令を履行すべき義務を課せられていることに
なるから、本件決定が違法であるとしてその取消し求める原告の訴えは、特段の事
由のない限り、その利益を有するものというべきである。
 しかして、右特段の事由に関し被告は、組合は初審命令の履行を求めず、再審査
被申立人たる地位を放棄しているから、原告が初審命令の履行を求められるおそれ
はなく、本件訴えはその利益を欠く旨主張する。しかしながら、原告の負う初審命
令の履行義務は公法上の義務であって、組合の意思いかんにより消長を来たす性質
のものではなく、初審命令が存在する以上、組合が消滅した場合等と異なり、原告
が右命令の履行を命ぜられる可能性を否定し去ることはできず、さらに本件におい
て他に初審命令の履行が客観的にみて不能となったり、右命令の内容が他の方法に
よって実現されてその目的が達成されるなど初審命令がその基礎を喪失し拘束力を
失うことを肯定するに足る特段の事由は存在しないから、原告は本件決定の取消し
を求めるための訴えの利益を有するものといわなければならない。
 よって、被告の本案前の主張は理由がない。
三 本件決定の違法性について
 当事者間に争いのない前記事実によると、被告は、組合において、松栄運輸分会
が組合から脱退したので組合としては初審命令の履行を求めず被告の審理にも出頭
できない旨の上申書を提出したことをもって、組合が本件再審査の被申立人たる地
位を放棄したものと認め、本件再審査申立てを却下したことが明らかである。しか
しながら、再審査被申立人たる地位は、自らの意思で取得するものではなく、再審
査申立てがなされることによって受動的に取得されるもので、自らの意思で放棄す
ることはできないものであるから、組合の前記上申書の提出は、組合において初審
申立てを維持する意思を放棄する趣旨でなされたものとみるべきである。そうする
と、被告は、労働委員会規則五六条一項により準用される同規則三四条一項七号、
四項に従い初審命令を取消し、初審申立人の申立てを却下すべきであったものとい
わなければならない。したがって、かかる措置をとらず再審査申立人である原告の
再審査申立てを却下した本件決定は違法であり、取消しを免れない。
四 よって、本件決定の取消しを求める原告の請求は理由があるからこれを認容す
ることとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用
して、主文のとおり判決する。
(裁判官 福井厚士 酒井正史 甲斐哲彦)
別表1~5及び命令書並びに決定書(省略)

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