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平成17年1月31日判決言渡 
平成15年(ワ) 第613号 損害賠償請求事件
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
  被告らは,連帯して,原告Aに対し,金1億5658万9580円,原告Bに
対し,金220万円及び上記各金員に対する平成12年4月5日から支払済みまで
年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,被告千葉県が設立,運営及び監督する病院において,慢性硬膜下血腫の
治療のための手術を受けたところ,その後,急性硬膜下血腫を併発し,いわゆる植
物状態となった患者とその妻が,その原因は,医師の過失ないし注意義務違反によ
るものであるとして,被告千葉県に対しては,不法行為ないし債務不履行に基づ
き,担当医師である被告Cに対しては,不法行為に基づき,損害の賠償を求めた事
案である。
1 争いのない事実等
(1) 当事者
 ア 被告千葉県は,千葉県救急医療センター(以下「被告病院」という。)を設
立,運営及び監督するものであり,被告Cは,被告病院に勤務する脳神経外科担当
の医師である。
 イ 原告A(昭和22年5月6日生。当時52歳。)は,平成12年4月3日,
被告病院に入院した者であり,原告Bは,原告Aの妻である。
(2) 診療経過
ア 原告Aは,平成12年4月3日(以下,特に断りのない限り,平成12年中の
出来事である。),救急車で搬送され,被告病院に入院した。
イ 被告Cは,同日,原告Aについて,両側慢性硬膜下血腫と診断した。
ウ 被告医師らは,同月4日,原告Aに対し,両側穿頭洗浄ドレナージ術(以下
「本件第1手術」という。)を施行し,穿刺針を使用して頭部両側にそれぞれドレ
ナージチューブを挿入し,これを留置した。
エ 被告医師は,同月5日午前11時30分ころ,原告Aに留置していたドレナー
ジチューブを抜去し,創部をそれぞれ一針で全層縫合した。
オ 原告Aは,同日午前11時45分ころ,意識を消失した。
カ 被告医師らは,原告Aを診察したところ,左側の頭蓋骨に開けた孔部,縫合部
より出血(以下「本件出血」という。)が認められたため,急性硬膜下血腫を疑
い,直ちにベッドサイドにおいて,開創血腫除去術(以下「本件第2手術」とい
う。)を施行した。
キ 被告医師らは,同日午後12時19分,頭部CT検査を施行し,同日午後1時
10分,開頭血腫除去,硬膜補填術(以下「本件第3手術」という。)を施行し
た。
(3) 原告Aは,その後も意識が回復せず,遷延性意識障害となり,現在に至る
までいわゆる植物状態であり,千葉県から第1級身体障害者と指定されている。
(甲7)
2 争点
  本件における争点は,①本件出血の原因,②本件出血の原因が縫合針による血
管損傷の場合における全層縫合をした際の手技上の過失の有無,③本件出血の原因
が穿刺針による血管損傷の場合における過失の有無,④ドレナージチューブ抜去後
の経過観察義務違反の有無,⑤本件第2手術及び本件第2手術後における過失の有
無,⑥損害額,の6点である。
3 争点に関する当事者の主張
 (1) 争点1(出血原因)について
  (原告らの主張)
  ア 本件出血の原因は,ドレナージチューブ抜去後わずか15分という短時間
のうちに原告Aが意識を喪失しており,かなりの大出血が生じていること,出血の
量ないし勢いからすれば,新たな損傷による出血と考えられ,皮膚層に近い皮下組
織には,浅側頭動脈分枝といった比較的太い動脈が通っていることなどからすれ
ば,ドレナージチューブ抜去後に行った皮膚縫合において,縫合針を操作する過程
で頭皮下の血管(動脈)を損傷したことによるものである。
  イ 被告が主張するように,ドレナージチューブ挿入時に皮膚の血管等を損傷
したものの,ドレナージチューブによる圧迫で止血されていたというのであれば,
ドレナージチューブを抜去した途端に,しかも,止血目的で全層縫合を施したにも
かかわらず,止血されていた箇所から本件のように相当量の出血が相当の勢いで発
生するとは考えにくい。
  ウ また,被告は,皮膚の細動脈が損傷されたことによる出血を本件の原因と
位置づけながら,皮膚の外部には出血は認められなかったと主張しているが,皮膚
の動脈からの出血であれば,皮下組織,骨,更に骨窓下といった皮膚より内部から
の抵抗は,皮膚より外部からの抵抗より大きいのであって,皮膚から出血した場合
には,まず外部に出血が認められるはずであり,被告の主張は,不自然である。
  (被告らの主張)
  ア 本件の出血原因は,両側穿頭洗浄ドレナージ術におけるドレナージチュー
ブ留置時に穿刺針によって皮膚(頭皮)ないし頭皮下の細動脈が切断されたことに
よるものであり,穿刺時の血管損傷は,ドレナージチューブにより圧迫止血されて
いたが,ドレナージチューブの抜去によって,切断部が解放され,動脈性の出血が
一気に骨窓下に及び,急性硬膜下血腫に発展したものである。
  イ 全層縫合がなされている状態では,出血は下方に向かって起きるのが自然
であり,必ず外部にも出血が起きるとは限らない。
  ウ 全層縫合は,そもそも創部の頭皮下の血管も同時に縛ることによってドレ
ナージチューブ導出部からの小出血を防ぐために行うものであり,その際に本件の
ような急激な出血が生じていたのであれば,処置の際に必ず視認できるものである
ところ,本件では,そのような出血は認められなかった。
 (2) 争点2(全層縫合をした際の手技上の過失の有無)について
  (原告らの主張)
  ア 医師が皮膚縫合をするにあたっては,全層縫合をする過程で皮膚や皮下組
織等骨に至るまでの各組織における血管(特に動脈)を損傷することのないように
十分に注意し,また,仮に損傷して出血した場合には,これを直ちに止血するなど
の措置をとるべき注意義務がある。
  イ 原告Aは,狭心症の治療のために服用していた薬の影響で出血傾向があ
り,高脂血症等の既往症により,健常者と比べて血管が脆弱であったのであり,か
つ,被告医師もこれを認識していたのであるから,特に血管を損傷しないように細
心の注意を払うべき高度な注意義務が課されていたというべきであり,皮膚縫合の
必要性についても検討すべきであった。
  ウ 本件においては,被告医師が上記注意義務を怠り,ドレナージチューブを
抜去して,漫然と皮膚縫合を行った結果,血管を損傷して急性硬膜下血腫を惹起し
たものであり,担当医師に過失が認められるとともに,これを監督・指導する立場
にある被告Cにも過失がある。
  (被告らの主張)
  ア 縫合針による皮膚や皮下組織のごく細い血管(動脈や静脈)が損傷される
ことの予見可能性は肯定されるが,縫合針によって皮膚を一針ずつ全層縫合するこ
とによって,浅側頭動脈等を損傷し,本件のような事態が引き起こされるというこ
とについては,過去の症例等に照らした立証がなされていないように,予見可能性
は存在しない。
  イ 本件のような急激な出血に関しては,血小板凝集能抑制剤の影響は,基本
的には考えられないし,高脂血症等により血管が脆弱であった可能性があるとして
も,本件結果との因果関係は認めることができず,被告医師らに原告らが主張する
ような高度な注意義務を課すことはできない。
  ウ したがって,被告医師には縫合針による手技上の過失は存しない。
 (3) 争点3(本件出血の原因が穿刺針による血管損傷の場合における過失の
有無)について
  (原告らの主張)
  ア 仮に,出血原因が被告らの主張するような機序によるものであるとして
も,ドレナージ術を施行するに際し,穿刺針を使用する場合には,血管を損傷しな
いように注意すべき義務がある。
  イ 本件事故の6年前である平成6年の時点で,穿刺針を使用したドレナージ
術において,ドレナージチューブ抜去後に急激な硬膜外血腫を発症した症例が報告
されていたのであるから,救急医療センターという被告病院に勤務する医師におい
ては,当然要求される知識であり,穿刺針を使用したドレナージ術において,同様
の事故が起こり得ることについて,予見可能性がないとはいえない。
  ウ ドレナージ術に際して,穿刺針を用いる施設が大勢であるとはいえないこ
と,ドレナージチューブ挿入のための穿刺針使用は,尖刃刀にて切開するのに比し
て,皮下組織損傷の危険性が高いこと,前記のとおり穿刺針を使用した事故例が既
に報告されていたことなどからすると,本件においては,危険性の高い穿刺針を用
いず,尖刃刀にて切開するなど他の方法をとるべき義務があったというべきであ
る。
  エ 本件出血原因が穿刺針による皮膚の動脈からの出血であるとすれば,被告
医師には,皮膚縫合における基本的手技である全層縫合を完全に行っていなかった
過失がある。
  (被告らの主張)
  ア 穿刺針の使用に際し,細動脈の部位を予知することは不可能であり,細動
脈の切断を意識的に避けようとしても避けられるものではないから,被告医師が穿
刺針により血管を損傷した点に過失はない。
  イ 被告病院においては,本件事故以前に本件のような穿刺針を原因とすると
思われる重篤な急性硬膜下血腫の経験はなく,本件事故当時(平成12年4月当
時),穿刺針を使用したドレナージ術に関しては,ドレナージチューブ抜去後の急
激な硬膜外血腫を発症した症例を報告した論文が一つあるにすぎず,被告病院で使
用している穿刺針を使用したポータブル吸引器の当時の使用説明書には,穿刺針に
よる血管損傷については,何ら警告がなされておらず,その後,平成14年作成の
ものに至って初めて,警告文が付されていること,平成12年9月,前記論文報告
者らによって,ドレナージチューブ抜去後の急激な硬膜外血腫を発症した症例につ
いて,その原因が推測され,改めて穿刺針の使用の危険性が提唱されるに至ったこ
となどからすれば,本件事故当時において,穿刺針による血管損傷とドレナージチ
ューブ抜去後の急激な硬膜下血腫を予見することは不可能であった。
  ウ 本件事故を回避するには,そもそもドレナージを行うべき症例を選択する
か,あるいは,穿刺針を使用しない方法でのドレナージを行うべきこととなるが,
被告病院でこれまで本件と類似事故の経験がなく,ドレナージを施行する場合,他
施設でも通常穿刺針を用いることが実態であったことを考慮すれば,平成12年4
月当時,被告病院にドレナージ術に際して穿刺針を使用してはならない義務が課さ
れていたとは到底いえない。
    なお,被告病院は,本件事故後,穿刺針による血管損傷とドレナージチュ
ーブ抜去後の急激な硬膜下血腫の可能性を認識し,穿刺針の使用を中止している。
 (4) 争点4(経過観察義務違反の有無)について
  (原告らの主張)
   原告Aには,狭心症の治療のために服用していた薬の影響で出血傾向があ
り,高脂血症等の既往症があったのであるから,被告医師には,ドレナージチュー
ブ抜去後,しばらく付添の上,経過観察するなどの注意義務があり,被告Cには,
経過観察の必要性等について指示するなど慎重な対応をすべき注意義務があったの
に,これを怠ったため,原告Aの急性硬膜下血腫の発見が遅れ,直ちに処置をとる
ことができなかったものである。
  (被告らの主張)
   ドレナージチューブ抜去後,原告Aが突然昏睡状態に至るまでの間,原告A
の状態に特に異常は認められておらず,原告Aは,被告看護師から渡されたタオル
で顔を拭き,そのタオルを被告看護師に手渡した直後に意識を失ったものであり,
被告看護師らがいかに注意深く観察していたとしても,本件結果の回避は不可能で
あった。
 (5) 争点5(本件第2手術及び本件第2手術後における過失の有無)につい

  (原告らの主張)
  ア 被告医師らには,本件のような相当量の出血が判明した時点で,出血点を
探し,止血をすべき義務があったのに,本件第2手術において出血点を見つけるこ
とができなかった過失がある。
  イ 被告医師らは,本件第2手術において,出血点を見つけられなかったので
あるから,直ちに手術室において,本格的な開頭手術(本件第3手術)に着手し,
出血点を探し,止血すべきであったのに,本件第2手術から本件第3手術に至る過
程でCT検査を施行して,時間を費消しており,この点において,被告医師らには
過失がある。
  (被告らの主張)
  ア 原告らの主張は,本件第2手術の後,出血が継続し,それによる血腫の増
大がさらに原告Aの予後を悪くしたことを前提とするものであるが,この前提自
体,何ら根拠がない。
  イ 本件第3手術の主たる目的は,頭蓋内減圧のための血腫の除去にあり,C
T検査の目的は,本件第3手術の前提として,脳内の残存血腫がどの部位にどの程
度存在するかを把握するためのものであるから,必ず実施しなければならない必要
不可欠な検査である。
 (6) 争点6(損害額)について
  (原告らの主張)
  ア 原告Aの損害 合計1億5658万9580円
   (ア) 逸失利益 8640万3571
(イ) 過去の介護料 367万2000円
 (ウ) 入院雑費 160万6500円
  (エ) 将来の介護料 1763万7509円
   (オ) 慰謝料
    a 後遺症慰謝料 2800万円
    b 入院慰謝料 460万円
   (カ) 弁護士費用 1467万円
  イ 原告Bの損害 合計220万円
   (ア) 慰謝料 200万円
   (イ) 弁護士費用 20万円
  (被告らの主張)
   争う。
第3 当裁判所の判断
1 認定事実
  後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
 (1) 原告Aは,4月3日,頭痛が続いていたことから,Dクリニックを受診
したところ,CT検査の結果,両側慢性硬膜下血腫と診断されたため,被告病院を
紹介され,救急車で被告病院に搬送された。(乙A1・2頁,23頁)
 (2) 被告Cは,同日,CT検査の結果から,原告Aについて,両側慢性硬膜
下血腫と診断し,両側穿頭洗浄ドレナージ術(本件第1手術)をする必要があると
判断したが,原告Aが狭心症治療のため抗血小板剤(プレタール,アスピリン)を
服用していたことから,手術の時期については,血小板凝集能検査の結果を待つも
のの,同月4日に本件第1手術を行う予定とした。(甲10・1頁,乙A1・23
頁,24頁,26頁,27頁,乙B3・2頁,原告B,被告C)
 (3) 被告Cは,同月4日,原告Aを診察し,軽い右上肢の麻痺,構音障害,
傾眠傾向を認めたため,出血傾向を評価したところ,出血時間の延長は認められな
かったことなどから,予定通り本件第1手術を行うこととした。(乙A1・27
頁,乙A4・41頁,被告C)
 (4) 被告医師らは,同日午後,原告Aに対し,全身麻酔の下,本件第1手術
を施行した。(乙A1・28頁,乙A7・2頁)
 (5) 本件第1手術は,E医師の執刀で行われ,被告Cは,本件第1手術を指
導・監督する立場にあった。(乙A7・2頁,乙B3・3頁)
 (6) E医師は,皮膚を切開して,頭蓋骨に約15ミリメートルの穴を開け,
硬膜を切開後,硬膜下に貯留している血液を排出し,生理食塩水で洗浄した。その
後,穿刺針を使用してドレナージチューブを硬膜下に挿入し,外板から5センチメ
ートル分留置して,頭蓋骨に開けた穴から2,3センチメートルほど離れた頭皮か
ら外に導出して固定した。なお,左側のドレナージチューブを挿入する際,頭蓋骨
の穴から皮膚導出部までの間の頭皮下からジワーとにじみ出るような出血が認めら
れたため,焼灼止血した。(乙A7・2頁ないし4頁,乙B3・3頁)
 (7) 被告Cは,同月5日,原告Aを診察したところ,経過は良好であり,構
音障害も改善され,CT上も血腫がほぼ消失していた。(乙A1・30頁,乙A1
2,乙B3・3頁)
 (8) F医師は,同日午前11時30分ころ,病室において,原告Aに留置し
ていたドレナージチューブを抜去し,それぞれ一針で全層縫合を行ったが,ドレナ
ージチューブを抜去した際にも,縫合針で全層縫合をした際にも出血は認められな
かった。(乙A1・30頁,31頁,乙B4,被告C)
 (9) 原告Aは,同日午前11時45分ころ,G看護師に対し,「ああ痛かっ
た。こんな痛い思いをしたのは初めてだよ。」などと会話をしていたが,G看護師
からタオルを受け取り,自分で額の周りを拭いた後,タオルをG看護師に手渡した
直後,意識を消失し,昏睡状態となった。G看護師は,異変を知らせるため,医師
及び看護師を呼んだところ,すぐに医師及び看護師らが駆けつけた。(乙A8,乙
B3,4,被告C・16頁,17頁)
 (10) 被告医師らは,原告Aを診察し,瞳孔不同を認めたため,呼吸・循環
を確保するために気管内挿管をした。そして,精査したところ,左側の頭蓋骨に開
けた孔部,縫合部より出血が認められたため,急性硬膜下血腫を疑い,直ちにベッ
ドサイドにおいて,開創血腫除去術(本件第2手術)を施行したところ,多量に動
脈性の出血が認められたため,再度ドレナージチューブを留置した。(乙A1・3
1頁,32頁,乙B3,4)
 (11) 被告医師らは,同日午後12時19分,原告Aの脳の状況を把握する
ため,頭部CT検査を施行したところ,多量の空気が認められ,急性硬膜下血腫と
診断した上,減圧のため,開頭血腫除去,硬膜補填術(本件第3手術)を施行する
こととした。(乙A1・31頁,乙A13,乙B3)
 (12) 被告医師らは,同日午後12時40分,原告Aを手術室に入室させ,
同日午後1時10分,本件第3手術を開始し,同日午後4時10分,終了した。な
お,本件第2手術においても,本件第3手術においても,頭蓋内からの出血は否定
されたものの,出血点の特定はできなかった。(乙A1・32頁,37頁,乙A
7・9頁ないし13頁,乙B3)
 (13) 原告Aは,四肢麻痺のまま,その後も意識が回復せず,遷延性意識障
害となったため,被告Cは,本件事故から7か月を経過した平成12年11月5日
を症状固定日として,原告Aについて,いわゆる「植物症」の状態であり,回復の
可能性はないと診断した。(乙A6)
2 争点1(出血原因)について
 (1) 本件出血の原因について,原告らは,ドレナージチューブ抜去後に行っ
た皮膚縫合において,縫合針を操作する過程で頭皮下の血管を損傷したことによる
ものであると主張し,被告らは,本件第1手術におけるドレナージチューブ留置時
に穿刺針によって皮膚ないし頭皮下の細動脈を切断したが,ドレナージチューブに
より圧迫止血されていたところ,ドレナージチューブの抜去によって,切断部が解
放され,動脈性の出血が生じたものであると主張するので,以下検討する。
 (2) 証拠(甲19,H証人・2頁,被告C・12頁)によれば,本件出血
は,頭皮下の浅側頭動脈分枝の損傷によるものであることが認められ,ドレナージ
チューブ抜去後,約15分の間に原告Aが意識喪失に至っていることからすれば,
その原因は,ドレナージチューブの抜去を誘因とするものか,縫合針の操作による
ものかのいずれかに限られる。そして,縫合針によって浅側頭動脈の分枝を損傷す
る可能性は相当程度認められること(被告C・10頁,11頁),原告Aが意識喪
失に至るまでの時間が短時間であり,相当量の血液が流出していることからすれ
ば,被告が主張するように止血されていた損傷部から再出血したというよりも,新
たな血管損傷が生じたと考える方が自然であること,ドレナージチューブ抜去の際
の手技が乱暴であれば格別(本件において,これを認めるに足りる証拠はな
い。),それまで19.5時間もの間,圧迫止血されていたものが,再出血すると
は一般的には考えにくいこと(甲19,証人H・4頁,17頁ないし20頁),文
献(乙B1)上の症例は,硬膜外血腫の症例であり,硬膜外ドレナージチューブを
使用しているものであり,本件で使用された硬膜下ドレナージチューブの方が,
軟らかいチューブであること(被告C・27頁)などからすれば,本件出血の原因
は,被告が主張する機序よりも,原告が主張する縫合針による血管損傷によるもの
である可能性が高いというべきである。
 (3) しかし,他方,被告が主張する穿刺針による血管損傷後のドレナージチ
ューブの抜去による再出血についても,文献(乙B1)での症例報告がなされてい
るように,その可能性について否定することはできないこと,穿刺針によって損傷
した血管が,ドレナージチューブの皮膚導出部より頭蓋骨に開けた孔部に近い部位
であれば,頭皮外に出血することなく,頭蓋骨に開けた孔部から硬膜下に流入する
という機序(被告C・14,15頁)もあながち否定することはできないこと,本
件第1手術の際に,頭皮下の動脈を損傷しており,当該部位からの再出血の可能性
も考えられること(乙A7),本件で使用されたドレナージチューブには側孔があ
り,側孔の接触による血栓剥離の可能性もあること,縫合針によって,血管損傷を
した場合には,一般的には,針穴から頭皮外に出血が生じるものであり,特に本件
のような急激な出血が生じていたならば,処置の際に視認できると考えられること
(乙B3,被告C・10,11頁)などからすれば,被告の主張する機序を否定す
ることまではできない。
 (4) そうすると,本件出血の原因については,縫合針による血管損傷の可能
性が高いというべきであるが,穿刺針よる血管損傷の可能性も否定できないので,
この点についてはひとまず措いて,双方の場合における被告医師の過失の有無(争
点2,3)を検討することとする。
3 争点2(全層縫合をした際の手技上の過失の有無)について
 (1) 本件出血の原因が縫合針による浅側頭動脈分枝の損傷であった場合につ
いて,原告らは,被告医師らには,全層縫合をする過程で皮膚や皮下組織等骨に至
るまでの各組織における血管を損傷することのないように十分に注意し,また,仮
に損傷して出血した場合には,これを直ちに止血するなどの措置をとるべき注意義
務あるのに,これを怠った過失があると主張するので,以下検討する。
 (2) 証拠(甲19,23)によれば,頭頂部においても,浅側頭動脈の分枝
が広範に走行していることが認められ,一般的には,縫合針によって頭頂部を縫合
する場合においては,縫合針による血管損傷を避けるべき義務ないし出血した場合
には,直ちに止血するなどの措置をとるべき義務があるというべきである。
   しかしながら,証拠(被告C・50頁)によれば,浅側頭動脈の位置につい
ては,外見からは判断することができないことが認められ,縫合針による血管の損
傷があったとしても,それ自体を過失ということはできず,むしろ,出血がみられ
た場合に,適切に止血することが重要であるといえるところ,上記認定事実によれ
ば,縫合時には,出血が認められなかったのであるから,本件においては,被告医
師に,縫合の際に過失があったということはできない。また,原告Aに,出血傾向
や高脂血症等の既往歴があることから通常人の場合より高度の注意義務が課されて
いたとしても,縫合時に出血が認められない以上,本件において過失を認めること
はできないし,ドレナージチューブ抜去時に出血を防止し,かつ,硬膜下の貯留液
の流出を防ぐ目的で,一針縫合をルーティンで行うこと自体は,一定の合理性があ
る手技であり,これをもって過失ということもできない(証人Hは,穿刺針を使用
した場合には,一針縫合をする必要性はない旨指摘するが,証人Hには,穿刺針を
使用した穿頭洗浄ドレナージ術の経験はなく,これを採用することはできな
い。)。
 (3) なお,証人Hの証言及び同人作成の意見書(甲19,以下「H意見書」
ということがある。)によれば,頭皮下の血管損傷に関しては,直接確認する方法
はなく,縫合針によって血管損傷があった場合でも,すぐに結紮してしまうので,
出血は見つけづらく,むしろ,後の経過観察の問題である(甲19・10丁,証人
H・21頁)というのであるから,これによっても,縫合針による血管損傷自体に
ついては,被告医師の過失を認めることはできない。
 (4) よって,争点2に関する原告らの主張は理由がない。
4 争点3(本件出血の原因が穿刺針による血管損傷の場合における過失の有無)
について
 (1) 本件出血の原因が穿刺針による浅側頭動脈の分枝の損傷であった場合に
ついても,原告らは,被告医師らは,当該機序を予見してこれを回避すべきであっ
たとして,被告医師らには過失がある旨主張するので,以下検討する。
 (2) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
  ア 兵庫県立姫路循環器病センター脳神経外科のI医師は,平成6年6月10
日発行の「脳神経外科速報6月号」において,「硬膜外ドレナージ抜去直後の急性
硬膜外血腫の防止-針先の鈍針化-」と題する報告において,硬膜外ドレナージ抜
去直後に急性硬膜外血腫を認めた症例を紹介した上で,その原因について,穿刺針
による小動脈の損傷とチューブの抜去により圧迫がとれたことによる出血と考えら
れた旨報告し,穿刺針の鈍針化を提案した。(乙B2)
  イ 兵庫県立姫路循環器病センター脳神経外科のJ医師らは,平成12年9月
20日発行の「脳神経外科ジャーナル第9巻第9号」において,「開頭術後の硬膜
外ドレナージは必要か?-チューブ抜去直後の硬膜外血腫発生予防のために-」と
題する報告において,硬膜外ドレナージ抜去後に硬膜外血腫を作る機序について,
ドレナージ留置時に穿刺針によって皮膚の細動脈が切断されるが,穿刺針はチュー
ブとほぼ同径となっているため,穿刺時の血管損傷がチューブで圧迫止血されてわ
かりにくい,しかしチューブ抜去により切断部が開放されると,動脈性の出血が頭
皮下のみならず一気に骨窓下に及び,急性硬膜外血腫に発展すると推測し,穿刺針
を用いたドレナージの危険性を報告した。(乙B1)
  ウ 被告病院においては,本件事故後,出血原因を検討した際に,上記文献
(乙B1)による報告例があることに鑑み,ドレナージチューブの留置について,
穿刺針の使用をやめ,他の方法に変更した。(乙B3,被告C)
 (3) 上記認定事実によれば,本件事故前には,平成6年に硬膜外ドレナージ
抜去直後の急性硬膜外血腫についての症例報告(乙B2)がなされていることが認
められるものの,これは簡単な報告に過ぎないこと,本件事故後に乙B1の報告が
なされていること,本件事故後の報告(乙B1)においても,アンケートの結果か
らすると,合併症の経験のない施設では,合併症自体に対するリアリティが乏し
く,経験のない施設にこそ,その可能性を理解し未然に回避する手段を講じる必要
性があると指摘されているように,一般的には,ドレナージチューブ留置時に穿刺
針によって皮膚ないし頭皮下の細動脈を切断し,ドレナージチューブにより圧迫止
血されていたところ,ドレナージチューブの抜去によって,切断部が解放され,動
脈性の出血が生じるという機序について,当該施術を行う医療機関にも,周知され
ていなかったと認められることなどからすれば,平成12年4月5日の本件事故当
時において,被告病院の医師において,上記のような機序を予見することは困難で
あったというべきであり,被告医師らがドレナージ術において穿刺針を使用した点
に過失を認めることはできない。
 (4) なお,原告らは,本件出血の機序が被告ら主張のようなものであったと
しても,被告医師には,ドレナージチューブ抜去後の全層縫合を完全に行わなかっ
た過失があると主張するが,上記認定事実によれば,縫合時に出血は認められなか
ったのであるから,全層縫合自体は完全に行われたものと認めることができるので
あって,上記原告らの主張は採用できない。
 (5) よって,争点3に関する原告らの主張は理由がない。
5 争点4(経過観察義務違反の有無)について
 (1) 上記認定事実によれば,原告Aは,4月5日午前11時30分ころ,ド
レナージチューブを抜去され,全層縫合後,同日午前11時45分ころ,突然意識
喪失したことが認められる。
   ところで,証拠(乙A8)中には,G看護師が,原告Aからタオルを受け取
った直後に原告Aが意識を喪失した旨のカルテ上の記載があるところ,これは,平
成12年11月8日,G看護師が原告Bと交わした会話を留めたものであり,本件
事故後,約7か月経過後のものではあるが,本件事故当時のカルテの記載も「1
1:45 突然coma(昏睡)」と記載されていること(乙A1・32頁),縫
合後,創部の消毒や縫合針等の片付けにある程度の時間を要することからすれば,
G看護師が,病室内に留まっていたことは,時間的経過からして不自然ではないこ
と,実際,G看護師は,F医師から原告Aの顔にイソジンが付いているからこれを
拭き取るよう指示を受けたことが認められること(乙B4),当該カルテ上の記載
について,その信用性を否定する事情は特に見当たらないことなどからすれば,上
記記載は十分信用することができる。
   そうすると,原告Aは,ドレナージチューブ抜去,全層縫合後,ほとんど看
護師が立ち会っていた中で,突然意識を喪失したものであって,原告Aの意識喪失
は,いわゆる経過観察を尽くしていたなかで生じたものというべきであり,被告医
師ないし被告看護師に過失を認めることはできない。
 (2) これに対し,原告らは,意識喪失に至るまでに,意識清明の状態から,
不穏・錯乱状態,傾眠傾向を経て昏睡に至るものであり,意識喪失の前段階を見落
としたものであって,経過観察を怠った過失があると主張する。
   確かに,意識喪失に至るまでには,不穏状態や意識混濁の状態を経るのが通
常であり(甲19,証人H),何らかの意識障害を窺わせる兆候がなかったとは言
い切れない。しかしながら,ドレナージチューブ抜去,全層縫合後,G看護師がタ
オルを取りに行ったわずかな時間を除いては,G看護師が,原告Aに付き添ってい
たものであり,原告Aの異変は時間的に短時間で起こっていることからしても,本
件においては,突然に,意識喪失状態に陥ったものであるといえ,いかに経過観察
をしていようが,原告Aが意識喪失に至るまで,その兆候を発見することは不可能
であったというべきである。
 (3) よって,争点4に関する原告らの主張は理由がない。
6 争点5(本件第2手術及び本件第2手術後における過失の有無)について
 (1) 原告らは,被告医師らには,本件第2手術において出血点を見つけるこ
とができなかった過失がある旨主張するが,本件第2手術は,速やかにベッドサイ
ドで行われたものであり,血腫の除去がされて減圧も効果的になされ,止血もなさ
れており,適切な処置であったといえること(乙A13,証人H・15頁,17
頁,被告C・19頁,20頁,45頁),H意見書によっても,本件第2手術につ
いては,緊急減圧手術であり,出血点の特定は困難であったと思われるが,減圧操
作の次は,出血点の確認,止血が必要であることは当然であり,直ちに,次の手術
操作に入るべきだろうとしており,本件第2手術自体については,特に問題とはし
ていないのであるから,この点について,被告医師らに過失を認めることはでき
ず,原告らの主張は理由がない。
 (2) さらに,原告らは,被告医師らは,本件第2手術において,出血点を見
つけられなかったのであるから,直ちに本件第3手術に着手し,出血点を探し,止
血すべきであったのに,本件第2手術から本件第3手術に至る過程にCT検査を施
行して,時間を費消した過失がある旨主張する。
   しかし,証拠(乙A13,被告C・19頁)によれば,本件第2手術によっ
て,血腫の除去がなされており,止血もなされていると認められ,緊急度として
は,CT検査をすることなく,本件第3手術を施行すべきとまではいえないこと,
H意見書は,本件第2手術後の処置について,適切でなかったとまではいいきれな
いが,より理想的にはCT撮影を省略して直ちに手術室へ移送すべきであったかも
しれないと指摘しているのであって,H医師の意見によっても,被告医師らに落ち
度があったと判断することはできないことなどからすると,被告医師らが,本件第
2手術後にCT検査を施行したことについて,過失があったということはできな
い。
 (3) よって,争点5に関する原告らの主張は理由がない。
7 以上からすれば,出血の原因がいずれであっても,被告C及び被告病院の医師
らに過失があるということはできず,被告千葉県についても,使用者責任ないし債
務不履行責任があるとは認められないのであって,原告らの請求は,その余の争点
について判断するまでもなく,いずれも理由がない。
第4 結論
 よって,原告らの本訴請求をいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき
民訴法61条,65条1項本文を適用して,主文のとおり判決する。
千葉地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官  小   磯   武   男
裁判官  見   米       正
裁判官  国  分  貴  之

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