弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人は無罪。
         理    由
 本件控訴の趣意は弁護人広谷陸男提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるか
らここにこれを引用し、これに対しつぎのように判断する。
 控訴趣意中事実誤認の主張について
 論旨は、原判決は、被告人が本件事故により被害者A、同Bの両名に原判示各傷
害を負わせた旨認定したが、右両名が本件事故により受傷した事実自体が疑問であ
り、かりに右受傷の事実があつたとしても、右は、本件事故との間に相当因果関係
を欠くのであるから、原判決には、明らかに判決に影響を及ぼすべき事実誤認があ
る、というのである。
 所論に対する判断の前提として、まず、被告人の運転する大型乗合自動車(以下
本件バスという)の本件事故当時の速度に関する原判決の認定の当否につき按ずる
に、(なお、所論も、右主張の中で、当時の本件バスの速度が時速五キロメートル
ないし一〇キロメートルであつた旨、この点につき原判決の事実誤認を指摘する趣
旨ともとれる主張をしている。)原判決挙示の証拠とくに原審証人Cの原審公判廷
における供述(以下、C証言という)および鑑定人Dの鑑定書および同人の原審公
判廷における供述(以下、両者を併せてD鑑定という)によれば、当時の本件バス
の速度を時速約一〇キロメートルとした原判決の認定は、あながちこれを首肯でき
ないことはない。しかしながら、右バスの当時の速度に関しては、右各証拠のほ
か、捜査当時より一貫して時速五キロメートルまたはそれ以下であつたとする被告
人の供述(検察官および司法警察員に対する各供述調書および原審公判廷における
供述)およびほぼこれに副ら趣旨の原審証人E(当時の追従車両の運転者)および
同F(事故の目撃者)の原審公判廷における各供述(以下、それぞれE証言、F証
言という)もあり、さらには、原審検証調書第五項および第六項には、「本件バス
に大人約二〇人を乗せて被告人が運転し事故現場先アスフアルト舗装道路において
「1」時速五キロメートル、「2」一〇キロメートル、「3」一五キロメートルの
三段階で急ブレーキをかけたところ、スリツプ痕の長さは、「1」の場合、二・三
五メートル、「2」の場合三・七〇メートル、「3」の場合前輪四・一〇メート
ル、後輪三・三二メートルであつた。当日の天候は晴ときどきくもりで、路面乾燥
であつた。」との趣旨の記載もあつて、この点に、本件事故の際本件バスが現場に
残したスリツプ痕の長さが一・三〇メートルであつたこと、右バスが再発進後完全
に停止するまでに進行した距離が、わずか五・九メートルであり、したがつて、発
進後被告人が急制動の措置をとるまでには、せいぜい三ないし四メートルの距離し
か進行していなかつたと認められること等の事実をも併せ総合して考察すれば、前
記C証言およびD証言にも拘らず、当時の本件バスの速度が、被告人の供述するよ
うに、時速約五キロメートル程度であつたのではないかとの合理的な疑いを容れる
余地があると認められる。(なお、原判決が主として依拠したD鑑定は、本件バス
に備え付けてあつたタコグラフの記載を基礎にしたもので、一応科学的根拠を有す
るかに見えるが、右鑑定には、原判決の援用する部分のほか、「本件タコグラフで
は、時速一三キロメートルか一五キロメートル以下では正確に出ない。J点では時
速五キロメートル位を示しているが、実際は、一五キロメートル以下ということは
わかるが、正確な速度はわからない。」とか、「本件タコグラフチヤートはスピー
ド記録線が蛇行しているので、解析は参考として報告する。タコグラフの点検、修
理等の処理が必要である。」等の部分があつて、必ずしもこれに全幅の信頼を措き
難いうらみがある。)そうだとすると、この点の疑問を看過して、当時のバスの速
度を時速約一〇キロメートルとした原判決は、この点において事実の認定を誤つた
ものというのほかない。
 そこで、この点を前提として、被害者両名の受傷の有無、および本件事故との因
果関係の有無につき、さらに審究する。まず、被害者Aについては、一応、原判決
の認定の趣旨に副う医師G作成の昭和四三年二月二〇日付Aに対する診断書(以
下、第二診断書という)があり、これに、証人Aの原審公判廷における供述および
同人の検察官に対する供述調書(以下、両者を併せてA証言という)等を総合すれ
ば、同人が本件事故により原判示傷害を負つたとの事実を認め得ないわけではな
い。しかしながら、右第二診断書にしても、その内容は、「病名、右上腕打撲、右
肩関節打撲、上記の疾病は交通事故に基づくものと考えられるが、頭初より通院加
療、初診当時右撓骨神経不全麻痺あるも約二〇日間の治療にて軽快・・・」という
ものであつて、右記載それ自体からは、約二〇日間の治療で軽快したのが、「右撓
骨神経不全麻痺」の傷害であるのか、「右肩上腕打撲、右肩関節打撲」の傷害であ
るのか、必ずしも明らかでないのであるが、いまこの点をしばらく措くとしても、
同女の受傷の事実については、なおつぎのような疑問の余地があつて、果たして同
女が、本件事故により、真実右診断書に記載されたような、刑法上の傷害にあたる
ことの明らかな傷害を負つたとの点については、合理的な疑いをさしはさむ余地の
ないまでの心証を惹起するに到らない。すなわち、1本件事故の翌日同女を診察し
た医師Gの同女に対する昭和四二年九月二日付診断書(以下、第一診断書という)
の記載は、「病名、右上腕打撲兼右撓骨神経不全麻痺、上記の疾病により向後一カ
月間加療を要す」というのであつて、前記第二診断書にある右肩関節打撲の病名の
記載がなく、他方、本件公訴事実に主張されていない撓骨神経不全麻痺の記載があ
る。また、原審証人Hの原審公判廷における供述(以下、H証言という)によれ
ば、右第一診断書の作成された二日後である同年九月四日に同女を診察したI病院
医師J作成のカルテには、右二通の診断書に共通する「右上腕打撲」および「右撓
骨神経不全麻痺」の病名の記載はおろか、第二診断書の「右肩関節打撲」なる記載
に相当するものもなく、たんに、「九月一日バスに乗つて前胸部を打撲した。一般
状態良好。左鎖骨部軽度圧あり・・・」との記載があるのみであること、さらに、
同月六日に同女を診察した同病院医師K作成のカルテには、「胸部痛。食欲正常、
右第二助軟骨圧痛」という、これまた右各診断書およびカルテともくいちがう所見
の記載されている事実が認められる。このように、本件においては、被害者Aの受
傷の事実を立証すべきもつとも重要な証拠である医師の診断書およびカルテの記載
が、診察にあたる医師および診察の日時を異にするごとに大きくくいちがつている
のであるが、事件後五カ月以上後に作成された前記第二診断書の記載に、他の診断
書およびカルテの記載よりもとくに高度の信ぴよう性を認めるに足りる合理的な根
拠は、記録上ついにこれを見出し難いのみならず、主として患者の主訴に基づいて
作成されたはずの右各診断書およびカルテの所見が、このように区々に分れること
それ自体、きわめて不自然なことであつて、同女の供述の信ぴよう性を強く疑わせ
るものである。2被害者Aは、昭和四一、二年ころにも交通事故に遭つた経験を有
するが、その際も医師に対する不定愁訴が多かつたものであり、当時同女の診察に
あたつたL病院精神神経科医師Mは、前記Gに対し、「賠償問題が表面化した後に
おいて医師から、外傷と主訴の間には直接関係がない旨言われるや、大げさに歩行
障害を訴えたが、医師や看護婦が見ていないところでは、正常に歩行している状態
であつて、今回もこれと同様と思われるので、外傷性神経症というより、外傷性ヒ
ステリーと考える」旨の意見を具申しているほどであつて、同女が自己の受傷の程
度につき医師に対し誇張した表現をしている疑いは、右の点のみからでも少なくな
いと認められる。
 つぎにBの受傷の部位、程度については、ほぼ原判決の認定の趣旨に副う前記G
作成の昭和四三年二月二〇日付同女に対する診断書(以下、第二診断書という)が
存在し、右は、同医師作成の同四二年九月二日付同女に対する診断書(以下、第一
診断書という)ともとくに矛盾しないこと、同女が受傷後はき気をもよおし、ま
た、かなり長期間G医院に入院していたこと等の事実が明らかであつて、これによ
れば、本件事故により、同女が原判示傷害を負つた事実を認め得ないわけではな
い。しかし、他方、右第一診断書の作成された二日後である同月四日に同女を診察
した前記医師J作成のカルテには、「病名頭部外傷、九月一日バスに乗つていて急
ブレーキがかかつた時右側顔面を打撲した。吐気プラス。現象一般状態良好。瞳孔
やや散大。対光反射敏。全反射ほとんど正常。超音波検査では変異がない。レント
ゲン像異常なし」との記載があつて(前記H証言)、前記各診断書の所見とは、相
当大幅な相違が見られるのみならず、前記Hは、「皹裂骨折の点に関するGの診断
が誤つているとまでは言えないが、同じレントゲン写真を見ても、頭部骨折の程度
の軽いものは、細い線が写真に写るだけで、これを皹裂骨折と見るか見ないかは見
る人によつて違つてくる。脳挫傷の点は相当重傷なので見方によつて異ることはな
い。」旨、前記G作成の診断書の内容に疑問を投げかける趣旨ともとれる供述をし
ていること、同女もまた、A同様医師に対する不定愁訴の多かつた者であり精神安
定剤の投与も行なわれていること(前記第二診断書)、当時、本件バスには約二〇
名の乗客がおり、急停止による反動のため、転倒しあるいは手すりや椅子に衝突し
たのは、右B一人ではなかつたところ、他の者は、いずれも、刑法上の傷害といえ
るかどうか疑問の残る程度の比較的軽微な打撲に終つており、また、当時のバスの
速度が、前記のとおり約五キロメートル程度と認められることからしても、同女だ
けが前記診断書記載の重傷を負つたとの点に、やや不自然の感を免れ難いこと、さ
らには、同女の母親であるAの供述については、前記のとおり、疑問の点が多々存
すること等の事実を総合して考察すれば、本件事故と相当因果関係の範囲内に立つ
同女の傷害として合理的に認定できる限度は、結局、H証言によつても確実にこれ
を肯認できる「加療二週間程度の頭部打撲傷・頭部外傷」の程度に止まるものとい
うべく、その余の受傷の事実およびその事故との相当因果関係の存在については、
なお合理的な疑を容れる余地がある。と解される。 されば、これと異り、本件事
故により右両名が原判示各傷害を負つたとの事実を認めた原判決は、この点におい
て、明らかに判決に影響を及ぼすべき事実誤認を冒したものというのほかなく、と
うてい破棄を免れない。論旨は理由がある。よつてその余の控訴趣意に対する判断
を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条により原判決を破棄したうえ、同法
四〇〇条但書により、当審において、ただちにつぎのとおり自判する。
 本件公訴事実の要旨は、「被告人は、N株式会社の大型乗合自動車の運転業務に
従事しているものであるが、昭和四二年九月一日午後四時一〇分ごろ、乗客二〇名
位が乗車している前記自動車(本件バス)を運転し、北海道河東郡a町字b基線c
番地先の交通整理の行なわれていない十字路交差点を南方から北方に向け時速約一
〇キロメートルないし一五キロメートルで直進しようとしたが、同交差点直前に横
断歩道(指導線)が設けられており横断者があることが予想され、当時前記横断歩
道手前の道路左端部に同一方向に向けて駐車している普通貨物自動車があつて、同
車の前方の見とおしがきかなかつたから、被告人としては、右横断歩道直前で一時
停止し、横断歩道上の交通の安全を確認した後進行して、みだりに急制動をかけて
乗客に危害を及ぼすことのないよう安全に運転すべき業務上の注意義務があるのに
これを怠り、漫然前記同一速度で進行した過失により、前記駐車中の車両のかげか
ら右横断歩道を左方から右方へ横断走行してくるO(五才)を直前で認め、これと
の衝突を回避するため急制動の措置をとり、その反動で、自車の乗客であるA、同
Bの各身体を、それぞれ座席前部の鉄製手すりおよび右手すりの支柱に各激突させ
て、Aに対し加療二〇日間を要する右上腕打撲兼右肩関節打撲の、Bに対し加療五
二日間を要する右側頭骨皹裂骨折兼脳挫傷の各傷害を与えたものである。」という
のである。
 ところで、右公訴事実中、Aに関する部分につき、犯罪の証明がないと解すべき
ことは、前段に説示したところから明らかであるから、以下、同Bに対する関係に
おいて被告人の刑責を認め得るか否かをさらに審究するに、前段の説示に加え、原
判決挙示の各証拠ならびに当審事実調の結果を総合して考察すると、本件事故当時
の状況に関し、おおむねつぎの事実を認めることができる。 1 本件事故現場
は、北海道河東郡a町字b基線c番地先の南北に通じる道路(車道の幅九メート
ル、歩道の幅各三・五二メートル)と東西に通じる道路が直角に交る交通整理の行
なわれていない交差点入口の南側にある指導線のみによる横断歩道上であること。
 2 被告人は、公訴事実記載の日時ころ、乗客二〇名位を乗せた本件バスを運転
して南方から北方に向けて進行し右交差点の前記横断歩道にさしかかつたものであ
るが、被告人のその直前における行動は、右歩道の手前二九・五メートルの地点に
あるバス停留所で乗客を乗降させた後発進し、約一七メートル進行した地点でさら
に乗客一名を乗車させるためいつたん停止したが、その際のバスの先頭の位置は、
右横断歩道の南側端から約四メートル手前の地点であつたこと。
 3 当時、右横断歩道南側端の手前約〇・五〇メートルの地点で本件バスの進路
車道左側端には、荷物(ビール)を高く積んだ普通貨物自動車(長さ四・二メート
ル、巾一・六五メートル、高さ一・八メートル、以下トラツクという)が、その積
み下ろしのため駐車しており、そのため右横断歩道左側(西側)部分の一部の見と
おしが悪かつたこと。
 4 被告人は、前記停止地点から時速約五キロメートルの速度で再発進した直
後、右横断歩道上を本件バスの進路前方の左方から右方へ横断すべく、突如右トラ
ツクのかげから道路中央へ走り出てきた子供(O、当時五才)を認め、ただちに急
制動の措置をとつたこと。
 5 その結果、本件バスは一・三〇メートルのスリツプ痕を残して、横断歩道の
南側端から約一・五〇メートル入つた地点の右横断歩道上で停止し、右子供は勢あ
まつて停止直後の右バスの左側前部辺に当つて転倒したが、けがはなかつたこと。
 6 しかし、右急制動による反動のため、当時のバスの乗客Aおよび同Bの各身
体を、それぞれ座席前部の鉄製手すりおよび右手すりの支柱に衡突させ、その結
果、右Bに対し、前記認定のように加療二週間を要する頭部打撲傷および頭部外傷
の傷害を負わせたこと。
 そこで、右に認定した事実関係のもとで、被告人に、公訴事実記載のとおり、
「右横断歩道直前で一時停止し、横断歩道上の交通の安全を確認した後進行」すべ
き法律上の注意義務があるかどうかにつき検討する。思うに、バスの運転者は、他
の一般の自動車の運転者と同様、他の車両および歩行者等との衡突の危険を未然に
回避し、第三者の生命・身体に危害を加えることのないよう運転上深甚の注意を払
うべきことは、もとより当然であるが、なおそのほかに、一時に多数の乗客を運搬
し、しかもその座席の位置が比較的高く、急停止等の衝撃を乗客が受け易いとい
う、その任務および車体の構造等にかんがみ、不用意な運転方法(たとえば、みだ
りに急発進し、または急停止する等)は厳にこれを慎しみ、その衝撃により乗客の
生命、身体に万一の危害を及ぼすことのないよう、慎重に運転すべき業務上の注意
義務を負担するのである。したがつて、もし急停止によるのでなければ車両あるい
は歩行者などとの衝突の危険を回避できないような事態がある程度予測されるよう
な場合においては、予め一時停止して、右危険のないことを確認した後進行すると
か、あるいは、適宜に減速しまたは徐行し、警音器を吹鳴する等必要な措置を講
じ、もつて急停止のための衝撃による被害を乗客が蒙らないように運転をなすべき
業務上の注意義務を有するものと認められる。しかして、右のような危険な事態を
未然に回避すべくバスの運転者に要求される注意義務の限度が、右の「一時停止」
「減速」「徐行」「警音器吹鳴」等のいずれであるべきかは、右危険な事態の出現
の予測される蓋然性の大小等に応じ、結局は、社会通念により具体的に決するほか
ないのであるが、その場合においても、自動車運転の具有する高速度交通機関とし
ての社会的効用と、右運転の包蔵する危険との調和を図り、右危険の適正・公正な
分配を図る必要があるのであつて、いやしくも、右効用および危険の一方のみを過
度に強調し、交通生活上生ずる危険を当事者の一方の<要旨第一>みに負担させるこ
とのないよう慎重に配慮する必要がある。ところで、本件につきこれを見るに、本
件事故現揚である前記横断歩道は、市街地の交差点外側に接着し、しか
もその直前に駐車していた前記トラツクのため、いわゆる死角となつて、本件バス
の運転者の被告人から横断歩道の西側(本件バスの進路左側)部分が歩道側端から
道路中央寄りに一・六五メートル位の間は見えない状態であつたから、右トラツク
の陰から突如として横断者が出てくるのを発見し、これとの衝突を回避するため、
急停止の措置を講ずることを余儀なくされる事態が、絶対に予見され得ないわけで
はなく、もし右のような事態が発生して急停止の措置を講じた場合においても、そ
の急停止の衝撃によりバスの乗客に傷害を与えることのない程度のきわめて低速に
運転進行することが必ずしも不可能とまでは認められないが、他方右トラツクは、
前記のように当時、ビールの積み下ろしのため、車体を歩道端に寄せて駐車中であ
つたことが明らかであるから、横断歩道直前に、停車中の車両が存在している場合
等とは異り、それだけでは、横断者の出現を強く危ぐさせるほどの事情であるとは
認め難いのであつて、果たして然らば、他に無謀な横断者の存在を強く推認させる
特段の事情(たとえば、幼稚園や小学校が近く、登下校時の園児・児童の姿を多数
見掛ける等)の認められない本件においては、バスの運転者が前記横断歩道直前に
おいて一時停止して、万一の危険に対処しなければならない法的義務を負担すると
まではにわかに断じ難く、むしろ、ただちに停止できるような速度にまで減速し
(あるいはさらに、予め警音器を吹鳴して歩行者に注意を喚起し)、急停止により
乗客に与える衝撃をできるだけ緩和する措置を講じて進行すれば足りると解するの
が相当である。そうすると、前記認定の如く当時、時速約五キロメートルのただち
に停止できる速度で右横断歩道内に進入した被告人の本件所為は、少なくとも対乗
客の関係では、一応社会通念上相当な注意義務を尽くしたものと解し得るのであつ
て、それ以上に、右横断歩道直前において、一時停止したうえ交通の安全を確認し
て進行すべき業務上の注意義務の存在することを前提とした本件公訴事実は、その
前提を欠くものといわなければならない。なお、この点につき、原判決は、昭和四
二年改正後の道路交通法三八条二項の存在をも一つの論拠として、被告人の右一時
停止義務の存在を肯定しているので、この点につき一言する。
 まず、改正後の同法三八条二項は、横断歩道上の歩行者の保護の徹底を図るた
め、同年法律第一二六号(同年一一月一日施行)により新設されたものであつて、
本件の発生した昭和四二年九月一日当時は、右のような横断歩道直前における一時
停止義務は、対歩行者の関係においても、未だ法的義務にまで高められていなかつ
たことが明らかであるから、これをもつて、同条の新設される以前の、本件におけ
る被告人の一時停止義務を根拠づけることの失当であることは、言うをまたないと
ころであるが、いまこの点をしばらく措くとしても、そもそも右規定の新設された
立法の趣旨、目的は、従前、横断歩道の直前で他の車両等が停止している場合に、
その側方を通過して前方へ出たため前車のかげになつていた歩行者の発見がおく
れ、横断歩道上で事故を惹起する車両が少なくなかつた道路交通の実情にかんが
み、とくに歩行者の保護を徹底する趣旨で設けられたものである。すなわち、右規
定は、本来駐停車禁止区域である横断歩道直前において車両等が停止しているの
は、多くの場合、歩行者の通行を妨げないように一時停止しているものであり、ま
た、具体的場合に、当該車両等が歩行者の横断待ちのため一時停止しているのかそ
うでないかが、必ずしもその外観のみからは、一見して明らかでないことが多い等
の理由から、いやしくも横断歩道の直前に停止中の車両等が存在する場合にその側
方を通過しようとする者に対しては、それが横断中の歩行者の存在を強く推測させ
る一時停止中の場合であると、かかる歩行者の存在の高度の蓋然性と直接結びつか
ない駐車中の場合であるとを問わず、いずれの場合にも一律に、横断歩道の直前に
おける一時停止の義務を課し、歩行者の保護のよりいつそうの強化を図つたものと
解されるのである。(P・警察研究三八巻一〇号三四頁。なお弁護人の論旨は、右
「停止」中の車両の中には「駐車」中の車両が含まれないとの趣旨の主張をしてい
るが、法二条一八号、一九号によれば、「停止」とは「駐車」と「停車」の双方を
含む概念であることが明らかであるから、右の主張にはにわかに賛同できない。)
<要旨第二>そうだとすると、右のような歩行者保護のための規定の存在と、本件の
ように横断歩道の直前で明らかに違法に駐車している車両の側方を通過
する場合のバスの運転者の乗客に対するさきに述べたような注意義務の限度とは、
何ら直接の関連はないと解されるのであつて、右注意義務の限度は、道路交通法上
の右のような規定の解釈を離れて、さきに述べたような交通生活上の適正・公平な
責任分配の見地から、合理的に決せられなければならないものである。そうする
と、本件公訴事実は、Aに対する関係においてのみならず、同Bに対する関係にお
いても、結局、犯罪の証明がないことに帰着する。
 よつて、本件公訴事実は、すべて犯罪の証明がないから、刑事訴訟法三三六条後
段により、無罪の言渡をすることとし、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 中西孝 裁判官 小川正澄 裁判官 木谷明)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛