弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
     右部分につき被上告人の控訴を棄却する。
     原審および当審における訴訟費用は被上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人毛受信雄、同長野潔、同熊谷林作、同谷正男名義の上告理由第一点に
ついて。
 原判決は、上告人・被上告人間の本件船舶海上保険契約当時における普通保険約
款中の保険者の免責事項を定めた三条の規定は「二、襲撃、捕獲、拿捕、又ハ抑留
(海賊ニ依ル場合ハ之ヲ除ク)」とあるうちの括弧書の部分が抹消されていたので
あるが、右抹消は、保険業法一〇条による主務大臣の認可を受けないでなされた普
通保険約款の変更であつて無効であり、したがつて、海賊による襲撃により生じた
本件事故につき、保険者たる上告人は、抹消前の右規定に基づき損害を填補すべき
義務を免れないものであると判断し、右変更を無効とする理由として、およそ一般
保険契約者は、契約に際し、特段の事情があるため意識的に約款と異なる約定をし
ない限り、保険業者のあらかじめ開示する普通保険約款につき、その個別の条項を
知ると否とにかかわらず、これに概括的に同意したものとみなされ、これに拘束さ
れるものであるが、保険業法は、保険約款のこのような拘束力に鑑み、一方におい
て保険業の健全な発達育成をはかるとともに、他方において保険制度を利用する一
般公衆の正当な利益を護り、保険契約者が保険契約の技術性の故に不当な不利益を
被ることのないよう、国家が保険業を監督する趣旨で、普通保険約款の作成変更に
つき主務大臣の認可を必要とするものと定めているのであつて、約款の法規範的拘
束力が是認される所以は、その内容において合理化されており、保険業者の一方的
恣意を許さず、主務大臣の認可を要することに基づくものであるから、保険業者が
右認可を受けずに変更した約款の条項は、保険契約者に対し法規範的拘束力をもつ
根拠を欠くものである旨を説示しているのである。これに対し、論旨は、約款の変
更についての認可の有無はその私法上の拘束力に消長を及ぼすものではない旨を主
張し、右判断の違法をいう。
 思うに、普通保険約款が保険契約者の知・不知を問わずこれを拘束する効力を有
するものであること、その作成変更につき主務大臣の認可を要するとされる趣旨が、
主として、右のような拘束力を有する約款が保険業者の恣意により作成されること
を防ぎ、約款の内容を適法かつ合理的ならしめて保険契約者の保護をはかることに
あることは、右の原判決説示のとおりである。しかし、主務大臣の認可を受けない
保険約款の変更は、如何なる種類の保険においても、すべて一律にその効力を有し
ないものとするのは相当でない。船舶海上保険においては、一般の火災保険や生命
保険とは異なり、保険契約者となる者すなわち船舶海上保険を利用する者は、多く
は、商行為をなすことその他営利的な目的をもつて船舶を航海の用に供する者であ
り、相当程度の営業規模と資力を有する企業者であるのが普通であつて、保険業者
に比して必ずしも経済的に著しく劣弱な地位にあるとはいえない。このような者に
ついては、同種の保険を反覆して利用することによつて普通保険約款の内容に通暁
し、その各条項を仔細に検討し、契約の締結にあたつては、自己の合理的な判断と
計算に基づいてその内容を定めることが、期待されうるとともに、保険業者として
も、このような利用者の意思と利益を無視して約款その他の契約内容を一方的に自
己に有利にのみ定めることはできないのであつて、保険約款の内容を保険業者の定
めるところに委ねても、必ずしもその合理性を確保しえないものではない。したが
つて、海上保険についても、保険制度の公共性に基づき、その適正な運営のため保
険業に対する国の一般的監督が必要とされることは勿論であるが、保険契約の内容
を律する普通保険約款を公正妥当ならしめ保険契約者を保護するという点において
は、行政的監督は補充的なものに過ぎず、主務大臣の認可を受けないでもそれだけ
でただちに約款が無効とされるものではないというべきである。してみれば船舶海
上保険につき、保険業者が普通保険約款を一方的に変更し、変更につき主務大臣の
認可を受けないでその約款に基づいて保険契約を締結したとしても、その変更が保
険業者の恣意的な目的に出たものでなく、変更された条項が強行法規や公序良俗に
違反しあるいは特に不合理なものでない限り、変更後の約款に従つた契約もその効
力を有するものと解するのが相当である。
 いま本件についてこれをみるに、原判決(その引用する第一審判決を含む。)の
認定した前示約款三条二号の変更の経緯ならびに変更後の約款が長期にわたり海上
保険取引の実際において妥当して来た事実に徴すれば、右変更は保険業者の恣意に
出たものではなく相当の理由があり、かつ、その変更が特に不合理な結果を生ずる
ものとは認められないから、右変更後の約款は本件保険契約の内容を定めるものと
して当事者を拘束する効力を有するものと解すべきである。
 そして、原判決(その引用する第一審判決を含む。)の確定した事実関係のもと
においては、被上告人主張の本件事故は普通保険約款三条二号所定の襲撃にあたり、
上告人は右事故につき保険金支払の責に任じないものと解すべきであつて、被上告
人の本訴請求は失当である。したがつて、これと結論を異にする原判決には、右の
ような約款変更の効力に関する判断を誤つた違法があり、右判断の違法をいう論旨
は結局理由がある。
 よつて、その余の上告理由について判断をするまでもなく、原判決は上告人敗訴
部分につき破棄を免れず、被上告人の請求を棄却した第一審判決を相当として被上
告人の控訴を棄却すべきものとし、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八四条、九
六条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
 裁判官松田二郎は退官につき評議に関与しない。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岩   田       誠
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    大   隅   健 一 郎

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