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         主    文
     一 原判決中上告人敗訴の部分のうち樹木除去による損害賠償請求に係
る部分についての本件上告を却下する。
     二 原判決中前項の請求を除くその余の請求に係る部分のうち、(一) 
第一次請求につき三六〇万円に対する昭和四九年一二月三日から昭和五三年五月一
一日まで年五分の割合による金員を超えて上告人の控訴を棄却した部分、(二) 第
二次請求につき三六〇万円に対する昭和四九年一二月三日から昭和五四年二月二七
日まで年五分の割合による金員を超えて上告人の控訴を棄却した部分、(三) 被上
告人B1に対する第三次請求につき三六〇万円に対する昭和四九年一二月三日から
昭和五三年五月一一日まで年五分の割合による金員を超えて上告人の控訴を棄却し
た部分について、原判決を破棄する。
     右各部分につき本件を広島高等裁判所に差し戻す。
     三 その余の本件上告を棄却する。
     四 第一項及び前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 一 上告代理人藤堂真二の上告理由四について
 原審は、(一) (1) 上告人は、昭和四九年七月頃、D(以下「D」という。)
との間で、昭和四二年頃以来引渡を受けて使用してきた本件土地を代金三六〇万円
で買受ける旨の売買契約(以下「本件売買」という。)を締結し、昭和四九年一二
月二日までに右代金全額を支払つた、(2) 上告人はDが司法書士であつたので本
件売買に基づく所有権移転登記手続を同人に依頼していたが、同人はその手続をし
ないまま、昭和五二年九月一六日に急死した、(3) 同人は右死亡前の同年一月二
五日、E観光株式会社(以下「E観光」という。)に対し本件土地を二重に売り渡
した、(4) Dの相続人は被上告人ら三名であつたが、被上告人らは、同年一二月
一六日、広島家庭裁判所に対しDの相続に関し限定承認の申述をし、右申述は昭和
五三年一月二六日に受理された(以下「本件限定承認」という。)、(5) E観光
は同年五月二日、F(原判決中に「G」と表示されているのは誤記と認める。)に
対し本件土地を売り渡した、(6) 被上告人らは、本件土地につき共同相続登記を
したうえ、同月一二日、DのE観光に対する前記売買の履行として、Fに対し所有
権移転登記(以下「本件登記」という。)をした、との事実を確定したうえ、(二)
 (1) 被上告人らが本件限定承認の申述に際し同家庭裁判所に提出した財産目録
には本件売買に伴つてDが上告人に対し負担していた相続債務の記載が脱漏してい
たため、本件限定承認は無効であり、被上告人らは、単純承認をしたことになるか
ら、本件売買に基づく所有権移転登記義務を承継した、(2) しかるに、被上告人
らはFに対して本件登記をしたものであつて、右は、上告人の本件土地の買主とし
ての権利を侵害する不法行為であるとともに、右登記義務の履行を不能とする債務
不履行である、(3) よつて、上告人は被上告人らに対し、第一次的に不法行為を
理由とし、第二次的に債務不履行を理由とし、損害賠償として各自三六〇万円及び
これに対する昭和四九年一二月三日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損
害金の支払を求める、との上告人の請求に対し、(三) 財産目録に上告人主張の相
続債務の記載を脱漏したとしても本件限定承認を無効とする事由にはならないし、
本件限定承認が有効である以上、被上告人らは上告人に対し本件土地について所有
権移転登記をすべき義務を負わなくなつたと判断して、右各請求を全部棄却すべき
ものとしている。
 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は次のとおり
である。
 民法九二一条三号にいう「相続財産」には、消極財産(相続債務)も含まれ、限
定承認をした相続人が消極財産を悪意で財産目録中に記載しなかつたときにも、同
号により単純承認したものとみなされると解するのが相当である。けだし、同法九
二四条は、相続債権者及び受遺者(以下「相続債権者等」という。)の保護をはか
るため、限定承認の結果清算されるべきこととなる相続財産の内容を積極財産と消
極財産の双方について明らかとすべく、限定承認の申述に当たり家庭裁判所に財産
目録を提出すべきものとしているのであつて、同法九二一条三号の規定は、右の財
産目録に悪意で相続財産の範囲を偽る記載をすることは、限定承認手続の公正を害
するものであるとともに、相続債権者等に対する背信的行為であつて、そのような
行為をした不誠実な相続人には限定承認の利益を与える必要はないとの趣旨に基づ
いて設けられたものと解されるところ、消極財産(相続債務)の不記載も、相続債
権者等を害し、限定承認手続の公正を害するという点においては、積極財産の不記
載との間に質的な差があるとは解し難く、したがつて、前記規定の対象から特にこ
れを除外する理由に乏しいものというべきだからである。
 そうすると、原審の確定した前記の事実関係によると、本件売買に基づくDの上
告人に対する義務は、未だ履行されていなかつたのであるから、相続債務(消極財
産)として財産目録に計上されるべきものと考えられるところ、上告人の前記の主
張の趣旨とするところは、不明確ながらも、被上告人らは悪意で右相続債務を財産
目録に記載しなかつたものであつて同法九二一条三号に該当し、これによつて単純
承認の効果を生じたものであることを前提として、被上告人らがFに本件登記をし
たことにつき、第一次的に不法行為を理由とし、第二次的に債務不履行を理由とし
て損害賠償を求めるというにあるものと解されるから、以上の説示に照らし、原審
としては、右相続債務の財産目録への記載の有無、不記載の場合の被上告人らの悪
意、被上告人らそれぞれの相続分等を確定し、上告人の前記各請求の当否につき判
断を加えるべきであつたというべきところ、これと異なる見解に基づき、右の点に
つき審理を尽くすことなく、財産目録に上告人主張の相続債務の記載が脱漏してい
ても本件限定承認を無効とする事由にはならないとして、消極財産の不記載は単純
承認をしたものとみなされる事由に当たらないとの趣旨を判示したことに帰する原
判決には、法令の解釈適用の誤り、審理不尽ひいて理由不備の違法があるものとい
うべきである。
 したがつて、原判決中、第一次請求につき右三六〇万円及びこれに対する本件登
記の日である昭和五三年五月一二日から完済までの年五分の割合による遅延損害金
の支払を求める部分を棄却すべきであるとして上告人の控訴を棄却した部分、並び
に第二次請求につき右三六〇万円及びこれに対する請求の趣旨変更申立書の送達に
よる催告の日の翌日であること記録上明らかな昭和五四年二月二八日から完済まで
年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分を棄却すべきであるとして上告
人の控訴を棄却した部分は破棄を免れず、論旨は右の限度において理由があるが、
右各請求のうち、その余の遅延損害金の支払を求める部分は、上告人の主張を前提
としても、第一次請求については本件登記の日の前日まで、第二次請求については
前記催告の日まで、前記各請求に係る損害賠償債務が遅滞に陥ると解すべき根拠は
ないから、右各請求を認容する余地はなく、したがつて、原判決中石部分に係る請
求を棄却すべきであるとして上告人の控訴を棄却した原審の判断は、結局正当とい
うべきであり、この部分に関する論旨は理由がない。そして、右破棄部分について
は、前示の観点から更に審理を尽くさせる必要があるので、右部分につき本件を原
審に差し戻すのが相当である。
 二 同三及び五について
 原審は、前記確定事実のほか、(一) (1) 被上告人B1(以下「被上告人B1」
という。)は昭和五三年一月三〇日にDの相続財産管理人(民法九三六条一項)に
選任された、(2) 本件限定承認にかかる清算手続は未だ完了していない、との事
実を確定したうえ、(二) (1) 限定承認後の相続財産は全相続債権者の債権の弁
済に充てられるべきものであるから、DとE観光との間で本件土地についての売買
がされても相続人はこれに応じた所有権移転登記手続をしてはならない、(2) し
かるに、被上告人らは法定の清算手続に違反してDのE観光に対する売買の履行と
してFに対し本件登記をし、このため上告人は本件売買の代金額相当の損害を被つ
た、(3) そこで、上告人は被上告人らに対し、民法九三四条に基づく損害賠償と
して各自三六〇万円及びこれに対する昭和四九年一二月三日から完済に至るまで年
五分の割合による遅延損害金の支払を求める、との上告人の第三次請求に対し、(
三) (1) DがE観光との間で本件土地の売買をしたとしても、その旨の所有権
移転登記がされる前に被上告人らが限定承認をした以上、本件土地は相続財産とさ
れ、したがつて、本件土地に本件登記をしたことは、民法九二九条に違反するもの
として、財産管理人である被上告人B1の責任にとどまるか否かは別として、同法
九三四条による損害賠償責任を生じうる、(2) しかし、被上告人らの限定承認に
かかる清算手続は未だ完了しておらず、本件登記により上告人に生ずる損害の有無、
その損害額はなお確定していない段階にあるから、上告人の前記主張は失当である、
として、右請求を全部棄却すべきものと判断している。
 ところで、共同相続の場合において、民法九三四条に基づく損害賠償責任を負う
べき者は相続財産管理人に選任された相続人のみであり(同法九三六条三項、九三
四条)、原審の確定したところによれば、本件限定承認において相続財産管理人に
選任された者は被上告人B1であるというのであるから、上告人の前記請求のうち
被上告人B2及び同B3に対する請求は、失当として棄却を免れないものといわな
ければならない。したがつて、右部分にかかる請求を棄却すべきものとして上告人
の控訴を棄却した原審の判断は、結局正当というべきである。また、上告人の右請
求のうち、被上告人B1に対し三六〇万円に対する昭和四九年一二月三日から昭和
五三年五月一一日までの遅延損害金の支払を求める部分については、上告人の主張
を前提としても、本件登記がされた同月一二日より前に右請求に係る損害賠償債務
が遅滞に陥ると解すべき根拠を欠くから、右請求を認容する余地はなく、したがつ
て、右部分に係る請求を棄却すべきものとして上告人の控訴を棄却した原審の判断
もまた結局正当というべきである。以上の点に関する論旨は理由かないことに帰す
る。
 しかしながら、上告人の前記請求中その余の部分(被上告人B1に対し、三六〇
万円及びこれに対する本件登記の日である昭和五三年五月一二日から完済に至るま
での年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分)について、限定承認に伴
う清算手続が完了していない以上、民法九二九条違反を原因とする同法九三四条の
規定に基づく損害の発生の有無及びその額を確定することはできないとした原審の
前記判断を是認することはできない。すなわち、民法は、限定承認に伴う清算手続
を公平に実施するため、一定の期間(九二七条一項、九三六条三項)を設けて、相
続債権者及び受遺者に請求の申出をさせることとし、相続人又は相続財産管理人を
して右期間内に相続財産及び相続債務の調査をさせて相続債務の弁済計画を立てさ
せるものとし、この調査等の必要上、この期間中は一般的に弁済を拒絶することが
できるものとの支払猶予を与えるとともに(九二八条)、右期間満了後は、右期間
内にした計算に従い、相続債権者に対し配当弁済すべきものとしている(九二九条)
のである。以上によると、右期間満了後は、所定の計算も完了し、各相続債権者に
対する弁済額も確定してこれを弁済することができるし、またその義務もあること
が法律上予定されているものというべきである。そうとすれば、一定の相続債権者
に対し不当な弁済があつたとしても、それによつて他の相続債権者に対して弁済が
できなくなつた金額(これが、同法九三四条に基づく損害賠償額にほかならない。)
は、右期間満了後の段階においては、おのずから計算可能のはずであつて、清算手
続が完了しない限りはその算定が不能であるというべきものでないことは明らかで
ある。原審としては、進んで被上告人B1の上告人に対する同法九三四条に基づく
損害賠償責任の有無、上告人が本件登記によつて被つた損害の額等を審理したうえ
上告人の前記請求の当否を判断すべきであつたというべきであり、これと異なる見
解に立ち、右の点について審理を尽くすことなく、清算手続が完了していない以上
損害額は確定しないとした原判決には、法令の解釈適用の誤り、審理不尽ひいて理
由不備の違法があるものというべきである。論旨は理由があり、原判決中、上告人
の前記請求を棄却すべきであるとして上告人の控訴を棄却した部分は破棄を免れな
い。そして、右部分については、前示の観点から更に審理を尽くさせる必要がある
ので、右部分につき本件を原審に差し戻すのが相当である。
 三 上告人は、原判決中本件土地上の樹木除去に基づく損害賠償請求に関する上
告人敗訴部分について、上告理由を記載した書面を提出しない。
 四 よつてその余の論旨に対する判断を省略し、民訴法四〇七条一項、三九六条、
三八四条二項、三九九条一項二号、三九九条ノ三、九五条、八九条に従い、裁判官
全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    谷   口   正   孝
            裁判官    角   田   禮 次 郎
            裁判官    高   島   益   郎

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