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平成20年12月17日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成19年(ワ)第18866号特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日平成20年9月30日
判決
京都市右京区〈以下省略〉
原告ダイニック株式会社
同訴訟代理人弁護士安藤信彦
同訴訟復代理人弁護士大関太朗
同訴訟代理人弁護士田代宏樹
同得丸大輔
同訴訟代理人弁理士三枝英二
同補佐人弁理士藤井淳
同林雅仁
同田中順也
同菱田高弘
東京都世田谷区〈以下省略〉
被告ジャパンゴアテックス株式会社
同訴訟代理人弁護士岡田春夫
同小池真一
同訴訟代理人弁理士菅河忠志
同補佐人弁理士植木久一
同植木久彦
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,別紙「被告製品目録1」,同「被告製品目録2」及び同「被告製品
目録3」記載の各製品の製造,譲渡,輸出又は譲渡若しくは輸出のための展示
をしてはならない。
2被告は,前項の製品及びその半製品(前項の製品の構造を具備しているが,
電子デバイス用シート状乾燥剤として完成するに至らないもの)を廃棄せよ。
3被告は,原告に対して,金4億1358万6285円及びこれに対する平成
19年9月13日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,吸湿性成形体に関する特許権を有する原告が,被告に対して,被告
の製造,販売する有機EL用シート乾燥剤が上記特許権に係る発明の技術的範
囲に属するとして,①特許法100条1項に基づき,上記製品の製造,販売等
の差止めを,②同条2項に基づき,上記製品及びその半製品の廃棄を,③民法
709条,特許法102条2項に基づき,損害金(2億5576万1485円
及びこれに対する本訴状送達日の翌日である平成19年9月13日から支払済
みに至るまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金)の支払を,④同法6
5条1項に基づき,補償金(1億5782万4800円及びこれに対する本訴
状送達日の翌日である平成19年9月13日から支払済みに至るまで民法所定
の年5分の割合による遅延損害金)の支払を,それぞれ求めている事案である。
1争いのない事実等(争いのない事実以外は,証拠を末尾に記載する。)
(1)原告の特許権
原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,同特許権に係る特許を
「本件特許」と,特許請求の範囲請求項1の発明を「本件発明」と,それぞ
れいう。)を有している。
特許番号第3885150号
発明の名称吸湿性成形体
出願年月日平成13年5月17日
登録年月日平成18年12月1日
特許請求の範囲別紙特許公報の該当欄「請求項1」記載のとおり
(以下,同公報掲載の明細書を「本件明細書」と
いう。)
(2)構成要件の分説
本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりとなる。
A電子デバイス用吸湿材料であって,
BCaO,BaO及びSrOの少なくとも1種の吸湿剤,並びに樹脂成分
を含有し,
C吸湿剤及び樹脂成分の合計量を100重量%として吸湿剤30∼85重
量%及び樹脂成分70∼15重量%含有され,
D前記樹脂成分がフッ素系樹脂であり,かつ,フィブリル化されている,
E吸湿性成形体
(3)被告の行為
被告は,業として,別紙「被告製品目録1」,同「被告製品目録2」及び
同「被告製品目録3」記載の各製品(以下「被告製品」と総称する。)を製
造,譲渡及び輸出している。
(4)本件発明と被告製品との対比
被告製品は,いずれも本件発明の技術的範囲に属する。
(5)本件特許に対する無効審判請求
被告は,平成19年5月25日,本件特許について,進歩性欠如及び記載
要件違反を理由とする特許無効審判(以下「本件無効審判」という。)を請
求した(ただし,後に,記載要件違反の主張は撤回した。乙23)。本件無
効審判においては,平成20年1月10日,本件特許を無効とする旨の審決
(以下「本件審決」という。)がされた(乙36)。
2争点
(1)本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものか
(2)補償金額及び損害額
3争点に対する当事者の主張
(1)争点(1)(本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきもの
か)について
(被告)
ア無効主張1
(ア)本件発明の構成及び効果
本件発明の構成は,前記争いのない事実等(2)のとおりである。
また,本件明細書には,本件発明の効果について,「本件発明の吸湿
性成形体は,樹脂成分がフィブリル化されていることが好ましい。フィ
ブリル化によって,いっそう優れた吸湿性を発揮することができる」
(4頁34行ないし35行),「乾燥手段として従来の乾燥剤(粉末)
をそのまま用いた場合と異なり,粉末が脱落して容器に散乱するという
問題も回避することができる。さらに,粉末を使用する場合は収納部の
確保が必要であったが,本発明ではそのような必要がなくなり,デバイ
スの小型化・軽量化にも貢献することができる。」(5頁18行ないし
21行)との記載がある。
(イ)米国特許公報記載の発明の内容
a米国特許第5593482号公報(乙1の3。以下「乙1−3公
報」といい,乙1−3公報に記載された発明を「乙1−3発明」とい
う。)の記載事項
乙1−3公報には,特許請求の範囲の欄に「1.コンピューターの
筐体内に発生する未処理のガス状汚染物を除くための,低縦断面容器
を有する吸着剤組立品であって,接着剤層,薄い吸着剤層,延伸多孔
質ポリテトラフルオロエチレン膜からなるフィルター層の3層からな
り,吸着剤層は接着剤層とフィルター層の間に存在する吸着剤組立品。
4.吸着剤層は,吸着剤で充填された多孔質高分子材料の骨格からな
る,請求項1の吸着剤組立品。5.多孔質高分子材料の骨格が,延伸
多孔質ポリテトラフルオロエチレンである,請求項4記載の吸着剤組
立品。7.吸着剤物質が,シリカゲル,活性炭,活性アルミナ,モレ
キュラーシーブのような物理的吸着剤から選ばれる請求項1記載の吸
着剤組立品。」の発明が記載されており,また,第3欄61ないし6
4行には,該吸着剤組立品は,コンピューターディスクドライブの筐
体内に使用されることも記載されている。
吸着剤層としては,多孔質高分子材料の骨格を有し,そのボイド空
間が吸着剤で充填されたような充填製品でもよいこと,多孔質高分子
材料の骨格は延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレン(以下「PTF
E」という。)であることも開示されている(特許請求の範囲,第4
欄32行ないし第5欄7行)。
また,懸念されるガス状汚染物質には,「フタル酸ジオクチル,塩
素,硫化水素,一酸化窒素,無機酸のガス,シリコーン,炭化水素主
体の切削油及び他の炭化水素汚染物に起因する蒸気が含まれるが,こ
れらに限定され」ないこと(第4欄12ないし16行),吸着剤物質
としては,シリカゲルなどの物理吸着剤や化学吸着剤が含まれること
が記載されている(第4欄32行ないし第5欄7行,請求項7,8)。
そして,実施例では,指示薬を含んだシリカゲルを吸着剤とし,こ
れを延伸多孔質PTFEに充填した吸着剤層を有する吸着剤組立品が
示され,シリカゲルが湿気を吸ったときに青色の指示薬ゲルの色がピ
ンクへ変化することにより視認できることが記載されている(第8欄
1行ないし33行)ことから,当該実施例におけるシリカゲルは実質
的に吸湿剤として使用されており,吸着剤で吸着すべきガス状汚染物
質には,湿気が包含されることが示されている。
b前記aの記載事項から,乙1−3公報には,「コンピューターディ
スクドライブの筐体内に使用され,湿気を包含するガス状汚染物質を
除くための吸着剤組立品の吸着剤層であって,延伸多孔質PTFE内
にシリカゲルが充填された吸着剤層」の発明(乙1−3発明)が記載
されているといえる。
(ウ)本件発明と乙1−3発明との対比
本件発明と乙1−3発明を比較すると,①乙1−3発明の「延伸多孔
質PTFE」は,本件発明の「フッ素樹脂」に,②乙1−3発明の「コ
ンピューターディスクドライブの筐体内に使用され」は,本件発明の
「電子デバイス用」に,③乙1−3発明の「シリカゲル」は,本件発明
の「吸湿剤」に,④乙1−3発明の「湿気を包含するガス状汚染物質を
除くための吸着剤組立品」の「吸着剤層」は,本件発明の「吸湿性成形
体」に,それぞれ相当する。
したがって,両発明は,「電子デバイス用吸湿材料であって,吸湿剤
と樹脂成分を含有し,前記樹脂成分がフッ素系樹脂である吸湿性成形
体」である点で一致し,以下の相違点aないしcで相違している。
a相違点a
本件発明では,吸湿剤として,「酸化カルシウム(CaO),酸化
バリウム(BaO),及び酸化ストロンチウム(SrO)(酸化カル
シウム,酸化バリウム及び酸化ストロンチウムを以下「酸化カルシウ
ム等」という。)の少なくとも1種」を用いるのに対し,乙1−3発
明では,シリカゲルを用いている点
b相違点b
本件発明が,吸湿剤と樹脂成分の割合を「吸湿剤及び樹脂成分の合
計量を100重量%として吸湿剤30∼85重量%及び樹脂成分70
∼15重量%含有され」と規定されているのに対し,乙1−3公報で
は,実施例3においてシリカゲルと指示薬を40重量%で充填したも
のを記載しているが(第8欄1行ないし33行),指示薬を除いたシ
リカゲルそのものの量の記載はなく,よって,乙1−3発明において
は,シリカゲルと樹脂(延伸多孔質PTFE)との割合も厳密な意味
では明確ではない点
c相違点c
本件発明では,フッ素樹脂がフィブリル化されているのに対し,乙
1−3公報では,延伸多孔質PTFEがフィブリル化されているか否
かの明示の記載がなく,乙1−3発明では,その点が明確でない点
(エ)相違点についての検討
a相違点aについて
特開平9−148066号公報(乙2。以下「乙2公報」といい,
乙2公報に記載された発明を「乙2発明」という。)には,有機EL
素子に用いる乾燥手段として化学的に水分を吸着して固体状態を維持
する化合物を用いることが記載されており(請求項1,2),該化合
物として,アルカリ土類金属酸化物が開示され,酸化カルシウム,酸
化バリウムなどが例示されている(段落【0013】ないし【001
4】)。また,有機EL素子内に侵入した水分により,通電しなくな
ることに起因して発光しない部分,いわゆる黒点が発生すること(段
落【0003】ないし【0004】),化学的に水分を吸湿して固体
状態を維持する化合物を乾燥手段に用いるのは,物理的に水分を吸着
する化合物では,一旦吸着した水分を高い温度で再び放出してしまう
ため,黒点の成長を防止できないからであること(段落【000
9】)も記載されている。そして,実施例としては,乾燥手段として
酸化バリウム,酸化カルシウムを用いた例が開示され,比較対象とし
て,物理的に水分を吸着する化合物としてシリカゲルが挙げられてい
る(段落【0021】ないし【0027】)。
そうすると,電子デバイスの1つといえる有機EL素子を対象とす
る乙2公報において,物理的吸湿剤であるシリカゲルについては一旦
吸着した水分を高い温度で放出してしまう欠点を有することが指摘さ
れ,それに代わる吸湿剤として,化学的に水分を吸着して固体状態を
維持する酸化バリウム,酸化カルシウムなどのアルカリ土類金属酸化
物が提案されているのであるから,同じ電子デバイスを対象とする乙
1−3発明においても,シリカゲルに代えて酸化バリウム,酸化カル
シウムなどのアルカリ土類金属酸化物を用いることは,当業者が容易
に想到し得ることである。
なお,電子デバイスの分野において酸化カルシウム等のアルカリ土
類金属酸化物を乾燥剤として使用することが周知慣用技術であり,こ
のことから考えても,乙1−3発明のシリカゲルに代えて酸化カルシ
ウム等のアルカリ土類金属酸化物を用いることは,当業者が容易に想
到し得ることであり,その証拠としては,乙2公報のほか,特開平1
1−329719号公報(乙6の3),特公昭46−26569号公
報(乙6の4。以下「乙6−4公報」という。)がある。
b相違点bについて
乙1−3公報の実施例3には,シリカゲルと指示薬を40重量%で
充填したものが記載されており(第8欄1行ないし33行),指示薬
を除いたシリカゲルだけの量の記載は存在しないが,技術常識的に考
えれば,シリカゲルに比べて指示薬の量は僅かであるから,シリカゲ
ルの量は実質的には40重量%である。他方,同実施例の延伸多孔質
PTFEの樹脂の量は,100重量%からシリカゲル及び指示薬の合
計40重量%を引いた60重量%である。
そもそも,乙1−3公報には,上記の実施例3の記載のほか,他の
実施例においては,延伸多孔質PTFEに吸着剤である活性炭を炭素
量で60重量%あるいは70重量%充填した例,つまり,樹脂成分の
量が40重量%あるいは30重量%の例が開示されている(第6欄6
7行ないし第7欄3行,第7欄38ないし41行)。これらの実施例
の記載を考慮すれば,乙1−3公報には,延伸多孔質PTFEと吸着
剤の重量割合として,60:40,40:60あるいは30:70の
ものが具体的に開示されていると認定でき,これらの割合を参考にし
て,乙1−3発明における延伸多孔質PTFEとシリカゲルとの割合
を,使用する吸着剤の特性に応じて最適化し,本件発明の配合割合に
想到することは,当業者であれば容易になし得ることである。
c相違点cについて
乙1−3公報には,延伸多孔質PTFEについて,米国特許第3,
953,566号公報(乙5の1。以下「乙5−1公報」という。)
及び米国特許第4,187,390号公報(乙5の2。以下「乙5−
2公報」という。)に開示の方法で得られると記載されている(第4
欄32行ないし第5欄7行)。上記各米国特許公報をみると,いずれ
にも,「本発明は,非晶質率が5%を超え,ノードがフィブリルで相
互結合されている点に特徴があるミクロ構造を有する多孔質のテトラ
フルオロエチレンポリマーを提供する」との記載があることから,乙
1−3発明で用いられている延伸多孔質PTFEは,実質的にフィブ
リル化したものであることが判る。そうすると,相違点cは,実質的
な差異とはいえない。
(オ)本件発明の効果について
前記(ア)のとおり,本件明細書には,本件発明の効果として,①フ
ィブリル化による優れた吸湿性(4頁34ないし35行),②粉末が脱
落して容器に散乱することの回避,及び③収納部の確保の不要化による
デバイスの小型化・軽量化(5頁18ないし21行)が挙げられている
が,以下のとおり,これらの効果は,乙1−3公報に明示されたものか,
あるいは,フィブリル化したPTFEを使用したことに基づき必然的に
得られ,容易に認識できるものと認められ,格別顕著なものと評価され
る点がない。
aフィブリル化による優れた吸湿性の効果について
本件無効審判において原告が提出した実験成績証明書(乙43。以
下「乙43実験成績証明書」といい,同実験成績証明書に係る実験を
「乙43実験」という。)には,公知の物理吸着剤(吸湿剤)と称し
て(目的の欄),シリカゲル(ミズカシルP73),ゼオライト(シ
ルトンB),活性炭(太閤CB),又は活性アルミナ(GB−20)
をフィブリル化されたPTFEと組み合わせた時の吸湿特性が示され
ている(表Aの比較シートAないしDの欄)が,これによると,本件
明細書の実施例6は,乙43実験成績証明書における物理吸湿剤を用
いた比較シートAないしDのすべてと比べて結果が劣り,また,比較
シートC(活性炭(太閤CB))と比べれば,実施例6のみならず,
実施例4も結果が劣り,さらに,実施例8,10も格段に優れるもの
ではないことが分かる。
また,被告は,乙43実験成績証明書の各吸着剤を単体で用いた場
合の吸湿速度(重量増加率)を測定する実験を行ったが,この実験結
果は,乙第22号証の「実験成績証明書」(以下「乙22実験成績証
明書」といい,同実験成績証明書に係る実験を「乙22実験」とい
う。)に記載されたとおりであり,この乙22実験成績証明書と乙4
3実験成績証明書の記載内容とを比較すると,吸湿剤をフィブリル化
PTFEと組み合わせて使用しても,吸湿剤を単体で使用した場合に
比べて,吸湿性はほとんど低下しないという効果は,吸湿剤の種類に
よらず達成されるということが分かった。
したがって,本件発明にいう「優れた吸湿性」は,そもそも,周知
慣用技術である吸湿剤をとりまとめるPTFEをフィブリル化するこ
とによってもたらされる程度でしかなく,実質,乙1−3発明等にお
いて達成されており,格別顕著なものではないことは明白である。
b粉末が脱落して容器に散乱することの回避効果について
乙1−3公報には,吸着剤が充填されたPTFEは吸着剤が外に移
動せず,汚染の問題がないので好ましいことが記載されている(第4
欄32行ないし第5欄7行)。
そもそも,フィブリル化されたPTFEをもって機能性粒子を取り
まとめる従来周知の技術において,これらの汚染の問題が生じないよ
う当該構成を採ることは,極めてよく知られているものである。
c収納部の確保の不要化によるデバイスの小型化・軽量化効果
乙1−3公報には,吸着剤の空間を最小限に抑えられることが記載
されている(第2欄47ないし50行,第3欄61ないし64行)。
そもそも,フィブリル化されたPTFEをもって機能性粒子を取り
まとめる際に,シート状の成形体にすることは,極めてよく知られて
いる周知慣用技術である。
(カ)阻害要因の不存在
当業者は,CaO等とフィブリル化されたPTFEとを組み合わせた
場合に,その安全性をコントロールでき,当該組合せを妨げ得る格別の
事情が存在しないことは明らかである。
その理由は,以下のとおりである。
aCaO等と樹脂とは,従来から現に組み合わされてきている。その
例として,乙6−4公報,特開平3−109916号公報(乙14。
以下「乙14公報」という。),実願昭50−166029号(実開
昭52−77956号)のマイクロフィルム(乙15。以下「乙15
公報」という。)などがある。
bCaO等とPTFEの組合せが,必然的に発火を招くということも
ない。
cPTFEは,一義的に可燃物であるとはいえない。「実用プラスチ
ック用語辞典第三版」(乙40。以下「乙40文献」という。)に
は,プラスチックの分野における可燃,不燃の定義が示されている。
そして,「プラスチック読本」(乙12。以下「乙12文献」とい
う。)に示されるように,PTFEは,むしろ不燃性であると理解さ
れており,当業者が,CaO等との組合せを一律に回避すべきものと
するような技術常識を有していたとは認められない。
d「水が存在しなければ,CaOは発熱も発火もせず,樹脂と混在で
きることは当然であること」,「厳重な管理体制下に行われる吸湿性
成形体の製造及び電子デバイスの組立過程ではこのような危険性は回
避できること」は,そもそも原告自らが認めており(本件無効審判の
審決書の22頁の第1ないし2段落),本件発明が属すべき特定の技
術分野において,その組合せを阻害する技術的困難性があったとも認
められない。
e酸化カルシウム等は,水分と接した場合に発火の危険性があるとし
ても,依然として粉末乾燥剤として広く一般的に使用されており,発
火の危険性によりその利用が妨げられているものではなく,このこと
は,「石灰ハンドブック」(乙38。以下「乙38文献」という。)
や富士ゲル産業株式会社(以下「冨士ゲル産業」という。)作成の商
品説明書である「生石灰PARITFINEV・Kシリーズ」
(乙10。以下「乙10文献」という。)からも明らかである。また,
一般に,危険性のある製品であっても,製品に注意書きを付すなどの
手段によりその危険性の低減,回避は可能であり,実際に,酸化カル
シウム等の粉末乾燥剤においては,製造者により注意書きが付され製
品の製造,販売がなされている(乙10,乙42)。
(キ)小括
以上より,乙1−3発明と本件発明とを対比すると,相違点aないし
cが存在するものの,これらの相違点は,実質的差異ではないか,又は
乙1−3公報及び乙2公報に記載された技術的事項若しくは周知慣用技
術に基づいて,相違点aないしcに係る本件発明の構成を容易に想到で
きるといえる。
そして,本件発明の作用効果は,従来技術の効果の総和を越えるとこ
ろはなく,かつ,乙1−3発明と乙2発明の組合せを妨げ得る格別の事
情も存在しない。
したがって,本件発明は,乙1−3発明と乙2発明等から容易に想到
できるものであり,進歩性がなく,特許法29条2項により,特許を受
けることができないものであるから,同法123条1項2号に該当し,
無効とされるべきものである。よって,原告は,同法104条の3第1
項により,本件特許権に基づく権利行使をすることはできない。
イ無効主張2
(ア)本件発明の構成及び効果は,前記ア(ア)のとおりである。
(イ)本件発明と乙2発明との対比
乙2公報は,有機EL素子においてアルカリ土類金属酸化物を乾燥手
段として用いることを開示し(特許請求の範囲),このアルカリ土類金
属の酸化物として酸化バリウム,酸化カルシウムなどを挙げている(段
落【0013】,段落【0021】ないし【0023】)。
そして,乙2公報の有機EL素子は,本件発明の電子デバイスに相当
し,乙2公報のアルカリ土類金属酸化物は,本件発明の吸湿剤に相当す
る。したがって,乙2発明と本件発明とを対比すると,両者は,「電子
デバイス用吸湿材料であって,CaO,BaOなどのアルカリ土類金属
酸化物を吸湿剤として含有する吸湿剤」である点で一致し,以下の相違
点d,eで相違している。
a相違点d
本件発明が,吸湿剤とフィブリル化フッ素樹脂とで吸湿性成形体に
するのに対して,乙2発明は,そのような構成ではない点
b相違点e
本件発明が,吸湿剤と樹脂成分の割合を「吸湿剤及び樹脂成分の合
計量を100重量%として吸湿剤30∼85重量%及び樹脂成分70
∼15重量%含有され」と規定しているのに対し,乙2公報では,そ
のような記載がなく,乙2発明では,その点が明確でない点
(ウ)相違点についての検討
a相違点dについて
(a)周知慣用技術
以下の文献にあるように,吸湿剤(乾燥剤)やガス吸着剤を含む
機能性粒子等の取扱性を高める目的で,機能性粒子等をフィブリル
化PTFEで取りまとめて成形体にすることは,周知慣用技術であ
る。
なお,以下の文献以外にも,機能性粒子をフィブリル化PTFE
で取りまとめることが周知慣用技術であることについて記載した文
献は多数存在し,例えば,特開平5−4247号公報(乙7の1),
特開昭63−36836号公報(乙7の2),日刊工業新聞社「機
能性含ふっ素高分子」(乙7の3),特開平3−122008号公
報(乙19),特開平3−228813号公報(乙20),特開平
3−228814号公報(乙21)などがある。
ⅰ国際公開97/27042号公報(乙13。以下「乙13公
報」という。)は,「乾燥剤を包むための外部カバーや類似の外
部パッケージを必要とすることなく,乾燥剤粒子を捕捉」するた
めに(第8頁第15∼18行),乾燥剤を「PTFEの前記ノー
ドとフィブリル内に捕捉」することを開示している(請求項8)。
ⅱ特開平6−211994号公報(乙1の1。以下「乙1−1公
報」という。)や特開平8−24637号公報(乙1の2。以下
「乙1−2公報」という。)は,「粉末または粒状活性炭は成形
体とすることが困難である」という不具合を解消し,取扱性を改
善するために,フィブリル化PTFEで取りまとめるという従来
技術の存在について紹介した後(乙1の1の段落【0003】,
乙1の2の段落【0003】),この従来技術を吸湿剤として使
用するための活性炭繊維(乙1の1の表3,乙1の2の段落【0
088】と表1)の成形体化に転用できることを教示する。
ⅲ乙1−3公報は,湿気などのガス状汚染物質(第4欄12ない
し16行,実施例3)を吸着除去するために使用する吸着剤物質
について,この「吸着剤物質が外部へ移動せず,汚染の問題が生
じない」ようにするために充填PTFE(多孔質延伸PTFE)
を使用することを開示する(第4欄32行ないし第5欄7行)。
この多孔質延伸PTFEは,乙5−1公報及び乙5−2公報に開
示の方法で得られるものであり,これらの米国特許公報には,延
伸多孔質PTFEはフィブリル化されていることが記載されてい
る。
以上のことから,乙1−3公報は,湿気などのガス状汚染物質
を除去するための吸着剤物質をそのままで用いると外部へ移動し
て汚染のおそれがあること,この汚染を防止する目的で吸着剤物
質をフィブリル化PTFEで取りまとめることを開示している。
ⅳ特開昭63−28428号公報(乙1の4。以下「乙1−4公
報」という。)は,「従来の乾燥材は,第5図に示すように吸湿
性のある微粒子をそのまま・・・容器に入れて使用している。・
・・しかしながら,上記吸湿性のある粒子はペレット状ないし粉
末で使用されることが多く,その取り扱いが非常に面倒で,使用
中にこすり合わされて微粉化し,これが飛散して環境を汚染して
しまうという欠点があった」という問題点を解決するために(1
頁右欄9行ないし2頁左上欄5行),網目状空間を有するポリテ
トラフルオロエチレン(すなわち,フィブリル化されたポリテト
ラフルオロエチレン)で吸湿性微粒子を結着することを開示する
(請求項1,2頁左上欄19行ないし右上欄4行,図1)。
ⅴ特開平4−323007号公報(乙1の5。以下「乙1−5公
報」という。)は,悪臭や有害ガスを吸着除去するための吸着材
粉末について(発明の効果の欄,要約),「その取り扱いが容易
なように」するために(段落【0002】),「ポリテトラフル
オロエチレン樹脂成形体からなる吸着性材料」にすることを開示
する(請求項1)。このPTFEは,上述したように,「ルーズ
な状態で吸着剤を被覆する・・・結果,吸着剤と樹脂との界面に
微細孔構造が生じ」るものであり(段落【0006】),「全体
として多孔質」になるものであるから(段落【0009】),フ
ィブリル化PTFEである。
(b)相違点dの容易想到性
機能性粒子等の取扱性を高める目的で,機能性粒子等をフィブリ
ル化PTFEで取りまとめて成形体にすることは,上記(a)のと
おり,周知慣用技術として広く知られている。本件発明の相違点d
に係る構成(吸湿剤とフィブリル化フッ素樹脂とで成形体にするこ
と)は,単にこの周知慣用技術を採用したにすぎない。
さらに,乙2公報は,「上記化合物を通気性を有する袋に入れて
ガラス封止缶7に固定する方法,ガラス封止缶7に仕切りを設け,
この仕切りの中に上記の化合物を入れる方法」などのように化合物
(乾燥剤)を粒(粉)のままで取り扱うことを開示する一方で,
「上記の化合物を固形化して成形体」にすることも開示している
(段落【0019】)。そうすると,乙2公報においても,粉体を
そのまま取り扱う場合のほか,粉体を成形体にすること(すなわち,
取りまとめること)を示唆しているものである。
そうであるとすれば,本件発明の相違点dに係る構成を採用する
ことは,まさに乙2公報の記載及び上記各周知慣用技術文献の記載
に強く動機付けられているものである。
b相違点eについて
前記a(a)で挙げた乙第13公報,乙1−1公報,乙1−2公報,
乙1−3公報,乙1−4公報及び乙1−5公報に記載されている粒子
状吸着剤とフィブリル化フッ素樹脂の割合を,本件発明に特定された
範囲に併せて一覧にすると,別表1のとおりであるが,同表から明ら
かなように,粒子状吸着剤とPTFEとの割合に特段の制約はなく,
目的に応じて適宜配合できることも周知である。そして,本件発明が
規定する範囲は,吸湿剤30ないし85重量%,樹脂成分70ないし
15重量%であって,極めて広く,かつ,周知の範囲内であり,この
ような広い範囲のどこかに配合比率を設定する程度のことは当業者で
あれば容易になし得る。
したがって,吸湿剤やガス状吸着剤とフィブリル化フッ素樹脂の割
合を本件発明程度の範囲に設定することも,周知慣用技術に照らして
容易である。
(エ)本件発明の効果について
本件発明の効果として,①フィブリル化による優れた吸湿性,②粉末
が脱落して容器に散乱することの回避,及び③収納部の確保の不要化に
よるデバイスの小型化・軽量化などが挙げられているが,これら効果が
いずれも格別なものではないことは,前記ア(オ)で主張したとおりで
ある。
(オ)小括
以上のとおり,乙2発明と本件発明とを対比すると,相違点d及びe
が存在するものの,これら相違点に係る本件発明の構成は,周知慣用技
術(乙13,乙1の1ないし5等)であって,当業者であれば容易に想
到できることが明らかである。
そして,本件発明の作用効果も格別のものではないし,その組合せを
阻害すべき事項もないのは,前記無効主張1のとおりである。
したがって,本件発明は,進歩性がなく,特許法29条2項により,
特許を受けることができないものであるから,同法123条1項2号に
該当し,無効とされるべきものである。よって,同法104条の3第1
項により,原告は,本件特許権に基づく権利行使をすることはできない。
(原告)
ア無効主張1について
(ア)本件発明の効果について
a本件明細書には,「本発明によれば,吸湿性成形体を採用している
ので,電子デバイス等の装置内部に侵入した水分をより容易かつ確実
に除去することができる。これにより,乾燥手段の設置を機械化する
ことも可能となる。また,これに伴い,雰囲気内に水分が侵入する機
会が減り,当初から高い乾燥状態をもつ雰囲気を作り出すことができ
る。すなわち,高い乾燥状態でデバイスを製造できるとともに製造後
も確実に水分を除去できるので,より安定性・信頼性の高いデバイス
を工業的規模で提供することが可能となる。また,乾燥手段として従
来の乾燥剤(粉末)をそのまま用いた場合と異なり,粉末が脱落して
容器に散乱するという問題も回避することができる。さらに,粉末を
使用する場合は収納部の確保が必要であったが,本発明ではそのよう
な必要がなくなり,デバイスの小型化・軽量化にも貢献することがで
きる。」との記載があり(5頁11ないし21行),同記載からすれ
ば,本件発明は,①粘着剤や接着剤を用いなくても,酸化カルシウム
等の吸湿剤が脱落して容易に散乱するという事態を回避できるという
効果(以下「本件効果①」という。)及び②脱落が防止されていると
いうことは吸湿剤がフッ素系樹脂と接触して担持(固定)されている
ことを意味するところ,吸湿剤の当該接触部分は吸湿性能が発揮され
なくなる分,全体として吸湿性能が大幅に低下すると予想されるにも
かかわらず,粉末単独の場合と同等のレベルの吸湿性能が得られると
いう効果(以下「本件効果②」という。)を同時に達成することがで
きるものである。
b乙1−3公報からは,以下のとおり,本件効果①と本件効果②とい
う相反する効果が同時に達成されることを予測することは到底不可能
である。
(a)本件効果①について
乙1−3公報には,充填PTFEは,吸着剤物質が外部へ移動せ
ず,汚染の問題が生じないことから,特に好ましい旨が形式的に記
載されている。
しかしながら,乙1−3公報の「吸着剤層」の形成方法は,予め
形成された延伸PTFEに後から吸着剤物質を充填することを前提
とするものである。
そして,乙1−3公報には,「後入れ方法」によって吸着剤物質
が脱落しないように延伸PTFE中にどのように充填すればよいか
につき,その詳細は一切明かされていない。また,乙1−3公報の
実施例3には,シリカゲルを延伸PTFE中に「impregna
ted」により充填したこと自体は記載されているが,通常,シリ
カゲルは溶液状ではなく個体(粒子)状であるところ,例えば,①
どのような粒径を持つシリカゲル粒子を,どのような細孔を持つ延
伸PTFE中に充填させるのか,②そのようなシリカゲル粒子を,
どのような「後入れ方法」で延伸PTFE中の細孔中に充填させる
のか,③「後入れ方法」では,延伸PTFEの最表面又はその付近
にもシリカゲル粒子が多数付着すると予想され,それらが脱落する
おそれがあるのではないか,④たとえ延伸PTFEの細孔中にシリ
カゲル粒子を充填できたとしても,接着剤や粘着剤なしで本当にシ
リカゲルが脱落しないようにできるのか(また,接着剤や粘着剤を
使えば,吸湿性が犠牲になるのではないか)等,不明な点や疑義あ
る点が極めて多い。このように,「後入れ方法」を前提とする乙1
−3発明では,吸着剤物質の脱落を防止するための具体的な技術手
段が不明であるだけでなく,むしろ,「後入れ方法」を採ることに
より脱落しやすい状態のものしか得られないのではないかという疑
義さえ生じさせるものである。
したがって,乙1−3発明から,直ちに本件発明の本件効果①が
達成できるかどうかを予測することはできない。
(b)本件効果②について
被告は,本件発明の吸湿性能は,専らフィブリル化された多孔質
のPTFEを用いることで必然的に得られる機序の延長でしかなく,
格別顕著な吸湿効果を奏するものではない旨主張する。
しかしながら,被告の上記主張は,乙43実験成績証明書及び乙
22実験成績証明書との対比に基づくものであり,乙1−3公報に
基づくものではない。乙1−3公報には,せいぜい「シリカゲルが
湿気を吸収した」という程度の効果しか記載されておらず,本件効
果②については開示していない。
また,乙43実験及び乙22実験は,本件発明に開示されている
シート形成方法で吸湿性成形体を作成することを前提とするもので
あり,「後入れ方法」を前提とする乙1−3公報とは直接関係のな
いものであるから,本件明細書と乙43実験成績証明書及び乙22
実験成績証明書を対比したところで,これが,乙1−3公報からみ
た本件発明の効果の予測性を認定する根拠となり得ないことは明ら
かである。
したがって,当業者が,何の実験も行うことなく,乙1−3公報
から直ちに本件発明の本件効果②を予測することは,到底不可能で
ある。
(c)まとめ
前記(a)及び(b)のとおり,「後入れ方法」を前提技術とし
ている乙1−3発明において,本件効果①及び本件効果②という2
つの効果が一挙に達成できるかどうかは全く不明であるといわざる
を得ない。すなわち,本件効果①及び本件効果②という本件発明の
作用効果は,当業者が,何ら実験をすることなく,乙1−3発明か
ら直ちに予測することなど到底不可能である。
また,たとえ,乙1−3公報に記載の「後入れ方法」で吸着剤層
を形成しようとしても,前記(a)のとおり,「後入れ方法」に関
する詳細が明らかにされていない以上,乙1−3公報の実施例3等
を忠実に再現することができないから,この点からみても,本件発
明の上記効果を予測できないことは明らかである。
以上より,本件発明の効果は,乙1−3公報又はこれと他の文献
との組合せをもってしても容易に予測できるものでないことは明ら
かである。
(イ)阻害要因について
a酸化カルシウムは,水と反応して激しく発熱することから,有機物
を発火させるおそれが知られていた(甲9,19ないし21)。この
ことは,酸化バリウム(甲17,18),酸化ストロンチウム(甲2
4,乙6の4)についてもいえることである。このように,酸化カル
シウム等は,いずれも,水との反応により激しく発熱し,少なくとも
可燃性物質(ワラ,紙など)を発火させることが知られていた。
そして,酸化カルシウムの発熱温度は高く,場合によっては,80
0ないし900℃にまで達すること,一方,樹脂の発火温度は,ポリ
プロピレンは201℃,ポリスチレンは282℃,メラミンは380
℃,テフロン(PTFE)は492℃であること(甲26)が知られ
ていた。
したがって,酸化カルシウム等が,その表面を樹脂で覆われること
なく使用され,その吸湿性能が実質的にそのまま発現されるような場
合には,通常の樹脂の発火の危険性はもとより,フッ素樹脂の発火の
危険性も認識されていたことが容易に理解できる。
本件発明においても,酸化カルシウム等は,粉末状の形態にあり,
フッ素樹脂はフィブリル化された細かい糸状となって,粉末状の酸化
カルシウム等を取り込み,シートを形成するのであるから,酸化カル
シウム等の発熱温度は高くなり,発火の問題が生じる。PTFEの発
火の危険性は,これについての実験の結果を報告した実験成績証明書
(以下「甲27実験成績証明書」といい,同実験成績証明書に係る実
験を「甲27実験」という。)からも明らかである。
以上より,酸化カルシウム等をフィブリル化PTFEと組み合わせ
ることには,阻害要因が存在する。
bこれに対し,被告は,以下の理由から,阻害要因が存在しない旨主
張するが,被告の同主張は,以下のとおり,誤りである。
(a)被告は,酸化カルシウム等と樹脂とは従来から組み合わされてい
ることを理由に,阻害要因が存在しない旨主張する。
しかしながら,酸化カルシウム等の表面が樹脂で覆われて,ほと
んど水分と接触しない場合は,そもそも発火の問題は生じないので
あり,問題とすべきは,フィブリル化PTFEのような水分をよく
通す樹脂に酸化カルシウム等を組み合わせた場合に発火するおそれ
があるかという点である。
したがって,被告の上記主張は失当である。
(b)被告は,酸化カルシウム等とPTFEの組合せが必然的に発火
を招くことはないことを理由に,阻害要因が存在しない旨主張する。
しかしながら,必然的に発火を招かなければ阻害要因とならない
ことの根拠はなく,被告の上記主張は失当である。
(c)被告は,PTFEは一義的に可燃物であるとはいえないことを
理由に,阻害要因が存在しない旨主張する。
しかしながら,PTFEの発火点は,酸化カルシウム等の発熱温
度より低いのであるから,発火するおそれがあることは,当業者で
あれば容易に認識できる。
したがって,被告の上記主張は失当である。
(d)被告は,厳重な管理体制下で行われる吸湿性成形体の製造及び電
子デバイスの組立過程では,発火の危険性が回避できるとの原告の
主張を援用して,阻害要因は存在しない旨主張する。
しかしながら,上記のようにして発火の危険を回避できることが
判明したのは,本件発明の完成後であり,本件発明を知らない当業
者が,酸化カルシウム等をフィブリル化PTFEに組み合わせた場
合に発火のおそれがあることを認識していたか否かという問題とは
次元を異にする。
したがって,被告の上記主張は失当である。
(e)被告は,酸化カルシウムが,食品等の分野で,吸湿剤として使用
されていることを理由に,阻害要因が存在しない旨主張する。
しかしながら,本件発明は,あくまでも電子デバイス用の吸湿材
料であって,食品用のものとはその要求される吸湿性能が異なる。
したがって,被告の上記主張は失当である。
c本件審決の認定の誤りについて
(a)粉末の酸化カルシウム等と樹脂を混合する目的は,酸化カルシウ
ム等の発火の回避であり,フィブリル化したPTFEではこの目的
を達成できない点(以下「阻害事由1」という。)に対する認定の
誤り
本件審決は,粉末の酸化カルシウム等に樹脂を混合することにつ
いて,乙6−4公報,乙14公報及び乙15公報には,酸化カルシ
ウム等の発火の回避とは異なる目的が記載されていることを理由に,
専ら粉末の酸化カルシウム等の発火を防止するために樹脂が使用さ
れていたと解することはできないとして,阻害事由1の成立を否定
した。
しかしながら,特開平6−277507号公報(甲29。以下
「甲29公報」という。)及び特開平5−227930号公報(甲
30。以下「甲30公報」という。)には,酸化カルシウム等を粉
末のまま用いると,水に接触したとき,発熱,発火の危険性があり,
火傷や火災の原因になること,及びこの危険を回避するために,酸
化カルシウム等を樹脂に混入して用いることが記載されているとこ
ろ,本件審決は,上記各公報の上記目的が,「専ら」の目的ではな
いとして,阻害事由1を排除しているが,「専ら」の目的でなけれ
ば阻害要因とならないことについての説明がない。
甲29公報及び甲30公報には,粉末の酸化カルシウムは樹脂に
混入して使用しなければ,水と接触したときに,発熱,発火の危険
がある旨記載されており,このような危険が現実のものとなれば,
人の生命をも奪いかねないから,同危険は,阻害事由となる。
したがって,本件審決の上記認定は誤りである。
(b)粉末の酸化カルシウム等をフィブリル化したPTFEと組み合わ
せた吸湿剤は発火の危険がある点(以下「阻害事由2」という。)
に対する認定の誤り
本件審決は,阻害事由2を否定するに当たって,①酸化カルシウ
ム等とPTFEの組合せは必然的に発火を招くか,②PTFEは一
義的に可燃物といえるか,③PTFEを可燃物と解した場合,酸化
カルシウム等とPTFEの組合せは阻害要因となるか,という3つ
の観点から判断している。
そこで,以下,本件審決の上記の各観点からの判断の誤りを主張
する。
ⅰ上記①の観点からの判断の誤り
まず,本件審決は,環境にかかわらず,酸化カルシウム等が水
と共存しさえすれば,PTFEは当然に発火するとはいえない旨
判断した。
しかしながら,「危険物ハンドブック」(甲25。以下「甲2
5文献」という。)には,「酸化カルシウムの結晶は目立たない
程度に徐々に水と反応するが,粉末は数分後に爆発的な激しさで
反応する。生石灰は,1/3の重量の水と混合すると150∼3
00℃(量による)に達し,可燃性物質に着火することが可能と
なる。場合によっては800∼900℃にまで達する。」との記
載があり,「理科年表平成11年」(甲26。以下「甲26文
献」という。)には,PTFEの発火温度は492℃であること
が記載されており,同記載から,当業者は,粉末の酸化カルシウ
ムとPTFEの組合せは,水と接触したときPTFEの発火温度
より高くなり,PTFEが発火する場合があることを認識し,こ
の認識が阻害要因となる。これを無視して,「必然的に」発火す
るとはいえないから,阻害事由2はないとする本件審決の認定は
誤りである。
次に,本件審決は,甲27実験及び甲第28号証の実験成績証
明書(以下「甲28実験成績証明書」という。)に係る実験(以
下「甲28実験」という。)で用いられた酸化カルシウムの配合
量70%は,本件発明の実施例8より多いことから,上記各実験
の結果にもかかわらず,酸化カルシウム等とPTFEの組合せが
必然的に発火を招くと解することはできないと判断した。
しかしながら,本件発明は,酸化カルシウム等を30ないし8
5%含有する吸湿性シートを包含しており,上記各実験は,この
範囲内の配合量で実験されたものである。また,甲第37号証の
実験成績証明書に係る実験(以下「甲37実験」という。)では,
酸化カルシウムとPTFEとの配合割合について,本件発明の実
施例8と同じ吸湿性シートで実験を行っているが,その結果,同
シートが水と接触すると,炎を上げて発火した。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
さらに,本件審決は,特開2002−280166号公報(甲
12。以下「甲12公報」という。)には,酸化バリウムとPT
FE吸着シートに水を滴下しても発煙しなかったとの記載がある
ことから,酸化カルシウム等とPTFEの組合せが必然的に発火
を招くと解することはできないと判断した。
しかしながら,本件発明の出願当時,酸化カルシウム等は水と
接触したとき激しく発熱し,可燃物を燃焼させ,それが発火の原
因となることは知られており,当業者も,そのように認識してい
た(甲9ないし11,16ないし24,29,30)。また,甲
12公報は,本件発明の優先権主張日後に公知となった文献であ
り,これをもって本件発明の出願当時の当業者の上記認識が覆さ
れることはない。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
ⅱ上記②の観点からの判断の誤り
本件審決は,「英和プラスチック工業辞典」(甲34。以下
「甲34文献」という。)及び「プラスチック大辞典」(甲35。
以下「甲35文献」という。)に記載された,可燃性,不燃性の
定義についての広義の解釈を採らず,乙40文献及び甲35文献
に燃焼のしやすさを評価する手法として,JIS規格が記載され
ていることから,プラスチックにおける定義を採用し,同定義に
よれば,PTFEは不燃物に当たるとして,PTFEを一義的に
可燃物であると解することはできないと判断した。
しかしながら,JIS規格は,材料の燃焼のしやすさの程度を
示す1つの規定であって,これをもって「燃焼性」,「可燃物」
の定義とすることはできない。この点を措くとしても,甲34文
献によれば,650℃に加熱しても発火しないものを不燃性とい
うのであるから,492℃の発火温度を有するPTFEは不燃物
とはいえず,可燃物になる。
また,本件審決が,PTFEが一義的に可燃物でなければなら
ないとする理由は不明である。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
ⅲ上記③の観点からの判断の誤り
本件審決は,乙10文献及び乙38文献の記載を根拠として,
PTFEを可燃物と解して,水と接触したときに発火の危険性が
あるとしても,酸化カルシウム等の粉末乾燥剤は広く使用されて
おり,製品に注意書きを付するなどの危険性回避手段を講じれば,
発火の危険性は回避できるから,酸化カルシウム等をPTFEと
組み合わせることに阻害要因があると解することはできない旨判
断した。
しかしながら,乙10文献及び乙38文献は,食品用の乾燥剤
であるところ,食品用の乾燥剤は,極めて緩やかな吸湿性を有す
るものであれば足り,高い吸湿性が要求される電子デバイス用の
吸湿剤に比べ,発火の問題は大幅に小さい。
実際に,乙10文献には,「主成分の酸化カルシウムは放置す
ると数十時間で反応が終わりますが,日本石灰乾燥剤協会(NS
KK)に準ずる透湿性のある包材で使用する事により水分の吸着
をコントロールしています。」と明記されており,また,同文献
に記載された生石灰乾燥剤吸水速度のグラフでは,重量増加率が
5%になるまでに約96時間もかかっている。このように,食品
用の用途で要求される吸湿性は,電子デバイス用で要求される吸
湿性とは全く異なるものであり,この用途の違いは無視できない
レベルにあることは明らかである。
したがって,食品用と電子デバイス用の吸湿剤を同じレベルで
考えた本件審決の上記判断は誤りである。
イ無効主張2について
(ア)乙2公報には,電子デバイス用の吸湿剤がそのデバイス内で脱落す
ることによる問題については,何ら記載も示唆もされていないから,乙
2発明において,フィブリル化PTFEに酸化カルシウム等が充填され
た吸湿性成形体をわざわざ導入する必然性はないというべきである。
また,前記ア(イ)のとおり,フィブリル化フッ素樹脂に酸化カル
シウム等を組み合わせることを妨げる事情が当時存在していたから,乙
2発明に被告主張のような技術を適用することが容易であるとは到底い
えない。
さらに,被告が引用する乙1−1公報,乙1−2公報及び乙1−3公
報から推測できる効果としては,せいぜいフィブリル化フッ素樹脂中の
機能性粒子が何らかの吸湿性を発現するというレベルであって,「粉末
単体の場合と同程度の吸湿効果」まで予測することはできない。
(イ)被告提出の証拠の評価
a乙1−1公報及び乙1−2公報について
乙1−1公報及び乙1−2公報は,活性炭素繊維の使用を前提とす
るものであり,その繊維とフィブリル化PTFEとの絡まりにより構
成されているものであって,酸化カルシウム等の非繊維状の物質とフ
ィブリル化PTFEとの組合せを前提とする本件発明と,その前提技
術が異なるから,上記各公報から直ちに「粉末単体の場合と同程度の
吸湿性能の発揮」という効果を予測することはできない。
b乙13公報について
乙13公報には,乾燥剤としての使用が記載されているにとどまり,
その具体的吸湿性能については触れられておらず,ましてや,「粉末
単体の場合と同程度の吸湿効果」という本件発明に特有の効果も記載
されていない。
また,乙13公報に記載されている乾燥剤は,物理的吸収剤であり,
酸化カルシウム等のような化学吸湿剤を用いることは一切記載されて
いない。
さらに,乙13公報の実施例1ないし4は,水を使用してフィブリ
ル化フッ素樹脂を製造しているが,水を用いる製造条件で酸化カルシ
ウム等を使用すれば水酸化カルシウムとなり,もはや乾燥剤として使
用できなくなることから,そのような製造条件で酸化カルシウム等を
使用することは技術的にあり得ない。この点からみても,乙13公報
は,酸化カルシウム等の吸湿剤の使用を全く想定していないことが分
かる。
このように,乙13公報で開示された技術は,あくまで,乾燥剤を
加熱することにより再利用することを前提とする技術であり,すなわ
ち,吸湿,放湿を可逆的に行える物理吸着剤を必須とするものであり,
一方的に吸湿のみが行われる酸化カルシウム等を組み合わせることは
できない。
c乙1−4公報について
乙1−4公報も,乙13公報と同様に,単に乾燥剤としての使用が
開示されているにすぎず,「粉末単体の場合と同程度の吸湿効果」ま
で予測することは不可能である。
また,乙1−4公報には,物理的吸着剤しか開示されていない上,
同公報の技術は,吸着剤を加熱して再生することを前提とするもので
あり,一方的に吸湿のみ行われる酸化カルシウム等を適用することは
できない。
d乙1−5公報について
乙1−5公報には,吸湿性能そのものに関する記載がないことから,
「粉末単体の場合と同程度の吸湿効果」を予測することは到底不可能
である。
また,乙1−5公報で開示された技術は,加熱により再利用できる
吸着剤の使用を前提とするものであるから,同技術に酸化カルシウム
等を導入することを妨げる事情があるといわざるを得ない。
(2)争点(2)(補償金額及び損害額)について
(原告)
ア補償金請求額
本件特許の出願は,平成13年11月22日に出願公開されたが,被告
は,当該出願の審査過程において,平成17年3月8日,特許庁に対し,
刊行物等提出書による情報の提供をしており,遅くとも,上記の時点まで
に,本件発明が,出願公開がされた特許出願に係るものであることを知っ
た。
被告は,平成17年3月8日から平成18年11月30日までの間に,
少なくとも,被告製品を,単価14円以上で,5636万6000個販売
した。
そして,本件発明の実施に対して受けるべき金銭の額としては,販売価
格の20%の金額が相当である。
したがって,原告は,被告に対して,特許法65条1項に基づき,平成
17年3月8日から平成18年11月30日までの間の本件発明の実施に
対して,少なくとも1億5782万4800円(5636万6000個×
14円×20%)の金額の補償金請求権を有する。
イ損害賠償請求
被告は,平成18年12月1日以降,平成19年7月24日までの間に,
被告製品を,少なくとも2667万6000個販売した。
原告は,平成14年5月以降,本件発明の実施品である有機FL用を含
む電子デバイス用シート状乾燥剤を,毎年約3445万個の割合で販売し
ているところ,上記原告の製品の平成18年12月1日から平成19年7
月24日までの間の平均販売単価は,14.31円であり,その販売利益
率(限界利益率)は,少なくとも67%を下らない。
したがって,原告は,被告に対して,民法709条,特許法102条1
項に基づき,上記期間の本件特許権侵害に対して,少なくとも2億557
6万1485円(2667万6000個×14.31円×67%)の金額
の損害賠償請求権を有する。
(被告)
争う。
第3当裁判所の判断
1争点(1)(本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものか)に
ついて
(1)事実認定
ア本件明細書には,以下のとおりの記載がある(甲2)。
(ア)「電池,キャパシタ(コンデンサ),表示素子等の電子デバイスは,
超小型化・超軽量化の一途をたどっている。これらの電子部品は,必ず
外装部の封止工程において,ゴム系シール材あるいはUV硬化性樹脂等
の樹脂系接着剤を用いて封止が行われる。ところが,これらの封止方法
では,保存中又は使用中にシール材を通過する水分により電子部品の性
能劣化が引き起こされる。・・・他方,これらの電子デバイスを組み立
てる工程では,全工程にわたって湿度を0に維持することは事実上不可
能であるため,例えば電子デバイス完成後のエージング工程中において,
組立工程中に電子デバイス中に侵入した水分を吸湿することが必要不可
欠となる。ところが,前記のように,電子デバイス内に侵入した水分を
確実かつ容易に吸湿する技術は未だ確立されていない。」(2頁6ない
し23行)
(イ)「本件発明の吸湿性成形体は,樹脂成分がフィブリル化されている
ことが好ましい。フィブリル化によって,いっそう優れた吸湿性を発揮
することができる」(4頁34ないし35行)
(ウ)「本発明によれば,吸湿性成形体を採用しているので,電子デバイ
ス等の装置内部に侵入した水分をより容易かつ確実に除去することがで
きる。これにより,乾燥手段の設置を機械化することも可能となる。ま
た,これに伴い,雰囲気内に水分が侵入する機会が減り,当初から高い
乾燥状態をもつ雰囲気を作り出すことができる。すなわち,高い乾燥状
態でデバイスを製造できるとともに製造後も確実に水分を除去できるの
で,より安定性・信頼性の高いデバイスを工業的規模で提供することが
可能となる。また,乾燥手段として従来の乾燥剤(粉末)をそのまま用
いた場合と異なり,粉末が脱落して容器に散乱するという問題も回避す
ることができる。さらに,粉末を使用する場合は収納部の確保が必要で
あったが,本発明ではそのような必要がなくなり,デバイスの小型化・
軽量化にも貢献することができる。このような特徴をもつ本発明の吸湿
性成形体は,電子材料,機械材料,自動車,通信機器,建築材料,医療
材料,精密機器等のさまざまな用途への応用が期待される。」(5頁1
1ないし23行)
イ乙1−3公報には,以下のとおりの記載がある(乙1の3,弁論の全趣
旨)。
(ア)「1.コンピューターのエンクロージャー内に発生する未処理のガ
ス状汚染物を除くための,低縦断面容器を有する吸着剤アセンブリであ
って,接着剤層,薄い吸着剤層,延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレ
ン膜からなるフィルター層の3層からなり,吸着剤層は接着剤層とフィ
ルター層の間に存在する吸着剤アセンブリ。
4.吸着剤層は,吸着剤で充填された多孔質高分子材料の骨格からな
る,請求項1の吸着剤アセンブリ。
5.多孔質高分子材料の骨格が,延伸多孔質ポリテトラフルオロエチ
レンである,請求項4記載の吸着剤アセンブリ。
7.吸着剤物質が,シリカゲル,活性炭,活性アルミナ,モレキュラ
ーシーブのような物理的吸着剤から選ばれる請求項1記載の吸着剤アセ
ンブリ。
8.吸着剤物質が,過マンガン酸カリウム,炭酸カルシウム,硫酸カ
ルシウム,及び粉末金属からなる群から選ばれる請求項1記載の吸着剤
組み立て品。」(特許請求の範囲)
(イ)「この発明は,薄型コンパクトな自己接着剤型の吸着剤アセンブリに
関するものであり,この吸着剤アセンブリは,接着剤層,1以上の吸着
剤または反応性物質の層,および吸着剤物質を保持し,ガスと選択され
た液体を透過し得るが,大きなサイズの物質は透過し得ないフィルター
材層を有するものである。この吸着剤アセンブリは,汚染物質除去のた
めにエンクロージャー内部に取り付けることを目的として設計されてい
る。あるいは,吸着剤アセンブリは,エンクロージャーの外側に取り付
けるためにも提供される。」(第1欄12ないし20行)
(ウ)「吸着剤の空間を最小限に抑え,また,敏感な機器を収容しているエ
ンクロージャー内の最も重要な領域の近くに簡単に取り付けられ,長時
間使用できる吸着剤を備えている装置が長く望まれていた。」(第2欄
47ないし50行)
(エ)「本発明は,コンピューターディスクドライブのエンクロージャー内
で使用される,エンクロージャー内の汚染物を除去可能な,自己接着で
きる非常に薄い吸着剤フィルターアセンブリを提供する。」(第3欄6
1ないし64行)
(オ)「懸念されるガス状汚染物質には,フタル酸ジオクチル,塩素,硫化
水素,一酸化窒素,無機酸のガス,シリコーン,炭化水素主体の切削油
及び他の炭化水素汚染物に起因する蒸気が含まれるが,これらに限定さ
れることはない。」(第4欄12ないし16行)
(カ)「吸着剤としては,粒状活性炭のような100%吸着剤物質の1以上
の層からなるものでもよく,または多孔質高分子材料骨格を有し,その
ボイド空間が吸着剤で充填されたような充填製品でもよい。他に可能な
ものとしては,ラテックスあるいは他のバインダー樹脂を含んでもよい
セルロースあるいは高分子不織布のような不織布に侵入された(imp
regnated)吸着剤が含まれるが,同様に,吸着剤と高分子又は
セラミックのフィルターとの多孔質成形体でもよい。吸着剤は,特定の
吸着剤が100%でもよく,あるいは異なるタイプの吸着剤の混合物で
も構わず,特定の用途に応じて選択する。好ましい態様は,米国特許第
3,953,566号および4,187,390号に開示の方法で得ら
れる延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の使用であり,
加えて,特定の吸着剤物質が充填された延伸多孔質PTFEである。充
填PTFEは,吸着剤物質が外部へ移動せず,汚染の問題が生じないこ
とから,特に好ましい。充填PTFE層は,約0.005インチ(0.
13mm,130μm)を下まわる厚みの如く,極めて薄い寸法とする
ことができ,それ故,側面が極めて低い容器に適合できる点も好ましい。
吸着剤物質としては,シリカゲル,活性炭,活性アルミナ,またはモ
レキュラーシーブスのような物理吸着剤や,過マンガン酸カリウム,炭
酸カルシウム,硫酸カルシウム,粉末金属,または除去が要求される既
知の汚染物に応じてガス状の汚染物を排除するための他の反応性物質の
ような化学吸着剤が含まれる。加えて,吸着剤物質は,上述の物質の混
合物でもよい。さらに,吸着剤物質の層を複数層としてもよく,その場
合,それぞれの層は異なる吸着剤物質を含み,異なる層を通過して選択
的に除去される。
表面フィルター層は,ガス透過性を有し,蒸気汚染物が吸着剤層まで
拡散し得る微粒子ろ過メディアからなる。表面フィルター層は,アセン
ブリにおいて,吸着剤物質(または層)の保持手段も提供する。フィル
ター層には,高分子膜,開口を持たない濾紙,あるいはラミネートフィ
ルター材が含まれる。高い蒸気透過性と高い微粒子保持性を有する好ま
しい材料として,延伸多孔質PTFE膜またはそのラミネートが挙げら
れる。」(第4欄32行ないし第5欄7行)
(キ)「吸着剤層は,ほぼ0.5インチ(13mm)の径と0.022イン
チ(0.5589mm)の厚みを有していた。この吸着剤層は,炭素量
で60重量%の活性炭を充填した延伸PTFEから構成されており,活
性炭の全炭素含量は0.0257gであった。」(第6欄67行ないし
第7欄3行)
(ク)「吸着剤層は,延伸PTFE膜を充填する炭素量で70重量%の活性
炭から構成されており,活性炭の全炭素含量は0.0468gであっ
た。」(第7欄38ないし41行)
(ケ)「実施例3
図8や図8aに類似し,次の特徴を有する自己接着型アセンブリを製
造した。このアセンブリは,長さ0.75インチ(19.05mm),
幅0.375インチ(9.525mm),厚み0.050インチ(1.
27mm)の直方体である。最上層は厚み約0.004インチ(0.1
016mm),透過率7.0ガーレー秒,水蒸気透過率70,000g
HO/m・24hrの延伸PTFE膜の層である。このフィルタ層は,2

吸着剤層に積層された。
吸着剤層は厚み約0.043インチ(1.0922mm),長さ0.
625インチ(15.875mm),幅0.156インチ(3.962
4mm)である。この吸着剤層は,延伸多孔質PTFEにシリカゲル+
指示薬で40重量%充填した青の指示色を示すシリカゲルから構成され
ており,全シリカゲル量は,相対湿度20%でのシリカゲルで0.02
1gであった。
接着剤層は,厚み0.002インチ(0.0508mm)の透明ポリ
エステルフィルムの基材上に設けられた厚み0.001インチ(0.0
254mm)の高温除去性アクリル型感圧接着剤である。この層は吸着
剤層と共にエンクロージャーの外側に接着される。透明なポリエステル
フィルムを用いているので,シリカゲルは湿気を吸ったときにゲルの青
色指示がピンクに変わるのを視認できる。接着剤が除去可能であるため,
必要に応じて吸着剤を容易に交換できる。」(第8欄1行ないし33
行)
ウ乙2公報には,以下のとおりの記載がある(乙2)。
(ア)特許請求の範囲【請求項1】
「有機化合物からなる有機発光材料層が互いに対向する一対の電極間
に挟持された構造を有する積層体と,この積層体を収納して外気を遮断
する気密性容器と,この気密性容器内に前記積層体から隔離して配置さ
れた乾燥手段とを有する有機EL素子において,前記乾燥手段が化学的
に水分を吸着するとともに吸湿しても固体状態を維持する化合物により
形成されていることを特徴とする有機EL素子。」
(イ)特許請求の範囲【請求項2】
「前記乾燥手段を形成する化合物がアルカリ金属酸化物またはアルカ
リ土類金属酸化物である請求項1記載の有機EL素子。」
(ウ)【0003】,【0004】
「一方,有機EL素子は,一定期間駆動すると,発光輝度,発光の均
一性等の発光特性が初期に比べて著しく劣化するという欠点を有してい
る。このような発光特性の劣化を招く原因の一つとしては,有機EL素
子の構成部品の表面に吸着している水分や有機EL素子内に侵入した水
分が,一対の電極とこれらにより挟持された有機発光材料層との積層体
中に陰極表面の欠陥等から侵入して有機発光材料層と陰極との間の剥離
を招き,その結果,通電しなくなることに起因して発光しない部位,い
わゆる黒点が発生することが知られている。そこで,この黒点の発生を
防止するためには有機EL素子の内部の湿度を下げる必要がある。」
(エ)【0008】
「上記の課題を解決するために,本発明の有機EL素子は,有機化合
物からなる有機発光材料層が互いに対向する一対の電極間に挟持された
構造を有する積層体と,この積層体を収納して外気を遮断する気密性容
器と,この気密性容器内に前記積層体から隔離して配置された乾燥手段
とを有する有機EL素子において,前記乾燥手段が化学的に水分を吸着
するとともに吸湿しても固体状態を維持する化合物により形成されてい
る構成とし,特に,前記乾燥手段を形成する化合物が,アルカリ金属酸
化物またはアルカリ土類金属酸化物,硫酸塩,金属ハロゲン化物,過塩
素酸塩および有機物のいずれかである構成とした。」
(オ)【0009】
「本発明の有機EL素子は,有機化合物からなる有機発光材料層が互
いに対向する一対の電極間に挟持された構造を有する積層体と,この積
層体を収納して外気を遮断する気密性容器と,この気密性容器内に前記
積層体から隔離して配置された乾燥手段とを有する有機EL素子におい
て,化学的に水分を吸着するとともに吸湿しても固体状態を維持する化
合物を用いて乾燥手段とする。このような化合物を乾燥手段に用いるの
は,物理的に水分を吸着する化合物は,一旦吸着した水分を高い温度で
再び放出してしまうため,黒点の成長を十分に防止することができない
からである。」
(カ)【0013】,【0014】
「乾燥手段8を形成する化合物としては,化学的に水分を吸着すると
ともに吸湿しても固体状態を維持するものであればいずれも使用可能で
ある。このような化合物としては,例えば,アルカリ金属酸化物,アル
カリ土類金属酸化物,硫酸塩,金属ハロゲン化物,過塩素酸塩,有機物
が挙げられる。・・・前記アルカリ土類金属酸化物としては,酸化カル
シウム(CaO),酸化バリウム(BaO),酸化マグネシウム(Mg
O)が挙げられる。」
(キ)【0019】,【0020】
「乾燥手段8の封入方法としては,例えば,上記の化合物を固形化し
て成形体とし,この成形体をガラス封止缶7に固定する方法,上記の化
合物を通気性を有する袋に入れてガラス封止缶7に固定する方法,ガラ
ス封止缶7に仕切りを設け,この仕切りの中に上記の化合物を入れる方
法,さらには真空蒸着法,スパッタ法あるいはスピンコート法等を用い
てガラス封止缶7内に成膜する方法など種々の方法を採用することがで
きる。このように,この有機EL素子は,化学的に水分を吸着するとと
もに吸湿しても固体状態を維持する化合物を用いて乾燥手段8とするの
で,封入の際の取扱が容易であり,より簡便なあるいは機能的な封入方
法の採用が可能である。」
(ク)【0021】ないし【0027】
「次に本発明の実施例および比較例を挙げ,本発明についてさらに具
体的に説明する。
実施例1
酸化バリウム(BaO)を乾燥手段8とし,この乾燥手段8を用いて
図1に示す構造の有機EL素子を作成した。なお,この乾燥手段8は粘
着材を用いてガラス封止缶7に固定することにより封入した。
この有機EL素子の発光部について封入直後に50倍の拡大写真を撮
影した。次に,この有機EL素子を温度85℃の条件で500時間保存
した後,発光部について封入直後と同様にして拡大写真を撮影した。
これらの拡大写真を比較観察したところ,黒点(ダークスポット)の
成長は殆ど見られなかった。
実施例2
前記実施例1において,酸化バリウム(BaO)に代えて酸化カルシ
ウム(CaO)を用いて乾燥手段8としたほかは,前記実施例1と同様
にして有機EL素子を作成するとともに,封入直後および温度85℃に
て500時間保存した後の発光部の拡大写真を比較観察した。
その結果,黒点(ダークスポット)の成長は殆ど見られなかった。
・・・
比較例1
前記実施例1において,酸化バリウム(BaO)に代えてシリカゲル
を用いて乾燥手段8としたほかは,前記実施例1と同様にして有機EL
素子を作成するとともに,封入直後および温度85℃にて500時間保
存した後の発光部の拡大写真を比較観察した。
その結果,黒点(ダークスポット)の成長が著しいことが確認され
た。」
(ケ)【0028】
「以上に詳述した通り,本発明は,化学的に水分を吸着するとともに
吸湿しても固体状態を維持する化合物を用いて乾燥手段とするとともに,
この乾燥手段を,互いに対向する一対の電極間に有機発光材料層が挟持
されてなる積層体から隔離して気密性容器内に封入する構成としたので,
乾燥手段が吸湿した後も素子に悪影響を及ぼすことがないとともに封入
の際の取扱が容易であり,しかもリーク電流やクロストークの発生を招
かないことから,本発明の有機EL素子においては,長期にわたって安
定した発光特性が維持される。」
エ乙5−1公報には,以下のとおりの記載がある(乙5−1)。
「本発明は,非晶質率が5%を超え,ノードがフィブリルで相互結合さ
れている点に特徴があるミクロ構造を有する多孔質のテトラフルオロエチ
レンポリマーを提供する。」
オ乙5−2公報には,以下のとおりの記載がある(乙5−2)。
「本発明は,非晶質率が5%を超え,ノードがフィブリルで相互結合さ
れている点に特徴があるミクロ構造を有する多孔質のテトラフルオロエチ
レンポリマーを提供する。」
カ各種文献の記載
(ア)製品安全データシートの記載
a酸化カルシウムについて(甲9,16)
平成5年6月30日に作成され,平成15年3月1日に改訂された,
宇部マテリアルズ株式会社の製造する化学物質で,製品名「超高純度
酸化カルシウムCSQ」についての「製品安全データシート」には,
以下のとおりの記載がある。
(a)「組成,成分情報・・・化学名又は一般名:酸化カルシウム」
(b)「物理的及び化学的危険性:水分にあうと激しく発熱する。」
(c)「安全取扱い注意事項:水分にあうと激しく発熱し,可燃物を発
火させるのに十分な熱を発生することがある。」
(d)「水と反応し,水蒸気を発生する。この際,可燃物を発火させる
のに十分な熱を発生することがある。」
b酸化バリウムについて(甲10,17,18)
平成10年6月25日に作成され,平成13年12月1日に改訂さ
れた,堺化学工業株式会社(以下「堺化学工業」という。)の製造す
る化学物質で,製品名「BO」についての「製品安全データシート」
には,以下のとおりの記載がある。
(a)「物質の特定・・・化学名:酸化バリウム」
(b)「不燃性但し,水分にあうと激しく発熱し,反応熱でワラ・紙
・油布などの引火性有機物があると発火することがある」
c酸化ストロンチウム(甲11)
平成12年2月1日に作成され,平成16年4月1日に改訂された,
堺化学工業の製造する化学物質で,製品名を「STO」とするものに
ついての「製品安全データシート」には,次のとおりの記載がある。
(a)「物質の特定・・・化学名:酸化ストロンチウム」
(b)「不燃性但し,水分にあうと激しく発熱し,反応熱でワラ・紙
・油布などの引火性有機物があると発火することがある」
(イ)甲12公報には,以下のとおりの記載がある(甲12)。なお,以下
の記載中の特開平9−148066号公報とは乙2公報である。
a【0006】
「特開平9−148066号公報では,有機EL構造体を封止した
ケース内に,有機EL構造体から隔離して化学的に水分を吸着すると
ともに吸湿しても固体状態を維持する化合物を配置した有機EL素子
が開示されている。この発明では,化合物をケース内に固定する方法
が具体的に開示されていないが,実施例で記載されている酸化バリウ
ムや硫酸カルシウムは粉末状であり,これらの粉末をケース内に固定
するには工程が煩雑になる。また,粉末では有機EL素子内を汚染す
る場合があり,取扱いが難しい。また,これらの化学吸着材の粉末は
水と反応して激しく発熱するため,有機EL素子内部に水が浸入した
場合を想定すると,安全性に問題があった。」
b【0019】
「本発明の多孔質吸着シートは,水分吸着性にすぐれたものであり,
しかもその吸湿速度も速い。その上,このシート上に水滴を落として
も,その水滴と吸着材との直接接触が防止されるので,吸着材と水滴
との反応による発熱を生じるようなこともない。」
c【0041】
「実施例1粉末状酸化バリウム(関東化学社製,04040−0
2,平均粒径約10μm,純度80%)をポリテトラフルオロエチレ
ンファインパウダー(三井デュポンフロロケミカル社製,6J,平均
粒径約470μm)に対して,窒素ガス雰囲気下で重量比6:4で計
量し,さらに成形助剤であるシロキサン(信越化学社製,KF99
4)を18wt%加えて混練した。次に,プリフォーム(圧力0.3
MPa,時間1分)成形した後,約2mmの厚さでラム押出し(圧力
10MPa,押出し速度550mm/min)し,さらに厚さが0.
1mmになるまで圧延して多孔質吸着シートを作製した。この多孔質
吸着シートのガーレー数は500秒であった。次に,得られた多孔質
吸着シートを150℃で20分間乾燥させ,日東電工社製両面粘着テ
ープ(厚さ50μmのポリエステル基材の両面に,厚さ30μmのア
クリル系粘着材#5911を積層したもので,トータル厚さは110
μm)の上に貼り付けた後,窒素ガス雰囲気下で10×20mmのサ
イズに打ち抜いた。この打ち抜きシートの重量は約0.1gであり,
クリーンルーム環境25℃,RH50%の条件下でこの吸湿シートの
重量の経時変化(1分毎,1時間)を測った結果,吸湿速度(含有酸
化バリウムの重量変化率)が0.4wt%/minであることを確認
した。また,打ち抜いたシートの多孔質吸着シート面に,水を2cc
落としたが,発煙・温度上昇は確認されなかった。発煙は目視で,温
度上昇は熱電対により測定した。」
d【0045】
「比較例1粉末状酸化バリウム(純度80%)をSUS容器(2
×φ20mm)に0.1g入れたサンプルでは,吸湿速度が25℃,
RH50%の条件下で0.4wt%/minであることを確認した。
この結果から,本発明の実施例1,2の吸湿能力は,粉末状酸化バリ
ウムとほぼ同等の性能を維持していることを確認できた。前記粉末状
酸化バリウム0.1gに水を2cc落としたところ,激しく発熱,発
煙が発生した。」
e【0046】
「【発明の効果】・・・さらに万一水が有機EL素子内に侵入して
も,水と激しく反応して発煙することが無いため,薄型で,安全性の
高い有機EL素子を提供することができる。」
(ウ)シュプリンガー・フェアラーク東京株式会社が,平成8年9月17日
に発行した「危険物ハンドブック1」には,酸化カルシウムについて,
「不燃性で,腐食性のある固体。湿気または水と接触すると激しく反応
し,多量の熱を放出するので,可燃性物質を発火させることもある。」
との記載がある(甲19)。
(エ)化学工業日報社が,平成9年11月28日に発行した「国際化学物質
安全性カード(ICSC)日本語版第3集」には,酸化カルシウムに
ついて,「水と反応し,可燃物を発火させるのに十分な熱を発生す
る。」との記載がある(甲20)。
(オ)財団法人未来工学研究所が,平成4年10月に発行した「−汚染防止
対策のための−化学物質セーフティデータシート(MSDS)」には,
酸化カルシウムについて,「水分にあうと激しく発熱し,反応熱でわら,
紙,油布等の引火性有機物があると発火することがある。」との記載が
ある(甲21)。
(カ)特開昭61−11144号公報には,以下のとおりの記載がある
(甲22)。
a特許請求の範囲
「炭酸カルシウム又は酸化カルシウムを,ケイ酸塩と共に,又はケ
イ酸塩と接触させながら焼成することにより,吸湿時の発熱を可及的
小としうる乾燥剤を製造することを特徴とする乾燥剤の製造方法」
b発明が解決しようとする問題点
「酸化カルシウムを用いる場合には,コストは安く汎用性はあるも
のの吸湿の際の発熱によって火傷・火災等の事故が頻繁に起こってい
る事実があり,安全性の面で問題があった。」
c作用
「本発明によれば,酸化カルシウム又は,炭酸カルシウム加熱の際
に製成される酸化カルシウムとケイ酸塩とが接触した状態で加熱され
る際に,酸化カルシウムとケイ酸塩とが半結合状態の錯化合物を生起
せしめ,同錯化合物が酸化カルシウム吸湿の発熱の反応速度を低下せ
しめ,急激な発熱を防止し,火傷・火災の恐れがなくなり安全性を確
保できるのである。」
(キ)株式会社東京化学同人が,平成17年7月1日に発行した「化学大辞
典」には,酸化ストロンチウムについて,「水を加えると多量の熱を放
出し,水酸化ストロンチウムとなる。」との記載がある(甲24)。
(ク)丸善株式会社(以下「丸善」という。)が,昭和62年3月5日に発
行した「危険物ハンドブック」(甲25文献)には,「酸化カルシウム
の結晶は目立たない程度に徐々に水と反応するが,粉末は数分後に爆発
的な激しさで反応する。生石灰は,1/3の重量の水と混合すると15
0∼300℃(量による)に達し,可燃性物質に着火することが可能と
なる。場合によっては800∼900℃にまで達する。」との記載があ
る(甲25)。
(ケ)丸善が,平成10年11月30日に発行した「理科年表第72冊
平成11年1999」(甲26文献)には,テフロンの発火点が4
92℃である旨の記載がある(甲26)。
(コ)原告が行った甲27実験の報告書である平成19年10月1日付け
の甲27実験成績証明書には,本件明細書の実施例8に準じて作製した
吸湿性成形体(ただし,酸化カルシウムの重量比は70重量%としてい
る。)をアルミニウム製小皿に載せ,その上から脱イオン水を少量かけ
たところ,数秒後に発煙し,それとほぼ同時に瞬間的に炎を上げて発火
し,1ないし2秒後に炎は消えた旨の記載がある(甲27)。
(サ)原告が行った甲28実験の報告書である平成19年10月10日付け
の甲28実験成績証明書には,本件明細書の実施例8及び10に準じて
作製した吸湿性成形体(ただし,吸湿剤は酸化ストロンチウムとし,そ
の重量比は70重量%としている。)をアルミニウム製小皿に載せ,そ
の上から脱イオン水を少量かけたところ,数秒後に発煙し,それとほぼ
同時に瞬間的に炎を上げて発火し,1秒後に炎は消えた旨の記載がある
(甲28)。
(シ)甲29公報には,以下のとおりの記載がある(甲29)。
a【0002】
「【従来技術】食品乾燥剤は広く社会に出まわっている生活必需品
の一つであり,その組成は,シリカゲルや酸化カルシュウムが主であ
る。これらの酸化カルシュウムやシリカゲルはこれらの成分が外に出
ないように包装紙もしくは樹脂処理された包装紙に包まれているが,
外気が自由に出入り可能な様に多孔質の構造となっているのが普通で
ある。」
b【0003】
「【発明が解決しようとする課題】酸化カルシュウムを多孔質の包
装紙に入れた従来製品は,乾燥能力が優れて居り,主として食品乾燥
のために食品と一緒にビン等の容器に入れられ封をされているのが現
状である。酸化カルシュウムが比較的安価な事もあって,通常120
g前後の量が,場合によってはさらに多量の酸化カルシュウムが一つ
の包装袋の中に入れられており,これらは容器の中の食品が消費され
た後も,大部分が酸化カルシュウムの状態として存在している事とな
る。そして大変好ましくない事には,これらの用済み酸化カルシュウ
ムはゴミ箱等に捨てられるのが通常である。」
c【0004】
「酸化カルシュウムは水と反応して発熱する事はよく知られており,
1mol当たりの発熱量は15.2Kcalであり,この捨てられた
酸化カルシュウム乾燥剤による火災発生の報告は姫路市消防局により
の文献,建築防災(NO84P2∼41984)でも紹介されてお
り,大変危険なものである。」
d【0007】
「【課題を解決するための手段】本発明は,これらの課題を解決す
る事を目的としたものであって,ポリマー発泡体中に乾燥剤主成分と
して酸化カルシュウムが含まれているポリマー発泡体乾燥剤であり,
酸化カルシュウムを含有するポリマーを発泡剤により発泡せしめるポ
リマー発泡体乾燥剤製造法である。」
e【0014】
「【作用】混練,可塑化,そして発泡された酸化カルシュウムを主
成分とするポリマー発泡体は,薄いポリマー皮膜が酸化カルシュウム
の表面をおおっている。その結果,多量の水が存在しても急激な水和
反応はおこらず,発火の危険性はなくなる。」
(ス)甲30公報には,以下のとおりの記載がある(甲30)。
a【0002】
「【従来の技術】広く社会に出まわっている乾燥剤はシリカゲルや
酸化カルシウムが主体であり,これらのシリカゲルや酸化カルシウム
は粒状もしくは破砕状として,これらの成分が外に出ないように包装
紙もしくは樹脂処理された包装紙に包まれており,外気が自由に出入
り可能な様に多孔質の構造となっているのが普通である。一方シート
状とした乾燥剤としては微細なシリカゲルを紙の中に均一に配合した
ものが見られる程度である。」
b【0003】
「【発明が解決しようとする課題】酸化カルシウムは炭酸カルシウ
ムより製造される安価な乾燥剤であり,酸化カルシウムを多孔質の包
装紙に入れた従来製品は,乾燥能力が優れていることから,主として
食品乾燥のために食品と一緒にビン等の容器に入れられ封をされてい
るのが現状である。このように酸化カルシウムは比較的安価なことも
あって,通常120g前後の量が,場合によってはさらに多量の酸化
カルシウムが一つの包装紙の中に入れられており,これらは容器の中
の食品が消費された後も,大部分が酸化カルシウムの状態として存在
している事となる。そして大変好ましくない事には,これらの用済み
酸化カルシウムはゴミ箱等に捨てられるのが通常である。
c【0004】
「酸化カルシウムは水と反応して発熱する事はよく知られており,
1mol当りの発熱量は15.2KCalであり,この捨てられた酸
化カルシウム乾燥剤による火災発生の報告は姫路市消防局による文献,
建築防災(NO84P2∼41984)でも紹介されており,大変
危険なものである。」
d【0005】
「一方,火災にならなくても,幼児がしゃぶったりすると熱傷を起
こしたりして,これ又危険であり,この例としても熱傷,第10巻第
2号(1985.3)に松江赤十字病院の先生によって事例として報
告されている。」
e【0007】
「【課題を解決するための手段】本発明は,これらの課題を解決す
る事を目的としたものであって,ポリマーシート中に乾燥剤主成分と
して酸化カルシウムが含まれているシート状乾燥剤であり,酸化カル
シウムを含有するポリマーを混練してシート状に成形することにより
達成される。」
f【0014】
「【作用】熱可塑性樹脂シート内に存在する酸化カルシウムは,ポ
リマーを介して外気もしくは水分と接触する事となる。その結果,多
量の水が存在しても酸化カルシウムは急激な水和反応を起こさず,急
激な温度上昇とか発熱発火の危険性は全くなくなる。一方,吸湿性に
ついては少しの時間的遅れが発生するが,吸湿機能は十分に存在す
る。」
(セ)株式会社工業調査会(以下「工業調査会」という。)が,平成4年
5月25日に発行した「英和プラスチック工業辞典」(甲34文献)
には,「combustible可燃[性]の」の項目において,
「材料が燃えることを表す。一般に有機材料に可燃性で,無機材料は不
燃性である。」との記載が,「incombustibility不
燃性」の項目において,「高温度(例えば650℃)に加熱しても発火
せず且つ赤熱しただけでは灰化しない性質」との記載がある(甲34)。
(ソ)工業調査会が,平成6年10月20日に発行した「プラスチック大
辞典」(甲35文献)には,「flammability燃焼性,可
燃性」の項目において,「可燃性物質が酸化反応によって発熱と光を発
生する現象を生じる性質をいう。・・・プラスチックの燃焼性試験法と
して,JISK6911,JISK7201,JISA1
321等がある。」との記載がある(甲35)。
(タ)原告が行った甲37実験の報告書である平成20年2月27日付けの
甲37実験成績証明書には,本件明細書の実施例8に準じて作製した吸
湿性成形体(酸化カルシウムの重量比は,実施例8と同じ60重量%と
している。)をアルミニウム製小皿に載せ,その上から脱イオン水を少
量かけたところ,約2秒後に発煙し,それとほぼ同時に瞬間的に炎を上
げて発火し,1ないし2秒後に炎は消えた旨の記載がある(甲37)。
(チ)富士ゲル産業が,酸化カルシウムを主成分とする業務用乾燥剤であ
る「生石灰V・Kシリーズ」について,平成19年9月14日当時のホ
ームページに掲載した商品説明書(乙10文献)には,同商品の使用例
として,食料品等の保存,保管,防湿包装が挙げられており,また,取
扱い上の注意として,「水分にあうと激しく発熱し,反応熱でワラ・紙
・油布などの引火性有機物質があると発火する事があるので,付近に可
燃物を置かない。また,水漏れに注意して保管する。」,「主成分の酸
化カルシウムは放置すると数十時間で反応が終わりますが,日本石灰乾
燥剤協議会(NSKK)に準ずる透湿性のある包材を使用する事により
水分の吸着をコントロールしています。」との記載がある(乙10)。
(ツ)日本石灰協会が,平成4年8月31日に発行した「石灰ハンドブッ
クCD−ROM版」及び「石灰ハンドブック1992」(乙38文
献)には,「生石灰が空気中の水分と反応して消石灰となり,密閉空間
中では除湿効果があることを利用したもので海苔,煎餅,その他乾燥食
品あるいは精密機械,衣類などの乾燥保存の目的で使用される。海苔や
菓子の場合は生石灰を1∼7mm程度に粉砕分級したものを特殊加工し
た和紙製の小袋に2∼100g程度充填し,これを商品とともに同封す
るのが一般的である。」との記載がある(乙11,38,39)。
(テ)株式会社プラスチックス・エージ(以下「プラスチックス・エージ」
という。)が,平成4年8月15日に発行した「プラスチック読本改
訂第18版」の「主要熱可塑性樹脂の性能一覧表Ⅲ」(乙12文献)に
は,PTFEが,不燃性である旨の記載がある(乙12)。
(ト)乙14公報には,以下のとおりの記載がある(乙14)。
a特許請求の範囲
「熱可塑性樹脂100重量部に対し,式MgSO・nHO(但し42
0≦n≦3)で表される硫酸マグネシウム,酸化アルミニウム,酸化
バリウム,酸化カルシウム及び酸化ケイ素の少なくとも一種5∼40
0重量部を含有する乾燥剤組成物。」
b発明の詳細な説明
「従来,食品,医薬品,電子部品,精密機械等のあらゆる分野にお
いて吸湿に起因する酸化等による商品等の品質劣化を防ぐ目的で,シ
リカゲル,塩化カルシウム,生石灰,ゼオライト等の乾燥剤が用いら
れている。これらの乾燥剤は,上記用途において粒状あるいは粉末の
形態で紙,不織布等により包装されるか,もしくは,容器等に封入さ
れた状態で,商品と共に包材へ投入されて用いられている。」
(ナ)乙15公報には,以下のとおりの記載がある(乙15)。
a実用新案登録請求の範囲
「吸湿性ある粉粒状物がポリマーによって結合された乾燥剤であり,
粉粒状物は全体の50重量%以上を占め,互いに接触した状態を保持
していることを特徴とする乾燥剤。」
b考案の詳細な説明
「本考案は食品用に適した乾燥剤に関するものである。従来,酸化
カルシウム等のアルカリ土類金属の酸化物は安価な脱水剤,乾燥剤と
して広く利用されている。しかしながら,酸化カルシウム等は吸湿に
よって膨張すると共に崩壊・微粉化を起こす性質を有している。この
ため,酸化カルシウム等を乾燥剤として用いる場合には,通常通気性
のある袋やケースに詰め込まれて使用されているが,吸湿が過大にな
ると膨張による袋やケースが破損し,水酸化物に変化し粉末が被乾燥
物を汚染する欠陥を有しており,食品関係の乾燥剤としては問題が多
い。」
(ニ)特開平7−153570号公報には,以下のとおりの記載がある
(乙16)。
a要約
「【目的】防湿性に秀れたEL素子を安価に提供する。
【構成】EL素子の発光セルを保護するパッケージフィルム5は,
防湿フィルム層5aと加工が容易で吸湿性に秀れた熱可塑性樹脂層5
bとを積層したものによって構成してある。熱可塑性樹脂層(吸湿フ
ィルム層)5bは,熱可塑性樹脂中に硫酸マグネシウム,酸化アルミ
ニウム,酸化バリウム,酸化カルシウム及び酸化ケイ素のうちの少な
くとも1つの物質を含有させて混練したものによってできている。こ
れを防湿フィルム層5aと積層することにより,発光層への水分の浸
入を遅らせてEL素子の寿命を長くする。」
b【0014】
「なお,吸湿フィルム層5bを構成する熱可塑性樹脂としては,ポ
リ塩化ビニリデンの他,ポリエチレン,ポリプロピレンその他の熱可
塑性樹脂でもよい。また,吸湿フィルム層5bを構成する熱可塑性樹
脂中に含有させる物質としては,上記した硫酸マグネシウムの他,酸
化アルミニウム,酸化バリウム,酸化カルシウム及び酸化ケイ素でも
よく,少なくともこれらの物質のうちの1つ以上を含有するものであ
ればよい。」
(ヌ)プラスチックス・エージが,平成元年9月10日に発行した「実用プ
ラスチック用語辞典第三版」(乙40文献)には,「不燃性プラスチ
ック」の項目において,「火炎に対して抵抗性の大きいプラスチックを
いう。不燃性か否かは次のような試験によって分類される。すなわち,
耐熱性試験で短冊形試験片に炎を30秒間接触させた後,炎を取去る。
試験片が燃焼を続けない時には炎の消えた直後,更に30秒間試験片に
炎を接触させる。2回の点火で試験片が先端から25mmの標線に達す
る前に炎が消滅する場合に,その材料は不燃性であると定義する(JI
SK6911)。」との記載がある(乙40)。
(ネ)被告は,本件明細書の実施例8の吸湿性成形体の温度変化を,温度2
0℃,相対湿度65%RHの環境下で,2回測定する実験を行い(同実
験を以下「乙41実験」という。),乙41実験の内容の詳細及び結果
を平成19年10月11日付けの「実験成績証明書」にまとめた。同証
明書には,測定結果の表が記載されており,同表によれば,実験対象の
吸湿性成形体の温度は,1分後に41℃及び39℃となるが,その後,
徐々に低下していることが分かる。(乙41)
(ノ)被告は,平成19年12月3日,株式会社住化分析センター(以下
「住化分析センター」という。)に対し,平成11年9月17日に購入
したパイオニア株式会社製のカーステレオの有機EL表示パネル部分の
材料の分析依頼をしたところ,住化分析センターは,平成20年1月1
6日付けで,その分析結果の報告書である「分析・試験報告書」(乙4
7)を作成した。同報告書には,上記有機EL表示パネルのカバーフィ
ルムはフィブリル状の構造を有するフッ素系樹脂であること,カバーフ
ィルム内の粉末はバリウム及び酸素からなる化合物であることが推定で
きる記載がある。また,東北パイオニア株式会社の技術部従業員は,住
化分析センターが分析した有機EL表示パネルには,吸湿剤として酸化
バリウムを,その吸湿剤のカバー材として多孔質PTFE膜を使用して
いた旨を記載した書面(乙46)を作成している。
(2)乙1−3発明の内容及び本件発明と乙1−3発明との対比
ア乙1−3発明の内容
乙1−3公報には,前記(1)イで認定したように,「1.コンピュー
ターのエンクロージャー内に発生する未処理のガス状汚染物を除くための,
低縦断面容器を有する吸着剤アセンブリであって,接着剤層,薄い吸着剤
層,延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレン膜からなるフィルター層の3
層からなり,吸着剤層は接着剤層とフィルター層の間に存在する吸着剤ア
センブリ。4.吸着剤層は,吸着剤で充填された多孔質高分子材料の骨格
からなる,請求項1の吸着剤アセンブリ。5.多孔質高分子材料の骨格が,
延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレンである,請求項4記載の吸着剤ア
センブリ。7.吸着剤物質が,シリカゲル,活性炭,活性アルミナ,モレ
キュラーシーブのような物理的吸着剤から選ばれる請求項1記載の吸着剤
アセンブリ。」(特許請求の範囲),「本発明は,コンピューターディス
クドライブのエンクロージャー内で使用される」(第3欄61ないし64
行),「好ましい態様は,米国特許第3,953,566号および4,1
87,390号に開示の方法で得られる延伸多孔質ポリテトラフルオロエ
チレン(PTFE)の使用であり,加えて,特定の吸着剤物質が充填され
た延伸多孔質PTFEである。」(第4欄32行ないし第5欄7行)との
各記載があることから,乙1−3公報には,電子デバイス内で使用される
吸着剤組立品が示され,当該吸着剤組立品中の吸着剤層は,吸着剤で充填
された延伸多孔質PTFEからなり,上記吸着剤は,シリカゲル等から選
ばれることが開示されている。
そして,乙1−3公報には,前記(1)イのとおり,上記吸着剤によっ
て取り除くべきガス状汚染物質には,「フタル酸ジオクチル,塩素,硫化
水素,一酸化窒素,無機酸のガス,シリコーン,炭化水素主体の切削油及
び他の炭化水素汚染物に起因する蒸気が含まれるが,これらに限定され」
ないことが記載されている(第4欄12ないし16行)ところ,実施例で
は,指示薬を含んだシリカゲルを吸着剤とし,これを延伸多孔質PTFE
に充填した吸着剤層を有する吸着剤組立品が示され,シリカゲルが湿気を
吸ったときに青色の指示薬ゲルの色がピンクへ変化することにより視認で
きることが記載されている(第8欄1行ないし33行)ことから,当該実
施例における吸着剤であるシリカゲルは,実質的に吸湿剤として使用され
ていること,吸着剤で吸着すべきガス状汚染物質には,湿気が包含される
ことが示されている。
したがって,乙1−3公報には,「コンピューターの筐体内に使用され,
湿気等のガス状汚染物質を取り除くための吸着剤組立品の吸着剤層であっ
て,当該吸着剤層は,吸着剤であるシリカゲルを延伸多孔質PTFEに充
填したものである」発明(乙1−3発明)が開示されている。
イ本件発明と乙1−3発明との対比
乙1−3発明の「延伸多孔質PTFE」は,本件発明の「フッ素樹脂」
に,乙1−3発明の「コンピューターの筐体内に使用され」は,本件発明
の「電子デバイス用」に,乙1−3発明の「吸着剤であるシリカゲル」は,
本件発明の「吸湿剤」に,乙1−3発明の「吸着剤層」は本件発明の「吸
湿性成形体」に,それぞれ相当する。
したがって,両発明は,「電子デバイス用吸湿材料であって,吸湿剤と
樹脂成分を含有し,上記樹脂成分がフッ素系樹脂である吸湿性成形体」で
ある点で一致し,以下の相違点aないしcで相違している。
(ア)相違点a
本件発明では,吸湿剤として,酸化カルシウム,酸化バリウム及び酸
化ストロンチウムの少なくとも1種を用いるのに対し,乙1−3発明で
は,シリカゲルを用いている点
(イ)相違点b
本件発明が,吸湿剤と樹脂成分の割合を「吸湿剤及び樹脂成分の合計
量を100重量%として吸湿剤30∼85重量%及び樹脂成分70∼1
5重量%含有され」と規定しているのに対し,乙1−3発明は,シリカ
ゲルと延伸多孔質PTFEとの割合について規定していない点
(ウ)相違点c
本件発明では,フッ素樹脂がフィブリル化されているのに対し,乙1
−3発明では,延伸多孔質PTFEがフィブリル化されているか否かが
明示されていない点
(3)相違点の検討
ア相違点aについて
前記(1)ウで認定した乙2公報の記載からすれば,乙2公報には,有
機EL素子の構成部品の表面に吸着している水分や有機EL素子内に侵入
した水分が,有機発光材料層と陰極との間の剥離を招き,その結果,通電
しなくなることに起因する発光しない部位(黒点)が発生すること,この
黒点の発生を防止するために有機EL素子の内部の湿度を下げる必要があ
ること,そのための構成として,有機EL素子における外気から遮断され
た気密性容器内に,乾燥手段を配置し,上記乾燥手段が,化学的に水分を
吸着するとともに吸着しても固体状態を維持する化合物により形成される
こと,このような化合物を乾燥手段に用いるのは、物理的に水分を吸着す
る化合物は、一旦吸着した水分を高い温度で再び放出してしまい、黒点の
成長を十分に防止することができないからであること、上記の化学的に水
分を吸着する化合物としては,アルカリ土類金属酸化物があり,当該アル
カリ土類金属酸化物としては,酸化カルシウム,酸化バリウム等が挙げら
れること,乾燥手段として酸化カルシウムと酸化バリウムを用いた実施例
と,乾燥手段としてシリカゲルを用いた比較例における黒点の成長を観察
したところ,前者においては,黒点の成長が見られなかったが,後者にお
いては,黒点の成長が著しいことが,それぞれ開示されている。
そうすると,乙2公報には,有機EL素子の内部の湿度を下げるために、
物理的に水分を吸着する化合物を乾燥手段として用いると,一旦吸着した
水分を高い温度で再び放出してしまうため,黒点の成長を十分に防止する
ことができないという技術課題が示され,その解決手段として,化学的に
水分を吸着する化合物を乾燥手段として用いることにより,黒点の成長を
防止するという作用効果が達成されたことが明示されているといえる。し
かも,乙2発明が,乙1−3発明と同様,電子デバイスにおける吸湿剤に
関するものであり,両発明が,技術分野が関連するのみならず,課題及び
作用効果,機能において共通性が認められることを考慮すれば,乙2公報
には,前記技術課題の解決の観点から,当業者が,電子デバイス用吸湿剤
として,物理的に水分を吸着するシリカゲルを用いる乙1−3発明に,乙
2公報に開示された上記構成,すなわち,電子デバイス用の吸湿剤として,
化学的に水分を吸着する酸化カルシウム,酸化バリウム等のアルカリ土類
金属の酸化物を用いる構成(乙2発明)を組み合わせようとする動機付け
が開示されているというべきである。
他方,乙1−3公報には,前記(1)イのとおり,「吸着剤物質として
は,シリカゲル,活性炭,活性アルミナ,またはモレキュラーシーブスの
ような物理吸着剤や,過マンガン酸カリウム,炭酸カルシウム,硫酸カル
シウム,粉末金属,または除去が要求される既知の汚染物に応じてガス状
の汚染物を排除するための他の反応性物質のような化学吸着剤が含まれ
る。」(第4欄32行ないし第5欄7行),「7.吸着剤物質が,シリカ
ゲル,活性炭,活性アルミナ,モレキュラーシーブのような物理的吸着剤
から選ばれる請求項1記載の吸着剤アセンブリ。8.吸着剤物質が,過マ
ンガン酸カリウム,炭酸カルシウム,硫酸カルシウム,及び粉末金属から
なる群から選ばれる請求項1記載の吸着剤組み立て品。」(特許請求の範
囲)との記載があり,電子デバイス用の吸着剤物質としては,シリカゲル
などの物理吸着剤のほか,化学吸着剤が含まれることが開示されている。
したがって,乙1−3発明に,乙2発明を適用し,乙1−3発明におい
て,吸湿剤として,シリカゲルに代えて,酸化カルシウム,酸化バリウム
等のアルカリ土類金属の酸化物を用いることは,当業者が容易に想到し得
るものというべきである。
イ相違点bについて
乙1−3公報には,前記(1)イのとおり,延伸多孔質PTFEに,シ
リカゲルと指示薬とを合計40重量%充填した吸着剤層が記載されている
ところ,指示薬の量がシリカゲルの量に比べて極く僅かであることは,技
術常識といえるから,乙1−3公報には,延伸多孔質PTFEに,シリカ
ゲルを40重量%充填した吸着剤層が実質的に記載されているということ
ができる。
また,乙1−3公報には,前記(1)イのとおり,延伸多孔質PTFE
に,吸着剤である活性炭を60重量%又は70重量%充填した吸着剤層が
記載されている。
以上のことからすると,乙1−3公報には,延伸多孔質PTFEと吸着
剤の重量割合として,60対40,40対60,30対70の吸着剤層が
記載されているものと認められ,乙1−3発明において,延伸多孔質PT
FEと吸着剤との上記の重量割合を参考にして,本件発明における樹脂成
分と吸湿剤との重量割合とすることは,当業者が適宜なし得るというべき
である。
ウ相違点cについて
乙1−3公報には,前記(1)イのとおり,延伸多孔質PTFEが,乙
5−1公報及び乙5−2公報に開示の方法で得られる旨記載されている。
そして,乙5−1公報及び乙5−2公報には,前記(1)エ及び(1)
オのとおり,「本発明は,非晶質率が5%を超え,ノードがフィブリルで
相互結合されている点に特徴があるミクロ構造を有する多孔質のテトラフ
ルオロエチレンポリマーを提供する。」との記載があることから,乙1−
3発明における延伸多孔質PTFEは,実質的にフィブリル化したもので
あるというべきである。
したがって,相違点cは,実質的な相違点ということはできない。
(4)本件発明の効果について
ア前記(1)アで認定した本件明細書の記載からすれば,本件発明の効果
としては,優れた吸湿性の実現,吸湿剤の粉末が脱落して容器に散乱する
問題を回避できること,デバイスの小型化・軽量化が図れることが挙げら
れていることが認められるところ,上記各効果は,乙1−3発明において
前記相違点cに係る構成を採用した場合(なお、乙1−3発明自体が相違
点cに係る構成を有するといえることは、前記(3)ウのとおりであ
る。)には,いずれも,当業者が予測することのできない格別顕著な効果
とは認められない。
すなわち,まず,優れた吸湿性の実現という点については,吸湿剤粉末
を取りまとめる多孔質PTFEがフィブリル化した構成とすれば,吸湿剤
粉末が,完全に樹脂成分によって覆われることはないから,吸湿剤粉末単
体の場合に比して,吸湿性能が大きく低下しないであろうことは当然予測
されるところであり,また,フィブリル化の程度によっては,吸湿剤が外
気と接触する部分が相当程度大きくなるものと考えられ,吸湿剤粉末の外
気と接触する部分が一定程度以上あれば,吸湿性能に対する樹脂成分によ
る被覆の影響はほとんどないものと推認されるから,吸湿性能がほとんど
低下しないことも十分予想できるというべきである。したがって,本件発
明における優れた吸湿性の実現は,当業者が予測することのできない格別
顕著な効果とは認められない。
また,吸湿剤の粉末が脱落して容器に散乱する問題を回避できるという
点については,乙1−3公報には,前記(1)イで認定したとおり,「充
填PTFEは,吸着剤物質が外部へ移動せず,汚染の問題が生じないこと
から,特に望ましい。」との記載があるところ,乙1−3発明におけるP
TFEは,前記(3)ウのとおり,実質的にフィブリル化しているといえ
るから,上記記載からすれば,フィブリル化したPTFEによって吸着剤
粉末を取りまとめることにより,粉末の脱落による汚染の問題が回避でき
るという効果は,乙1−3発明も当然有するものといえる。また,吸湿剤
粉末を,粉末のままではなく,樹脂成分によって取りまとめれば,たとえ,
その樹脂成分がフィブリル化していたとしても,吸湿剤粉末の脱落による
汚染を回避できることは当然予測されるところである。したがって,本件
発明において吸湿剤の粉末が脱落して容器に散乱する問題を回避できると
いうことは,当業者が予測することのできない格別顕著な効果とは認めら
れない。
さらに,デバイスの小型化・軽量化が図れるという点については,乙1
−3公報には,前記(1)イで認定したとおり,「本発明は,・・・非常
に薄い吸着剤フィルターアセンブリを提供するものである。」との記載が
あるところ,このように,吸着剤シートを非常に薄くすることにより,デ
バイスの小型化・軽量化が図れることは当然のことである以上,デバイス
の小型化・軽量化を図ることができるという効果は,乙1−3発明も有す
るものといえるから,上記効果は,当業者が予測することのできない格別
顕著な効果とは認められない。
イこれに対して,原告は,乙1−3公報の「吸着剤層」の形成方法は,予
め形成された延伸PTFEに後から吸着剤物質を充填することを前提とす
るものであり,このように,「後入れ方法」を前提とする乙1−3発明で
は,吸着剤物質の脱落を防止するための具体的な技術手段が不明であるだ
けでなく,「後入れ方法」を採ることにより脱落しやすい状態のものしか
得られないのではないかという疑義を生じさせるから,乙1−3発明から,
直ちに,吸湿剤の脱落を防止できるという効果を予測することはできない
旨主張する。
しかしながら,乙1−3公報においては,吸湿剤をPTFEに充填した
後に当該PTFEをフィブリル化する方法を採用できないことについての
記載は一切ない(乙1の3)ことから,乙1−3公報における原告が指摘
する記載部分を考慮しても,乙1−3発明が,後入れ方式を必須のものと
していると解することはできない。しかも,乙1−3公報には,前記アの
とおり,乙1−3発明の効果として,吸湿剤粉末の散乱を回避できる旨の
効果があるとの記載があるから,乙1−3発明においては,吸湿剤粉末に
樹脂成分を混合する方法として,吸湿剤粉末の散乱を防ぐための適宜の方
法が採用され得るものというべきである。
したがって,乙1−3発明が「後入れ方法」による発明であることを前
提とした原告の上記主張は理由がない。
ウまた,原告は,吸湿剤が樹脂成分と接触している部分は,吸湿性能が発
揮されず,それに応じて,吸湿剤の吸湿性能が大幅に低下するものと予想
されることを前提として,本件発明においては,吸湿剤は,樹脂成分によ
って担持され,樹脂成分と接触しているにも関わらず,吸湿剤粉末単体の
場合と同等のレベルの吸湿性能を発揮しており,この効果は容易に予測で
きるものではない旨主張する。
しかしながら,吸湿剤は,前記アで判示したとおり,その一部が樹脂成
分と接触していても,その接触部分の割合や接触の態様によっては,吸湿
性が樹脂成分との接触による影響をほとんど受けないことも十分に考えら
れるのであるから,当業者が,吸湿剤と樹脂成分との接触の態様等を考慮
せずに,接触しているという事実だけを重視して,吸湿性能が大幅に低下
すると予測するものということはできない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(5)阻害要因の存否について
原告は,酸化カルシウム等は,水と反応すると激しく発熱するところ,フ
ィブリル化PTFEで酸化カルシウム等を取りまとめた場合,酸化カルシウ
ムの表面は樹脂で覆われることはなく,水との接触が避けられないこと,P
TFEの発火温度は酸化カルシウムの発熱温度より低いことを理由に,酸化
カルシウムにフィブリル化PTFEを組み合わせると,水分に接触して発火
の危険性があるとして,乙1−3発明に乙2発明を組み合わせることには,
阻害要因が存在する旨主張する。
アしかしながら,乙1−3公報には,前記(1)イ,(2)アのとおり,
同公報に記載されたPTFEに充填される吸着剤を酸化カルシウム等とし
た場合に,酸化カルシウムが水と反応して発熱するため,発火の危険性が
生じる旨の記載はなく,また,乙2公報には,前記(1)ウ,(3)アの
とおり,酸化カルシウム等のアルカリ土類金属の酸化物を,電機デバイス
用の吸湿剤として使用した発明が記載されているところ,乙2公報にも,
乙2発明の乾燥手段が水と反応して発熱するため,発火の危険があること
についての記載はないから,当業者は,上記各公報から,乙1−3発明に
乙2発明を適用して,充填する吸湿剤を酸化カルシウム等とすることにつ
いて,阻害要因があると認識することはない。
イそこで,本件特許の出願時の技術常識から,当業者において,酸化カル
シウムをフィブリル化PTFEで取りまとめた場合,酸化カルシウムが水
と反応することにより,PTFEが発火する危険性があるとの認識を有し,
かつ,この危険性が,酸化カルシウムをフィブリル化PTFEで取りまと
めた吸湿剤を発明をすることに対する阻害要因となり得るかについて検討
する。
(ア)本件特許出願時の技術常識から,当業者において,酸化カルシウム
とフィブリル化PTFEとを組み合わせることにより,発火の危険性が
あると認識し得たかについて
前記(1)カ(ア),同(ウ)ないし(オ),同(キ),同(ク)で
認定したとおり,酸化カルシウム等は,水に反応して発熱し,可燃物を
発火させること,生石灰が水と反応した場合は,発熱温度は,150℃
ないし300℃となり,場合によっては800℃ないし900℃にまで
達することが,各種文献に記載されているから,酸化カルシウム等を水
分との接触が考えられる状況の下で可燃物と共に保管等しておくと,発
火の危険があることが認められる。
そして,PTFEについては,乙12文献には,前記(1)カ(テ)
で認定したとおり,不燃性であるとの記載があるが,前記(1)カ
(セ),同(ソ),同(ヌ)で認定した事実からすると,ある物質が可
燃性であるか,不燃性であるかについては,種々の基準があると認めら
れるところであり,乙12文献の記載から,PTFEが発火しないと一
概にいうことはできない。むしろ,甲26文献には,前記(1)カ
(ケ)で認定したとおり,PTFEの発火点が492℃であると記載さ
れていることからすると,PTFEは,不燃性といえるか否かにかかわ
らず,酸化カルシウムが水と反応して発熱した場合の発熱温度において
発火する可能性があることが認められる。
そして,フィブリル化PTFEは,多孔質であり,酸化カルシウムを
外気から完全に遮断するものではない以上,本件特許の出願当時,技術
常識として,当業者において,酸化カルシウムをフィブリル化PTFE
で取りまとめた場合,酸化カルシウムが水と反応して発熱し,PTFE
が発火する危険性があることを認識し得たものと認められる。
(イ)酸化カルシウムをフィブリル化PTFEで取りまとめた場合に発火
の危険性があることは,技術常識として,酸化カルシウムをフィブリル
化PTFEで取りまとめた吸湿剤を発明をすることに対する阻害要因と
なり得るかについて
a本件発明は,電子デバイス用の吸湿剤であり,酸化カルシウム等を
フィブリル化PTFEで取りまとめた吸湿剤が,電子デバイスの吸湿
剤として用いられる場合,通常の使用方法においては,当該吸湿剤の
酸化カルシウム等が接触する水分は微量であり,酸化カルシウムが,
PTFEを発火させる程度の熱(前記のとおり,PTFEの発火点は
492℃である。)を発する可能性は極めて低いものと考えられる。
このことは,前記(1)カ(ネ)で認定したとおり,本件明細書の実
施例8の吸湿性成形体の吸湿時の温度変化を,温度20℃,相対湿度
65%RHの環境下で測定したところ,40℃前後の熱しか発しなか
ったこと(乙41実験)からも明らかである。
この点,甲27実験,甲28実験及び甲37実験においては,前記
(1)カ(コ),同(サ),同(タ)で認定したとおり,本件明細書
の実施例8に準じて作製した吸湿性成形体に脱イオン水をかけると,
瞬間的に炎を上げて発火した状態が示されているが,電子デバイスを
通常の態様で使用ないし保管している場合に,上記実験のように,そ
の吸湿剤部分に水がかかるということは想定し難いから,上記各実験
の結果から,上記吸湿剤を電子デバイスに使用した場合に発火の危険
が十分にあるということはできない。
また,酸化カルシウム等をフィブリル化PTFEで取りまとめた吸
湿剤を電子デバイスの吸湿剤として使用する場合に,通常の使用状況
においても発火の危険があるのであれば,本件明細書に,その旨の記
載があってしかるべきところ,本件明細書にはそのような記載はない
こと(甲2),及び本件明細書の記載上,本件発明において,上記の
危険を回避すべき特段の措置が講じられているとは認められないこと
からも,上記吸湿剤の通常の使用方法においては,発火の危険性が極
めて低いことが裏付けられる。
そして,利用者が上記吸湿剤が内蔵された電子デバイスを使用中に,
同電子デバイスに水などをこぼした場合や,廃棄時に相当量の水分に
接触するような場合は,上記吸湿剤が発火する可能性が生じるが,こ
のような事態は,当業者が想定する通常の使用方法とは関連がない。
しかも,電子デバイスを商品として販売する際に、使用方法や廃棄時
についての注意書きを記したり,水をこぼした場合に、デバイス内の
吸湿剤部分に、同吸湿剤を発火させる程度の水が侵入しないよう,デ
バイスの構造を工夫する等の危険回避手段を講じることにより,上記
の事態を避け得るものと解されるから,上記の事態の発生の可能性が,
乙1−3発明に乙2発明を組み合わせることに対する阻害要因となる
ことはないというべきである。
b前記(1)カ(チ),同(ツ),同(ト)ないし(ニ)で認定した
ところからすれば,酸化カルシウムを主成分とする乾燥剤は,本件特
許の出願の前後を問わず,一般的に製造,使用されていることが認め
られるところ,乾燥剤として酸化カルシウムを使用した場合,当該酸
化カルシウムを不燃性の樹脂で完全に覆って使用したのでは,乾燥剤
としての機能を果たさない以上,そのような使用方法は考えられず,
むしろ,酸化カルシウムは,外気と十分に接触する状態で,かつ,そ
の周囲に可燃性の物質が配置された状態で,乾燥剤として使用される
ことが多いものと推測される。
このように,酸化カルシウムを主成分とする乾燥剤が,一般的に,
水との接触を避けるような特別の措置が講じられずに利用されている
と認められることから,酸化カルシウムをフィブリル化PTFEで取
りまとめた吸湿剤に発火の危険性があることは,当業者にとって,同
吸湿剤に係る発明をする際の阻害要因とはならないというべきである。
また,前記(1)カ(ノ)によれば,本件特許の出願前の平成11
年9月に,パイオニアが製造販売していたカーステレオの有機EL表
示パネルにおいては,本件発明と同様に,吸湿剤に酸化バリウムが使
用され,そのカバー材としてフィブリル化PTFEが使用されていた
ことが認められ,このことからも,酸化カルシウム等をフィブリル化
PTFEで取りまとめた吸湿剤に発火の危険性があることは,乙1−
3発明に乙2発明を組み合わせることに対する阻害要因とはならない
といえる。
c確かに,酸化カルシウムや酸化バリウムを成分とした乾燥剤は,前
記(1)カ(イ),同(カ),同(シ)及び同(ス)で認定したよう
に,水と反応して発熱するため,火傷,火災等の事故が発生する危険
性がある旨の指摘をした特許公開公報が少なからずある。
しかしながら,これらの各公報は,酸化カルシウムや酸化バリウム
を成分とした乾燥剤を従来技術として挙げ,同乾燥剤では発火の危険
があることを技術課題として,これらの乾燥剤において,発火の危険
性を低減ないし回避する技術を解決手段として開示したものであり,
酸化カルシウムや酸化バリウムを成分とする乾燥剤を,発火の危険性
のために,完全に否定すべき従来技術として紹介しているものではな
い。むしろ,甲12公報には,前記(1)カ(イ)のとおり,多孔質
吸着シートに水を2cc落とした実験例が紹介され,また,「有機E
L素子内部に水が侵入した場合を想定すると,安全性に問題があっ
た。」(段落【0006】),「万一水が有機EL素子内に侵入して
も,水と激しく反応して発煙することが無いため,薄型で,安全性の
高い有機EL素子を提供することができる。」(段落【0046】)
との記載があり,これらの記載からすると,甲12公報記載の発明は,
2cc程度の水が有機EL素子内に侵入するという,通常の使用環境
下では想定されない状況でも,発火の危険性を低減ないし回避できる
旨を開示した発明ということができる。
したがって,上記各公報の記載は,乙1−3発明に乙2発明を組み
合わせることに対する阻害要因となることはないというべきである。
dこれに対し,原告は,乙10文献(前記(1)カ(チ))及び乙3
8文献(前記(1)カ(ツ))は,食品用の乾燥剤についてのもので
あるところ,食品用の乾燥剤は,極めて緩やかな吸湿性を有するもの
であれば足り,高い吸湿性が要求される電子デバイス用の吸湿剤に比
べ,発火の問題は大幅に小さく,したがって,上記各文献を根拠にし
て,酸化カルシウム等の吸湿剤が電子デバイス用の吸湿剤として一般
に使用されているということはできない旨主張する。
しかしながら,本件全証拠によっても,食品用の乾燥剤が,電子デ
バイス用の吸湿剤に比べ,緩やかな吸湿性を有すれば足りること,及
びそのことが当業者にとって技術常識であることは,いずれも認めら
れないから,当業者としては,酸化カルシウム等を主成分とした食品
用の乾燥剤が一般的に利用されているという事実を認識しながら,電
子デバイス用の乾燥剤については,食品用乾燥剤と異なり,酸化カル
シウム等を使用できないと認識するものではないというべきである。
したがって,この点に関する原告の主張は理由がない。
その他,原告は,乙1−3発明に乙2発明を組み合わせることには,
発火の危険という阻害要因があるとして,縷々主張するが,前記aで
判示したところに照らして,いずれも理由がない。
(6)小括
以上より,本件発明は,乙1−3発明に乙2発明を適用することにより,
容易に想到できたのであるから,本件発明には,進歩性が欠如し,特許法2
9条2項により,特許を受けることができず,同法123条1項2号により
無効とされるべきものである。したがって,同法104条の3第1項により,
原告は,本件特許権に基づく権利行使をすることができない。
2よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理
由がない。
第4結論
以上の次第で,原告の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却するこ
ととし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官清水節
裁判官佐野信
裁判官國分隆文
被告製品目録1
商品名:「−(ゴアテックスデシカントGORETEX®DesiccantSheet®
シート)」
型番:「」Desiccant-A
管理型番:「」DESICCANT-A
構成:①有機EL素子の内部に配置されている吸湿材料である。
②CaO,SrO,及び活性炭の吸湿剤,並びにポリテトラフル
オロエチレン(以下「PTFE」という)を含有している。
③吸湿材料はCaO,SrO,活性炭,PTFE,及び成形助剤
を50:8.1:9.5:28.2:4.2の割合で含有してい
る。
④前記PTFEは部分的にフィブリル化されている。
⑤吸湿性成形体である。
被告製品目録2
商品名:「−(ゴアテックスデシカントGORETEX®DesiccantSheet®
シート)」
型番:「」Desiccant-A
管理型番:「」NEWDESICCANT-A
構成:①有機EL素子内部に配置されている吸湿材料である。
②CaO及び活性炭の吸湿剤,並びにポリテトラフルオロエチレ
ン(以下「PTFE」という)を含有している。
③吸湿材料はCaO,活性炭,PTFE,及び成形助剤を60:
15:22:3の割合で含有している。
④前記PTFEは部分的にフィブリル化されている。
⑤吸湿性成形体である。
被告製品目録3
商品名:「−(ゴアテックスデシカントGORETEX®DesiccantSheet®
シート)」
型番:「」Desiccant-C
管理型番:「」DESICCANT-C(70%)
構成:①有機EL素子内部に配置されている吸湿材料である。
②SrO及び活性炭の吸湿剤,並びにポリテトラフルオロエチレ
ン(以下「PTFE」という)を含有している。
③吸湿材料はSrO,活性炭,PTFE,及び成形助剤を69.
2:13.1:16.9:0.9の割合で含有している。
④前記PTFEは部分的にフィブリル化されている。
⑤吸湿性成形体である。
別表1
PTFE機能性粒子等:フィブリル化
※1※2
乙第13号証∼重量:∼重量5(30)95(85)%95(70)5(15)%
※3※4
乙第1号証の1∼重量:∼重量5099.5(85)%500.5(15)%
※5※6
乙第1号証の2∼重量:∼重量5099.5(85)%500.5(15)%
60%40%乙第1号証の3(実施例1)重量(活性炭):重量
70%30%乙第1号証の3(実施例2)重量(活性炭):重量
40%(+)60%乙第1号証の3(実施例3)重量シリカゲル指示薬:重量
70%30%乙第1号証の4(実施例2)重量(合成ゼオライト):重量
70%30%乙第1号証の4(実施例5)重量(シリカゲル):重量
65%35%乙第1号証の4(実施例6)重量(合成ゼオライト):重量
60%40%乙第1号証の4(実施例7)重量(アセチレンブラック):重量
乙第1号証の5(実施例1,実重量(活性炭):重量,重量(活性炭):30%70%50%
50%70%30%施例2)重量,重量(活性炭):重量
※7
※1:第9頁第23行∼24行,※2:括弧書きは本件特許発明の割合との重複部分。
なお,第9頁第19行∼20行には「∼重量%:∼重量%」30(30)90(85)70(70)10(15)
である旨の記載もある(括弧書きは同旨),※3:段落0026,※4:括弧書きは本
件特許発明の割合との重複部分,※5:段落0033,※6:括弧書きは本件特許発明
の割合との重複部分,※7:表1で本件特許発明の割合の例

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お気軽にお問い合わせ下さい。
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◎秘書等の支援可能
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◎業務に関する質問等可能
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