弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原決定及び原原決定を取り消す。
     本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 本件抗告の趣意は、憲法三一条、三六条違反をいうが、実質は単なる法令違反の
主張であって、刑訴法四三三条の抗告理由に当たらない。
 しかしながら、所論にかんがみ職権をもって調査すると、本件控訴取下げを有効
とした原原決定及びこれを維持した原決定は、刑訴法四一一条一号の準用によって
取消しを免れない。その理由は、以下のとおりである。
一 記録によれば、本件の経過は、次のとおりと認められる。
1 本件控訴取下げに至る経緯
 (一) 申立人は、昭和五七年六月逮捕され、同年七月以降、被害者五名に対す
る殺人及び一連の窃盗事件により相次いで起訴されたが、横浜地方裁判所における
一審段階から、物音に過敏で、拘置所職員への被害念慮を訴え、自傷行為に及ぶな
どし、さらに、被告人質問が継続中の昭和六二年六月ころからは、広域暴力団の組
長が自分を救ってくれるとの妄想を抱いて、これにすがろうとする言動を繰り返し
た。
 (二) 昭和六三年三月一〇日、横浜地方裁判所が申立人に死刑を宣告したとこ
ろ、申立人は、即日控訴を申し立てたが、平成元年五月ころから、裁判所や拘置所
職員に対し、「もう助からないから、控訴をやめる。」、「最近はイライラして仕
方がないので、いっそ取り下げてしまいたい。」などの発言を繰り返すようになり、
平成二年三月には、拘置所職員に対し、「電波で音が入ってきてうるさい。生き地
獄、つらい。早く確定して死にたい。」などと訴え、さらに、同年五月ころからは、
「『世界で一番強い人』が透明になって部屋に入ってきた。」、「Aは助からない
と『世界で一番強い人』が言った。」などと、「世界で一番強い人」に仮託した発
言が頻発するようになった。
 (二) 平成三年四月一〇日の控訴審第一一回公判期日において、裁判所が弁護
人請求の精神鑑定を採用したところ、申立人は、「精神鑑定は拒否する。拒否でき
ないなら、控訴は今すぐやめる。」と発言し、同月一八日には、拘置所職員に対し、
控訴取下げに必要な手続や書類の交付を強く要求し、さらに、同月二三日には、拘
置所からの連絡を受けて駆けっけた岡崎敬弁護人から、控訴取下げにっいての説明
及び自重を促す説得を受けたが、その説得に応じないまま、本件控訴取下書を作成
して在監中の東京拘置所長に提出した。
2 原原審の経過及び原原決定の概要
 (一) 同年五月一〇日、原原審による事実の取調べに際し、申立人は、本件控
訴取下げにっいて、「本当なら無罪になって外に出たいが、世界で一番強い人に苦
しめられ、控訴をやめる気持ちになった。」、「世界で一番強い人に魔法をかけら
れて、ものすごく苦しい。」、「世界で一番強い人は、一〇年間の生き地獄にする
と言ったが、控訴をやめれば、もっと早く死刑になって、早く楽になれるかもしれ
ないと思って、控訴取下書を書いた。」、「(本件犯行は)世界で一番強い人に魔
法で頭を狂わされてやったことで、自分の本当の性格でやったわけではないから、
無罪だと思う。」などと供述した。
 (二) 原原審の鑑定人Bは、申立人の本件控訴取下げ時における精神状態につ
いて、子供っぽい応答や犯行が自己の意思によらないとする妄想などの拘禁反応が
見受けられるが、控訴取下げが訴訟上持っ意味を理解し行為する能力は、多少問題
はあるにしても、失われている状態にはない旨鑑定した。
 (三) 申立人は、同年一一月一八日の事実の取調べに際し、「一日も早く無罪
になって出たいから、この控訴はやめないで裁判を続ける。」、「世界で一番強い
人が控訴をやめるなと言っている。」などと供述し、本件控訴取下げを撤回する旨
の意思を表明した。
 (四)原原審は、平成四年一月三一日、前記B鑑定のほか、申立人が控訴取下げ
を表明して以来、繰り返し弁護人らからの説得を受けており、本件控訴取下書を作
成し提出した際にも、接見した岡崎弁護人から十分な助言や説得を受けていること、
申立人が控訴取下書の所要事項を自ら記入し、裁判所に対しても、早く死刑になっ
て楽になりたいと供述しており、その姿勢や考え方は、B鑑定人との面談の際にも
維持されていることなどを理由として、申立人には、本件控訴取下げ当時、その意
義を理解し、自己の権利を守る能力に欠けるところはなく、本件控訴取下げは有効
であるとして、決定により訴訟終了を宣言した(原原決定)。
3 原審の経過及び原決定の概要
 (一) 弁護人両名からの抗告に代わる異議申立てを受けて、原審は、二回にわ
たり、本件控訴取下げ時における申立人の精神状態について鑑定を実施した。
  (1) まず、鑑定人Cは、その鑑定書において、申立人はいわゆる境界例人
格障害者で、現在妄想・幻覚状態にあり、この状態は特定不能の精神障害のうちの
分裂病型と診断するのが適当である旨鑑定した上、証人尋問において、拘禁後は分
裂病とほとんど変わりのない状態を呈しており、控訴取下げの効果について、知識
としては分かっているが、自分を消そうとしている側面が非常に強くあり、死の願
望自体が病的であって、本件控訴取下げについては訴訟能力がない旨証言した。
  (2) 他方、鑑定人Dは、申立人について、本件控訴取下げ時には、拘禁反
応による妄想様観念を有しており、そのため常識とは大いに異なる行動を選択して
いるが、その妄想は、本件訴訟の進行や拘禁状態にあることに反応して、現状から
逃避したいという願望を充足する形で生じたもので、正常心理学の知識をもって了
解可能なものであり、しかも、控訴取下げの意義は十分に理解しており、その判断
に至る思考にも病的な影響が支配的であったとはいえないから、控訴取下げの意義
を理解し、自己を守る能力が多少は低下していたが、その実質的な能力が著しく低
下し又は喪失する精神状態ではなかった旨鑑定した。
  (二) 原審は、平成六年一一月三〇日、以上の各鑑定結果を検討し、本件控
訴取下げ時の申立人の精神状態が拘禁反応の状態にあったと認定した上、申立人は
控訴取下げの意義について認識しており、現状からの逃避願望が死刑願望にまで発
展した心理も、了解不可能なものでないことなどからすると、申立人の妄想状態は、
影響が部分的、表層的で、その人格を支配するようなものではなく、その訴訟能力
に著しい影響を与えたものとはいえないことなどを理由として、申立人は、控訴取
下げの意義を理解し、真意に基づいて控訴を取り下げたものであり、自己の権利を
守る能力に欠けるところはなかったとして、本件控訴取下げを有効とした原原決定
を支持し、本件異議申立てを棄却した(原決定)。
二 当裁判所の判断
 1 死刑判決に対する上訴取下げは、上訴による不服申立ての道を自ら閉ざして
死刑判決を確定させるという重大な法律効果を伴うものであるから、死刑判決の言
渡しを受けた被告人が、その判決に不服があるのに、死刑判決宣告の衝撃及び公判
審理の重圧に伴う精神的苦痛によって拘禁反応等の精神障害を生じ、その影響下に
おいて、その苦痛から逃れることを目的として上訴を取り下げた場合には、その上
訴取下げは無効と解するのが相当である。けだし、被告人の上訴取下げが有効であ
るためには、被告人において上訴取下げの意義を理解し、自己の権利を守る能力を
有することが必要であると解すべきところ(最高裁昭和二九年(し)第四一号同年
七月三〇日第二小法廷決定・刑集八巻七号一二三一頁参照)、右のような状況の下
で上訴を取り下げた場合、被告人は、自己の権利を守る能力を著しく制限されてい
たものというべきだからである。
 2 これを本件についてみるに、前記の経過に照らせば、申立人は一審の死刑判
決に不服があり、無罪となることを希望していたにもかかわらず、右判決の衝撃及
び公判審理の重圧に伴う精神的苦痛により、拘禁反応としての「世界で一番強い人」
から魔法をかけられ苦しめられているという妄想様観念を生じ、その影響下におい
て、いわば八方ふさがりの状態で、助かる見込みがないと思い詰め、その精神的苦
痛から逃れることを目的として、本件控訴取下げに至ったものと認められるのであ
って、申立人は、本件控訴取下げ時において、自己の権利を守る能力を著しく制限
されていたものというべきであるから、本件控訴取下げは無効と認めるのが相当で
ある。
 3 したがって、本件控訴取下げを有効とした原原決定及びこれを維持した原決
定には、刑訴法の解釈を誤った違法があり、これを取り消さなければ著しく正義に
反するといわなければならない。
 よって、刑訴法四一一条一号を準用し、同法四三四条、四二六条二項により、原
決定及び原原決定を取り消し、本件を控訴裁判所である東京高等裁判所に差し戻す
こととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
  平成七年六月二八日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    大   西   勝   也
            裁判官    中   島   敏 次 郎
            裁判官    根   岸   重   治
            裁判官    河   合   伸   一

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