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平成17年(行ケ)第10564号審決取消請求事件
平成18年5月23日口頭弁論終結
判決
原告エスケーケミカルズ
カンパニーリミテッド
訴訟代理人弁理士萼経夫
同中村壽夫
同加藤勉
被告特許庁長官中嶋誠
指定代理人石井あき子
同井出隆一
同唐木以知良
同大場義則
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間
を30日と定める。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1原告
(1)特許庁が訂正2004-39245号事件について平成17年3月1日に
した審決を取り消す。
(2)訴訟費用は被告の負担とする。
2被告
主文1,2項と同旨
第2当事者間に争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「1,4-シクロヘキサンジメタノールが共重合され
たポリエステル樹脂の製造方法」とする特許第3209336号(平成12年
12月28日出願(優先日:2000年5月17日,同年9月29日,韓国),
平成13年7月13日設定登録。以下「本件特許」という。登録時の請求項の
数は6である。)の特許権者である。
本件特許の請求項1~6について特許異議の申立てがなされ,異議2002
-70693号事件として特許庁に係属した。その審理の過程において,原告
は,平成15年4月11日,本件特許に係る明細書(以下「本件明細書」とい
う。)を訂正(特許請求の範囲の記載の訂正(この訂正により請求項の数は4
となった。)を含む。)する請求をした。特許庁は,審理の結果,平成16年
3月26日,「訂正を認める。特許第3209336号の請求項1ないし4に
係る特許を取り消す。」との決定をし,同年4月12日,その謄本を原告に送
達した。原告は,この決定中,「特許第3209336号の請求項1ないし4
に係る特許を取り消す。」との部分を不服として,平成16年8月5日,その
取消を求める訴訟を提起し,現在当庁に係属中である(平成17年(行ケ)第
10209号)。
原告は,平成16年10月29日,本件明細書を訂正(特許請求の範囲の記
載の訂正(この訂正により請求項の数は1となった。)を含む。以下「本件訂
正」という。)する審判請求をした。特許庁は,これを訂正2004-392
45号事件として審理し,平成17年3月1日,「本件審判の請求は,成り立
たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同年3月11日,そ
の謄本を原告に送達した。
2特許請求の範囲の記載
本件訂正後の本件明細書(以下「訂正明細書」という。)における特許請求
の範囲(請求項1)の記載は,次のとおりである。(以下,本件訂正後の請求
項1に係る発明を「本件訂正発明」という。)
「テレフタル酸に,エチレングリコールと全グリコール成分の10~90モ
ル%範囲の1,4-シクロヘキサンジメタノールを,前記テレフタル酸に対
し全グリコール成分がモル比で1.1~3.0となるように投入して230
~270℃の加熱条件下及び0.1~3.0kg/cmの圧力条件下で,触2
媒を使用せずに,エステル化反応させる段階と,
前記エステル化反応の生成物に,触媒としてテトラプロピルチタネート,
テトラブチルチタネート及びチタニウムジオキサイドとシリコンジオキサイ
ド共重合体からなるグループから選ばれたチタニウム系化合物を含有するチ
タニウムの重量が最終ポリマーの重量に対し5~100ppmとなるように
使用し,かつ,安定剤としてトリエチルホスホノアセテートを含有するリン
の重量が最終ポリマーの重量に対し10~150ppmとなるように使用し
て,250~290℃の加熱条件下及び400~0.1mmHgの減圧条件
下で重縮合させる段階とを含むことを特徴とする1,4-シクロヘキサンジ
メタノールが共重合されたポリエステル樹脂の製造方法。」
3本件審決の理由
(1)別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件訂正発明は,米国特許
第5,681,918号明細書(1997年10月28日発行,以下「刊行
物1」という。甲3)に記載された発明(以下「引用発明」という。),及
び,特開昭53-106751号公報(以下「刊行物2」という。甲4)に
記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであ
り,特許法29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けるこ
とができない,としたものである。
(2)なお,本件審決は,本件訂正発明における「テトラプロピルチタネート」,
「テトラブチルチタネート」に係る「プロピル」,「ブチル」との各用語は,
それぞれ,狭義には「n-プロピル」,「n-ブチル」を表し,広義には
「n-プロピルとi-プロピルの上位概念」,「n-ブチル,i-ブチル,
s-ブチル,及び,t-ブチルの上位概念」を表わすところ(以下,「プロ
ピル」又は「ブチル」を狭義に解した場合の「テトラプロピルチタネート」,
「テトラブチルチタネート」を,それぞれ「狭義のテトラプロピルチタネー
ト」,「狭義のテトラブチルチタネート」といい,「プロピル」又は「ブチ
ル」を広義に解した場合の「テトラプロピルチタネート」,「テトラブチル
チタネート」を,それぞれ「広義のテトラプロピルチタネート」,「広義の
テトラブチルチタネート」という。),訂正明細書にはいずれの意味に解す
べきかを示す記載はなく,これらの用語は狭義とも広義とも確定することが
できないとし,これらの用語を両者ともに狭義と仮定した本件訂正発明(以
下「狭義訂正発明」という。)と,いずれか一方もしくは両者を広義と仮定
した本件訂正発明(以下「広義訂正発明」という。)のいずれについても,
上記(1)のとおり判断した。
(3)本件審決が上記(1)の判断をするに当たり認定した引用発明の内容,及び,
狭義訂正発明と引用発明との一致点・相違点は,次のとおりである。
ア引用発明
「テレフタル酸に,エチレングリコールと全グリコール成分の約10~
70モル%範囲の1,4-シクロヘキサンジメタノールを,前記テレフタ
ル酸に対し全グリコール成分がモル比で1.7~6.0となるように投入
して240~280℃の加熱条件下及び15~80psigの圧力条件下
で,触媒を使用せずに,エステル化反応させる段階と,前記エステル化反
応の生成物に,触媒としてテトライソプロピルチタネート,テトライソブ
チルチタネート等のチタンアルコキシドを使用し,かつ,安定剤としてよ
り好ましくはリン酸などのリン系化合物を使用して,260~290℃の
加熱条件下及び400~0.1mmHgの減圧条件下で重縮合させる段階
とを含む1,4-シクロヘキサンジメタノールが共重合されたポリエステ
ル樹脂の製造方法」
イ一致点
「テレフタル酸に,エチレングリコールと全グリコール成分の約10~
70モル%範囲の1,4-シクロヘキサンジメタノールを,前記テレフタ
ル酸に対し全グリコール成分がモル比で1.7~3.0となるように投入
し,240~270℃の加熱条件下及び約2.1~3.0kg/cmの圧2
力条件下で,触媒を使用せずに,エステル化反応させる段階と,前記エス
テル化反応の生成物に,触媒としてチタンアルコキシドを使用し,かつ,
安定剤としてリン系化合物を使用して260~290℃加熱条件下及び4
00~0.1mmHgの減圧条件下で重縮合させる段階とを含む1,4-
シクロヘキサンジメタノールが共重合されたポリエステル樹脂の製造方
法」である点。
ウ相違点
(ア)狭義訂正発明における触媒は,狭義のテトラプロピルチタネート,
狭義のテトラブチルチタネートから選ばれたチタニウム化合物であるの
に対して,引用発明では,そのような特定がなされていない点(以下
「相違点1」という。)。
(イ)狭義訂正発明における触媒の使用量が,チタニウムの重量が最終ポ
リマーの重量に対し5~100ppmとなるものであるのに対して,引
用発明ではそのような特定がなされていない点(以下「相違点2」とい
う。)。
(ウ)狭義訂正発明においては,安定剤としてトリエチルホスホノアセテ
ートを,含有するリンの重量が最終ポリマーの重量に対し10~150
ppmとなるように使用するのに対して,引用発明では安定剤としての
リン系化合物にそのような特定がなされていない点(以下「相違点3」
という。)。
第3原告主張の取消事由の要点
本件審決は,狭義訂正発明と引用発明との一致点の認定を誤って相違点を看
過するとともに,相違点1ないし3の判断を誤ったものであり,また,仮に広
義訂正発明を前提としても,同様にその認定判断を誤ったものであるから,違
法として,取り消されるべきである。なお,引用発明の内容,狭義訂正発明と
引用発明との相違点についての本件審決の認定は認める。
1本件訂正発明における用語の意味
本件訂正発明における「テトラプロピルチタネート」,「テトラブチルチタ
ネート」に係る「プロピル」,「ブチル」との各用語は,いずれも有機化学命
名法に従って記載されたものであり,狭義に解すべきである。
すなわち,有機化学命名法によれば,「プロピル」は式CHCHCH-322
で表される基を意味し,「ブチル」は式CH〔CH〕CH-で表される基3222
を意味する(甲8)。
特許法施行規則様式29備考8の「用語は,その有する普通の意味で使用し,
かつ,明細書全体を通じて統一的に使用する。ただし,特定の意味で使用しよ
うとする場合において,その意味を定義して使用するときは,この限りでな
い。」との規定に照らせば,「プロピル」,「ブチル」との各用語が広義に用
いられている場合には,明細書にその旨の説明がなされるはずであるところ,
訂正明細書にはそのような記載はないから,本件訂正発明において,「プロピ
ル」,「ブチル」との各用語は狭義に用いられているもの,すなわち,有機化
学命名法に従って記載されているものと解すべきである。
したがって,本件訂正発明における「テトラプロピルチタネート」,「テト
ラブチルチタネート」は,それぞれ,狭義のテトラプロピルチタネート,狭義
のテトラブチルチタネートと解すべきであり,本件訂正発明は狭義訂正発明を
要旨とするものであって,広義訂正発明を含まないものというべきである。
2狭義訂正発明についての判断の誤り
本件審決は,下記(1)ないし(5)のとおり,狭義訂正発明と引用発明との一致
点の認定,相違点及び作用効果の各判断を誤ったものである。
(1)一致点認定の誤り・相違点の看過
本件審決は,狭義訂正発明と引用発明の個々の反応条件の範囲を比較し,
重複部分があることを理由に,前記第2,3(3)イのとおり,一致点を認定し
たが,誤りである。
本件訂正発明の反応条件は,触媒として特定のチタニウム化合物を使用し,
安定剤としてトリエチルホスホノアセテートを使用する場合の条件であると
ころ,刊行物1には,上記の触媒及び安定剤が開示されていないのであるか
ら,結果的に反応条件の範囲に重複部分があるからといって,反応条件に相
違がないとすることはできない。
本件訂正発明の反応条件の範囲は,引用発明の反応条件の範囲とは相違し
ているというべきであり,本件審決はこの相違点を看過したものである。
(2)相違点1の判断の誤り
本件審決は,引用発明における触媒として,狭義のテトラプロピルチタネ
ート,狭義のテトラブチルチタネートからなるグループから選ばれたチタニ
ウム系化合物を使用することは容易である旨判断したが,誤りである。
刊行物1の「重縮合触媒濃度は,所望の生成物の色並びに黄色を抑制又は
マスクするために使用される安定剤及びトナーの種類及び量に関係する。」
(3欄49行~51行,訳文3頁12行~13行)との記載にも示されるよ
うに,重縮合触媒の作用効果は重縮合系の内容と密接に関係するところ,本
件訂正発明の重縮合系は,少なくとも安定剤としてトリエチルホスホノアセ
テートが存在する点において,引用発明の重縮合系と相違する。
また,本件訂正発明において使用する狭義のテトラプロピルチタネート及
び狭義のテトラブチルチタネートは,それぞれ,刊行物1に記載されている
テトライソプロピルチタネート及びテトライソブチルチタネートとは,化学
構造を異にするところ,訂正明細書の実施例2及び3の記載は,刊行物1に
開示のない狭義のテトラプロピルチタネート及び狭義のテトラブチルチタネ
ートをトリエチルホスホノアセテートと組み合わせた場合,色相(Colo
r-b値)が顕著に優れたコポリエステルが得られることを明らかにしてい
る。
したがって,刊行物1からは,トリエチルホスホノアセテートと組み合わ
せて適切な作用効果を発揮する重縮合触媒である狭義のテトラプロピルチタ
ネート及び狭義のテトラブチルチタネートを導き出すことはできないものと
いうべきである。
(3)相違点2の判断の誤り
本件審決は,狭義訂正発明における触媒の使用量は容易に採用できる旨判
断したが,誤りである。
ア狭義訂正発明の触媒は,上記(2)のとおり,刊行物1からは導きだせない
から,その使用量を導き出すこともできない。
また,触媒量は,最終ポリマーの色相に影響を与え,安定剤をはじめと
する,他の工程変数を考慮した上で決定されるので,実験により容易に決
定できるものではない。
イ刊行物2には,チタン触媒は,好ましい重縮合触媒としては挙げられて
おらず,実施例にも用いられていない。しかも,実施例における重縮合触
媒の使用量は350ppmないし400ppmであり,本件訂正発明にお
ける重縮合触媒の使用量を遥かに超えている。また,刊行物2記載の発明
は,透明性及び色相の向上とは無関係である。
したがって,刊行物2における重縮合触媒量は,本件訂正発明における
重縮合触媒の量を示唆するものではない。
(4)相違点3の判断の誤り
本件審決は,引用発明に刊行物2記載の発明を適用し,トリエチルホスホ
ノアセテートの使用量を最終ポリマーの重量に対し10~150ppmとな
るようにすることは容易であり,トリエチルホスホノアセテートがリン酸に
比較して黄変現象をよりよく改善することは予測できることにすぎない旨判
断したが,誤りである。
ア下記(ア)ないし(エ)のとおり,引用発明に刊行物2記載の発明を適用す
ることは,困難であったというべきである。
(ア)刊行物1は,エステル交換法の問題点として,中性色相を持つ生成
物を製造することが困難であるとし,エステル化反応させる段階につい
て,エステル交換触媒の使用を排除している。これに対し,刊行物2記
載の発明は,刊行物1が排除したエステル交換法に関するものである。
したがって,引用発明に刊行物2記載の発明を適用することには,無理
があるというべきである。
(イ)刊行物2記載の発明は,エステル交換触媒を使用するポリエステル
製造において,リン酸等の熱安定剤がエステル交換触媒と粗分散性の沈
殿を生じてフィルター装置を閉塞する欠点を解決することを課題として
おり,特定のコポリエステルの透明性及び色相の改善を課題とする本件
訂正発明とは,課題を異にするものである。
(ウ)刊行物2は,ポリエステル一般の技術を開示するにすぎず,本件訂
正発明における特定のコポリエステルに関する技術を示唆するものでは
ない。
(エ)刊行物2には,本件審決がいう「刊行物2の熱安定剤」(審決書8
頁下から3行~末行)について,熱安定性及びわずかな揮発性を有する
旨の一般的な特性が記載されているにとどまり,リン酸との比較におい
て,高い変色防止効果を有していることは記載されておらず(8頁右上
欄下から7行~下から2行は「エタン-,プロパン-およびブタンホス
ホン酸誘導体の場合」との比較にすぎず,6頁左下欄10行~右下欄9
行もリン酸の場合との比較ではない。),むしろ白色度の確保に関して
は実質的な差異がないことを示している(7頁下欄の第1表及び第2表
は,刊行物2の熱安定剤が,リン酸との比較において,圧力増大試験に
おいて優れていることを示すものの,白色度については,同一のリン含
量でトリエチルホスホノアセテートとリン酸とに実質的な違いがないこ
と,トリエチルホスホノアセテートの使用量が白色度と無関係であるこ
とを示している。)から,引用発明において,コポリエステルの色相改
善のために,リン酸に代えてトリエチルホスホノアセテートを使用する
動機付けを与えるものではない。
イ刊行物2の熱安定剤の使用量は,刊行物2記載の発明における特有の問
題(エステル交換触媒の沈殿防止)に基づいて決定されているものである
から,エステル交換触媒を使用しない本件訂正発明におけるトリエチルホ
スホノアセテートの使用量の範囲を教示するものではない。
したがって,トリエチルホスホノアセテートの使用量をリンの重量が最
終ポリマーの重量に対し10~150ppmとなるようにすることは,困
難であったというべきである。
ウ(ア)訂正明細書の【表1】~【表4】の「color-b値」に示され
るとおり,本件訂正発明は,安定剤として,トリエチルホスホノアセテ
ートを用いることにより,リン酸を用いる場合に比べ,黄色現象の改善
に対して,顕著に優れた作用効果を奏する。
一方,刊行物2には,前記ア(エ)のとおり,トリエチルホスホノアセ
テートが,リン酸に比べ,変色阻止の効果が優れていることは記載され
ておらず,むしろ,同一のリン含量では,トリエチルホスホノアセテー
トとリン酸とは,白色度の水準に実質的な違いがなく,また,トリエチ
ルホスホノアセテートの使用量は白色度と無関係であることを示してい
るから,トリエチルホスホノアセテートがリン酸に比較して黄変現象を
よりよく改善することは予測できるとはいえない。
なお,訂正明細書においては,実施例,比較例の安定剤化合物の分子
数を一致させ,安定剤分子そのものの安定化効果を比較しているのであ
るから,訂正明細書に記載された黄変現象の改善を,安定剤の使用量の
増大によるものとして,予測可能であるということはできない。
(イ)本件訂正発明は,成形材料として要求される特性である固有粘度も
十分確保している。
3広義訂正発明についての判断の誤り
前記1のとおり,本件訂正発明は,狭義訂正発明を要旨とするものであって,
広義訂正発明を含むものではないから,本件審決の広義訂正発明についての判
断は,本件訂正発明の要旨認定を誤ったものであるが,仮に本件訂正発明を広
義訂正発明としてとらえたとしても,本件審決の広義訂正発明についての判断
には,前記2(狭義訂正発明についての判断の誤り)と同様の誤りがある。
すなわち,本件審決は,広義訂正発明は狭義訂正発明を含んでいるから,狭
義訂正発明が引用発明及び刊行物2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明
をすることができたものと認められる以上,広義訂正発明も引用発明及び刊行
物2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認め
られるとしたものであり,前記2で挙げた狭義訂正発明についての判断の誤り
がそのまま広義訂正発明についても当てはまるものである。
第4被告の反論の要点
本件審決の認定,判断は正当であって,原告主張の取消事由は理由がない。
1本件訂正発明における用語の意味について
例えば,乙1(玉虫文一外7名編集「岩波理化学辞典第3版増補版」株式
会社岩波書店・1981年10月20日第2刷発行,1149頁,1192
頁)では,「プロピル」も,「ブチル」も,広義に説明されている。乙1は,
化学の分野で汎用される辞典であり,これに記載されている用語の意味が,
「普通の意味」に該当しないとはいえない。したがって,本件訂正発明が狭義
訂正発明を要旨とするもので,広義訂正発明を含まないものということはでき
ない。
2狭義訂正発明についての判断の誤りについて
(1)一致点認定の誤り・相違点の看過について
本件審決における狭義訂正発明と引用発明との一致点の認定は正当であり,
原告主張の誤りは存しない。
(2)相違点1の判断の誤りについて
狭義のテトラプロピルチタネート及び狭義のテトラブチルチタネートは,
それぞれ,刊行物1に記載されたテトライソプロピルチタネート及びテトラ
イソブチルチタネートとは,化学構造を異にする化合物ではあるが,これら
はいずれもチタンアルコキシドの一種であり,類似の構造を有しているから,
その採用は容易である。
原告が指摘する刊行物1の記載は,重縮合触媒の「濃度」について述べた
ものであり,触媒となる化合物について述べたものではない。したがって,
重縮合触媒の作用効果は,それが使用される重縮合系の内容と密接に関係し
ているとの原告の主張には根拠がない。
原告は,トリエチルホスホノアセテートと組み合わせて適切な作用効果を
発揮する重縮合触媒は刊行物1からは導き出せないものである旨述べ,狭義
訂正発明の重縮合触媒(狭義のテトラプロピルチタネート,狭義のテトラブ
チルチタネート)が,トリエチルホスホノアセテートとの組み合わせで特に
採用されたものであるかのように主張するが,訂正明細書にそのような記載
はないから,原告の主張は失当である。
なお,原告は,実施例2,3で得られた色相を主張しているが,実施例2,
3の色相が得られたことが,狭義訂正発明における重縮合触媒(狭義のテト
ラプロピルチタネート,狭義のテトラブチルチタネート)の採用が困難であ
る理由とはならない。
(3)相違点2の判断の誤りについて
ア原告は,触媒量は最終ポリマーの色相に影響を与え,安定剤をはじめと
する,他の工程変数を考慮した上で決定されるので,実験により容易に決
定できるものではない旨主張するが,これは,本件訂正発明における触媒
量が,安定剤をはじめとする他の工程変数や色相を考慮して,決定された
量である旨の主張にほかならない。
しかし,触媒量が最終ポリマーの色相に影響を与えることは訂正明細書
に記載がなく,触媒量が安定剤をはじめとする他の工程変数を考慮した上
で色相を考慮して決定されたものであることも,訂正明細書に記載がない。
このように,訂正明細書に記載がない事項を理由として進歩性を主張する
ことは,それ自体失当である。
触媒は,反応の進行を早めるために使用されるものであるから,その本
来の使用目的に合致した量を,実験的に決定することは容易である。訂正
明細書をみても,本件訂正発明における触媒の使用量にそれ以上の技術的
意味を認めることはできない。
本件審決が説示するとおり,刊行物1,2に記載された触媒の使用量も
参考にできるのであるから,当業者にとって触媒の使用量の決定は,容易
である。
イ原告は,刊行物2には,チタン触媒の使用量に関する実施例がない旨の
主張しているが,実施例だけが刊行物の記載事項ではないから,実施例が
ないことは,刊行物2に記載されたチタン触媒の使用量を参考にできない
理由とはならない。
(4)相違点3の判断の誤りについて
ア(ア)刊行物1には,「エステル化反応に触媒は必要ではない。」(3欄
20行~21行,訳文3頁3行)との記載があるが,使用してはならな
いといった表現はないし,従来技術の記載が「排除」を意味するもので
もないから,触媒の使用が意図的に排除されているとはいえない。
刊行物2には,特許請求の範囲第1項にエステル交換触媒を必須とし
ない発明が記載されており,また,特許請求の範囲第3項に,エステル
交換法のみでなく,直接エステル化法も記載されているから,刊行物2
記載の発明がエステル交換法についてのものに限られる旨の原告の主張
は誤りである。
刊行物2には,トリエチルホスホノアセテートをコポリエステルの熱
安定剤とする発明が記載されているのであり,トリエチルホスホノアセ
テートは,それ自体を熱安定剤として使用できるものであるから,エス
テル交換触媒と共に使用しなければならない理由はない。
(イ)本件審決は,刊行物2の「反応の第1段階でエステル交換触媒を使
用するエステル交換法の技術」(請求項3に記載されたもの。)を根拠
とする判断は示していない。
なお,刊行物2の「熱安定剤が有する課題は,重縮合中の重縮合混合
物の変色を阻止することである。」(2頁右上欄16行~17行),
「本発明の課題は,前述の欠点を有せずかつ,それを使用して大きい白
色度を有する線状ポリエステルを,前述の作業障害を受けずに製造する
ことを可能にする新規な燐化合物を熱安定剤として使用することであ
る。」(4頁右上欄4行~8行),「本発明による方法により得られる
ポリエステルは,0.14~0.15にすぎない範囲内のわずかな黄色
度を有し,従って大きい白色度を有する。エタン-,プロパン-および
ブタンホスホン酸誘導体の場合,黄色度は0.16よりも大きい。」
(8頁右上欄12行~17行)との各記載に照らせば,本件訂正発明と
刊行物2記載の発明とは,課題において相違するものとはいえない。
(ウ)引用発明のコポリエステルは,刊行物2記載の発明のコポリエステ
ルの下位概念化合物であることは自明であり,また,刊行物2には,
「ジカルボン酸・・・の例は,・・・テレフタル酸,・・・である。こ
のホモ-およびコポリエステルを製造するのに適当な代表的なジオール
・・・は:エチレングリコール,・・・1,4-シクロヘキサンジメタ
ノール・・・である。」(4頁左下欄14行~5頁左上欄1行)との記
載があり,トリエチルホスホノアセテートを引用発明において使用する
ことは容易である。
(エ)リン酸と比較したトリエチルホスホノアセテートの変色防止効果は,
刊行物2の6頁左下欄10行~6頁右下欄9行及び7頁の第1表,第2
表の各記載から予測できる。
イ刊行物2では,ホスホネートが安定剤として使用されているところ,刊
行物2には,ホスホン酸エステル(ホスホネートと同義)の量が,熱安定
剤に常用の量であることが記載されており(5頁右下欄1行~5行),刊
行物2のホスホネートの量が安定剤としての効果を示す量であることが示
されているから,トリエチルホスホノアセテートの使用量を刊行物2記載
の使用量に基づいて決定することは容易である。
ウ(ア)訂正明細書の【表1】~【表4】においては,安定剤がトリエチル
ホスホノアセテートの場合,他の安定剤の場合と比較して,多量の安定
剤が使用されており,多量に使用して改善効果が見られたとしても,効
果が顕著であるとはいえない(なお,刊行物1,2には,安定剤の効果
を比較するに当たり,リン元素の重量を同一にすべき根拠は示されてお
らず,むしろ,刊行物2の第1表,第2表は,安定剤の重量に基づいて,
安定剤同士の効果を比較すべきことを示している。)。
一方,刊行物2(甲4)の6頁左下欄10行~6頁右下欄9行の記載
によれば,トリエチルホスホノアセテートがリン酸に比べ,大きな熱安
定性,わずかな揮発性を有することが理解できる。大きな熱安定性,わ
ずかな揮発性を有するということは,熱によって失われる量が少ないと
いうことであり,それは少量で熱安定剤としての効果を発揮することに
つながるから,トリエチルホスホノアセテートがリン酸に比較して黄変
現象をよりよく改善することは,当業者が予測できることにすぎない。
また,刊行物2の第2表の例8~11のトリエチルホスホノアセテー
ト(10ppm~100ppm)及び比較例2のリン酸(50ppm)
のRG値は,トリエチルホスホノアセテートがリン酸よりもRG値を有
利にあげること(少量で有効であること)を示している。すなわち,例
8~11の使用量は,本来の安定剤としての効果を達成する量であると
ころ,そのRG値は,リン酸を用いた比較例2よりも高い。そして,変
色が白色度を下げることは明らかであるから,RG値を有利に上げる安
定剤は,変色を有利に阻止できる安定剤と考えられる。すると,トリエ
チルホスホノアセテートがリン酸よりも安定化効果,すなわち,変色阻
止効果に優れていることが推測できる。
(イ)訂正明細書の【表1】~【表4】によれば,固有粘度は,トリエチ
ルホスホノアセテートを用いる場合も,リン酸を用いる場合と同等であ
り,有意な改善は確認できないし,仮に改善が確認できるとしても,そ
の程度はわずかであり,格別顕著なものではない。
3広義訂正発明についての判断の誤りについて
前記1のとおり,本件訂正発明は広義訂正発明を含むものであり,本件訂正
発明の要旨認定に誤りはない。広義訂正発明と引用発明を対比すると,両者は,
本件審決が認定した狭義訂正発明と引用発明との相違点2,3において相違し,
その余の構成において一致するところ,一致点の認定及び上記相違点2,3の
判断に誤りがないことは前記のとおりであるから,本件審決の広義訂正発明に
ついての判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1本件訂正発明における用語の意味について
原告は,本件訂正発明における「テトラプロピルチタネート」,「テトラブ
チルチタネート」に係る「プロピル」,「ブチル」との各用語は,有機化学命
名法に従って記載されたものであり,いずれも狭義に解釈すべきであるから,
本件訂正発明は狭義訂正発明を要旨とするものであって,広義訂正発明を含む
ものでない旨主張するので,まず,この点について検討する。
(1)本件訂正発明の特許請求の範囲(請求項1)には,「テトラプロピルチタ
ネート」,「テトラブチルチタネート」に係る「プロピル」,「ブチル」と
の各用語の技術的意義を示す格別の記載はない。そこで,「プロピル」,
「ブチル」との各用語の一般的な意味について,検討する。
ア乙1(玉虫文一外7名編集「岩波理化学辞典第3版増補版」株式会社
岩波書店・1981年10月20日第2刷発行)には,次の記載がある。
「ブチル・・・1価のアルキル基CH-.略号Bu.次の4種がある.49
-ブチルCHCHCHCH-,イソブチル(CH)CHCH-,n3222322
第二ブチルCHCHCH(CH)-,第三ブチル(CH)C-.」32333
(1149頁左欄10行~14行)
「プロピル・・・1価のアルキル基CH-をいう.略号Prで示され37
ることがある.-プロピルCHCHCH-とイソプロピル(CH)n3223
CH-の2種がある.」(1192頁右欄29行~32行)2
イ甲8(漆原義之著「有機化学命名法要説(3版)」株式会社朝倉書店・
昭和48年10月25日発行)には,次の記載がある。
「基名表この表は,I.U.P.A.C.有機化学命名法1965年
規則に添付された,A,BおよびCの部から集成した,“Listof
RadicalNames”全部を日本語名の五十音順に並べたもの
である.置換されていないときのみ使用する名称にはアステリスク(*)
がつけてある.」
「イソブチル(CH)CH・CH-」*
322
「イソプロピル(CH)CH-」*
32
「ブチルCH・〔CH〕・CH-」3222
「プロピルCH・CH・CH-」322
ウ甲11(大木道則ほか編集「化学大辞典」株式会社東京化学同人・19
89年10月20日第1版第1刷発行)には,次の記載がある。
「ブチル・・・有機化合物中の基CHCHCHCH-の名称.-3222n
ブチルということもある。・・・ブチル,イソブチル,-ブチル,-st
ブチルを総称してブチルということもある。」(1997頁左欄下から3
行~右欄1行)
「-ブチル・・・有機化合物中の基CHCHCH(CH)-の名s323
称.」(1997頁右欄8行~9行)
「-ブチル・・・有機化合物中の基(CH)C-の名称.」(19t33
97頁右欄11行~12行)
「プロピル・・・有機化合物中の基CHCHCH-の名称」(207322
1頁右欄24行~25行)
乙1及び甲8,11の上記各記載によれば,「プロピル」,「ブチル」と
の各用語は,有機化学命名法に従い,狭義(-プロピル,-ブチル)にnn
用いられることもあるが,広義(-プロピルと-プロピルの上位概念,ni
-ブチル,-ブチル,-ブチル,及び,-ブチルの上位概念)に用nist
いることも,ごく普通に行われていることであると認められる。
そうすると,本件訂正発明における「テトラプロピルチタネート」,「テ
トラブチルチタネート」については,特許請求の範囲の記載からは,直ちに
その技術的意義を,狭義のテトラプロピルチタネート,狭義のテトラブチル
チタネートとも,広義のテトラプロピルチタネート,広義のテトラブチルチ
タネートとも,一義的に明確に理解することができないものというべきであ
る(なお,本件記録を精査しても,「テトラプロピルチタネート」,「テト
ラブチルチタネート」との各用語が,一般に,もっぱら狭義のテトラプロピ
ルチタネート,狭義のテトラブチルチタネートを意味すると認めるに足る証
拠は見当たらない。)。
(2)訂正明細書(甲2)における発明の詳細な説明の欄には,「ここで使用可
能なチタニウム系触媒には,テトラプロピルチタネート,テトラブチルチタ
ネート,チタニウムジオキサイドとシリコンジオキサイド共重合体が挙げら
れ,このチタニウム系触媒は単独又は2種以上を混合して使用することもで
きる。」(4頁19行~22行)との記載があるが,「テトラプロピルチタ
ネート」,「テトラブチルチタネート」について格別の定義はなく,「テト
ラプロピルチタネート」の「プロピル」,「テトラブチルチタネート」の
「ブチル」を狭義のものとする旨の記載も認められないし,また,化合物名
が有機化学命名法に従ったものであることを示す記載は,見当たらない。
(3)登録時の本件明細書(以下「登録時明細書」という。甲1)には,チタニ
ウム系触媒に関し,次の記載がある。
「ここで使用可能なチタニウム系触媒には,例えば,テトラエチルチタネ
ート,アセチルトリプロピルチタネート,テトラプロピルチタネート,テト
ラブチルチタネート,ポリブチルチタネート,2-エチルヘキシルチタネー
ト,オクチレングリコールチタネート,ラクテートチタネート,トリエタノ
ールアミンチタネート,アセチルアセトネートチタネート,エチルアセトア
セチックエステルチタネート,イソステアリルチタネート,チタニウムジオ
キサイド,チタニウムジオキサイドとシリコンジオキサイド共重合体,チタ
ニウムジオキサイドとジルコニウムジオキサイド共重合体などが挙げられ,
このチタニウム系触媒は単独又は2種以上を混合して使用することもでき
る。」(3頁5欄40行~6欄2行)
「【請求項5】前記チタニウム系化合物は,テトラエチルチタネート,ア
セチルトリプロピルチタネート,テトラプロピルチタネート,テトラブチル
チタネート,ポリブチルチタネート,2-エチルヘキシルチタネート,オク
チレングリコールチタネート,ラクテートチタネート,トリエタノールアミ
ンチタネート,アセチルアセトネートチタネート,エチルアセトアセチック
エステルチタネート,イソステアリルチタネート,チタニウムジオキサイド,
チタニウムジオキサイドとシリコンジオキサイド共重合体,チタニウムジオ
キサイドとジルコニウムジオキサイド共重合体からなるグループから少なく
とも1又は2以上を用いたものであることを特徴とする請求項1に記載の1,
4-シクロヘキサンジメタノールが共重合されたポリエステル樹脂の製造方
法。」(2頁3欄10行~23行)
登録時明細書の上記記載は,「イソステアリルチタネート」なる用語を含
むところ,有機化学命名法に従った名称を記載した甲8には,「プロピル」
や「ブチル」のほか,「イソプロピル」や「イソブチル」が挙げられている
にも関わらず,「イソステアリル」は挙げられていないことに照らせば,
「イソステアリル」は必ずしも有機化学命名法に従ったものとは認められず,
したがって,登録時明細書に記載されたチタニウム系化合物に関する記載が
全体として有機化学命名法に従ったものとは認められないというべきである。
そうすると,化合物名の記載を有機化学命名法に従わせるか否かが,本件
訂正の前後で異なると解すべき根拠はないから,訂正明細書における「テト
ラプロピルチタネート」,「テトラブチルチタネート」を含むチタニウム系
化合物の名称も,厳密に有機化学命名法に従ったものとはいえないとみるの
が相当である(なお,登録時明細書には,「テトラプロピルチタネート」,
「テトラブチルチタネート」以外に,使用可能なチタニウム系触媒として,
多数のチタニウム系化合物が列記されており,これらの化合物には,狭義の
テトラプロピルチタネート,狭義のテトラブチルチタネートとは化学構造を
大きく異にするものが少なくないことがうかがわれるから,狭義のテトラプ
ロピルチタネート,狭義のテトラブチルチタネートに限定する趣旨で,「テ
トラプロピルチタネート」,「テトラブチルチタネート」との文言が用いら
れたとも認められない。)。
(4)上記によれば,訂正明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しても,本件
訂正発明における「テトラプロピルチタネート」,「テトラブチルチタネー
ト」に係る「プロピル」,「ブチル」については,狭義とも広義とも確定す
ることができないものというべきである。
原告は,「プロピル」,「ブチル」との各用語について,訂正明細書に広
義に用いる旨の記載がないから,狭義に用いられているもの,すなわち有機
化学命名法に従って記載されているものと解すべきである旨主張する。しか
し,前記のとおり,「プロピル」,「ブチル」との各用語は,広義に用いる
こともごく普通に行われているものであるから,原告主張のように解するこ
とはできず,訂正明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しても,有機化学
命名法に従って記載されていると一義的に理解することができない以上,こ
れを広義のものとして理解することを排除することはできないといわざるを
えない。
このように,特許請求の範囲に記載された用語の技術的意義が,発明の詳
細な説明の記載を参酌しても,一義的に明確に理解することができず,広義
にも狭義にも解しうる場合には,当該特許発明の新規性及び進歩性について
判断するに当たっては,当該用語を広義に解釈して判断するのが相当である。
広義に解した場合の特許発明について,新規性及び進歩性が肯定されれば,
狭義に解した場合には当然にこれらが肯定されるし,逆に,広義に解した場
合の特許発明について,新規性又は進歩性が否定されるならば,もはや狭義
に解した場合にそれらが肯定されるかどうかを検討するまでもなく,当該特
許発明の新規性又は進歩性を認める余地はないからである(仮に狭義に解し
た場合に新規性及び進歩性が認められるとしても,それが広義にも解しうる
ものである以上,狭義に解した場合のみを前提に当該特許発明の特許性を肯
定することができないことはいうまでもない。)。
そうすると,本件訂正発明における「テトラプロピルチタネート」,「テ
トラブチルチタネート」に係る「プロピル」,「ブチル」は,それぞれ,
「n-プロピルとi-プロピルの上位概念」,「n-ブチル,i-ブチル,
s-ブチル,及び,t-ブチルの上位概念」と解するべきであり,したがっ
て,本件訂正発明における「テトラプロピルチタネート」,「テトラブチル
チタネート」は,広義のテトラプロピルチタネート,広義のテトラブチルチ
タネートを意味するものというべきであるから,原告の主張は採用すること
ができない。
2狭義訂正発明についての判断の誤りについて
上記に説示したところによれば,本件訂正発明は,その要旨を狭義訂正発明
としてとらえるべきものではなく,「テトラプロピルチタネート」,「テトラ
ブチルチタネート」に係る「プロピル」,「ブチル」の両者とも広義と解釈し
た発明(広義訂正発明)であるというべきである。
したがって,本件審決の狭義訂正発明についての判断は,本件訂正発明の要
旨でない発明を対象として判断したことに帰するものであり,本件訂正の適否
とは関係しないというべきである。
そして,狭義訂正発明についての本件審決の判断に誤りがあることをいう原
告の主張は,本件訂正発明の要旨を狭義訂正発明としてとらえることを前提に
するものであるから,その前提を欠き,採用することができない。
3広義訂正発明についての判断の誤りについて
上記のとおり,本件訂正発明は広義訂正発明としてとらえるべきものである
から,本件審決が,本件訂正発明について広義訂正発明を対象としてその進歩
性を判断したことは,本件訂正発明の要旨の認定を誤ったものではない。
原告は,本件訂正発明を広義訂正発明としてとらえたとしても,本件審決の
広義訂正発明についての判断には,狭義訂正発明についての判断の誤りと同様
の誤りがある旨主張するので,検討する(以下,本件訂正発明というときは,
広義訂正発明を意味する。)。
(1)一致点認定の誤り・相違点の看過について
原告は,刊行物1には,本件訂正発明において使用される触媒及び安定剤
が開示されていないから,反応条件の範囲に重複部分があるからといって,
反応条件に相違がないとすることはできない旨主張する。
しかし,本件訂正発明と引用発明を比較すると,前者の全グリコール成分
の1,4-シクロヘキサンジメタノールの割合10~90モル%は後者の約
10~70モル%と約10~70モル%の範囲で重複し,前者のテレフタル
酸に対する全グリコール成分のモル比1.1~3.0は,後者のモル比1.
7~6.0と,1.7~3.0の範囲で重複し,前者におけるエステル化反
応時の加熱条件230~270℃は,後者の加熱条件240~280℃と,
240~270℃の範囲で重複し,前者におけるエステル化反応時の圧力条
件0.1~3.0kg/cmは,後者の圧力条件15~80psigが約2.2
1~6.7kg/cmと換算されることから約2.1~3.0kg/cmの22
範囲で重複し,前者における重縮合段階の加熱条件250~290℃は,後
者の加熱条件260~290℃と,260~290℃の範囲で重複するもの
であり(これらの点は原告も争っていない。),また,前記1において説示
したところによれば,本件訂正発明における「テトラプロピルチタネート」,
「テトラブチルチタネート」は,引用発明における触媒である「テトライソ
プロピルチタネート」,「テトライソブチルチタネート」を包含する。そし
て,安定剤について,本件審決は,相違点3として検討している。
したがって,本件審決に原告主張の誤りがあるということはできない。
(2)相違点1の判断の誤りについて
上記のとおり,本件訂正発明における「テトラプロピルチタネート」,
「テトラブチルチタネート」は,引用発明における触媒である「テトライソ
プロピルチタネート」,「テトライソブチルチタネート」を包含するもので
あるから,本件審決が狭義訂正発明と引用発明との相違点の一つとした相違
点1は,本件訂正発明と引用発明との相違点とはならない。
(3)相違点2の判断の誤りについて
ア原告は,触媒の使用量は実験により容易に決定できるものではない旨主
張する。
(ア)刊行物1(甲3)には,重縮合触媒に関し,次の記載がある。
「重縮合触媒は,チタン,ゲルマニウム及びアンチモンから選択され
る。これらの重縮合触媒は組合わせて使用することもできる。チタンは
普通,アルコキシドの形態で添加する。使用することのできるチタン化
合物の例は,チタン酸アセチルトリイソプロピル,チタン酸テトライソ
プロピル及びチタン酸テトライソブチルである。ゲルマニウム及びアン
チモンは,酸化物,有機塩及びグリコラートの形態であってよい。好ま
しい重縮合触媒はチタンであり,これはアルコキシドの形態で10~6
0ppmの量で添加する。重縮合触媒濃度は,所望の生成物の色並びに
黄色を抑制又はマスクするために使用される安定剤及びトナーの種類及
び量に関係する。最適色相,透明度及び明るさのために,チタンを12
~25ppmの量で添加する。」(3欄39行~53行,訳文3頁6行
~14行)
上記記載によれば,刊行物1には,仕込み原料に対する量ではあるが,
テトライソプロピルチタネート(チタン酸テトライソプロピル),テト
ライソブチルチタネート(チタン酸テトライソブチル)を含む,チタニ
ウム系重縮合触媒の使用量の目安が示され,また,その濃度は,安定剤
やトナー(整色剤)の種類及び量に関係することが示されているものと
認められる。
(イ)刊行物2(甲4)には,重縮合触媒に関し,次の記載がある。
「本発明のもう1つの目的は,1種またはそれ以上の飽和脂肪族,芳
香族または脂環式のジカルボン酸またはそのエステル形成性誘導体と,
1種またはそれ以上の脂肪族,脂環式,芳香族またはアル脂肪族のジヒ
ドロキシ化合物とをエステル交換触媒の存在において反応させ,かつ引
続き該ビスエステルを重縮合触媒および熱安定剤の存在において重縮合
させることにより,線状のホモ-またはコポリエステルの組成物を製造
する方法に関する。」(6頁左上欄1行~10行)
「・・・重縮合触媒としては,常用の化合物ないしは混合物が使用さ
れる。・・・適当な重縮合触媒の例は,酸化アンチモン,酸化ゲルマニ
ウム,チタンメチレートおよび他の常用のチタン触媒である。・・・使
用すべき・・・重縮合触媒の量は,一般に,ポリエステルに対し50~
400ppmの範囲内である。」(6頁右上欄1行~15行)
上記記載によれば,刊行物2には,ポリエステルの製造一般について
ではあるが,チタニウム系重縮合触媒の最終ポリマーに対する量が示さ
れているものと認められる。
(ウ)ところで,触媒は,反応の進行を速めるために使用されるものであ
るから,一般に,触媒の本来の使用目的に合致した量を実験的に決定す
ることが困難であるとは認められない。
そして,訂正明細書(甲2)には,重縮合触媒の使用量に関して,
「チタニウム系触媒は,含有するチタニウムの重さが最終ポリマーの重
量に対し5~100ppmとなる量を使用する。使用される触媒は最終
ポリマーの色相に影響を与え,また,使用される安定剤及び整色剤も色
相に影響する。」(段落【0012】)との記載があるが,刊行物1に
おける前記(ア)の記載は,おおむねこれと対応している。
また,本件訂正発明における触媒の使用量(チタニウムの重量が最終
ポリマーの重量に対し5~100ppm)は,刊行物1及び2に記載さ
れた重縮合触媒量の範囲と同程度のものにすぎない。
そうすると,刊行物1の前記(ア)の記載及び刊行物2の前記(イ)の記
載に示された,チタニウム系重縮合触媒の使用量を参考としつつ,刊行
物1の教示に従い,安定剤やトナー(整色剤)の種類及び量をも考慮し
て,チタニウム系重縮合触媒の最終ポリマーに対する量の適当な範囲を
実験により決定することは,当業者が容易に行いうる程度のことと認め
るのが相当である。
イ原告は,刊行物2の実施例において,チタン触媒は用いられておらず,
重縮合触媒の使用量も本件訂正発明におけるそれを遙かに超えているなど
として,刊行物2における重縮合触媒量は,本件訂正発明における重縮合
触媒量を示唆するものでない旨主張する。
原告の主張は,刊行物2の記載内容としては,実施例を参酌すべきであ
るとの趣旨と理解されるが,当業者は,公知刊行物に記載された発明を把
握するに際しては,当該刊行物の特定箇所の記載のみをもっぱら参酌する
のではなく,これと関連する記載を含め,参酌するものであり,特に公知
刊行物が公開特許公報である場合,そこに実施例として具体的に記載され
た事項はもとより,これを包含する特許出願に係る発明に共通して記載さ
れている事項をも参酌するものである。したがって,刊行物2の記載内容
を実施例に限定して採用しなければならない理由はない。
また,刊行物2に透明性や色相の向上に関する記載がないとしても,そ
こに記載された重縮合触媒の量を参考にできないとはいえない。
したがって,原告の主張は採用できない。
(4)相違点3の判断の誤りについて
ア安定剤としてトリエチルホスホノアセテートを用いることについて
原告は,引用発明に刊行物2記載の発明を適用することは困難である旨
主張する。
(ア)a刊行物1(甲3)には,安定剤に関し,次の記載がある。
「重縮合触媒濃度は,所望の生成物の色並びに黄色を抑制又はマス
クするために使用される安定剤及びトナーの種類及び量に関係す
る。」(3欄49行~51行,訳文3頁12行~13行)
「リン系安定剤は,工程(2)で又は工程(3)での重縮合の間に
添加する。このリン系安定剤は10~100ppm,好ましくは40
~70ppmの量で添加する。好ましいリン系安定剤は,リン酸又は
そのアルキルエステル,酸性リン酸ジエチル及びリン酸トリオクチル
である。より好ましくは,リン系安定剤はリン酸である。」(3欄5
4行~60行,訳文3頁15行~18行)
引用発明は,安定剤としてリン系化合物を使用するものであるとこ
ろ,刊行物1の上記記載によれば,安定剤は,所望の生成物の色並び
に黄色を抑制又はマスクするために使用されるものであり,また,好
ましいリン系安定剤として,リン酸のアルキルエステル,酸性リン酸
ジエチル及びリン酸トリオクチルが掲げられていることからも明らか
なとおり,引用発明におけるリン系安定剤はリン酸に限られるもので
はなく,有機化合物を含むリン系化合物であればよいことが認められ
る(なお,本件訂正発明に用いられるトリエチルホスホノアセテート
も,リン系化合物という概念に包含される。)。
b刊行物2(甲4)には,安定剤に関し,次の記載がある。
「1.1種またはそれ以上のジカルボン酸および1種またはそれ以
上のジヒドロキシ化合物より成る線状のホモ-またはコポリエステル
の組成物において,熱安定剤として,一般式:・・・のホスホネート
を,ポリエステルに対し燐10~400ppmに相応する量で,遊離
せるおよび/または化学的に結合せる形で含有することを特徴とする
線状ホモ-またはコポリエステル組成物」(1頁左下欄6行~末行)
「3.1種またはそれ以上のジカルボン酸および1種またはそれ以
上のジヒドロキシ化合物より成る線状のホモ-またはコポリエステル
の組成物を,1種またはそれ以上の飽和脂肪族,芳香族または脂環式
のジカルボン酸もしくはそのエステル形成性誘導体と,1種またはそ
れ以上の脂肪族,脂環式,芳香族またはアル脂肪族のジヒドロキシ化
合物とをエステル交換触媒の存在において反応させ,引続きビスエス
テルを,重縮合触媒および熱安定剤の存在において重縮合させること
により製造するに当り,熱安定剤として,一般式:・・・のホスホネ
ートを使用することを特徴とする線状ホモ-またはコポリエステルの
組成物の製造法」(1頁右下欄5行~2頁左上欄4行,但し,請求項
3における一般式は誤記であり,正しくは請求項1に記載された一般
式のとおりと認められることについては,争いがない。)
「4.熱安定剤をポリエステルに対し燐10~400ppmに相応
する量で使用することを特徴とする,特許請求の範囲第3項記載の線
状ホモ-またはコポリエステルの組成物の製造法」(2頁左上欄5行
~8行)
「熱安定剤が有する課題は,重縮合中の重縮合混合物の変色を阻止
することである。久しく使用された,例えば燐酸,燐酸アンモニウム
または,亜燐酸トリエチルとグリコールより成る反応生成物のような
燐化合物は,十分に重縮合物の変色を阻止する能力があるが,しかし
ながらこれらは,常用のエステル交換触媒と自動的に粗分散性の沈殿
を生じ,これが重縮合体のためのフィルタ装置を閉塞するという大き
い欠点を有する。」(2頁右上欄16行~左下欄5行)
「本発明の課題は,前述の欠点を有せずかつ,それを使用して大き
い白色度を有する線状ポリエステルを,前述の作業障害を受けずに製
造することを可能にする新規な燐化合物を熱安定剤として使用するこ
とである。」(4頁右上欄4行~8行)
「本発明により使用されるべき安定剤の例は,以下のホスホン酸:
・・・カルボエトキシメタンホスホン酸・・・の・・・ジエチル-・
・・エステルである。」(5頁左上欄5行~16行)
「本発明によるポリエステル組成物は,ホスホン酸エステルを,ポ
リエステルに対し燐10~400ppm,有利に30~150ppm
に相応する,熱安定剤に常用の量で含有する。」(5頁右下欄1行~
4行)
「本発明により使用されるべき熱安定剤は,一連の有用な特性を特
徴とする。これは大きい熱安定性を有し,従って分解反応する傾向が
ない。さらにこれはわずかな揮発性を特徴とし,その結果,・・・ポ
リエステル中の大きい保留性を有する。・・・これらは二酸化チタン
および他のポリエステル添加物に対し不活性であり,さらに非腐食性
である。しかしながら本発明による熱安定剤の主な利点は,これが,
フイルタ装置中でのおよびノズルへの沈殿を阻止することであり,そ
の結果著るしく長いノズル寿命が得られる。さらに,本発明によるホ
スホン酸塩を含有するポリエステルは,正の可視特性(大きい拡散反
射率)を特徴とする。前述の利点は,燐酸・・・のような公知の酸性
熱安定剤を使用した場合には得られない。」(6頁左下欄10行~右
下欄9行)」
なお,刊行物2(甲4)において,カルボエトキシメタンホスホン
酸のジエチルエステルは,カルボエトキシメタン-ホスホン酸ジエチ
ルエステルとしても記載され(7頁右上欄9行~10行),実施例3,
6,7,8,9,10,11において使用されており(7頁第1表,
第2表),カルボエトキシメタンホスホン酸のジエチルエステル(カ
ルボエトキシメタン-ホスホン酸ジエチルエステル)は,本件訂正発
明において安定剤として使用されるトリエチルホスホノアセテートの
別称である(別称であることについては,争いがない。)。
刊行物2の上記各記載に照らせば,刊行物2には,熱安定剤として
トリエチルホスホノアセテートを使用する発明が具体的に開示され,
また,トリエチルホスホノアセテートを含む刊行物2の熱安定剤が,
リン酸では得られない一連の有用な特性(大きい熱安定性を有し分解
反応する傾向がないこと,わずかな揮発性のためにポリエステル中の
大きい保留性を有すること,二酸化チタン及び他のポリエステル添加
物に対し不活性であること,非腐食性であること,フイルタ装置中で
の及びノズルへの沈殿を阻止すること,得られるポリエステルの正の
可視特性(大きい拡散反射率))を有することが記載されていると認
められる。
c刊行物1に具体的に例示されていなくても,公知のリン系安定剤で
あれば,引用発明に適用を試みることは通常の研究活動の中で適宜行
いうることであるというべきであるところ,刊行物2には,上記bの
とおり,トリエチルホスホノアセテートが,熱安定剤として,リン酸
よりも優れていることが示唆されているから,引用発明におけるリン
系安定剤として,トリエチルホスホノアセテートを選択することは,
当業者が容易に想到することができたものというべきである。
(イ)原告は,刊行物2記載の発明は,刊行物1が排除したエステル交換
法に関するものであるから,引用発明に刊行物2記載の発明を適用する
ことには,無理がある旨主張する。
しかし,刊行物2記載の発明が,ポリエステル樹脂の製造における
(重縮合させる段階に先立つ)エステル化反応させる段階において,エ
ステル交換触媒を使用するものであり,用いられる熱安定剤がエステル
交換触媒の沈殿を阻止する作用を有するものであるとしても,当該熱安
定剤は,当然,その本来の作用である変色防止作用を有するものであり,
また,前記(ア)aのとおり,引用発明におけるリン系安定剤にはトリエ
チルホスホノアセテートも包含されるから,刊行物2記載の発明におけ
る熱安定剤であるトリエチルホスホノアセテートは,エステル交換触媒
が存在する系でしか使用できないというものとは認められず,原告の主
張は採用することができない。
(ウ)原告は,刊行物2記載の技術はポリエステル一般に関するもので,
本件訂正発明のような特定のコポリエステルに関する技術を示唆するも
のではなく,本件訂正発明とは,その解決すべき課題を異にし,また,
刊行物2の熱安定剤がリン酸に比べて高い変色防止効果を有しているこ
とは記載されていないから,刊行物2は,引用発明において,コポリエ
ステルの色相改善のために,リン酸に代えてトリエチルホスホノアセテ
ートを使用する動機付けを与えるものではない旨主張する。
しかし,安定剤の添加目的の一つは,ポリエステルの色相が黄色にな
ったり変色したりするのを防ぐことであり,このことは,引用発明及び
刊行物2記載の発明に共通する課題ないし目的であって,特定のコポリ
エステルについての課題ないし目的ということはできない。また,前記
(ア)bのとおり,刊行物2には,トリエチルホスホノアセテートを含む
刊行物2の熱安定剤が,リン酸では得られない一連の有用な特性を有す
ることが記載されているから,引用発明に適用する動機付けとなるもの
がないということはできない。
したがって,原告の主張は採用の限りでない。
イ安定剤の使用量について
原告は,刊行物2の熱安定剤の使用量は,本件訂正発明のトリエチルホ
スホノアセテートの使用量範囲を教示するものではなく,トリエチルホス
ホノアセテートの使用量を最終ポリマーの重量に対し10~150ppm
となるようにすることは困難であった旨主張する。
しかし,トリエチルホスホノアセテートを含む刊行物2の熱安定剤の使
用量については,前記のとおり,刊行物2に「ポリエステルに対し燐10
~400ppm,有利に30~150ppmに相応する,熱安定剤に常用
の量」というように,常用の量の目安が記載されているのであるから,ま
ずその範囲から始めて,所望の変色防止効果が得られる量の適当な範囲を
実験により決定することは,当業者が容易に行いうる程度のことと認めら
れる。そして,本件訂正発明が規定する「10~150ppm」は,刊行
物2に「有利に」として記載された熱安定剤量の範囲と同程度のものであ
る。そうすると,引用発明における安定剤として,トリエチルホスホノア
セテートを用いるに際し,その使用量を最終ポリマーの重量に対し10~
150ppmとなるようにすることは,当業者が容易になしえたものと認
めるのが相当である。
ウ本件訂正発明の作用効果について
(ア)a原告は,訂正明細書の【表1】~【表4】のcolor-b値か
ら,トリエチルホスホノアセテートは,黄色現象の改善に対して顕著
に優れたものであると主張し,本件訂正発明は,刊行物2からは予測
できない効果を奏する旨主張する。
しかし,訂正明細書(甲2)に記載された実験条件の下では,安定
剤としてトリエチルホスホノアセテートを用いる実施例は,他の安定
剤を用いる比較例と比較し,安定剤を多量に使用するものであるから,
黄色現象の改善効果が認められるとしても,直ちにその効果が顕著で
あるとはいうことはできない。
原告は,安定剤化合物の分子の数を一致させて比較した安定剤分子
そのものの安定化効果が,リン酸に比較して顕著に優れる旨主張する
が,採用することができない。
b訂正明細書(甲2)には,トリエチルホスホノアセテートの利点及
び黄色現象の改善に関し,「本発明では,トリエチルホスホノアセテ
ートを使用することにより,反応性を高め,かつ,明るい色相を得る
ことができる。・・・本発明の安定剤は,既存の安定剤より触媒及び
熱に対する安定性に優れ,また,従来から使用されている安定剤より
も揮発性が低いといった利点がある。さらに,低腐食性及び低毒性で
あると言った利点も有する。なお,安定剤の添加量が10ppm未満
であると,安定化効果が足りなくて色相が黄色く変わる問題があ・・
・る。」(段落【0013】)との記載があるが,刊行物2には,前
記ア(ア)bのとおり,トリエチルホスホノアセテートを含む刊行物2
の熱安定剤が,熱安定性で分解反応する傾向がないこと,揮発性が小
さいこと,不活性で非腐食性であること,可視特性がよい(拡散反射
率が大きい)ことが記載されているから,訂正明細書において,トリ
エチルホスホノアセテートの利点として捉えられている特性は,既知
のものであったことが認められ,特に,熱安定性や,揮発性が小さい
ことは,安定剤の本来の効果である変色防止の効果が高いことを十分
に予測させるものである。
したがって,本件訂正発明が予測しがたい顕著な効果を奏するもの
であるということはできない。
c原告は,刊行物2(甲4)の第1表及び第2表には,トリエチルホ
スホノアセテートがリン酸に比べて変色防止の効果が優れている点は
記載されていないと主張し,被告は,RG値について,トリエチルホ
スホノアセテートとリン酸の比較から前者が少量で有効であり,RG
値を有利に上げる安定剤は変色を有利に阻止できると考えられる旨主
張する。
刊行物2(甲4)には,RG値(拡散反射率)と黄色度について,
次の記載がある。
「拡散反射率は試料から反射せる光量であり,(粗面化せる酸化マ
グネシウムの)高白色面から反射される光量のパーセンテージとして
表わされる。」(8頁右上欄3行~7行)
「黄色度を測定するため,差当りそれぞれフィルタRI62,R4
6およびR57の使用下に試料の平均拡散反射率を測定し,その後に
黄色度の大きさとして,価:
RI62-R46
R57
が得られた。」(8頁右上欄7行~12行)
上記によれば,RGが色調を考慮しない全可視光波長範囲の反射率
であることから,RGと黄色度とは直接関連づけられるものとは認め
られない。
このことは,刊行物2(甲4)に,「本発明による方法により得ら
れるポリエステルは,0.14~0.15にすぎない範囲内のわずか
な黄色度を有し,従って大きい白色度を有する。エタン-,プロパン
-およびブタンホスホン酸誘導体の場合,黄色度は0.16よりも大
きい。」(8頁12行~17行)の記載がある一方,第1表及び第2
表において,トリエチルホスホノアセテートを用いた例3,6,7,
8,9,10,11では,RGが75~83,エタン-,プロパン-
又はブタンホスホン酸誘導体を用いた例12,13,14では,RG
が82,81,82であり,RGの点で劣るわけではない後者のもの
が,黄色度の点で劣ることをみても,明らかである。
以上によれば,刊行物2の第1表及び第2表にはトリエチルホスホ
ノアセテートがリン酸に比べて変色防止の効果が優れている点は記載
されていないとする原告の主張は,首肯できるものである。
しかし,刊行物2には,すでに検討したとおり,トリエチルホスホ
ノアセテートも含めた刊行物2の熱安定剤が,熱安定性で,揮発性が
小さいこと等,変色防止の効果が高いことを予測させる記載があるか
ら,本件審決が,効果を予測可能であるとしたことが誤りであるとは
いえない。
(イ)原告は,本件訂正発明は,成形材料として要求される特性である固
有粘度も十分確保している旨主張するが,訂正明細書(甲2)の実施例
と,リン酸を使用した比較例を対比しても,固有粘度について有意な改
善があるとまでは認められない。仮に,改善があるとしても,上記(ア)
aで説示したところに照らせば,直ちにその効果が顕著であるとはいう
ことはできない。
(5)小括
上記(1)ないし(4)に説示したところによれば,本件審決の広義訂正発明に
ついての判断の誤りをいう原告の主張は理由がない。
4結論
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は理由がなく,その他,本件
審決にこれを取り消すべき誤りは認められない。
したがって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,
主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
佐藤久夫裁判長裁判官
大鷹一郎裁判官
嶋末和秀裁判官

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