弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 原判決を次のとおり変更する。
二 被控訴人は控訴人に対し、金二四〇万九〇〇一円及びこれに対する昭和六二年
九月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 控訴人のその余の請求を棄却する。
四 被控訴人の本件附帯控訴を棄却する。
五 控訴につき訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を被控訴人、
その余を控訴人の負担とし、附帯控訴につき控訴費用は附帯控訴人(被控訴人)の
負担とする。
六 この判決は第二項に限り仮に執行することができる。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
(本件控訴について)
一 控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)は、控訴人に対し、四〇
二万九五三五円及びこれに対する昭和六二年九月一〇日から支払ずみまで年五分の
割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
(本件附帯控訴について)
一 被控訴人
1 原判決中被控訴人敗訴部分を取消す。
2 控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
二 控訴人
 本件附帯控訴を棄却する。
第二 当事者双方の主張並びに証拠の関係は、原判決事実摘示及び当審記録中の書
証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
       理   由
一 原判決事実摘示控訴人の請求原因1項ないし6項及び8項の事実並びに被控訴
人の平均賃金額(一日五三一〇円五四銭)については、当事者間に争いがない。
二 右争いのない事実に成立に争いのない甲第二ないし第四号証、乙第一号証、原
本の存在及び成立に争いのない甲第一号証の一・二、第七号証、乙第七ないし第一
一号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができ、他に右
認定を左右するに足りる証拠はない。
1 控訴人は、昭和三八年七月三〇日設立され、前記肩書地に本社を置き、長崎県
内に六工場(本社、小江原、大村、小長井、小浜、島原)を有し、生コンクリート
の製造及び販売を業とする株式会社である。
2 被控訴人は、昭和五二年一二月一九日運転手として控訴人に採用され、以来、
本社工場で生コンクリートミキサー車の運転業務に従事していた。
3 控訴人は、昭和五七年三月一五日付で被控訴人に対し小浜工場への転勤を命じ
たところ、被控訴人からこれを拒否され、このため控訴人は被控訴人が本社工場で
就労することを拒否した。
4 被控訴人とその所属労働組合(長崎生コンクリート労働組合)は、控訴人の前
記転勤命令が不当労働行為に当たるとして、長崎地方労働委員会に救済命令を申し
立てた。同委員会は、事実調査のうえ、昭和五八年七月九日右転勤命令は不当労働
行為に当たると判断して、控訴人に対し、右転勤命令の撒回と原職復帰、転勤命令
発効日から原職復帰日までの諸給与相当額(これに対する年五分の割合による金額
を含む。)の支払(いわゆるバツクペイ)等を命じた。
5 控訴人は、右救済命令を不服として長崎地方裁判所にその取消訴訟を提起し
た。しかし、長崎地方労働委員会が長崎地方裁判所に対して右救済命令の緊急命令
を申し立てたため、同裁判所は同緊急命令を発令した。そこで控訴人は、昭和五八
年一二月一日から被控訴人の原職復帰を認めるとともに、被控訴人に対し、バツク
ペイとして同月一三日四〇二万九三四〇円、同月一四日一九五円を支払つた。右金
額(合計四〇二万九五三五円)は、被控訴人の平均賃金一日五三一〇円五四銭で計
算した前記就労拒否期間中における給与相当額合計三二七万六五九三円、昇給差額
合計一八万八一〇一円、賞与合計九九万二〇四二円(賞与は年二回給付)及びその
他の支給額合計三万一〇八二円を総計した四四八万七八一八円から、各種保険料、
所得税、市民税の合計六二万三八三四円を差し引き、年五分の割合による遅延損害
金一六万五五五一円を加算した金額である。
6 ところで、被控訴人は、昭和五六年ころより休日等を利用して、長崎市内の愛
宕タクシーで運転者としてアルバイトをしていたが、右アルバイト収入は、昭和五
七年一月分は五万五二〇〇円、同年二月分が一万五二一〇円、同年三月分が三万六
八三〇円(以上三ケ月の平均は一か月三万五七四六円である。)であつた。
 被控訴人は前記のとおり、控訴人より就労を拒否されたため、昭和五七年四月か
ら愛宕タクシーの臨時雇の運転手として稼働するようになり、原職復帰の許される
までの間、次のとおり合計四六二万三〇二四円の収入を得た。
支払日 金額
昭和五七年 五月一〇日 二三万六三〇〇円
 六月一〇日 二二万八二六〇円
 七月一〇日 二五万四二〇〇円
 八月一〇日 二五万八六〇〇円
 九月一〇日 二五万六三一〇円
 一〇月九日 二三万八〇四〇円
 一一月一〇日 二七万五二八〇円
 一二月一〇日 二六万〇三五〇円
昭和五八年 一月一〇日 二七万九三一〇円
 二月一〇日 二三万二九九二円
 三月一〇日 二三万二九九二円
 四月一〇日 二三万七九六九円
 五月一〇日 二六万五一四九円
 六月一〇日 二二万九六六二円
 七月一〇日 一八万九七五二円
 八月一〇日 二六万五〇九一円
 九月一〇日 二一万六七八三円
 一〇月一〇日 二三万二九九二円
 一一月一〇日 二三万二九九二円
7 長崎地方裁判所は、前記救済命令の取消訴訟において、被控訴人への転勤命令
が不当労働行為に該当するとした長崎地方労働委員会の判断を是認し、原職復帰命
令等の取消請求を棄却したが、同委員会がバツクペイの金額を決定するに当たつて
中間収入の控除を全く不問に付した点は合理性を欠き、裁量権の合理的な行使の限
度を超えているとして、バツクペイ命令部分を取消した。同判決は昭和六一年一月
七日確定した。
8 控訴人は、昭和六一年六月、前記バツクペイ命令に従つて支払つた四〇二万九
五三五円は不当利得に当たるとして被控訴人に対しその返還を求める本件訴訟を長
崎地方裁判所(原審)に提起した。これに対し、被控訴人は、右原審での審理中
に、被控訴人が民法五三六条二項によつて有する前記就労拒否期間に対応する賃金
債権を自働債権として右不当利得返還債務と対当額で相殺する旨主張した。これに
対し、控訴人は、昭和六二年九月九日の原審第八回口頭弁論期日において、民法五
三六条二項但書の利得償還請求を予備的に申立て、後に従前の主位的請求を取り下
げた。
9 なお被控訴人とその所属する前記労働組合は、控訴人を被告として長崎地方裁
判所に対し、控訴人の本件転勤命令は不当労働行為にあたり、右被控訴人らに対す
るそれぞれ不法行為に該当するとして損害賠償請求の訴を提起した。同裁判所は、
被控訴人らの主張を認め、損害額については、被控訴人が前記中間収入を得るのに
愛宕タクシーの臨時雇いの運転手として不安定かつ苛酷な労働条件の下で稼働せざ
るを得なかつたこと、裁判闘争期間中における精神的苦痛等を理由にその慰藉料と
して三〇万円を認定し、また前記組合に対する団結権の侵害によつて生じた無形の
損害につき一〇〇万円の賠償を認めたほか弁護士費用三〇万円の請求も相当因果関
係のある損害と認定し、それぞれその支払を命じる判決をなした。
三 以上の認定事実を前提に、控訴人の本訴請求について判断する。
1 前記認定事実によれば、控訴人の被控訴人に対する転勤命令が不当労働行為に
該当する以上、被控訴人が右転勤命令を拒否したことを理由に控訴人がその就労を
拒否し、これにより、被控訴人が就労し得なかつたことは、民法五三六条二項本文
の「債権者の責に帰すべき事由」による履行不能にあたり、控訴人は右期間中にお
ける被控訴人の賃金の支払を免れることができないところである。
2 しかして、民法五三六条二項但書には「但自己ノ債務ヲ免レタルニ因リテ利益
ヲ得タルトキハ之ヲ債権者ニ償還スルコトヲ要ス」と定めているところであるが、
右規定によると、使用者の責に帰すべき事由により就労を拒否された労働者が、こ
れにより就労を免れた期間他の労務に服し利得を得たときは、それが副業的なもの
であつて、就労拒否の有無に拘らず当然に取得できる等特段の事情がない限り原則
として、これを使用者に償還すべき義務があるものと解すべきところである。
3 ところで、労働基準法二六条は、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合
においては、使用者は休業期間中当該労働者にその平均賃金の六割以上の手当を支
払うべき旨定めているところであるが、右の規定は、使用者の責に帰すべき事由に
より、労働者が就労を拒否され就業できなかつた場合にも適用があるものと解すべ
きところである。
 従つて、使用者の責に帰すべき事由により就労を拒否された労働者が他の職に就
いて利益を得たときは、使用者はその償還を請求し得るが、その額は右賃金のうち
労働基準法一二条一項所定の平均賃金の六割に達するまでの部分については、利益
の控除の対象とすることが禁止されているものと解するのが相当である(最高裁昭
和三七年七月二〇日第二小法廷判決、民集一六巻八号一六五六頁参照)。
 そうすると、使用者が労働者に対して有する償還請求権は、平均賃金の六割を越
える部分から当該賃金の支給期間と時期的に対応する期間内に得た中間利益の額を
控除することが許されることとなるが、右利益の額が平均賃金の四割を越える場合
には、更に平均賃金の基礎に算入されない賃金(労働基準法一二条四項所定の賃
金)の金額を対象として利益額を控除することが許されるものと解するのが相当で
ある(最高裁昭和六二年四月二日第一小法廷判決、判例時報一二四四号一二六頁参
照)。
 控訴人は、いわゆる中間収入を賃金から控除する場合には平均賃金の四割を超え
ることはできないが、一旦賃金全額を支払つたのち利得償還を求める場合には右限
度を超え民法五三六条二項但書により中間収入の全額の償還を求めうる旨主張する
が、労働基準法二六条の法意に照らし、右主張は採用できない。次に被控訴人は、
本件就労不能と被控訴人の利得との間には被控訴人の他の職場における就労という
積極的行為が介在しており、両者の因果関係は中断されている旨、また中間収入を
もたらした労務が従前の労務と比較してより重い精神的、肉体的負担を伴うもので
あるときは、機械的に右中間収入の全額を償還させることは不合理である旨主張す
るが、被控訴人が就労を拒否された期間に被つた精神的苦痛については、前記認定
のとおり、既に別訴において考慮されているところであるから、本件訴訟において
重ねて右の点を斟酌することは相当でなく、被控訴人の右主張はいずれも採用する
ことができない。
4 本件において、被控訴人が就労拒否期間中愛宕タクシーで得た中間収入は前記
認定のとおり四六二万三〇二四円であり、控訴人はこのうち自ら賃金として支払つ
た四〇二万九五三五円の限度で民法五三六条二項但書の利得償還請求をしている。
しかしながら、右にみたとおり利得償還の限度は、被控訴人の平均賃金の六割を超
える部分一三八万五八七七円(すなわち平均賃金一日五三一〇円五四銭で計算した
就労拒否期間中における給与相当額合計三二七万六五九三円に昇給差額分一八万八
一〇一円を加えた合計三四六万四六九四円の四割に相当する額)と、平均賃金算定
の基礎に算入されない労働基準法一二条四項所定の賃金部分一〇二万三一二四円
(すなわち賞与九九万二〇四二円にその他の支給分三万一〇八二円を合計した額)
の総計二四〇万九〇〇一円を超えることはできないものというべきである。しかし
て、他に右限度の利得をもつて被控訴人が控訴人に対する労務の提供を免れたこと
に起因する利得の範囲を越えるものと認めるに足りる特段の事情も存在しない。
三 以上によると、控訴人の本訴請求は、二四〇万九〇〇一円及びこれに対する弁
済期の翌日である昭和六二年九月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合
による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当とし
て棄却すべきである。よつて、これと異なる原判決を控訴人の本件控訴に基づき右
の限度で変更し、被控訴人の本件附帯控訴は理由がないから棄却することとし、訴
訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同
法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 新海順次 山口茂一 榎下義康)

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