弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     控訴費用は控訴人らの負担とする。
         事実及び理由
 一 控訴人らは「原判決を取消す。本件各訴えを静岡地方裁判所に差し戻す」と
の判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。
 二 当事者双方の主張は、次のとおり敷衍する他は、原判決事実摘示記載のとお
りであるから、これを引用する。
 (控訴人ら)
 1 農業振興地域の整備に関する法律(以下「法」という)中には、農用地区域
内の土地の所有者等に対する市町村長による農用地利用計画で指定された用途に供
すべき旨の勧告、都道府県知事による所有権移転等についての調停等、開発行為の
制限、農地転用の制限などの土地利用に関する制限等の規定が存するが、これらは
いずれも農用地利用計画によって定められた当該農用地区域内の農地を農地として
保全し、農業経営の安定化を図ることを少なくともその目的の一つとして定められ
たものであることは明らかである。しかるに、本件変更決定によって右制限等が消
滅させられた場合には、従前と様相が一変し、農地を農地として保全することが事
実上不可能となることは火をみるより明らかである。よって、本件変更決定が農業
ないし養鰻経営を行っている控訴人らに不利益を与えることは明らかであり、訴え
の利益は当然認められるべきである。
 2 本件変更決定は、当該地域を市街化区域に編入した上で、土地区画整理事業
の事業用地とすることを最終目標として、その第一段階として行われたものであ
り、現実にその後、市街化区域の編入がされ、現在、土地区画整理組合の設立認可
申請がされている。当該地域がこのように宅地化していく中で、控訴人ら所有地の
みが控訴人らの意思によって従前どおりの農地のままで安定した農業経営が営まれ
ていくということは到底あり得ないことである。要するに控訴人ら個人の主観的意
思を超えた客観的条件として、必然的に農業経営の利益が侵害されざるを得ないと
いう実状をふまえるべきである。
 3 本件のごとく、一片の変更決定により、それまで農地として利用することが
保障されていたものが農用地区域から除外され、右保障が奪われるに至った場合
に、当該土地所有者にさえも、その処分(変更決定)につき訴えの利益なしとして
争訟する資格を与えないということは、同人らに対し権利救済の手段を奪うことに
他ならないのであり、甚だしく司法の権威を失わしめるものといわざるを得ない。
 (被控訴人)
 1 訴えの利益は、原告適格ともいわれるとおり、その行政処分によって法律上
の利益を侵害された場合に、その処分の取消がその者の利益の救済として意味を持
つかどうかという概念である。本件変更決定によってなされるところの控訴人らの
主張する制限の撤廃等が直ちに農地を農地として保全させることを不可能にするも
のではない。制限の撤廃と農地の保全との間には、法的な因果関係はなく、生の社
会的事実としてもこの間に客観的な因果関係を認めることはできないのであって、
本件変更決定によって控訴人らが法的な不利益を受けるとはいえないのであるか
ら、控訴人らが訴えの利益があると主張する根拠は理由がない。
 2 仮に、本件変更決定により本件土地の区域が市街化区域となり、土地区画整
理事業の事業用地とすることが最終目標であって、土地区画整理事業が開始されれ
ば控訴人らが安定した農業経営を営むことができないとしても、それは直接には土
地区画整理事業の計画決定等があった場合に初めて発生する効果であって、本件変
更決定の直接的な法的効果ではない。
 3 よって、いずれにしても控訴人らの主張は理由がなく、本件訴えの利益はな
いというへきである。
 三 証拠(省略)
 四 当裁判所も、控訴人らの本件訴えは却下すべきであると判断するが、その理
由は、以下のとおりである。
 1 法に基づく農業振興地域の指定及び農業振興地域整備計画の策定は、農業の
健全な発展を図るため、土地の自然的条件、土地利用の動向、地域の人口及び産業
の将来の見通し等を考慮し、かつ、国土資源の合理的な利用の見地からする土地の
農業上の利用と他の利用との調整に留意して、農業の近代化のための必要な条件を
そなえた農業地域を保全し及び形成すること並びに当該農業地域について農業に関
する公共投資その他農業振興に関する施策を計画的に推進することを原則として行
うものとされ(法二条)、都道府県知事は、一定の地域を農業振興地域として指定
するものとされており(法六条一項)、右により指定された一の農業振興地域の区
域の全部又は一部がその区域内にある市町村は、その区域内にある農業振興地域に
ついて、都道府県知事の認可を受けた上、農業振興地域整備計画を定めなければな
らないものとされている(法八条)。右の農業振興地域整備計画には、「1」農用
地等として利用すべき土地の区域(農用地区域)及びその区域内にある土地の農業
上の用途区分(これらの事項に係るものを「農用地利用計画」という)、「2」農
業生産の基盤の整備及び開発に関する事項、「3」農業経営の規模の拡大及び農用
地等又は農用地等とすることが適当な土地の農業上の効率的かつ総合的な利用の促
進のためのこれらの土地に関する権利の取得の円滑化その他農業上の利用の調整に
関する事項、「4」農業の近代化のための施設の整備に関する事項、「5」農業従
事者の安定的な就業の促進に関する事項で、農業経営の規模の拡大及び農用地等又
は農用地等とすることが適当な土地の農業上の効率的かつ総合的な利用の促進と相
まって推進するもの、「6」農業構造の改善を図ることを目的とする主として農業
従事者の良好な生活環境を確保するための施設の整備に関する事項を定めるものと
されているが(法八条二項)、このうち、農用地利用計画の部分は、当該農業振興
地域内にある農用地等及び農用地等とすることが適当な土地で、その土地の位置そ
の他の条件及び当該農業振興地域における農業経営の動向からみて当該農業振興地
域において農業の振興を図るための措置を総合的かつ計画的に実施するためにはそ
の土地の農業上の利用を確保することが必要であるものにつき、当該農業振興地域
における農業生産の基盤の保全、整備及び開発の見地から必要な限度において区分
する農業上の用途を指定して、定めるものでなければならない(法一〇条三項)。
そして、市町村は、農業振興地域整備計画を定めようとするときは、その旨を公告
し、当該農業振興地域整備計画のうち農用地利用計画の案を縦覧に供することが必
要であり(法一一条一項)、当該農用地利用計画に係る農用地区域内にある土地の
所有者その他の権利者(以下「所有者等」という)は、当該農用地利用計画の案に
対して異議があるときは、所定の期間内に市町村に対しこれを申出ることができる
(同条二項)。右の異議の申出に対しては、市町村は所定の期間内にこれを決定し
なければならず(同条三項)、右決定に不服のある申出人は所定の期間内に都道府
県知事に対して審査を申し立てることができ(同条四項)、審査の申立てを受けた
都道府県知事は所定の期間内にこれを裁決しなければならないが(同条五項)、右
異議の申出又は審査の申立てについては行政不服審査法の異議申立て又は審査請求
に関する規定が準用される(同条六項)。市町村は、これらの手続が終了したとき
でなければ、都道府県知事に対する農業振興地域整備計画の認可の申請をすること
ができない(同条七項)。なお、右第三項又は第五項の規定による決定又は裁決に
ついては、行政不服審査法による不服申立てをすることができず、農用地利用計画
についての不服を理由とする第八条第四項の認可についての不服申立てについても
同様である。市町村は、経済事情の変動その他情勢の推移等により必要が生じたと
きは、都道府県知事の認可を受けた上、農業振興地域整備計画を変更しなければな
らないが、その変更に当たって公告をする必要があり、変更された農用地利用計画
の案は、縦覧を要し、これに対して異議の申出、審査の申立ての手続があること
は、農業振興地域整備計画を定める場合と同様である(法一三条)。このようにし
て農業振興地域整備計画が定められた場合においては、市町村長は、農用地区域内
の土地で、農用地利用計画で指定された用途に供されていないものの所有者等に対
し、当該土地を右用途に供すべき旨を勧告し、この勧告に従わない等の場合には、
この者に対し当該土地を当該用途に供するため取得しようとする者で市町村長の指
定を受けた者と当該土地の所有権の移転等につき協議すべき旨を勧告することがで
き(法一四条)、都道府県知事は、さらに右協議がととのわない等の場合には、右
勧告に従わない者と当該土地を当該用途に供するため取得しようとする者で市町村
長の指定を受けた者との当該土地の所有権の移転等につき必要な調停を行うことが
できる(法一五条)。また、農用地区域内においては、原則として、開発行為(宅
地の造成、土石の採取その他の土地の形質の変更又は建築物その他工作物の新築、
改築若しくは増築)をしようとする者は、あらかじめ、都道府県知事の許可を受け
ることを要するが、都道府県知事は、「1」当該開発行為により当該開発行為に係
る土地を農用地等として利用することが困難となるため、農業振興地域整備計画の
達成に支障を及ぼすおそれがあると認めるとき、「2」当該開発行為により当該開
発行為に係る土地の周辺の農用地等において土砂の流出又は崩壊その他の耕作等に
著しい支障を及ぼす災害を発生させるおそれがあると認めるとき、「3」当該開発
行為により当該開発行為に係る土地の周辺の農用地等に係る農業用用排水施設の有
する機能に著しい支障を及ぼすおそれがあると認めるときは、この許可をしてはな
らないとされており(法一五条の一五)、さらに、農用地区域内の農地等について
都道府県知事等が農地法上の許可に関する処分を行うに当たっては、これらの土地
が農用地利用計画において指定された用途以外の用途に供されないようにしなけれ
ばならないこととされている(法一七条)。
 <要旨>2 以上の法の規定によれば、法八条の規定に基づく農業振興地域整備計
画は、土地の農業上の利用と他の利用の調整に留意して農業の近代化その他
農業振興に関する施策を定めた総合的基本計画であって、それ自体としては、国民
の権利義務に対して直接影響を与えるものではなく、また、その中の農用地利用計
画も、農業振興地域整備計画のうち農用地区域及びその区域内にある土地の用途区
分に係るものであり、農用地区域を定めるとともに農用地等につき当該農業振興地
域における農業生産の基盤の保全、整備及び開発の見地から必要な限度において区
分する農業上の用途を指定して定めるものであって、それ自体として国民の権利義
務に直接影響を与えるものではなく、個人に対する具体的な権利侵害を伴う処分と
いうことができないものであることは明らかである。
 ところで、農用地利用計画によって指定された農用地区域内においては、土地の
形質の変更等の開発行為が制限され、また、農用地区域内の農地等の転用が制限さ
れているが、このうち開発行為の制限は、農用地利用計画により直接的に生じるも
のではなく、前示のとおり、土地の形質変更等が都道府県知事の許可にかからしめ
られ、許可なしには土地の形質変更等ができないとされているにとどまるものであ
り、また、農地転用の制限も、農地法上の許可をする都道府県知事に対して、その
許可をするにあたっては、当該土地が農用地利用計画において指定された用途以外
の用途に供されないようにしなければならないというその許可をする際の方針を指
示するにとどまるものであって、このような制約は、あたかも新たに右のような制
約を課する法令が制定された場合におけると同様の当該地域内の不特定多数の者に
対する一般的抽象的な制約にすぎず、このような制約が生じるということだけから
直ちに右地域内の個人に対する具体的な権利侵害を伴う処分があったものとして、
これに対する抗告訴訟を肯定することはできないものというべきである。
 なお、農用地利用計画によって指定された農用地区域内の土地の所有者等に対し
ては、市町村長は、農用地利用計画で指定された用途に供されていない土地につき
右指定された用途に供すべき旨を勧告するなどすることができ、また、都道府県知
事は、右指定された用途に供されていない土地の所有権の移転等につき必要な調停
を行うことができることになるが、これらは、市町村長等に対して権限を付与する
ものにすぎず、これあることから直ちに、農用地利用計画の決定が個人に対する具
体的な権利侵害を伴う処分ということができないことは当然であり、また、農用地
利用計画の案に対しては、前示のとおり、異議の申し出、審査の申立ての手続が定
められているが、この異議の申し出及び審査の申立てについて行政不服審査法中の
異議申立て及び審査請求に関する規定が準用されているにとどまり、この異議の申
し出に対する決定及び審査の申立てに対する裁決については、行政不服審査法によ
る不服申立てをすることができないとされているのであるから、これらの手続は、
農用地利用計画の案に関係権利者の意向を十分反映させるために特に設けられたも
のというべきであって、これらの手続があるからといって、農用地利用計画の決定
を個人に対する処分ということができないことは明らかである。そして、以上の理
は、農用地利用計画の変更決定についても等しく妥当するものであるから、本件変
更決定についても処分性はないというべきである。
 控訴人らは、この点に関し、本件変更前の農用地利用計画においては控訴人ら所
有地は農用地区域として指定されており、前示のような開発行為等が制限されてい
たから、控訴人らはその限度で安定した農業や養鰻経営が保障されていたが、本件
変更決定によって控訴人ら所有地が農用地区域から除外され、右の保障が一挙に奪
われることになるから、本件変更決定は処分性を有すると主張するが、右主張のよ
うな保障が存在したということができるかどうか自体について多大の疑問があるの
みならず、前示のとおり農業振興整備計画のうちの農用地利用計画の決定又はその
変更決定によって生ずる制約は当該地域内の不特定多数の者に対する一般的抽象的
な制約にすぎず、このような効果が生ずるということだけから直ちに右地域内の個
人に対する具体的な権利侵害を伴う処分があったということはできないものである
から、控訴人らの右主張は採用することができない。
 五 以上のとおり、本件変更決定は処分性を有しないものというべきであるか
ら、本件変更決定の取消しを求める控訴人らの本件訴えは却下を免れないのであ
り、結局、原判決の結論は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、控訴費
用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法九五条、八九条、九三条を適用し
て、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 佃浩一 裁判官 升田純)

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