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平成21年10月30日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成21年(ワ)第4767号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成21年9月14日
判決
静岡市<以下略>
原告株式会社フロックス
同訴訟代理人弁護士小林徹也
東京都中央区<以下略>
被告日本橋ローンサービス株式会社
東京都中央区<以下略>
被告A
上記両名訴訟代理人弁護士島田邦雄
同瀧本文浩
同丸山真司
同安部康広
同徳丸大輔
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告らは,原告に対し,各自8000万円及びこれに対する平成21年2月
25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1本件は,原告が,被告Aにおいて原告から示された営業秘密を不正の競業を
行う目的で使用し(不正競争防止法2条1項7号,被告日本橋ローンサービ)
ス株式会社(被告会社)において同営業秘密について不正開示行為であること
を知って当該営業秘密を取得し又は使用したが(同法2条1項8号,これら)
は両被告が一体となって行なった不正競争であると主張して,被告らに対し,
不正競争による損害賠償請求権(同法4条,民法719条)に基づき,損害賠償
金8000万円及びこれに対する不正競争の後である平成21年2月25日か
ら支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める
事案である。
2前提となる事実
()当事者等1
アファーストクレジット株式会社(ファーストクレジット)は,不動産担保
融資等を営業する株式会社である(弁論の全趣旨)。
被告Aは,ファーストクレジットの大阪支店長,融資第一部長を歴任する
同社の幹部職員であったが,B,C,D及びEも,ファーストクレジットに
在職していた(争いのない事実,乙2)。
イ株式会社クレディア(クレディア)は,貸金業等を目的とする株式会社で
あった(弁論の全趣旨)。
被告A,B,C,D及びEは,平成15年9月,クレディアの不動産ロー
ン部創設と同時にファーストクレジットを退職してクレディアに入社し,被
告Aは,クレディア不動産ローン部部長として同部門の統括責任者となり,
B,C,D及びEは,被告Aの部下として同部門に在籍した(争いのない。
事実)
ウクレディアは,次の顧客(本件顧客)に対し,次のとおりの貸付けをして
いた(争いのない事実,甲6∼10,弁論の全趣旨)。
①横浜市西区所在の株式会社ジェイ・エス・ビー(ジェイ・エス・ビ
),,,,,ー担当者F及びB当初貸付元本3300万円元利均等利率年8%
最終返済平成27年9月。
②京都市下京区所在の株式会社トム・プランニング(トム・プランニン
グ,担当者F及びB,当初貸付元本1億2000万円,元金一括,利率年)
76%,最終返済平成20年9月。.
③神奈川県厚木市所在の株式会社関野工務店,担当者F及びB,当初貸
付元本5300万円,元利均等,利率年85%,最終返済平成31年12.
月。
④滋賀県草津市所在の有限会社湖都(湖都,担当者C及びE,当初貸)
付元本2億6000万円,元利均等,利率年9.5%,最終返済平成31年
7月。
⑤東京都豊島区在住のG,担当者E及び被告A,当初貸付元本1億円,
元利均等,利率年9%,最終返済平成36年3月。
エ被告会社は,平成18年12月25日に貸金業等を目的とする会社として
設立された(争いのない事実)。
オ被告Aは,平成19年2月13日,クレディアを自己都合退職した。その
後,被告Aは,メリルリンチ日本証券株式会社に入社し,平成19年4月6
日からは,被告会社の代表取締役を務めている(争いのない事実)。
カB,F,C,D及びEは,平成19年2月5日から3月22日にかけて,
クレディアを自己都合退職し,その後,いずれもメリルリンチ日本証券株式
会社を経て,被告会社へ取締役(B)又は従業員として就職した(争いの。
ない事実)
キ原告は,貸金業等を目的とする株式会社である。クレディアは,平成18
年10月ころから資金繰りに窮して新規貸出を制限するようになり,平成1
9年9月21日,東京地方裁判所から民事再生手続開始決定を受けた。原告
は,平成20年10月1日,クレディアに属する一切の権利を吸収分割契約
により承継した(甲1,乙2,3,弁論の全趣旨)。
()本件営業秘密2
クレディアは,大別して次の2種類の顧客名簿(本件顧客名簿)を有してい
た(以下,本件顧客名簿に記載された情報を「本件営業秘密」という(争。)。
いのない事実)
①融資先の氏名・住所・電話番号(携帯電話を含む,勤務先の住所・。)
電話番号及びクレディアとの契約日,契約番号,約定日,金利,最終返済日,
残高等を記載した会員情報。
②契約書面一式のほか,融資実行決裁申請時に必要となる物件調査表,評
価表,不動産登記事項証明書,確定申告書そのほか個人情報に関する資料一式
(住民票,印鑑証明書,納税証明書等)を記載した顧客台帳。
()営業秘密性3
ア秘密管理性
本件営業秘密は,秘密として管理されていた(争いのない事実)。
イ非公知性
本件営業秘密は,保有者たるクレディアの管理下以外では入手できない状
態であった(争いのない事実)。
()被告の行為4
平成19年6月以降,本件顧客は,本件顧客に被告会社が融資をすること又
は本件顧客の関係会社に被告会社が融資することによって,被告会社又は関係
会社への借換えを行い,次のとおり,クレディアに対して期限前返済をした。
(争いのない事実,甲6,弁論の全趣旨)
①ジェイ・エス・ビー,平成19年6月8日完済。
②トム・プランニング,平成19年7月19日完済。
③関野工務店,平成19年7月24日完済。
④湖都,平成19年8月10日完済。
⑤G,平成19年9月11日完済。
3争点
()本件営業秘密の有用性の有無1
()被告Aに関する不正競争防止法2条1項7号の不正競争(7号不正競争)の2
成否
()被告会社に関する不正競争防止法2条1項8号の不正競争(8号不正競争)3
の成否
()損害の発生及び額4
4争点に関する当事者の主張
()争点()(本件営業秘密の有用性の有無)について11
ア原告
本件顧客名簿には,クレディアから融資を受けた既存顧客,返済可能性あ
るいは回収可能性を判断するに必要な確定申告書や設定している担保不動産
の担保価値が記載されている。したがって,新規に貸金業者を設立しようと
する者にとっては,手探りで新規顧客を開拓することに比し,非常に短期間
に,融資契約の成立可能性のある者,かつ,その中で確実な返済あるいは融
資金の回収を見込める者を絞ることができ,効率的な営業活動を行うことが
可能になる。したがって,本件営業秘密は,営業費用の節約あるいは経営効
率の改善に役立つ活用価値の極めて高い情報である。
イ被告ら
クレディア不動産ローン部では,ファーストクレジットから移籍した被告
Aらの人脈に依存して案件収集を行っていたものであり,本件営業秘密に基
。,。づく営業活動を行っていないしたがって本件営業秘密には有用性がない
()争点()(被告Aに関する7号不正競争の成否)について22
ア原告
(ア)被告Aは,クレディア在職中に同社から本件営業秘密を示された。
仮に,本件顧客からの申出の結果により被告会社が本件顧客と取引をする
に至ったとしても,本件顧客の情報がクレディアの顧客名簿に記載され,こ
れをクレディアが営業秘密として管理していた以上,クレディアが営業秘密
を保有する事業者であり,被告Aは,クレディアから本件顧客に関する本件
営業秘密を示されたと評価することができる。
(イ)次の事実からみれば,被告Aは,不正競業の目的で,本件営業秘密を利用
して,B,D,C,E及びF(Bら)に本件顧客に働きかけるよう指示し,
クレディアから被告会社への借換えをさせ,もって,本件営業秘密を使用し
たものということができる。
①被告Aは,クレディア不動産ローン部に所属していたBらに対して,
強い影響力を有していた。
②被告AとBらのクレディア退職時期は,ほぼ同一である。
③本件顧客らがクレディアから被告会社に借換えをした時期は,短期間
に集中している。
④本件顧客のクレディアにおける担当者は,いずれも被告A及びBらの
中のいずれかである。
⑤平成19年8月初旬ころ,クレディアの顧客であるHは,担当者では
なく,かつ,プライベートの付き合いもなかったDから2度ほど電話で勧誘
を受けた。
⑥本件顧客の所在又は在住地は,広範囲に及んでいる。
⑦被告Aは,ファーストクレジットからクレディアに移籍するときに知
り合いに電話をしたことがある。
⑧本件顧客が被告会社から借入れをしてクレディアへ完済した時期は,
被告Aらがクレディアを退職した平成19年2月13日から間もなくの平成
19年6月から同年9月のごく短期間に集中しており,この短期間に本件顧
客の側に新たな資金需要ないし借換えを求める必要性が生じていたというの
は,偶然にしては出来すぎである。
イ被告ら
(ア)原告の主張(ア)は否認する。
(イ)同(イ)柱書は否認する。
同①は知らない。
同②③は争う。
同④はDについて否認し,その余は認める。
同⑤は否認する。DはHの電話番号を知らないので,Hに電話をしたこと
などない。
同⑥は争う。
同⑦は明らかに争わない。
(ウ)被告会社が本件顧客と取引をするに至った経緯は次のとおりであり,被告
A及びBらによる勧誘はない。
aジェイ・エス・ビー
()Dは,株式会社ヴィクトリア・コーポレーション(ヴィクトリア・コーa
ポレーション)のオーナーであるIとは,平成2年5月ころから,ヴィク
トリア・コーポレーションの社長であるJとは,平成12年3月から,そ
れぞれ知人関係にあり,両者と個人的に携帯電話によって連絡を取り合う
間柄である。
()平成19年4月6日,ジェイ・エス・ビーの代表取締役であるKがヴィb
クトリア・コーポレーションを訪問して同社社員のLと面談を行い,同社
に対し,事業資金の新規貸出を依頼した。その後,ヴィクトリア・コーポ
レーションからDに対し,ヴィクトリア・コーポレーションがジェイ・エ
ス・ビーへ融資する資金を借り入れたい旨の連絡があり,これにより被告
会社からヴィクトリア・コーポレーションへの融資がされるに至った。
bトム・プランニング及び湖都
()トム・プランニングと湖都とはグループ会社を構成しており,同グルーa
プは平成10年ころからファーストクレジットの優良顧客であったとこ
ろ,ファーストクレジットにおける担当者は,当時融資第一部長であった
被告Aであった。被告Aは,湖都のオーナーであるM,トム・プランニン
グの代表者であるN,同グループを構成する株式会社クライスの代表者で
あるOと互いに携帯電話番号を知り合う仲であり,被告Aは,ファースト
クレジット在籍時から,同グループの資金調達に応じていたのみならず,
互いに不動産投資に関する情報やノウハウの交換を行う等親しい間柄であ
った。
()平成19年6月半ばころ,Nは,被告Aに対し,分譲マンション建築資b
金調達及びクレディアへの返済のために融資の相談をし,同月26日には
正式に融資の申込みをしてきたため,これにより被告会社からトム・プラ
ンニングへの融資がされるに至った。
()平成19年7月ころ,Mは,被告Aに対し,運転資金の調達及びクレデc
ィアに対する返済のために長期かつ低金利での融資を打診してきたため,
これにより被告会社から湖都への融資がされるに至った。
c関野工務店
()P税理士は,自己の顧問先からの資金調達の相談を通じて収集した不動a
産担保融資案件を銀行,ノンバンク等へ持ち込んでいたが,Pと被告Aと
はかねてから面識があり,互いに携帯電話番号等を知っている間柄であっ
た。そして,平成11年に被告Aがファーストクレジット融資第一部長に
,,。就任した後は被告Aは同社におけるPの紹介案件の受付窓口となった
被告AはPに税務関係の相談を行い,他方,Pも不動産市況等について被
告Aに相談する等,互いの得意分野についての情報交換を行うこともあっ
た。
,,,,()平成19年6月後半ころ関野工務店からPを通じて被告Aに対しb
運転資金の補充及びクレディアからの融資金の返済のための融資の相談が
あったため,これにより被告会社から関野工務店への融資がされるに至っ
た。
dG
()Fは,クレディア在籍時に,取引先であった株式会社ユニオンリーシンa
グのQから株式会社UCSのRの紹介を受け同人と面識を得るに至った。
その後,Fは被告会社に移った後も,株式会社UCSの紹介案件の窓口を
担当していた。
()平成19年7月後半ころ,Gと個人的親交があるRからFに対し問い合b
わせがあり,同月30日,Gの父であるSが被告会社に来店し,リフォー
ム資金及びクレディアに対する返済のための資金の融資申込みを行った。
もっとも,Sが高齢であったため,Gを債務者とする融資を行い,Sには
担保提供のみを求めることとなった。これを受けてGが同年8月15日に
被告会社に来店し,融資の申込を行った。これにより被告会社からGへの
融資がされるに至った。
()争点()(被告会社に関する8号不正競争の成否)について33
ア原告
被告Aは被告会社の代表取締役であるから,被告Aに7号不正競争行為が
,,,あるならば被告会社は本件営業秘密の不正開示行為があることを知って
本件営業秘密を取得し,使用したことになる。
イ被告ら
原告の主張は否認する。
()争点()(損害の発生及び額)について44
ア原告
(ア)クレディアは,本件顧客から期限前に完済を受けたため,将来の約定利息
収入を失った。
(イ)完済がなければクレディアが本件顧客から受領するはずであった約定利息
額から,クレディアが完済を受けた日の翌日から約定利息支払日までの年5
分の割合による中間利息を控除した金額は,次のとおりである。
①ジェイ・エス・ビー,969万4204円。
②トム・プランニング,1011万8642円。
③関野工務店,2423万7959円。
④湖都,1億1915万9349円。
⑤G,6291万8364円。
(ウ)クレディアが本件顧客から期限前弁済の際に受領した解約違約金は,次の
とおりである。
①ジェイ・エス・ビー,83万2575円。
②トム・プランニング,0円。
③関野工務店,137万4215円。
④湖都,663万7863円。
⑤G,264万4994円。
(エ)したがって,クレディアの受けた損害額は,上記(イ)から同(ウ)を控除した
次の額である。
①ジェイ・エス・ビー,886万1629円。
②トム・プランニング,1011万8642円。
③関野工務店,2286万3744円。
④湖都,1億1252万1486円。
⑤G,6027万3370円。
(オ)原告は,上記(エ)の元金合計2億1463万8871円のうち,8000
万円(各不正競争の損害額に応じて按分比例した額の合計)を請求する。
イ被告ら
(ア)原告の主張(ア)は否認する。
繰上げ返済がされた場合には,返済された金銭をもって再運用がなされる
ところ,それが同じ利率で再運用がされるならば,そもそも原告に損害が発
生しない。
仮に損害が発生するものとしても,貸付金の利息の全額が利益となるもの
ではなく,調達金利と貸付金利の差額が利益になるにすぎないし,当該債権
,。につき引き当てられた貸倒引当金相当額は損害から控除されるべきである
(イ)同(イ),(ウ)は知らない。
(ウ)同(エ),(オ)は争う。
第3当裁判所の判断
1本件事案にかんがみ,争点(2),(3)から検討することとする。
2争点()(被告Aに関する7号不正競争の成否)について2
原告は,被告A又はBらが,本件営業秘密の中のどのような情報を使用し,
あるいは開示したのかを特定せず,また,被告A又はBらが,本件営業秘密を
,。,どのようにして使用しあるいは開示したのかを特定していないしたがって
そもそも7号不正競争の成否に係る原告の主張は不正競争の具体的な内容が特
定されておらず,採用し難いものというほかない。
また,原告は,前記第2の4()ア(イ)のとおり,同①∼⑧の事情から被告A2
又はBらが「何らかの営業秘密情報について何らかの使用をした」ことが推,
認される旨を主張する。しかし,仮に上記事情がすべて認められたとしても,
これらの事実のみから原告が主張するような推認はできないし,そのような推
認の結果に基づいて不正競争があったと認めることもできない。したがって,
原告の主張は,いずれにしても失当というほかない。
他方証拠乙1∼12及び弁論の全趣旨によれば前記第2の4()イ(ウ),(),2
a∼dにおいて被告が主張するとおりの事実が認められる。そして,これらの
事実によれば,被告A又はBらのいずれについても,同人らが本件顧客に対す
る関係で本件営業秘密を使用したことはないとの事実が積極的に認められると
ころである。
専ら個人的人脈に基づき貸付業務を行っていたと認められる被告Aらが被告
会社へ転職したことを契機に(旧来の知人に転職のあいさつをするかごときは
従業員個人の私知の利用であって使用者の営業秘密の使用ではない,本件。)
顧客らが,当時経営不安を抱えていたクレディアからの融資を継続することに
懸念を覚え,融資先を被告会社に変更したからといって,そのこと自体は格別
不自然なことではないし,原告が主張するようなあり得ないような偶然などと
いうものでもない。
,。したがって被告Aにつき7号不正競争が成立すると認めることはできない
3争点()(被告会社に関する8号不正競争の成否)について3
上記2のとおり,被告Aにつき7号不正競争が成立すると認めることができ
ない以上,被告Aについて7号不正競争が成立することを前提とする被告会社
についての8号不正競争についても,これを認めることはできない。
4結論
よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなくいずれも理
由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
岡本岳
裁判官
中村恭
裁判官
鈴木和典

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