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平成30年10月23日判決言渡
平成29年(ネ)第10097号職務発明対価金請求控訴事件
原審・東京地方裁判所平成25年(ワ)第30271号
口頭弁論終結日平成30年8月7日
判決
控訴人X
同訴訟代理人弁護士多田光毅
大石忠生
石田晃士
大倉丈明
被控訴人キヤノン株式会社
同訴訟代理人弁護士岩倉正和
櫻庭信之
上野潤一
日野英一郎
小林優嗣
濱野敏彦
坪野未来
小幡真之
同訴訟復代理人弁護士吉原博紀
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2被控訴人は,控訴人に対し,1億円及びこれに対する平成26年1月16日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
4仮執行宣言
第2事案の概要等
1事案の概要(略称は,特に断らない限り,原判決に従う。)
本件は,控訴人が,本件各職務発明について使用者である被控訴人に特許を受け
る権利を承継させたところ,被控訴人は,平成12年から平成24年にかけて本件
発明1-2ないし1-5の実施品であるバッテリーパックに格納された電池を譲渡
したことにより独占の利益を得た,また,ソニーが平成17年から平成24年にか
けて本件発明2-1-①ないし2-5-⑦の実施品である商品名Nexelion
とする電池を生産使用譲渡等したことにより独占の利益を得たと主張して,被控訴
人に対し,平成16年法律第79号による改正前の特許法(改正前特許法)35条
3項に基づく相当の対価の残額62億7761万8968円のうち1億円及びこれ
に対する訴状送達の日の翌日である平成26年1月16日から支払済みまで民法所
定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
原審は,控訴人が被控訴人に本件各職務発明について特許を受ける権利を承継さ
せたことに対する相当の対価は存しない,又はその額は既払額を超えないとして,
控訴人の請求をいずれも棄却した。
そこで,控訴人が原判決を不服として控訴した。
2前提事実
次のとおり付加訂正するほか,原判決「事実及び理由」の第2の2記載のとおり
であるから,これを引用する。
(1)原判決2頁26行目冒頭から3頁6行目末尾までを,次のとおり訂正する。
「ア平成9年1月1日改正前の本件取扱規程(乙23)には,おおむね,次の
とおり記載されている。なお,平成12年4月1日改正前の本件取扱規程(乙24)
にも,同様の記載がある。
(ア)職務発明について国内外において特許を受ける権利は,被控訴人がこれを
承継する(6条)。
(イ)職務発明について国内外において特許を受ける権利の被控訴人への承継は,
被控訴人が従業員から同権利の譲渡証書を受理することによって成立する(9条)。
(ウ)被控訴人は,承継を受けた特許を受ける権利について,出願時及び登録時
に所定の対価を支払うとともに,「実績により会社に貢献したと認められたものに
ついて,特許審査委員会の審査の結果に基づき」所定の対価を支払う(19条ない
し21条)。
イ平成17年6月30日改正後の本件取扱規程(甲2)には,おおむね,次の
とおり記載されている。
(ア)職務発明について国内外において特許を受ける権利は,被控訴人がこれを
承継する(5条)。
(イ)職務発明について国内外において特許を受ける権利の被控訴人への承継は,
被控訴人が従業員から職務発明の届出を受理したときに成立する(8条)。
(ウ)被控訴人は,承継を受けた特許を受ける権利について,出願時及び権利確
定時に所定の対価を支払うとともに,職務発明の「実施が「権利保護期間」を経過
するまでに判明した場合,特許審査委員会において当該「職務発明」の価値を評価
したうえで」所定の対価を支払う(18条ないし21条)。
(エ)平成17年6月30日改正後の本件取扱規程は,平成17年3月31日以
前に会社が承継した職務発明について,同年4月1日以降に行われる職務発明に関
する手続にも適用される(38条)。」
(2)原判決3頁8行目に「リチウムイオン二次電池に関する複数の発明」とある
のを,「電池,二次電池,リチウム二次電池又はリチウムイオン二次電池に関する
複数の発明」と訂正する。
(3)原判決3頁13行目「原告は」から15行目「提出した。」までを,「控訴
人は,被控訴人に対し,本件各職務発明についてそれぞれ「発明・考案・創作譲
渡証書」を提出し,これらは,平成7年5月18日から平成11年8月31日まで
の間に受理された。」と訂正する。
(4)原判決4頁9行目「なお」から10行目末尾までを,「なお,外国特許の特
許請求の範囲の訳文の一部については当事者間に争いがある。一方,その明細書等
の内容について,控訴人は対応する日本特許の明細書等の内容と同じである旨主張
し,被控訴人はこれに具体的に反論しない。そこで,以下,外国特許の明細書等の
内容を摘示する場合には,対応する日本特許の明細書等の内容を摘示することをも
って代える。」と訂正する。
(5)原判決24頁1行目「決定をした」とあるのを,「決定し,平成16年1月
14日,同決定は確定した。」と訂正する。
(6)原判決25頁8行目末尾に改行の上,次を付加する。
「コ特開平2-10656号公報(公開日平成2年1月16日。乙230。以
下「乙230公報」といい,同公報に係る発明を「乙230発明」という。」
3争点
次のとおり付加訂正するほか,原判決「事実及び理由」の第2の3記載のとおり
であるから,これを引用する。
(1)原判決26頁2行目に「特許法36条違反」とあるのを,「特許法36条6
項1号違反」と訂正する。
(2)原判決26頁5行目末尾に改行の上,次を付加する。
「(オ-2)本件発明2-2-②の乙230発明に対する技術的優位性欠如の有
無」
(3)原判決26頁6行目末尾に改行の上,次を付加する。
「(カ-2)本件発明2-2-④の乙230発明に対する技術的優位性欠如の有
無」
(4)原判決26頁15行目末尾に改行の上,次を付加する。
「(シ-2)本件発明2-4-④の乙16発明に対する技術的優位性欠如の有無」
第3争点に関する当事者の主張
1原判決の引用
争点に関する当事者の主張は,下記2のとおり訂正し,下記3のとおり当審にお
ける当事者の主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」の第3記載のとおり
であるから,これを引用する。
なお,以下,「本件各キャノン・バッテリーパック」のうち,バッテリーパック
NB-5Lを「NB-5L」と,バッテリーパックLP-E6を「LP-E6」と
いう。また,NB-5L,LP-E6の各バッテリーパックに格納された電池を,
それぞれ「NB-5L電池」,「LP-E6電池」という。
さらに,以下,商品名Nexelionとする電池を「Nexelion電池」
という。また,NP-FV50に格納された電池を「NP-FV50電池」という。
2原判決の訂正
(1)原判決44頁11行目から12行目に「第三者の調査機関作成に係る「解体
電池内部部材調査」報告書と題する書面(甲23の1。以下「甲23の1報告書」
という。)」とあるのを,「JFEテクノリサーチ株式会社作成の「解体電池内部
部材調査」と題する報告書(甲23の1,24の1,38。以下「甲23の1報告
書」という。)」と訂正する。
(2)原判決50頁1行目から3行目に「第三者の調査機関作成に係る「レーザー
顕微鏡による負極表面形状測定」報告書と題する書面(甲23の2。以下「甲23
の2報告書」という。)」とあるのを,「JFEテクノリサーチ株式会社作成の「レ
ーザー顕微鏡による負極表面形状測定」と題する報告書(甲23の2,24の2。
以下「甲23の2報告書」という。)」と訂正する。
3当審における当事者の主張
(1)争点(1)ア(本件発明1-2ないし1-5の実施の有無)について
〔控訴人の主張〕
本件各キャノン・バッテリーパックに格納された電池は,本件発明1-2の構成
要件dを充足する。
〔被控訴人の主張〕
本件各キャノン・バッテリーパックに格納された電池は,次のとおり,本件発明
1-2の構成要件dを充足しない。
アNB-5L電池
控訴人は,控訴人作成の報告書(甲18。以下「甲18報告書」という。)の別
紙図8に基づき,NB-5L電池の「負極エッジから正極エッジの最短距離」が2
00μmである旨主張するが,同図は,一部の箇所のCT写真であり,その結果が
「最短距離」といえるか不明である。
また,甲18報告書の別紙図11によれば,NB-5L電池の正極面の短辺と負
極面の短辺は,中心部においてセパレータを介して揃っているから,当該箇所にお
ける「負極エッジから正極エッジの最短距離」は,セパレータの厚みと同じ18μ
mである。一方,正極面と負極面の距離は18μmであるから,前者は後者の1倍
である。
イLP-E6電池
控訴人は,甲18報告書の別紙図9に基づき,LP-E6電池の「負極エッジか
ら正極エッジの最短距離」が450μmである旨主張するが,同図は,一部の箇所
のX線CT写真であり,その結果が「最短距離」といえるか不明である。
また,LP-E6電池の電極断面下部のCT像である甲18報告書の別紙図9に
おいて,最も左にある正極よりも,その右隣の負極は約1347μm以上はみだし
ている。正極と負極の電極幅の差は1500μmであるから,電極断面上部におけ
る当該負極の当該正極に対するはみだし量は,約153μm以下である。そして,
セパレータの厚みは26μmであるから,当該箇所における「負極エッジから正極
エッジの最短距離」は260μmを超えない(1532
+262
<2602
)。加え
て,負極の先端が湾曲している可能性もあるから,さらに「最短距離」は短くなる。
(2)争点(1)イ(ア)(乙1考案による新規性欠如の有無)について
〔被控訴人の主張〕
ア乙1考案の「正極エッジ先端から負極エッジ先端までの最短距離」(本件発
明1-1の構成要件d)
本件発明1-1も乙1考案も,電極の湾曲や電池作製時の巻きズレは,いずれも
電池作製者が電池の設計段階で制御できることが前提となっている。また,乙1公
報では,組立て後の負極のはみ出た部分は直線であることが前提となっている(第
4図)。したがって,乙1考案の実施例における「セパレータの厚み」及び「正極
に対して負極がはみ出る長さΔW」から,三平方の定理に基づいて,「正極エッジ
先端から負極エッジ先端までの最短距離」を求めることができる。仮に,乙1考案
の実施例において,はみ出た部分の長さが一定でなかったり,負極のはみ出た部分
が湾曲していたりしたとしても,それによってエッジ間の最短距離が短縮する程度
はわずかであるから,乙1考案は,本件発明1-1の構成要件dを充足する。
イ乙1考案の「最短距離」の下限値(本件発明1-1の構成要件d)
本件発明1-1と乙1考案とで開示している技術的事項が同一であるから,乙1
考案に両極端部の最短距離の下限値に関する記載がなくても,本件発明1-1は新
規性を欠くことに変わりはない。
また,本件発明1-1は,負極を正極よりも大きくすることで,デンドライトの
発生を抑制して,サイクル寿命を延ばした点に特徴があるにとどまる。電極エッジ
間の距離を電極間の距離の10倍以上とすることに臨界的意義はない。なお,本件
明細書等1-1に,正極のサイズを可能な限り大きくすることを指摘する記載はな
く,電極エッジ間の距離の電極間の距離に対する比の上限値も規定されていないか
ら,正極を負極よりも小さくするという制限の中で,正極を大きくして,蓄電電気
量を最大限高めたことが本件発明1-1の特徴であるということはできない。
〔控訴人の主張〕
ア乙1考案の「正極エッジ先端から負極エッジ先端までの最短距離」(本件発
明1-1の構成要件d)
乙1考案には「両極エッジ間の最短距離」はおろか,正極に対して「はみ出る」
とされる負極の形状や正極からはみ出ている負極とセパレータとの間の角度につい
て全く規定されていない。また,乙1公報に実施例として記載されている「セパレ
ータの厚み」及び「正極に対して負極がはみ出る長さ」は,いずれも電池として組
立て前(電池缶挿入前)の設定値であって,組立て後(電池缶挿入後)の実値では
ない。一般的に,組立て後の負極は湾曲し,直線とはならないし,巻きズレも生じ
る。
したがって,乙1考案について,組立て後の両極エッジ間の距離を推定すること
はできない。
イ乙1考案の「最短距離」の下限値(本件発明1-1の構成要件d)
本件発明1-1は,正極シートの幅を長くして,電池の蓄電電気量(エネルギー
密度)を最大限高くしながら,負極に樹枝状のリチウムの結晶(デンドライト)が
形成され,短絡や自己放電が発生することを防ぐことができる臨界点として,両極
エッジ間の距離の下限値を正負極間の距離の10倍以上としたことに発明としての
本質がある。
一方,乙1考案には「両極エッジ間の最短距離」については規定されていない。
乙1考案は,組立前の電極の構成として,負極が正極よりはみ出しているという考
案にすぎず,仮に短絡や自己放電を防ぐことができる構成ではあったとしても,電
池の蓄電電気量(エネルギー密度)を最大限高くする構成ではない。
(3)争点(1)イ(イ)(公然実施の有無)について
〔被控訴人の主張〕
アNP-500に格納された電池(以下「NP-500電池」という。)の内
部構造の「公然」性
(ア)非破壊検査
日立製作所は,優先日前である平成5年頃には,自ら開発した産業用高エネルギ
ーX線CT装置を用いてNP-500電池の内部構造を観察することが可能であっ
た(乙213~215)。
また,平成5年当時のX線CT装置であっても,X線吸収係数の小さい材料やX
線吸収係数の違いが大きい複数の材料からなる部材に対して十分な性能を有してお
り(乙136の図5,乙137の図1),分解能が高ければ,内部が複雑であって
も解析可能である。
(イ)解体検査
NP-500電池を解体し,電極のズレが極力生じないように慎重に捲回体を広
げて正極と負極の位置関係を測定することによって,負極面上に垂直に投影した正
極の投影面が負極面内にあることや,負極の正極に対するはみ出し部分の長さなど,
NP-500電池の内部構造を知ることができる(乙68報告書)。
(ウ)したがって,優先日当時,NP-500電池の内部構造は「公然」であっ
た。
イNP-500電池の「最短距離」の下限値(本件発明1-1の構成要件d)
争う。
〔控訴人の主張〕
アNP-500電池の内部構造の「公然」性
(ア)非破壊検査
平成10年以前のX線CT装置では,高密度厚物材の内部の複雑の形状を正確に
測定することはできず,工業用に使用することができなかった(甲48)。乙13
6ないし139のX線CT装置では,リチウムイオン電池のような高密度厚物材で
密封され内部が複雑な形状を有する物の内部を,特定の解析度では測定できない。
これらのX線CT装置の解像度,分解能を裏付ける証拠もない。
また,優先日当時,リチウムイオン電池の研究にX線CT装置が用いられたこと
を示す記録,研究発表はない。リチウムイオン電池の研究にX線CT装置が用いら
れるようになったのはごく最近(少なくとも平成12年以降)である。
このように,優先日当時,NP-500電池を分解することなく,外部からNP
-500電池の内部構造を正確に知ることが可能な技術はなかった。
(イ)したがって,優先日当時,NP-500電池の内部構造は「公然」ではな
かった。
イNP-500電池の「最短距離」の下限値(本件発明1-1の構成要件d)
前記(2)〔控訴人の主張〕イと同様に,NP-500電池から,両極エッジ間の距
離の下限値に関する技術的思想を知ることはできない。
(4)争点(1)イ(ウ)(被告による無効主張の許否)について
〔控訴人の主張〕
被控訴人の過誤によって,本件取消決定が確定したものである。また,被控訴人
は,本件取消決定後に,本件発明1-1ないし本件発明1-5の実施の有無につい
て調査している(乙54の1・2)。被控訴人は,本件取消決定後も,特許が有効
であることを前提に,本件発明1-1ないし本件発明1-5を実施していたという
べきである。
また,控訴人は,優先日前の平成5年5月にNP-500電池を解体していたと
しても,正極の投影面が負極面内にあるか否かや,両極エッジ間の最短距離と両極
間の距離の比は,解体検査では測定できるものではない。控訴人は,NP-500
電池が本件発明1-1の構成要件c及びdなどを充足することは確認できなかった
し,その充足性を認識していたこともない。
したがって,被控訴人が本件特許1-2ないし本件特許1-5が無効である旨主
張することは許されない。
〔被控訴人の主張〕
被控訴人は,●●●●●●●から,同社が汎用品として販売しているNB-5L
電池及びLP-E6電池を購入している。被控訴人が●●●●●●●に本件発明1
-1ないし本件発明1-5の実施を許諾したことはない。被控訴人は,本件発明1
-1ないし1-5に係る特許を有効なものと認識したことはなく,侵害訴訟を提起
し又はライセンス交渉において提示するなどして対外的に権利主張をしたこともな
い。会社による無効主張が許されないのは,特許が有効であるという認識のもと,
当該特許に基づいて会社のみが独占的利益を得ていたにもかかわらず,職務発明対
価請求訴訟になるや一転して無効主張をしようとした場合に限られるべきである。
また,被控訴人は本件取消決定後に特許第3287732号における発明の実施
の有無について調査しているが,これは,同特許の請求項1に記載された本件発明
1-1の実施の有無について調査したものではなく,本件取消決定によっても取り
消されていない請求項2に記載された発明の実施の有無について調査したものであ
る。被控訴人は,請求項2が本件発明1-1の従属項であるから,その限度で本件
発明1-1の構成要件の充足性を調査したにすぎない。
さらに,控訴人は,優先日前の平成5年5月にNP-500電池を解体した際,
正極の投影面が負極面内にあるか否かや,両極エッジ間の最短距離と両極間の距離
の比について計測でき,その後もNP-500電池を詳細に解析して,研究開発を
進めており,そのサイクル寿命が長いことも認識していた。そうすると,控訴人は,
NP-500電池について,両極エッジ間の最短距離が両極間の距離の10倍以上
である可能性が高いことは,当然に認識していたはずである。
したがって,被控訴人が本件特許1-2ないし本件特許1-5が無効である旨主
張することが許されないということはできない。
(5)争点(2)ア(ア)(本件発明2-1-①及び2-1-②の実施の有無)につい

〔控訴人の主張〕
ア本件発明2-1-①の構成要件b
(ア)NP-FV50電池等を分析した下記各報告書等によれば,NP-FV5
0電池の負極,さらにはNexelion電池の負極に,Sn-Co合金粒子(両
性金属と合金化した金属粉末)が存在することは明らかである。
a株式会社UBE化学分析センター作成の報告書(甲97の1~3。以下「甲
97の1報告書」などという。)
甲97の1ないし3報告書は,複数の分析方法を複合的に用いることにより,高
い精度において負極活物質の組成,構造等を分析したものである。そして,甲97
の1報告書は,NP-FV50電池の負極活物質について「Sn-Co合金粒子と
黒鉛粒子からなり,さらにSn-Co合金粒子は低結晶性CoSn合金と低結晶性
無機炭素材料の複合体からなるバルク部の中に,CoSn合金結晶の粒状部が点在
する」構造である旨報告している。
b甲23の1報告書
甲23の1報告書は,EDX分析により,NP-FV50電池の負極から「粒子
1」及び「粒子2」が検出され,「粒子1」は「黒鉛」,「粒子2」は「Sn合金
(非晶質)であると考えられます。」と報告している。
c乙5報告書及び神奈川県産業技術センター作成の書面(甲45の1。以下「甲
45の1報告書」という。)
乙5報告書及び甲45の1報告書のとおり,NP-FV50電池(及びNexe
lion電池の一つであるNP-FH50電池)をX線回析により検出したピーク
は,SnCo合金の標準的なピークに極めて近い位置にある。なお,乙5報告書の
ピークは,非常に速いスキャンスピートを用いているから,甲45の1報告書のピ
ークとは完全に一致していない。
dU.S.ArmyReserchLaboratory作成の報告書(甲
99の1・2。以下「甲99報告書」という。)
甲99報告書は,Nexelion電池の負極は,黒鉛と非晶質合金層から成り,
合金相は1対1の比率のSnとCoから成る旨報告している。
(イ)NP-FV50電池の負極には,SnCo合金のほか,非金属であるCが
含まれている。しかし,Sn-Co-C化合物は存在せず,SnCo合金と炭素は,
界面において接しているにすぎない(甲97の1報告書)。また,NP-FV50
電池の負極活物質にCが含まれるとしても,これによって,SnCo合金の存在は
否定されない。
なお,甲65論文の362頁の図11には「Co-C結合」とあるものの,同論
文には,Co-Snの結合を「Co-Sn微粒子」と記載し,Co-Cの結合を「C
o-C界面における接着」と記載し,質的に全く異なる旨明記されている。NP-
FV50電池の負極において,SnCo合金とCとは複合物にすぎず,化学的に結
合しているものではない。
イしたがって,NP-FV50電池は,本件発明2-1-①の構成要件bを充
足する。
〔被控訴人の主張〕
ア本件発明2-1-①の構成要件b
(ア)NP-FV50電池の負極活物質は炭素を大量に含んでいるから,「合金」
ではない。
(イ)甲97の1報告書は,NP-FV50電池の負極は「…する構造と「推察」
された」とするにすぎない。また,甲97の1ないし3報告書は,粒子が合金様で
あるか否かの検討を行っておらず,CoSn構造を有すると分析したことについて
裏付けも欠く。
甲23の1報告書は,NP-FV50電池の負極に存在するCを無視又は軽視し
ている。乙5報告書,甲45の1報告書に記載されたX線回析によるピーク位置か
ら,負極にSn-Co合金が含まれているということはできない。甲99報告書は,
SnCo合金であることが所与の前提であるかのような考察を行っているほか,S
n含有粒子中のCの存在に気付いておらず信用できない。
(ウ)甲65論文のほか,ソニーの従業員ら作成のNexelion電池に関す
る論文(乙217。以下「乙217論文」という。)においても,NP-FV50
電池を含むNexelion電池の負極について,「Co-C結合」との用語が使
用され,模式図においてCoとCが線でつながって描かれているほか,広域X線吸
収微細構造解析において複数のピークが現れ,原子が特定の結合距離にあることが
示されているなど,Sn,Co,Cが化学的に結合していることが示されている。
なお,Co3SnC0.7という,Co,Sn,Cが化学的に結合した物質は存在する
(乙225の1)。
イしたがって,NP-FV50電池は,本件発明2-1-①の構成要件bを充
足しない。
(6)争点(2)ア(イ)(本件発明2-2-①ないし2-2-④の実施の有無)につ
いて
〔控訴人の主張〕
ア本件発明2-2-①の構成要件d
NP-FV50電池の「負極表面正極表面間の距離の1/10」は1.9μmで
あるが,これは1.850μm以上1.950μm未満を意味する。一方,甲23
の2報告書の測定結果に基づき計算した「最大高さRmaxの1/2と中心線平均
粗さRaとの差」は1.943μmである。前者が後者より大きいか小さいかにつ
いて,明らかではない。
イ本件発明2-2-③の構成要件h
構成要件hは,「前記金属(106)はその表面に多く存在している」としか記
載されておらず,負極に含有される全ての「充電時にリチウムと合金化ができない
金属(106)」が,負極表面に多く存在するか否かを考慮しなければならない旨
の記載は存在しない。たとえ1種類であっても「充電時にリチウムと合金化ができ
ない金属(106)」が負極の「表面に多く存在してい」れば,当該構成要件を充
足する。
そして,リチウムイオン二次電池(NP-FV50電池)の負極層を製造する際
には,Sn合金粒子,黒鉛粒子,バインダーとなる樹脂及び樹脂の溶媒を混ぜて,
ヨーグルト状の液状混合物を作り,当該混合物を,電気を集電するための銅箔に塗
った後に乾燥させるという工程を経る。このため,塗布したヨーグルト状の液状混
合物が乾燥する間に,比重の重い合金粒子は下の方に沈降する結果,正極と対向す
る負極表面(集電箔から遠い面)には比重の重いSnを含む粒子の比率が少なくな
り,代わりに比重の軽いTi等を含む粒子の比率が多くなる。したがって,NP-
FV50電池においては,負極表面に近付くにしたがって,比重の軽いTi等を含
む粒子の比率が多くなっている。
このように,NP-FV50電池の負極表面には充電時にリチウムと合金化がで
きない金属であるTiが多く存在するから,NP-FV50電池は構成要件hを充
足する。
〔被控訴人の主張〕
ア本件発明2-2-①の構成要件d
NP-FV50電池の「最大高さRmaxの1/2と中心線平均粗さRaとの差」
は1.943μmであるから,仮に「負極表面正極表面間の距離の1/10」が1.
850μm以上1.950μm未満である可能性があったとしても,前者の数値が
後者の数値以下であるとの構成要件dについて,その充足を立証したことにはなら
ない。
イ本件発明2-2-③の構成要件h
構成要件hの「表面に多く存在している」前記金属(106)とは,構成要件g
を受けたものであるから,(前記層(102,201)を構成する金属のうち,充
電時にリチウムと合金化ができない)全ての「金属(106)」を意味することは
明らかである。また,本件明細書等2-2-③(【0027】【0051】,乙1
61)によれば,「充電時にリチウムと合金化ができない金属(106)」全体の
含有率が重要な因子と解される。含有率の小さな一部の「金属(106)」元素の
みが負極表面に多く存在しさえすればよいと解すると,充電時にリチウムと合金化
できない「金属(106)」全体は負極表面に少なく存在してもよいことになるが,
これでは発明の効果を奏しない。
また,Tiの比重が軽いとしても,Snを含む粒子中におけるTiの含有量は極
めて少ないから,当該粒子の沈降に有意差を与えない。NP-FV50電池におい
て,負極表面に近付くにしたがって,Tiの比率が多くなっているということはで
きない。
(7)争点(2)ア(ウ)(本件発明2-3-①ないし2-3-⑤の実施の有無)につ
いて
〔控訴人の主張〕
ア本件発明2-3-①の構成要件c
合金を非晶質化するためには,メカニカルグラインディング処理が最も有効な方
法であり,その余の方法(水アトマイズ法,超急冷法,化学還元法,ガスアトマイ
ズ法等)だけでは非晶質化が十分に進行しない。Nexelion電池の負極活物
質の粒子は角張っているところ,これは,負極活物質がメカニカルグラインディン
グ処理によって形成されたことを示す。合金化の手法としてメカニカルアロイング
は量産の有効な手段であるとされ,非晶質化のためにメカニカルアロイングなどの
検討が進められている(乙186【0006】)。また,メカニカルグラインディ
ング処理によって合金を大量生産する機械が多数存在する(甲83の2~5,84,
105)。NP-FV50電池の負極活物質の複合体(Sn合金)は,メカニカル
グラインディング処理によって,非晶質化されたものである。
一方,Cを大量に含む材料の場合,物理的エネルギーを加える処理ではCが非晶
質化されないことを裏付ける科学的文献等はなく,このことから,NP-FV50
電池の負極活物質がメカニカルグラインディング処理によって非晶質化されたもの
ではないということはできない。また,乙206報告書,乙207報告書,●●作
成の報告書(乙208)から,Nexelion電池の負極活物質(スズ系アモル
ファス)がCを大量に含むということはできない。
なお,構成要件cは,メカニカルグラインディング処理だけで「半価幅が0.4
8度以上」になった場合のみならず,水アトマイズ法,超急冷法,化学還元法,ガ
スアトマイズ法等に加えて,メカニカルグラインディング処理を加えて「半価幅が
0.48度以上」になった場合も含まれる。
イしたがって,NP-FV50電池の負極活物質の複合体は,本件発明2-3
-①の構成要件cを充足する。
〔被控訴人の主張〕
ア本件発明2-3-①の構成要件c
(ア)メカニカルアロイング処理時にCを大量に入れると非晶質化が進行しない
ことは,専門的な知識を有する控訴人自身が認めている(乙189)。そして,乙
206報告書,乙207報告書によれば,Nexelion電池の負極活物質(S
n含有粒子)には,原子数比でSnを上回るCが存在し,甲97の2報告書におい
ても同様である。
また,メカニカルアロイング処理の構造上,同処理によって合金を非晶質化させ,
これを量産化することは不向きである。原料の組成は非晶質化の進行に影響を与え
るから,メカニカルグラインディング処理によって合金を大量生産する機械が存在
することをもって,NP-FV50電池のようにCを大量に含有するSn含有粒子
を非晶質化させ,これを量産化することはできない。さらに,メカニカルグライン
ディング処理以外の方法により合金の非晶質化は可能である。
仮に,NP-FV50電池の負極を製造する際にメカニカルグラインディング処
理が用いられていたとしても,非晶質化を進めるための方法を組み合わせることも
あるから,「メカニカルグラインディング処理によって」非晶質化するに至ったと
いうことはできない。
したがって,NP-FV50電池の負極活物質の複合体は,メカニカルグライン
ディング処理によって,非晶質化されたものではない。
(イ)甲45の1報告書及び甲98におけるX線回析チャートに示されたピーク
は,Cのピーク又はCと分離されないピークが表示されたものであり,CoSn合
金のピークを示すものではない。また,甲45の1報告書におけるX線回析チャー
トの縦軸を正しく評価した場合,44.98度付近のピークの半価幅は約0.29
6度である。
したがって,NP-FV50電池の負極は「X線回折角度2θに対して最も強い
回折強度が現れたピークの半価幅が0.48度以上を示す非晶質相を有する」とは
いえない。
イよって,NP-FV50電池の負極活物質の複合体は,本件発明2-3-①
の構成要件cを充足しない。
(8)争点(2)ア(エ)(本件発明2-4-①ないし2-4-⑤(請求項44)の実
施の有無)について
〔控訴人の主張〕
ア本件発明2-4-①の構成要件a
甲23の1報告書の35頁によれば,NP-FV50電池の電極材料層の主材で
あるスズ合金において,Sn並びにSnと合金化しているTi,Fe及びCoの重
量合計は,Cを含む電極材料層の重量合計の55.95重量%(Sn37.8%,
Ti2.34%,Fe1.03%,Co14.8%)を占めるから,電極材料層が
「主材35重量%以上を含有する」ことは明らかである。「主材」に該当するため
には,電極材料層内に存在し,電池反応の生じるものであることが要件であるとこ
ろ(【0024】),CはLiと反応する元素ではないから(甲65論文),「主
材」には該当しない。仮に,Cの重量を主材に算入する場合であっても,電極材料
層の主材の重量として,Sn,Ti,Fe,Coのほか,Cの重量も加えれば,そ
の重量%は55.95重量%を上回る(Snだけでも35重量%を上回る)から,
いずれにせよ,電極材料層が「主材35重量%以上を含有する」ことは明らかであ
る。
NP-FV50電池の負極を構成する元素を分析するに当たり,甲23の1報告
書(ICP分析)は,電極材料層全部を対象とするのに対し,甲97の2報告書(E
DS分析)は,特定の領域のみを対象としている。甲97の2報告書から,甲23
の1報告書のICP分析の信用性は否定されない。
イ本件発明2-4-①の構成要件c
前記(5)〔控訴人の主張〕と同じ。
〔被控訴人の主張〕
ア本件発明2-4-①の構成要件a
NP-FV50電池のICP分析(甲23の1報告書の35頁)において,試料
は,Snの含有率が高い位置(「Sn-Co合金粒子」のうち結晶性の粒状部)か
ら採取されている(甲97の2報告書の4頁)。また,この位置と同等以上のSn
濃度の領域が多く存在していることを窺わせる記載はない。甲23の1報告書は,
電極材料層全体に占めるSnの割合を正確に算出しているものではないから,その
ICP分析の結果は信用できない。
また,バルク部(「Sn-Co合金粒子」のうちアモルファスのバルク部)はC
を大量に含む。主材に当たらない元素を大量に含む粒子をもって,「粒子からなる
主材」ということはできないから,NP-FV50電池の負極材料層が「平均粒径
0.5~60μmの粒子からなる主材」を有しているとはいえない。
イ本件発明2-4-①の構成要件b
●●●●●●●●●●●●●●作成の空隙率に関する報告書(乙229。以下「乙
229報告書」という。)は,NP-FV50電池の負極の電極材料層の空隙率が
測定した20箇所全てにおいて10%未満である旨報告する。
一方,NP-FV50電池の負極にはスズ系アモルファスが含まれるところ,そ
のスズは水銀と合金(アマルガム)を形成するから(乙30の70頁),NP-F
V50電池の負極材料層の空隙率の測定に,水銀圧入法を用いることはできない。
ウ本件発明2-4-①の構成要件c
前記(5)〔被控訴人の主張〕と同じ。また,甲45の1報告書の44.98度付近
のピークは,Cのピーク又はそれと分離できずに表示されたピークであるから,こ
のピークからスズ合金の結晶子の大きさが15nmである(甲45の2)と導くこ
とはできない。
(9)争点(2)ア(オ)(本件発明2-5-①(請求項1)ないし2-5-⑦の実施
の有無)について
〔控訴人の主張〕
ア本件発明2-5-①(請求項1)の構成要件a
前記(5)〔控訴人の主張〕と同様に,NP-FV50電池の負極は,Sn-Co合
金により構成される。
イ本件発明2-5-①(請求項1)の構成要件e
Cは,Sn-Co合金と界面で接着することはあっても,これと化学的に結合す
ることはなく,So-Co合金と化合物を構成する元素ではない。NP-FV50
電池の負極に含有されるSn・A・X合金について,「Sn/(Sn+A+X)」
の原子%を計算するに当たり,Cの原子数を分母に含めるべきではない。
そして,Cの原子数を分母から除いた場合,NP-FV50電池におけるSnの
原子%はいずれの領域においても20%以上となる(甲97の2報告書)。
〔被控訴人の主張〕
ア本件発明2-5-①(請求項1)の構成要件a
前記(5)〔被控訴人の主張〕と同様に,NP-FV50電池の負極は「合金」では
ない。また,化学量論比組成の金属間化合物質CoSnの標準データによって,非
化学量論比組成の非晶質Sn・A・X合金の該当性は立証することはできない。
イ本件発明2-5-①(請求項1)の構成要件e
Nexelion電池の負極材料にはCが含まれ,そのCとCoとが化学的に結
合している。Sn・A(Co)・X合金について,「Sn/(Sn+A+X)」の
原子%を計算するに当たり,Cの原子数を分母に含めるべきである。
(10)争点(2)イ(ア)(本件発明2-1-①の乙9発明に対する技術的優位性欠如
の有無)について
〔被控訴人の主張〕
本件発明2-1-①は,負極活物質にリチウム金属やリチウム合金を用いること
が前提になっているから,構成要件bは,乙9公報に開示されている。
〔控訴人の主張〕
争う。
(11)争点(2)イ(オ)(本件発明2-2-②の乙106発明に対する技術的優位性
欠如の有無)について
〔被控訴人の主張〕
ア本件発明2-2-②の構成要件b
乙106公報の実施例の記載のみから乙106発明が本件発明2-2-②が解決
しようとした技術的課題を克服できていないと判断できない。また,乙106発明
が本件発明2-2-②の技術的課題を克服できているか否かと,本件発明2-2-
②の構成要件bが乙106公報で開示されているか否かは,全く関係がない。乙1
06公報には本件発明2-2-②の構成要件bに包含される実施例が記載されてい
る。
イ本件発明2-2-②の構成要件c
本件発明2-2-②の構成要件cは選択肢の1つを発明特定事項とするものであ
るから,同構成要件cは,乙106発明において開示されている。
〔控訴人の主張〕
ア本件発明2-2-②の構成要件b
乙106公報の実施例において,負極の集電体の上の層に含まれる合金は,99
重量%がリチウムと合金化する金属(94重量%がAl,5重量%がBi)であり,
1重量%がリチウムと合金化しない金属(Mn)である。このような合金は,リチ
ウムの吸蔵によって著しい体積変化が生じ,急減に微粉化が進むことによって,電
池の寿命が短くなる。乙106発明は,本件発明2-2-②が解決しようとした技
術的課題を克服するものではない。
イ本件発明2-2-②の構成要件c
乙106公報の実施例において,負極の集電体上の層を構成する元素としてNi
が開示されていたとしても,これは,本件発明2-2-②の構成要件cに列挙され
た11種類の元素の一つを開示したにすぎない。
(12)争点(2)イ(オ-2)(本件発明2-2-②の乙230発明に対する技術的
優位性欠如の有無)について
〔被控訴人の主張〕
乙230公報の特許請求の範囲1項には,リチウムイオン二次電池が開示されて
いる(構成要件a)。また,同項及び実施例に開示された「ニッケル製エキスパン
デッドメタル」は「第1の金属を含む集電体」に,「ニッケル,ステンレス鋼,銅
からなる群より選んだ金属短繊維」は「第1の金属」に,「鉛」は「第2の金属」
に,それぞれ該当する(構成要件b~d)。また,同実施例において負極を作製す
る際にリチウムは用いられていない(構成要件e)。
したがって,仮にNexelion電池が本件発明2-2-②の全ての構成要件
に該当するとしても,同発明は,乙230発明に対して何ら技術的な優位性がない
から,Nexelion電池の売上げに寄与していない。
〔控訴人の主張〕
争う。
(13)争点(2)イ(カ)(本件発明2-2-④の乙106発明に対する技術的優位性
欠如の有無)について
〔被控訴人の主張〕
ア本件発明2-2-④の構成要件a
前記(11)〔被控訴人の主張〕アに同じ。
イ本件発明2-2-④の構成要件b
乙106公報には,Al合金粉末とNi粉末とを「混合」して,負極板ペレット
を試作したと記載されている。乙106公報の負極板ペレットにおいて,Niが均
一に分散していなかったとしても,意図的には偏っていない。したがって,乙10
6発明においては,負極の集電体上の層の「表面領域と上記部分」に「金属(a)」
であるNiが含有されている。なお,本件発明2-2-④では,金属(a)と金属
(b)が合金化していることは要件とはされていない。
〔控訴人の主張〕
ア本件発明2-2-④の構成要件a
前記(11)〔控訴人の主張〕アに同じ。
イ本件発明2-2-④の構成要件b
合金等とは異なり「ペレット」において,構成物が均一に分布しているとは限ら
ない。また,乙106公報によれば,AlとNiの粉末を均一に分布させるような
工程が取られていない。Al粉末とNi粉末は合金化しておらず,粉末が物理的に
接触しているだけである。
したがって,乙106公報の「負極板ペレット(2)」においてNiが均一に存
在しているとはいえず,乙106公報は,負極の集電体上の層の「表面領域と上記
部分」に「金属(a)」が含有されることを開示していない。
(14)争点(2)イ(カ-2)(本件発明2-2-④の乙230発明に対する技術的
優位性欠如の有無)について
〔被控訴人の主張〕
本件発明2-2-④の構成要件aは,乙230公報の特許請求の範囲1項に開示
されている。また,乙230公報に記載された「ニッケル,ステンレス鋼,銅から
なる群より選んだ金属短繊維」は合金中に偏在しているとは認められないから,集
電体に隣接した部分にも,表面領域にも存在する(構成要件b)。さらに,乙23
0発明の非水電解質二次電池は,負極,セパレータ,正極及び電解質溶液を有する
ことが前提とされている(構成要件c)。
したがって,仮にNexelion電池が本件発明2-2-④の全ての構成要件
に該当するとしても,同発明は,乙230発明に対して何ら技術的な優位性がない
から,Nexelion電池の売上げに寄与していない。
〔控訴人の主張〕
争う。
(15)争点(2)イ(ク)(本件発明2-3-②(請求項2)及び同(請求項9)の乙
11発明に対する技術的優位性欠如の有無)について
〔被控訴人の主張〕
ア本件発明2-3-②(請求項2)の構成要件b,d
構成要件dは,複合体の中に金属が含まれていれば足りるのであって,複合体自
体が金属であることまでは要求されていない。また,本件発明2-3-②(請求項
2)は,乙11発明と同様に,高エネルギー密度と長寿命を両立させるという技術
的特徴を有する。
イ本件発明2-3-②(請求項2)の構成要件c
乙11公報には,本件発明2-3-②(請求項2)の構成要件cを充足する内容
が開示されている。
〔控訴人の主張〕
ア本件発明2-3-②(請求項2)の構成要件b,d
乙11公報で用いられている負極材料は,「酸化物またはカルコゲン化物」であ
る。カルコゲン化物は金属に該当せず,カルコゲン化物と金属とは電気化学特性が
大きく異なるからその相違を無視できない。また,酸化物は金属に該当せず,金属
酸化物も同様であって,酸化物又は金属酸化物と金属とは電気化学特性が大きく異
なるからその相違を無視できない。さらに,SnOは,リチウム二次電池の負極に
適さない。
したがって,乙11発明は,金属を非晶質化及び複合化して負極に用いることに
よって,高エネルギー密度と長寿命を両立するという本件発明2-3-②(請求項
2)の技術的特徴を何ら備えていない。
イ本件発明2-3-②(請求項2)の構成要件c
本件発明2-3-②(請求項2)の構成要件cの技術的特徴は,負極材料の非晶
質化が一定程度進行していることが不可欠であることから,「半価幅」について0.
48度以上にするという下限値を示した点にある。
これに対して,乙11公報は,「半価幅」に関する下限値等を示しておらず,他
に負極材料の非晶質化の程度等に関する要件や基準も設けていない。
(16)争点(2)イ(ケ)(本件発明2-3-③(請求項1),同(請求項6)及び同
(請求項7)の乙11発明に対する技術的優位性欠如の有無)について
〔被控訴人の主張〕
前記(15)〔被控訴人の主張〕に同じ。
〔控訴人の主張〕
前記(15)〔控訴人の主張〕に同じ。
(17)争点(2)イ(サ)(本件発明2-3-⑤の乙11発明に対する技術的優位性欠
如の有無)について
〔被控訴人の主張〕
前記(15)〔被控訴人の主張〕に同じ。
〔控訴人の主張〕
前記(15)〔被控訴人の主張〕に同じ。
(18)争点(2)イ(シ)(本件発明2-4-④の乙108発明に対する技術的優位性
欠如の有無)について
〔被控訴人の主張〕
乙108公報には,本件発明2-4-④の構成に包含される構成が開示されてい
る。
なお,乙108公報に開示された負極の電極材料層は,合金粉末とアセチレンブ
ラック(3wt%)とポリフッ化ビニリデン(5wt%)の3つの成分で構成され
(【0039】),N-メチルピロリドンが蒸発し,負極に残らないことは自明で
ある。したがって,当該電極材料層は,構成要件bの「粒子状の母材」に相当する
合金粉末を92重量%(100wt%-(3wt%+5wt%))含有する。
〔控訴人の主張〕
争う。
(19)争点(2)イ(シ-2)(本件発明2-4-④の乙16発明に対する技術的優
位性欠如の有無)について
〔被控訴人の主張〕
仮にNexelion電池が本件発明2-4-④の全ての構成要件に該当すると
しても,同発明には乙16発明に対して何ら技術的な優位性がなく,Nexeli
on電池の売上げに寄与していない。
その理由は,構成要件a,bについて,原判決「事実及び理由」第3の24〔被
告の主張〕(1)(2)と同様である。また,構成要件cについて,乙16公報には,気
孔率(空隙率と同義)を0.2~0.35の範囲にすることが好ましいことが記載
され(【0015】【0017】【0018】),実施例では,11.3%~46.
5%,すなわち,0.113~0.465の空隙率を有する電極材料層を有する負
極を作製している(【0021】)。
〔控訴人の主張〕
争う。
(20)争点(2)イ(ス)(本件発明2-4-⑤(請求項1)及び同(請求項44)の
乙108発明に対する技術的優位性欠如の有無)について
〔被控訴人の主張〕
前記(18)〔被控訴人の主張〕と同様に,本件発明2-4-⑤(請求項1)の構成
要件は全て乙108公報によって開示されている。
〔控訴人の主張〕
争う。
(21)争点(2)イ(セ)(本件発明2-4-⑤(請求項1)及び同(請求項44)の
乙16発明に対する技術的優位性欠如の有無)について
〔被控訴人の主張〕
構成要件bで特定される電極材料層の構成元素に関して,特許請求の範囲におい
ては,負極活物質にリチウム合金を用いることは排除されていない。また,明細書
において,負極活物質にリチウム合金を用いることが推奨されており(【0107】),
負極活物質にリチウム合金を用いた実施例がなくても,リチウム合金を用いる電池
を技術的範囲から除外しているともいえない。
したがって,本件発明2-4-⑤(請求項1)は,負極活物質にリチウム合金を
用いないことを前提としているということはできない。
〔控訴人の主張〕
争う。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,控訴人が被控訴人に本件各職務発明について特許を受ける権利を承
継させたことに対する相当の対価は存しない,又はその額は既払額を超えるもので
はないと認められるから,控訴人の請求は棄却すべきものと判断する。その理由は,
以下のとおりである。
1本件各発明の意義
原判決「事実及び理由」第4の1記載のとおりであるから,これを引用する。
2本件発明1-2ないし本件発明1-5により被控訴人が受けるべき利益の額
(1)争点(1)ア(本件発明1-2ないし1-5の実施の有無)について
ア本件発明1-2の実施の有無
(ア)構成要件d
a構成要件dの意義
構成要件dは,「負極面と正極面間はそれぞれの面に垂直な距離dで隔てられ,
負極エッジから正極エッジの最短距離が前記dの10倍以上で」というものであり,
対向する負極面と正極面について,「負極エッジから正極エッジの最短距離」が,
負極面と正極面間の垂直「距離」の10倍以上である旨特定する。
bNB-5L電池の構成要件dの充足性の有無
⒜NB-5L電池の電極断面のCT像である甲18報告書の別紙図8,甲23
の1報告書の図2及びその拡大画像(甲29)によれば,NB-5L電池の正極面
の長辺と負極面の長辺における「負極エッジから正極エッジの最短距離」は約20
0μmであると認められる。
⒝一方,NB-5L電池の電極の捲回状態を模式的に表した甲18報告書の別
紙図11,甲23の1報告書の図31には,NB-5L電池の正極面の短辺と負極
面の短辺の中心部における「ズレ」が0mmである旨記載されている。
なお,上記各図には,正極面の短辺と負極面の短辺の中心部が相当程度離れて位
置するように模式的に示されているほか,上記数値は捲回された電極を解体した上
で計測したものであるからその正確性に問題がないわけではない。しかし,甲18
報告書の17頁,甲23の1報告書の表2においても,正極面と負極面との「ズレ」
が中心部において0.0mmであった旨記載され,両極面の短辺の中心部がずれて
いることを示すその余の証拠もない。
したがって,NB-5L電池の正極面の短辺と負極面の短辺の中心部における「ズ
レ」は,その計測値が0.0mmであって,0.05mm(50μm)未満である
と認められる。ここで,NB-5L電池の電極のセパレータの厚みは18μmであ
り,これが正極面と負極面との垂直距離に相当するから(甲18報告書の別紙9頁,
甲23報告書の表1),正極面の短辺と負極面の短辺の中心部における「負極エッ
ジから正極エッジの最短距離」は約53μm(三平方の定理。182
+502
の平方
根)よりも長くなることはない。
⒞そうすると,NB-5L電池の「負極エッジから正極エッジの最短距離」は
約53μm以下であり,負極面と正極面間の垂直「距離」は18μmであるから,
前者が後者の10倍以上であるとは認められない。したがって,NB-5L電池が
構成要件dを充足するとは認められない。
cLP-E6電池の構成要件dの充足性の有無
⒜LP-E6電池の電極断面下部のCT像である甲18報告書の別紙図9,甲
23の1報告書の図1によれば,これらの図の最も右にある正極と比較したその右
隣の負極の電極断面下部における「はみ出し量」は約450μmであると認められ
る。そして,これらの図の最も右にある正極と比較したその右隣の負極の「はみ出
し量」と,最も左にある正極と比較したその右隣の負極の「はみ出し量」とを比較
すれば,後者の電極断面下部における「はみ出し量」は約1350μmであること
が認められる。また,LP-E6電池の正極と負極の電極幅の差は1500μmで
あるから(甲18報告書の別紙9頁,甲23の1報告書の図3),後者の電極断面
上部における「はみ出し量」は約150μmであると認められる。
ここで,LP-E6電池の電極のセパレータの厚みは26μmであり,これが正
極面と負極面との垂直距離に相当するから(甲18報告書の別紙9頁,甲23の1
報告書の表1),後者の電極断面上部における「負極エッジから正極エッジの最短
距離」は約152μm(三平方の定理。1502
+262
の平方根)である。なお,
LP-E6電池の負極面の先端が湾曲していることを示す的確な証拠はない。
⒝そうすると,LP-E6電池の「負極エッジから正極エッジの最短距離」は
約152μmであり,負極面と正極面間の垂直「距離」は26μmであるから,前
者が後者の10倍以上であるとは認められない。したがって,LP-E6電池が構
成要件dを充足するとは認められない。
(イ)よって,NB-5L電池及びLP-E6電池は,構成要件dを充足しない
から,本件発明1-2の実施品であるとは認められない。
イ本件発明1-3の実施の有無
(ア)構成要件c
構成要件cは,「負極エッジから正極エッジまでの最短距離(l)が,負極と正
極間の距離(d)の5倍以上である。」というものであり,対向する負極面と正極
面について「負極エッジから正極エッジまでの最短距離」が,負極面と正極面間の
「距離」の5倍以上である旨特定する。
そして,前記と同様に,NB-5L電池において,「負極エッジから正極エッジ
までの最短距離」は約53μm以下であり,負極面と正極面間の「距離」は18μ
mであると認められる(甲18報告書,甲23の1報告書)。前者が後者の5倍以
上ではないから,NB-5L電池が構成要件cを充足するとは認められない。
一方,前記と同様に,LP-E6電池において,「負極エッジから正極エッジま
での最短距離」は約152μmであり,負極面と正極面間の「距離」は26μmで
あると認められる(甲18報告書,甲23の1報告書)。したがって,前者が後者
の5倍以上であるから,LP-E6電池は構成要件cを充足する。
(イ)構成要件b(LP-E6電池について)
a構成要件bの意義
構成要件bは,「前記負極は,前記正極と対向して配置され前記正極より大きな
面積を有し,負極面に投影した正極面は負極面内にあり」というものであり,負極
と正極とが「対向」して配置されていること,負極が正極よりも「大きな面積」を
有すること,正極面を負極面に投影した場合,それが負極面「内」にあることを特
定する。
bLP-E6電池の構成要件bの充足性の有無
甲18報告書の別紙図7・9,甲23の1報告書の図1によれば,LP-E6電
池において,負極と正極とが「対向」して配置されていることが認められる。
また,甲18報告書の別紙17頁,甲23の1報告書の図3・6~9・31・3
2は,LP-E6電池において,負極が正極よりも「大きな面積」を有すること,
正極面を負極面に投影した場合,それが負極面「内」にあることを示しており,こ
れらの事実を否定する具体的な証拠はないから,同事実が認められる。
したがって,LP-E6電池は構成要件bを充足する。
(ウ)構成要件a(LP-E6電池について)
構成要件aは,「負極…,セパレータ…,正極…がハウジング(電池ケース)…
内に設けられ,電解質あるいは電解液…を内包する再充電可能な電池(蓄電池)に
おいて,」というものである。LP-E6電池が,構成要件aを充足することは明
らかである(甲23の1報告書)。
(エ)以上のとおり,NB-5L電池は,本件発明1-3の構成要件cを充足し
ないから,本件発明1-3の実施品であるとは認められない。一方,LP-E6電
池は,本件発明1-3の構成要件を全て充足するから,本件発明1-3の実施品で
あると認められる。
ウ本件発明1-4の実施の有無
(ア)構成要件e
構成要件eは,「前記負極と前記正極は,負極面と正極面に対して垂直に測定さ
れた負極と正極間の距離(d)を有し,負極エッジと正極エッジとの間の最短距離
が,前記距離(d)の5倍以上になるように配置され,および」というものであり,
対向する負極面と正極面について「負極エッジと正極エッジとの間の最短距離」が,
負極面と正極面間の垂直「距離」の5倍以上である旨特定する。
そして,前記と同様に,NB-5L電池において,「負極エッジと正極エッジと
の間の最短距離」は約53μm以下であり,負極面と正極面間の垂直「距離」は1
8μmであると認められる(甲18報告書,甲23の1報告書)。前者が後者の5
倍以上ではないから,NB-5L電池が構成要件eを充足するとは認められない。
一方,前記と同様に,LP-E6電池において,「負極エッジと正極エッジとの
間の最短距離」は約152μmであり,負極面と正極面間の垂直「距離」は26μ
mであると認められる(甲18報告書,甲23の1報告書)。前者が後者の5倍以
上であるから,LP-E6電池は構成要件eを充足する。
(イ)構成要件c(LP-E6電池について)
a構成要件cの意義
構成要件cは,「前記負極は,上記の充電式電池が組み立てられた時にはリチウ
ム元素を含有しない負極活物質を含み,」というものであり,負極に含まれる負極
活物質は,組立時にリチウム元素を含有しない旨特定する。
bLP-E6電池の構成要件cの充足性の有無
LP-E6電池はリチウムイオン二次電池であるところ(甲39の2),LP-
E6電池の負極活物質に金属リチウム又はリチウム合金が用いられていないとして
も,リチウム元素を含有するリチウム化合物が用いられていないことを示す客観的
な証拠はない。甲18報告書には,市販のリチウムイオン電池は組立直後の負極に
リチウムは含有されておらず,初回の充電で初めて,電解液中のリチウムイオンが
負極を構成する黒鉛内に挿入されるものであって,これはLP-E6電池において
も同様である旨記載があるが,組立前にリチウムイオンを負極材料にあらかじめ挿
入するリチウムイオン二次電池もあるから(乙11),同記載をもって,LP-E
6電池の負極活物質が組立時にリチウム元素を含有していないと認めることはでき
ない。
したがって,LP-E6電池は,構成要件cを充足するとは認められない。
(ウ)以上のとおり,NB-5L電池は,本件発明1-4の構成要件eを充足し
ないから,本件発明1-4の実施品であるとは認められない。また,LP-E6電
池は,本件発明1-4の構成要件cを充足しないから,本件発明1-4の実施品で
あるとは認められない。
エ本件発明1-5の実施の有無
(ア)構成要件d
構成要件dは,「負極エッジの先端と正極エッジ先端間の距離は,負極と正極間
の距離の5倍以上であり,」というものであり,対向する負極面と正極面について,
「負極エッジの先端と正極エッジ先端間の距離」が,負極と正極間の「距離」の5
倍以上である旨特定する。
そして,前記と同様に,NB-5L電池において,「負極エッジの先端と正極エ
ッジ先端間の距離」は約53μm以下であり,負極と正極間の「距離」は18μm
であると認められる(甲18報告書,甲23の1報告書)。前者が後者の5倍以上
ではないから,NB-5L電池が構成要件dを充足するとは認められない。
一方,前記と同様に,LP-E6電池において,「負極エッジの先端と正極エッ
ジ先端間の距離」は約152μmであり,負極と正極間の「距離」は26μmであ
ると認められる(甲18報告書,甲23の1報告書)。前者が後者の5倍以上であ
るから,LP-E6電池は構成要件dを充足する。
(イ)構成要件b,c,e(LP-E6電池について)
構成要件bは,「前記負極および前記正極は,電池内で互いに対向して距離を保
って配置され,」というものであり,構成要件cは,「対向する負極面の面積は正
極の面積より大きく,」というものであり,構成要件eは,「正極面を負極面へ垂
直に投影した正極面が負極面内にあるように,負極が正極より大きく構成され,」
というものである。
そして,前記イ(イ)と同様に,LP-E6電池は,構成要件b,c,eを充足す
る(甲18報告書,甲23の1報告書)。なお,本件発明1-5の構成要件bは,
負極と正極が「距離を保って」配置される旨特定するところ,LP-E6電池の電
極断面のCT像(甲18報告書の別紙図9,甲23の1報告書の図1)によれば,
LP-E6電池の負極と正極はセパレータを介して「距離を保って」配置されてい
ることが認められる。
(ウ)構成要件a(LP-E6電池について)
構成要件aは,「再充電可能なリチウム電池,再充電可能なニッケル-亜鉛電池,
亜鉛-酸素電池,再充電可能な臭素-亜鉛電池からなる群から選択される二次電池
は,負極,セパレータ,正極,電解質または電解液,およびハウジング,から成り,」
というものである。
LP-E6電池は,リチウムイオン電池であって,充電が可能であると認められ
るから(甲39の1),構成要件aの「再充電可能なリチウム電池」を充足する。
また,LP-E6電池がその余の構成要件aを充足することは明らかである(甲2
3の1報告書)。
(エ)構成要件f(LP-E6電池について)
構成要件fは,「それによって樹状突起の形成が阻害され,電池寿命が長くなる。」
というものである。
LP-E6電池は,構成要件aないしeを充足するところ,本件明細書等1-5
の記載(引用に係る原判決141~145頁)によれば,構成要件aないしeを充
足するリチウム電池は,「樹状突起の形成が阻害され,電池寿命が長くなる」と認
められるから,LP-E6電池は,構成要件fを充足するものと認められる。
(オ)以上のとおり,NB-5L電池は,本件発明1-5の構成要件dを充足し
ないから,本件発明1-5の実施品であるとは認められない。一方,LP-E6電
池は,本件発明1-5の構成要件を全て充足するから,本件発明1-5の実施品で
あると認められる。
オ小括
以上によれば,LP-E6電池は,本件発明1-3及び本件発明1-5の実施品
であると認められる。一方,LP-E6電池は,本件発明1-2及び本件発明1-
4の実施品であるとは認められず,NB-5L電池は,本件発明1-2ないし本件
発明1-5の実施品であるとは認められない。
(2)本件発明1-3及び本件発明1-5の技術的優位性
ア本件発明1-3の乙1考案に対する技術的優位性欠如の有無について(争点
(1)イ(ア)(乙1考案による新規性欠如の有無)に関して)
(ア)本件発明1-3が従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的部分
職務発明により使用者等が受けるべき利益(改正前特許法35条4項参照)は,
当該職務発明に関する独占権に基づくものであるから,当該利益は,当該職務発明
が従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的部分から生じるものである。そ
して,職務発明が従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的部分は,当該職
務発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を
構成する部分をもって認定されるべきである。
そこで,本件発明1-3の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない
特有の技術的思想を構成する部分が存するかについて検討する。
a本件発明1-3
課題,解決手段及び効果から把握されるところの,本件発明1-3の技術的思想
は,下記のとおりである(【請求項1】,引用に係る原判決141~145頁,本
件明細書等1-1【0016】)。

リチウム二次電池において,充放電を繰り返すと,負極に樹枝状のリチウムの結
晶(デンドライト)が形成され,電池内で短絡や自己放電を引き起こす原因となる
という課題に対し,デンドライトが電界の集中しやすい電極エッジ部に発生してい
る割合が高いとの理解のもと,①負極が,正極より大きな面積を有し,②負極面に
投影した正極面が負極面内にあり,③両極エッジの最短距離を,両極間の距離の5
倍以上にしたことを特徴とし,これにより,デンドライトの形成を抑制でき,長寿
命なリチウム二次電池を得るという技術的思想
b乙1考案
⒜乙1公報の記載
乙1公報には,乙1考案に関して,おおむね,次のとおり記載されている。
・リチウムをドープしかつ脱ドープしえる帯状の負極と,LiXMO2(Mは1
種または1種よりも多い遷移金属を表わし,0.05≦X≦1.10である)を用い
た帯状の正極と,帯状のセパレータとがその長さ方向に沿って渦巻状に巻回されて,
上記負極と上記正極との間に上記セパレータが介在するように構成された巻回電極
体を具備するリチウム二次電池において,/上記正極の最外周の巻回部分の更に外
周に上記負極の最外周の巻回部分を配置すると共に上記負極の最外周の巻回部分の
自由端部に上記正極の最外周の巻回部分の自由端部からはみ出した第1のはみ出し
部分を設け,/上記正極の最内周の巻回部分の更に内周に上記負極の最内周の巻回
部分を配置すると共に上記負極の最内周の巻回部分の自由端部に上記正極の最内周
の巻回部分の自由端部からはみ出した第2のはみ出し部分を設け,/上記負極の幅
方向の両端部に上記正極の幅方向の両端部からはみ出した第3及び第4のはみ出し
部分をそれぞれ設けたことを特徴とするリチウム二次電池(実用新案登録請求の範
囲)
・乙1考案は,リチウム二次電池の構造に関するものである。リチウム二次電
池は,充放電を繰り返している間に,特に負極の幅方向及び長さ方向の端面に,金
属リチウムがデンドライト状に成長する。このデンドライト状に成長した金属リチ
ウムはセパレータを突き破って正極と接触し,内部短絡を引き起こし,電池の使用
性能が安定しない。また,負極表面に析出する金属リチウムは反応性が悪いから,
電池の充放電容量が小さくなる。金属リチウムがデンドライト状に成長するのは,
電池の充電の間に,リチウムが負極の幅方向及び長さ方向の端面に集まりやすく,
これらの端面において,リチウムのドープ量が飽和することにより,リチウムが金
属リチウムとして析出するためであると考えられた。(2,4~6頁)
・乙1考案は,このような課題を解決する手段として,巻回電極体において,
別紙図表目録乙1公報第3図のとおり,負極について正極からはみ出した部分を設
けたものである。これにより,特に,リチウムが析出しやすい負極の幅方向及び長
さ方向の端面における負極のリチウム容量を多くすることができる。(6~9頁)
・乙1考案によれば,負極の表面に金属リチウムが析出するのを抑制でき,電
池の内部短絡を防止できるとともに,放電容量を大きくできる。(27~28頁)
・実施例
「25μmの微孔性ポリプロピレンフイルムから成る1対の帯状セパレータ3a,
3bを用い」た。(11頁)
「積層電極体15において,第3図に示すように,負極2は,正極1に対して,
その幅方向の両端部においてΔWずつはみ出して」いる。(13頁)
ΔWを6通りに変えた電池について充放電サイクルを行ったところ,内部短絡品
の発生率については別紙図表目録乙1公報第2表のとおりの結果となり,10サイ
クル目の放電容量については同目録乙1公報第5図のとおりの結果となった。「Δ
Wが0.1mm以上である電池G~Jでは,内部短絡品は全く発生しなかった。」
「ΔWが0.1mm以上である…電池G~Jは,そうでない…電池K,Lと比べて,
上記放電容量がかなり大きくなった。」「電池K,Lでは上記負極2の上端面26
及び下端面27に金属リチウムが観察され,特に,電池Lでは金属リチウムがデン
ドライト状に析出しているのが認められた。また,電池K,Lで内部短絡したもの
は,上記負極2の上端面26及び下端面27において,デンドライト状の金属リチ
ウムがセパレータ3a,3bを突き破ったり,またセパレータ3a,3bの端部を
乗り越えたりして,正極1まで達っしていた。電池G~Jでは,上記負極2の上端
面26及び下端面27において,金属リチウムは観察されなかった。」(21~2
5頁)
⒝乙1考案の認定
乙1公報に記載された実用新案登録請求の範囲など上記記載事項によれば,乙1
公報には,次のとおり乙1考案が記載されているものと認められる。
「帯状の負極と,帯状の正極と,帯状のセパレータとがその長さ方向に沿って渦
巻状に巻回されて,上記負極と上記正極との間に上記セパレータが介在するように
構成された巻回電極体を具備するリチウム二次電池において,/上記負極の最外周
の巻回部分の自由端部に上記正極の最外周の巻回部分の自由端部からはみ出した第
1のはみ出し部分(b)を設け,/上記負極の最内周の巻回部分の自由端部に上記
正極の最内周の巻回部分の自由端部からはみ出した第2のはみ出し部分(a)を設
け,/上記負極の幅方向の両端部に上記正極の幅方向の両端部からはみ出した第3
及び第4のはみ出し部分(それぞれΔW)をそれぞれ設けた/ことを特徴とするリ
チウム二次電池」
⒞乙1考案の技術的思想
課題,解決手段及び効果から把握されるところの,乙1考案の技術的思想は,下
記のとおりである。

リチウム二次電池において,負極の幅方向及び長さ方向の端面に,金属リチウム
がデンドライト状に成長し,これがセパレータを突き破って正極と接触し,内部短
絡を引き起こし,電池の使用性能が安定せず,かつ,電池の充放電容量が小さくな
るという課題に対し,リチウムが端面に集まりやすく,飽和したリチウムがデンド
ライト状に成長するとの理解のもと,負極面を正極面からはみ出させたことを特徴
とし,これにより,特にリチウムが析出しやすい負極の幅方向及び長さ方向の端面
における負極のリチウム容量を多くし,金属リチウムが析出するのを抑制でき,電
池の内部短絡を防止できるとともに,放電容量を大きくできるという技術的思想
c本件発明1-3に特有の技術的思想
本件発明1-3の技術的思想と乙1考案の技術的思想を比較するに,本件発明1
-3は,①負極が,正極より大きな面積を有し,②負極面に投影した正極面が負極
面内にあり,③両極エッジの最短距離を,両極間の距離の5倍以上にしたものであ
るのに対し,乙1考案は,負極面を正極面からはみ出させたという点で相違する。
しかし,乙1考案は,負極面が正極面と比較して,はみ出し部分(a,b,ΔW)
を有するというものであるから,負極が正極より大きな面積を有するものというこ
とができ,また,負極面に投影した正極面が負極面内にあることになる。そして,
乙1公報には,25μmのセパレータを用い,ΔWを,2mm,1mm,0.5m
m,0.1mmとした電池GないしJが,ΔWを,0mm,-1mmとした電池K
及びLよりも,内部短絡品発生率及び放電容量が向上したことが記載されている(第
2表,第5図)。ここで,電池Jにおいて,負極の正極に対するはみ出し量103
μm(25μm2
+100μm2
の平方根)が,負極と正極の距離(25μm)の約
4.1倍である。乙1考案の技術的思想のうち,負極面を正極面からはみ出させた
点については,負極の正極に対するはみ出し量が,負極と正極の距離の約4.1倍
以上とするのが好ましいという点を含むものということができる。
そうすると,本件発明1-3の技術的思想は,乙1考案に全て含まれるから,従
来技術に見られない特有のものということはできない。
したがって,本件発明1-3の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られ
ない特有の技術的思想を構成する部分は,存しないといわざるを得ない。
(イ)控訴人の主張について
a控訴人は,乙1考案には,本件発明1-3の課題,作用効果が開示されてい
ないと主張する。
しかし,前記のとおり,乙1考案の課題は金属リチウムがデンドライト状に成長
するのを抑制するというものであり,その作用効果は負極端面における負極のリチ
ウム容量を多くし,金属リチウムが析出するのを防ぐというものである。そして,
本件発明1-3の課題,作用効果は,乙1考案が有する課題,作用効果と同じであ
る。なお,控訴人は,本件発明1-3の「エッジ」部と乙1考案の「端部」は異な
る部位であると主張するが,いずれも,電界の集中しやすい「電極エッジ部」又は
リチウムが集まりやすい「端部」であって,デンドライトの発生につながる部位で
あるから,その概念に相違はない。
b控訴人は,乙1考案には,電極エッジ間の最短距離を電極間の距離と比較し
て,その最小値を規定するという思想が開示されていないと主張する。
しかし,本件発明1-3の技術的思想も,乙1考案の技術的思想も,負極端部に
電界が集中し,リチウムイオンが集まりやすいとの理解のもと,負極のエッジ部を
正極のエッジ部から遠ざけるというものである。そして,負極のエッジ部を正極の
エッジ部から遠ざけるという観点から,乙1考案は,負極のはみ出し量に着目し,
本件発明1-3は,電極エッジ間の最短距離と電極間の距離の比に着目したもので
ある。この相違は,負極のエッジ部を正極のエッジ部から遠ざけるという技術事項
の規定の仕方の相違にすぎず,本件発明1-3の測定方法自体に独自性があるとい
うこともできない。
したがって,本件発明1-3が,電極エッジ間の最短距離を電極間の距離と比較
し,その最小値を規定するという思想を開示するものであったとしても,この点を
もって,本件発明1-3の技術的思想が乙1考案に見られない特有のものというこ
とはできない。
c控訴人は,乙1公報の実施例に基づき組み立てた電池には,負極のエッジ部
の湾曲や巻きズレが生じるから,当該実施例の記載から,組立て後の電池の電極の
エッジ間の最短距離と電極間の距離を推定できないと主張する。
しかし,乙1公報の実施例に基づき組み立てた電池において,負極端部のはみ出
し部分に湾曲や巻きズレが生じるとしても,乙1公報には,負極の正極に対するは
み出し量が負極と正極の距離の約4.1倍である構成を採用した電池Jにおいて,
その内部短絡品発生率及び放電容量が向上したことが記載されている。乙1公報の
実施例に基づき組み立てた電池の負極はみ出し部分の湾曲や巻きズレは,乙1考案
が有する技術的思想に影響するものではない。
d控訴人は,本件発明1-3の特徴には,電極エッジ間の距離を採りつつ,正
極シートの幅を長くして,電池の蓄電電気量(エネルギー密度)を最大限高くする
ことが含まれる旨主張する。
しかし,本件発明1-3が従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的部分
は,本件発明1-3の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の
技術的思想を構成する部分をもって認定されるべきものである。
そして,本件発明1-3の特許請求の範囲の記載は,電極エッジ間の最短距離を
電極間の距離と比較し,その最小値を規定するものであって,最大値は規定されて
いない。仮に,その最大値が規定されているのであれば,正極のエッジを負極のエ
ッジから遠ざけすぎないこと,すなわち,正極シートの幅が短くなりすぎて,蓄電
電気量が低くなるのを防ぐという技術的思想を有するものということもできるが,
本件発明1-3の特許請求の範囲は,そのようなものではない。本件発明1-3の
技術的思想に,電極エッジ間の距離を採りつつ,正極シートの幅を長くすることに
よって,電池の蓄電電気量を最大限高くするというものが含まれるということはで
きない。
(ウ)以上のとおり,本件発明1-3の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術
に見られない特有の技術的思想を構成する部分は存しないから,本件発明1-3が,
従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的部分を備えているということはで
きない。
イ本件発明1-5の乙1考案に対する技術的優位性欠如の有無について(争点
(1)イ(ア)(乙1考案による新規性欠如の有無)に関して)
本件発明1-5の技術的思想は,本件発明1-3の技術的思想と同じであるから
(【請求項1】,引用に係る原判決141~145頁,本件明細書等1-1【00
16】),本件発明1-3と同様に,そこに乙1考案に見られない技術的思想はな
い。したがって,本件発明1-5の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見ら
れない特有の技術的思想を構成する部分は,存しない。
よって,本件発明1-5が,従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的部
分を備えているということはできない。
ウ控訴人の主張について(争点(1)イ(ウ)(被告による無効主張の許否))
控訴人は,被控訴人が本件特許1-2及び本件特許1-5の無効を主張すること
は許されないと主張する。
しかし,被控訴人が,本件発明1-3及び本件発明1-5の実施品であるLP-
E6電池を譲渡したことにより利益を得ていたとしても,前記のとおり,本件発明
1-3及び本件発明1-5は従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的部分
を備えていないから,当該利益は,被控訴人が本件発明1-3及び本件発明1-5
に関して独占権を有することを契機として生じたものということはできない,又は,
当該利益のうち,被控訴人が本件発明1-3及び1-5に関して独占権を有するこ
とを契機として生じた部分が占める割合は極めて小さいというべきである。
そして,被控訴人は,本件発明1-3及び本件発明1-5に関して独占権を有す
ることで利益を得ていない,又は極めて小さい利益しか得ていないのであるから,
被控訴人において,本件特許1-3及び本件特許1-5の無効を主張するなど,本
件発明1-3及び本件発明1-5が従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴
的部分を備えていないと主張することが,信義則に違反し許されないということは
できない。
このことは,被控訴人が,本件特許1-3及び本件特許1-5を自ら出願し,こ
れらの特許の特許権者として登録されていたこと,被控訴人が,本件取消決定後も,
本件特許1-3及び本件特許1-5の特許料を継続して支払い,これらの特許は無
効とされなかったこと,被控訴人は,本件取消決定後に特許発明(第328773
2号)の他社実施の有無について内部調査をしていたこと(乙54の1~乙58)
によっても,左右されるものではない。
エ小括
よって,本件発明1-3及び本件発明1-5は,従来技術と比較して技術的優位
性を有する特徴的部分を備えていないといわざるを得ない。
(3)本件発明1-2ないし本件発明1-5について特許を受ける権利を承継さ
せたことに対する相当の対価
控訴人は,被控訴人が平成12年から平成24年にかけて本件発明1-2ないし
本件発明1-5の実施品であるバッテリーパックに格納された電池を譲渡したこと
により独占の利益を得たとして,本件発明1-2ないし本件発明1-5について特
許を受ける権利を承継させたことに対する相当の対価の支払を求める。
しかし,NB-5L電池は本件発明1-2ないし本件発明1-5の実施品ではな
く,LP-E6電池は本件発明1-2及び本件発明1-4の実施品ではない。
また,LP-E6電池は本件発明1-3及び本件発明1-5の実施品であると認
められるが,これらの発明は,従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的部
分を備えていない。したがって,仮に,本件発明1-3及び本件発明1-5の実施
品であるLP-E6電池を譲渡したことにより被控訴人が利益を得ていたとしても,
本件発明1-3及び本件発明1-5により被控訴人が受けるべき利益は存しない,
又はその利益の額は微々たるものというべきである。
さらに,NB-5L電池及びLP-E6電池以外の被控訴人が譲渡したバッテリ
ーパックに格納された電池が,本件発明1-2ないし本件発明1-5の実施品であ
ることを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,控訴人が被控訴人に本件発明1-2ないし本件発明1-5について
特許を受ける権利を承継させたことに対する相当の対価は存しない,又はその額は
既払額を超えるものではないというべきである。
3本件発明2-1-①及び本件発明2-1-②により被控訴人が受けるべき利
益の額
控訴人は,ソニーが本件発明2-1-①ないし本件発明2-5-⑦を実施したこ
とを前提に,被控訴人はソニーから実施料を得た,又は実施料を上回る利益を得ら
れると合理的に判断して,あえて実施許諾をしなかったから,これらの発明により
被控訴人が受けるべき利益の額は,被控訴人がソニーから実施料を得ているか否か
にかかわらず,少なくとも被控訴人がソニーにこれらの発明に係る特許権について
実施を許諾していた場合に得られたであろう実施料相当額を下回るものではないと
主張する。
そもそも,被控訴人とソニーとの間に実施許諾契約があったか否か,実施許諾契
約があったとしても,それがいかなる契約であったかについて明らかではない。そ
して,被控訴人がソニーに実施許諾していない場合にも,被控訴人が受けるべき利
益の額がソニーに実施を許諾していた場合に得られたであろう実施料相当額を下回
るものではないといえるかどうかは疑問であるが,控訴人の主張に沿って,以下,
まず,ソニーが本件発明2-1-①及び本件発明2-1-②を実施していたか否か,
また,これを前提として,被控訴人が上記各発明に関する独占権に基づく利益を受
けたといえるか否かについて検討する。
(1)争点(2)ア(ア)(本件発明2-1-①及び2-1-②の実施の有無)につい

ア本件発明2-1-①の実施の有無
(ア)構成要件b
a構成要件bの意義
⒜特許請求の範囲の記載
構成要件bは,「上記負極が少なくとも酸ともアルカリとも反応する両性金属と
合金化した金属粉末で構成されており」というものである。
構成要件bは,負極が両性金属と合金化した金属粉末で構成されることを特定す
るところ,まず,「合金化」が両性金属元素と金属以外の元素によっても行われ得
ることは明らかである。また,特許請求の範囲に記載された「金属粉末」との用語
のみから,それが金属元素のみで構成される粉末であると解釈することはできない。
⒝本件明細書等2-1-①の記載
本件明細書等2-1-①には,「実際の負極としては,両性金属とニッケル,コ
バルト,銅,チタン,鉄等の金属との合金粉末から,両性金属の一部をエッチング
等によって選択的に溶出させた多孔質両性金属の合金粉末」を用い,両性金属には
「アルミニウム,亜鉛,錫,鉛…が用いられ,リチウム二次電池の負極として用い
る場合は,リチウムと合金化し易いアルミニウムや鉛が好適である」と記載され(【0
011】【0012】),両性金属の溶出量は,50%以下がより好ましく,「両
性金属を溶出させ過ぎると,リチウム二次電池の場合,リチウムと合金化するアル
ミニウム等の両性金属量が減少して電池の絶対容量が減少するからである。」と記
載されている(【0015】)。
そして,「両性金属の合金は両性金属が酸ともアルカリとも反応するために,両
性金属の合金粉から両性金属を選択的にエッチング溶出することによって,細孔を
有した高比表面積の金属粉を得ることができる。」,「ニッケル,コバルト,銅,
チタン,鉄等の元素と,両性金属の元素比は60%以下が好ましく,50%以下が
より好ましい。これは元素比が65%以上になると,安定な金属間化合物になり,
エッチング液と反応しなくなり,高比表面積の金属合金粉末が得られなくなるから
である。」と記載されている(【0011】【0012】)。
そうすると,「合金化した金属粉末」とは,リチウムと合金化する両性金属を一
定程度含有し,かつ,高比表面積を有する粉末を負極活物質に用いるために特定さ
れた構成であって,両性金属と合金化した金属粉末は,両性金属をエッチング溶出
するために必要となるものである。本件発明2-1の効果を奏するために,その粉
末が金属元素のみから構成されることは何ら求められていないということができる。
また,「合金化した金属粉末」は,エッチング液と反応させるために「安定な金属
間化合物」でないほうが好ましいとされているから,「合金化した金属粉末」が不
安定な金属間化合物であって,当該粉末内に金属元素以外の元素が入ってくること
を排除するものではないといえる。
さらに,本件明細書等2-1-①において,「合金化した金属粉末」に,金属元
素以外の元素が含まれることを排除するような記載もない。
⒞以上のとおり,特許請求の範囲に記載された「合金化」「金属粉末」との用
語のみから,負極を構成する粉末が金属元素のみで構成される粉末であると解釈す
ることはできない。また,本件明細書等2-1-①には,粉末内に金属元素以外の
元素が入ってくることを許容する記載がある一方で,これを排除するような記載は
なく,本件発明2-1の効果を奏するために,粉末が金属元素のみから構成される
ことも求められていない。
よって,構成要件bの「合金化した金属粉末」とは,両性金属と合金化した金属
粉末であって,その粉末が金属元素のみで構成されていなくてもよいものと解すべ
きである。
bNP-FV50電池の構成要件bの充足性の有無
NP-FV50電池の負極は,Sn-Co合金粒子と黒鉛粒子からなること,S
n-Co合金粒子は,低結晶性CoSn合金と低結晶性無機炭素材料の複合体から
なるバルク部の中に,CoSn合金結晶の粒状部が点在する構造であることが認め
られる(甲97の1ないし3報告書)。
そうすると,NP-FV50電池の負極を構成するSn-Co合金粒子は,両性
金属であるSnとCoが合金化した結晶性及び低結晶性のSn-Co合金を含む粉
末であるから「合金化した金属粉末」に当たる。そして,このようなSn-Co合
金粒子に,金属元素以外の元素である低結晶性無機炭素材料が含まれることは,「合
金化した金属粉末」との構成要件の充足性を左右するものではない。
したがって,NP-FV50電池は,構成要件bを充足する。
c被控訴人の主張について
⒜被控訴人は,ソニーの従業員が,甲65論文及び乙217論文において,自
らが製造するNP-FV50電池を含むNexelion電池の負極について,S
n,Co,Cが化学的に結合している旨説明していることから,NP-FV50電
池の負極は「合金化した金属粉末」で構成されていないと主張する。同主張は,N
P-FV50電池の負極活物質は金属間化合物であるから,合金ではない旨主張す
るものと解される。
しかし,前記のとおり,NP-FV50電池の負極に含まれるSn-Co合金粒
子は,低結晶性CoSn合金と低結晶性無機炭素材料の複合体からなるバルク部の
中に,CoSn合金結晶の粒状部が点在する構造であり,上記各論文はこれを否定
するものではない。すなわち,上記各論文には,NP-FV50電池の負極には,
Sn系アモルファス負極が用いられているところ,その特徴は,Sn,Co,Cな
どの複数元素がアモルファス化処理されていると説明されており,Sn,Co,C
が結合し金属間化合物を構成しているとまでは説明されていない。また,上記各論
文には,CoSn合金の周囲にCが存在する図とともに,界面における「Co-C
bond」と記載されているところ(甲65論文の図11,乙217論文の図4),
これは,CoSn合金結晶の粒状部の周囲に,バルク部として,低結晶性無機炭素
材料等の複合体が存在することと適合する。上記各論文に記載された「Co-C結
合」は,このような粒状部・バルク部間の結合関係や,低結晶性CoSn合金・低
結晶性無機炭素材料間の結合関係,すなわちアモルファス化されている状態をいう
ものと解される。Co周りの動径構造関数(甲65論文の図10)の説明において
も,Co周りの構造秩序性が失われた旨記載され,原子が特定の結合距離で化学的
に結合しているとは認め難い。
したがって,甲65論文及び乙217論文において,NP-FV50電池につい
て,Sn,Co,Cが化学的に結合している旨説明されているということはできず,
これをもって,NP-FV50電池の負極が「合金化した金属粉末」で構成されて
いないということはできない。
⒝被控訴人は,甲97の1ないし3報告書は,NP-FV50電池の負極の構
造を推察するにすぎないと主張する。
しかし,甲97の1ないし3報告書は,走査透過顕微鏡観察,電子回析パターン
測定,エネルギー分散型X線分光測定,ラマン測定の結果を総合することにより,
負極の構造を推察するものであって(甲97の1報告書の最終頁),その推察に不
合理な点もみられないから,その記載は信用できるものである。
⒞被控訴人は,Sn,Co,Cが化学的に結合した物質が存在する旨主張する
が,Sn,Co,Cから成る金属間化合物が,NP-FV50電池の負極に用いら
れていることを示す証拠はない。
(イ)構成要件a
構成要件aは,「電池ケース内の電解質中にセパレータによって隔てられた正極
と負極とを有する二次電池において,」というものである。NP-FV50電池が,
構成要件aを充足することは明らかである(甲23の1報告書)。
(ウ)構成要件c
構成要件cは,「該金属粉末の粒径が100μm以下であることを特徴とする二
次電池。」というものである。そして,甲23の1報告書の図38及び39によれ
ば,NP-FV50電池のSn-Co合金粒子の平均粒子径は約1~10μmの範
囲内にあると認められるから,NP-FV50電池は構成要件cを充足する。
(エ)以上のとおり,NP-FV50電池は,本件発明2-1-①の構成要件を
全て充足するから,本件発明2-1-①の実施品であると認められる。
イ本件発明2-1-②の実施の有無
(ア)構成要件b
構成要件bは,「負極が,少なくともアルミニウム,亜鉛,スズ,鉛,ガリウム,
セリウム,ストロンチウムからなる群から選択される少なくとも一つの酸ともアル
カリとも反応する両性金属と合金化した,ニッケル,コバルト,銅,チタン,鉄か
らなる群から選択される少なくとも一つの金属の少なくとも金属粉末から成り,」
というものである。構成要件bの「合金化した」「金属粉末」とは,本件発明2-
1-①と同様に,両性金属と合金化した金属粉末であって,その粉末が金属元素の
みで構成されていなくてもよいものと解される。
そして,NP-FV50電池の負極を構成するSn-Co合金粒子は,両性金属
であるSnとCoが合金化した結晶性及び低結晶性のSn-Co合金を含む粉末で
あるから「合金化した」「金属粉末」に当たり,その余の要件にも該当する。
したがって,NP-FV50電池は,構成要件bを充足する。
(イ)構成要件c
構成要件cは,「充放電によりリチウムイオンの酸化還元反応が起きる。」とい
うものである。なお,構成要件cは「lithiumionsundergooxidationandreduction
bycharginganddischargingreactions」というものであるから,これを「充放電
によりリチウムの酸化還元反応が起きる。」と訳出するのは誤りである。
そして,NP-FV50電池において「充放電によりリチウムイオンの酸化還元
反応」が起きていることは明らかである(甲65論文)。
したがって,NP-FV50電池は,構成要件cを充足する。
(ウ)構成要件a
構成要件aは,「ケースの中に含有されている電解質中にあるセパレータで分離
されている負極と正極から成るリチウム二次電池において,」というものである。
NP-FV50電池が,構成要件aを充足することは明らかである(甲23の1報
告書)。
(エ)以上のとおり,NP-FV50電池は,本件発明2-1-②の構成要件を
全て充足するから,本件発明2-1-②の実施品であると認められる。
ウ小括
以上によれば,NP-FV50電池は,本件発明2-1-①及び本件発明2-1
-②の実施品であると認められる。
(2)本件発明2-1-①及び本件発明2-1-②の技術的優位性
ア争点(2)イ(イ)(本件発明2-1-①の乙10発明に対する技術的優位性欠如
の有無)について
(ア)本件発明2-1-①が従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的部

本件発明2-1-①により被控訴人が受けるべき利益は,同発明が従来技術と比
較して技術的優位性を有する特徴的部分から生じるものである。そこで,本件発明
2-1-①の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思
想を構成する部分が存するかについて検討する。
a本件発明2-1-①
課題,解決手段及び効果から把握されるところの,本件発明2-1-①の技術的
思想は,下記のとおりである(【請求項1】,引用に係る原判決145~149頁)。

二次電池において,充放電の繰り返しによってデンドライトが負極に形成される
ことを抑制するという課題に対し,①負極活物質を,酸ともアルカリとも反応する
両性金属と合金化するとともに,②その粒径を100μm以下にした金属粉末から構
成したことを特徴とし,これにより,両性金属の一部をエッチング溶出し,細孔を
有した高比表面積の金属を得ることで,デンドライトの形成を抑制し,サイクル寿
命を長くするという技術的思想
b乙10発明
⒜乙10公報の記載
乙10公報には,乙10発明に関して,おおむね,次のとおり記載されている。
・リチウムを吸蔵,放出することのできる金属粉末もしくは合金粉末を活物質
とし,結着剤として塩化ビニル-酢酸ビニル共重合樹脂を用いる非水電解質二次電
池の負極において,前記負極中に導電剤として繊維状黒鉛を用いた非水電解質二次
電池用負極。(【請求項1】)
・Al又はAl合金などのリチウムを吸蔵,放出することのできる金属又は合
金を負極活物質として用いた場合,深い充放電を繰り返すと活物質の微細化が起こ
って電極が崩れてしまい十分な充放電サイクル特性が得られない。乙10発明は充
放電サイクル特性に優れた非水電解質二次電池用負極を提供することを目的とする。
(【0004】)
・乙10発明は,負極に,リチウムを吸蔵,放出することのできる金属粉末又
は合金粉末を活物質とし,塩化ビニル-酢酸ビニル共重合樹脂を結着剤とし,繊維
状黒鉛を導電剤とするものである。(【0005】)
・乙10発明のとおり負極を構成することで,充放電を繰り返しても,電極中
のAl又はAl合金などのリチウムを吸蔵,放出することのできる金属粉末又は合
金粉末が保持され,さらに,電極の膨張時においても充分な集電が得られる。その
結果,安定した電池特性を有する非水電解質二次電池用負極を構成できる。(【0
007】【0028】)
・実施例
「【0018】(実施例2)本実施例においては,96%Al-6%Niで表わ
される組成のアルミニウム合金粉末を負極活物質に,結着剤に…塩化ビニルと酢酸
ビニルの共重合樹脂を用い,さらに導電剤として…繊維状黒鉛を用いて構成した負
極について説明する。
【0019】負極は,300メッシュパスの96%Al-6%Niアルミニウム
合金粉末と導電剤としての…と結着剤を…の割合で混合し負極合剤を得た。この負
極合剤0.1gを直径17.5mmに2トン/cm2
でプレス成型し負極とした。…
【0026】なお本実施例では,合金粉末として94%Al-6%Niで表され
るアルミニウム合金を用いた場合について説明したが,同様にリチウムを吸蔵,放
出することのできる他のアルミニウム合金や,ウッド合金等のアルミニウム以外の
金属を主成分とする合金粉末を用いた場合においても,ほぼ同様の効果を得られる
ことを確認した。」
⒝乙10発明の認定
乙10公報の【請求項1】【0018】【0019】によれば,乙10公報には,
次のとおり乙10発明が記載されているものと認められる。
「リチウムを吸蔵,放出することのできる金属粉末もしくは合金粉末を活物質と
する非水電解質二次電池の負極において,/負極は,96%Al-6%Niで表わ
される組成のアルミニウム合金粉末を負極活物質に,塩化ビニルと酢酸ビニルの共
重合樹脂を結着剤に,繊維状黒鉛を導電剤に用いて構成し,/負極は,300メッ
シュパスの96%Al-6%Niアルミニウム合金粉末と導電剤と結着剤を混合し
負極合剤を得て作製されること,/からなる非水電解質二次電池用負極。」
⒞乙10発明の技術的思想
課題,解決手段及び効果から把握されるところの,乙10発明の技術的思想は,
下記のとおりである。

リチウム二次電池において,充放電を繰り返すと負極活物質の微細化が起こり十
分な充放電サイクル特性が得られないという課題に対し,①負極活物質を300メ
ッシュパスの96%Al-6%Niアルミニウム合金粉末とするとともに,②負極
の結着剤に塩化ビニルと酢酸ビニルの共重合樹脂を,導電剤に繊維状黒鉛を用いた
ことを特徴とし,これにより,負極活物質が保持されるとともに,十分な集電が得
られる結果,電池特性を安定化できるという技術的思想
c本件発明2-1-①に特有の技術的思想
⒜負極活物質の構成
負極活物質の構成に関する本件発明2-1-①の技術的思想と乙10発明の技術
的思想を比較するに,本件発明2-1-①は,負極活物質を酸ともアルカリとも反
応する両性金属と合金化した金属粉末で構成するのに対し,乙10発明は,負極活
物質を96%Al-6%Niアルミニウム合金粉末で構成する点で相違する。
しかし,乙10発明の技術的思想は,96%Al-6%Niアルミニウム合金粉
末で負極活物質を構成するというものであるところ,乙10公報の【請求項1】【0
026】の記載によれば,この技術的思想は,リチウムを吸蔵,放出することので
きる合金粉末を負極活物質とすることを含むものということができる。そして,負
極活物質をリチウムを吸蔵,放出することのできる合金粉末で構成することは,負
極活物質を両性金属を含む合金粉末で構成する点と同義である。したがって,本件
発明2-1-①の技術的思想のうち,合金化される金属元素の構成自体については,
従来技術に見られない特有のものということはできない。
一方,本件発明2-1-①の技術的思想において,「酸ともアルカリとも反応す
る」両性金属としたのは,両性金属の一部をエッチング溶出し,細孔を有した高比
表面積の金属を得るというものである。そして,かかる技術的思想は,乙10発明
の技術的思想に含まれるものではない。したがって,本件発明2-1-①の技術的
思想のうち,両性金属の性質に着目した点については,従来技術に見られない特有
のものということができる。
⒝負極活物質の粒径
負極活物質の粒径に関する本件発明2-1-①の技術的思想と乙10発明の技術
的思想を比較するに,本件発明2-1-①は,負極活物質の粒径を100μm以下
にするのに対し,乙10発明は,負極活物質の粒径を300メッシュパスの粉末に
する点で相違する。
よって,本件発明2-1-①の技術的思想のうち,負極活物質の粒径の上限値を
100μm以下にする点については,従来技術に見られない特有のものということ
ができる。
d以上によれば,本件発明2-1-①の特許請求の範囲の記載のうち,従来技
術に見られない特有の技術的思想を構成する部分は,負極活物質を「酸ともアルカ
リとも反応する」両性金属として,両性金属の性質に着目した点,及び,負極活物
質の金属粉末の粒径の上限値を100μm以下にした点に存するから,これらの点
をもって,本件発明2-1-①が従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的
部分ということができる。
(イ)本件発明2-1-①が従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的部
分の利用
a本件発明2-1-①が従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的部分
は,負極活物質を「酸ともアルカリとも反応する」両性金属として,両性金属の性
質に着目した点,及び,負極活物質の金属粉末の粒径の上限値を100μm以下に
した点にある。
しかし,本件発明2-1-①が従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的
部分を有していたとしても,本件発明2-1-①の実施品であるNP-FV50電
池が,当該特徴的部分を用いていない場合や,従来技術を利用するにとどまり当該
特徴的部分を用いたものと評価できない場合においては,本件発明2-1-①がN
P-FV50電池により実施されることによって被控訴人が利益を受けたというこ
とはできない。そこで,以下,NP-FV50電池が,当該特徴的部分を用いてい
るか否か,又は用いたものと評価できるか否かについて検討する。
b両性金属の性質
本件発明2-1-①の技術的思想において,負極活物質を「酸ともアルカリとも
反応する」両性金属としたのは,両性金属の一部をエッチング溶出し,細孔を有し
た高比表面積の金属を得るためである。これに対し,NP-FV50電池の負極活
物質に含まれる両性金属に対してエッチング溶出が行われ,細孔を有する高比表面
積の金属を得たことを認めるに足りる証拠はない。NP-FV50電池は,負極活
物質を「酸ともアルカリとも反応する」両性金属として,両性金属の性質に着目す
るとの本件発明2-1-①の特徴的部分は用いていないというべきである。
c負極活物質の粒径
前記のとおり,NP-FV50電池の負極活物質の金属粉末(Sn-Co合金粒
子)の平均粒子径は約1~10μmの範囲内にある。
ここで,乙10発明は,負極活物質の粒径を300メッシュパスの粉末にするも
のである。そして,「300メッシュ」とは53μm未満の目開きを有する「ふる
い」であり(乙50,51),「メッシュパス」とは,「メッシュ」によって表さ
れる目開きの「ふるい」でふるい分けられた粉体の粒径を意味する。したがって,
乙10発明は,負極活物質の粒径を53μm未満にするものということができる。
そうすると,負極活物質の粒径の点において,その平均粒子径が約1~10μm
の範囲内にあるNP-FV50電池は,従来技術である乙10発明を利用するにと
どまるものであるから,その粒径の上限値を100μm以下にするとの本件発明2
-1-①の特徴的部分を用いていたものと評価することはできない。
dしたがって,NP-FV50電池は,本件発明2-1-①が従来技術と比較
して技術的優位性を有する特徴的部分のうち,両性金属の性質に関する特徴的部分
を用いておらず,負極活物質の粒径に関する特徴的部分を用いたものとは評価でき
ないというべきである。
(ウ)控訴人の主張について
a控訴人は,乙10発明は結着剤を特徴とする発明であって,本件発明2-1
-①とは発明の内容を異にすると主張する。
しかし,本件発明2-1-①が従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的
部分は,本件発明2-1-①の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られな
い特有の技術的思想を構成する部分をもって認定されるべきものである。ここで,
従来技術として乙10発明を認定するに当たっては,乙10公報に記載された発明
のうち,本件発明2-1-①に最も近い発明を認定するのが相当である。控訴人が
主張するように,乙10発明を,結着剤のみを特徴とする発明であると認定する必
要はない。そして,乙10発明において,負極活物質にアルミニウム合金粉末を用
いることと,結着剤に塩化ビニルと酢酸ビニルの共重合樹脂を用いることとの間に
技術的関連性があるとはいえない(【0026】)。そうすると,乙10発明が,
本件発明2-1-①と発明の内容を異にするということはできない。
b控訴人は,本件発明2-1-①は,両性金属元素をリチウムと合金化しない
金属元素と合金化したことや,両性金属元素の量とリチウムと合金化しない金属元
素の量の比に特徴がある旨主張する。
しかし,本件発明2-1-①が従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的
部分は,本件発明2-1-①の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られな
い特有の技術的思想を構成する部分をもって認定されるべきものである。本件発明
2-1-①の特許請求の範囲に記載されていない部分をもって,本件発明2-1-
①の特徴的部分であると認定することはできない。控訴人が主張する本件発明2-
1-①の特徴は,いずれも本件発明2-1-①の特許請求の範囲に記載されていな
いから,控訴人の主張は採用できない。
c控訴人は,乙10公報には粒径を微細化する意義が示されておらず,乙10
発明は,本件発明2-1-①とは発明の内容が異なる旨主張する。
しかし,乙10公報には実施例として,負極を,「300メッシュパスの96%
Al-6%Niアルミニウム合金粉末」等から作製した旨記載されているから(【0
019】),同合金粉末は300メッシュの目開きの「ふるい」を通過する程度に
粒径が微細なものと解される。乙10発明の技術的思想は負極活物質の粒径を53
μm未満の微細なものにするものである。一方,本件発明2-1-①の技術的思想
は負極活物質の金属粉末の粒径の上限値を100μm以下にするものである。そう
すると,乙10発明と本件発明2-1-①とは,負極活物質の粒径を微細化すると
いう限度において発明の内容が異なるということはできない。
そして,NP-FV50電池は,負極活物質の粒径の点に関して従来技術である
乙10発明を利用するにとどまり,本件発明2-1-①が負極活物質の粒径の点で
技術的優位性を有する特徴的部分を用いたものとは評価できない。乙10公報に粒
径を微細化する意義が開示されているか否かは,これを左右するものにはならない。
(エ)小括
以上のとおり,NP-FV50電池は,本件発明2-1-①における従来技術と
比較して技術的優位性を有する特徴的部分を用いていない,又は用いたものと評価
することはできない。
イ争点(2)イ(エ)(本件発明2-1-②の乙10発明に対する技術的優位性欠如
の有無)について
(ア)本件発明2-1-②が従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的部

a本件発明2-1-②
課題,解決手段及び効果から把握されるところの,本件発明2-1-②の技術的
思想は,下記のとおりである(【請求項1】,引用に係る原判決145~149頁)。

リチウム二次電池において,充放電の繰り返しによってデンドライトが負極に形
成されることを抑制するという課題に対し,負極活物質を,①少なくともAl,Z
n,Sn,Pb,Ga,Se,Srから選択される,酸ともアルカリとも反応する
両性金属元素と,②少なくともNi,Co,Cu,Ti,Feから選択される金属
元素を合金化した金属粉末から構成したことを特徴とし,これにより,両性金属の
一部をエッチング溶出し,細孔を有した高比表面積の金属を得ることで,デンドラ
イトの形成を抑制し,サイクル寿命を長くするという効果を奏するという技術的思

b本件発明2-1-②に特有の技術的思想
本件発明2-1-②の技術的思想と乙10発明の前記のとおり認定した技術的思
想を比較するに,本件発明2-1-②は,負極活物質を,少なくともAl等から選
択される酸ともアルカリとも反応する両性金属元素と少なくともNi等から選択さ
れる金属元素を合金化した金属粉末で構成するのに対し,乙10発明は,負極活物
質を96%Al-6%Niアルミニウム合金粉末で構成する点で相違する。
この点,まず,乙10発明の技術的思想には,負極活物質をリチウムを吸蔵,放
出することのできる合金粉末,すなわち両性金属を含む合金粉末で構成する点を含
むものである。一方,本件発明2-1-②の特許請求の範囲の記載は,負極活物質
を構成する元素を羅列するのみであり,羅列された両性金属元素及び金属元素自体
は,乙10発明の技術的思想に含まれるものである。したがって,本件発明2-1
-②の技術的思想のうち,負極活物質を構成する元素自体については,従来技術に
見られない特有のものということはできない。
一方,本件発明2-1-①と同様に,本件発明2-1-②の技術的思想のうち,
両性金属の「酸ともアルカリとも反応する」という性質に着目した点については,
従来技術に見られない特有のものということができる。
c以上によれば,本件発明2-1-②の特許請求の範囲の記載のうち,従来技
術に見られない特有の技術的思想を構成する部分は,負極活物質を構成する両性金
属について「酸ともアルカリとも反応する」として,両性金属の性質に着目した点
に存するから,この点をもって,本件発明2-1-②が従来技術と比較して技術的
優位性を有する特徴的部分ということができる。
(イ)本件発明2-1-②が従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的部
分の利用
本件発明2-1-①と同様に,NP-FV50電池は,本件発明2-1-②が従
来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的部分を用いていないというべきであ
る。
(ウ)控訴人の主張について
a控訴人は,本件発明2-1-②において,負極活物質を,少なくともNi等
から選択される金属元素を合金化した金属粉末とすることにより,電子伝導をスム
ーズに行うようにした点などに特徴がある旨主張する。
しかし,本件明細書等2-1-②には,負極活物質を構成する金属元素を,少な
くともNi等から選択することの意義について,何ら記載されていないから(【0
012】参照),控訴人が主張する点をもって,本件発明2-1-②の特徴的部分
であるということはできない。
bその他,控訴人は,乙10発明は結着剤に特徴がある,本件発明2-1-②
は元素構成やその量に特徴がある,などと主張するが,本件発明2-1-①と同様
に,いずれも採用できない。
(エ)小括
以上のとおり,NP-FV50電池は,本件発明2-1-②における従来技術と
比較して技術的優位性を有する特徴的部分を用いていないと認められる。
(3)本件発明2-1-①及び本件発明2-1-②について特許を受ける権利を
承継させたことに対する相当の対価
控訴人は,被控訴人は,ソニーが平成17年から平成24年にかけて本件発明2
-1-①及び本件発明2-1-②の実施品であるNexelion電池を生産使用
譲渡等したことにより独占の利益を得たとして,本件発明2-1-①及び本件発明
2-1-②について特許を受ける権利を承継させたことに対する相当の対価の支払
を求める。
しかし,NP-FV50電池は,本件発明2-1-①及び本件発明2-1-②の
実施品であると認められるものの,これらの発明における従来技術と比較して技術
的優位性を有する特徴的部分を用いていない,又は用いたものと評価することはで
きない。したがって,仮に,ソニーが本件発明2-1-①及び本件発明2-1-②
の実施品であるNP-FV50電池を生産使用譲渡等したことにより被控訴人が利
益を得ていたとしても,本件発明2-1-①及び本件発明2-1-②により被控訴
人が受けるべき利益は存しない,又はその利益の額は微々たるものというべきであ
る。
さらに,NP-FV50電池以外のNexelion電池が,本件発明2-1-
①及び本件発明2-1-②の実施品であることを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,控訴人が被控訴人に本件発明2-1-①及び本件発明2-1-②に
ついて特許を受ける権利を承継させたことに対する相当の対価は存しない,又はそ
の額は既払額を超えるものではないというべきである。
4本件発明2-2-①ないし本件発明2-2-④により被控訴人が受けるべき
利益の額
控訴人の主張に沿って,まず,ソニーが本件発明2-2-①ないし本件発明2-
2-④を実施していたか否か,また,これを前提として,被控訴人が上記各発明に
関する独占権に基づく利益を受けたといえるか否かについて検討する。
(1)争点(2)ア(イ)(本件発明2-2-①ないし2-2-④の実施の有無)につ
いて
ア本件発明2-2-①の実施の有無
(ア)構成要件d
aNP-FV50電池の構成要件dの充足性の有無
構成要件dは,「前記電解液と接し,正極と対向する負極表面の導電体部の粗さ
の(最大山から最深谷までの)最大高さRmaxの1/2と中心線平均粗さRaと
の差が,負極表面正極表面間の距離の1/10以下であり,」というものである。
しかし,NP-FV50電池が構成要件dを充足するとは認められない。その理
由は,原判決「事実及び理由」第4の6(1)記載のとおりであるから,これを引用す
る。
b控訴人の主張について
控訴人は,NP-FV50電池の「最大高さRmaxの1/2と中心線平均粗さ
Raとの差」が,「負極表面正極表面間の距離の1/10」よりも大きいとはいえ
ない旨主張する。
しかし,甲23の2報告書の測定結果に基づき計算したNP-FV50電池の「最
大高さRmaxの1/2と中心線平均粗さRaとの差」は1.943μmである。
一方,NP-FV50電池の「負極表面正極表面間の距離の1/10」は1.9μ
mであるから(甲21報告書の別紙4頁),前者の数値は後者の数値以下ではない。
また,仮に後者の数値が1.850μm以上1.950μm未満を意味するもので
あったとしても,前者の数値が後者の数値以下であることを立証したことにはなら
ない。
(イ)以上のとおり,NP-FV50電池は,本件発明2-2-①の構成要件d
を充足しないから,本件発明2-2-①の実施品であるとは認められない。
イ本件発明2-2-②の実施の有無
(ア)構成要件b
a構成要件bの意義
⒜特許請求の範囲の記載
構成要件bは,「負極は,(a)充電時に生成されるリチウムと合金化できない
第1の金属を含む集電体と,(b)充電時に生成されるリチウムと合金化できない
第1の金属と充電時に生成されるリチウムと合金化できる第2の金属とを含む,前
記集電体上の層とを含み,」というものである。
このように特許請求の範囲の記載は,負極の集電体に含まれるリチウムと合金化
できない金属と,集電体上の層に含まれるリチウムと合金化できない金属を,いず
れも「第1の金属」である旨特定しており,両者は同一の金属を意味すると解すべ
きである。
⒝本件明細書等2-2-②の記載
本件明細書等2-2-②には,負極の集電体に含まれるリチウムと合金化できな
い金属と,集電体上に形成される層に含まれるリチウムと合金化できない金属が,
相違してもよいことを明示する記載はない。
⒞よって,構成要件bにおいて,負極の集電体に含まれるリチウムと合金化で
きない金属と,集電体上に形成される層に含まれるリチウムと合金化できない金属
とが,同一である旨特定されているというべきである。
bNP-FV50電池の構成要件bの充足性の有無
NP-FV50電池の負極の集電体上の層(負極層)に含まれる金属であって「第
1の金属」に該当し得るものは,Ti,Co,Feである(甲23の1報告書の2
9頁,甲97の2報告書,乙207報告書)。NP-FV50電池の負極の集電体
に含まれる金属であって「第1の金属」に該当し得るものは,Cuである(甲21
報告書の別紙5,6頁)。したがって,NP-FV50電池には,負極の集電体に
も,集電体の上の層にも,同一の「第1の金属」が含まれるということはできない。
(イ)以上のとおり,NP-FV50電池は,本件発明2-2-②の構成要件b
を充足しないから,本件発明2-2-②の実施品であるとは認められない。
ウ本件発明2-2-③の実施の有無
(ア)構成要件h
a構成要件hの意義
⒜特許請求の範囲の記載
構成要件hは,「前記層(102,201)は前記金属(106)を含み,前記
金属(106)はその表面に多く存在している,そして前記層(102,201)
は充電が行われる前にはリチウムを含まない,」というものである。
ここで,「前記層(102,201)」とは負極層をいうところ,「前記金属(1
06)はその表面に多く存在している」とは,金属(106)の多くの部分が負極
層の表面に分布するとも,負極層の表面の多くの部分が金属(106)によって占
められているとも,解釈可能である。なお,負極層の表面の多くの部分が全種類の
金属(106)によって占められているとは限定されていない。
⒝本件明細書等2-2-③の記載
本件明細書等2-2-③(【0016】)によれば,構成要件hの「前記金属(1
06)はその表面に多く存在している」という構成は,負極の表面においてリチウ
ムと合金を作らない金属元素の含有率を高めることによって,負極表面においてあ
る程度の微粉化が生じた時にも,リチウムと合金を作らない金属を介して十分な導
電性を保ち,集電能の低下を抑制するために採用されたものである。
したがって,本件発明2-2-③の効果を奏するためには,充電時にリチウムと
合金化できない金属(106)が,負極表面に十分に存在しなければならないとい
うべきである。仮に,金属(106)の多くの部分が負極層の表面に分布していて
も,負極層の表面に占める金属(106)の割合が少なければ発明の効果を奏さな
いことになる。
⒞以上のとおり,特許請求の範囲の記載及び本件明細書等2-2-③の記載を
総合すれば,構成要件hの「前記金属(106)はその表面に多く存在している」
とは,負極層の表面の多くの部分が金属(106)によって占められていると解釈
すべきものである。
bNP-FV50電池の構成要件hの充足性の有無
NP-FV50電池の負極は,粒子1(C,O)と粒子2(Sn,C,P,Ti,
Coのほか,O,Fe,F,Al,Siを可能性として含む。)から成り(甲23
の1報告書の29頁,甲97の2報告書,乙207報告書),このうち粒子2に含
まれるCo,Ti,Feが,本件発明2-2-③にいう「金属(106)」に相当
する。
しかし,そもそも,粒子2が負極表面の多くの部分を占めるとはいえないし,ま
た,金属(106)に相当するTi,Co,Feが粒子2の構成要素の多くの部分
を占めるものでもない(甲23の1報告書の29頁,甲97の2報告書,乙207
報告書)。
そうすると,NP-FV50電池の負極層の表面の多くの部分が,これらの金属
(Co,Ti,Fe)によって占められているということはできない。
c控訴人の主張について
控訴人は,NP-FV50電池においては,負極表面に近付くにしたがって,比
重の軽いTi等を含む粒子の比率が多くなっている旨主張する。
しかし,Tiの比重が軽くても,粒子2に占めるTiの含有量は小さく,粒子2
全体の比重は不明であるから,粒子2が負極表面に浮揚するということはできない。
なお,粒子2が負極表面の多くの部分を占めていたとしても,粒子2に占めるTi
の含有量は小さいから,負極表面の多くの部分がTiによって占められているとい
うこともできない。Tiの比重だけに着目して,NP-V50電池の負極層の表面
の多くの部分が,Tiによって占められているといえるものではない。
(イ)以上によれば,NP-FV50電池は,本件発明2-2-③の構成要件h
を充足しないから,本件発明2-2-③の実施品であるとは認められない。
エ本件発明2-2-④の実施の有無
(ア)構成要件a
a構成要件aの意義
⒜特許請求の範囲の記載
構成要件aは,「負極は,(1)リチウムと合金化不可能な,ニッケル,チタン,
銅,銀,金,白金,鉄,コバルト,クロム,タングステン,モリブデンからなる群
から選ばれた1種以上の金属(a)を含む集電体と,(2)リチウムとの合金不可
能な,ニッケル,チタン,銅,銀,金,白金,鉄,コバルト,クロム,タングステ
ン,モリブデンからなる群から選ばれた1種以上の金属(a)と,リチウムとの合
金可能でアルミニウム,マグネシウム,カリウム,ナトリウム,カルシウム,スト
ロンチウム,バリウム,シリコン,ゲルマニウム,アンチモン(Sb),鉛,イン
ジウム,亜鉛からなる群から選ばれた1種以上の金属(b)を含有する前記集電体
上の層,から構成され,」というものである。
このように,特許請求の範囲の記載は,負極の集電体に含まれるリチウムと合金
化不可能な金属と,集電体上の層に含まれるリチウムと合金化不可能な金属を,い
ずれも「金属(a)」である旨特定しており,両者は同一の金属を意味すると解す
べきである。
⒝本件明細書等2-2-④の記載
本件明細書等2-2-④には,負極の集電体に含まれるリチウムと合金化不可能
な金属と,集電体上に形成される層に含まれるリチウムと合金化不可能な金属が,
相違してもよいことを明示する記載はない。
⒞よって,構成要件aにおいて,負極の集電体に含まれるリチウムと合金不可
能な金属と,集電体上に形成される層に含まれるリチウムと合金化不可能な金属が,
同一である旨特定されているというべきである。
bNP-FV50電池の構成要件aの充足性の有無
NP-FV50電池の負極の集電体上の層(負極層)に含まれる金属であって「金
属(a)」に該当し得るものは,Ti,Co,Feである(甲23の1報告書の2
9頁,甲97の2報告書,乙207報告書)。NP-FV50電池の負極の集電体
に含まれる金属であって「金属(a)」に該当し得るものは,Cuである(甲21
報告書の別紙5,6頁)。したがって,NP-FV50電池には,負極の集電体に
も,集電体の上の層にも,同一の「金属(a)」が含まれるということはできない。
(イ)以上のとおり,NP-FV50電池は,本件発明2-2-④の構成要件a
を充足しないから,本件発明2-2-④の実施品であるとは認められない。
オ小括
以上によれば,NP-FV50電池は,本件発明2-2-①ないし本件発明2-
2-④の実施品であるとは認められない。
(2)本件特許2-2-①ないし本件発明2-2-④について特許を受ける権利
を承継させたことに対する相当の額
控訴人は,被控訴人は,ソニーが平成17年から平成24年にかけて本件発明2
-2-①ないし本件発明2-2-④の実施品であるNexelion電池を生産使
用譲渡等したことにより独占の利益を得たとして,本件発明2-2-①ないし本件
発明2-2-④について特許を受ける権利を承継させたことに対する相当の対価の
支払を求める。
しかし,NP-FV50電池は本件発明2-2-①ないし本件発明2-2-④の
実施品ではない。
また,NP-FV50電池以外のNexelion電池が,本件発明2-2-①
ないし本件発明2-2-④の実施品であることを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,控訴人が被控訴人に本件発明2-2-①ないし本件発明2-2-④
について特許を受ける権利を承継させたことに対する相当の対価は存しないという
べきである。
5本件発明2-3-①ないし本件発明2-3-⑤により被控訴人が受けるべき
利益の額
控訴人の主張に沿って,まず,ソニーが本件発明2-3-①ないし本件発明2-
3-⑤を実施していたか否か,また,これを前提として,被控訴人が上記各発明に
関する独占権に基づく利益を受けたといえるか否かについて検討する。
(1)争点(2)ア(ウ)(本件発明2-3-①ないし2-3-⑤の実施の有無)につ
いて
ア本件発明2-3-①の実施の有無
(ア)構成要件c
a構成要件cの意義
構成要件cは,負極活物質について,「あるいは,メカニカルグラインディング
処理によってX線回折角度2θに対して最も強い回折強度が現れたピークの半価幅
が0.48度以上を示す非晶質相を有するに至った炭素材料と銅,チタン,ニッケ
ルから選択されるリチウム以外の物質に対して電気化学的に不活性な材料との複合
体を成分とすることを特徴とするリチウム二次電池。」というものである。
構成要件cは,負極活物質が「炭素材料」と「銅,チタン,ニッケルから選択さ
れるリチウム以外の物質に対して電気化学的に不活性な材料」との「複合体」であ
り,当該「複合体」が「メカニカルグラインディング処理によって」「X線回折角
度2θに対して最も強い回折強度が現れたピークの半価幅が0.48度以上を示す
非晶質相を有するに至っ」ている旨特定する。
bNP-FV50電池の構成要件cの充足性の有無
NP-FV50電池の負極活物質である複合体(Sn合金)は,低結晶性CoS
n合金と低結晶性無機炭素材料の複合体からなるバルク部の中に,CoSn合金結
晶の粒状部が点在する構造であることが認められ(甲97の1ないし3報告書),
当該バルク部が「非晶質相」に該当する。したがって,負極活物質である複合体(S
n合金粒子)が「非晶質相を有するに至っ」ているということができる。
しかし,NP-FV50電池の負極活物質の非晶質化が,物理的エネルギーを加
える処理である「メカニカルグラインディング処理」又は「メカニカルグラインデ
ィング処理」とその余の方法の組合せによって行われたものであることを直接裏付
ける証拠はない。
また,非晶質化合金の形成方法として,物理的エネルギーを加える処理であるメ
カニカルアロイング法があり,「SnやSiの非晶質化にはメカニカルアロイング
が最適な手法である」とされているものの,メカニカルアロイングは「製造に時間
を要する」(乙185)とされ,非晶質化に要する時間を短縮する方法を用いても,
物理的エネルギーを加える処理によるSn合金の非晶質化工程にはなお数時間を要
するとされている(甲102【0031】)。メカニカルグラインディング処理に
よって,相当程度に微粒子化した合金を生産する工業機械が存在することは認めら
れるものの(甲83の2~5,84,103~105。枝番を含む。),これらの
機械によって微粒子化だけではなく,さらに非晶質化したSn合金の大量生産が可
能か否かは不明であり,また,工業生産機械の存在から,NP-FV50電池の負
極活物質の非晶質化が「メカニカルグラインディング処理」によって行われたと推
認できるものでもない。
他方,非晶質化合金の形成方法としては,ほかに,超急冷凝固法があるとされ(乙
185),超急冷凝固法によって製造された粒子の形状及び大きさは,NP-FV
50電池の粒子形状と同様に,不規則かつ数μm単位のものである(甲80の写真
3(c),甲97の2報告書)。NP-FV50電池の負極活物質の非晶質化が超
急冷凝固法による可能性は十分にある。
そうすると,NP-FV50電池の負極活物質である複合体(Sn合金)が,「メ
カニカルグラインディング処理によって」「非晶質相」を有するに至ったものとい
うことはできない。
c控訴人の主張について
(a)控訴人は,NP-FV50電池の負極活物質のようにCを大量に含む材料で
あっても,物理的エネルギーを加える処理で非晶質化することは可能であり,これ
を否定する科学的文献等はないと主張する。
まず,控訴人作成にかかる電子メール(乙189)には,「電極の活物質層の形
成時に非晶質合金Sn-Co-Cと黒鉛を複合化している」,「メカニカルアロイ
ング時に大量に黒鉛を入れたら,非晶質化が進行しないと考えられます。そのため,
主な黒鉛混合は非晶質化の後に,混合されたと考えるのがよいと思われます。」と
の記載があるにとどまる。この記載は,「Sn-Co-C」合金を,仮に当該合金
に占めるCの割合が多くても,物理的エネルギーを加える処理で非晶質化できるこ
とを否定するものではない。NP-FV50電池の負極活物質のようにCを含む材
料について,物理的エネルギーを加える処理では非晶質化できないことを示す証拠
は見当たらない。
しかし,物理的エネルギーを加える処理で「Sn-Co-C」合金を非晶質化で
きたとしても,それは,NP-FV50電池の負極活物質である複合体(Sn合金)
が,メカニカルグラインディング処理によって非晶質化されたものであることが否
定されないというにとどまり,これを積極的に裏付けるものにはならない。
⒝控訴人は,NP-FV50電池の負極活物質の粒子は角張っているところ,
これは,負極活物質がメカニカルグラインディング処理によって形成されたことを
示すものであると主張する。
しかし,SEM観察によれば,超急冷凝固法によって製造された粒子も角張って
いることが認められる(甲80の写真3)。NP-FV50電池の負極活物質の粒
子が角張っていることから,直ちに,それがメカニカルグラインディング処理によ
って形成されたと認めることはできない。
(イ)以上によれば,NP-FV50電池は,本件発明2-3-①の構成要件c
を充足しない。また,NP-FV50電池が,構成要件cと選択的である構成要件
bを充足することを認めるに足りる証拠はない。よって,NP-FV50電池は,
本件発明2-3-①の実施品であるとは認められない。
イ本件発明2-3-②(請求項2)の実施の有無
(ア)構成要件a
構成要件aは,「少なくとも負極,正極と電解質,から構成され,充放電でリチ
ウムイオンの酸化還元反応を利用するリチウム二次電池において,」というもので
ある。
そして,NP-FV50電池が「リチウムイオンの酸化還元反応」を利用する電
池であることは明らかであり(甲65論文),その余の構成要件aも充足する(甲
23の1報告書)。
したがって,NP-FV50電池は,構成要件aを充足する。
(イ)構成要件b
構成要件bは,「前記負極が少なくとも非晶質相を持つ活物質を有し,」という
ものである。
そして,NP-FV50電池の負極活物質である複合体(Sn合金)は,低結晶
性CoSn合金と低結晶性無機炭素材料の複合体からなるバルク部の中に,CoS
n合金結晶の粒状部が点在する構造であることが認められ(甲97の1ないし3報
告書),当該バルク部は「非晶質相」になっている。
したがって,NP-FV電池は,構成要件bを充足する。
(ウ)構成要件c
a構成要件cの意義
構成要件cは,負極活物質について,「前記活物質の,回折角2θ(シータ)に
対する回折強度を示したX線回折チャートでは最大回折強度のピークの半価幅が0.
48度より狭くなく,」というものである。
bNP-FV50電池の構成要件cの充足性の有無
NP-FV50電池の負極を対象とし,回折角2θに対する回折強度を示したX
線回折チャートにおいて(甲23の1報告書の図44,乙5報告書),負極活物質
の「最大回析強度」は42度付近にある。そして,乙5報告書のX線回析チャート
において,42度付近の「半価幅」は,0.7度(甲21報告書の別紙23頁)又
は7.669度(乙5報告書)というものである。同チャートはノイズが大きいこ
とから,正確な「半価幅」を測定することは困難であるものの,当事者双方が提出
する報告書のいずれにおいても,42度付近の「半価幅」を0.48度以上と測定
している。したがって,NP-FV50電池の負極活物質の「半価幅」は「0.4
8度」以上であると認められる。
そして,負極活物質は「複合体」とされているから(構成要件d),低結晶性C
oSn合金と低結晶性無機炭素材料(C)の複合体からなるバルク部の中に,Co
Sn合金結晶の粒状部が点在するSn合金(粒子2)が,NP-FV50電池の負
極活物質であるというべきである(甲97の1ないし3報告書)。構成要件cは,
負極活物質の最大回析強度のピークの半価幅を特定するにとどまるから,NP-F
V50電池の粒子2のX線回折チャートの最大回析強度のピークにCのピークが含
まれていたとしても,これは,構成要件cの充足性の判断に影響するものではない。
また,乙5報告書のX線回析チャートには26度付近に極めて強い回析強度を示
すピークがあるが,これは,負極活物質を構成しない物質(粒子1のC)の回析強
度を示すものと解されるから(甲21報告書の21頁),構成要件cの充足性の判
断に影響するものではない。
なお,甲45の1報告書のX線回析チャート図形は,甲23の1報告書の図44
及び乙5報告書のX線回析チャート図形と大きく異なるから,これをもって「半価
幅」を測定することはできない。
よって,NP-FV50電池は,構成要件cを充足する。
(エ)構成要件d
a構成要件dの意義
⒜特許請求の範囲の記載
構成要件dは,負極活物質について,「前記活物質が,コバルト,ニッケル,マ
ンガン,鉄から成る群から選択される少なくとも一つの元素(i)と,リチウム電
池の充電/放電反応時負極のリチウム以外の物質に電気化学的に不活性で貴な標準
電極電位を有する少なくとも一つの金属(ii),から成る複合体である。」とい
うものである。構成要件dは,負極活物質が,少なくとも一つの元素(ⅰ)と少な
くとも一つの金属(ⅰⅰ)から成る複合体であること,元素(ⅰ)はコバルト,ニ
ッケル,マンガン,鉄から成る群から選択されること,金属(ⅰⅰ)は「リチウム
以外の物質に電気化学的に不活性」かつ「貴な標準電極電位を有する」こと,を特
定する。
⒝本件明細書等2-3-②の記載
本件明細書等2-3-②は,「リチウム以外の物質に電気化学的に不活性」とは,
電池(あるいは電極)を充放電(酸化還元する)する際,該材料の用いられる電極
において,電解液と反応せず,かつ,別の物質に変化しない,例えば添加した金属
が酸化物等に変化しない,すなわち添加した金属等がリチウムイオンと反応するほ
かは,充放電に直接関与しない旨定義付けられている(【0029】)。また,本
件明細書等2-3-②には,「リチウム二次電池の充放電反応中に当該活物質が用
いられる電極においてリチウム以外の物質に電気化学的に不活性である材料として
の金属材料としては,標準電極電位が貴なものが好ましい。好ましい物質としては,
コバルト,ニッケル,スズ,鉛,白金,銀,銅,金,各種合金,及び上記材料の二
種以上の複合金属等を挙げることができ…,」と記載されている(【0032】)。
⒞以上のとおり,特許請求の範囲の記載及び本件明細書等2-3-②の記載を
総合すれば,構成要件dは,負極活物質が,少なくとも一つの元素(ⅰ)と少なく
とも一つの金属(ⅰⅰ)から成る複合体であること,元素(ⅰ)はコバルト,ニッ
ケル,マンガン,鉄から成る群から選択されることに加え,金属(ⅰⅰ)は,充放
電する際にリチウムイオンと反応するほかは充放電に直接関与しない,好ましくは
Co,Ni,Sn,Pb,Pt,Ag,Cu,Au,各種合金及びこれらの複合金
属等であること,を特定するものというべきである。
bNP-FV50電池の構成要件dの充足性の有無
NP-FV50電池の負極活物質(粒子2,Sn合金)は,低結晶性CoSn合
金と低結晶性無機炭素材料の複合体からなるバルク部の中に,CoSn合金結晶の
粒状部が点在する構造であることが認められる(甲97の1ないし3報告書)。
そして,粒子2に含まれる元素のうち,Coが元素(i)に相当し,Co,Sn
が金属(ⅰⅰ)に相当する。
なお,【0032】において,「リチウム電池の充電/放電反応時負極のリチウ
ム以外の物質に電気化学的に不活性で貴な標準電極電位を有する少なくとも一つの
金属(ii)」の好ましい物質として,Co,Snが挙げられているから,構成要
件dの金属(ⅰⅰ)はCo,Snを含むものである。Co,Snが,「リチウム以
外の物質に電気化学的に不活性」との要件を充足するかについて判断するために,
これらの金属に接触する全ての物質を列挙し,全ての物質に対して,Co,Snが
充放電時に電気化学的に不活性であることを立証する必要はない。
したがって,NP-FV50電池の負極活物質(粒子2)は,元素(ⅰ)と金属
(ⅰⅰ)から成る複合体である。
よって,NP-FV50電池は,構成要件dを充足する。
(オ)以上のとおり,NP-FV50電池は,本件発明2-3-②の構成要件を
全て充足するから,本件発明2-3-②(請求項2)の実施品であると認められる。
ウ本件発明2-3-②(請求項9)の実施の有無
(ア)構成要件a
構成要件aは,「請求項2記載のリチウム二次電池において,貴な標準電極電位
を有する少なくとも一つの金属は,コバルト,ニッケル,スズ,鉛,銀,銅,金か
ら成るグループから選択される。」というものである。
そして,本件発明2-3-②(請求項2)で検討したとおり,NP-FV50電
池は「請求項2記載のリチウム二次電池」に相当する。また,NP-FV50電池
の負極活物質(粒子2)に含まれる元素のうち,Co,Snが構成要件aにおける
「コバルト」「スズ」に該当する。
したがって,NP-FV50電池は,構成要件aを充足する。
(イ)よって,NP-FV50電池は,本件発明2-3-②(請求項9)の実施
品であると認められる。
エ本件発明2-3-③(請求項1)の実施の有無
(ア)構成要件a
構成要件aは,「少なくとも負極,正極および電解質から成り,充電/放電でリチ
ウムイオンの酸化/還元反応を利用するリチウム二次電池において,」というもので
ある。
そして,本件発明2-3-②(請求項2)の構成要件aと同様に,NP-FV5
0電池は,構成要件aを充足する。
(イ)構成要件b
構成要件bは,「前記負極は,活物質として非晶質層を含有する材料から成る複
合材料を有し,」というものである。
NP-FV50電池の負極は,Sn-Co合金粒子と黒鉛粒子等から成る複合材
料であり,活物質である材料(Sn-Co合金粒子)は,低結晶性CoSn合金と
低結晶性無機炭素材料の複合体からなるバルク部の中に,CoSn合金結晶の粒状
部が点在する構造であることが認められ(甲97の1ないし3報告書),「非晶質
層」を含有する。
したがって,NP-FV50電池は,構成要件bを充足する。
(ウ)構成要件c
構成要件cは,負極活物質について,「前記非晶質層を有する材料は,回折角2
θ(シータ)に対する回折強度を示したⅩ線回折チャートにおいて最大回折強度の
ピークの半価幅が0.48度より狭くなく,」というものである。
そして,本件発明2-3-②(請求項2)の構成要件cと同様に,NP-FV5
0電池は,構成要件cを充足する。
(エ)構成要件d
構成要件dは,負極活物質について,「非晶質層(相)を有する金属と炭素から
選択された少なくとも一つと,リチウム電池の充電/放電時に利用される活物質の
リチウム以外の物質に電気化学的に不活性である材料と,を含む。」というもので
ある。なお,構成要件dは,「containsatleastoneelementselectedfromamong
metalelementhavinganamorphousandcarbon,andamaterialwhichis
electrochemicallyinactivetosubstancesotherthanlithiumintheelectrode
inwhichsaidactivematerialisusedduringacharging/dischargingreaction
ofthelithiumbattery」というものであり,カンマの位置を考慮すれば,これを,
「非晶質層を有する金属,炭素,リチウム電池の充電/放電時に利用される活物質の
リチウム以外の物質に電気化学的に不活性である材料,から選択される元素を少な
くとも含む。」と訳出するのは誤りである。
そして,NP-FV50電池の負極活物質(粒子2,Sn合金)は,低結晶性C
oSn合金と低結晶性無機炭素材料の複合体からなるバルク部の中に,CoSn合
金結晶の粒状部が点在する構造であることが認められる(甲97の1ないし3報告
書)。このうち,低結晶性CoSn合金と低結晶性無機炭素材料の複合体からなる
バルク部に含まれる元素Co,Sn,Cが,「非晶質層(相)を有する金属と炭素
から選択された少なくとも一つ」に相当する。また,本件明細書2-3-③の記載
(【0032】)によれば,粒子2に含まれる元素のうち,Co,Snが「リチウ
ム電池の充電/放電時に利用される活物質のリチウム以外の物質に電気化学的に不
活性である材料」に相当する。
したがって,NP-FV50電池は,構成要件dを充足する。
(オ)以上のとおり,NP-FV50電池は,本件発明2-3-③(請求項1)
の構成要件を全て充足するから,本件発明2-3-③(請求項1)の実施品である
と認められる。
オ本件発明2-3-③(請求項6)の実施の有無
(ア)構成要件a
構成要件aは,「請求項1に記載のリチウム二次電池において,前記負極を構成
する材料は,非晶質相を有し,」というものである。
そして,本件発明2-3-③(請求項1)で検討したとおり,NP-FV50電
池は「請求項1に記載のリチウム二次電池」に相当する。また,NP-FV50電
池の負極を構成する材料であるSn-Co合金粒子は,低結晶性CoSn合金と低
結晶性無機炭素材料の複合体からなるバルク部,すなわち「非晶質相」を有する(甲
97の1ないし3報告書)。
したがって,NP-FV50電池は,構成要件aを充足する。
(イ)構成要件b
a構成要件bの意義
構成要件bは,負極について,「電気化学反応により生成されるリチウムと合金
化する,アルミニウム,マグネシウム,鉛,カリウム,ナトリウム,カルシウム,
ストロンチウム,バリウム,シリコン,ゲルマニウム,スズ,インジウムから選択
される少なくとも一つの元素を含む金属材料を含有する。」というものである。
なお,本件明細書等2-3-③には,「電気化学反応により生成されるリチウム
と合金化する」金属として,Al,Mg,Pb,K,Na,Ca,Sr,Ba,S
i,Ge,Sn,In等が挙げられているから(【0041】),「電気化学反応
により生成されるリチウムと合金化する」との用語は,「アルミニウム,マグネシ
ウム,鉛,カリウム,ナトリウム,カルシウム,ストロンチウム,バリウム,シリ
コン,ゲルマニウム,スズ,インジウム」の各元素を,更に限定するものではない。
bNP-FV50電池の構成要件bの充足性の有無
NP-FV50電池の負極のうち粒子2(Sn合金)は,低結晶性CoSn合金
と低結晶性無機炭素材料の複合体からなるバルク部の中に,CoSn合金結晶の粒
状部が点在する構造であることが認められる(甲97の1ないし3報告書)。この
うち,Snが「電気化学反応により生成されるリチウムと合金化する,…スズ…か
ら選択される少なくとも一つの元素を含む金属材料」に相当する。
なお,「電気化学反応により生成されるリチウムと合金化する」については,S
nを更に限定するものではない以上,Snがリチウムと実際に合金を作っているこ
とを立証する必要はない。
したがって,NP-FV50電池は,構成要件bを充足する。
(ウ)以上のとおり,NP-FV50電池は,本件発明2-3-③(請求項6)
の構成要件を全て充足するから,本件発明2-3-③(請求項6)の実施品である
と認められる。
カ本件発明2-3-③(請求項7)の実施の有無
(ア)構成要件a
構成要件aは,「請求項1に記載のリチウム二次電池において,前記負極を構成
する材料は,非晶質相を有し,」というものである。
そして,本件発明2-3-③(請求項6)で検討したとおり,NP-FV50電
池は,構成要件aを充足する。
(イ)構成要件b
a構成要件bの意義
構成要件bは,負極について,「電気化学反応により生成されるリチウムと合金
化しないニッケル,コバルト,チタン,銅,銀,金,タングステン,モリブデン,
鉄,白金,クロム,から選択される少なくとも一つの元素を含む金属材料を含有す
る。」というものである。
なお,本件明細書等2-3-③には,「電気化学反応により生成されるリチウム
と合金化しない」金属として,Ni,Co,Ti,Cu,Ag,Au,W,Mo,
Fe,Pt,Cr等が挙げられているから(【0041】),「電気化学反応によ
り生成されるリチウムと合金化しない」との用語は,「ニッケル,コバルト,チタ
ン,銅,銀,金,タングステン,モリブデン,鉄,白金,クロム」の各元素を,更
に限定するものではない。
bNP-FV50電池の構成要件bの充足性の有無
NP-FV50電池の負極のうち粒子2(Sn合金)は,低結晶性CoSn合金
と低結晶性無機炭素材料の複合体からなるバルク部の中に,CoSn合金結晶の粒
状部が点在する構造であることが認められる(甲97の1ないし3報告書)。この
うち,Coが「ニッケル,コバルト…から選択される少なくとも一つの元素を含む
金属材料」に相当する。
なお,「電気化学反応により生成されるリチウムと合金化しない」については,
Coを更に限定するものではない以上,Coがリチウムと実際に合金を作っていな
いことを立証する必要はない。
したがって,NP-FV50電池は,構成要件bを充足する。
(ウ)以上のとおり,NP-FV50電池は,本件発明2-3-③(請求項7)
の構成要件を全て充足するから,本件発明2-3-③(請求項7)の実施品である
と認められる。
キ本件発明2-3-④(請求項5)の実施の有無
(ア)構成要件b
構成要件bは,「前記負極は,炭素と非晶質相を有する金属の少なくとも一つを
含む結晶物質と,リチウム電池の充放電で利用される活物質がある電極中のリチウ
ム以外に電気化学的に不活性な材料,との混合物に物理的エネルギーを加えて形成
される複合体を含有する,」というものである。なお,構成要件bは,「whereinthe
negativeelectrodehasasanactivematerialcompositewhichisformedby
impartingphysicalenergytoamixtureofcrystallinematerialcontaining
atleastoneofcarbonandametalelementhavinganamorphousphaseanda
materialwhichiselectrochemicallyinactivetosubstancesotherthan
lithiumintheelectrodeinwhichsaidactivematerialisusedduringa
charging/dischargingreactionofthelithiumbattery」というものであり,and
の位置を考慮すれば,これを,「前記負極は活物質として,少なくとも炭素と,非
晶質相を有する金属と,リチウム電池の充放電で利用される活物質がある電極中の
リチウム以外に電気化学的に不活性な材料,のうち一つを含む結晶物質の混合物に
物理的エネルギーを加えて形成される複合体を含有し,」と訳出するのは誤りであ
る。
そして,本件発明2-3-①で検討したとおり,NP-FV50電池の負極活物
質である複合体(Sn合金)が,「物理的エネルギーを加えて形成され」たものと
いうことはできない。
(イ)よって,NP-FV50電池は,本件発明2-3-④(請求項5)の構成
要件bを充足しないから,本件発明2-3-④(請求項5)の実施品であるとは認
められない。
ク本件発明2-3-④(請求項9)の実施の有無
(ア)構成要件a
構成要件aは,「請求項5~7のいずれか一項に記載の電池において,負極中の
前記物質は非晶質相を有し,電気化学反応により析出リチウムと合金化する,アル
ミニウム,マグネシウム,鉛,カリウム,ナトリウム,カルシウム,ストロンチウ
ム,バリウム,シリコン,ゲルマニウム,スズ,インジウムから選択される少なく
とも一つの金属元素を含有する。」というものである。
そして,本件発明2-3-④(請求項5)で検討したとおり,NP-FV50電
池は,「請求項5」に記載の電池ではない。また,NP-FV50電池が,本件特
許2-3-④の請求項6及び請求項7に記載の電池であることを認めるに足りる証
拠はない。
したがって,NP-FV50電池は,本件発明2-3-④(請求項9)の構成要
件aを充足しない。
(イ)よって,NP-FV50電池は,本件発明2-3-④(請求項9)の実施
品であるとは認められない。
ケ本件発明2-3-④(請求項11)の実施の有無
(ア)構成要件a
構成要件aは,「請求項5~7のいずれか一項に記載の電池において,前記物質
は負極中で電気化学的に不活性であり,非晶質相を有し,電気化学反応により析出
リチウムと合金化しない,ニッケル,コバルト,チタン,銅,銀,金,タングステ
ン,モリブデン,鉄,白金,クロムから選択される少なくとも一つの金属元素を含
む。」というものである。
そして,本件発明2-3-④(請求項9)で検討したとおり,NP-FV50電
池は,「請求項5~7」に記載の電池ではない。
したがって,NP-FV50電池は,本件発明2-3-④(請求項11)の構成
要件aを充足しない。
(イ)よって,NP-FV50電池は,本件発明2-3-④(請求項11)の実
施品であるとは認められない。
コ本件発明2-3-⑤の実施の有無
本件発明2-3-⑤の構成要件は,本件発明2-3-②(請求項2)と同じであ
る。また,控訴人は本件明細書等2-3-⑤の内容が本件明細書等2-3-②の内
容と同じである旨主張し,被控訴人はこれに具体的に反論しないから,本件明細書
等2-3-⑤の内容と本件明細書等2-3-②の内容は同じであると認められる。
そして,NP-FV50電池は,本件発明2-3-②(請求項2)の実施品である。
したがって,NP-FV50電池は,本件発明2-3-⑤の実施品であると認め
られる。
サ小括
以上によれば,NP-FV50電池は,本件発明2-3-②(請求項2),本件
発明2-3-②(請求項9),本件発明2-3-③(請求項1),本件発明2-3
-③(請求項6),本件発明2-3-③(請求項7)及び本件発明2-3-⑤の実
施品であると認められる。一方,NP-FV50電池は,本件発明2-3-①,本
件発明2-3-④(請求項5),本件発明2-3-④(請求項9)及び本件発明2
-3-④(請求項11)の実施品であるとは認められない。
(2)本件発明2-3-②(請求項2),本件発明2-3-②(請求項9),本件発
明2-3-③(請求項1),本件発明2-3-③(請求項6),本件発明2-3-③
(請求項7)及び本件発明2-3-⑤の技術的優位性
ア争点(2)イ(ク)(本件発明2-3-②(請求項2)及び同(請求項9)の乙1
1発明に対する技術的優位性欠如の有無)について
(ア)本件発明2-3-②(請求項2)が従来技術と比較して技術的優位性を有
する特徴的部分
本件発明2-3-②(請求項2)により被控訴人が受けるべき利益は,同発明が
従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的部分から生じるものである。そこ
で,本件発明2-3-②(請求項2)の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に
見られない特有の技術的思想を構成する部分が存するかについて検討する。
a本件発明2-3-②(請求項2)
⒜本件明細書等2-3-②の記載
本件明細書等2-3-②には,負極に用いる電極(b)について,次のとおり記
載されている。
【0026】電極(a)(判決注:正極)の活物質を構成する非晶質相を有する
材料を得るための出発物質としての結晶性材料としては,上記コバルト,ニッケル,
マンガン,鉄から選択される一種類以上の元素を含有する材料であって(これらの
金属単体を含む),好ましくはリチウムイオンを電気化学的に挿入もしくは脱離可
能な遷移金属化合物,より好ましくは遷移金属の酸化物…が用いられる。…
【0028】また,上記コバルト,ニッケル,マンガン,鉄から選択される一種
類以上の元素を含有する結晶性材料から得られる非晶質相を有する材料と好適に複
合化される,…リチウム電池の充放電反応中に当該活物質が用いられる電極におい
てリチウム以外の物質に対して電気化学的に不活性となる材料としては,上記コバ
ルト,ニッケル,マンガン,鉄から選択される一種類以上の元素を含有する材料と
は異なる元素構成,組成の材料であって,金属,炭素材料,金属を含む化合物等を
用いることができる。
【0032】また,上記リチウム二次電池の充放電反応中に当該活物質が用いら
れる電極においてリチウム以外の物質に対して電気化学的に不活性となる材料とし
ての金属材料としては,標準電極電位が貴なものが好ましい。好ましい材質として
は,コバルト,ニッケル,スズ,鉛,白金,銀,銅,金,各種合金,及び上記材料
の二種以上の複合金属等を挙げることができ,対極となる電極に用いる材料(活物
質材料)を考慮して選択して用いることができる。
【0039】電極(b)は,リチウム電池の充放電反応中においてリチウム以外
の物質に対して電気化学的に不活性となる材料との複合体を成分とする活物質から
なる負極としたことで,電池反応中に活物質の不要な分解や不要な酸化膜の形成が
抑制され,良好な性能の充放電反応がなされる。
【0042】また,電極(b)において,非晶質相を有する複合体を得るための
リチウム電池の充放電反応中に当該活物質を用いる電極(負極)においてリチウム
以外の物質に対して電気化学的に不活性となる材料としては,上記結晶質の出発原
料とは異なる元素構成,組成の材料であって,上述した電極(a)の活物質材料の
負極において好ましく用いられるリチウム以外の物質に対して電気化学的に不活性
となる材料を,対極となる電極に用いられる材料の電位を考慮して,適宜選択して
用いることができる。
⒝本件発明2-3-②(請求項2)の技術的思想
課題,解決手段及び効果から把握されるところの,本件発明2-3-②(請求項
2)の技術的思想は,下記のとおりである(【請求項2】,引用に係る原判決15
6~165頁,前記⒜に摘記した本件明細書等2-3-②の記載事項)。

リチウムイオン二次電池において,高容量で,サイクル寿命を長くするという課
題に対し,①負極活物質を非晶質化し,その程度を回折角2θに対する回折強度を
示したⅩ線回折チャートでは最大回折強度のピークの半価幅が0.48度以上とす
ることによって,リチウムイオンのインターカーレート及びディンターカーレート
できるサイトを増大し,高容量化するとともに,②負極活物質を,コバルト,ニッ
ケル,マンガン,鉄から成る群から選択される少なくとも一つの元素(ⅰ)と,リ
チウム電池の充電/放電反応時負極のリチウム以外の物質に電気化学的に不活性で
貴な標準電極電位を有する少なくとも一つの金属(ii)から構成し,リチウム以
外の物質に対して電気化学的に不活性となる金属との複合体とすることで,電池反
応中における活物質の不要な分解や不要な酸化膜の形成を抑制し,良好な性能の充
放電反応を得るという技術的思想
b乙11発明
⒜乙11公報の記載
乙11公報には,乙11発明に関して,おおむね,次のとおり記載されている。
【請求項1】リチウム含有遷移金属化合物である正極材料を含有する層を少なく
とも一層有するシート状正極,リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極材料を含有
する層を少なくとも一層有するシート状負極,およびリチウム塩を含む非水電解質
よりなる非水二次電池において,該負極シートが負極材料を有機溶剤中に分散させ
てなる分散液を集電体上に塗布,乾燥することで得られたものであり,かつ電池組
立前または/および電池内で電気化学的にリチウムイオンを負極材料に予め挿入し
たことを特徴とする非水二次電池。
【0017】本発明に用いられる負極材料はリチウムを吸蔵・放出可能な酸化物
またはカルコゲン化物である。…該負極材料がPb,Sn,GeまたはSiから選
ばれる少なくとも一種の元素を主体とする酸化物またはカルコゲン化物であること
が好ましい。
【0018】【0019】例えば,…SnO,SnO2…などが挙げられる。…ま
た,これらの化合物に遷移金属が含まれていてもよく,例えば…SnCoO2,Sn
CoO3…等を挙げることができる。…
【0020】上記の複合酸化物または複合カルコゲン化物は電池組み込み時に主
として非晶質であることが好ましい。ここで言う主として非晶質とはCuKα線を
用いたX線回折法で2θ値で20°から40°に頂点を有するブロードな散乱帯を
有する物であり,結晶性の回折線を有してもよい。好ましくは2θ値で40°以上
70°以下に見られる結晶性の回折線の内最も強い強度が,2θ値で20°以上4
0°以下に見られるブロードな散乱帯の頂点の回折線強度の500倍以下であるこ
とが好ましく,さらに好ましくは100倍以下であり,特に好ましくは5倍以下で
あり,最も好ましくは結晶性の回折線を有さないことである。
【0063】本発明の電池においては,上記の化学材料や電池構成部品の好まし
いものを組み合わせて構成することが好ましい。即ち,…負極材料としては,リチ
ウム金属,リチウム合金(Li-Al),炭素質化合物,酸化物(…SnO2,S
nO,…),硫化物(…)などを含む少なくとも1種の化合物を用いることが好ま
しい。…
⒝乙11発明の認定
乙11公報の【請求項1】【0017】ないし【0020】によれば,乙11公
報には,次のとおり乙11発明が記載されているものと認められる。
「リチウム含有遷移金属化合物である正極材料を含有する層を少なくとも一層有
するシート状正極,リチウムイオンを吸蔵・放出可能な負極材料を含有する層を少
なくとも一層有するシート状負極,およびリチウム塩を含む非水電解質よりなる非
水二次電池において,該負極シートが負極材料を有機溶剤中に分散させてなる分散
液を集電体上に塗布,乾燥することで得られたものであり,かつ電池組立前若しく
は電池内で,又は電池組立前及び電池内で電気化学的にリチウムイオンを負極材料
に予め挿入したこと,/負極材料はリチウムを吸蔵・放出可能な酸化物またはカル
コゲン化物であって,SnCoO2,SnCoO3等が挙げられること,/複合酸化
物または複合カルコゲン化物は電池組み込み時に主として非晶質であることが好ま
しいこと,/非晶質とはCuKα線を用いたX線回折法で2θ値で20°から4
0°に頂点を有するブロードな散乱帯を有する物で,好ましくは2θ値で40°以
上70°以下に見られる結晶性の回折線の内最も強い強度が,2θ値で20°以上
40°以下に見られるブロードな散乱帯の頂点の回折線強度の500倍以下である
ことが好ましいこと,/からなる非水二次電池。」
⒞乙11発明の技術的思想
課題,解決手段及び効果(【0001】~【0007】【0073】)から把握
されるところの,乙11発明の技術的思想は,下記のとおりである。

リチウムイオン二次電池において,電極シートを作成する際に用いる溶媒に水を
用いた場合には,高電流充放電特性が劣り,充放電サイクル寿命が短く,特に,負
極材料としてリチウムイオンの吸蔵能力の高いSn酸化物を用いた場合にはその影
響が大きいという課題に対し,リチウムイオンを吸蔵放出可能な非晶質である複合
酸化物又は複合カルコゲン化物(SnCoO2,SnCoO3)を含む塗布液を有機
溶剤に分散させて集電体上に塗布,乾燥することにより負極シートを作製し,負極
シートの塗布液の調製に有機溶剤を用いることで,塗膜に物理的な強度を付与し,
充放電の繰り返しにより負極材料の構造崩壊を抑制するという推測のもと,優れた
高電流適性,優れた充放電サイクル特性を得るという技術的思想。
c本件発明2-3-②(請求項2)に特有の技術的思想
⒜負極活物質の非晶質化
負極活物質の非晶質化に関する本件発明2-3-②(請求項2)の技術的思想と
乙11発明の技術的思想を比較するに,本件発明2-3-②(請求項2)は,非晶
質化の程度を回折角2θに対する回折強度を示したⅩ線回折チャートでは最大回折
強度のピークの半価幅が0.48度以上とするのに対し,乙11発明は,単に非晶
質とする点で相違する。
しかし,本件明細書等2-3-②には,「図12に,実施例17における,各二
次電池の半価幅と電池放電容量の関係を示した…。この結果より,半価幅が0.4
8度以上でほぼ一定になることがわかった。したがって活物質の半価幅としては0.
48度以上が良いことがわかった。また,0.25から0.48度の間でも結晶質
の場合の半価幅0.17度の時に比べて放電容量が増加していることがわかり,メ
カニカルグラインディング条件がマイルドであまり非晶質が進んでいなくても,結
晶質の活物質をそのまま用いるよりは放電容量の増加に効果があることがわかっ
た。」と記載されている(【0209】。図12は,別紙図表目録本件明細書等2
-3-②のとおり。)。そうすると,本件発明2-3-②(請求項2)において,
半価幅を0.48度以上としたことに臨界的意義があるということはできない。
そして,乙11公報には,負極活物質の非晶質化の程度について「ここで言う主
として非晶質とはCuKα線を用いたX線回折法で2θ値で20°から40°に頂
点を有するブロードな散乱帯を有する物であり,結晶性の回折線を有してもよい。
好ましくは2θ値で40°以上70°以下に見られる結晶性の回折線の内最も強い
強度が,2θ値で20°以上40°以下に見られるブロードな散乱帯の頂点の回折
線強度の500倍以下であることが好ましく,さらに好ましくは100倍以下であ
り,特に好ましくは5倍以下であり,最も好ましくは結晶性の回折線を有さないこ
とである。」と記載されている(【0020】)。乙11発明の技術的思想には,
非晶質化の程度が大きいほど好ましいという点を含むものである。
このように,非晶質化の程度が大きいほど好ましいという乙11発明の技術的思
想を参酌した場合,本件発明2-3-②(請求項2)において半価幅を0.48度
以上としたことに臨界的意義があるとはいえない以上,負極活物質の非晶質化に関
する本件発明2-3-②(請求項2)の技術的思想が,従来技術に見られない特有
のものということはできない。
⒝負極活物質の構成
負極活物質の構成に関する本件発明2-3-②(請求項2)の技術的思想と乙1
1発明の技術的思想を比較するに,本件発明2-3-②(請求項2)は,負極活物
質を,コバルト,ニッケル,マンガン,鉄から成る群から選択される少なくとも一
つの元素(ⅰ)と,リチウム電池の充電/放電反応時負極のリチウム以外の物質に
電気化学的に不活性で貴な標準電極電位を有する少なくとも一つの金属(ii)か
ら構成するのに対し,乙11発明においては,複合酸化物又は複合カルコゲン化物
(SnCoO2,SnCoO3)から構成される。
この点,まず,本件明細書2-3-②の記載(【0026】【0028】【00
32】【0042】)によれば,本件発明2-3-②(請求項2)の負極活物質は,
遷移金属であるCoとSnの化合物であって,酸化物を含むものである。したがっ
て,乙11発明における負極活物質の構成(SnCoO2,SnCoO3)は,本件
発明2-3-②(請求項2)における負極活物質の構成に含まれている。
そして,本件発明2-3-②(請求項2)の課題,解決手段及び効果からすれば,
本件発明2-3-②(請求項2)において,負極活物質を構成する元素について,
Coと特定せずに,「コバルト,ニッケル,マンガン,鉄から成る群から選択され
る少なくとも一つの元素(ⅰ)」と特定したことに技術的意義を見出すことはでき
ない。また,本件発明2-3-②(請求項2)において,負極活物質を,2つ以上
の元素の複合体としたことや,その組合せについても,「複合化することが好まし
い」(【0024】),「適宜選択」(【0042】)とするのみであるから,そ
こに技術的意義を見出すことはできない。したがって,負極活物質を構成する元素
について,Coと特定せずに,「コバルト,ニッケル,マンガン,鉄から成る群か
ら選択される少なくとも一つの元素(ⅰ)」と特定した本件発明2-3-②(請求
項2)の構成は,従来技術に見られない特有のものということはできない。
一方,本件発明2-3-②(請求項2)の課題,解決手段及び効果からすれば,
本件発明2-3-②(請求項2)において,負極活物質を構成する金属について,
リチウム電池の充電/放電反応時負極のリチウム以外の物質に電気化学的に不活性
で貴な標準電極電位を有する少なくとも一つの金属(ii)と特定した点は,「電
池反応中における活物質の不要な分解や不要な酸化膜の形成が抑制され,良好な性
能の充放電反応がなされる」(【0039】)という技術的意義を有するものであ
る。そして,乙11発明は,負極活物質を構成する金属としてSnを採用するもの
の,そこにこのような技術的意義は認められない。したがって,負極活物質を構成
する金属について,上記金属(ⅰⅰ)である旨特定した本件発明2-3-②(請求
項2)の構成は,従来技術に見られない特有のものということができる。
d以上によれば,本件発明2-3-②(請求項2)の特許請求の範囲の記載の
うち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する部分は,負極活物質を,
「リチウム電池の充電/放電反応時負極のリチウム以外の物質に電気化学的に不活
性で貴な標準電極電位を有する少なくとも一つの金属(ii)」から成る複合体と
した点にあるから,この点をもって,本件発明2-3-②(請求項2)が従来技術
と比較して技術的優位性を有する特徴的部分ということができる。
(イ)本件発明2-3-②(請求項2)が従来技術と比較して技術的優位性を有
する特徴的部分の利用
a本件発明2-3-②(請求項2)が従来技術と比較して技術的優位性を有す
る特徴的部分は,負極活物質を「リチウム電池の充電/放電反応時負極のリチウム
以外の物質に電気化学的に不活性で貴な標準電極電位を有する少なくとも一つの金
属(ii)」から成る複合体とした点にある。
しかし,本件発明2-3-②(請求項2)が従来技術と比較して技術的優位性を
有する特徴的部分を有していたとしても,本件発明2-3-②(請求項2)の実施
品であるNP-FV50が,当該特徴的部分を用いていない場合や,従来技術を利
用するにとどまり当該特徴的部分を用いたものと評価できない場合においては,本
件発明2-3-②(請求項2)がNP-FV50により実施されることによって被
控訴人が利益を受けたということはできない。そこで,以下,NP-FV50が,
当該特徴的部分を用いているか否か,又は用いたものと評価できるか否かについて
検討する。
b金属(ⅰⅰ)
NP-FV50電池の負極活物質(粒子2,Sn合金)は,低結晶性CoSn合
金と低結晶性無機炭素材料の複合体からなるバルク部の中に,CoSn合金結晶の
粒状部が点在する構造であり(甲97の1ないし3報告書),「リチウム電池の充
電/放電反応時負極のリチウム以外の物質に電気化学的に不活性で貴な標準電極電
位を有する少なくとも一つの金属(ii)」として,Snを用いるものである。
ここで,乙11発明は,負極活物質を構成する金属としてSnを採用するもので
ある。
そうすると,上記金属(ⅰⅰ)の点において,NP-FV50電池は,従来技術
である乙11発明を利用するにとどまるものであるから,負極活物質を「リチウム
電池の充電/放電反応時負極のリチウム以外の物質に電気化学的に不活性で貴な標
準電極電位を有する少なくとも一つの金属(ii)」から成る複合体にするとの本
件発明2-3-②(請求項2)の特徴的部分を用いたものと評価することはできな
い。
cしたがって,NP-FV50電池は,本件発明2-3-②(請求項2)が従
来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的部分を用いたものとは評価できない
というべきである。
(ウ)控訴人の主張について
a控訴人は,乙11発明において,負極活物質に用いられているのは「酸化物
またはカルコゲン化物」であって金属に該当しないから,本件発明2-3-②(請
求項2)にいう金属(ⅰⅰ)に該当しない旨主張するものと解される。
しかし,本件発明2-3-②(請求項2)の構成要件dは,負極活物質が,元素
(i)と金属(ii)から成る複合体とするものであって,負極活物質が金属であ
ると特定するものではない。そして,本件明細書等2-3-②では,負極活物質に
ついて(【0042】),「出発物質としての結晶性材料としては,上記コバルト
…から選択される一種類以上の元素を含有する材料であって…好ましくは…遷移金
属化合物,より好ましくは遷移金属の酸化物…が用いられる。」(【0026】),
この材料と好適に複合化される材料としては,前者の材料とは「異なる元素構成,
組成の材料であって,金属,炭素材料,金属を含む化合物等を用いることができる。」
(【0028】)と記載されていることからすれば,負極活物質の複合体は金属元
素を含めば足りるものということができる。乙11発明における負極活物質の構成,
すなわち複合酸化物又は複合カルコゲン化物(SnCoO2,SnCoO3)は,本
件発明2-3-②(請求項2)における負極活物質の構成に含まれるものである。
b控訴人は,乙11発明は,金属を非晶質化及び複合化して負極に用いること
によって,高エネルギー密度と長寿命を両立するという本件発明2-3-②(請求
項2)の技術的特徴を備えていないと主張する。
しかし,乙11発明は,優れた高電流適性,優れた充放電サイクル特性を得るた
めのものである。そして,負極シートの塗布液の調製に有機溶剤を用いる点に乙1
1発明の技術的特徴があったとしても,乙11公報には,負極活物質は非晶質であ
ることが好ましいこと(【0020】),SnCoO2,SnCoO3等の遷移金属
が含まれていてもよいことや,化学材料の好ましいものを組み合わせて構成するこ
とが好ましいこと(【0019】【0063】)が記載されている。したがって,
乙11発明には,金属を非晶質化及び複合化して負極に用いることによって,高エ
ネルギー密度と長寿命を両立するという技術的思想が含まれているということがで
きる。乙11発明が,本件発明2-3-②(請求項2)が金属の非晶質化及び複合
化に関して有する技術的特徴を備えていないということはできない。
c控訴人は,本件発明2-3-②(請求項2)の技術的特徴は,半価幅につい
て0.48度以上にするとの下限値を示した点にあると主張する。
しかし,前記のとおり,乙11発明には,非晶質化の程度が大きいほど好ましい
という技術的思想を有するものであり,また,本件発明2-3-②(請求項2)に
おいて半価幅を0.48度以上としたことに臨界的意義があるとはいえない。した
がって,負極活物質の非晶質化に関する本件発明2-3-②(請求項2)の技術的
思想は,半価幅の下限値を示した点も含めて,従来技術に見られない特有のものと
いうことはできない。
(エ)本件発明2-3-②(請求項9)について
本件発明2-3-②(請求項2)と同様に,本件発明2-3-②(請求項9)は,
負極活物質を,Co,Ni,Sn,Pb,Ag,Cu,Auから選択される「リチ
ウム電池の充電/放電反応時負極のリチウム以外の物質に電気化学的に不活性で貴
な標準電極電位を有する少なくとも一つの金属(ii)」から成る複合体とした点
をもって,従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的部分ということができ
る。しかし,この点について,NP-FV50電池は,従来技術である乙11発明
を利用するにとどまるものであるから,かかる特徴的部分を用いたものとは評価で
きないというべきである。
(オ)小括
以上のとおり,NP-FV50電池は,本件発明2-3-②(請求項2)及び本
件発明2-3-②(請求項9)における従来技術と比較して技術的優位性を有する
特徴的部分を用いたものと評価することはできない。
イ争点(2)イ(ケ)(本件発明2-3-③(請求項1),同(請求項6)及び同(請
求項7)の乙11発明に対する技術的優位性欠如の有無)について
(ア)本件発明2-3-③(請求項1)について
本件発明2-3-②(請求項2)と同様に,本件発明2-3-③(請求項1)は,
負極活物質を,「リチウム電池の充電/放電時に利用される活物質のリチウム以外
の物質に電気化学的に不活性である材料」を含むとした点をもって,従来技術と比
較して技術的優位性を有する特徴的部分ということができる。しかし,この点につ
いて,NP-FV50電池は,従来技術である乙11発明を利用するにとどまるも
のであるから,かかる特徴的部分を用いたものとは評価できないというべきである。
(イ)本件発明2-3-③(請求項6)について
本件発明2-3-②(請求項2)と同様に,本件発明2-3-③(請求項6)は,
負極活物質を,「リチウム電池の充電/放電時に利用される活物質のリチウム以外
の物質に電気化学的に不活性である材料」かつ「電気化学反応により生成されるリ
チウムと合金化する,アルミニウム,マグネシウム,鉛,カリウム,ナトリウム,
カルシウム,ストロンチウム,バリウム,シリコン,ゲルマニウム,スズ,インジ
ウムから選択される少なくとも一つの元素を含む金属材料」を含むとした点をもっ
て,従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的部分ということができる。し
かし,この点について,NP-FV50電池は,従来技術である乙11発明を利用
するにとどまるものであるから,かかる特徴的部分を用いたものとは評価できない
というべきである。
(ウ)本件発明2-3-③(請求項7)について
本件発明2-3-②(請求項2)と同様に,本件発明2-3-③(請求項7)は,
負極活物質を,「リチウム電池の充電/放電時に利用される活物質のリチウム以外
の物質に電気化学的に不活性である材料」を含むとした点をもって,従来技術と比
較して技術的優位性を有する特徴的部分ということができる。しかし,この点につ
いて,NP-FV50電池は,従来技術である乙11発明を利用するにとどまるも
のであるから,かかる特徴的部分を用いたものとは評価できないというべきである。
(エ)小括
以上のとおり,NP-FV50電池は,本件発明2-3-③(請求項1)ないし
本件発明2-3-③(請求項7)における従来技術と比較して技術的優位性を有す
る特徴的部分を用いたものと評価することはできない。
ウ争点(2)イ(サ)(本件発明2-3-⑤の乙11発明に対する技術的優位性欠如
の有無)について
本件発明2-3-⑤の構成要件は,本件発明2-3-②(請求項2)と同じであ
る。また,本件明細書等2-3-⑤の記載内容は,本件明細書等2-3-②の記載
内容と同じである。
そうすると,NP-FV50電池は,本件発明2-3-⑤における従来技術と比
較して技術的優位性を有する特徴的部分を用いたものと評価することはできない。
(3)本件発明2-3-①ないし本件発明2-3-⑤について特許を受ける権利
を承継させたことに対する相当の対価
控訴人は,被控訴人は,ソニーが平成17年から平成24年にかけて本件発明2
-3-①ないし本件発明2-3-⑤の実施品であるNexelion電池を生産使
用譲渡等したことにより独占の利益を得たとして,本件発明2-3-①ないし本件
発明2-3-⑤について特許を受ける権利を承継させたことに対する相当の対価の
支払を求める。
しかし,NP-FV50電池は,本件発明2-3-①,本件発明2-3-④(請
求項5),本件発明2-3-④(請求項9)及び本件発明2-3-④(請求項11)
の実施品ではない。
また,NP-FV50電池は,本件発明2-3-②(請求項2),本件発明2-3
-②(請求項9),本件発明2-3-③(請求項1),本件発明2-3-③(請求項
6),本件発明2-3-③(請求項7)及び本件発明2-3-⑤の実施品であると認
められるものの,これらの発明における従来技術と比較して技術的優位性を有する
特徴的部分を用いたものと評価することはできない。したがって,仮に,ソニーが
本件発明2-3-②(請求項2),本件発明2-3-②(請求項9),本件発明2-
3-③(請求項1),本件発明2-3-③(請求項6),本件発明2-3-③(請求
項7)及び本件発明2-3-⑤の実施品であるNP-FV50電池を生産使用譲渡
等したことにより被控訴人が利益を得ていたとしても,これらの発明により被控訴
人が受けるべき利益は存しない,又はその利益の額は微々たるものというべきであ
る。
さらに,NP-FV50電池以外のNexelion電池が,本件発明2-3-
①ないし本件発明2-3-⑤の実施品であることを認めるに足りる証拠はない。
そうすると,控訴人が被控訴人に本件発明2-3-①ないし本件発明2-3-⑤
について特許を受ける権利を承継させたことに対する相当の対価は存しない,又は
その額は既払額を超えるものではないというべきである。
6本件発明2-4-①ないし本件発明2-4-⑤(請求項44)により被控訴
人が受けるべき利益の額
控訴人の主張に沿って,まず,ソニーが本件発明2-4-①ないし本件発明2-
4-⑤(請求項44)を実施していたか否か,また,これを前提として,被控訴人
が上記各発明に関する独占権に基づく利益を受けたといえるか否かについて検討す
る。
(1)争点(2)ア(エ)(本件発明2-4-①ないし2-4-⑤(請求項44)の実
施の有無)について
ア本件発明2-4-①の実施の有無
(ア)構成要件b
a構成要件bの意義
構成要件bは,「前記電極材料層の空隙率が0.10~0.86の範囲内にあり,」
というものである。
bNP-FV50電池の構成要件bの充足性の有無
乙229報告書には,NP-FV50電池の電極材料層をSEMで計測したとこ
ろ,測定した20箇所全てにおいて,その空隙率は10%未満であった旨記載があ
る。そして,同報告書の信用性を疑わせるに足りる証拠もないから,NP-FV5
0電池の電極材料層の空隙率は10%未満であると認められる。
一方,NP-FV50電池の負極にはSnが含まれるところ(甲23の1報告書
(29頁),甲97の2報告書,乙207報告書),Snは水銀と合金(アマルガ
ム)を形成するから(乙29,30),NP-FV50電池の電極材料層の空隙率
の測定に水銀圧入法を用いた場合,その測定結果は実際の空隙率よりも高くなる可
能性がある。そうすると,NP-FV50電池の空隙率が水銀圧入法により18%
であったとする測定結果(甲21報告書の別紙17頁)は採用できない。
したがって,NP-FV50電池は,構成要件bを充足しない。
(イ)以上のとおり,NP-FV50電池は,本件発明2-4-①の構成要件b
を充足しないから,本件発明2-4-①の実施品であるとは認められない。
イ本件発明2-4-②(請求項1)の実施の有無
構成要件cは,電極材料層について,「0.10から0.86の空隙率を有し,」
というものである。一方,前記のとおり,NP-FV50電池の電極材料層の空隙
率は10%未満であると認められる。
したがって,NP-FV50電池は,本件発明2-4-②(請求項1)の構成要
件cを充足しないから,本件発明2-4-②(請求項1)の実施品であるとは認め
られない。
ウ本件発明2-4-②(請求項40)の実施の有無
構成要件dは,負極電極層について,「0.10から0.86の空隙率を有し,
1.00~6.65g/cm3
範囲の密度を有し,」というものである。一方,前記
のとおり,NP-FV50電池の電極材料層の空隙率は10%未満であると認めら
れる。
したがって,NP-FV50電池は,本件発明2-4-②(請求項40)の構成
要件dを充足しないから,本件発明2-4-②(請求項40)の実施品であるとは
認められない。
エ本件発明2-4-③の実施の有無
構成要件cは,電極材料層について,「0.10~0.86の空隙率を有し,」
というものである。一方,前記のとおり,NP-FV50電池の電極材料層の空隙
率は10%未満であると認められる。
したがって,NP-FV50電池は,本件発明2-4-③の構成要件cを充足し
ないから,本件発明2-4-③の実施品であるとは認められない。
オ本件発明2-4-④の実施の有無
構成要件cは,電極材料層について,「0.10~0.86の空隙率を有する。」
というものである。一方,前記のとおり,NP-FV50電池の電極材料層の空隙
率は10%未満であると認められる。
したがって,NP-FV50電池は,本件発明2-4-④の構成要件cを充足し
ないから,本件発明2-4-④の実施品であるとは認められない。
カ本件発明2-4-⑤(請求項1)の実施の有無
(ア)構成要件b
a構成要件bの意義
⒜特許請求の範囲の記載
構成要件bは,「前記電極材料層が,平均粒径0.5~60μmで,シリコン,
ゲルマニウム,スズ,鉛,インジウム,マグネシウム,亜鉛から成る群から選択さ
れる一つ以上の元素から構成されている粒子状の主母材を35重量%以上含む。」
というものである。
電極材料層に含まれる「主母材」について,「平均粒径0.5~60μm」の粒
子状であって,Si,Ge,Sn,Pb,In,Mg,Znから成る「群から選択
される一つ以上の元素から構成され」,電極材料層の「35重量%以上」を占める
旨特定する。
もっとも,特許請求の範囲の記載からは,「主母材」が,「群から選択される」
「元素」のみから構成されるのか,それ以外の元素も含み得るのかについて,これ
らの元素の結合形態にも関連して,必ずしも明らかではない。
⒝本件明細書等2-4-⑤の記載
本件明細書等2-4-⑤には,「主母材」について,「電気材料層102は,平
均粒径が0.5~60μmの範囲の粒子を該層の35重量%以上を占める主母材と
して含有する」と記載されている(【0035】)。特定の大きさの粒子が,特定
の割合を占めることのみをもって「主母材」と表現されており,【0035】にお
いては,ほかの構成には着目されていない。
そして,本件明細書等2-4-⑤には,主母材に用いる具体的な材料について,
例えば,Si,Ge,Sn,Pb,In,Mg,Znから選択される一種類以上の
元素から構成される材料を挙げ,さらに,「それらの合金,複合材料を含む」旨記
載されている(【0036】)。「主母材」の構成について,Sn等の特定の元素
だけではなく,当該元素との合金及び複合材料も含まれることが前提となっている。
⒞以上のとおり,特許請求の範囲の記載及び本件明細書等2-4-⑤の記載を
総合すれば,構成要件bは,電極材料層に含まれる「主母材」について,「平均粒
径0.5~60μm」の粒子状であって,Si,Ge,Sn,Pb,In,Mg,
Znから成る「群から選択される一つ以上の元素」及び当該元素との合金又は複合
材料から構成され,電極材料層の「35重量%以上」を占める旨特定するものとい
うことができる。
bNP-FV50電池の構成要件bの充足性の有無
NP-FV50電池の負極は,Co,Sn,C,P,Tiのほか,O,Fe,F,
Al,Siを可能性として含む元素から成り(甲23の1報告書の29頁,甲97
の2報告書,乙207報告書),さらに,C,O,Sn,Co,Ti,Fe,F,
P,Al,Siで構成された「Sn-Co合金粒子(粒子2)」と,C,Oで構成
された「黒鉛粒子(粒子1)」から成る(甲23の1報告書の29頁,甲97の2
報告書,乙207報告書)。「黒鉛粒子(粒子1)」は,Si,Ge,Sn,Pb,
In,Mg,Znを含まないから,「主母材」には該当しない。一方,「Sn-C
o合金粒子(粒子2)」は,Sn,Siを含むから,当該箇所が「主母材」に該当
し得る。なお,控訴人は,主位的に「主母材」にはCが含まれないと主張するが,
Cを含む「Sn-Co合金粒子(粒子2)」をもって,「主母材」に該当するか否
か判断すべきであるから,同主張は採用できない。
このように,「Sn-Co合金粒子(粒子2)」が「主母材」に該当するところ,
NP-FV50電池の負極の電極材料層の一部を構成するから,これと,負極の電
極材料層の全部(「Sn-Co合金粒子(粒子2)」及び「黒鉛粒子(粒子1)」)
との重量%を比較する。電極材料層の粒子のSEM拡大図によれば,電極材料層に
おいて,Sn-Co合金粒子(粒子2)が占める体積割合は,黒鉛粒子(粒子1)
が占める体積割合よりも大きいことは明らかである(甲23の1報告書の29頁,
甲97の2報告書)。また,各粒子に占める元素1個当たりの質量及びその元素が
占める割合を考慮して,Sn-Co合金粒子(粒子2)と黒鉛粒子(粒子1)の体
積当たりの重量を比べれば,前者の方が体積当たりの重量が大きいことも明らかで
ある。そうすると,「Sn-Co合金粒子(粒子2)」の,電極材料層の全部(「S
n-Co合金粒子(粒子2)」及び「黒鉛粒子(粒子1)」)に対する重量%が3
5重量%以上であることは優に認められる。
さらに,甲23の1報告書の図38及び図39によれば,NP-FV50電池の
「Sn-Co合金粒子(粒子2)」の平均粒子径は約1~10μmの範囲内にある
と認められる。したがって,「Sn-Co合金粒子(粒子2)」は,「平均粒径0.
5~60μm」の粒子状であると認められる。
このように,NP-FV50電池の「Sn-Co合金粒子(粒子2)」は,構成
要件bの各構成を充たす「主母材」ということができるから,NP-FV50電池
は,構成要件bを充足する。
(イ)構成要件a
構成要件aは,「対向する面を有する板状の集電体の少なくとも一つの面に電極
材料層が形成された電極構造体において,」というものである。NP-50V電池
が構成要件aを充足することは明らかである(甲23の1報告書)。
(ウ)以上のとおり,NP-FV50電池は,本件発明2-4-⑤(請求項1)
の構成要件を全て充足するから,本件発明2-4-⑤(請求項1)の実施品である
と認められる。
キ本件発明2-4-⑤(請求項44)の実施の有無
(ア)構成要件a
構成要件aは,「少なくとも負極,正極,電解質から成り,活物質の酸化還元反
応を利用して充放電を行う再充電可能な電池において,」というものである。NP
-FV50電池が,「負極,正極,電解質から成」ること,「活物質の酸化還元反
応を利用して充放電を行う再充電可能な電池」であることは明らかである(甲65
論文)。したがって,NP-50V電池は構成要件aを充足する。
(イ)構成要件b
構成要件bは,「前記負極が,対向する面を有する板状の集電体とその集電体の
少なくとも片面に形成された電極材料層から構成され,」というものである。NP
-50V電池が構成要件bを充足することは明らかである(甲23の1報告書)。
(ウ)構成要件c
構成要件cは,「前記電極層は,平均粒径0.5~60ミクロンの粒子状主母材
を35重量%以上含み,前記粒子状主母材は,シリコン,ゲルマニウム,錫,鉛,
マグネシウム,及び亜鉛からなる群から選択される一つ以上の元素から構成される。」
というものである。
本件発明2-4-5(請求項1)と同様に,構成要件cは,電極材料層に含まれ
る「主母材」について,「平均粒径0.5~60ミクロン」の粒子状であって,S
i,Ge,Sn,Pb,Mg,Znから成る「群から選択される一つ以上の元素」
及び当該元素との合金又は複合材料から構成され,電極材料層の「35重量%以上」
を占める旨特定するものということができる。そして,NP-FV50電池の「S
n-Co合金粒子(粒子2)」は,構成要件cの各構成を充たす「主母材」という
ことができるから,NP-FV50電池は,構成要件cを充足する。
(エ)以上のとおり,NP-FV50電池は,本件発明2-4-⑤(請求項44)
の構成要件を全て充足するから,本件発明2-4-⑤(請求項44)の実施品であ
ると認められる。
ク小括
以上によれば,NP-FV50電池は,本件発明2-4-⑤(請求項1)及び本
件発明2-4-⑤(請求項44)の実施品であると認められる。一方,NP-FV
50電池は,本件発明2-4-①,本件発明2-4-②(請求項1),本件発明2
-4-②(請求項40),本件発明2-4-③及び本件発明2-4-④の実施品で
あるとは認められない。
(2)本件発明2-4-⑤(請求項1)及び本件発明2-4-⑤(請求項44)の
技術的優位性
ア争点(2)イ(セ)(本件発明2-4-⑤(請求項1)及び同(請求項44)の乙
16発明に対する技術的優位性欠如の有無)について
(ア)本件発明2-4-⑤(請求項1)が従来技術と比較して技術的優位性を有
する特徴的部分
本件発明2-4-⑤(請求項1)により被控訴人が受けるべき利益は,同発明が
従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的部分から生じるものである。そこ
で,本件発明2-4-⑤(請求項1)の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に
見られない特有の技術的思想を構成する部分が存するかについて検討する。
a本件発明2-4-⑤(請求項1)
⒜本件明細書等2-4-⑤の記載
本件明細書等2-4-⑤には,本件発明2-4-⑤(請求項1)について,おお
むね次のとおり記載されている。
【0010】…上記合金材料を負極として用いた二次電池では,充電時のリチウ
ムとの合金化による体積膨張,放出時に収縮が起こり,この体積変化が大きく,電
極が歪みを受けて亀裂が入る。そして,充放電サイクルを繰り返すと微粉化が起こ
り,電極のインピーダンスが上昇し,電池サイクル寿命の低下を招くという問題が
ある…。
【0018】本発明は,…特にリチウム又は亜鉛からなる負極活物質を用いた二
次電池に有用な電極構造体,サイクル寿命が長い,高エネルギー密度の二次電池を
提供することを目的とする。
【0021】…板状の集電体一方の面又は両面に,粒子形状を制御し平均粒径を
0.5~60μmとした主材の粒子からなり,該主材35重量%以上含有する層(電
極材料層)を有する電極構造体を作製し,該電極構造体を,特にリチウム又は亜鉛
の酸化還元反応を利用した二次電池の負極として用い,高容量,高エネルギー密度,
及びサイクル寿命の長い二次電池が実現できることを見出した。
【0024】本発明の電極構造体は,上記のように平板状の集電体上に粒径の制
御のなされた粒子からなる層(電極材料層)を形成したものであり,該層は広い面
積に亘って相対的に凹凸の少ない均一な層となり,且つ二次電池の電極として用い
た際に電極材料層内で電池反応の生じる主材部分の表面積が大きくなる。こうして,
…負極の電極材料層の表面積あたりの電流密度を低下させることができ,負極にお
ける表面積あたりの電気化学反応がゆるやかに且つ,均一に進行させることが可能
となる。ひいては,充放電反応での電極材料層における活物質の出入りによる体積
膨張収縮の割合を小さくできるので,充放電効率も向上し電池容量が増し,負極の
寿命すなわち電池全体の寿命が延びることになる。
【0035】〔主材粒子101及び層102〕電極構造体10において実際の電
気化学反応が生じる層(電極材料層)102…を構成する主材としては,バルクの
20℃の比抵抗(電気抵抗率)が好ましくは1×10-6
~1×100
Ω・cmの範囲
である材料,特に好ましくは,1×10-5
~1×10-1
Ω・cmの範囲にある材料
を用いる。…
【0036】主材粒子101に用いる具体的な材料としては,例えばリチウムも
しくは亜鉛の酸化還元反応を利用した充放電反応を有効に行う二次電池用の負極を
構成する材料として,珪素,ゲルマニウム,スズ,鉛,インジウム,マグネシウム,
亜鉛,から選択される一種類以上の元素から構成される材料(それらの合金,複合
材料を含む)を使用する。…
【0065】図5(判決注:別紙図表目録本件明細書等2-4-⑤のとおり。)
に示す結果より,平均粒径が0.5μmよりも小さい場合には,充放電サイクル寿
命が著しく低下する。これは,粒子径が小さいと,金属スズ,或いはスズ合金の密
度が大きくなり,層中の空隙が小さくなり,充放電サイクル時に,亀裂が発生して,
集電体からの剥がれが起こるからと推定される。
【0066】一方,平均粒径が60μmよりも大きい場合には,充放電クーロン
効率が低下し,寿命も低下する。これは,粒子径が大きくなると,表面の凹凸が大
きくなり,凸部への電解が集中し,充電時にリチウムのデンドライト成長が生じ易
くなるためと推定される。
【0447】【発明の効果】以上説明したように,本発明によれば,リチウムの
酸化還元反応を利用した二次電池又は亜鉛の酸化還元反応を利用した二次電池にお
いて,負極が充放電サイクルを繰り返すと微粉化するという問題を解決でき,…。
ひいては,サイクル寿命の長い,高容量,高エネルギー密度のリチウムイオンの酸
化還元反応を利用した二次電池を提供することができる。
⒝本件発明2-4-⑤(請求項1)の技術的思想
課題,解決手段及び効果から把握されるところの,本件発明2-4-⑤(請求項
1)の技術的思想は,下記のとおりである(【請求項1】,前記⒜に摘記した本件
明細書等2-4-⑤の記載事項)。

二次電池において,負極が充放電により膨張,収縮し,微粉化がおこり,電池サ
イクル寿命が低下するという課題に対し,①電極材料層に含まれる主母材の平均粒
径を0.5~60μmとすることで,電極材料層の凸凹を少なくするとともに,電
池反応の生じる主母材の表面積を大きくして,体積の膨張収縮を小さくするととも
に,②主母材を,Si,Ge,Sn,Pb,In,Mg,Znから選択される一種
類以上の元素から構成される材料とし,③電極材料層に対する主母材の割合を35
重量%以上として,負極が充放電サイクルを繰り返すと微粉化するという問題を解
決するという技術的思想。
b乙16発明
⒜乙16公報の記載
乙16公報には,乙16発明に関して,おおむね,次のとおり記載されている。
【請求項1】アルカリ金属イオンを含む非水系電解液,該電解液中のアルカリ金
属イオンを可逆的に吸蔵放出する正極,アルカリ金属を含む合金を活物質とする負
極によって構成される非水系二次電池において,前記負極が20~35%の範囲内
の気孔率を有する粉末成形体よりなることを特徴とする非水系二次電池。
【0007】…リチウム合金を負極材として利用する場合,充放電に伴ってリチ
ウム合金の体積が膨張収縮し合金内部に応力が生じるため,これらを繰り返し行っ
た場合,リチウム合金が崩壊するためであることが分かった。
【0008】負極の崩壊は電極の体積変化に起因し,電池性能の低下をまねく原
因となるので,電極崩壊を抑えることが長寿命の非水系二次電池を作製するための
課題となっている。
【0009】従って本発明の目的は,充放電の繰り返しサイクル寿命の長い負極
を備えた,長寿命の非水系二次電池を提供することにある。
【0012】アルカリ金属を含む合金の粉末及びAl,Cd,In,Sn,Pb,
Biから選ばれた少なくとも一種類以上の粉末の混合物から負極を構成し,その負
極の気孔率を20~35%の範囲内としてもよい。
【0015】【作用】電極劣化の原因となる合金の崩壊を抑えるためには,充放
電時における合金の体積変化を吸収できるように電極構造を最適化する必要がある。
具体的には,活物質として微細な合金粒子を用い,成型した電極内に適度の空隙を
設けることによって,合金粒子の膨張収縮に応じて空隙が縮小拡大し合金内に生じ
る応力を緩和する。即ち,電極のマクロ構造に弾性をもたせることが望ましい。合
金粒子の粒径は,45μm以下であることが望ましい。
【0016】…リチウムイオンが電極内部に容易に拡散していくためには,電極
内に電解液が十分浸透するための空隙が不可欠である。また,電極内に適度の空隙
が存在することによって,電極の有効面積が増大し電極特性の向上が期待できる。
電極内に電解液が十分浸透しない場合には,電極の表面近傍の活物質のみが利用さ
れ電極が急速に劣化する。
【0017】一方で,電極内部に必要以上の空隙を設けることは,電池の高エネ
ルギー密度化に反するものであり,合金粒子間の電気的抵抗を増加させる原因とな
るので,電極の空隙量を特定の範囲にする必要がある。…
【0018】気孔率20~35%の範囲では,活物質間の電気的接触が良好に保
持されるので電気的抵抗が低く抑えられ,充放電における電極活物質の膨張収縮を
緩和し,活物質の崩壊を抑制するので優れた充放電サイクル特性を示し,電極寿命
が向上する。同時に,電極内部まで電解液が十分に浸透するので,電極の有効面積
が増大し,電池容量の増加に寄与する。
【0019】Al,Cd,In,Sn,Pb,Biから選ばれた粉末をそれぞれ
Li-Pb合金粉末に添加した負極材を用い,加圧成型し負極を作製した場合には,
気孔率が20~35%の範囲で良好なサイクル特性を得た。
【0020】また,Al,Cd,In,Sn,Pb,Biから選ばれた粉末の加
圧成型体に,電気化学的にリチウムを吸蔵させて電極を作製した場合でも気孔率2
0~30%の範囲で優れたサイクル特性を得た。
【0021】【実施例】(実施例1)化学式Li3.5PbのLi-Pbの合金を
乳鉢で粉砕後,篩分けすることにより約45μm以下のLi-Pbの合金粉末を得
た。このLi-Pbの合金粉末90重量%(以下wt%という)に,粒子間の電気
的接触抵抗を減少させるためにアセチレンブラックを8wt%,及び活物質間の結
合を保持するために濃度0.04g/cm3
のエチレンプロピレンゴム(EPM)キ
シレン溶液をEPM量が2wt%となるように添加し,十分混合しペースト状の負
極材を得た。この負極材をエキスパンドメタルの両面に塗布し,全体の厚みが0.
6mmとなるようにした。これを真空乾燥した後,φ15mmのディスク状に切り
出し,1~8ton/cm2
の範囲で加圧し,…負極を作製した。
【0024】(実施例2)Li-Alの合金に関しても実施例1と同様な検討を
行った。
【0025】化学式LiAlのLi-Alの合金を乳鉢で粉砕後,篩分けするこ
とにより約45μm以下のLi-Alの合金粉末を得た。このLi-Alの合金粉
末70wt%に,アセチレンブラック24wt%及び濃度0.04g/cm3
のエチ
レンプロピレンゴム(EPM)キシレン溶液をEPM量が6wt%となるように添
加し,十分混合しペースト状の負極材を得た。この負極材をエキスパンドメタルの
両面に塗布し,全体の厚みが0.6mmとなるようにした。これを真空乾燥した後,
φ15mmのディスク状に切り出し,1~4ton/cm2
の範囲で加圧し,…負極
を作製した。
【0042】【発明の効果】本発明によれば,充放電の繰り返しサイクル寿命の
長い負極を容易に得ることができるので,二次電池の寿命を向上させることができ
る。
⒝乙16発明の認定
乙16公報の【請求項1】【0021】【0025】によれば,乙16公報には,
次のとおり乙16発明が記載されているものと認められる。
「アルカリ金属イオンを含む非水系電解液,該電解液中のアルカリ金属イオンを
可逆的に吸蔵放出する正極,アルカリ金属を含む合金を活物質とする負極によって
構成される非水系二次電池において,/負極は,①約45μm以下のLi-Pbの
合金粉末90wt%に,アセチレンブラックを8wt%及び濃度0.04g/cm3

エチレンプロピレンゴム(EPM)キシレン溶液をEPM量が2wt%となるよう
に添加し,十分混合しペースト状の負極材を得て,真空乾燥した後,作製されたも
の,/又は,②約45μm以下のLi-Alの合金粉末70wt%に,アセチレン
ブラック24wt%及び濃度0.04g/cm3
のエチレンプロピレンゴム(EPM)
キシレン溶液をEPM量が6wt%となるように添加し,十分混合しペースト状の
負極材を得て,真空乾燥した後,作製されたものである,/非水系二次電池。」
⒞乙16発明の技術的思想
課題,解決手段及び効果(【0007】~【0009】【0015】【0042】)
から把握されるところの,乙16発明の技術的思想は,下記のとおりである。

二次電池において,負極が充放電により膨張,収縮し,微粉化がおこり,電池性
能が低下するという課題に対し,負極活物質として,約45μm以下のLiPb合
金粒子を90重量%,又は,約45μm以下のLiAl合金粒子を70重量%を用
いることで,電極崩壊を抑えて,サイクル寿命の長い負極を作製するという技術的
思想。
c本件発明2-4-⑤(請求項1)に特有の技術的思想
⒜負極活物質の粒径
負極活物質の粒径に関する本件発明2-4-⑤(請求項1)の技術的思想と乙1
6発明の技術的思想を比較するに,本件発明2-4-⑤(請求項1)は,負極活物
質に相当する主母材の平均粒径を0.5~60μmとするのに対し,乙16発明は,
負極活物質を約45μm以下の粒子とする点で異なる。
まず,負極活物質の粒径の下限値に関し,乙16公報には直接の記載はない。も
っとも,「活物質として微細な合金粒子を用い,成型した電極内に適度の空隙を設
けることによって,合金粒子の膨張収縮に応じて空隙が縮小拡大し合金内に生じる
応力を緩和する。」(【0015】)として,微細な合金粒子により適度な空隙を
設けることが示されている。その上で,「リチウムイオンが電極内部に容易に拡散
していくためには,電極内に電解液が十分浸透するための空隙が不可欠である。ま
た,電極内に適度の空隙が存在することによって,電極の有効面積が増大し電極特
性の向上が期待できる。電極内に電解液が十分浸透しない場合には,電極の表面近
傍の活物質のみが利用され電極が急速に劣化する。」(【0016】)として,空
隙が小さすぎる場合の問題点を指摘する。そうすると,乙16発明の技術的思想に
は,合金粒子の粒径を調整することにより,空隙を一定程度以上の大きさに保ち,
電池性能を維持するという点を含むものである。
一方,負極活物質の粒径の下限値に関し,本件明細書等2-4-⑤には,図5に
基づき「平均粒径が0.5μmよりも小さい場合には,充放電サイクル寿命が著し
く低下する。」とし,「粒子径が小さいと,金属スズ,或いはスズ合金の密度が大
きくなり,層中の空隙が小さくなり,充放電サイクル時に,亀裂が発生して,集電
体からの剥がれが起こるからと推定される。」と記載されている(【0065】)。
そうすると,本件発明2-4-⑤(請求項1)において,負極活物質に相当する主
母材の平均粒径を0.5μm以上にするのは,空隙を一定程度以上の大きさに保ち,
電池性能を維持するためのものということができる。そして,本件明細書等2-4
-⑤の図5によれば,平均粒径を0.5μm以上にしたことに臨界的意義があると
いうことはできない。
このように,負極活物質の粒径の下限値に関し,合金粒子の粒径を調整するとい
う乙16発明の技術的思想を参酌した場合,本件発明2-4-⑤(請求項1)にお
いて,主母材の平均粒径を0.5μm以上としたことに臨界的意義があるとはいえ
ない以上,負極活物質の粒径に関する本件発明2-4-⑤(請求項1)の技術的思
想が,従来技術に見られない特有のものということはできない。なお,乙9公報【0
011】には,負極活物質として用いる「リチウム合金粉末の粒径が小さくなりす
ぎると,内部抵抗が上昇するので,リチウム合金粉末としては…平均粒径0.5μ
m以上のものが好ましい」とされており,負極活物質の平均粒径を0.5μm以上
とすることは従来技術そのものということもできる。
なお,負極活物質の粒径の上限値に関する技術的思想について,本件発明2-4
-⑤(請求項1)は60μm以下とし,乙16発明は約45μm以下とする点で異
なるものである。しかし,これらの技術的思想は,いずれも,合金粒子の粒径を調
整し,その上限値を定めるというものである。そして,NP-FV50電池の負極
活物質である「Sn-Co合金粒子(粒子2)」の平均粒子径は約1~10μmの
範囲内にあるから,負極活物質の粒径の点において,NP-FV50電池は,従来
技術である乙16発明を利用するにとどまるというべきである。
⒝負極活物質の構成
負極活物質の構成に関する本件発明2-4-⑤(請求項1)の技術的思想と乙1
6発明の技術的思想を比較するに,本件発明2-4-⑤(請求項1)は,負極活物
質に相当する主母材を,Si,Ge,Sn,Pb,In,Mg,Znから選択され
る一種類以上の元素から構成される材料とするのに対し,乙16発明は,負極活物
質をLiPb合金粒子又はLiAl合金粒子とする点で異なる。
しかし,本件明細書等2-4-⑤には,負極活物質をSn等から選択される元素
から構成することの技術的意義を説明する記載はない(【0036】参照)。また,
乙16公報には,「アルカリ金属を含む合金の粉末及びAl,Cd,In,Sn,
Pb,Biから選ばれた少なくとも一種類以上の粉末の混合物から負極を構成…し
てもよい。」と記載され(【0012】),【請求項1】においても「アルカリ金
属を含む合金を活物質とする負極」とされている。乙16発明において,負極活物
質をLiPb合金粒子又はLiAl合金粒子とする技術的思想には,負極活物質が,
これらの元素以外の元素によって構成される場合も含まれるものである。
そうすると,本件発明2-4-⑤(請求項1)の技術的思想のうち,負極活物質
に相当する主母材を,Si,Ge,Sn,Pb,In,Mg,Znから選択される
一種類以上の元素から構成される材料とする点をもって,従来技術に見られない特
有のものということはできない。
⒞負極活物質の割合
負極活物質の割合に関する本件発明2-4-⑤(請求項1)の技術的思想と乙1
6発明の技術的思想を比較するに,本件発明2-4-⑤(請求項1)は,負極活物
質に相当する主母材の割合を35重量%以上とするのに対し,乙16発明は,負極
活物質の合金粒子の割合を90重量%又は70重量%とする点で異なる。
しかし,本件明細書等2-4-⑤には,負極活物質に相当する主母材の割合を3
5重量%以上とすることの技術的意義を説明する記載は全くない。また,電極材料
層に対する負極活物質の割合を一定程度以上にしなければならないことは自明であ
り,本件発明2-4-⑤(請求項1)において,その割合を35重量%としたこと
に臨界的意義も認められない。
そうすると,本件発明2-4-⑤(請求項1)の技術的思想のうち,負極活物質
に相当する主母材の割合を35重量%以上とする点をもって,従来技術に見られな
い特有のものということはできない。
d以上によれば,本件発明2-4-⑤(請求項1)の特許請求の範囲の記載の
うち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する部分は,少なくともNP
-FV50電池との関係においては存しないということができる。
(イ)控訴人の主張について
控訴人は,本件発明2-4-⑤(請求項1)は負極活物質としてLi合金を用い
ないことを前提としており,負極活物質にLi合金を用いることを前提とする乙1
6発明とは,発明の内容を異にすると主張する。
しかし,本件発明2-4-⑤(請求項1)が従来技術と比較して技術的優位性を
有する特徴的部分は,本件発明2-4-⑤(請求項1)の特許請求の範囲の記載の
うち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する部分をもって認定される
べきものである。本件発明2-4-⑤(請求項1)の特許請求の範囲には,負極活
物質としてLi合金を用いないことは何ら特定されていないから,これをもって,
本件発明2-4-⑤(請求項1)の特徴的部分であるということはできない。
そして,前記のとおり,本件明細書等2-4-⑤には,負極活物質をSn等から
選択される元素から構成することの技術的意義を説明する記載はない。また,乙1
6発明の技術的思想には,負極活物質を,LiPb合金粒子又はLiAl合金粒子
以外の元素をもって構成することも含まれている。したがって,本件発明2-4-
⑤(請求項1)と乙16発明とが発明の内容を異にするということはできない。
(ウ)本件発明2-4-5(請求項44)について
本件発明2-4-⑤(請求項1)と同様に,本件発明2-4-⑤(請求項44)
の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成す
る部分は,少なくともNP-FV50電池との関係においては存しないということ
ができる。
イ小括
以上のとおり,NP-FV50電池は,本件発明2-4-⑤(請求項1)及び本
件発明2-4-⑤(請求項44)が従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴
的部分を用いたものとは評価できないというべきである。
(3)本件発明2-4-①ないし本件発明2-4-⑤(請求項44)について特許
を受ける権利を承継させたことに対する相当の対価
控訴人は,被控訴人は,ソニーが平成17年から平成24年にかけて本件発明2
-4-⑤(請求項1)ないし本件発明2-4-⑤(請求項44)の実施品であるN
exelion電池を生産使用譲渡等したことにより独占の利益を得たとして,本
件発明2-4-⑤(請求項1)ないし本件発明2-4-⑤(請求項44)について
特許を受ける権利を承継させたことに対する相当の対価の支払を求める。
しかし,NP-FV50電池は本件発明2-4-①ないし本件発明2-4-④の
実施品ではない。
また,NP-FV50電池は,本件発明2-4-⑤(請求項1)及び本件発明2
-4-⑤(請求項44)の実施品であると認められるものの,これらの発明におけ
る従来技術と比較して技術的優位性を有する特徴的部分を用いたものと評価するこ
とはできない。したがって,仮に,ソニーが本件発明2-4-⑤(請求項1)及び
本件発明2-4-⑤(請求項44)の実施品であるNP-FV50電池を生産使用
譲渡等したことにより被控訴人が利益を得ていたとしても,本件発明2-4-⑤(請
求項1)及び本件発明2-4-⑤(請求項44)により被控訴人が受けるべき利益
は存しない,又はその利益の額は微々たるものというべきである。
さらに,NP-FV50電池以外のNexelion電池が,本件発明2-4-
①ないし本件発明2-4-⑤(請求項44)の実施品であることを認めるに足りる
証拠はない。
そうすると,控訴人が被控訴人に本件発明2-4-①ないし本件発明2-4-⑤
(請求項44)について特許を受ける権利を承継させたことに対する相当の対価は
存しない,又はその額は既払額を超えるものではないというべきである。
7本件発明2-5-①(請求項1)ないし本件発明2-5-⑦により被控訴人
が受けるべき利益の額
控訴人の主張に沿って,まず,ソニーが本件発明2-5-①(請求項1)ないし
本件発明2-5-⑦を実施していたか否か,また,これを前提として,被控訴人が
上記各発明に関する独占権に基づく利益を受けたといえるか否かについて検討する。
(1)争点(2)ア(オ)(本件発明2-5-①(請求項1)ないし2-5-⑦の実施
の有無)について
ア本件発明2-5-①(請求項1)の実施の有無
(ア)構成要件e
a構成要件eの意義
⒜特許請求の範囲の記載
構成要件a及び構成要件bは,「非化学量論比組成の非晶質Sn・A・X合金を
主成分とし比表面積が1m2
/g以上である粒子を含有するリチウム二次電池用負
極電極材。」というものであり,構成要件eは,「また,上記式の各原子の原子数
において,Sn/(Sn+A+X)=20~80原子%の関係を持つ。」というも
のである。
そうすると,構成要件eは,リチウム二次電池用負極電極材に含有される粒子の
主成分であり,非化学量論比組成の非晶質であるSn・A・X合金において,Sn
が占める割合(原子%)を特定するものである。
もっとも,負極電極材に含有される原子A及び原子Xのうち,どのような原子A
及び原子Xをもって,非化学量論比組成の非晶質であるSn・A・X合金を構成す
るというべきかについては明確ではなく,「Sn/(Sn+A+X)」の算出方法
が一義的に定まっていない。
なお,Aは「遷移金属の少なくとも一種を示し」というものであり(構成要件c),
Xは「O,F,N,Mg,Ba,Sr,Ca,La,Ce,Si,Ge,C,P,
B,Bi,Sb,Al,In及びZnから成る群から選ばれた少なくとも一種を示
す。ただし,Xは,含有されていなくてもよい」というものである(構成要件d)。
⒝本件明細書等2-5-①の記載
本件明細書等2-5-①には,「非化学量論比組成の合金」について,二種以上
の金属元素が簡単な整数比で結合していない合金を意味し,金属間化合物とは相違
する旨記載されている(【0021】)。
また,【0056】において「非化学量論比組成の非晶質Sn・A・X合金を主
成分とした粒子」をもって「非晶質合金粒子」と略称した上で,【0063】は,
「電極材料層は,電気化学反応でリチウムとの合金を形成する非化学量論比組成の
非晶質合金粒子を含有する電極材から構成される層で,前記非晶質合金粒子のみで
構成された層であっても,非晶質合金粒子と導電補助材や結着剤としての高分子材
などの複合化された層であってもよい。」として,「非晶質Sn・A・X合金を主
成分とした粒子」と,導電補助材や結着剤等を区別する。そして,【0066】は,
「非晶質合金粒子の調製は,原料として,2種類以上の元素,好ましくは3種類以
上の元素,より好ましくは4種類以上の元素を用いて,非晶質合金を調製する。上
記元素で主元素のスズ以外の元素としては,主元素との原子寸法比が約10%以上
異なる元素を選択するのが望ましい。」として,Snをもって,「非晶質Sn・A・
X合金を主成分とした粒子」の主元素であるとする。
⒞そうすると,特許請求の範囲の記載及び本件明細書等2-5-①の記載を総
合すれば,Sn・A・X合金を構成する原子A及び原子Xとは,Snを主元素とす
る非晶質化した合金を形成するものということができる。構成要件eは,このよう
な主元素Sn,原子A及び原子Xから成る合金に占めるSnの原子量の割合を特定
するものである。
bNP-FV50電池の構成要件eの充足性の有無
⒜NP-FV50電池の負極は,Sn-Co合金粒子と黒鉛粒子からなること,
Sn-Co合金粒子は,低結晶性CoSn合金と低結晶性無機炭素材料の複合体か
らなるバルク部の中に,CoSn合金結晶の粒状部が点在する構造であることが認
められる(甲97の1ないし3報告書)。そうすると,Sn-Co合金粒子全体が
Snを主元素とする非晶質化した合金に相当する。したがって,このSn-Co合
金粒子全体に含まれるSn,原子A及び原子Xの原子量に基づき算出した結果をも
って,構成要件eの充足性の有無を判断することになる。
⒝NP-FV50電池の負極を構成するSn-Co合金粒子は,Snのほか,
Co,C,P,Tiから成り,さらに,O,Fe,F,Al,Siを含む可能性が
ある(甲23の1報告書の29頁,甲97の2報告書,乙207報告書)。このう
ち,元素A(遷移金属)に該当するのは,Ti,Co,Feであり,元素Xに該当
するのは,O,F,Si,C,P,Alである。
ここで,甲97の2報告書の表1-2によれば,Sn-Co合金粒子における「S
n/(Sn+A+X)」は,領域1において17原子%,領域2において32原子%,
領域3において12原子%である。そして,甲97の2報告書の走査透過顕微鏡観
察写真によれば,Sn-Co合金粒子において,領域2に近似する部分が必ずしも
他の領域よりも多いとはいえない。甲97の2報告書によれば,Sn-Co合金粒
子全体において「Sn/(Sn+A+X)」が20原子%以上であるということは
できない。また,Sn-Co合金粒子全体において,Snが20原子%以上を占め
ることを示す証拠もない。
よって,NP-FV50電池は,Sn・A・X合金の各原子の原子数において,
「Sn/(Sn+A+X)=20~80原子%の関係を持つ」ということはできな
いから,構成要件eを充足しない。
c控訴人の主張について
控訴人は,NP-FV50電池の負極に含有されるSn・A・X合金について,
「Sn/(Sn+A+X)」の計算をするに当たっては,Cの原子数を分母に含め
るべきではないと主張する。
NP-FV50電池の負極は,Sn-Co合金粒子と黒鉛粒子とから成るところ,
黒鉛粒子にはSnが含まれず,非晶質化しているともいえないから,「Sn/(S
n+A+X)」の計算をするに当たり,黒鉛粒子に含まれるCの原子数を分母に含
めるべきではない。一方,Sn-Co合金粒子に含まれるCは,非晶質化した合金
を形成するものであること,原子Xの選択肢の一つとして明示されていること(構
成要件d)からすれば,上記計算をするに当たり,その原子数を分母に含めるべき
ものである。上記計算をするに当たり,Cの原子数を全て分母に含めるべきではな
いとの控訴人の主張は採用できない。
(イ)以上によれば,NP-FV50電池は,本件発明2-5-①(請求項1)
の構成要件eを充足しないから,本件発明2-5-①(請求項1)の実施品である
とは認められない。
イ本件発明2-5-①(請求項2)の実施の有無
構成要件cは,「また,上記式の各原子の原子数において,Sn/(Sn+A+
X)=20~80原子%の関係を持つ。」というものである。そして,本件発明2
-5-①(請求項1)における検討と同様に,構成要件cは,Sn並びにSnを主
元素とする非晶質化した合金を形成する原子A及び原子Xの原子量を比較して算出
するべきものである。
NP-FV50電池の負極においては,本件発明2-5-①(請求項1)におけ
る検討と同様に,Sn・A・X合金の各原子の原子数において,「Sn/(Sn+
A+X)=20~80原子%の関係を持つ」ということはできない。
したがって,NP-FV50電池は,本件発明2-5-①(請求項2)の構成要
件cを充足しないから,本件発明2-5-①(請求項2)の実施品であるとは認め
られない。
ウ本件発明2-5-②の実施の有無
構成要件dは,「非晶質Sn,A,X合金の構成元素スズSnの含有量は,Sn
/(Sn+A+X)=20~80原子%で,」というものである。そして,本件発
明2-5-①(請求項1)における検討と同様に,構成要件dは,Sn並びにSn
を主元素とする非晶質化した合金を形成する原子A及び原子Xの原子量を比較して
算出するべきものである。
NP-FV50電池の負極においては,本件発明2-5-①(請求項1)におけ
る検討と同様に,Sn・A・X合金の各原子の原子数において,「Sn/(Sn+
A+X)=20~80原子%」ということはできない。
したがって,NP-FV50電池は,本件発明2-5-②の構成要件dを充足し
ないから,本件発明2-5-②の実施品であるとは認められない。
エ本件発明2-5-③の実施の有無
構成要件eは,「非晶質Sn,A,X合金の構成元素スズSnの含有量は,Sn
/(Sn+A+X)=20~80原子%で,」というものである。そして,本件発
明2-5-①(請求項1)における検討と同様に,構成要件eは,Sn並びにSn
を主元素とする非晶質化した合金を形成する原子A及び原子Xの原子量を比較して
算出するべきものである。
NP-FV50電池の負極においては,本件発明2-5-①(請求項1)におけ
る検討と同様に,Sn・A・X合金の各原子の原子数において,「Sn/(Sn+
A+X)=20~80原子%」ということはできない。
したがって,NP-FV50電池は,本件発明2-5-③の構成要件eを充足し
ないから,本件発明2-5-③の実施品であるとは認められない。
オ本件発明2-5-④の実施の有無
構成要件cは,「上記の非晶質Sn・A・X合金の構成元素スズSnの含有量は,
Sn/(Sn+A+X)=20~80原子%である)を含む粒子を含有し,」とい
うものである。そして,本件発明2-5-①(請求項1)における検討と同様に,
構成要件cは,Sn並びにSnを主元素とする非晶質化した合金を形成する原子A
及び原子Xの原子量を比較して算出するべきものである。
NP-FV50電池の負極においては,本件発明2-5-①(請求項1)におけ
る検討と同様に,Sn・A・X合金の各原子の原子数において,「Sn/(Sn+
A+X)=20~80原子%」ということはできない。
したがって,NP-FV50電池は,本件発明2-5-④の構成要件cを充足し
ないから,本件発明2-5-④の実施品であるとは認められない。
カ本件発明2-5-⑤の実施の有無
構成要件eは,「非晶質上記Sn・A・X合金中のスズSnの組成は,Sn/(S
n+A+X)=20~80原子%で,」というものである。そして,本件発明2-
5-①(請求項1)における検討と同様に,構成要件eは,Sn並びにSnを主元
素とする非晶質化した合金を形成する原子A及び原子Xの原子量を比較して算出す
るべきものである。
NP-FV50電池の負極においては,本件発明2-5-①(請求項1)におけ
る検討と同様に,Sn・A・X合金の各原子の原子数において,「Sn/(Sn+
A+X)=20~80原子%」ということはできない。
したがって,NP-FV50電池は,本件発明2-5-⑤の構成要件eを充足し
ないから,本件発明2-5-⑤の実施品であるとは認められない。
キ本件発明2-5-⑥(請求項1)の実施の有無
構成要件dは,「前記非晶質上記Sn・A・X合金中のスズSnの組成は,Sn
/(Sn+A+X)=20~80原子%で,」というものである。そして,本件発
明2-5-①(請求項1)における検討と同様に,構成要件dは,Sn並びにSn
を主元素とする非晶質化した合金を形成する原子A及び原子Xの原子量を比較して
算出するべきものである。
NP-FV50電池の負極においては,本件発明2-5-①(請求項1)におけ
る検討と同様に,Sn・A・X合金の各原子の原子数において,「Sn/(Sn+
A+X)=20~80原子%」ということはできない。
したがって,NP-FV50電池は,本件発明2-5-⑥(請求項1)の構成要
件dを充足しないから,本件発明2-5-⑥(請求項1)の実施品であるとは認め
られない。
ク本件発明2-5-⑥(請求項16)の実施の有無
構成要件dは,「前記非晶質上記Sn・A・X合金中のスズSnの組成は,Sn
/(Sn+A+X)=20~80原子%で,」というものである。そして,本件発
明2-5-①(請求項1)における検討と同様に,構成要件dは,Sn並びにSn
を主元素とする非晶質化した合金を形成する原子A及び原子Xの原子量を比較して
算出するべきものである。
NP-FV50電池の負極においては,本件発明2-5-①(請求項1)におけ
る検討と同様に,Sn・A・X合金の各原子の原子数において,「Sn/(Sn+
A+X)=20~80原子%」ということはできない。
したがって,NP-FV50電池は,本件発明2-5-⑥(請求項16)の構成
要件dを充足しないから,本件発明2-5-⑥(請求項16)の実施品であるとは
認められない。
ケ本件発明2-5-⑦の実施の有無
構成要件dは,「上記非晶質Sn・A・X合金の構成元素であるスズSnの組成
は,Sn/(Sn+A+Ⅹ)=20~80原子%である。」というものである。そ
して,本件発明2-5-①(請求項1)における検討と同様に,構成要件dは,S
n並びにSnを主元素とする非晶質化した合金を形成する原子A及び原子Xの原子
量を比較して算出するべきものである。
NP-FV50電池の負極においては,本件発明2-5-①(請求項1)におけ
る検討と同様に,Sn・A・X合金の各原子の原子数において,「Sn/(Sn+
A+X)=20~80原子%」ということはできない。
したがって,NP-FV50電池は,本件発明2-5-⑦の構成要件dを充足し
ないから,本件発明2-5-⑦の実施品であるとは認められない。
コ小括
以上によれば,NP-FV50電池は,本件発明2-5-①(請求項1)ないし
本件発明2-5-⑦の実施品であるとは認められない。
(2)本件発明2-5-①(請求項1)ないし本件発明2-5-⑦について特許を
受ける権利を承継させたことに対する相当の額
控訴人は,被控訴人は,ソニーが平成17年から平成24年にかけて本件発明2
-5-①(請求項1)ないし本件発明2-5-⑦の実施品であるNexelion
電池を生産使用譲渡等したことにより独占の利益を得たとして,本件発明2-5-
①(請求項1)ないし本件発明2-5-⑦について特許を受ける権利を承継させた
ことに対する相当の対価の支払を求める。
しかし,NP-FV50電池は本件発明2-5-①(請求項1)ないし本件発明
2-5-⑦の実施品ではない。
また,NP-FV50電池以外のNexelion電池が,本件発明2-5-①
(請求項1)ないし本件発明2-5-⑦の実施品であることを認めるに足りる証拠
はない。
そうすると,控訴人が被控訴人に本件発明2-5-①(請求項1)ないし本件発
明2-5-⑦について特許を受ける権利を承継させたことに対する相当の対価は存
しないというべきである。
8結論
以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,控訴人の請求はいず
れも理由がないから,これらを棄却した原判決は相当である。
よって,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官高部眞規子
裁判官杉浦正樹
裁判官片瀬亮
別紙
図表目録
本件明細書等2-3-②
本件明細書等2-4-⑤
乙1公報

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