弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1 本件訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
  被告が,株式会社伊賀屋に対して千葉市が平成11年度に株式会社伊賀屋に発
注した千葉市立海浜病院に係る寝具類交換業務 委託契約の談合に関する不法行為
による損害賠償請求権の行使を怠る事実並びに株式会社マルイチに対して千葉市が
平成10年 度及び平成11年度に株式会社マルイチに発注した千葉市立病院に係
る寝具類交換業務委託契約の談合に関する不法行為による 損害賠償請求権の行使
を怠る事実がいずれも違法であることを確認する。
第2 事案の概要
  本件は,原告が,千葉市が指名見積り合わせの方法により発注した千葉市立海
浜病院及び千葉市立病院(現青葉病院)に係る 寝具類交換業務について,契約金
額が談合行為により不当につり上げられ,その結果,千葉市は談合がなく公正な競
争が確保さ れていた場合の契約金額との差額相当額の損害を被ったとして,地方
自治法242条の2第1項3号に基づき,被告が談合参加 者である株式会社伊賀
屋及び株式会社マルイチに対する不法行為に基づく損害賠償請求権の行使を怠って
いることの違法確認を 求めている事案である。
 1 前提事実(各項目の末尾に証拠等の掲記のない事実は,当事者間に争いがな
いか,明らかに争わない事実である。)
 (1) 当事者等
   ア 原告は,千葉市の住民で構成されている権利能力なき社団である。
   イ 被告は,千葉市の執行機関である。
   ウ 株式会社伊賀屋(有限会社伊賀屋が平成11年10月17日に組織を変
更したもの。以下「伊賀屋」という。),株式    会社マルイチ(以下「マル
イチ」という。)及び株式会社柴橋商会(以下「柴橋商会」という。)は,それぞ
れ,千葉県    の区域において,病院及び特別養護老人ホームで用いられる寝
具類の賃貸業又は洗濯業を営む者である。
    (甲1,弁論の全趣旨)
 (2) 談合行為と本件各契約の締結
   ア 伊賀屋,マルイチ,柴橋商会,ワタキューセイモア株式会社,株式会社
小山商会,株式会社東基(東京基準寝具株式会    社が平成9年4月1日に商
号を変更したもの),田中寝具株式会社,東洋リネンサプライ株式会社,野口株式
会社,クラ    ボウリネンサプライ株式会社,フランスベッドメディカルサー
ビス株式会社,株式会社ベネック,株式会社レンティ及び    株式会社ヤマシ
タコーポレーションの14社(以下「14社」という。)は,遅くとも平成7年1
2月中旬ころ以降,千    葉県所在の国公立の病院等が競争入札,指名見積り
合わせの方法により発注する寝具類の賃貸業務又は洗濯業務につい     て,
受注価格の低落防止を図るため,① 当該病院等と既に取引を行っている者を当該
業務を受注すべき者(以下「受注    予定者」という。)とする,② 受注す
べき価格は,受注予定者が定め,受注予定者以外の者は,受注予定者がその定め 
   た価格で受注できるように協力する旨の合意の下に,受注予定者を決定し,
受注予定者が受注できるようにしていた。
    (甲1,2)
   イ 千葉市は,平成11年4月1日付けで,伊賀屋に対し,千葉市立海浜病
院に係る寝具類交換業務を委託した(以下「本    件契約①」という。)。
   ウ 千葉市は,平成10年4月1日付けで,マルイチに対し,千葉市立病院
に係る寝具類交換業務を委託した(以下「本     件契約②」という。)。
   エ 千葉市は,平成11年4月1日付けで,マルイチに対し,千葉市立病院
に係る寝具類交換業務を委託した(以下,「本    件契約③」といい,本件契
約①ないし③を併せて「本件各契約」という。)。
   オ 本件契約①(指名見積り合わせの方法による発注)については,伊賀屋
ほか2社間で,本件契約②及び③(同方法によ    る発注)については,マル
イチ及び柴橋商会の間で,それぞれ前記アの方法に従った談合(以下「本件談合」
という。)    がなされていた。
   カ 公正取引委員会(以下「公取委」という。)は,前記アの行為が,私的
独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律     (以下「独禁法」とい
う。)2条6項の不当な取引制限に該当し,3条に違反するものとして,平成13
年8月10日に    14社に対して排除勧告を行い,14社が応諾したため,
同年9月19日にその勧告と同趣旨の審決をし,さらに,平成    14年6月
12日,伊賀屋,マルイチ,ワタキューセイモア株式会社,株式会社小山商会,株
式会社東基及び東洋リネン    サプライ株式会社に対し,独禁法48条の2第
1項に基づき,課徴金納付命令を行った(以下「本件課徴金納付命令」と    
いう。)。本件課徴金納付命令では,千葉市における契約として本件各契約が対象
とされていた。前記6社のうち,伊賀    屋は課徴金155万円を,マルイチ
は課徴金54万円を,それぞれ納期限の同年8月13日までに納付した。
   (甲1,2,弁論の全趣旨)
   キ 公取委は,本件と同様の談合事案について,本件と同時期に,東京都,
神奈川県,埼玉県,富山県,石川県,大阪府及    び兵庫県についても,それ
ぞれ本件と同様の排除勧告,審決及び課徴金納付命令を行っている(甲1,2,弁
論の全趣     旨)。
 (3) 原告は,平成15年6月2日付けで,千葉市監査委員に対し,本件各契
約の談合参加者に対して損害賠償請求権を行使    して千葉市が被った損害を
てん補する措置を講ずべきことを勧告することを求める住民監査請求をしたが,同
監査委員     は,同年7月28日付けで前記請求を棄却し,原告は,そのこ
ろ,その旨の通知を受けた(甲1,2,弁論の全趣旨)。
 (4) 原告は,同年8月25日,本件訴えを提起した。
 (5) 談合は違法行為であり,千葉市は本件各契約の談合参加者に対して不法
行為に基づく損害賠償請求権を有する。
 2 当事者の主張
 (1) 原告の主張
   ア 損害賠償請求権の行使とは,合理的に算定された損害額の請求をいうも
のと解するべきである。合理的に算定されず,    請求の趣旨が記載されない
請求書や,根拠のない金額の入金は,単に寄付が行われたものであり,債務が消滅
したものと    認めることはできない。
   イ マルイチ及び柴橋商会については,請求書(乙3の1・2)にそもそも
損害賠償の対価と認められる記載がなく,発行    者の印影もないなど,およ
そ千葉市の発行した正規の請求書とは認められず,折衝の経緯からしても,業者に
はおよそ損    害賠償請求権の行使であることの認識が欠けている。
   ウ また,伊賀屋,マルイチ及び柴橋商会に対する請求については,合理的
な損害額の算定が行われていない。
    千葉市は,平成15年4月から,工事請負契約及び委託契約において損害
賠償額予定条項を導入し,「損害の発生及び損    害額を立証することを要す
ることなく,契約金額の10分の1に相当する額の賠償金を支払わなければならな
い。」旨の    契約を締結しており,本件各契約は,前記条項を導入する前の
契約ではあるが,千葉市が談合によって被った損害額の算    定が困難な事案
として,前記条項によるのが最も適当である。東京都の損害賠償額予定条項では,
契約金額の10パーセ    ント,堺市では契約金額の20パーセント,立川市
では契約金額の30パーセントに相当する額としていることからして    も,
本件において,千葉市の前記条項所定の10パーセント相当額を損害額として認定
するのが相当である。
    したがって,本件において合理的な損害額は,契約金額の10パーセント
に相当する額というべきであり,理由なくこれ    を大幅に下回る損害賠償請
求は,正当な職務を怠っているといえる。
 (2) 被告の主張
   ア 被告は,本件契約①について,伊賀屋に対し,談合に基づく損害賠償請
求権を行使し,平成15年8月21日に損害賠    償額を47万0998円と
定める和解契約をした上で,同月28日に全額の弁済を受けた。また,被告は,本
件契約②及    び③について,談合参加者であるマルイチ及び柴橋商会に対
し,合計62万7895円の共同不法行為による損害賠償請    求をなし,同
年9月9日,マルイチとの間で,和解契約をし,同月24日にマルイチから45万
2809円の弁済を受     け,また,同年10月9日,柴橋商会との間で,
和解契約をし,同月20日に柴橋商会から17万5086円の弁済を受    け
た。
   イ 本件訴訟は,被告が損害賠償請求権を行使しないことの違法確認を求め
るものであって,被告が損害賠償請求権を行使    した内容に対する当否は本
件訴訟の訴訟物となっておらず,本件訴訟において,原告が被告のなした各和解契
約の当否,    違法を論ずるのは相当ではない。
   ウ いわゆる3号訴訟が係属している間に職務が履行された場合には,同号
の請求の趣旨は達せられたことになり,請求の    利益は消滅する。前記の職
務が履行された場合とは,職務の履行が全くの形骸に過ぎない場合は別にして,客
観的にみて    一応の正当性を首肯しうるものであれば足りると解すべきであ
る。
   エ 本件では,各損害賠償額は最終的にいずれも契約金額の5.2パーセン
トの割合をもって損害賠償金とする合意が成立    しており,請負契約をめぐ
る談合行為に対する損害賠償請求における裁判所の認定損害額や千葉県における請
求額などに    照らせば,本件における損害賠償請求権の行使は適切なもので
あるというべきである。
    したがって,本件において損害賠償請求権は既に行使されており,原告に
は訴えの利益がない。
第3 当裁判所の判断
 1 前記第2の1の事実及び後掲の各証拠(各項目の末尾に当該項目の事実認定
に用いた証拠を掲記した。)並びに弁論の全趣  旨によれば,以下の事実が認め
られる。
 (1) 千葉市(代表者・被告)は,本件各契約に関する談合に係る損害賠償額
について,公取委の課徴金納付命令の対象が千    葉県地区全域であったこと
から,千葉県と同じく売上額の5.2パーセントと算定することが妥当であると考
え,談合参    加者である伊賀屋,マルイチ及び柴橋商会に対して交渉するこ
ととした(甲5の1・14・17,乙5,弁論の全趣      旨)。
 (2) 千葉市は,平成15年8月21日,伊賀屋との間で,伊賀屋が本件契約
①について本件談合があったことを認め,それ    による現在に至るまでの一
切の損害賠償として,平成11年度の売上額(905万7660円)の5.2パー
セント相当    額である47万0998円を千葉市に支払う旨の合意(和解契
約)をし,伊賀屋は,同月28日,千葉市に対し,前記金    額を支払った
(甲5の14・17,乙1,2)。
 (3)
   ア 千葉市は,マルイチと事前協議したうえ,平成15年7月18日,マル
イチに対し,本件契約②及び③
    の本件談合に係る損害賠償として売上額の5.2パーセント相当額を請求
する旨伝えたところ,マルイチは,同年9月2    日,千葉市に対し,談合の
事実は認めたものの,千葉市に損害を与えているとは考えていない,千葉市として
決定された    損害金である平成10年度及び平成11年度の支払額に5.2
パーセントを乗じた62万7895円を支払う意思はない    が,当時と現在
の契約単価の差額(3.15円)に契約組数を乗じて得た金額である45万280
9円については支払う    意思がある,合意書などは取り交わす意思はない旨
回答した。
     そこで,千葉市は,マルイチに対し,現在に至るまでの損害賠償とし
て,平成10年度及び平成11年度の契約単価8    4円と平成15年度契約
単価80.85円との差額である3.15円を損害単価とし,平成10年度7万1
526組,平    成11年度7万2223組をそれぞれ乗じた金額45万28
09円を請求することとし,柴橋商会に対し,平成10年度    及び平成11
年度の支払額合計に5.2パーセントを乗じた金額からマルイチへの請求額を差し
引いた17万5086円    を請求することとした。
   イ 千葉市は,平成15年9月9日,マルイチに対し,45万2809円を
請求し,マルイチは,平成15年9月24日,    千葉市に対し,前記金額を
支払った。
   ウ 千葉市は,平成15年10月2日,柴橋商会に対し,マルイチとの交渉
経過を説明した上で,共同不法行為による損害    賠償として,千葉市として
決定された損害金である平成10年度及び平成11年度の支払額に5.2パーセン
トを乗じた    62万7895円とマルイチが支払った45万2809円との
差額である17万5086円を請求する旨伝えたところ,    柴橋商会は,千
葉市に対し,前記金額を支払う意思はあるが,合意書などを取り交わす意思はない
旨回答した。
     千葉市は,平成15年10月9日,柴橋商会に対し,前記金額を請求
し,柴橋商会は,同月20日,千葉市に対し,前    記金額を支払った。
   (甲5の1・3ないし5・9・10,乙3の1・2,4の1・2,5,1
2)
 (4) 本件と同じ談合事案について,本件と同じ公取委の審決・課徴金納付命
令に基づき,千葉県は,平成15年5月28     日,14社のうちの2社と
の間で,同社が損害賠償に関する一切の損害額として売上額の5.2パーセントを
支払う旨合    意したが,その際,損害額については,その算定が困難である
ため,過去の裁判例を参考に損害賠償額として売上額の     5.2パーセン
トと算定された。
     また,本件と同様の談合事案について,本件と同時期に行われた公取委
の審決・課徴金納付命令に基づき,各地方公共    団体が各業者に請求した損
害賠償額は,東京都で支払額の10パーセント(以下,この段落における「~パー
セント」は   「支払額の~パーセント」である。),神奈川県で5パーセン
ト,富山県で5パーセント,富山市で5パーセント及び遅延    損害金,大阪
府で5パーセント及び遅延損害金,大阪市で5パーセント及び遅延損害金,東大阪
市で7パーセント,泉大    津市で5パーセント,堺市で10パーセント,吹
田市で5パーセント,八尾市で5パーセント及び遅延損害金,兵庫県で    5
パーセント及び遅延損害金,神戸市で10パーセント及び遅延損害金であった。
   (甲3,8,乙6ないし11)
 2
 (1) 前記第2の1(1),(2)の事実及び前記1の事実によれば,被告
は,本件各契約につき,公取委において,排除勧    告,審決,課徴金納付命
令が行われたことを受けて,本件契約①については,伊賀屋に対し,不法行為によ
る損害賠償と    して,売上額の5.2パーセントに相当する47万0998
円の支払を請求し,平成15年8月21日,伊賀屋との間     で,伊賀屋が
千葉市に損害賠償として同金員を支払う旨の和解契約をし,伊賀屋から同金員の支
払を受けたこと,本件契    約②及び③については,マルイチ及び柴橋商会に
対し,本件契約②及び③の本件談合に関し,合計で売上額の5.2パー    セ
ントに相当する62万7895円の支払を請求し,遅くとも同年9月9日,マルイ
チとの間で,マルイチが千葉市にう    ち45万2809円を支払う旨合意
し,遅くとも同年10月9日,柴橋商会との間で,柴橋商会が千葉市に残17万5
0    86円を支払う旨合意し,両社から,前記各金員の支払を受けたことが
認められる。
     そして,前記1の事実によれば,被告とマルイチ又は柴橋商会との間の
前記各合意は和解契約であり,前記62万78    95円は,いわゆる和解金
であるが,実質的には共同不法行為による損害賠償金と認めるのが相当である。
 (2) ところで,談合行為によって発注者が被った損害とは,談合行為がなく
公正な競争がなされた場合の契約金額と現実の    契約金額との差額相当額で
あると解するのが相当であるが,談合がなく公正な競争がなされた場合の契約金額
を正確に把    握することは難しく,談合による損害賠償額の算定は困難であ
るところ,本件と同様の談合事案について,各地方公共団    体が各業者に請
求した損害賠償額は,支払額の10パーセントというところもあるが,多くは5パ
ーセントであることは    前記1(4)のとおりである。そうすると,被告
が,本件課徴金納付命令の対象が千葉県地区全域であったことを考慮し    た
上で,本件談合に係る損害賠償額を,千葉県と同様に売上額(支払額)の5.2パ
ーセントと算定したことは合理的で    あり相当であるといえる。
 (3) 原告は,千葉市の損害賠償額予定条項(甲4の2)を根拠として,契約
額の10パーセント相当額を本件の損害額とし    て認定すべきであり,被告
の前記損害額の算定は合理的ではない旨主張するが,本件各契約は,いずれも前記
条項の実施    の対象とされた平成15年4月1日より前に締結されたもので
ある(前記第2の1(2)イないしエの事実,甲4の1・    2)から,原告
の前記主張は採用できない。
 (4) 以上によれば,被告は,本件各契約の談合について不法行為による損害
賠償請求権を行使したものというべきである。
 3 そうすると,被告は,本件各契約の談合に関して,伊賀屋及びマルイチに対
し,不法行為による損害賠償請求権を行使した  ものといえるのであるから,原
告がその違法の確認を求める懈怠事実は過去の事実関係ということになる。
  そして,地方自治法242条の2第1項3号は違法確認の対象を「怠る事実」
と規定しているのであるから,違法確認の対象  に「怠った事実」も含まれると
解するのは文理に沿わないというべきである。また,同号の立法趣旨は,地方公共
団体の執行  機関又は職員の職務懈怠の責任を追及することにあるのではなく,
職務懈怠の違法を確認することによって,その違法状態を  除去させ,地方公共
団体の財務会計上の利益を擁護することにあることから,執行機関又は職員に,過
去に職務懈怠があった  としても,口頭弁論終結時までにその不作為の違法状態
を除去する余地がなくなったときは,単に過去の職務懈怠の違法を確  認しても
前記の目的を達することはできないのであるから,同号にいう「怠る事実」には
「怠った事実」も含まれると解する  ことは相当ではない。
   したがって,本件訴えは,いずれも同号に該当せず,不適法な訴えといわな
ければならない。
第4 結論
 以上によれば,本件訴えはいずれも不適法であるから,これらを却下することと
し,主文のとおり判決する。
千葉地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官    山口 博
裁判官    永山倫代
裁判官    島根里織

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