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平成18年3月15日判決名古屋高等裁判所
平成17年(行コ)第36号遺族給付金等不支給処分取消し請求控訴事件
(原審・岐阜地方裁判所平成15年(行ウ)第29号)
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1控訴人
(1)原判決を取り消す。
(2)被控訴人の請求を棄却する。
(3)訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2被控訴人
主文と同旨
第2事案の概要
1本件は,被控訴人の亡夫Aが自家用車で家族の住む帰省先住居から単身赴任
先住居の社宅に向かう途中,事故により死亡したことについて,遺族である被
控訴人が上記事故は通勤災害にあたると主張して,控訴人に対し,労働者災害
補償保険法に基づく遺族給付及び葬祭給付の請求をしたところ,平成13年8
月21日,控訴人が上記事故は通勤災害にはあたらないとして上記各給付をい
ずれも支給しないとの処分をしたことから,被控訴人がこれらの不支給処分の
取消を求めた事案である。
2原判決は,Aが死亡した上記事故は通勤災害にあたるものと認め,被控訴人
の請求を認容したところ,これを不服とする控訴人が控訴した。
3争いのない事実等,争点,争点に関する当事者の主張は,以下のとおり訂正
するほか,原判決「第2事案の概要」欄1及び2に記載のとおりであるから,
これを引用する。
(1)原判決3頁14行目の「(以下「法」という。)」を「(ただし,平成
17年法律第108号による改正前のもの。以下「法」という。)」と改め
る。
(2)原判決7頁6行目の「就業場所当日」を「就業日の当日」と改める。
第3当裁判所の判断
1当裁判所も,被控訴人の請求は理由があるからこれを認容すべきものと判断
するが,その理由は,次のとおり,原判決に付加訂正をするほか,原判決「第
3当裁判所の判断」欄に記載のとおりであるからこれを引用する。
2原判決の付加訂正
(1)原判決14頁8行目の「証拠(乙13,31,37,38の2,54」
を「証拠(甲2,6,8,乙13,16,19,20,24,31,34及
び35,54,58,83」と改める。
(2)原判決15頁1行目から同頁2行目にかけての「単身赴任することとし,
高山営業所の2階にある本件社宅に居住することとした。」を,次のとおり
改める。
「単身赴任することとした。B会社は,この異動の発令に伴い高山営業所の
2階にある本件社宅を費用を掛けて改装し,Aが入居できるよう準備し,
他方,Aも本件社宅(71.46㎡,使用料月額7450円〔共益費
含〕)に居住するのが当然のことと理解してここに居住することとし
た。」
(3)原判決15頁18行目の「①の所要時間は」から同頁20行目の末尾ま
でを,次のとおり改める。
「①の所要時間は約3時間30分(控訴人は,所要時間は2時間50分程度
であると指摘するが(乙68,82,83),休憩時間等を勘案すれば上
記認定のとおりと認められる。)である。なお,本件自宅から本件社宅を
接続する鉄道は存在するものの,経路が迂遠であり,①,②の経路より移
動時間が長いうえ,勤務日当日の朝に出発して,執務開始時刻である午前
9時までに高山市内に到着する列車は無かった。」
(4)原判決16頁10行目の「同年6月7日以降精神科医に通院し,うつ病
と診断されていた。」を,次のとおり改める。
「同年6月7日には高山市内のC神経科で診察を受け,「イライラ,落ち着
かない,不安,下痢」などの症状が認められ,うつ病(抑うつ状態)と診
断された。Aは,それ以降6月中に3回,7月中に3回(本件事故に直近
の通院は同月27日),同医院に通院して投薬治療を受けていた。」
(5)原判決16頁17行目から同頁18行目にかけての「国道256号線」
を「国道257号線(国道256号線と重複区間)」と改める。
(6)原判決17頁2行目の各「就労日」及び同頁5行目の「就労日」を,い
ずれも「勤務日」と改める。
(7)原判決17頁21行目の「大半であること」を,次のとおり改める。
「大半であることからすれば,勤務日の前日に赴任先住居に戻り翌日の勤務
に備えるという行為には合理性があると考えられること」
(8)原判決18頁2行目冒頭から同22頁8行目末尾までを,次のとおり改
める。
「2以上の事実に基づいて,Aの本件事故当日における本件自宅から本件
社宅への移動が,「通勤」に該当するものといえるかどうかについて検
討する。
(1)「通勤」とは,労働者が,①就業に関し,②住居と就業の場所と
の間を,③合理的な経路及び方法により往復することをいい,④業務
の性質を有するものを除くものとされており(法7条2項),まず,
住居と就業場所との間の移動であることを要する。
(2)これを本件についてみると,前記1の事実によれば,Aは平成1
1年4月以降,高山営業所の所長としてB会社の業務に従事していた
のであるから,高山営業所が「就業の場所」となる。そして,Aは同
月以降の平日は高山営業所における業務に従事するため,本件社宅を
拠点とし,ここで日常生活を営んでいたのであるから,本件社宅が
「住居」となることも疑いない。
(3)ア39号通達は,「単身赴任者等が,労働者災害補償保険法第7
条第2項に規定する「就業の場所」と家族の住む家屋(以下「自
宅」という。)との間を往復する場合において,当該往復行為に反
復・継続性が認められるときは,当該自宅を同項に規定する「住
居」として取り扱うものとする。」としている。
イ前記1の事実のとおり,Aは金曜日の勤務終了後に高山営業所な
いし本件社宅を出発して本件自宅に戻り,勤務日前日の午後5時こ
ろには本件自宅を出て本件社宅に向かうという往復を月平均2回以
上繰り返していたものである。
ウしたがって,金曜日のうちに高山営業所から本件自宅に戻るAの
移動(本件社宅を経由していても,通常,それは労働者災害補償保
険法施行規則8条に定める日用品の購入その他これに準ずる行為と
認められる。)においては,39号通達によっても,本件自宅は
「住居」に該当するものと認められる。
エまた,本件自宅からの移動が,直接に「就業の場所」である高山
営業所への移動であるならば,39号通達によっても,本件自宅は
「住居」にあたることになり,この移動は「住居」から「就業の場
所」への移動ということになる。
ところで,Aは,前記1の事実のとおり,平成11年8月1日
(日曜日)午後5時30分頃,本件自宅を自家用車で出発し,高山
営業所の2階にある本件社宅に向かったものであるが,被控訴人は,
本件社宅は「就業の場所」と同視できるものであると主張するので,
以下検討する。
前記1の事実のとおり,Aは高山営業所の所長として赴任したも
のであるところ,高山営業所(1階と2階の一部)と本件社宅(2
階)はその両者で1棟の建物を構成しており,したがって,AはB
会社の財産であるこの建物全体の管理責任者であったと推認される。
また,Aは,高山営業所の所長として,所定の勤務時間以外の時間
帯であっても,必要があれば直ちに高山営業所に出て指揮・管理を
することが期待されていたものと認められる。
そして,Aが本件社宅を利用することになったのは,B会社が本
件社宅を改装して,Aが入居できるよう準備していたことに起因す
るものであるが,同社がこのような準備をし,使用料も低廉な金額
(共益費を含み月額7450円)に設定しているのは,高山営業所
の所長の上記職務も考慮しているからであり,また,Aが本件社宅
への入居を了解したのも高山営業所の所長として勤務することを命
じられた者として,上記職務を果たすことが当然のことであると判
断したことによると考えられる。
以上のとおり,高山営業所の所長を命じられたAにとって,他の
住居を選択することは事実上著しく困難な状況にあったうえ,本件
社宅への入居はそれ自体が高山営業所の所長としての職務の一環で
あったと評価でき,したがって,本件社宅は「就業の場所」と同視
するのが相当である。
本件社宅(2階)の出入口が外付けの階段で,高山営業所とは出
入口を異にし,本件社宅が独立性を有していたこと(乙38の2)
などの事情は上記判断を左右するに足りるものではない。
そうすると,Aが平成11年8月1日(日曜日)午後5時30分
頃,本件自宅を自家用車で出発し,高山営業所の2階にある本件社
宅に向かった移動は,「住居」から「就業の場所」への移動と認め
られる。
(4)次に,この移動が「就業に関し」てなされたものかが問題になる。
ア前記1の事実によれば,Aが勤務日当日,その執務開始時刻まで
に本件自宅から高山営業所に通勤する手段は自動車しかないこと,
本件自宅から本件社宅及び高山営業所への自動車による移動には,
最短の経路によっても所要時間が約3時間30分かかること,高山
営業所におけるAの執務開始時刻は午前9時であることが認められ,
これらの事実によれば勤務日当日に本件自宅から高山営業所に通勤
しようとすれば,午前5時30分以前に本件自宅を出発しなければ
ならず,身支度や朝食の時間も考慮すると午前4時30分頃には起
床しなければならないものと認められる。
イそして,前記1の事実のとおり,Aは,当時,「イライラ,落ち
着かない,不安,下痢」などの症状があり,うつ病(抑うつ状態)
と診断されて投薬治療を受け,日中においても寝込むことが多かっ
たという状況からすると,上記アのような態様で勤務日当日に通勤
することは,通常とは異なる早起きのうえ,午前9時までに必ず到
着しなければならないという心理的圧迫感のもとで自動車の運転作
業を行うことになるが,これは著しく困難なことであったと推認さ
れ,当時のAの状況からすれば,勤務日前日の時間に余裕のある状
況で通勤することはその健康と安全のため止むを得ない行動であっ
たものと認められる。
ウそして,Aの本件事故当日の移動が他の目的のための移動である
ことを認めるに足りる証拠はなく,その出発時刻・移動経路その他
の状況に照らし,翌日の勤務のための移動であると認められる。
エ以上によれば,Aの本件事故当日における本件自宅から本件社宅
への移動は,「就業に関して」行われたものと認めるのが相当であ
る。本件社宅到着後,執務開始時刻までに10時間以上の自由な時
間が生じ,本件社宅で睡眠・休養を取ることになることが予定され
ることは上記判断を左右するに足りるものではない。
(5)そして,Aの本件事故当日の移動が「合理的な経路及び方法によ
り」行われたことについては,前記1に認定したとおりであり,また,
その移動が業務の性質を有するものではないことは明らかである。
3以上のとおり,本件事故は,被災者が就業に関して週末帰宅型通勤を
行っていた途上に発生したものというべきであり,通勤災害に該当する
から,これを通勤災害に該当しないと判断した本件処分は違法であり,
取り消されるべきである。
よって,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人の請求は
理由がある。」
第4結論
よって,原判決は相当であって,控訴人の本件控訴は理由がないからこれを
棄却することとし,主文のとおり判決する。
名古屋高等裁判所民事第3部
裁判長裁判官青山邦夫
裁判官坪井宣幸
裁判官田邊浩典

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