弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人石井将、同谷川宮太郎、同市川俊司の上告理由について
一 論旨は、地方公営企業労働関係法(以下「地公労法」という。)附則四項によ
り地方公営企業職員以外の単純な労務に雇用される一般職の地方公務員(以下「単
純労務職員」という。)に準用される同法一一条一項の争議行為禁止規定が憲法二
八条に違反しないとした原判決は、同条の解釈適用を誤つたものである、というの
である。
二 よつて考えるに、地方公営企業職員の労働関係について定めた地公労法(一七
条を除く。)は、同法附則四項により単純労務職員の労働関係にも準用されるが、
同法一一条一項は、「職員及び組合は、地方公営企業に対して同盟罷業、怠業その
他の業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができない。また、職員並
びに組合の組合員及び役員は、このような禁止された行為を共謀し、そそのかし、
又はあおつてはならない。」と規定している。そして、同法一二条は、地方公共団
体は右規定に違反する行為をした職員を解雇することができる旨を規定し、また、
同法四条は、労働組合又はその組合員の損害賠償責任に関する労働組合法八条の規
定の適用を除外している。しかし、地公労法一一条一項に違反して争議行為をした
者に対する特別の罰則は設けられていない。同法におけるこのような争議行為の禁
止に関する規制の内容は、国の経営する企業に勤務する職員(以下「国営企業職員」
という。)及び公共企業体職員の労働関係について定めた公共企業体等労働関係法
(昭和六一年法律第九三号による改正前のもの。以下「公労法」という。)におけ
るそれと同じである。
 ところで、国営企業職員及び公共企業体職員につき争議行為を禁止した公労法一
七条一項の規定が憲法二八条に違反するものでないことは、当裁判所の判例とする
ところであるが(昭和四四年(あ)第二五七一号同五二年五月四日大法廷判決・刑
集三一巻三号一八二頁 名古屋中郵事件判決)、この名古屋中郵事件判決が公労法
一七条一項の規定が憲法二八条に違反しないとする根拠として、国営企業職員の場
合について挙げている事由は、(1) 公務員である右職員の勤務条件は、憲法上、
国民全体の意思を代表する国会において、政治的、財政的、社会的その他諸般の合
理的な配慮を経たうえで、法律、予算によつて決定すべきものとされており、労使
間の自由な団体交渉に基づく合意によつて決定すべきものとはされていないのであ
つて、右職員については、労使による勤務条件の共同決定を内容とする団体交渉過
程の一環として予定された争議権は、憲法によつて当然に保障されているとはいえ
ないこと、(2) 国営企業の事業は、利潤の追求を本来の目的とするものではなく、
国の公共的な政策を遂行するものであり、かつ、その労使関係にはいわゆる市場の
抑制力が欠如しているため、争議権は適正な勤務条件を決定する機能を十分に果た
すことができないこと、(3) 国営企業職員は実質的に国民全体に対してその労務
を提供する義務を負つており、その争議行為による業務の停廃は国民全体の共同利
益に重大な影響を及ぼすか、又はそのおそれがあること、(4)争議行為を禁止した
ことの代償措置として、法律による身分保障、公共企業体等労働委員会による仲裁
の制度など相応の措置が講じられていること、の四点に要約することができる。
三 そこで、名古屋中郵事件判決が公労法一七条一項の規定が憲法二八条に違反し
ないとする根拠として挙げた右各事由が単純労務職員の場合にも妥当するか否かを
検討する。
 1 地方公務員の勤務条件は、政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配
慮により、国会及び地方議会が定める法律及び条例、予算に基づいて決定されるべ
きものとされている。この場合には、私企業におけるような団体交渉による労働条
件の決定という方式が当然には妥当せず、争議権は、団体交渉の裏付けとしての本
来の機能を発揮する余地に乏しいのである。右のような勤務条件決定の法理は、既
に最高裁昭和四四年(あ)第一二七五号同五一年五月二一日大法廷判決(刑集三〇
巻五号一一七八頁 岩手県教組事件判決)において非現業地方公務員につき示され
たところであるが、この理は、現業地方公務員たる単純労務職員についても妥当す
るものといわなければならない。たしかに、地公労法は、単純労務職員に対し団結
権を付与している(附則四項、五条。なお、附則四項、地方公営企業法三九条一項、
地方公務員法五二条ないし五六条により、単純労務職員については職員団体に関す
る規定も適用される。)ほか、いわゆる管理運営事項を除き、労働条件に関し、当
局側との団体交渉権、労働協約締結権を認めており(附則四項、七条)、しかも、
条例あるいは規則その他の規程に抵触する内容の労働協約等の協定にもある程度の
法的な効力ないし意義をもたせている(附則四項、八条、九条)。しかし、このよ
うな労働協約締結権を含む団体交渉権の付与は、憲法二八条の当然の要請によるも
のではなく、その趣旨をできる限り尊重しようとする立法政策から出たものであつ
て、もとより法律及び条例、予算による制約を免れるものではなく、右に述べた地
方公務員全般について妥当する勤務条件決定の法理を変容させるものではない。
 2 単純労務職員の従事する業務は住民の福祉の増進を目的とするものであり、
かつ、その労使関係にはいわゆる市場の抑制力が働かず、争議権が単純労務職員の
適正な労働条件を決定する機能を十分に果たすことができないことは自明の理であ
る。
 3 単純労務職員の従事する業務の種類、内容等は、法律上具体的に限定されて
いないが、右職員は実質的に住民全体に対しその労務を提供する義務を負つており、
その業務は当該地域関係住民の福祉を増進し、その諸生活の利益に密接な関係を有
するものであつて、それが争議行為により停廃した場合には、行政運営に支障を生
ぜしめ、地域関係住民の諸生活の利益ひいては国民全体の共同利益に悪影響を生ぜ
しめるおそれがあるものといわざるを得ない。
 4 更に、争議行為を禁止したことの代償措置についてみるに、単純労務職員は、
一般職の地方公務員として、法律によつて身分の保障を受け、その給与については、
生計費、同一又は類似の職種の国及び地方公共団体の職員並びに民間事業の従事者
の給与その他の事情を考慮して定めなければならないとされている(地公労法附則
四項、地方公営企業法三八条三項)。加えて、地公労法は、単純労務職員が労働委
員会に対し労働組合法二七条の規定による申立てをすることができる(附則四項、
四条)ほか、一定の場合に同委員会があつ旋、調停、仲裁を行うことができる(附
則四項、四条、一四条、一五条、労働組合法二〇条、労働関係調整法一〇条ないし
一六条)こととしている。このうち、特に、右の調停、仲裁についてみると、地公
労法は、一般の私企業の場合にはない強制調停(附則四項、一四条三号ないし五号)、
強制仲裁(附則四項、一五条三号ないし五号)の途を開いており、仲裁裁定に対し
ては、当事者に服従義務を、地方公共団体の長に実施努力義務をそれぞれ負わせ(
附則四項、一六条一項本文)、予算上資金上不可能な支出を内容とする仲裁裁定及
び条例に抵触する内容の仲裁裁定は、その最終的な取扱いにつき議会の意思を問う
こととし(附則四項、一六条一項ただし書、一〇条、一六条二項、八条)、規則そ
の他の規程に抵触する内容の仲裁裁定がされた場合は、必要な規則その他の規程の
改廃のための措置をとることとしている(附則四項、一六条二項、九条)のである。
これらは、単純労務職員に対し争議権を否定する場合の代償措置として不十分なも
のということはできない。
四 以上によれば、名古屋中郵事件判決が、国営企業職員の場合について、公労法
一七条一項の規定が憲法二八条に違反しないことの根拠として挙げた前記各事由は、
単純労務職員の場合にも基本的にはすべて妥当するから、地公労法附則四項により
単純労務職員に準用される同法一一条一項の規定は、右判決の趣旨に徴して、憲法
二八条に違反しないに帰するというべきであり、これと同趣旨の原審の判断は正当
として是認することができる。論旨は、ひつきよう、独自の見解を前提として原判
決を論難するものであつて、採用することができない。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、
裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    牧       圭   次
            裁判官    島   谷   六   郎
            裁判官    藤   島       昭
            裁判官    香   川   保   一
            裁判官    奧   野   久   之

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