弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中210日をその刑に算入する。
千葉地方検察庁で保管中のバール1本(平成15年千葉検領3631号符号1),
刀(脇差し)1振り(同領号符号2)及び針金1本(同領号符号5)を没収する。
              理 由
(罪となるべき事実)
 被告人は,
第1 平成14年12月6日午後11時30分ころ,千葉県市原市ab番地c所在
のA方敷地内において,同所に駐車中の普通乗  用自動車内から同人所有に係る
現金約700円を窃取した
第2 同月7日午前1時10分ころ,同市de番地f所在のB方車庫内において,
同所に駐車中の普通乗用自動車の運転席ドアを  解錠して同車両のダッシュボー
ド等を物色し,金品を窃取しようとしたが,これを発見できなかったため,その目
的を遂げな  かった
第3 同日午前1時15分ころ,同市dg番地所在のC(当時62歳)方西側駐車
場において,同所に駐車中の普通乗用自動車内  から同人所有に係る写真等在中
の封筒1通を窃取し,同人に発見されるや,逮捕を免れるため,所携のナイフで同
人の胸部を  1回突き刺し,よって,そのころ,同所において,同人を胸部刺創
による心タンポナーデにより死亡させた
第4 平成15年9月18日午前零時ころ,千葉市h区i町j番地k所在のD方敷
地内において,同所に駐車中の普通貨物自動車  内から同人所有に係る現金4万
円及びデジタルカメラ等5点在中のバッグ1個(時価合計約5万6000円相当)を
窃取した
第5 同日午前2時30分ころ,同市l区m町n番地o所在のE方敷地内の扉で道
路と遮断された車庫内に,同扉と植え込みのす  き間などから侵入し,そのこ
ろ,同所において,同所に駐車中の普通乗用自動車内から同人所有に係る現金約4
万1000円  を窃取した
第6 同日午前2時49分ころ,同区m町p番地q付近路上において,
 1 業務その他正当な理由による場合でないのに,指定侵入工具である作用する
部分の幅約2.3センチメートル,長さ約42.  1センチメートルのバール1本
(平成15年千葉検領3631号符号1)を,自己の胴部に装着したベルトに差し
入れ,その  上から上着を着用して,隠して携帯した
 2 法定の除外事由がないのに,刃渡り約31.4センチメートルの刀(脇差し)
1振り(同領号符号2)を所持した
  ものである。
   なお,被告人は,判示第3の事実につき,捜査段階においては,「被害者を
傷つけてでも振り切って逃げようと思い,ナイ  フの切っ先を被害者の方に向け
て腰の辺りに構え,無我夢中で左右どちらかの足を被害者の方向に一歩踏み出し
た」旨供述   し,同様の犯行状況の再現もしていたところ,当公判廷において
は,「ナイフを持ったまま一歩前に踏み出してはいない」,「  被害者が私を捕
まえようとして,勢いよく走ってきて刺さった」などと,被害者を故意に突き刺し
たことを否定するかのよ  うな供述をしている。
   しかしながら,被告人は,ナイフをさやから出して刃を相手に向けた状態で
腰の辺りに構えていたことは認めているとこ   ろ,同ナイフを相手に見えるよ
うに示すなどしたことはなかったというのであるから,被告人が脅迫目的で同ナイ
フを構えた  のではないことは明らかである。そして,被害者の刺創を見るに,
同ナイフは,刃体の長さが約14.9センチメートルであ  るところ,着衣を通し
て右胸部(正中の右方約2.5センチメートルの位置)に刺入した後,後ろ上,左方
に向かって肋軟骨  等を刺切して胸腔内に入り,心臓を貫通しており,創洞の長
さは約14.8センチメートルに及んでいることなどからすれ   ば,同ナイフが
相当強い力でそのほぼ根元まで刺し入れられたことが認められる。
   これらに加え,被害者が上記創傷以外にナイフによる傷害を全く負っておら
ず被告人ともみ合う状況にはなかったと認めら  れることをも併せ考えると,被
害者の受傷は被告人の故意の刺突行為によるものと認められ,これを否定するかの
ような被告  人の上記公判供述は不自然,不合理であって信用できない。
 (累犯前科)
1 前科の表示
 宣告日・宣告裁判所 平成10年9月24日・千葉地方裁判所
 罪 名       窃盗,窃盗未遂,銃砲刀剣類所持等取締法違反
 宣告刑       懲役1年4月
 刑の執行終了日   平成11年12月15日
2 証拠
  検察事務官作成の前科調書
(法令の適用)
罰 条 
 判示第1及び第4の各所為につき,いずれも刑法235条  
 判示第2の所為につき,刑法243条,235条
 判示第3の所為につき,刑法240条後段(238条)
 判示第5の所為のうち
  住居侵入の点につき,刑法130条前段
  窃盗の点につき,刑法235条
 判示第6の所為のうち
  1の点につき,特殊開錠用具の所持の禁止等に関する法律16条,4条
  2の点につき,銃砲刀剣類所持等取締法31条の16第1項1号,3条1項
科刑上一罪の処理
判示第5につき,刑法54条1項後段,10条(1罪として重い窃盗罪の刑で処
断)
判示第6につき,刑法54条1項前段,10条(1罪として重い銃砲刀剣類所持等
取締法違反の罪の刑で処断) 
刑種の選択
 判示第3の罪につき,無期懲役刑
 判示第6の罪につき,懲役刑
累犯加重
 判示第1,第2及び第4ないし第6の各罪につき,刑法56条1項,57条(上
記各罪の刑にそれぞれ再犯の加重)
併合罪の処理
 刑法45条前段,46条2項
未決勾留日数の本刑算入
 刑法21条
没 収
 バール及び刀(脇差し)につき,いずれも刑法19条1項1号,2項本文(バール
は判示第6の1の犯罪行為を,刀(脇差し)は判示第6の2の犯罪行為をそれぞれ組
成した物)
 針金につき,刑法19条1項2号,2項本文(判示第1,第2,第4及び第5の
各犯罪行為に供した物)
訴訟費用の処理
 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
  本件は,深夜車上窃盗を繰り返していた被告人が,車上窃盗の犯行中被害者(当
時62歳の男性)に発見された際逮捕を免れ る目的でナイフで被害者の胸部を1
回突き刺して死亡させた強盗致死(判示第3),その直前に行った車上窃盗(判示
第1)及 び同未遂(判示第2),その後敢行した車上窃盗2件(判示第4,第5)
並びにその際の指定侵入工具であるバール1本の隠匿 携帯及び脇差し1振りの不
法所持(判示第6)の事案である。
  被告人は,二十代のころから窃盗を繰り返し,昭和29年以降前記累犯前科を
含めて窃盗罪等により懲役刑に9回(うち2回 は罰金刑を伴う。),罰金刑に3
回処せられた多数の前科を有するところ,その間,昭和58年に仮出獄した後しば
らくはタク シー運転手をしてまじめに生活していたものの,景気の悪化により収
入が減少したため,平成4年ころ昭和44年ころから専門 化していた車上窃盗を
再開し,さらに平成8年ないし9年ころからは,自分で作ったベルトにナイフ2
本,ペンライト,バー  ル,針金及びハンマーを収納し,これを装着して犯行に
及ぶようになり,前刑の仮出獄から1年くらいたったころから,再び犯 行に使用
するバール,針金,ナイフ等を準備し,同様のベルトを作ってこれらを携行した
上,週に二,三回の割合で,深夜千葉 県内等の各地で車上窃盗を繰り返していた
ものである。
  このように,本件一連の犯行は常習性の強い職業的犯行であるところ,まず,
量刑上最も重視されるべき判示第3の強盗致死 の犯行についてみるに,被告人
は,前夜から車上窃盗に出掛け,判示第1及び第2の各犯行に及んだものの,わず
かな金銭しか 得られなかったことから,引き続き判示第3記載の駐車場で車上窃
盗に及び,所携のハンマーで駐車車両の窓ガラスをたたき割 って車内を物色して
いたところを被害者に発見され,逮捕を免れるため,携帯していたナイフを取り出
して構え,被害者に右肩 をつかまれるや,同ナイフでその胸部を一突きして被害
者を即死させたものである。同犯行は利欲的であるだけでなく,逃走す るために
は人を傷付けることも全く意に介さない甚だ冷酷かつ自己中心的な犯行であって,
その動機に酌量の余地は全くない。
 犯行に使用したナイフは,刃先の尖鋭な刃体の長さ約14.9センチメートルの殺
傷能力の高い凶器であるところ,被告人は, ためらった様子もなく,同ナイフを
ほぼ根元まで一気に突き刺しており,犯行態様は誠に凶悪であって,一瞬にして被
害者の一 命を失わせた結果が極めて重大であることはいうまでもない。加えて,
被告人は,ナイフが被害者の胸部深く刺さった感覚を有 し,被害者が死亡するか
もしれないと思ったにもかかわらず,その後も,「こうなったら1万円以上盗んで
から帰ろう」などと 思って更に車上窃盗を続けたというのであって,このような
犯行後の行動からは,被害者の生命に危険を及ぼす重大な犯罪を犯 したことに対
する自責の念は全くうかがわれない。被害者は,一代で従業員合計86名の三つの
運送会社を築き上げ,長男に仕
 事を譲り,会長職に就いて一線から退いた後は,運送会社11社が加盟するトラ
ック事業共同組合の理事長を務めるかたわら, 公園を造成して地域住民に開放
し,障害者の福祉施設を造って提供するなど社会福祉活動にも力を入れていた篤志
家であって, 被告人の身勝手な犯行により,一瞬にして理不尽にも生命を奪われ
た被害者の無念さは察するに余りある。また,このような形 で長年連れ添った夫
あるいは尊敬していた父を奪われた妻や息子ら遺族の悲しみと憤りの念は計り知れ
ず,極刑を望むなど,当 然のことながらその処罰感情は極めて峻烈である。しか
るに,被告人は,遺族に対し何らの慰謝の措置もとっていない。さら  に,同事
件が地域の住民に与えたであろう衝撃及び不安も軽視できない。
  窃盗及び同未遂の各犯行については,前記のとおり常習性の強い職業的犯行で
ある上,かぎ型に加工した針金,バール,ハン マー,マグライト及びナイフ又は
脇差しを自作のベルトに入れて携行し,人相等が露見しないように,マスク及び帽
子を着用し て暗い色の衣服に着替えて出掛けるなど周到な準備をして犯行に及ん
でおり,極めて悪質である。被害は合計13万円余りと少 なくなく,各窃盗の被
害者に対しても何らの弁償もなされていない。
  また,判示第6の犯行は,車上窃盗に使用するバールを隠匿携帯し,被害者等
に発見される場合に備えて脇差しを所持してい たというものであるところ,その
動機に酌むべき点のないことはもとより,バールの隠匿携帯は常習的であり,所持
に係る脇差 しは刃渡り約31センチメートルの非常に殺傷能力の高い危険な凶器
であって,被告人が,判示第3の強盗致死の犯行後,凶器 を携行することの危険
性を省みることなく,従前車上窃盗時に携行していたナイフよりもいっそう殺傷能
力の高い凶器を所持す るに至ったことは,特に強い非難に値する。
  以上の諸点及び被告人の規範意識の欠如が明らかであることに照らすと,被告
人の刑責は誠に重大であり,強盗致死は偶発的 犯行であること,被告人が事実を
認め,自らの命で償うしかない旨述べて犯行を悔い反省の情を示していること,窃
盗について は被害品の一部が被害者に返っていること,高齢であることなど被告
人のため酌むべき事情を十分考慮しても,本件が酌量減軽 をすべき事案であると
はいえず,被告人に対しては無期懲役刑をもって臨むほかはない。
  よって,主文のとおり判決する。
 (求刑 無期懲役 バール,刀(脇差し)及び針金の没収)
 平成16年8月18日
 千葉地方裁判所刑事第1部
裁判長裁判官   金   谷       暁
   裁判官   堀   内   有   子
   裁判官   堀   江   明   子

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