弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中、金員支払請求に関する部分を破棄し、右部分を福岡高等裁判
所に差し戻す。
     その余の請求に関する部分の上告を棄却する。
     前項の上告費用は、上告人両名の連帯負担とする。
         理    由
 上告代理人諫山博の上告理由第一点ないし第五点、第七点について。
 原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)が、その挙示の証拠のも
とにおいて、上告人らにおいて本件土地の占有を有するとはいえないとした結論は、
当審も、これを正当として是認することができる。
 また、上告人らのいう小作権が、かりに所論のような主張する事実関係にあつた
としても、前記のように、上告人らにおいて、本件土地の占有を有しない以上(本
件小作権が登記されていることは上告人らにおいて主張していない)、本件小作権
をもつて、物権または、妨害排除請求権の行使を認められるべき性質の債権とも解
することはできない。
 したがつて、上告人らの本件土地の明渡請求を排斥した原審の判断は、結局、正
当である。
 本件土地明渡請求に関する所論(なお、違憲をいう部分の論旨は前提を欠く)は、
いずれも採用しがたい。
 ところで、原判決は、その確定した事実関係、とくに、昭和一九年二月一五日軍
が本件土地を含む板付地区の土地を飛行場用地として被上告人B1、同B2らの土
地所有者から買収した際、その土地所有者と小作人らが軍との間に、土地所有者と
小作人らとの間の小作契約は右両者間において合意の上解除し、土地所有者と軍と
の間においては該土地を軍に売り渡す、右土地売買代金並びに小作契約の合意解除
に伴い小作人に支払うべき離作料は、ともに、軍が定める基準に従つて軍から土地
所有者ならびに小作人にこれが支払をする旨の契約が成立し、軍は、右契約にもと
づいて板付地区の農地の離作料として本件土地を含む右農地の小作人に対し反当り
田について金九〇円畑については金六〇円の各割合によつてこれを支払うこととな
り、同一九年二月二二日上告人ら小作人の代理人であるDに対し、右の割合による
離作料の支払をしたが、被上告人ら土地所有者に対する土地代金については、軍は
国への土地所有権移転登記手続がなされた後に支払うことにしていたところ、本件
土地を含む板付地区の土地については国への土地所有権移転登記がなされないうち
に、同二〇年八月一五日終戦となり、遂に被上告人ら土地所有者への土地売買代金
は支払われないままとなつた。そして、軍が離作料として小作人らに支払つた前記
金額は、福岡県下の一般の慣行に比して相当低額であつたが、全国的基準にしたが
つたものであつて、当時いわゆる国家総動員の建前の下に物心両面の犠牲的行為が
要請されていた状勢を考慮すると、右金員が低いからといつて、小作権放棄の代償
たる性質を有しないということはいえない旨を説示して、結局、同一九年二月一五
日軍が板付地区の土地を買収した際、被上告人B1、同B2らの土地所有者と被上
告人ら小作人との間の小作契約が合意のうえ解除された旨を判示する。
 しかし、原判決の判文に徴すると、小作契約が合意により解除されたかどうかは、
小作人らに支払われた金員の性質が、原判示のいうように小作権放棄の代償たる離
作料か、それとも軍が一方的にきめた立毛の補償料に過ぎないものかが重要な関連
を有すると解されるのであるが、原判決は、一審における証人Eの証言及び甲五三
号証(右Eの別件訴訟における証言調書)を引用して前記のように、右「離作料」
は相当低額であつたけれども、当時の状勢を考えると小作権放棄の代償たる性質を
有しないとはいえないと判示している。しかしながら、軍が本件土地を買収した当
時においても、一般に離作料はその土地の価格(本件土地は反当り約金八八五円)
の約三〇%ないし五〇%である事実をうかがわしめる各種の証拠(たとえば、成立
に争いのない甲一六号証の二(昭和二八年九月一日付福岡県知事から福岡調達局あ
ての回答、一審一八八丁)証人F(一審四五九丁)、同松下聡(一審五六八丁、い
ずれも公務員)の各供述など)があり、もしこの事実が認められるならば、当時、
戦局いよいよ緊迫し国民に物心両面の犠牲が求められていた当時の事情のもとにあ
つても、土地所有者には一般の取引価格に相当する土地代金の交付が予定されてい
るにもかかわらず小作人らのみが通常の離作料の三分の一弱ないし五分の一の金員
を受領しただけで、その全生活がよつてたつ唯一もしくは最大の基礎ともいうべき
耕作権を完全かつ無条件に放棄したというのには、特段の事情の存在が必要である
と思われる(本件離作料については、一時的または一年間の稲作補償的な見舞金の
性質である趣旨の証拠も相当ある。たとえば、証人G(一審四八七丁、四九三丁)
同H(一審四一二丁)同F(一審四五〇丁)の各供述など。なお、甲五、六号証(
昭和二八年九月三〇日付元西部軍管区経理部I名義の回答および証明書、一審七六
丁)参照)ところ、原判決は、これらの特別事情の存否になんら言及することなく、
かつ前示各証拠を排斥する理由を明示しないで、前記の証拠だけから、本件「離作
料」の支払の一事をもつて小作権を放棄したものだと判示したのは、重要な証拠の
採否について判断をせず、その結果、審理不尽、理由不備の違法をおかしたものと
いうのを相当とすべく、この点の違法をいう論旨は理由があり、上告人らの金員支
払請求を排斥した部分の原判決は、他の論旨について判断するまでもなく、破棄を
免れない。
 よつて、原判決中、金員支払請求に関する部分の論旨は理由があるから、右部分
を破棄して、これを原審に差し戻し、土地明渡請求に関する部分の論旨は理由がな
いから、これを棄却し、右部分の上告費用は、上告人両名に連帯負担させることと
し、民訴法四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、九三条、八九条に従い、裁判
官全員の一致で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    石   田   和   外
            裁判官    色   川   幸 太 郎

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