弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成14年(行ケ)第52号 審決取消請求事件
平成16年7月20日口頭弁論終結
            判       決
   原      告    ザイブナーコーポレーション
    訴訟代理人弁護士     中村稔
    同        渡辺光
    訴訟代理人弁理士     中村彰吾
    同        小堀益
    同        堤隆人
    同        大久保好二
    被      告     特許庁長官 小川 洋
    指定代理人        片岡栄一
    同        吉村宅衛
    同        涌井幸一
    同        高橋泰史
    同        宮下正之
          主       文
   1 原告の請求を棄却する。
   2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日
と定める。
        事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 特許庁が不服2001-5599号事件について平成13年9月12日にし
た審決を取り消す。
   訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文1,2項と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
  原告は,平成11年6月21日(優先権主張1998年9月11日,米
国),名称を「身体装着可能なコンピュータ」とする発明につき特許出願(平成1
1年特許願第174712号。以下「本件出願」という。請求項の数は9であ
る。)をし,平成13年1月5日に拒絶査定を受けたので,平成13年4月11
日,これに対する不服の審判を請求した。
 特許庁は,これを不服2001-5599号事件として審理した。原告は,
この審理の過程で,平成13年5月11日付けの手続補正書により明細書の特許請
求の範囲及び発明の詳細な説明の補正(以下「本件補正」という。)をした。特許
庁は,審理の結果,平成13年9月12日,本件補正を却下し,同時に,「本件審
判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年9月28日,その謄本を原告に
送達した。
2 特許請求の範囲【請求項1】(平成12年12月1日付け手続補正書による
補正後のもの。別紙図面A参照)
「ラップトップ・コンピュータとしても使用できる手離しで起動される身体装
着可能なコンピュータであって,モニタを一体化したコンピュータ・ハウジング
と,手離しで起動される身体に装着されたコンピュータとして使用されるときの手
離しによる起動手段とラップトップ・コンピュータとして使用されるときの手動に
よる起動手段とを有し,前記手離しによる起動手段は,音声起動手段,眼球追跡起
動手段,脳波起動手段,及びそれらの組合せからなるグループの中から選択される
起動手段であり,前記手動による起動手段は,キーボードを有し,このキーボード
はコンピュータ・ハウジングと一体化した部分を有し,少なくとも部分的には拡張
可能であって,キーボードは,拡張されたときには,本質的に通常サイズのコンピ
ュータのキーボードの大きさとなり,さらに,前記コンピュータ・ハウジングは,
通信手段と電気的に接続するための手段を有し,手離しによる起動と手動による起
動との互換性を有する身体装着可能コンピュータ。」(以下,この請求項1の発明
を審決と同様に「本願発明」という。)
3 審決の理由
 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平9ー11
4543号公報(以下,審決と同様に「引用例1」という。)に記載された発明
(以下「引用発明」という。別紙図面B参照),並びに,特開平10-13377
0号公報(以下,審決と同様に「引用例2」という。)及び特開平10-1246
05号公報(以下,審決と同様に「引用例3」という。)などに記載された周知技
術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである,とするもので
ある。
 審決が,上記結論を導く過程において,本願発明と引用発明との一致点及び
相違点として認定したところは,次のとおりである。
一致点
「手離しで起動される身体装着可能なコンピュータであって,コンピュータ・
ハウジングと,手離しで起動される身体に装着されたコンピュータとして使用され
るときの手離しによる起動手段を有し,前記手離しによる起動手段は,音声起動手
段,眼球追跡起動手段,脳波起動手段,及びそれらの組合せからなるグループの中
から選択される起動手段であり,さらに,前記コンピュータ・ハウジングは,通信
手段と電気的に接続するための手段を有する身体装着可能コンピュータ。」
相違点
「(i)コンピュータが,本願発明にあっては,モニタとキーボードを一体化した
コンピュータ・ハウジングを有し,ラップトップ・コンピュータとして使用される
ものであるのに対し,引用例1にあっては,この構成を省略するものである点,」
(以下「相違点1」という。)
「(ii)起動手段が,本願発明にあっては,身体装着時の手離しによる起動手段
とラップトップ・コンピュータ使用時の手動による起動手段とからなり,手離しに
よる起動と手動による起動との互換性を有するものであるのに対し,引用例1にあ
っては,手動による起動手段についての明示がない点,」(以下「相違点2」とい
う。)
「(iii)キーボードが,本願発明にあっては,少なくとも部分的には移動可能で
あって,キーボードは,拡張されたときには,本質的に通常サイズのコンピュータ
のキーボードの大きさとなるものであるのに対し,引用例1にあっては,この構成
がない点,」(以下「相違点3」という。)
第3 原告主張の審決取消事由の要点
 審決は,本願発明と引用発明との相違点1ないし3についての判断を誤り
(取消事由1ないし3),本願発明の顕著な作用効果を看過したものであり(取消
事由4),これらの誤りがそれぞれ結論に影響することは明らかであるから,違法
として取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)
(1)相違点1の認定の誤り
  本願発明は,その構成要素として,①モニタ,②コンピュータ・ハウジン
グ,③ラップトップ・コンピュータとして使用されるときの手動による起動手段で
あるキーボードを有し,④モニタがコンピュータ・ハウジングと一体化して構成さ
れている,というものである。これに対し,引用発明は,その請求項1にも見られ
るとおり,①モニタに相当するコンピュータ表示手段(実施例では「ディスプレイ
スクリーン110」と称しているもの),②コンピュータ・ハウジング(実施例で
は「システムユニット106のようなハウジング」と称しているもの)を有し,③
キーボードに代わる入力手段として,音声作動手段,眼球追跡作動手段,脳波作動
手段及びその組合せからなるグループから選択されるハンドフリー作動手段を有
し,④モニタがコンピュータ・ハウジングとは別体に構成されているものである。
このように,引用発明は,モニタがコンピュータ・ハウジングとは別体に
構成されているものの,本願発明と同じ構成要素であるモニタとコンピュータ・ハ
ウジングを有し,また,本願発明のキーボードに対応する構成要素であるハンドフ
リー作動手段をも有するものである。したがって,引用発明は,本願発明の上記構
成要素を「省略」しているわけではない。審決の「引用例1にあっては,この構成
を省略するものである」(審決書6頁2行~3行)との相違点1の認定は誤ってお
り,この誤った認定に基づく相違点1についての判断も誤りである。
(2)相違点1についての判断の誤り
 審決は,相違点1について「身体装着可能なコンピュータとして,モニタ
とキーボードを一体化したコンピュータ・ハウジングを有し,ラップトップ・コン
ピュータとして使用されるように構成することは,例えば前記引用例2(特に第2
図参照)に見られるように従来より周知の技術的事項である。したがって,本願発
明におけるコンピュータとして周知の技術的事項を前提とすることは,当業者が容
易になし得ることと認められる」(審決書6頁14行~19行)と判断した。しか
し,審決のこの判断は誤りである。
(ア)引用例2の図2には,モニタとキーボードを一体化したコンピュータ・
ハウジングを有するコンピュータを身体に装着した図が示されているものの,その
発明の詳細な説明には,「NECの・・・は,図2に示すように身体の各部に適合
する曲線をつくるようにパックされた様々な種類の堅いコンピュータモデルのよう
なものを作った。・・・そのNECモデルはそれにもかかわらず同一の欠点を持
つ。そのNECの曲線を持つ構成は堅く,動的な動きに追従せず,さらに背骨には
不均一な負荷が生じる。」(甲8号証【0012】)などと,このような身体装着
可能な構成のコンピュータの欠点が記載されているだけであって,これをラップト
ップ・コンピュータとして使用するというような記載はない。引用例2の図2に示
されている「コンピュータモデルのようなもの」がラップトップ・コンピュータに
似ていることは認められるけれども,その形態をみるとラップトップ・コンピュー
タとして使用するには極めて不安定であって,実用化できるものとは思われない。
これらの引用例2の記載からいえることは,せいぜい,本件出願前にモニタとキー
ボードを一体化したコンピュータを身体装着可能にしようとした試みが知られてい
た,ということにとどまるのである。
(イ)引用例1には,キーボード入力を行わないハンドフリーで起動するコン
ピュータだけが開示されているものであり,手動による起動手段は明示的にも黙示
的にも記載されていないことからすれば,引用発明は,むしろ手動による起動手段
を排除しているものと解すべきである。
  引用例2に記載された発明は,単に引用発明の構成において「省略」さ
れた構成要素を有しているというものではなく,これもそれ自体で完結したコンピ
ュータシステムである。
  引用例1も引用例2もそれぞれ完結したコンピュータ・システムを開示
しているのであるから,これらの構成要素の一部を取出し,これらを置き換え,結
びつけて,引用例1とも引用例2とも全く異なる,新たな,それ自体で完結したコ
ンピュータシステムを構成することは,当業者が容易になし得ることではない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)
 審決は,相違点2について,まず「身体装着可能なコンピュータにおける起
動手段は,通常引用例1との対比における一致点にあるように手離しによる起動手
段が採用されるものであり,またラップトップ・コンピュータとしての使用時に
は,通常キーボードなどによって手動による起動手段が採用されるものであること
は技術常識である」(審決書6頁20行~24行)と認定した。しかし,このような
技術常識は存在しない。
 審決は,続いて,「携帯可能なコンピュータにおいて,手離しによる起動手
段と手動による起動手段を設けることは,例えば前記引用例3(特に「ノート型パ
ソコン」参照)に見られるように従来より周知の技術的事項であり,手離しによる
起動と手動による起動との互換性を有するようになすことは,当業者が適宜に定め
うる設計上の事項に過ぎないものと認められる。したがって,本願発明における起
動手段として周知の技術的事項を適用することは,当業者が容易になし得ることと
認められる。」(審決書6頁24行~30行)と判断している。
 しかし,引用例3には,その明細書のいかなる箇所にも,コンピュータを手
動で起動させるというような記載もなければ示唆もない。引用例3に記載の「医師
支援用パーソナルコンピュータシステム」の発明は,その詳細な説明の段落[000
1]の[産業上の利用分野]に記載されているように,診査野あるいは術野から視線を
離せず,しかもパソコン操作に手を使えない診察中あるいは手術中の医師が,パー
ソナルコンピュータを音声によって非接触的に操作することによって,コマンドあ
るいはデータの入力を行い,パーソナルコンピュータからの情報を非有線式に取り
出し,必要に応じて診査野あるいは術野とディスプレイ表示とを同時視認するもの
である。そして,その具体的な構成は,「シースルー機能を備えたゴーグルタイプ
ディスプレイの入力端子に,RGB信号ワイヤレスユニットの受信部を接続するこ
とによって,パーソナルコンピュータからのディスプレイ出力を非有線的に受信し
てゴーグルタイプディスプレイに表示する」(甲9号証【0004】)と,記載さ
れているものである。
 このように引用例3に記載された発明は,パーソナルコンピュータとディス
プレイが距離的に離れたシステムであり,また,起動手段は音声によるものであ
る。それ故,この引用例3に「携帯可能なコンピュータにおいて手離しによる起動
手段と手動による起動手段を設ける」(審決書6頁24行~25行)との記載はな
い。
引用例3に「ノート型パソコン」が言及されていることは事実である。しか
し,引用例3には,このノート型パソコンを手動で起動させるというようなことは
一言も述べられておらず,単に,ノート型パソコンの小型化,軽量化により,いわ
ば,通常のパーソナルコンピュータをノート型パソコンに置き換えることができ
る,という趣旨が述べられているにすぎない。まして,引用例3の明細書の全体を
通じて,「手離しによる起動と手動による起動との互換性」(審決書6頁27行)
などということは記載も示唆もされていないのである。
審決は,このような引用例3に関する誤った認定に基づき,上記のように誤
った判断に至ったものである。
3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り)
 審決の「コンピュータのキーボードとして,部分的には移動可能であって,
拡張されたときには通常サイズの大きさとなるように構成することは従来より周知
乃至慣用される技術的事項・・・である」(審決書6頁31行~35行)との点は争
わない。しかし,「本願発明におけるキーボードとして周知乃至慣用される技術的
事項を適用することは,当業者が容易になし得ることと認められる。」(審決書6頁
35行~37行)との判断は誤っている。
 デスクトップ・コンピュータやラップトップ・コンピュータとしての設置や
使用の便宜のために,キーボードが部分的には移動可能であって,拡張されたとき
には通常サイズの大きさとなるように構成することは従来より周知ないし慣用され
た技術ではある。しかし,本願発明は,手動で起動することができるラップトッ
プ・コンピュータとしても使用することができ,しかも手離しで起動することがで
きる身体装着可能なコンピュータとしても使用することができるものであるから,
これら二つの起動手段に適合し,かつ,身体装着可能にするためにキーボードを拡
張・縮小自在に構成することは,従来より周知ないし慣用された上記技術とは,そ
の技術的意義を全く異にするものである。本願発明における可動式のキーボードに
ついては,単に周知ないし慣用手段を適用したものとみることはできない。
 本願発明における「キーボードの少なくとも一部は可動式であって前記コン
ピュータ・ハウジングと一体的な部分を有し,かつ,その拡げたモードでは,実質
的に標準的なサイズのコンピュータのキーボードの大きさ」となる,という構成
は,周知あるいは慣用の手段にみられるような,コンピュータのキーボードの大き
さを縮小し,コンピュータ全体の小型化を目的としたものではない。むしろ,元来
が小型の手離し起動型の携帯用コンピュータをラップトップとして使用する際に
は,キーボードが必然的に小さいものとなるので使用しにくい,という問題を解決
するために,ラップトップ・コンピュータとして使用するときは通常のサイズのキ
ーボードとなるよう,拡張可能にするための構成であって,周知あるいは慣用の手
段とは,目的においても全く相反するものである。
4 取消事由4(本願発明の顕著な作用効果の看過)
 審決は,「本願発明により奏する作用効果も,当業者が予測し得る程度のも
のであって格別のものとは認められない」(審決書6頁38行~39行)と判断し
た。
 しかし,本願発明は,本願明細書に記載されたとおり,「身体装着型で手離
し様式のコンピュータは,非常に好適であるが,手離し様式の特徴が必要とされ
ず,入力のためにキーボード又はマウスを使用することが等しく好都合であるとい
う状況も存在する。更には,ヘッド・マウンテッド・ディスプレイ又はその他の取
外し式ディスプレイが必要とされないという場合も存在する。手離し起動
式(hands-freeactivation)コンピュータ及び手動起動式(handsactivated)コ
ンピュータの両方が必要とされ或いは所望されるという状況が,しばしば存在する
のである」(甲3号証【0007】)という要請に基づいて,発明されるに至った
ものである。本願発明は,その結果として,引用発明でも,引用例2及び3に記載
された発明でも達成できない顕著な作用効果を奏するものである。
第4 被告の反論の骨子
 審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
(1)相違点1の認定の誤りについて
 審決の「引用例1にあっては,この構成を省略するものである」(審決書
6頁2行~3行)との認定は,引用発明が,単に,本願発明における「モニタとキ
ーボードを一体化したコンピュータ・ハウジングを有し,ラップトップ・コンピュ
ータとしても使用される」という構成を具備していないという意味であり,それ以
上のことを意味するものではない。相違点1の認定に何ら誤りはない。
(2)相違点1についての判断の誤りについて
  引用例2の図2には,身体に着用可能な,プロセッサ及びCD-ROM読
取装置(D)及び開いた状態の入出力装置(E,F)(符号E,Fで示されるもの
は,それぞれ,キーボードを用いた入力装置,モニタであることは明らかである)
を備えたコンピュータが示されており,キーボードとモニタから成る入出力装置の
形態からみて,ラップトップ型のコンピュータとしても使用可能なものであること
は十分に読み取れるところである。また,身体装着可能なコンピュータとして,モ
ニタとキーボードを一体化したコンピュータ・ハウジングを有し,ラップトップ・
コンピュータとして使用されるように構成することは上記引用例2の外にも,実開
平6-30825号公報(乙1号証,以下「乙1文献」という。)にもみられるよ
うに従来より周知の技術的事項である。
 また,引用例1には,手離しで起動するコンピュータが開示されているも
のの,手動による起動手段を排除する旨の特段の記載はない。
 したがって,上記周知の技術的事項を前提として勘案すると,引用例1に
記載された「手離しで起動される身体装着可能なコンピュータ」においても,上記
周知の技術的事項のようにコンピュータ・ハウジングにモニタとキーボードを一体
化し,ラップトップ・コンピュータとしても使用できるように構成することは当業
者が容易になし得たものである。相違点1に関する審決の認定・判断に誤りはな
い。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
 ラップトップ・コンピュータにおいては,通常キーボード等の手動による
起動手段が採用されるものであることは技術常識であるから,引用例1に記載され
た「手離しで起動される身体装着可能なコンピュータ」を,コンピュータ・ハウジ
ングにモニタとキーボードを一体化し,ラップトップ・コンピュータとしても使用
できるように構成した場合,ラップトップ・コンピュータとしての使用時には,キ
ーボード等の手動による起動手段を採用することは当業者が通常常識的になし得る
ことである。審決は,単にこのことを述べたに過ぎず,審決の認定・判断に誤りは
ない。
引用例3には,いわゆるノート型パソコンの拡張スロットにカードを挿入
することにより音声認識機能をパーソナルコンピュータに組み込むことを簡単にす
ること,手を使わずに(音声により)パーソナルコンピュータを操作し,当該パー
ソナルコンピュータへの入出力を可能とすることが開示されている。ノート型パソ
コンとは,通常,ディスプレイ,キーボード等の手動による入力手段を備えた携帯
可能なコンピュータを指すものであるから,引用例3に記載のノート型パソコン
も,特別の理由がない限りキーボード等の手動による入力手段を備えるものと解す
るのが技術的にみて妥当である。
3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り)について
 ラップトップ・コンピュータ等の携帯可能なコンピュータのキーボードの
大きさを縮小し,コンピュータを全体として小型化することを目的として,キーボ
ードを,部分的に拡張可能であって,拡張されたときには通常サイズの大きさとな
るように構成することは従来より周知ないし慣用された技術的事項である。引用発
明すなわち手離しで起動される身体装着可能なコンピュータにおいても,手離しに
よる起動手段に加えキーボード等の手動による起動手段を設ける場合,コンピュー
タのキーボードの大きさを縮小し,コンピュータを全体として小型化することを目
的として,ラップトップ・コンピュータ等の携帯可能なコンピュータのキーボード
に関する上記周知乃至慣用される技術的事項を適用できることは明らかである。
4 取消事由4(本願発明の顕著な作用効果の看過)について
 引用発明すなわち手離しで起動される身体装着可能なコンピュータにおい
て,手離しによる起動手段に加えキーボード等の手動による起動手段を設ける場
合,身体装着時は手離しによる起動手段により起動し,手動による起動手段はラッ
プトップ・コンピュータとしての使用時に用いるように構成することは当業者が適
宜に定め得る設計上の事項にすぎず,そのように構成すれば手離しでも手動でも起
動できるということは,当業者が十分に予測し得る程度のものであって格別のもの
とはいえない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
(1)相違点1の認定の誤りについて
 原告は,引用発明は,モニタがコンピュータ・ハウジングとは別体に構成
されているものの,本願発明と同じ構成要素であるモニタとコンピュータ・ハウジ
ングを有し,また,本願発明のキーボード対応する構成要素であるハンドフリーの
作動手段をも有するものであるから,本願発明の上記構成要素を「省略」している
わけではない,と主張する。
 しかし,審決が引用例1から認定した引用発明は,本願発明における「モ
ニタとキーボードを一体化したコンピュータハウジングを有し,ラップトップ・コ
ンピュータとしても使用される」という構成を具備していないのであり(この点
は,原告の主張自体からも明らかである。),審決は,この意味において,引用発
明は,「この構成を省略するもの」(審決書6頁2行~3行)と認定したものであ
って,審決の相違点1の認定に何ら誤りはない。
(2)相違点1についての判断の誤りについて
 原告は,引用例2の図2には,モニタとキーボードを一体化したコンピュ
ータ・ハウジングを有するコンピュータを身体に装着した図が示されているもの
の,その発明の詳細な説明には,これをラップトップ・コンピュータとして使用す
るというような記載はなく,また,同図に示されている「コンピュータモデルのよ
うなもの」の形態をみると,ラップトップ・コンピュータとして使用するには極め
て不安定であって,実用化できるものとは思われない,と主張する。
 しかし,引用例2の発明の詳細な説明には「より楽に着用できるコンピュ
ータの技術革新及び発明が行われる。NECのAは,図2に示すように身体の各部
に適合する曲線をつくるようにパックされた様々な種類の堅いコンピュータモデル
のようなものを作った。それらの装置は,プロセッサ及びCD-ROM読取装置
(D)及び開いた状態の入出力装置(E,F)を備える。」(甲8号証【001
2】)との記載がある。
 引用例2のこの説明と図2からも明らかなように,引用例2に記載された
発明は,プロセッサ及びCD-ROM読取装置(D)を備えたコンピュータ本体
と,キーボードとモニタにそれぞれ相当する入出力装置EとFを一体化したコンピ
ュータ・ハウジングを備えたものであるから,この入出力装置EとFを,ひざの上
ないし机の上に載せて使用するラップトップ・コンピュータとしてこれを使用し得
ることも明らかである。
 また,乙1文献を見ると,身体装着可能なコンピュータにおいて,これと
分離可能な入出力部(キーボードと表示器を一体化したコンピュータ・ハウジン
グ)を形成し,これをラップトップ・コンピュータとして使用することが記載され
ている(乙1号証)。
 このように,引用例2及び乙1文献には,身体装着可能なコンピュータと
接続された,モニタとキーボードを一体化したコンピュータ・ハウジングを,ラッ
プトップ・コンピュータとしても使用し得ることが記載されているのであるから,
審決がこれを周知の技術的事項であると認定したことに誤りはない。
(3)原告は,引用例1では,キーボード入力を行わないハンドフリーで起動す
るコンピュータだけが開示され,手動による起動手段は,明示的にも黙示的にも記
載されていないことからすれば,引用発明は,むしろ手動による起動手段を排除し
ている,と主張する。
 しかしながら,引用例1には,引用発明が手動による起動手段を排除する
旨の記載はない(甲7号証)。原告の主張は,具体的な根拠に基づかないものであ
って,失当である。
 原告は,引用例1も引用例2もそれぞれ完結したコンピュータ・システム
を開示しているのであるから,これらの構成要素の一部を取出し,これらを置き換
え,結びつけて,引用例1とも引用例2とも全く異なる,新たな,それ自体で完結
したコンピュータシステムを構成することは,当業者が容易になし得ることではな
い,と主張する。
 しかし,引用例1及び2がそれぞれ完結したコンピュータ・システムを開
示しているとしても,身体装着型で手離し様式のコンピュータにおいて,手離し様
式の特徴が必要とされず,入力のためにキーボード又はマウスを使用することが好
都合である場合も生じ得ることは明らかであるから,当業者であれば,このような
場合もあることを考慮して,身体装着型のコンピュータである引用発明に,同じコ
ンピュータの技術分野における引用例2及び乙1文献に記載された周知技術を適用
することに想到することは容易である(この適用を妨げる格別の事情は存在しな
い。)というべきである。原告の上記主張は採用し得ない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
 審決は,「携帯可能なコンピュータにおいて,手離しによる起動手段と手動
による起動手段を設けることは,例えば前記引用例3(特に「ノート型パソコン」
参照)に見られるように従来より周知の技術的事項であり」(審決書6頁24行~
27行)と判断した。
 原告は,引用例3には,その明細書のいかなる箇所にも,コンピュータを手
動で起動させるというような記載もなければ示唆もない,と主張する。
 確かに,引用例3には,「本発明は,診療中あるいは手術中の医師が診査野
あるいは術野から目を外すことなく,手を使わずにパーソナルコンピュータを操作
し,パーソナルコンピュータへの非有線的入力や非有線的出力を可能とすると共
に,診査野,術野の視野を遮ることなくパーソナルコンピュータからの情報を享受
し,診査野あるいは術野との並列視認や重複視認を可能とする直接的な医師支援用
パーソナルコンピュータシステムの開発を目的とするものである。」(甲9号証2
頁2欄33行~41行)との手離し起動についての記載がある。しかし,引用例3
に,「b.ノート型パソコンのシステム拡張用スロットに,パーソナルコンピュー
タ入力用音声認識カードを装着する。・・・d.ノート型パソコンのディスプレイ
出力端子にRGB信号ワイヤレスユニットの送信部を接続する。」(甲9号証3頁
4欄13行~20行)との実施例の記載があることから明らかなように,同実施例
においては,ノート型パソコンを使用しているのである。このようなノート型パソ
コンが,キーボードを有し,手動による起動を行う構成となっていることは,技術
常識であるから,引用例3に記載されたノート型パソコンは,携帯可能なものであ
り,音声による入力手段すなわち手離しによる入力手段と通常のキーボード等によ
る手動の起動手段を備えるものであることは明らかである。原告の上記主張は理由
がない。
 ラップトップ・コンピュータにおいては,通常,キーボード等による手動の
起動手段が採用されるものであることは,文献等を引用するまでもなく技術常識で
あるといえるから,引用例1に記載された「手離しで起動される身体装着可能なコ
ンピュータ」において,コンピュータ・ハウジングにモニタとキーボードを一体化
し,ラップトップ・コンピュータとしても使用できるように構成した場合,身体装
着時は手離しによる起動手段により起動し,ラップトップ・コンピュータとして使
用するときには,キーボード等による手動の起動手段を使用するとの構成を採用す
ることは当業者が容易になし得るところである。
 したがって,審決の「携帯可能なコンピュータにおいて,手離しによる起動
手段と手動による起動手段を設けることは,例えば前記引用例3(特に「ノート型
パソコン」参照)に見られるように従来より周知の技術的事項であり,手離しによ
る起動と手動による起動との互換性を有するようになすことは,当業者が適宜に定
めうる設計上の事項に過ぎないものと認められる。」(審決書6頁24行~29
行)との判断に誤りはない。
3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り)について
 原告は,本願発明は,手動で起動することができるラップトップ・コンピュ
ータとしても使用することができ,しかも手離しで起動することができる身体装着
可能なコンピュータとしても使用することができるものであるから,これら二つの
起動手段に適合し,かつ,身体装着可能にするためにキーボードを拡張・縮小自在
に構成することは,従来より周知ないし慣用された技術とは,その技術的意義を全
く異にするものであり,本願発明における可動式のキーボードについては,単に周
知ないし慣用手段を適用したものとみることはできないなど,と主張する。
 しかしながら,「コンピュータのキーボードとして,部分的には移動可能で
あって,拡張されたときには通常サイズの大きさとなるように構成することは従来
より周知乃至慣用される技術的事項・・・である」(審決書6頁31行~35行)こ
とは原告も争わないところである。このような周知ないし慣用技術は,ラップトッ
プ・コンピュータ等の携帯可能なコンピュータのキーボードの大きさを縮小し,コ
ンピュータを全体として小型化すること,及び,ラップトップ・コンピュータ等と
して使用するときは,通常のサイズのキーボードとなって使いやすくすることを目
的としたものと認められ,このような目的は,携帯可能なコンピュータ全般にわた
って要請されるものであるから,引用発明すなわち手離しで起動される身体装着可
能なコンピュータにおいて,手離しによる起動手段に加えキーボード等による手動
の起動手段を設けるに際し,同様の目的で,ラップトップ・コンピュータ等の携帯
可能なコンピュータのキーボードに関する上記周知乃至慣用される技術的事項を適
用することは,当業者が容易になし得るものであることは明らかである。原告の上
記主張は理由がない。審決の「本願発明におけるキーボードとして周知乃至慣用さ
れる技術的事項を適用することは,当業者が容易になし得ることと認められる。」
(審決書6頁35行~37行)との判断に誤りはない。
4 取消事由4(本願発明の顕著な作用効果の看過)について
 原告は,本願発明は,引用発明でも,引用例2及び3に記載された発明でも
達成できない顕著な作用効果を奏するものである,と主張する。
 しかしながら,当業者が本願発明の構成に容易に想到し得るものであること
は上記のとおりである。そして,原告が主張する上記作用効果は,本願発明の構成
自体から通常予測される作用効果であるにすぎないことは明らかである。本願発明
が,その構成自体から通常予測し得ない顕著な作用効果を奏するものということが
できない以上,原告の主張は,本願発明の進歩性を根拠付け得るものとみることは
できないというべきである。審決が,「本願発明により奏する作用効果も,当業者
が予測し得る程度のものであって格別のものとは認められない。」(審決書6頁3
8行~39行)とした判断に誤りはない。
5 結論
 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由
がなく,その他,審決には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。
 よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担並びに上告及
び上告受理の申立てのための付加期間の付与について,行政事件訴訟法7条,民事
訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所知的財産第3部
         裁判長裁判官    佐  藤  久  夫
           裁判官     設  樂  隆  一
    裁判官    高  瀬  順  久
(別紙)
図面A図面B

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛