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平成12年(ネ)第2902号 損害賠償等請求控訴事件(平成13年8月28日口
頭弁論終結。原審・東京地方裁判所平成10年(ワ)第16632号)
     判    決
 控訴人(被告)A
 訴訟代理人弁護士 池谷昇
 控訴人(被告)エンタプライズ株式会社
 訴訟代理人弁護士 清起一郎
 被控訴人(原告) B
 訴訟代理人弁護士 茅沼英幸
     主    文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人らの負担とする。
     事実及び理由
第1 控訴人らの求めた裁判
「原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。」との判
決。
第2 事案の概要
 被控訴人は、原判決別紙著作物目録一ないし五記載の著作物(本件著作物)の著
作権を有するが、控訴人らが共同して発行した原判決別紙書籍目録一ないし三記載
の書籍(本件書籍)は、本件著作物についての翻訳の著作権及び氏名表示権を侵害
するものであると主張して、控訴人らに対し、本件書籍の印刷、製本、発売及び頒
布の差止め並びに損害賠償を求めた。原判決は、被控訴人主張の著作権侵害を認
め、被控訴人の差止請求を認容し損害賠償請求の一部を認容した(氏名表示権の侵
害は否定した。)。
 当審の審理の対象となるのは、翻訳の著作権侵害を認め、それに基づく差止め及
び損害賠償を認容した原判決部分の当否であり、それに関する争いのない事実等及
び争点は、原判決事実及び理由中の第二の一、二に摘示されているとおりである。
ただし、原判決事実及び理由の第二の二の2の争点(氏名表示権の侵害の有無)
は、被控訴人のこの点に関する主張を理由のないものとした原判決に対し、被控訴
人からの控訴、付帯控訴がないので、当審の争点から外れる。したがって、これを
前提とする3の争点中原判決9頁末行から10頁3行目までに記載されている、被
控訴人主張の損害額からも、氏名表示権の侵害の損害額の主張部分は除かれる。被
控訴人の損害額は、原判決で認容された609万9030円(及びこれに対する遅
延損害金)までが、当審の審理の対象となっている。
第3 控訴理由(要点)
(控訴人A)
 1 翻訳の認定の誤り
 本件の争点の一つは、本件書籍の一部が本件著作物の一部を翻訳したものである
か否かである。原判決は、本件対照表に記載の全箇所を比較検討することなく、適
宜の1、2箇所についての検討を加えただけで、本件書籍における日本語の表現が
本件著作物における英語表現の直訳と類似していることをもって、本件書籍を本件
著作物の翻訳に当たると認定した。しかし、各箇所が以下の不可避的表現や目的的
差異表現等に該当すれば、それは「直訳」とは認定することはできないし、結果的
類似表現であっても、直ちに著作権侵害になるとはいえない。
 本件対照表に記載のうちで本件書籍と本件著作物の表現が類似ないし同一と思わ
れるものは、次の3つのタイプに分類される。
 (1) 不可避的表現
 本件書籍は、Cが開発したテクニックである「S.O.T.」(SACROOCCIPITAL
TECHNIC 頭蓋骨調整法)の理論と技術を解説するカイロプラクティッ
ク(CHIROPRACTIC 徒手脊柱矯正術)の教科書であることからして、著述上使わざ
るを得ない概念、用語、技術に該当する表現。
 (2) 目的的差異表現
 本件書籍はパーマー大学において教授されている「S.O.T.」の日本人向け
教科書であって、その理論と技術を説明するものであるが、著者である控訴人Aの
臨床と研究の成果を付加して、理論としての異説、技術としての新技術を説明する
ために、旧来の通説的理論や一般的技術の紹介をしている部分。
 「S.O.T.」はCの開発したテクニックであるから、それを説明する教科書
を著述する場合には、本件書籍に出てくるような表現を使用することになるが、控
訴人Aが当該表現をもって説明しようとする内容、趣旨、意味内容は、本件著作物
の意味内容とは差異がある部分。
 (3) 結果的類似表現
 「S.O.T.」の理論や技術を解説する教科書であるが、Cの前提としていた
医学的知識や医術の水準ではなく、現代医学や栄養学等の水準に基づく説明をした
後に、施術療法の技術としては旧来のカイロプラクティックの療術を実施すること
となるので、結果的には類似の説明となる部分であり、その思想ないし理論が相違
している部分。
 上記のとおり、「S.O.T.」による治療は、検査・カテゴリー分析・治療の
各段階において、いずれも定められた手順・順序に従って行われるものであるか
ら、これらを説明するための著作は、その対象の同一性から同一ないし類似の表現
となるのはやむを得ないところがある。本件書籍が本件著作物の翻訳でないと認定
すべき根拠は、当審において認否表として詳述したとおりである。原判決が、例示
した上「その違いは極めて少ない」と断定している部分は、むしろ控訴人Aのオリ
ジナリティを読み取ることができるから、他の部分も同様、一見類似性があるもの
の、実際は控訴人Aの創作によるものであることが分かる。
 2 損害額の認定の誤り
 原判決の損害額の認定は、本件書籍の翻訳割合を「ほとんど直訳」と評価するこ
とによっているが、上記不可避的表現などを除外すれば、翻訳割合も減少する。
 また、Cとパシフィック・アジア・カイロプラクティック協会との間の翻訳許諾
料は、出版価格の5~8%を超えるものであり、不当に高額であるから、これを基
準にして被控訴人が被った損害額とすることはできない。
(控訴人エンタプライズ株式会社)
 カイロプラクティックは、米国で確立され、専門の高等教育機関も存する治療法
であるから、同一の治療法を記載した書籍において、治療の手順、方法等において
表現が類似してくるのは当然である。よって、本件書籍が本件著作物の翻訳である
というためには、いかなる経緯によってその表現が記載されたかが主張され、立証
される必要があるのに、原判決は、この点の審理を尽くさないまま、本件書籍を本
件著作物の翻訳と断定したものであり、原判決は取り消されるべきである。
第4 被控訴人の反論
 控訴人Aが、本件著作物を翻訳してその配列を適当に変更し、その上で独自の論
述部分をつなぎ合わせて本件書籍を作成したのは明白である。例えば、本件書籍一
の58頁第5段落が本件著作物二の154頁第7段落を直訳したものであること
は、本件書籍一では、ダラ・サインの中心を説明するのに、「1米ドル銀貨の中
心」と記述されているが、この部分が本件著作物二の「THECENTEROFASILVER
DOLLAR」を翻訳したものであることからも明らかである。本件書籍三の52頁で
は、家庭のキッチン(台所)で見られる食物についての記述があるけれども、いず
れも日本人には余りなじみのない食物で、この部分は本件著作物五の28頁の記述
を直訳したものであることが明らかであって、これを控訴人Aの創作と見ることは
不可能である。
 上記の点からみて、控訴人Aが、本件著作物を翻訳したのに間違いはない。
第5 当裁判所の判断
 1 本件書籍の一部が本件著作物の一部を翻訳したものであるか否かについて
 当裁判所も、原判決添付対照表(本件対照表)の各左欄記載の本件書籍の部分の
ほとんどは、本件対照表の右欄記載の本件著作物の部分をそのまま直訳したものと
認めるものであり、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実及び
理由中の第三の一に説示されているとおりである。なお、原判決15頁3~5行の
括弧内の「JACK-KNIFEKNEE」に関する説示部分は削る。
 以下は、控訴人らが、当審において、本件著作物と本件書籍との間では文章表現
が異なる部分がある、あるいは不可避的に同一ないし類似する表現となるなどと主
張する点についての判断である。
 (1) 臨床家のためのブロックテクニック(本件書籍一)について
 (1)-1 本件著作物三(甲第4号証)の97頁20行目で「STANDTOHEADOF
TABLE.PATIENTBRINGSARMSOVERHEADINTOEXTENDEDPOSITION.」との記載に対応
するのは、本件書籍一(甲第1号証)の96頁5行目における「ドクターはテーブ
ルの頭方に立ち、患者は腕を伸ばして頭の上45度に持っていきます。」との記載
であり、「頭の上45°に持っていきます。」の「45°」の表現は本件著作物三
にはない。
 しかし、本件著作物三の上記「PATIENTBRINGSARMSOVERHEADINTOEXTENDED
POSITION」との表現を、その意味を念頭に置いてより分かりやすくするために意訳
したものと認められ、これをもって翻訳の域を出ているものと認めることはできな
い。
 (1)-2 本件書籍一の116頁12~15行「腰椎の矢状方向関節面にかかわる
症候群で、特に第5腰椎に関連し、左の神経根が牽引され、右の関節面が圧迫され
ている典型的な例です(第5腰椎は右下方転位)。右側で、第5腰椎に回転サブラ
クセーションがある場合、腰椎の冠状方向の関節面で右神経根が圧迫されています
(第5腰椎左回旋位)。」に対応する本件著作物一~三(甲第2~第4号証)の記
載はないので、この部分は、控訴人Aの独自の表現と認めることができる。
 (1)-3 本件著作物三の146頁1ないし5、8ないし11、13、14の項目
番号は、本件書籍一の100頁、101頁の4ないし11、13、14の記載に対
応するが、本件書籍一の99頁の1ないし3の項目番号の記載に対応するものとし
て被控訴人が主張する本件著作物の記載(本件著作物二の18頁、19頁、20頁
の記載)は、本件著作物三の上記記載との配置関係を考慮すると、翻訳の範囲に属
するものと認めることはできない。
 (1)-4 本件著作物三の255頁34行目から36行目の「BOTHPATIENTAND
DOCTORCANINHALETOGETHER...WHENINHALATIONISINPROCESS,PULL
DOWNWARDSLIGHTLYONTOPATIENT'SCLOSEDFISTANDHOLDFORFIVESECONDS...
PATIENTEXHALESANDSODOESTHEDOCTOR.」との記載部分は、本件書籍一の144
頁5行目から7行目における「患者とドクターは一緒に息を吸い、息を吸い込んで
いるときに、患者の握り拳にのせた手を軽く下方に引き3秒間保持します。患者が
息を吐くときは、ドクターも一緒に吐きます。」との記載に対応する。
 この記載に関し、控訴人Aは、「これは横隔膜ヘルニアの治療法についての記述
である。S.O.T.の一般的知識に基づいて書かれたものであり、治療法の記述
であって厳格に表現されなければならず、もし大幅に違っているとすれば、それは
逆に危険である。例えば、外科的手術法についての記述ではどの部をどのように切
開するという記述は同一になってしかるべきである。本件著作物では「5秒」とさ
れていて、本件書籍では「3秒間」と記述されている。これは控訴人Aの約20年
の臨床経験から「5秒間」では多くの場合、患者が苦痛を訴えるだけでなく、少な
からず筋肉の痙攣を引き起こす危険があったため「3秒間」という記述になったも
のであり、横隔膜ヘルニアの治療における筋肉の痙攣発症の限界域が「3秒」であ
ることを見極めたことになる。」と主張する。しかし、上記記載のうち「3秒間」
以外の表現は、本件著作物の表現をほぼ直訳したものと認められるので、本件書籍
一の上記記述は翻訳の範囲内に属するものというべきである。S.O.T.の一般
的知識が必然的に上記記載となってくるものであることを認めるべき証拠はない。
 (2) 臨床家のための内臓反射テクニック(本件書籍三)について
 (2)-1 本件書籍三(甲第7号証)20頁1~2行の記載は、「もし、カイロプ
ラクティック以外の治療が必要ない状態ならば、患者の愁訴にしたがって、冠状動
脈について話してもかまいません。」というものであるところ、本件著作物五(甲
第8号証)の10頁末尾6行の記載は、
「EVERYSPECIFICMANIPULATIVEREFLEXAPPLICAIONHASASPECIFICCONTROLFOR
THISPOSTGANGLIONICANDITNEEDNOTCOINCIDEWITHANYOFTHEREFLEXESYOU
ACTUALLYMANIPULATE.
WHENTHEMANIPULATIVEREFLEXHASBEENCONTROLLED,THEPOSTGANGLIONICISAN
IDEALFOLLOW-UPDAYTODAYVISITPROCEDURE.EACHMUSTBESPECIFICALLY
APPLIEDASWEWILLILLUSTRATE.」というものである。
 本件書籍三のこの部分は、控訴人Aの独自の表現がされているものと認められ、
翻訳の域を超えているものと認められる。
 (2)-2 本件書籍三37頁末行~38頁1行の記載に対応する本件著作物五21
頁末1~2行は「ALWAYSMANIPULATEFROMABOVEDOWNASIFYOUWEREDRAINING
ATUBE」(直訳は、「管を排水するかのように、必ず上から下にマニピュレーショ
ンしなさい。」)というものであるが、本件書籍三の上記記載は、「必ず管の中身
をしぼり出すように、上から下へ行います。」というものである。この部分は単に
意訳の範囲に属するものというべきである。
 (3) 翻訳か否かに関する総合判断
 (3)-1 本件対照表の本件著作物と本件書籍との記載の対応をみてみると、本件
著作物の記載を意訳した部分も多いところ、意訳部分をもって翻訳に当たらないと
することはできない。控訴人らは、S.O.T.技法の記述に由来する表現の必然
性があると主張するが、本件著作物が、言語及び図形の著作物であり、そこに独自
の表現がされているものであることは明らかである。その表現内容がS.O.T.
技法に係るものであることから、S.O.T.にかかわる用語や一般的な医学用語
が多く使われることも当然のことであるが、特に本件対照表に摘示の本件書籍の記
載に対応する部分の表現が、他のS.O.T.技法を解説した著作物であって本件
著作物より前に刊行されたものの表現と同じようなものとなり、そのようになるこ
とに必然性が存するものであることを認めるべき証拠はない。本件書籍の本件対照
表左欄の部分のうち、前記(1)-2、3、(2)-1で説示した部分を除く部分が、右
欄記載の本件著作物の対応部分を翻訳したものであることは、甲第1ないし第8号
証によって認定することができ、控訴人Aが独自に叙述したものであるとすること
はできない。
 例えば、本件書籍三の27頁にある「心臓の病変には、いろいろなケースがある
ので、ここでは臨床上の分類は割愛させていただきます。」との表現は技法の叙述
でないことは明らかであり、これに対応する本件著作物五17頁にある「CARDIAC
LESIONSAREMULTIPLE,ANDNOEFFORTWILLBEMADEHERETOCLINICALLY
CLASSIFYTHEM.」との表現と一致するものであり、本件著作物を翻訳したものにほ
かならないことになる。被控訴人が指摘する本件書籍一の58頁の表現とこれに対
応する本件著作物二の154頁の表現及び本件書籍三の52頁の表現とこれに対応
する本件著作物五の28頁の表現とを対比すると、これらの本件書籍における表現
が控訴人Aの創作によるものであるとは到底いうことができない。
 (3)-2 控訴人が、当審準備書面添付の認否表において主張する点をもってして
も、上記説示した以外の本件対照表の各左欄記載の本件書籍の部分が、各右欄記載
の本件著作物の部分を翻訳したものであるとの右認定を左右するものではない。
 なお、平成13年3月15日付け認否表(三)の認否補充書の主張は、原判決対
照表に記載のない部分に関するものにすぎない。また、認否表(三)補足一覧表
は、翻訳書(パシフィック アジア カイロプラクティック協会刊。乙22)にお
ける日本語表現と、控訴人A著作物における表現の対比を行っていて、英文である
本件著作物の表現との対比に関する主張ではない。
 2 損害額について
 (1) 被控訴人が本件著作権侵害により被った米ドルによる損害額は、原判決事実
及び理由の第三の三の1ないし4に説示されているとおりである。ただし、前記(1)
-2、(1)-3及び(2)-1に説示の部分に関する割合を除くのに伴い(別紙翻訳割
合表1、3参照)、次のとおり原判決の数値を改める。
 原判決18頁4行目の「76.9%」を「76.4%」に改め、その関係で、2
0頁5行目の「76.9%」を「76.4%」に、「3万7650米ドル」を「3
万7405米ドル」に改める。
 18頁6行目の「68.3%」を「68.2%」に改め、その関係で、20頁7
行目の「68.3%」を「68.2%」に、「1万6392米ドル」を「1万63
68米ドル」に改める。
 20頁8行目の「5万5320米ドル」を「5万5051米ドル」に改める。
 したがって、被控訴人の被った損害額は5万5051米ドルということになる。
 控訴人Aは、Cとパシフィック・アジア・カイロプラクティック協会との間の翻
訳許諾料が不当に高額であると主張するが、そのことを裏付けるべき事実関係を認
めることはできない。
 (2) 口頭弁論終結時当時の日本円と米ドルの交換レートが1米ドル当たり120
円前後を推移し、少なくとも1米ドル当たり118.5円を下回るものでなかった
ことは顕著な事実であるから、仮に118.5円を基準にして前記5万5051米
ドルを円に換算すると、652万3544円となり、被控訴人は少なくともこの金
額の損害を被ったものと認めることができる。
 原判決認容額である609万9030円はこの額の範囲内であり、被告である控
訴人らの控訴の関係でみれば、原判決認容額は正当である。
第6 結論
 よって、本件控訴は理由がない。
  東京高等裁判所第18民事部
          裁判長裁判官   永   井   紀   昭
             裁判官   塩   月   秀   平
             裁判官   古   城   春   実
(別紙)
翻訳割合表1   翻訳割合表3 

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