弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     一 本件控訴を棄却する。
     二 控訴費用は控訴人の負担とする。
         事    実
 第一 当事者の求めた裁判
 一 控訴人
 1 原判決中、控訴人敗訴の部分を取り消す。
 2 右取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。
 3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
 二 被控訴人
 主文一項同旨
 第二 当事者の主張
 当事者双方の事実上及び法律上の主張は、次のとおり当審における主張を付加
し、原判決一九頁一〇行目の「公開」を「条例八条一項により部分公開」に改める
ほかは、原判決の事実欄の第二(ただし、被控訴人の本件報告書の取消請求に関す
る部分)に記載されたとおりであるから、これを引用する。
 (当審における主張)
 一 控訴人
 1 条例は、請求権者本人の個人に関する情報についての公開請求権(以下「自
己情報開示請求権」という。)を制度として認めておらず、本人確認の手続に関す
る規定も置かれていないため、本人からの請求か否かを識別することもできない。
本来、情報公開条例で公開の対象とされているのは、社会公共性を有する住民の共
有財産としての行政情報であり、個人の自己情報開示請求権の対象となる個人情報
はその範囲外であり、それは別途個人情報保護条例で規定されるべき事項である。
 そして、条例七条一号は、一般人の視点から非公開事由を定めたものであり、情
報公開の請求者が本人であるか第三者であるかは問わないものであるから、非公開
事由に該当する情報が公文書中にある場合でも本人からの公開請求であれば公開す
べきであるとの考え方は、条例の枠を超えた解釈というべきである。
 したがって、本件児童の保護者である被控訴人に対して、本人と同視しうること
を理由として、本件児童の個人識別情報を開示することはできない。
 2 教育委員会が小・中学校の管理を適正かつ円滑に行っていくためには、各学
校の教育に関する情報を収集し、これを適正に管理していくことが重要である。
 そして、各学校長が教育長に提出する児童・生徒に係る事故報告書(これをおお
まかに類別すると、校内暴力報告書、問題行動報告書、体罰報告書、学校事故報告
書に分けられる。)中には、児童、保護者、教諭と学校及び教育委員会との間の緊
密な信頼関係のもとに収集・接近できる情報が含まれており、その情報は、当該児
童の将来を考慮し、適切な指導を行うために蓄積されるものである。
 そのため、控訴人は、児童・生徒の健全育成という教育の根本理念から、たとえ
それが事実であっても、その公開が当事者である児童に不利益となるおそれがある
ため、校内暴力報告書、問題行動報告書及び学校事故報告書の一部(性的被害報告
書等)については全面非公開とし、学校事故報告書の一部については児童等の個人
識別情報及び校長所見等の行政執行情報を墨塗りして部分公開しているものであ
る。
 ところで、本件報告書には、本件児童とその保護者である被控訴人の言動以外
に、本件教諭の言動及び他の保護者の本件教諭に対する評価、言動が記録されてい
るところ、これらの関係者の主張は齟齬しており、本件報告書を公開することによ
り関係者間の対立がさらに大きくなる可能性が強いうえ、教育委員会は、今後、児
童、保護者、教諭から情報を収集できなくなることが予想される。
 また、本件報告書の記載内容は、意思形成過程情報の性格をも有し、内部検討段
階の未成熟な情報が外部に提供されれば、住民に無用な混乱や誤解を招いたり、一
部の者のみに不当な利益や不利益を与えるおそれがある。
 右のとおり、個人識別情報及び行政執行情報が記録されている本件報告書は、公
開することができないものである。
 二 被控訴人
 1 被控訴人は、条例が個人情報開示制度を規定したものであると主張して本件
報告書の開示を求めているものではなく、本件報告書中の本件児童及びその保護者
である被控訴人の個人識別情報については、同人らがプライバシーの保護を放棄し
ている以上、右プライバシーの保護を理由としてこれを非公開とすることはできな
い旨主張しているにすぎないのであるから、控訴人の主張1は理由がない。
 2 学校長が教育長に提出する児童・生徒に係る事故報告書のうち、控訴人が全
面非公開としている文書は、可塑性に富む少年の健全な育成の観点から非公開にさ
れたものとして、その合理性を承認することができる。しかし、体罰報告書は、今
後は体罰をなくし、教諭と児童・生徒との信頼関係を回復するために事実関係を明
らかにする必要性が高いものであり、控訴人も被害児童の個人識別情報を除いて部
分公開をしているものである。
 したがって、「体罰ではないかとの母親の訴え」について記録された本件報告書
も、体罰報告書に準じて公開されるべきである。
 また、当事者間の主張に齟齬があるとしても、そのいずれが正しいのか、情報公
開によりこれを民主的な討論の場に提供することは、条例一条の「一層民主的な区
政運営の実現を図る」目的に資することになるのであるから、当事者間の主張に齟
齬があることは本件報告書を非公開とする合理的な理由にはならないものである。
         理    由
 当裁判所は、本件報告書は一定限度において部分公開されるべきものであるか
ら、これを全面的に非公開とすることは違法であり、被控訴人の本件報告書につい
ての公文書非公開決定の取消請求は右の意味において理由があるものと判断する。
その理由は、次のとおりである。
 一 次のとおり加除訂正を加えた上、原判決の理由欄の一、二項を引用する。
 1 原判決二八頁六行目の「校長がまとめた」を「校長が本件児童、被控訴人及
び本件教諭から調査してまとめた」に、同二九頁六行目の「ほとんどであって、」
から同七行目の「以上に、までを「多く、」にそれぞれ改める。
 2 同一〇行目と一一行目の間に次のとおり加える。
 「なお、控訴人代理人が本件報告書について、その形式に沿いつつ、公開可能と
する部分を○印の伏せ字、非公開を相当とする部分を×印の伏せ字でそれぞれ表示
し、当該部分に記載されている事項の概要(例えば「保護者の訴えの内容」)を注
記して作成した文書(乙第七号証)によれば、控訴人は、「3」の項目に記載され
ている被控訴人の氏名・住所・電話番号、本件児童の氏名・学年・組・生年月日・
続柄、「5」の項目に記載されている本件児童の氏名、本件教諭の氏名・教師歴及
び経過(校長がまとめた当該日時の状況)、「6」の項目に記載されている、「保
護者を交えた話合いの内容」(以下、同項目についてかぎ括弧付きで示すのは、前
記の記載事項の内容の概要を注記した文言である。)中の参加者の氏名、「指導主
事が保護者等を調査した内容」中の氏名と保護者等の発言内容、「指導主事の本件
教諭に対する調査」中の氏名と発言内容、「指導主事の保護者への説明」中の氏
名、「保護者会の内容」中の氏名と発言内容、「本件教諭についての他の保護者の
指摘」の内容及び「他の保護者の発言や行動とそれに対する本件教諭の対応」等、
「7」の項目に記載されている保護者の発言等については公開できないが、
「1」、「2」、「4」の各項目に記載されている件名、訴えの時期及び被控訴人
の訴えの内容、「5」の項目に記載されている日時、「6」の項目に記載されてい
る、「被控訴人の指摘内容」の全部、「保護者を交えた話合いの内容」、「指導主
事が保護者等を調査した内容」、「指導主事の本件教諭に対する調査」、「指導主
事の保護者への説明」、「保護者会の内容」、「話合いの状況説明」のうち、前記
控訴人が公開できないと考えている各部分以外の部分、「7」の項目に記載されて
いる、訴えについての校長の判断とその後の教職員への指導方針等については公開
可能と考えていることが認められる。」
 二 前示のとおり、条例七条は、「各号のいずれかに該当する情報が記録されて
いることにより、公開できない合理的な理由がある場合には、公文書の公開をしな
いことができる」とし、公開請求に対し、公開しないことができる公文書の範囲を
定めているが、同条が、公開しないことのできる文書の範囲を定めるにあたって、
それが一定内容の情報を記録したものであることのほか、「公開できない合理的な
理由がある」ことをも要件としていることに照らせば、実質的にみて、当該文書の
公開を拒否することに合理性があることが要求されているものと解すべきである。
 そこで、本件報告書について、控訴人主張の非公開事由が認められるかどうかに
ついて検討する。
 <要旨第一・二>1 条例七条一号該当性
 (一) 条例七条一号は、個人識別情報が記録されているものを非公開文書の一
つとして定めているところ、控訴人は、本件報告書には右個人識別情報が記録され
ているから、児童の健全育成及び児童のプライバシー保護を優先させてこれを非公
開とすべきであると主張する。
 (二) 確かに、本件報告書は、前示認定のとおり、体罰があったとされる当日
の状況と、その後の保護者側を交えた話し合いの経過や学校側の対応を、校長が関
係者の個人名を明らかにしてとりまとめたものであって、主として本件児童及び本
件教諭に関する情報で、特定の個人を識別できる内容のものが記録されていること
は明らかであり(右規定にいう個人識別情報が、被控訴人の主張するように個人の
私生活に関する情報のみに限定されていると解すべき根拠はない。)、また、一般
に、学校教育に関する情報については、人格形成の途上にある児童のプライバシー
の保護やその健全育成の観点から、その公開の可否について慎重な配慮をすべきこ
とは、控訴人主張のとおりである。
 (三) しかしながら、乙第一号証の一によれば、条例は、「区民の知る権利を
保障し、区民の区政への参加の機会の拡大、区民と区政との信頼関係の増進および
一層民主的な区政運営の実現を図ることを目的」とし(一条)、実施機関は、右目
的が「十分達成されるようにこの条例を解釈し、運用する」とともに、その解釈、
運用にあたっては、「個人に関する情報がみだりに公にされることのないよう個人
の尊厳を守るための配慮をしなければならない」(三条一、二項)と規定している
こと、条例七条一号アないしウは、個人識別情報であっても、法令等により何人で
も閲覧することができるものや公表することを目的として取得したものなど、秘密
にすべき必要のないものについてはこれを公開することとしていることが認めら
れ、これらの点からすると、条例七条一号が個人識別情報の記録されている文書を
非公開としているのは、あくまでも公文書に記載された個人に関する情報が当該個
人以外の者に公表されることにより、当該個人のプライバシー等の利益が侵害され
ることを考慮したものと解すべきであるから、個人識別情報が記録されている文書
であっても、当該個人本人(ないしその親権者)からの公開請求に対しては、個人
の指導、診断、判定、評価等に関する情報で本人に知らせないことが正当と認めら
れるもの(この判断については、控訴人の指摘する少年の健全育成の観点も考慮さ
れることになる。)を除き、同号に該当することを理由にその公開を拒否する必要
性も合理性もないというべきであり、同号に基づいてその公開を拒否することはで
きないものというべきである。
 ところで、控訴人は、条例は自己情報開示請求権を認めておらず、条例七条一号
は情報公開の請求者が本人であるか第三者であるかは問わないものであるから、非
公開事由に該当する情報が公文書中にある場合でも、本人からの公開請求であれば
公開すべきであるとの考え方は条例の枠を超えた解釈というべきである旨主張して
いる。
 しかしながら、条例が区政に関する情報の一般的公開について定めたものであ
り、自己情報開示請求権を認めたものではないことは控訴人主張のとおりである
が、条例七条一号は、前記説示のとおり、単に形式的に各号所定の情報が記録され
ているというだけではなく、実質的にみても公開できない合理的な理由がある場合
に限って当該公文書を非公開とすることを認めたものと解すべきところ、請求者自
身の個人識別情報については、本人に知らせないのを正当とする前記例外的な場合
を除き、その情報が記録されていることを理由として非公開とする合理的な理由は
認められないから、同条例七条一号の解釈上、非公開とすることはできないものと
解するのが相当である。本件条例及びその施行規則に、本人確認の手続等の規定が
置かれていないとしても、それは運用で十分まかなうことができる事柄である。
 したがって、控訴人の右主張は採用できない。
 (四) そうすると、被控訴人は本件児童の母であり、請求当時、本件児童は未
だ中学一年生であって被控訴人の保護下にあった(甲第一号証)ことなどからすれ
ば、被控訴人の本件報告書の公開請求は、条例七条一号の関係では、本件児童本人
の請求と同視してよいということができるから、被控訴人の右公開請求に対して
は、本件児童の個人識別情報部分に関する限り、前記の本人に知らせないことが正
当と認められる情報を除き、条例七条一号に該当することを理由にその開示を拒否
することはできないというべきである。
 (五) 次に、本件報告書中の本件教諭の個人識別情報部分についてみるに、控
訴人が、体罰報告書の公開請求について、氏名や教師歴を含め体罰を加えた教師の
個人情報をそのまま公開するという取り扱いをしていることは前記認定のとおりで
あるが、これは、控訴人が、体罰行為があったと認定される場合に作成される体罰
報告書に記録された当該教師の個人識別情報については、その情報の性質・内容、
その公開の有用性などを考慮した結果、条例七条一号の解釈運用として、個人識別
情報であっても公開するのが相当であると判断していることによるものと推測され
るのであって、右解釈運用は、条例三条一項が「実施機関は、第一条の目的が十分
に達成されるようにこの条例を解釈し、運用するものとする」としていることや、
同七条柱書が「公開できない合理的理由がある場合」と規定して、各号所定の情報
が記録されていることを理由に当該公文書の公開を拒否することにつき合理性があ
ることを要求していることなどに照らし、肯認することができる。
 そして、さきに認定したところによれば、本件報告書は、教育委員会の指示に基
づいて作成されたものではあるが、教師による体罰があったとの保護者の訴えにつ
いて、当日の状況とその後の経過や学校側の対応を校長がとりまとめて教育長宛に
報告したものであって、体罰報告書に準じた性格の公文書ということができる。
 しかしながら、体罰報告書は体罰が行われたと認定された場合に作成されるもの
であって、前記のとおり、この場合には当該教諭の氏名・教師歴等を含めた個人識
別情報を公開する合理性が認められるけれども、本件報告書のように体罰が行われ
たか否かが不明(校長は体罰は無かったと判断している。)の場合においては、こ
れを体罰報告書と完全に同一視することはできず、当該教諭の個人情報秘匿の利益
についてもある程度の保護を図る必要があり、例えば氏名等に至るまで公開すべき
ものとは考えられない。
 以上のような点を考慮しつつ、本件報告書において、本件教諭の個人識別情報と
して非公開とすることが合理的であると認められる範囲について検討するに、
「5」項(鼻血の出た状況)については、本件教諭の氏名・教師歴等それ自体か
ら、又は本件報告書の他の部分との照合により、本件教諭の識別特定を可能ならし
めるような部分(以下単に「識別特定を可能ならしめる部分」と表現する。)を非
公開とすることは合理的であるが、校長がまとめた当該日時の状況の部分は、本件
児童、本件教諭等の供述及び右供述から校長が判断した当該日時の状況が記録され
ているものと推測されるところ、体罰があったのではないかとの保護者の訴えに関
して当日の状況を当該保護者に公開することは、体罰問題を巡って関係者の間に対
立が起こり勝ちな今日の社会情勢の下においては、大乗的見地からすれば、学校と
保護者との信頼関係を醸成するうえで有用であると考えられることなどに照らす
と、右本件教諭等の供述内容については、本件教諭の識別特定を可能ならしめる部
分を除き、これを公開すべきものと考えられ、「6」項(その後の経過―保護者と
の話し合いの結果、関係者の調査結果等―)についても、本件教諭の識別特定を可
能ならしめる部分や直接体罰行為の有無に関係のない本件教諭に対する批判的発言
等を記載した部分があれば、これを非公開とする合理性があるといえるけれども、
それ以外の部分については、本件教諭自身の供述内容を記録した部分をも含め、こ
れを公開することが前記のような体罰に関する紛争の社会問題性に照らし相当であ
り、これを非公開とする合理性はないというべきである(なお、右のように本件教
諭の識別特定を可能ならしめる部分を除外した場合、残余の部分はすべて個人識別
情報に当たらないのではないかとの疑問も生ずるが、個人識別情報に当たるかどう
かは、当該公文書自体の記載のみによってではなく、文書の性格、それが作成され
た前後の諸事情等を総合的に考慮した上で、当該記録上の情報が特定の個人に関す
るものであることが識別されるかどうかを判断して定まるものであるところ、本件
報告書の取り扱っている小学校の教諭と生徒との関係は、比較的狭小で結合力の強
い地域社会を基盤とするものであり、右地域社会内では、本件の体罰を巡る紛争は
かなりの程度に一般に知られており、前記残余部分のみであっても、そのうち本件
教諭に関する部分が同教諭本人に関するものとして受け取られる可能性が大である
ことは容易に推測できるから、右残余部分もまた、本件教諭個人に関する情報を含
む限り個人識別情報に当たるものというべきであり、その上でその公開の可否を論
ずべきものである。)。
 (六) 本件報告書の「6」項、「7」項(校長所見)中には被控訴人以外の保
護者の氏名や発言内容が記録されており、それらの部分は当該保護者の個人識別情
報としての性格を有するので、これを非公開とする合理的理由があるかどうかを検
討すると、これら保護者としては、本件のような紛争化した問題に関して発言した
内容が自己の発言として公開されることを望まないことは十分ありうることである
が、前記のような体罰に関する紛争の社会問題性に加え、右発言が、その収録され
ている箇所からみて、体罰問題発生当日の事実関係を明らかにする性質のものでは
なく、かつ、校長により要約された形で記録されていること、発言のうち、体罰行
為の有無に関係のない部分は、前記のとおり本件教諭の個人識別情報として公開の
対象外とされていること等を考慮すれば、発言者を識別特定することを可能ならし
めるような部分は別として、発言内容自体については、非公開とする合理的な理由
はないというべきである(仮に被控訴人が発言をした保護者を識別特定できるとし
ても、それは被控訴人がそれら保護者とともに、その場に出席し発言を聞いた等の
理由によるものであり、本件報告書の公開によりそれらの保護者に関する個人情報
を新たに取得することによるものではないから、右の点は本件報告書を非公開とす
る合理的理由には当たらない。)。
 (七) 以上によれば、本件報告書中、本件児童の指導・評価等に関する情報で
本人に知らせないことが正当と認められるものを記録した部分、本件教諭の識別特
定を可能ならしめる部分、体罰行為の有無に関係のない事項を記載した部分、被控
訴人以外の保護者の発言につき発言者の識別特定を可能ならしめる部分については
個人識別情報として非公開とすべき理由があるが、その余の部分については、右理
由があるとは認められない。
 2 条例七条三号ア該当性
 (一) 教育委員会は、品川区における教育行政を処理するために設置された執
行機関であり、児童の事故等について学校長から報告を徴する事務は、教育委員会
が実施機関(実施機関の定義については乙第一号証の一の条例二条参照)となって
行う事務事業であって、本件報告書は、区政執行に関する情報が記録された公文書
である。
 (二) 控訴人は、本件報告書を公開すると、本件児童、保護者及び本件教諭の
私生活の平穏を害したり、誤解が生じるなどの弊害をもたらし、学校と教育委員会
との間に築かれていた信頼関係が維持できなくなるとか、今後、児童、保護者、教
諭と学校及び教育委員会との間の信頼関係に基づいた情報収集ができなくなるおそ
れがあるとか主張するが、右主張のうち、情報収集の阻害以外の点は主張自体が極
めて抽象的であり、証拠上も到底肯認するに足りない。また、情報収集の阻害の点
について言えば、既に認定したとおり、本件報告書は、本件体罰問題に関する保護
者の訴えの内容、当日の状況、その後の経過及び学校側の対応等を校長が要約した
ものにすぎないのであるから、公開すべき部分について前記のような限定を付して
もなお、これが公開されることによって右主張のような弊害を生ずるおそれがある
とは認めるに足りない。
 控訴人は、本件報告書を公開すると、被控訴人らの本件教諭に対する脅迫的な糾
弾や嫌がらせなどの弊害が継統、拡大することが予想される旨主張する。しかし、
公文書公開の請求者が公開された公文書を用いて違法な行為に出るおそれがあると
いえるような特段の事情がある場合には(本件において、そのような特段の事情が
存在するとの主張、立証はない。)、公開請求権の濫用としてこれを排斥する余地
があるとしても、右事情は、本件報告書が控訴人の主張するように区政執行情報に
当たるとする根拠となるものではない。
 また、控訴人は、本件報告書を公開すると本件児童の健全な育成が妨げられるか
のような主張をしているが、本件報告書は、控訴人が全面非公開としている校内暴
力報告書等とは異なり、体罰があったか否かについての報告書であるから、これを
公開しても本件児童の健全な育成が妨げられるおそれがあるとは認められない。
 さらに、控訴人は、本件報告書に記録されている本件児童及び被控訴人らの主張
と本件教諭の主張とは齟齬しており、本件報告書を公開することにより当事者間の
対立がさらに大きくなる可能性が強い旨主張しているが、右主張の齟齬は既に本件
に関し学校が被控訴人以外の保護者を交えて行った話合いのための会合、本件体罰
問題につき開催された保護者会等を通じて既にかなりの程度関係者や一般保護者に
認識されているものと認められる(乙第七号証、第九号証)から、仮にそのような
影響が生じるとしても、その程度は、本件条例七条三号アにいう「区政の公正また
は適正な執行を著しく妨げるおそれがある」に該当する程のものとは認めることが
できない。
 (三) 控訴人は、本件報告書は意思形成過程情報が記録されたものであり、こ
のような内部での検討段階の未成熟な情報が外部に提供されることは無用の混乱や
不公平な結果を招くと主張するところ、一般に行政における意思形成過程で作成さ
れた文書の公開について右主張のような弊害を生ずる可能性があることは考えられ
るが、そのような弊害の発生するおそれの有無は、当該行政過程全体の進行状況と
当該文書の記載内容との関係から個別的、具体的に判断されるべきであって、単に
意思形成過程情報が記録されていることから直ちに当該文書の公表が右のような弊
害を生じ、区政の公正・適正な執行を著しく妨げるおそれがあるということはでき
ない。そして、本件報告書の公開につき、そこに記録された情報の未成熟性の故に
無用の混乱等が生ずるおそれがあることについての具体的な主張・立証はない。
 (四) 以上のとおり、本件報告書は、品川区の教育行政の執行に関する情報が
記録されたものではあるが、これを公開することによって行政の公正又は適正な執
行に著しい支障が生じるおそれがあるとは考えられず、条例七条三号アの非公開文
書に当たらないというべきである。
 3 右1、2のとおり、控訴人の、本件報告書には本件条例七条三号アの非公開
情報が記録されている旨の主張は理由がないが、同条一号の非公開情報が記録され
ている旨の主張は、右1(七)のとおり一部理由がある。
 ところで、乙第一号証の一によれば、条例八条一項は、「実施機関は、公文書の
公開請求に係る公文書に、前条各号のいずれかに該当することにより公開しない情
報とそれ以外の情報が併せて記録されている場合において、公開しない部分とそれ
以外の部分とを容易に分離することができ、かつ、分離したことにより公開請求の
趣旨が失われることがないと認めるときは、公開しない情報に係る部分を除いて、
当該文書の公開を行うものとする。」と定めているところ、前記乙第七号証によれ
ば、右1(七)で非公開とすべきものとされた部分をそれ以外の部分と分離するこ
とは容易であると認められ、弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、校長が本件体罰
問題についてどのような調査をして体罰がなかったものと判断したかを知るため
に、本件報告書の公開請求をしたものと認められるから、右非公開とすべき部分を
分離しても、被控訴人の本件報告書の公開請求の趣旨は失われないものと認められ
る。
 そうすると、控訴人は本件報告書を部分公開すべきであったというべきであるか
ら、本件報告書を全面非公開とした本件決定は違法であり、取消しを免れない(な
お、本件報告書の記載内容が具体的に当裁判所に明らかでない以上、前記公開すべ
きものとされた部分を具体的に特定することができないから、本件報告書の非公開
決定の全部を取り消すほかない。)。
 以上の次第で、被控訴人の本件報告書についての公文書非公開決定の取消請求を
認容した原判決は相当である。よって、本件控訴は理由がないものとしてこれを棄
却することとし、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 加茂紀久男 裁判官 北山元章 裁判官 林道春)

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