弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     控訴費用は控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴人は原判決を取消す被控訴人の請求はこれを棄却する。訴訟費用は第一、二
審とも被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求め
た。そして当事者双方の事実上の陳述は控訴人において控訴人は昭和二十年七月頃
から同二十一年六月頃迄の間に本件家屋に付き屋根の修繕費約金千二百円、疊新調
費金千八百円、一階表側ペンキ塗替費金千五百円、襖新調費約金千五百円、台所建
具等修繕費約三千円、合計約九千円を支出しているが、これ等は被控訴人の負担に
属する修繕費で控訴人はその償還を受けたければならぬから、本件家賃及び損害金
債権と対当額にて相殺する。尚本件家屋返還の義務があるのであれば右修繕費の償
還あるまで家屋を留置する止附加陳述し被控訴人において右修繕費支出の事実は否
認する相殺及び留置権の抗弁は控訴人が故意又は重大な過失によつて時機に後れて
提出した防禦の方法で、訴訟の完結を遅延させるものであるから異議がおると述べ
た外は原判決事実摘示と同一でおるから茲にこれを引用する。
 立証として被控訴人は甲第一号証、同第二号証の一、二、同第四号証の一乃至
四、同第五号証を提出し原審に於ける被控訴本人の訊問を援用し当審に於いて証人
A、被控訴本人の訊問を求め控訴人は原審に於ける控訴本人の訊問を援用し、当審
に於いて証人A、控訴本人の訊問を求め甲各号証の成立を認めた。
         理    由
 控訴人が訴外Aの仲介によつて被控訴人所有の東京都豊島区ab丁目c番地所在
木造トタン葺三階建一棟建坪十八坪一合七勺、二階十坪、同六坪一合七勺、三階五
坪(賃貸借物件の範囲に付ては争がある)に付き賃料を一ケ月金七十円とする賃貸
契約が成立したこと右建物の内道路に面する一階十坪、二階十坪、三階五坪の部分
を控訴人が占有していることは当事者間に争のないところである。控訴人は被控訴
人との間に成立した本件賃貸借契約は單に右の占有部分のみでたく家屋全部即ち裏
側二階建坪八均一合七勺、二階六坪一合七勺も含むものであると争うが成立に争の
ない甲四号証の(証人Aの訊問調書)原審にあける被控訴本人訊問の結果によると
賃貸借契約成立当時裏側二階建の部分は被控訴人が使用する為めに留保したことが
認められるから控訴人の右主張は採用し難い、原審及び当審における控訴人本人訊
問の之に反する供述は右認定を覆し得ない。
 次に被控訴人は本件賃貸借に付いては期間を控訴人が住宅を新築するまでと定め
たものであつた所、控訴人はその後東京都北区d町e番地に住宅を新築し、昭和二
十二年六月三十日その新居に移転したから同日を以て賃貸借契約は終了したと主張
し、甲第四号証の二原審における被控訴本人訊問の結果によれば戦災によつて家を
失つた控訴人は賃借当時自分の家を建てる迄借受けたいと申出でたことが認められ
るから、これを<要旨第一>審究して見るに賃借人が具体的に家屋建築に着手してい
るとか少くともその目論見を立てているとか云う家屋建築の実現性があ
つて只何時迄にと云うことを確定しかねる程度の状態にあつて叙上のような約定を
したのであれば、これは不確定期限を定めたものと解釈せねばとらぬであろうけれ
ども、単に家屋を新築したいと云う希望を持つているに過ぎないで未だ建築すると
云うことが確実でない場合にはこれを以て何時かは必ず到来する不確定期限を定め
たものと見ることはできない。甲第四号証の二に依れば本件賃貸借契約の成立した
のは被控訴人主張のように昭和二十年五月頃であつて、当時は未だ太平洋戰争の最
中で建築資材の欠乏、人手の不足甚しく且家屋は数次の空襲によつて次々に破壊焼
失していたことは控訴人の原審及び当審における訊問の結果によつて認められるか
ら、かかる事情の下においては個人の住宅を確定的に建築するということは誰しも
望めなかつたところでおるとするのが相当であり、自己の家屋新築までと云うよう
な申出をした控訴人が建築請負業者であつたとしても、この新築は只將来の希望を
述べたに過ぎないもので不確定期限を定めたものと云うことはできないと見るのが
妥当である。そうするとこれを不確定期限を定めたものとし控訴人が事情の変更し
た終戰後の昭和二十二年六月三十日に住宅を新築したのを以て不確定期限が到来し
本件賃貸借契約が終了したとする被控訴人の主張は理由がない。
 仍て進んで被控訴人が控訴人に対してした本件賃貸借契約の解約申入の当否を審
究して見るに(賃貸家屋の明渡を求める本訴請求には当然この主張が含まれるもの
と解する)解約申入の時期に付ては被控訴人の主張並に立証は必しも明確でなく、
甲第四号証の二、三、原審における被控訴本人の訊問の結果によれば被控訴人が終
戰後の昭和二十一年三月頃疎開先の鎌倉から帰来して本件家屋の裏二階に居住する
ようになり、同年五月には三男Bも復員して共にここに住むようになり、被控訴人
は薬種商の再開をも志すに至り家屋の必要に迫られたので、その頃から自ら或はA
を介して控訴人に本件家屋の明渡を交渉したことを認めることができるが果して賃
貸借の終了を目的とする一方的の解約申入か否かは明確でなく、これを確認するに
足る証拠資料もないそうすれば結局本件訴状の送達を以て正式に控訴人に対し解約
の申入をしたものと認めるの外はないのである。そうして本件訴状が控訴人に送達
せられたのは昭和二十三年五月十一日であることは記録上明白であるから、右解約
の申入につき正当の事由があれば爾後六ケ月を経過した同年十一月十一日を以て本
件賃貸借契約は終了したものと云わなければならない。そこで進んで正当の事由の
有無について考えて見るに成立に爭のない甲第二号証の一、同第四号証の二、当審
証人Aの証言、被控訴本人の原審並びに当審における訊問の結<要旨第二>果によれ
ば、被控訴人は薬剤師の免許を得ており十数年来本件建物で薬種商を営んでいた
が、今次の戦爭に際し、その子四人は全部応召し被控訴人も戰爭の為め
営業振わず、右家屋中前示認定の表側の部分を控訴人に賃貸して鎌倉方面に疎開す
るに至つたが、終戰後長男C以下総て復員し被控訴人も帰来して息子B、Dと共に
係爭建物の裏側二階建の部分の二階に居住し、息子二人の収入によつて生活を支え
ているものであるが(三男Bには妻帯させねばならぬ必要に迫られている)元の薬
種商を復活せねば生活にも困るに至つたもので為めに表道路に面する控訴人占拠の
部分を是非使用する必要があることになつた事実を認めるととができる。一方控訴
人の方は成立に爭のない甲第四号証の三、同第五号証、原審における控訴本人の訊
問の結果によると、終戰後の昭和二十年九月東京都北区西ケ原町八百十七番地に木
造平家建事務所兼住宅二十八坪七合を建設することになり、同二十二年六月頃完成
したので、その頃よりこれを住宅としてそこに居住していることが認められる。
 尤も右証拠に依れば控訴人は右家屋においては妻子六人と共に居住し、電話の便
なく営業に必要なトラックを引込むこともできず不便で仕事先の造幣局へも距離が
遠いことが認められるが、建坪六坪一合六勺の二階に母子三人が居住し且生活を維
持する為め本件家屋を必要とする関係に在る被控訴人側の状況と比較考慮するとき
は、控訴人は被控訴人の為めに本件家屋の使用に付て讓らねばならぬものであり、
被控訴人の解約申入は正当の理由があるものと認めるのを相当とする。そうすれば
前述のように本件家屋の賃貸借は昭和二十三年十一月十一日を以て終了したものと
認めなければならぬから控訴人は被控訴人にこれを明渡さねばならぬ。
 次に被控訴人の家賃、損害金の請求に付て判断すると控訴人はこれが弁論に付て
何等主張がないから被控訴人請求にかかる昭和二十二年七月一日以降明渡済に至る
迄の家賃、損害金を支払う義務があるもので、即ち昭和二十二年七月一日から同年
八月三十一日迄は約定の一ケ月金七十円の割合の賃料を同年九月一日から同二十三
年十月十日迄は昭和二十二年九月一日物価庁告示第五百四十二号による家賃の修正
率二・五倍を乗じた停止統制額一ケ月金百七十五円(本件建物が昭和十三年以前の
建築にかかることは成立に爭のない甲第一号証によつてもこれを認める)の割合の
賃料を同二十三年十月十一日から本件賃貸借契約の終了した同年十一月十一日迄は
右更正額に更に昭和二十三年十月九日物価庁告示第千十二号による家賃修正率二・
五を乗じた停止統制額一ケ月金四百三十七円五十銭の割合の賃料を契約終了後の同
年十一月十二日より家屋明渡済に至る迄は右最後の賃料に相寺する損害金を夫々支
払う義務がある。被控訴人の昭和二十二年七月一日から同二十三年五月十一日迄一
ケ月金七十円、同年同月十二日から同年十月二十日迄一ケ月金百七十五円、同年同
月二十一日から建物明渡済に至る迄一ケ月金四百三十七円五十銭の各割合による金
員の支払を求むる請求は右請求権の範囲内の請求であるから総て正当である。
 尚控訴人は昭和二十年七月頃がら同二十一年六月頃迄の間に本件家屋につきその
主張のような修繕費合計約九千円を支出しているが、これ等は被控訴人の負担に属
する修繕費で控訴人はその償還を受けなければならぬから、本件家賃損害及び債権
と対当額で相殺する。又家屋返還の義務があるのであれば右修繕費の償還あるまで
本件家屋を留置すると主張したが、右は控訴人が故意少くとも重大なる過失によつ
て時機に後れて提出した防禦方法であり、之が審理は訴訟の完結を遅延させるもの
と認められる。被控訴人は之につき異議を述べて却下せられたいと申立てているか
ら裁判所は右の防禦方法はこれを却下し判断を与えない。
 叙上の理由により被控訴人の本訴請求は正当でおつてこれを認容すべきでおるか
ら本件控訴を理由がないものとし、民事訴訟法第三百八十四条によりこれを棄却し
訴訟費用の負担につき同法第九十五条、第八十九条を適用して主文のように判決す
る。
 (裁判長判事 中島登喜治 判事 小堀保 判事 箕田正一)

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