弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告人の上告理由について
 取消訴訟の原告適格について規定する行政事件訴訟法九条にいう当該処分の取消
しを求めるにつき「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若
しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者を
いうのであるが、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益をもつ
ぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的
利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる
利益も右にいう法律上保護された利益に当たり、当該処分によりこれを侵害され又
は必然的に侵害されるおそれのある者は、当該処分の取消訴訟における原告適格を
有するということができる(最高裁昭和四九年(行ツ)第九九号同五三年三月一四
日第三小法廷判決・民集三二巻二号二一一頁、最高裁昭和五二年(行ツ)第五六号
同五七年九月九日第一小法廷判決・民集三六巻九号一六七九頁参照)。そして、当
該行政法規が、不特定多数者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益と
しても保護すべきものとする趣旨を含むか否かは、当該行政法規及びそれと目的を
共通する関連法規の関係規定によつて形成される法体系の中において、当該処分の
根拠規定が、当該処分を通して右のような個々人の個別的利益をも保護すべきもの
として位置付けられているとみることができるかどうかによつて決すべきである。
 右のような見地に立つて、以下、航空法(以下「法」という。)一〇〇条、一〇
一条に基づく定期航空運送事業免許につき、飛行場周辺に居住する者が、当該免許
に係る路線を航行する航空機の騒音により障害を受けることを理由として、その取
消しを訴求する原告適格を有するか否かを検討する。
 法は、国際民間航空条約の規定並びに同条約の附属書として採択された標準、方
式及び手続に準拠しているものであるが、航空機の航行に起因する障害の防止を図
ることをその直接の目的の一つとしている(法一条)。この目的は、右条約の第一
六附属書として採択された航空機騒音に対する標準及び勧告方式に準拠して、法の
一部改正(昭和五〇年法律第五八号)により、航空機騒音の排出規制の観点から航
空機の型式等に応じて定められた騒音の基準に適合した航空機につき運輸大臣がそ
の証明を行う騒音基準適合証明制度に関する法二〇条以下の規定が新設された際に、
新たに追加されたものであるから、右にいう航空機の航行に起因する障害に航空機
の騒音による障害が含まれることは明らかである。
 ところで、定期航空運送事業を経営しようとする者が運輸大臣の免許を受けると
きに、免許基準の一つである、事業計画が経営上及び航空保安上適切なものである
ことについて審査を受けなければならないのであるが(法一〇〇条一項、二項、一
〇一条一項三号)、事業計画には、当該路線の起点、寄航地及び終点並びに当該路
線の使用飛行場、使用航空機の型式、運航回数及び発着日時ほかの事項を定めるべ
きものとされている(法一〇〇条二項、航空法施行規則二一〇条一項八号、二項六
号)。そして、右免許を受けた定期航空運送事業者は、免許に係る事業計画に従つ
て業務を行うべき義務を負い(法一〇八条)、また、事業計画を変更しようとする
ときは、運輸大臣の認可を要するのである(法一〇九条)。このように、事業計画
は、定期航空運送事業者が業務を行ううえで準拠すべき基本的規準であるから、申
請に係る事業計画についての審査は、その内容が法一条に定める目的に沿うかどう
かという観点から行われるべきことは当然である。
 更に、運輸大臣は、定期航空運送事業について公共の福祉を阻害している事実が
あると認めるときは、事業改善命令の一つとして、事業計画の変更を命ずることが
できるのであるが(法一一二条)、右にいう公共の福祉を阻害している事実に、飛
行場周辺に居住する者に与える航空機騒音障害が一つの要素として含まれることは、
航空機の航行に起因する障害の防止を図るという、前述した法一条に定める目的に
照らし明らかである。また、航空運送事業の免許権限を有する運輸大臣は、他方に
おいて、公共用飛行場の周辺における航空機の騒音による障害の防止等を目的とす
る公共用飛行場周辺における航空機騒音による障害の防止等に関する法律三条に基
づき、公共用飛行場周辺における航空機の騒音による障害の防止・軽減のために必
要があるときは、航空機の航行方法の指定をする権限を有しているのであるが、同
一の行政機関である運輸大臣が行う定期航空運送事業免許の審査は、関連法規であ
る同法の航空機の騒音による障害の防止の趣旨をも踏まえて行われることが求めら
れるといわなければならない。
 以上のような航空機騒音障害の防止の観点からの定期航空運送事業に対する規制
に関する法体系をみると、法は、前記の目的を達成する一つの方法として、あらか
じめ定期航空運送事業免許の審査の段階において、当該路線の使用飛行場、使用航
空機の型式、運航回数及び発着日時など申請に係る事業計画の内容が、航空機の騒
音による障害の防止の観点からも適切なものであるか否かを審査すべきものとして
いるといわなければならない。換言すれば、申請に係る事業計画が法一〇一条一項
三号にいう「経営上及び航空保安上適切なもの」であるかどうかは、当該事業計画
による使用飛行場周辺における当該事業計画に基づく航空機の航行による騒音障害
の有無及び程度を考慮に入れたうえで判断されるべきものである。したがつて、申
請に係る事業計画に従つて航空機が航行すれば、当該路線の航空機の航行自体によ
り、あるいは従前から当該飛行場を使用している航空機の航行とあいまつて、使用
飛行場の周辺に居住する者に騒音障害をもたらすことになるにもかかわらず、当該
事業計画が適切なものであるとして定期航空運送事業免許が付与されたときに、そ
の騒音障害の程度及び障害を受ける住民の範囲など騒音障害の影響と、当該路線の
社会的効用、飛行場使用の回数又は時間帯の変更の余地、騒音防止に関する技術水
準、騒音障害に対する行政上の防止・軽減、補償等の措置等との比鮫衡量において
妥当を欠き、そのため免許権者に委ねられた裁量の逸脱があると判断される場合が
ありうるのであつて、そのような場合には、当該免許は、申請が法一〇一条一項三
号の免許基準に適合しないのに付与されたものとして、違法となるといわなければ
ならない。
 そして、航空機の騒音による障害の被害者は、飛行場周辺の一定の地域的範囲の
住民に限定され、その障害の程度は居住地域が離着陸経路に接近するにつれて増大
するものであり、他面、飛行場に航空機が発着する場合に常にある程度の騒音が伴
うことはやむをえないところであり、また、航空交通による利便が政治、経済、文
化等の面において今日の社会に多大の効用をもたらしていることにかんがみれば、
飛行場周辺に居住する者は、ある程度の航空機騒音については、不可避のものとし
てこれを甘受すべきであるといわざるをえず、その騒音による障害が著しい程度に
至つたときに初めて、その防止・軽減を求めるための法的手段に訴えることを許容
しうるような利益侵害が生じたものとせざるをえないのである。このような航空機
の騒音による障害の性質等を踏まえて、前述した航空機騒音障害の防止の観点から
の定期航空運送事業に対する規制に関する法体系をみると、法が、定期航空運送事
業免許の審査において、航空機の騒音による障害の防止の観点から、申請に係る事
業計画が法一〇一条一項三号にいう「経営上及び航空保安上適切なもの」であるか
どうかを、当該事業計画による使用飛行場周辺における当該事業計画に基づく航空
機の航行による騒音障害の有無及び程度を考慮に入れたうえで判断すべきものとし
ているのは、単に飛行場周辺の環境上の利益を一般的公益として保護しようとする
にとどまらず、飛行場周辺に居住する者が航空機の騒音によつて著しい障害を受け
ないという利益をこれら個々人の個別的利益としても保護すべきとする趣旨を含む
ものと解することができるのである。したがつて、新たに付与された定期航空運送
事業免許に係る路線の使用飛行場の周辺に居住していて、当該免許に係る事業が行
われる結果、当該飛行場を使用する各種航空機の騒音の程度、当該飛行場の一日の
離着陸回数、離着陸の時間帯等からして、当該免許に係る路線を航行する航空機の
騒音によつて社会通念上著しい障害を受けることとなる者は、当該免許の取消しを
求めるにつき法律上の利益を有する者として、その取消訴訟における原告適格を有
すると解するのが相当である。
 してみると、本件各免許に係る路線を航行する航空機の騒音によつて上告人が受
けることとなる障害の有無及び程度について何ら問うことなく、上告人は本件各免
許の取消しを訴求する原告適格を有しないとして本件訴えを却下した第一審判決及
びこれを支持した原判決は、いずれも法令の解釈適用を誤つたものといわざるをえ
ない。
 しかしながら、本件記録によれば、上告人が本件各免許の違法事由として具体的
に主張するところは、要するに、(1) 被上告人が告示された供用開始期日の前か
ら本件空港の変更後の着陸帯乙及び滑走路乙を供用したのは違法であり、このよう
な状態において付与された本件各免許は法一〇一条一項三号の免許基準に適合しな
い、(2) 本件空港の着陸帯甲及び乙は非計器用であるのに、被上告人はこれを違
法に計器用に供用しており、このような状態において付与された本件各免許は右免
許基準に適合しない、(3) 日本航空株式会社に対する本件免許は、当該路線の利
用客の大部分が遊興目的の韓国ツアーの団体客である点において、同条同項一号の
免許基準に適合せず、また、当該路線については、日韓航空協定に基づく相互乗入
れが原則であることにより輸送力が著しく供給過剰となるので、同項二号の免許基
準に適合しない、というものであるから、上告人の右違法事由の主張がいずれも自
己の法律上の利益に関係のない違法をいうものであることは明らかである。そうす
ると、本件請求は、上告人が本件各免許の取消しを訴求する原告適格を有するとし
ても、行政事件訴訟法一〇条一項によりその主張自体失当として棄却を免れないこ
とになるが、その結論は原判決より上告人に不利益となり、民訴法三九六条、三八
五条により原判決を上告人に不利益に変更することは許されないので、当裁判所は
原判決の結論を維持して上告を棄却するにとどめるほかなく、結局、原判決の前示
の違法は、その結論に影響を及ぼさないこととなる。また、所論違憲の主張は、実
質において法令違背を主張するものにすぎない。それゆえ、論旨は、採用すること
ができない。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官
全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    藤   島       昭
            裁判官    牧       圭   次
            裁判官    島   谷   六   郎
            裁判官    香   川   保   一
            裁判官    奧   野   久   之

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