弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人岡安秀、同高瀬太郎、同春田政義、同木村賢三の上告理由第一につい
て。
 所論の点に関する原審の判断は、正当としてこれを是認すことができる。原判決
に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
 同第二ないし第五について。
 所論は、要するに、原判決が、第一審判決別表(ハ)欄記載の各金額につき、こ
れを上告人が被上告人らの昭和三四年三月分の給与から減額した措置を許されない
ものとした判断は、労働基準法二四条一項本文の解釈を誤つたものである、という
のである。
 原判決が適法に確定したところによれば、本件係争給与の支払当時においては、
被上告人らの給与は、毎月二一日に一二月は五日に、またその日が休日に当たると
きはその前日に、その自分を支払うべきこととなつていたところ、上告人が被上告
人らに対し、昭和三三年一〇月分および一二月分として支払つた給与には、被上告
人らが第一審判決別表(ニ)欄記載のとおり同年一〇月二八日から同年一二月一〇
日までの間の一定時間勤務しなかつたことにより支払うべからざる右別表(ハ)欄
記載の各金額をも含んでいたので、上告人は、その後、これを昭和三四年三月二〇
日に支払うべき同月分の給与から減額した、というのである。
 右事実に徴すれば、上告人による給与の右減額は、上告人が被上告人らに対して
有する過払給与金額相当の不当利得返還請求権を自働債権とし、被上告人らの上告
人に対して有する昭和三四年三月分の給与請求権を受働債権とする相殺にほかなら
ない。
 ところで、賃金支払に関する労働基準法二四条一項本文の規定は、賃金全額が確
実に労働者の手に渡ることを保障しようとするものであるから、その内容のひとつ
であるいわゆる賃金全額払の原則は、使用者をして賃金全額につき現実の履行をな
さしめる趣旨であると解すべく、したがつて、使用者が自己の労働者に対する反対
債権にもとずき、ほしいままに相殺を主張して賃金の一部又は全部を控除すること
は許されないものといわなければならない(当裁判所昭和三四年(オ)第九五号同
三六年五月三一日大法廷判決、民集一五巻五号一四八二頁)。しかしながら、賃金
支払の実際においては、計算の困難等のため、時として過払を生ずることは、避け
がたいところであり、その場合における過払額相当額をその後支払うべき賃金と清
算することは、形式的には、不当利得返還請求権を自働債権とする相殺である点に
おいて、一般の相殺と異なるところはないとしても、事の実質に即してこれをみれ
ば、適正な賃金額を支払うための調整であり、結果においては、本来、支払われる
べき賃金を正当に支払つたことになるのであつて、賃金と全く関係のない債権によ
る相殺と同一視すべきではない。もつとも、前記二四条一項本文の法意にかんがみ
るときは、過払を原因とする相殺であつても、もとより無制限であるべきではない
のであつて、結局、このような相殺は、過払のあつた時期から見て、これと賃金の
清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてなされる場合であり、
しかも、その金額、方法等においても、労働者の経済生活の安定をおびやかすおそ
れのない場合に限つて許されるものと解するのが相当である(当裁判所昭和四〇年
(行ツ)第九二号同四四年一二月一八日第一小法廷判決、民集二三巻一二号二四九
五頁参照)。そうして、このような相殺を許容すべき例外的な場合に当たるか否か
の判断にあたつては、前記二四条一項本文の法意を害することのないよう、慎重な
配慮と厳格な態度をもつて臨むべきものであり、みだりに右例外の範囲を拡張する
おことは、厳につつしまなければならない。
 本件についてこれを見るに、過払、減額の時期、金額は前記のとおりであり、ま
た、原判決が適法に確定したところによれば、本件減額措置が前記のように遅れた
のは、給与過払の原因となつた被上告人らの無断欠勤が、群馬県教職員組合の勤務
評定反対闘争という異常な事態のもとに行なわれ、欠勤した者の範囲も広範かつ多
数におよんだため、減額について明らかにすべき事項の調査が困難であつたことに
もよるけれども、その主たる原因は、むしろその事務を担当していた群馬県教育委
員会事務局が、減額自体をなすか否かあるいはその法律上の可否、根拠等の調査研
究等に相当の日時を費し、あるいは他の所管事務の処理に忙殺されていた点にあつ
た、というのである。
 上述の事実関係に徴し、前記説示するところからすれば、上告人のした本件相殺
は、未だ例外的に許容される場合に該当するものとは認め難い。したがつて、本件
減額措置を許されないものとした原判決の判断は、結局、正当である。
 以上の次第であるから、原判決は、相殺を許容しうる範囲について法律の解釈を
誤つているといわなければならないが、その結論は正当であつて、右違法は判決に
影響を及ぼすものではない。それゆえ、論旨は採用することができない。
 同第六について。
 所論の点に関する原審の判断は、正当としてこれを是認することができる。原判
決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の
とおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    色   川   幸 太 郎
            裁判官    村   上   朝   一

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