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平成14年(行ケ)第391号 審決取消請求事件
平成15年4月8日判決言渡,平成15年3月18日口頭弁論終結
       判    決
     原    告   A
     訴訟代理人弁理士 原田信市,原田敬志
     被    告   特許庁長官 太田信一郎
     指定代理人    木原裕,鈴木憲子,大野克人,林栄二
       主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
     事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が平成11年審判第9624号事件について平成14年6月18日にし
た審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 1 特許庁における手続の経緯
 原告は,平成9年3月28日「水底地盤改良工法とその改良地盤」なる発明につ
いて特許出願(平成9年特許願第77792号)をしたが,平成11年5月11日
拒絶査定があったので,同年6月15日審判を請求するとともに(平成11年審判
第9624号),特許請求の範囲の補正を含む手続補正(本件補正)をしたが,平
成14年6月18日本件補正を却下する旨の決定とともに,本件審判の請求は成り
立たないとする審決があり,その謄本は同年7月3日原告に送達された。
 2 本願発明の要旨(請求項1に係る発明の要旨)
(本件補正前のもの)
 軟弱不良な水底地盤上に,捨石投入によって捨石層を形成し,その捨石層を,こ
れをなす捨石どうしが圧密しかつそれらの隙間に上記水底地盤の土砂類が圧詰めさ
れるようにタンピングハンマーでタンピングすることにより,その水底地盤に圧入
することを特徴とする水底地盤改良工法。
(本件補正後のもの)
 軟弱不良な粘性土水底地盤上に,捨石投入による捨石層を形成し,その捨石層
を,タンピングハンマーの吊上げと自由落下を繰り返し行うことによりタンピング
して,捨石各々とそれを取り巻く土砂類をそれらの間に空隙を残さない状態に圧密
しながら上記水底地盤に圧入し,周辺水底地盤と一体化することを特徴とする水底
地盤改良工法。
 3 審決の理由の要点
 審決は,下記の理由による補正却下決定を前提として,請求項1に係る発明の要
旨を本件補正前のものと認め,請求項1に係る発明は,特開平7-259101号
公報記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると判
断した。
 4 補正却下決定の理由
 (1) 補正後の本願請求項1に係る発明が,出願の際独立して特許を受けることが
できるものであるか否か検討する。
 本件出願前,国内に頒布された刊行物(特開平7-259101号公報。引用刊
行物)には,「軟弱不良な砂地水底地盤10上に,雑石や小割石などの投入によっ
てベースマウンド12を形成し,締固め装置14を振動させ,締固め装置14自体
の重量と振動によって,そのベースマウンド12を締め固めながら上記水底地盤1
0に沈設する水底地盤改良工法。」という発明が記載されていると認められる。
 (2) 補正後の本願請求項1に係る発明と引用刊行物記載の発明とを比較すると,
 引用刊行物記載の発明においても,相互の空隙が大きい状態の雑石や小割石など
を締め固めながら水底地盤に沈設するものであるから,雑石や小割石など各々とそ
れを取り巻く土砂類をそれらの間に空隙を残さない状態に圧密しながら,周辺水底
地盤と一体化することとなるのは,自明の事柄であるということができ,そして,
引用刊行物記載の発明の「雑石や小割石など」,「ベースマウンド」,「締め固
め」,「沈設」は,補正後の本願請求項1に係る発明の「捨石」,「捨石層」,
「圧密」,「圧入」に相当しているから,両者は,
「軟弱不良な水底地盤上に,捨石投入により捨石層を形成し,その捨石層を,捨石
各々とそれを取り巻く土砂類をそれらの間に空隙を残さない状態に圧密しながら,
上記水底地盤に圧入し,周辺水底地盤と一体化する水底地盤改良工法。」である点
で一致し,
 補正後の本願請求項1に係る発明は,粘性土水底地盤上に形成した捨石層を,タ
ンピングハンマーの吊上げと自由落下を繰り返し行うことによりタンピングして,
水底地盤に圧入しているのに対して,引用刊行物記載の発明は,砂地水底地盤上に
形成した捨石層を,締固め装置自体の重量と振動によって,水底地盤に圧入してい
る点,で相違している。
 (3) 上記相違点について検討する。
 本件出願前,軟弱不良な水底地盤の締固め工法として,ハンマーの打撃による方
法も,振動による方法も,共に周知・慣用の事項(特開昭59-41508号公
報,特開昭60-175625号公報,実願昭61-107874号(実開昭63
-14638号)のマイクロフィルム等参照)にすぎず,また土質により,その締
固め圧密手段が相違することも,常識的事項であり,当業者であれば,必要に応じ
て容易に変更できることにすぎないから,上記相違点において,軟弱不良な水底地
盤を,引用刊行物記載の発明の砂地盤に代えて補正後の本願請求項1に係る発明の
ように粘性土とし,捨石層の圧密,圧入を行う方法として,引用刊行物記載の発明
の方法に代えて補正後の本願請求項1に係る発明のようにタンピングハンマーの吊
上げと自由落下を繰り返し行う方法とすることは,当業者であれば,容易に変更な
し得ることである。
 よって,補正後の本願請求項1に係る発明は,引用刊行物記載の発明に基づいて
当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定
により,出願の際独立して特許を受けることができないものであり,本件補正は,
特許法17条の2第5項の規定により準用される同法126条4項の規定に違反す
るものである。
 したがって,本件補正は,特許法159条1項の規定により読み替えて準用され
る同法53条1項の規定により,却下すべきものである。
第3 原告主張の審決取消事由
 審決は,補正却下決定に基づいて,請求項1に記載された本願発明の要旨を,補
正前明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明と認定したが,補正却下
決定は誤りであり,審決は,その誤った補正却下決定に基づいて本願請求項1に係
る発明の要旨を認定し,それを引用刊行物に記載の発明と対比判断したものである
から,違法であり,取り消されるべきものである。
 1 補正後の本願請求項1に係る発明と引用刊行物記載の請求項1の発明は,改
良前対象である水底地盤が,粘性土水底地盤と砂地水底地盤というように,その性
質,性状を異にし,かつ,改良後の水底地盤についても,「粘性土水底地盤を構成
していた土砂類と上記捨石層を構成する捨石各々が圧密状態をなし,その土砂類が
一種の接着剤の作用をして捨石どうしを結合し,全体が周辺水底地盤と一体化した
もの」と「砂地盤10の当該部分をベースマウント12に置き換えた状態のもの」
というように,その構成を異にする。
 砂地盤(水底砂地盤では表面数cmを除く。)は,軟弱不良な粘性土水底地盤とは
違い,N値及び地耐力が極めて大きいから,雑石や小割石などにより形成したベー
スマウンドを,その砂地盤中に荷重付加手段の重量と振動だけで,すなわち,その
下部の砂を排除することなしに沈設することが技術的に可能であるとは,当業者に
は想定できない。
 引用刊行物において砂地盤に沈設するベースマウンドは,雑石や小割石などによ
り形成しているものであって,少なくとも捨石(雑石や小割石とは異なる)を水底
地盤に圧入することに関する記載はない。たまたま,引用刊行物記載の発明は,
「ベースマウンド下部の砂を排除し,砂地盤10をベースマウンド12に置き換え
ることを必須の要件として」記載していないからといって,それを不要としている
と断定することができるものではない。
 2 補正後の本願請求項1に係る発明は,タンピングハンマーの自由落下による
タンピングで「粘性土水底地盤を構成していた土砂類と上記捨石層を構成する捨石
各々とが圧密状態をなし,その土砂類が一種の接着剤の作用をして捨石どうしを結
合し,全体が周辺水底地盤と一体化した」地盤を得ようとしていることなどから当
業者であれば容易に推量できるように,使用する「捨石」は,中割石(重さ30~
300㎏,径30~70㎝)又は大割石(重さ300㎏以上,径70~90㎝)で
ある。
 これに対し,引用刊行物に記載の発明において使用される「捨石」は雑石,小割
石であり,それらは,通常,重さ1㎏以下,径10㎝以下のものであるにすぎな
い。
 引用刊行物に記載の発明が,ベースマウンド12を締固め装置14の自重と振動
で沈設し,砂地盤10の当該部分をそのベースマウンド12で置き換えた水底地盤
を得ようとしている以上,上記雑石,小割石等を使用することは必然ともいうべき
ことである。
 補正後の本願請求項1に係る発明においては,タンピングハンマーによるタンピ
ングにより,捨石層を,捨石各々とそれを取り巻く土砂類をそれらの間に空隙を残
さない状態に圧密しながら軟弱不良な粘性土水底地盤に圧入し,全体を周辺水底地
盤と一体化させるものであるのに対し,引用刊行物記載の発明においては,「雑石
や小割石など」で形成したベースマウンド自体を,荷重付加手段の重量と振動で単
に「締め固め」るとともに砂地盤中に「沈設」することにより,「砂地盤10の当
該部分をベースマウンド12に置き換えた状態」にするだけのものである。
 したがって,引用刊行物に記載の発明の「雑石や小割石など」「ベースマウン
ド」「締め固め」「沈設」は,それぞれ補正後の本願請求項1に係る発明の「捨
石」「捨石層」「圧密」「圧入」とはいずれも相違する。
 3 捨石層のタンピングをタンピングハンマーでタンピングし圧密状態にするこ
とは,周知慣用のことであるとして被告が提出した乙1~4の公報におけるタンピ
ングハンマーによるタンピングは,水底地盤上に形成した捨石層自体を,専ら締め
固めによる圧密又は圧密均しを行うのに終始している。これに対し補正後の本願請
求項1に係る発明では,捨石層を,捨石各々とそれを取り巻く土砂類をそれらの間
に空隙を残さない状態に圧密しながら軟弱不良な粘性土水底地盤に圧入しているも
のである。両者は,タンピングハンマーによるタンピングの目的,内容及び効果を
自ずと異にしている。
第4 当裁判所の判断
 改良を目指す個別対象地盤に応じて適切な工法が採用されること,また,改良を
目指す個別対象地盤により適切な捨石の大きさが異なることは原告主張のとおりの
ものと理解できるとしても,引用刊行物における単に例示として挙げられた「雑
石,小割石等」が,原告主張のように,用いられる捨石の大きさを明確に限定して
いるものとは,引用刊行物の記載(甲6)によっても認めることはできない。そし
て,捨石の大きさは,補正前の本願請求項1に係る発明においても,また補正後の
本願請求項1に係る発明においても特定されていない(甲3の2,3,4の2,5
の2)。したがって,補正後の本願請求項1に係る発明が引用刊行物記載の発明で
用いられる大きさの捨石を排除するものということはできない。
 地盤を締め固めることで圧密状態が得られることは,本願明細書記載の発明の詳
細な説明【0011】(甲5の2)からも明らかなように,当業者には自明な事項
であると認められる。また,この【0011】に記載のように,ハンマーの打撃に
よる締固め工法あるいはタンピングハンマーにクレーンで吊下げで自由落下を繰り
返す工法がいずれも周知である以上,タンピングハンマーを用いることに格別な差
異があるものと認めることもできない。
 原告主張のように,砂地盤と軟弱不良な粘性土水底地盤とは改良対象が現実的に
は異なるものであるとしても,乙7(「新版土木工学ハンドブック中巻」1164
頁,技報堂出版1974年)からも明らかなように,これらの地盤は軟弱地盤とし
て共通に認識されているのであり,これら地盤の間で改良工法を適用することを当
業者が想起し得ないものとは認めることはできない。
 原告は,補正後の本願請求項1に係る発明は,タンピングハンマーによるタンピ
ングにより,捨石層を,捨石各々とそれを取り巻く土砂類をそれらの間に空隙を残
さない状態に圧密しながら軟弱不良な粘性土水底地盤に圧入し,全体を周辺水底地
盤と一体化させるものである点で,引用刊行物と相違する旨主張するが,そこに格
別の技術的意義を見いだすことはできない。
 その他原告が主張するところをすべて考慮しても,補正却下決定に誤りがあると
認めることはできない。
第5 結論
 よって,原告主張の審決取消事由は理由がなく,原告の請求は棄却されるべきで
ある。
  東京高等裁判所第18民事部
         裁判長裁判官塚  原  朋  一
            裁判官塩  月  秀  平
裁判官古  城  春  実

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