弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 職権をもつて判断する。
 原判決は、本件土地の貸借人であつた第一審被告Dが、昭和三〇年九月ころ、そ
の地上に所有する建物を上告人Aに贈与し、同年九月一四日所有権移転登記を経た
ことが認められるから、右建物の譲渡に伴い本件土地の賃借権もDから上告人Aに
譲渡されたものと認めるのが相当であるとしたうえで、右賃借権譲渡は賃貸人であ
る被上告人の承諾を得ないでなされたものではあるが、上告人Aは、Dの実子であ
つて、同人に協力して、右建物を営業の本拠とする同族会社である株式会社E商会
の経営に従事していたものであり、Dは、相続財産を生前にその子らに分配する計
画の一環として、上告人Aの取得すべき相続分に代える趣旨をもつて、右建物を同
上告人に譲渡したものであることなどによれば、右土地賃借権譲渡には、賃貸人に
対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるものと認められるから、被上
告人は右譲渡を理由に賃貸借契約を解除することはできないものである旨を判示し
ている。他方、原判決は、Dが昭和三四年一月一日以降一ケ月八〇一八円の割合に
よる本件土地の賃料の支払をしなかつたので、被上告人は、同年九月二三日、Dに
対し、その間の延滞賃料を七日以内に支払うべき旨の催告およびその支払がないと
きは賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、Dは、右催告期間内に催告にかかる
賃料のうち五ケ月分にあたる四万〇〇九〇円を支払つたのみでその余の部分の支払
をせず、右期間経過後に、同年九月分までの賃料三万二〇七二円を提供したが受領
を拒絶されて、これを弁済のため供託したとの事実を確定し、本件土地賃貸借契約
は、右解除の意思表示により、同年九月三〇日の経過とともに解除されたものであ
ると判断し、賃借権譲受人である上告人Aの土地占有権原を否定して、被上告人の、
賃借権譲受人である上告人Aに対する建物収去土地明渡および契約解除後の損害金
支払の各請求ならびに地上建物の貸借人であるという上告人有限会社B商事(旧商
号有限会社F)に対する建物退去明渡請求を、いずれも認容しているのである。
 ところで、土地の賃借人がその地上に所有する建物を他人に譲渡した場合であつ
ても、必ずしもそれに伴つて当然に土地の賃借権が譲渡されたものと認めなければ
ならないものではなく、具体的な事実関係いかんによつては、建物譲渡人が譲渡後
も土地賃貸借契約上の当事者たる地位を失わず、土地の転貸がなされたにすぎない
と認めるのを相当とする場合もあるというべきところ、本件において、Dと上告人
Aとの身分関係および建物譲渡の目的が前示のとおりであり、譲渡後もDにおいて
賃料の支払、供託をしていることなどの事情を考慮すれば、Dは上告人Aに本件土
地を転貸したものと認める余地がないわけではない。しかるに、原判決は、右の事
情をなんら顧慮せず、この点をさらに審究することなく、借地上の建物が譲渡され
たことの一事をもつて、たやすく土地賃借権が譲渡されたものと認めたのである。
 しかし、土地賃借権の譲渡が、賃貸人の承諾を得ないでなされたにかかわらず、
賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるため、賃貸人が右無
断譲渡を理由として賃貸借契約を解除することができない場合においては、譲受人
は、承諾を得た場合と同様に、譲受賃借権をもつて賃貸人に対抗することができる
ものと解されるところ(最高裁昭和三九年(オ)第二五号・同年六月三〇日第三小
法廷判決、民集一八巻五号九九一頁、同昭和四〇年(オ)第五三七号・同四二年一
月一七日第三小法廷判決、民集二一巻一号一頁参照)、このような場合には、賃貸
人と譲渡人との間に存した賃貸借契約関係は、賃貸人と譲受人との間の契約関係に
移行して、譲受人のみが貸借人となり、譲渡人たる前貸情人は、右契約関係から離
脱し、特段の意思表示がないかぎり、もはや賃貸人に対して契約上の債務を負うこ
ともないものと解するのが相当である。したがつて、本件において、原判示のとお
り土地賃借権が譲渡されたものであるならば、上告人Aは、賃借権の譲受をもつて
被上告人に対抗することができ、適法を貸借人となつたものであり、他面、Dは、
賃貸借契約上の当事者たる地位を失い、昭和三四年九月当時被上告人から賃貸借契
約解除の意思表示を受けるべき地位になかつたものと解すべきである。
 してみれば、原判決は、Dから上告人Aに土地賃借権が譲渡されたものと認める
につき審理を尽くさなかつたものというべく、さらに、右賃借権譲渡の事実にかか
わらず、Dの賃料債務の不履行を理由として同人に対してなされた解除の意思表示
によつて、本件土地賃貸借契約が有効に解除され、上告人Aは被上告人に対抗しう
べき占有権原を有しないものであるとしたことは、賃借権譲渡の法律関係について
の前示のような法理の判断を誤り、ひいては理由にそごを来たしたものといわなく
てはならない。
 よつて、上告理由に対する判断を省略し、原判決を破棄して、さらに審理を尽く
させるため、本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官
全員の一致で、主文のとおり判決する。
 裁判官草鹿浅之介は退官につき評議に関与しない。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    色   川   幸 太 郎
            裁判官    村   上   朝   一

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