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平成25年10月18日判決言渡
平成24年(行ウ)第104号所得税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処
分取消請求事件
主文
1鶴見税務署長が原告に対して平成22年11月9日付けでしたAの平成▲年
分の所得税に係る決定のうち原告が納めるべき額につき0円を超える部分及
び無申告加算税の賦課決定(ただし,いずれも平成23年12月8日付け裁
決により一部取り消された後のもの)をいずれも取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要等
本件は,平成▲年▲月▲日に死亡したAの共同相続人の1人である原告
が,鶴見税務署長から,Aに課されるべき同年分の所得税を納める義務につ
いて,法定相続分によりあん分して計算した額を承継したとして,Aの平成
▲年分の所得税に係る決定の処分(以下「本件決定処分」という。)及び無
申告加算税の賦課決定の処分(以下「本件賦課決定処分」といい,本件決定
処分と併せて「本件各処分」という。)を受けたことに対し,Aは遺言で原
告の相続分を零と定めたから,原告が納める義務を承継するAに課されるべ
き平成▲年分の所得税の額は0円であり,このことはその後に原告が遺留分
減殺請求権を行使する旨の意思表示をしたことによっても左右されるもので
はないなどと主張して,本件各処分(ただし,いずれも平成23年12月8
日付け裁決(以下「本件裁決」という。)により一部取り消された後のも
の)の取消しを求める事案である。
1関係法令の定め
(1)国税通則法(以下「通則法」という。)5条1項前段は,相続があった
場合には,相続人は,その被相続人に課されるべき,又はその被相続人が
納付し,若しくは徴収されるべき国税(その滞納処分費を含む。)を納め
る義務を承継する旨を定めている。
(2)通則法5条2項は,同条1項前段の場合において,相続人が2人以上あ
るときは,各相続人が同項前段の規定により承継する国税の額は,同項の
国税の額を民法900条から902条まで(法定相続分・代襲相続人の相
続分・遺言による相続分の指定)の規定によるその相続分によりあん分し
て計算した額とする旨を定めている。
2前提事実
以下の各事実(以下「前提事実」という。)は,当事者間に争いがない
か,又は弁論の全趣旨により容易に認められる。
(1)Aの相続の経緯
ア原告は,Aの子であるBの子である。
Aは,平成▲年▲月▲日に死亡した。原告は,Bが平成▲年▲月▲日に
死亡していたことから,Bを代襲してAの相続人となった。Aの相続人に
は,原告のほかに,Aの配偶者であるC並びにAの子であるD,E,F及
びG(C,D,E及びFと併せて「他の相続人ら」という。)がおり,原
告の法定相続分は,10分の1である。
イAは,平成3年1月28日,公正証書(甲2の1。以下「本件公正証
書」という。)によって以下の旨の遺言(以下「本件公正証書遺言」とい
う。)をした。
(ア)横浜市α×番2の土地をCに相続させる(第1条)。
(イ)横浜市α×番4及び同×番7の各土地並びに同×番地4所在の建物を
Fに相続させる(第2条)。
(ウ)横浜市β×番19の土地及び同土地上の建物をGに相続させる(第3
条)。
(エ)神奈川県γ×番地214所在の建物をDに相続させる(第4条)。
(オ)現金及び預貯金債権を他の相続人らに均等の割合で相続させる(第5
条)。
(カ)前記(ア)から(オ)までの財産を除く遺産全部(株式,ゴルフ会員権,動
産等を含む。)をCに相続させる(第6条)。
ウAは,平成5年4月18日,自筆証書(甲2の2。以下「本件自筆証
書」という。)によって以下の旨の遺言(以下「本件自筆証書遺言」とい
い,本件公正証書遺言と併せて「本件遺言」という。)をした(これによ
り,本件公正証書遺言のうち前記イ(カ)に係る定めについては,本件自筆
証書遺言のうち後記(ア)に係る定めと抵触する限度で,その一部が撤回さ
れたものとみなされる(民法1023条1項)。)。本件自筆証書は,平
成20年3月4日,東京家庭裁判所により検認された。
(ア)H株式会社(以下「H」という。),I株式会社,J株式会社(以下
「J」という。)及び有限会社K(以下「K」という。)等(以下,こ
れらを総称して「H等」という。)の「持株の配分」は,C,E,F及
びGに等分とする。
(イ)H等の後継者は,代表取締役にCを,取締役にE,F及びGをそれぞ
れ指名する。
エ原告は,平成20年3月26日に差し出した内容証明郵便(乙1)をも
って,他の相続人らに対し,遺留分減殺請求権を行使する旨の意思表示
(以下「本件遺留分減殺請求」という。)をした。
(2)課税処分の経緯
原告は,Aの平成▲年分の所得税2億7988万7100円について,所
得税法125条1項の規定に基づく確定申告書を提出しなかったところ,鶴
見税務署長は,原告に対し,平成22年11月9日付けで本件各処分をし
た。なお,本件決定処分において原告が納める義務を承継したとされた上記
の所得税の額は,原告の法定相続分である10分の1の割合によりあん分し
て計算されたものであった。
本件各処分,本件各処分についての原告の異議申立て並びにこれらに対す
る鶴見税務署長の決定,これらの決定を経た後の本件各処分についての原告
の審査請求及びこれに対する国税不服審判所長の裁決(本件裁決)の経緯
は,別表「課税処分等の経緯」記載のとおりである。
なお,本件裁決は,本件公正証書及び本件自筆証書には原告の相続分に関
する記載がないものの,Aが原告の相続分を零と定めたものと解するのが相
当であるとした上で,原告による本件遺留分減殺請求の結果,民法902条
による原告の指定された相続分は20分の1であるとして,原告が上記の割
合によりあん分して計算した額のAの上記の所得税を納める義務を承継した
とするものであった。
(3)本件訴えの提起
原告は,平成24年2月24日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
3本件各処分の根拠及び適法性に関する被告の主張
本件各処分の根拠及び適法性に関する被告の主張は,後記4において引用
する別紙1「争点に関する当事者の主張の要旨」第1(被告の主張の要旨)
記載のほか,別紙2「本件各処分の根拠及び適法性に関する被告の主張」記
載のとおりである。
4争点及びこれに関する当事者の主張の要旨
本件の争点は,本件各処分(ただし,いずれも本件裁決により一部取り消
された後のもの)の適法性であり,具体的には,まず,本件遺言が原告の相
続分を定めたものといえるかどうか(争点1)が問題となり,これが肯定さ
れる場合には,通則法5条2項の規定に従って原告が納める義務を承継する
Aに課されるべき平成▲年分の所得税の額は,本件遺言で定められた相続分
の割合により計算されることになるところ,この計算の基礎となる相続分が
本件遺留分減殺請求によって修正されるかどうか(争点2)が問題となる。
本件の争点に関する当事者の主張の要旨は,別紙1「争点に関する当事者
の主張の要旨」記載のとおりである。
第3当裁判所の判断
1争点1(本件遺言が原告の相続分を定めたものといえるかどうか)
(1)前提事実のとおり,本件遺言は,Aの遺産のうち各不動産をEを除く他
の相続人らにそれぞれ相続させ(前提事実(1)イ(ア)から(エ)まで),現金及
び預貯金債権を他の相続人らに均等の割合で相続させ(前提事実(1)イ
(オ)),H等の株式をDを除く他の相続人らに均等の割合で相続させ(前提
事実(1)ウ(ア)),その余の全ての遺産をCに相続させる(前提事実(1)イ
(カ))旨のものである。Aの共同相続人のうち,本件公正証書及び本件自筆
証書に記載がないのは,原告だけである。
遺言書において遺産のうちの特定の財産を共同相続人のうちの特定の者に
相続させる趣旨の遺言者の意思が表明されている場合,当該遺言は,当該遺
言書の記載から,その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解
すべき特段の事情のない限り,遺産の分割の方法を定めたものと解するのが
相当であり,当該遺言において相続による承継を当該相続人の受諾の意思表
示にかからせたなどの特段の事情のない限り,何らの行為を要せずして被相
続人の死亡の時に直ちに当該財産は当該相続人に相続により承継されるもの
と解するのが相当であるところ(最高裁平成元年(オ)第174号同3年4
月19日第二小法廷判決・民集45巻4号477頁参照),本件遺言におい
てはこうした特段の事情はいずれも認められないから,Aの全ての遺産はA
の死亡の時に直ちにそれぞれ本件遺言で定められた他の相続人らのいずれか
に承継されるというべきである。
そして,このとおりAの全ての遺産を他の相続人らに承継させるものとす
れば,おのずと原告においてAの遺産を承継する余地が奪われることになる
のは明らかであるところ,本件遺言は本件公正証書及び本件自筆証書をもっ
て2次にわたってされたものであり,そのいずれにも原告についての記載は
なく,本件自筆証書にはH等の後継者についての記載もあり,Aの相続につ
いての生前の意思としてはこれらの遺言書をもって尽くされていると認めら
れることに照らすと,本件遺言については,Aの共同相続人のうち原告の相
続分をないもの,すなわち零と定めたものと認めるのが相当である。
(2)これに対し,被告は,相続分の指定は,共同相続に際して各相続人が取
得し得べき相続財産の総額に対する分数的割合で示されるものであり,遺
言者が法定相続分についていかなる分数的割合に変更するかを明らかにし
ている場合にのみ相続分の指定があったと解すべきであるなどとして,本
件遺言は相続分を定めるものではないなどと主張するところ,本件遺言に
ついて,他の相続人の各人の相続分を定めるものとは解し難いことに関し
ては,当事者間に争いがないが,民法902条2項の規定は,その文言に
照らし,共同相続人の一部について遺言で相続分を定めることができるこ
とを前提とするものと解され,また,遺言で一部の相続人の相続分を零と
定める相続分の指定をすることそれ自体を否定するものでもないものとい
うべきであって,本件遺言について,既に述べたように,原告の相続分を
零と定める限度で相続分の指定があると認めることが妨げられるものと解
すべき根拠は見当たらないというべきである。
また,被告は,Aには銀行からの借入金等の債務が存するところ,本件遺
言にはこうした相続債務をも含めて原告の相続分を定める意思が示されてい
るとみることはできないなどとして,本件遺言は原告の相続分を定めるもの
ではないとも主張するが,前記(1)で述べた本件遺言の内容等から相続債務
については他の相続人らに全てを相続させる旨の意思のないことが明らかで
あるなどの特段の事情はうかがわれないから,本件遺言においては,他の相
続人らに相続債務も全て相続させる旨の意思が表示されているものと解する
のが相当であり(最高裁平成19年(受)第1548号同21年3月24日
第三小法廷判決・民集63巻3号427頁参照),相続債務はこのことを前
提として承継されることとなるのであって,被告の上記主張に係る点も前記
のように認定判断することを妨げるものとは解し難い。
以上のほか,本件遺言が原告の相続分を定めるものではないとする被告の
主張は,これまで判示したところ照らし,いずれも採用することができな
い。
2争点2(通則法5条2項の計算の基礎となる原告の相続分が本件遺留分減殺
請求によって修正されるかどうか)
(1)通則法5条1項は,相続があった場合には,相続人は,その被相続人に
課されるべき国税を納める義務を承継する旨を定め,同条2項は,その場
合に,相続人が2人以上あるときは,各相続人が承継する国税の額は,同
項の国税の額を民法900条から902条まで(法定相続分・代襲相続人
の相続分・遺言による相続分の指定)の規定によるその相続分によりあん
分して計算した額とする旨を定めている(前記第2の1)。
そして,前記1のとおり,本件遺言は原告の相続分を零と定めるものと認
められるところ,これは民法902条の遺言による相続分の指定に当たるか
ら,原告が納める義務を承継するAの平成▲年分の所得税の額は,通則法5
条2項の規定に従い,Aの平成▲年分の所得税の額に零を乗じて計算した額
である0円となるというべきである。
(2)これに対し,被告は,最高裁平成23年(許)第25号同24年1月2
6日第一小法廷決定・裁判集民事239号635頁が,遺留分減殺請求に
より相続分の指定が減殺された場合には,遺留分割合を超える相続分を指
定された相続人の指定相続分がその遺留分割合を超える部分の割合に応じ
て修正されるものと解するのが相当である旨の判示をしたことなどに照ら
し,本件遺留分減殺請求により,原告の指定相続分は遺留分の割合に相当
する割合に修正されるから,原告が納める義務を承継するAに課されるべ
き国税の額は,その遺留分割合に相当する割合である20分の1の割合に
よりあん分して計算されることになるなどと主張する。
しかし,前記1(2)に述べたところからすると,原告の遺留分の侵害額の
算定に際しては,本件遺言で原告の相続分が零と定められたことを前提に,
原告の法定相続分に応じた相続債務の額は遺留分の額に加算することなく計
算されることとなると解される(前掲最高裁平成21年3月24日第三小法
廷判決参照)。その上で,特定遺贈又は遺贈の対象となる財産を個々的に掲
記する代わりにこれを包括的に表示する実質を有する包括遺贈に対して遺留
分権利者が減殺を請求した場合,これらの遺贈は遺留分を侵害する限度にお
いて失効し,受遺者が取得した権利は遺留分を侵害する限度で当然に遺留分
権利者に帰属するところ,このようにして帰属した権利は,遺産分割の対象
となる相続財産としての性質を有しないものであって(最高裁平成3年
(オ)第1772号同8年1月26日第二小法廷判決・民集50巻1号13
2頁参照),このような性質のものとして権利が帰属したことに伴い,当該
遺留分権利者の遺留分の侵害額の算定に当たりその基礎とされた指定による
相続分について,その内容が修正されることとなるものと解すべき根拠は格
別見いだし難い。そして,遺産のうちの特定の財産を共同相続人のうちの特
定の者に相続させる旨の遺言により生じた,当該財産を当該相続人に帰属さ
せる遺産の一部の分割がされたのと同様の遺産の承継関係に基づき,被相続
人の死亡の時に直ちに当該財産が当該相続人に相続により承継された場合に
ついても,当該遺言による被相続人の行為が特定の財産を処分するものであ
ることにおいて,特定遺贈又は包括遺贈と同様のものであることに照らす
と,当該遺言による当該財産の承継に対して遺留分権利者が減殺を請求した
ときに遺留分権利者に帰属する権利に関し,上記に述べたところと異なって
解すべき理由は見当たらないところである。
本件においては,原告がした本件遺留分減殺請求について,本件遺言によ
る他の相続人における上記のような財産の取得以外の事由に対してされたも
のと認めるべき格別の証拠等は見当たらず(なお,本件遺言が他の相続人ら
の各人につき相続分の指定をしたものとは見難いこと及び本件遺留分減殺請
求が他の相続人らについてされた相続分の指定に対してされたものとは見難
いことは,本件において被告も自認するところである。),上記に述べたと
ころからすると,原告が本件遺留分減殺請求をしその効果として一定の権利
を取得したことをもって,本件遺言でされた原告についての相続分の定めが
被告の主張するように修正されるものとは解し難いというべきである。
前掲最高裁平成24年1月26日第一小法廷決定は,遺言による相続分の
指定が減殺された場合に,その後に行われる遺産の分割における具体的相続
分の算定に当たって,遺留分割合を超える相続分を指定された相続人の指定
相続分が,その遺留分割合を超える部分の割合に応じて修正される旨を判示
したにすぎず,そもそも本件とは事案を異にするものである。
したがって,被告の上記主張は,採用することができないというべきであ
る。このほか,原告が納める義務を承継するAに課されるべき国税の額が2
0分の1の割合によりあん分して計算されるとする被告の主張は,これまで
判示したところに照らし,いずれも採用することができない。
3小括
以上によれば,本件決定処分(ただし,本件裁決により一部取り消された
後のもの)は,原告が納める義務を承継するAの平成▲年分の所得税の額を
0円としなかった点で,違法なものであるといわざるを得ない。そして,こ
のことを前提にすると,本件賦課決定処分(ただし,本件裁決により一部取
り消された後のもの)もまた,その全部が違法なものであるということにな
る。
第4結論
よって,原告の請求は理由があるから,これを認容することとし,主文の
とおり判決する。
東京地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官八木一洋
裁判官田中一彦
裁判官川嶋知正
(別紙1)
争点に関する当事者の主張の要旨
第1被告の主張の要旨
1争点1(本件遺言が原告の相続分を定めたものといえるかどうか)
(1)相続分とは,共同相続に際して各共同相続人が相続財産を承継すべき割
合であり,各相続人が取得し得べき相続財産の総額に対する分数的割合と
して示されるものである。現に,法定相続分について規定する民法900
条は,同順位の相続人が数人ある場合の各相続人の相続分として,共同相
続する相続人の種類によって異なる分数的割合を定めている。
遺言による相続分の指定について規定する民法902条1項は,法定相続
分に関する規定にかかわらず,遺留分の規定に反しない限り,遺言で,共同
相続人の相続分を定めることができる旨を定めている。この相続分の指定
は,分数的割合をもって定められている法定相続分を修正ないし変更するも
のであるし,また,上記のとおり,そもそも相続分が相続財産を承継すべき
割合をいうものであることからすると,相続財産の何分の何というように相
続財産全体に対する分数的割合で示されるべきである。このことは,同条2
項が,共同相続人のうちの1人又は数人の相続分のみについて遺言で相続分
が定められた場合には,他の共同相続人の相続分は分数的割合をもって定め
られている法定相続分の規定により定められる旨を定めていることからも裏
付けられる。
(2)前掲(本文第3の1(1)参照)最高裁平成3年4月19日第二小法廷判決
は,遺産のうちの特定の財産を特定の相続人に相続させる旨の遺言は,遺
言書の記載から,その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と
解すべき特段の事情がない限り,遺贈と解すべきではなく,遺産の分割の
方法を定めたものと解すべきである旨を判示しているが,特定の財産を特
定の相続人に相続させる旨の遺言がされた場合であっても,それにより相
続財産全体に対する相続すべき分数的割合が指示されている限り,相続分
の指定と解される。もっとも,相続分の指定が遺言者の意思によって分数
的割合である法定相続分に修正ないし変更を加えるものであることからす
れば,特定の財産を特定の相続人に相続させる旨の遺言が相続分の指定を
しているといえるのは,遺言者の意思に照らして,遺言者が分数的割合で
ある法定相続分を修正ないし変更していると判断でき,かつ,その修正な
いし変更によっていかなる分数的割合にすると指定しているかが明らかに
されている場合に限られると解すべきである。遺言者が当該特定の財産の
相続財産全体に対する分数的割合を明示していない場合であっても,相続
開始時において,遺言者以外の者が,相続財産全体及び当該特定の財産の
価額を割り出して,当該特定の財産の価額の相続財産全体の価額に対する
割合を算出することは可能ではあるが,指定相続分は,飽くまでも遺言者
の意思に基づいて決定されるものであり,遺言者は,各相続人との身分関
係及び生活関係,各相続人の現在及び将来の生活状況及び資力その他の経
済関係,特定の不動産その他の遺産についての特定の相続人の関わり合い
の関係等各般の事情を考慮して遺言をするのであるから(前掲最高裁平成
3年4月19日第二小法廷判決参照),相続開始時において遺言者以外の
者が客観的な価額のみから算出した分数的割合をもって,これを遺言者の
意思とみなすことは許されないというべきである。
裁判例においても,相続分の指定は,分数的割合をもって相続人の相続分
が表示される場合をいうとされており,遺言によって遺産の全部が一部の相
続人のみに割り当てられたとしても,そのような遺言は,飽くまでも遺産分
割方法の指定であり,遺言書に記載のない相続人との関係においてであって
も,相続分の指定をしたものとは解されないとされている。例えば,東京高
裁平成2年(行コ)第33号同3年2月5日判決・金融・商事判例911号
22頁は,7名の共同相続人のうちの2名に遺産の全部(ただし,関係法人
に遺贈がされた残余のもの)を相続させるとした遺言について,上記の2名
の相続分を各2分の1とする相続分の指定がされたと当該遺言書に記載のな
い他の相続人のうちの一部が主張した事案において,「相続分は分数的割合
によって定められており,相続分の指定は,被相続人によってされる相続分
の修正であり,個々の相続財産のどれを相続人に与えるかとの被相続人の意
思とは目的を異にするものであるから,同じく分数的割合によるべきであ
る」と判示している。これに対しては,遺言書に記載のない相続人らが上告
し,「原判決は相続分の指定とは遺産全体に対する「分数的割合」をもって
相続分が表示されている場合をいうと解すべきであるというがそのように狭
く解する理由はなく誤りである」と主張した上で,遺言で相続分を零と定め
られた旨を主張したが,最高裁平成3年(行ツ)第84号同4年11月16
日第一小法廷判決・裁判集民事166号613頁は,「被相続人のした本件
遺言が相続分を指定したものとは解されないとした原審の認定判断は,原判
決挙示の証拠関係に照らし,結論において正当として是認することができ,
原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない」と判示して,
上告を棄却している。
原告の指摘する前掲(本文第3の1(2)参照)最高裁平成21年3月24
日第三小法廷判決は,相続人2人のうち1人の者に財産全部を相続させる趣
旨の遺言がされた当該個別事案において,当該遺言が当該相続人の相続分を
全部と指定したものであるとの合理的意思解釈をしたものにすぎず,遺言に
記載されていない相続人の指定相続分を零と解すべきとの一般論を判示した
ものではなく,本件とは事実関係も異なるから,その判示内容は,本件にお
ける各相続人の相続分を確定する根拠とはなり得ず,原告の主張は同判決を
正解しないものであり,前提において失当である。
(3)ところで,通則法5条2項は,「相続による納税義務の承継につき,民
法の相続制度と一層調整を図るとともに徴税の合理化に資する」(乙6・
49頁)ことを趣旨としていた昭和37年法律第66号による削除前の国
税徴収法27条2項の規定を引き継ぐものとして制定されたものであると
ころ,同規定は,昭和34年法律第127号による改正前の同法4条の2
において,相続による納税義務の承継について,相続人が2人以上あると
きは相続又は遺贈によって得た財産の価額によりあん分した額により承継
する旨が定められていたものを,民法899条に規定する共同相続人によ
る一般相続債務の承継との調整を図って改めたものであった(乙6,
7)。そして,通則法5条2項及び昭和37年法律第66号による削除前
の国税徴収法27条2項は,相続人が2人以上ある場合に各相続人が承継
する国税の額の計算に用いられる「相続分」については,計算の簡明性等
の観点から,民法が規定する法定相続分(民法900条),代襲相続分
(同法901条),遺言による相続分の指定(同法902条),特別受益
者の相続分(同法903条,904条)及び特別寄与者の相続分(同法9
04条の2)の5つの相続分のうち,前三者のみを採用している。寄与分
を採用しなかったのは,そもそもこれについて定める民法904条の2が
権利に関する規定であり,形式的にみて義務に係る相続分の基礎とはなり
得ないことなどに理由があるとされているが,他方,特別受益者の相続分
を採用しなかったのは,過去に遡って事実の調査をすることを要し,各相
続人の承継する国税の額の確定が極めて繁雑となるからであるとされてい
る。
このように計算の簡明性等が要請されていることに照らせば,通則法5条
2項にいう民法902条の規定による相続分とは,相続財産全体に対する分
数的割合と解すべきである。このように解することは,前記(1)のとおり,
民法が相続分の指定について分数的割合をもって表示されることを予定して
いると解されることとも合致するし,通則法5条2項が民法における一般相
続債務の承継と調整を図ることを趣旨とする昭和37年法律第66号による
削除前の国税徴収法27条2項の規定を引き継いだものであることとも整合
する。
仮に,特定の財産を特定の相続人に相続させる旨の遺言について,遺言者
が各相続人の相続分をいかなる分数的割合にする意思であったかが明らかで
ないのに,相続分の指定を伴うものと解し,これに基づいて国税の承継額を
計算するとなれば,当該特定の相続人又は課税庁が,遺言者の意思とは無関
係に,申告や処分を行う時点における当該相続財産全体及び当該特定の財産
の客観的な価額を割り出して,当該特定の財産の当該相続財産全体に対する
分数的割合を算出せざるを得ないこととなり,民法が,遺言者の意思を尊重
し,これに基づいて法定相続分を修正ないし変更できるとした趣旨に反する
ことになる。加えて,国税債権は,国家財政上,簡明な計算方法により可及
的速やかに確定すべきであるところ,相続財産全体及び特定の財産の価額に
ついての調査は,極めて煩雑かつ困難な作業であって,これを納税者又は課
税庁に負わせることは,計算の簡明性等を重視する通則法の趣旨に照らし,
およそ法が予定しているものではない。
現行課税実務においても,計算の簡明性の観点から,通則法5条2項にい
う民法902条の規定による相続分とは,分数的割合により定められている
ものをいうと解し,また,相続させる旨の遺言については,遺産の分割の方
法の定めたものであり,相続分を定めたものではないと解する運用がされて
いる。この運用は,前掲東京高裁3年2月5日判決の判示するところにも沿
うものである。
(4)本件遺言については,Aの合理的な意思解釈として,特定の財産を特定
の相続人に単独で相続させようとする趣旨のものと認められ,本件公正証
書及び本件自筆証書の記載から,その趣旨が遺贈であることが明らかであ
るか又は遺贈と解すべき特段の事情があるとはいえないから,本件遺言
は,遺産の分割の方法を定めたものと解される(前掲最高裁平成3年4月
19日第二小法廷判決)。
そして,前記(2)のとおり,相続分の指定は,分数的割合をもって規定さ
れている法定相続分を修正ないし変更するものであるから,相続財産全体に
対する分数的割合で示されるべきものであり,民法が遺言者の意思を尊重し
ていることに照らせば,遺言者がいかなる分数的割合に修正ないし変更する
かを明らかにしている場合にのみ,相続分の指定があったと解すべきである
ところ,本件遺言においては,他の相続人らに相続させるとされた土地及び
建物その他の遺産について,その価額や,相続財産全体に対する割合などが
何ら示されていないから,Aが当該特定の財産を相続財産全体に対してどの
ような分数的割合で捉えていたかは明らかにされていないといえる。したが
って,本件遺言は,遺言者がいかなる分数的割合に修正ないし変更するかを
明らかにしたものとは解することができず,相続分の指定を伴うものである
と評価することはできない。
なお,本件公正証書及び本件自筆証書には原告が記載されていないが,他
の相続人のいずれについても各相続人の相続分を分数的割合で示しておら
ず,相続分の指定がされていないと解すべきである上,単に本件遺言に記載
がないというのみの原告についてだけ相続分を零と指定するという他の相続
人と異なる取扱いをあえてしたとの事情は何らうかがわれず,前掲東京高裁
平成3年2月5日判決及び前掲最高裁平成4年11月16日第一小法廷判決
が判示するところからも明らかなとおり,原告が本件公正証書及び本件自筆
証書に記載されていないことから直ちに原告の相続分を零と定めたものと解
されるわけではない。そもそも,相続分とは,積極財産のみならず消極財産
をも含めた各共同相続人が取得し得べき相続財産の総額に対する分数的割合
を示すものであり,遺言によって積極財産の分割の方法が示されたのみで
は,消極財産をも含めたその余の相続財産をいかなる割合で分割するか,す
なわち相続分をどのように修正ないし変更するかまで明らかにされたとはい
えない。そして,Aには,銀行からの借入金等の債務が存するところ(乙
8,9),本件遺言では,Aの積極財産をどのように分割するかについては
定められているものの,上記債務をどのように分割するかについては,明ら
かにされているとはいい難い。さらに,本件遺言には,確かに積極財産を原
告に相続させる旨は定められていないが,消極財産を原告に割り当てないと
か,積極財産も消極財産も含めて原告の相続分を零とする意思が表示されて
いるとみるのも困難である。このように,本件遺言からは,他の相続人らは
もとより,原告についても,その指定相続分を読み取ることはできないので
あるから,本件遺言で原告の相続分が零と指定されたと解することはできな
い。
原告が本件遺留分減殺請求をするに当たり他の相続人らに宛てて郵送した
遺留分減殺請求書(乙1)をみても,それが相続分の指定に対して行われた
旨の記載はなく,その他,原告が本件遺留分減殺請求をするに当たり,本件
遺言により相続分の指定がされたと解していることがうかがわれる記載等は
存せず,かえって,原告がその後に横浜家庭裁判所に対して他の相続人らを
相手方として申し立てた本件遺留分減殺請求に係る家事調停事件(同裁判所
平成○年(家イ)第○号事件)の申立書(乙2)には,他の相続人らに対し
て本件遺言により遺贈がされた旨の記載がされていたものである。
原告は,Aが本件遺言の作成当時に原告に対しては自分の財産を与えたく
ないという気持ちを有していたことが推察されるなどと主張するが,原告が
侵害された遺留分の回復を求めてC,F及びGの3名を被告として横浜地方
裁判所に提起した訴え(横浜地方裁判所平成○年(ワ)第○号共有持分登記
移転手続等請求事件)においてC,F及びGが提出した平成22年4月30
日付け準備書面(1)(甲11)には,Bは原告の父との離婚に際して解決金
として1300万円の小切手を受領したところ,それまでAから経済的援助
を受けていたことなどから,これをAに贈与した旨の記載があり(甲11・
2頁),これが真実であれば,Aが生前にBに対して行った経済的援助の額
は相当多額であったことが推認されるのであって,本件公正証書及び本件自
筆証書に原告の記載がないことの理由の一つとして,原告の被代襲者である
Bに対する多額の生前贈与(特別受益)の存在があったとも解し得る。いず
れにせよ,原告の上記主張は,憶測にすぎないのである。
(5)以上のとおり,本件遺言は,遺産の分割の方法を定めたものであり,相
続分を定めたものではないから,原告が承継するAに課されるべき平成▲
年分の所得税の額は,通則法5条2項の規定に従い,原告の法定相続分で
ある10分の1の割合によりあん分して計算されることになる。
上記計算によれば,原告が承継する納付すべき税額は2798万8700
円であるところ(別紙2・1(2)),本件決定処分に係る原告が承継する納
付すべき税額(別表のAの欄の順号17)は,これと同額であるから,本件
決定処分は適法である。
2争点2(通則法5条2項の計算の基礎となる原告の相続分が本件遺留分減殺
請求によって修正されるかどうか)
(1)本件遺言は,前記1のとおり,相続分の指定を伴うものではないから,
原告が承継するAに課されるべき国税の額は,原告の法定相続分である1
0分の1の割合によりあん分して計算されるべきであるが,仮に,本件遺
言が相続分の指定を伴うとされた場合であっても,以下のとおり,本件遺
留分減殺請求により,原告の指定相続分はその遺留分割合に相当する20
分の1に修正されるから,原告が承継するAに課されるべき国税の額は,
20分の1の割合によりあん分して計算されることになる。
ア遺留分とは,一定の相続人(遺留分権利者)に留保されることが法律上
保障された相続財産の一部をいう。
遺留分制度には,ゲルマン=フランス型とローマ=ドイツ型の二つの系
統があり,ゲルマン=フランス型では,法定相続人が相続人の資格におい
て遺留分を有しており,遺留分が相続分の一部としての形をとっている
が,ローマ=ドイツ型では,推定法定相続人には法定相続人としての地位
の保障がなく,遺留分はそれに代わる一定の財産額であるとされていると
ころ,我が国の明治民法における遺留分法は,この二つの系統のうち,ゲ
ルマン=フランス型に属するとされており,現行民法における遺留分法
も,ゲルマン=フランス型としての特徴は変わっていないと解されてい
る。我が国の民法では,法定相続権が遺留分権の基礎を成しているので,
遺留分権利者の資格・範囲・順位については,相続権のそれに関する法理
がそのまま適用されている。
イ民法は,遺留分権を実現する方法として,遺留分権利者にその利益を強
制するのではなく,遺留分権利者の自由意思をもって遺留分の保全に必要
な限度において遺贈や贈与を減殺することができるものとした。遺留分を
侵害する行為の効力については,その行為が当然に無効となるのではな
く,単に減殺を請求され得るにとどまるとされており,「遺留分に関する
規定に違反することができない」(同法902条1項ただし書)などの定
めに抵触する行為についても,これを無効と解するのではなく,遺留分減
殺請求の対象となるにとどまると解する立場が通説である。遺留分減殺請
求権の法的性質については,「遺留分権利者が民法1031条に基づいて
行う減殺請求権は形成権であって,その権利の行使は受贈者または受遺者
に対する意思表示によってなせば足り,必ずしも裁判上の請求による要は
なく,また一たん,その意思表示がなされた以上,法律上当然に減殺の効
力を生ずるもの」(最高裁昭和40年(オ)第1084号同41年7月1
4日第一小法廷判決・民集20巻6号1183頁)とされている。
ウ遺留分減殺請求の効果については,「遺留分権利者の減殺請求により贈
与又は遺贈は遺留分を侵害する限度において失効し,受贈者又は受遺者が
取得した権利は右の限度で当然に減殺請求をした遺留分権利者に帰属する
ものと解するのが相当」(最高裁昭和50年(オ)第920号同51年8
月30日第二小法廷判決・民集30巻7号768頁)とされている。ま
た,相続分の指定に対して遺留分減殺請求がされた場合に,遺留分減殺請
求が相続分の指定に与える効果については,「相続分の指定が,特定の財
産を処分する行為ではなく,相続人の法定相続分を変更する性質の行為で
あること,及び,遺留分制度が被相続人の財産処分の自由を制限し,相続
人に被相続人の財産の一定割合の取得を保障することをその趣旨とするも
のであることに鑑みれば,遺留分減殺請求により相続分の指定が減殺され
た場合には,遺留分割合を超える相続分を指定された相続人の指定相続分
が,その遺留分割合を超える部分の割合に応じて修正されるものと解する
のが相当である(最高裁平成9年(オ)第802号同10年2月26日第
一小法定判決・民集52巻1号274頁参照)」(前掲(本文第3の2
(2)参照)最高裁平成24年1月26日第一小法廷決定)とされている。
このように解することは,我が国の民法が,遺留分を法定相続人としての
地位の保障に代わる一定の財産額であるとするローマ=ドイツ型ではな
く,遺留分を相続分の一部とするゲルマン=フランス型に属することとも
整合するものといえる。
この点に関し,原告は,前掲最高裁平成21年3月24日第三小法廷判
決は共同相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言につ
き相続分の指定としての法的意義をも認める立場を明らかにしたものとい
えるとした上で,指定された共同相続人間の内部関係における相続債務の
承継割合が遺留分減殺請求によっても修正されることなく維持されること
を前提とするものと解されると主張するが,同判決は,飽くまでも相続開
始の時を基準としての遺留分の侵害額の算定方法について判示したもので
あって,上記の主張は失当である。
エ前記ウのとおり,遺留分を侵害する相続分の指定に対して遺留分減殺請
求がされた場合には,当該遺留分権利者の指定相続分は,遺留分割合と同
じ割合に修正されるから(前掲最高裁平成24年1月26日第一小法廷決
定),本件遺留分減殺請求により,原告の指定相続分は,その遺留分割合
に相当する20分の1に修正される。
したがって,Aに課されるべき平成▲年分の所得税の額は,通則法5条
2項の規定に従い,上記のとおり修正された指定相続分である20分の1
の割合によりあん分して計算した額(1399万4300円)となる。本
件決定処分(ただし,本件裁決により一部取り消された後のもの)に係る
原告の納付すべき税額は,この額と同額であるから,本件決定処分(ただ
し,本件裁決により一部取り消された後のもの)は,適法である。
(2)これに対し,原告は,前掲最高裁平成3年4月19日第二小法廷判決の
判示するところに照らせば,本件遺言によりAの全ての遺産は他の相続人
らに物権的に移転するであるとか,前掲最高裁平成8年1月26日第二小
法廷判決の判示するところに照らせば,本件遺留分減殺請求によって原告
はその対象とされた財産の共有持分を物権的に取得するなどした上で,A
の遺産については,本件遺留分減殺請求の前後を問わず遺産分割の余地は
全くなく,遺産分割における分配基準としての指定相続分を観念する必要
もなければ,遺留分減殺請求によって修正された指定相続分を機能させる
場面もないなどとして,本件遺留分減殺請求によっても,原告の指定相続
分は修正されないなどと主張する。
アしかし,相続させる旨の遺言により全ての遺産が特定の相続人に承継さ
れる場合であっても,家庭裁判所における遺産分割調停で,関係当事者間
に当該遺言の対象遺産も含めて分割の協議をしてみようとの空気が醸し出
され,又は当該遺言による遺産の承継により遺留分侵害の結果になること
が明らかであるときには,前掲最高裁平成3年4月19日第二小法廷判決
の判示に係る遺産の承継の効果はさておいて,柔軟で妥当な遺産分割の方
途を目指すべきであると指摘されていることからすれば(最高裁判所判例
解説民事篇平成3年度230頁),遺産分割調停が行われる余地は残され
ているというべきである。原告の上記主張は,Aの遺産について遺産分割
の余地はないとする点で,失当である。
また,前記1(1)のとおり,相続分とは,共同相続に際して各共同相続
人が相続財産を承継すべき割合であり,各共同相続人が取得し得べき相続
財産の総額に対する分数的割合として示されるものであるところ,この割
合は,特定の財産をどの相続人に取得させるかという遺産の分割の方法に
よって左右されるものではない。特定の相続人がその相続分を超える特定
の財産を取得した場合であっても,補償金等による調整をもって(家事事
件手続法195条),取得した特定の財産が自己の相続分を下回る相続人
も,なおその相続分を確保し得るのであるから,遺言により全ての遺産に
ついて物権変動が生じたとしても,相続分の意義に影響が及ぶものではな
い。原告の上記主張は,本件遺言によりAの全ての遺産についてその相続
開始の時に物権変動が生じたことをもって相続分の意義が失われるとする
点でも,失当である。
イさらに,前記(1)アのとおり,我が国の明治民法における遺留分法及び
それを踏襲した現行民法における遺留分法は,ゲルマン=フランス型に属
するものであるところ,ゲルマン=フランス法における遺留分制度につい
ては,相続人がその資格において遺留分権を有することから,遺留分権は
相続権としての性格を有しており,遺留分減殺請求によって取り戻された
財産は,当然に相続財産を構成するという特徴があるとされているから,
仮に遺留分権利者が遺留分減殺請求によって取り戻した財産について遺産
分割をする余地がないとしても(前掲最高裁平成8年1月26日第二小法
廷判決参照),その相続財産性が失われるものではない。
加えて,遺留分権利者が限定承認をした場合に被相続人の債権者が遺留
分減殺請求権を代位行使し得るかについては,民法起草者は否定説に立っ
ていたが,近時では肯定説が一般であるところ,肯定説の根拠は,相続人
が遺留分減殺請求権を行使した場合には,これによって取り戻された財産
は相続債権者の債権の引当てとなるのに,相続人が遺留分減殺請求権を行
使しないときには,相続財産が債務超過であっても債権の完済を得られな
いというは,均衡を失することにある。すなわち,遺留分減殺請求によっ
て取り戻された財産は,他の相続人との間で遺産共有の関係にならず,遺
産分割の対象にはならないものの(前掲最高裁平成8年1月26日第二小
法廷判決参照),限定承認に際して相続債権の引当てとなる意味で,責任
の面からは相続財産であるといえるのであって,このことからも,遺産分
割の余地がないことと相続財産性を有することとは両立するものとして考
えられるのである。
このとおり遺留分減殺請求により取り戻された財産の相続財産性が失わ
れない以上,これについては相続分が観念されることになる。そして,各
共同相続人はその相続分に応じて被相続人の権利義務を承継すると定める
民法899条の規定は,遺産分割前における法律関係のみを定めたものと
みるべきではないから,相続分に応じた被相続人の権利義務の承継は,遺
産分割がされる前後のいずれであるかや遺産分割の手続が必要とされるか
否かなどに関わりなくされるものといえる。したがって,遺留分権利者で
ある相続人が,相続させる旨の遺言によって財産を取得した他の相続人に
対して遺留分減殺請求をした場合であっても,各相続人がその相続分に応
じて被相続人の権利義務を承継することに変わりはなく,ここに前掲最高
裁平成24年1月26日第一小法廷決定の射程が及ぶことによって,その
相続分は遺留分減殺請求により修正された指定相続分となるのである。こ
のことは特定の財産が物権的に当該他の相続人に移転したものであるか否
かや,遺産分割の手続が必要とされか否かによって左右されるものではな
いというべきである。前掲最高裁平成8年1月26日第二小法廷判決は,
遺留分減殺請求により取り戻された財産が「遺産分割の対象となる」相続
財産であることを否定したにすぎないのであって,遺留分減殺請求により
取り戻された財産が相続財産性を有することや,これについて相続分が観
念されることまでをも否定するものではないのである。
原告の上記主張は,遺留分減殺によって取り戻された財産について遺産
分割の余地がないから相続分を観念することができないとする点で,失当
である。
(3)さらに,原告は,本件遺留分減殺請求により原告の指定相続分がその遺
留分割合に相当する割合である20分の1に修正され,原告が承継するA
に課されるべき国税の額がこの割合によりあん分して計算した額になると
すると,求償問題の発生を回避しようとする通則法5条2項の趣旨が没却
される,担税力に応じた税負担を実現しようとする同項の趣旨が没却され
る,法的安定性が害されるといった問題が生ずるとも主張する。
アしかし,通則法5条2項の趣旨は,前記1(3)のとおりであり,求償
問題の発生を回避しようとすることにあるわけではない。相続分の指定
があるかどうかが不明であるため法定相続分に応じた納税の告知等を行
った場合に,後になって相続分の指定があると判明したときであって
も,将来に向かって承継する額を修正するにすぎないのであって,この
ことからしても,同項に基づく賦課徴収手続は,相続人間の求償問題の
発生を回避することを目的とはしていないことは明らかである。そもそ
も,原告の上記主張は,原告がAから承継した国税の額はその遺留分額
に加算されないことを前提とするものであるが,前掲最高裁平成21年
3月24日第三小法廷判決は,相続人のうち1人が相続債務も全て承継
したと解される場合に,相続債務を承継していない遺留分権利者に係る
遺留分侵害額の算定において,法定相続分の割合に応じた相続債務の額
を遺留分額に加算しないと判断したにとどまり,それ以上に,遺留分額
に加算すべき相続債務をどのように考えるかを判示したものではないの
であって,同判決の判示するところから原告がAから承継した国税の額
がその遺留分額に加算されないという結論が一義的に導かれるものでは
ない。
イまた,通則法5条2項の趣旨は,担税力に応じた税負担を実現しよう
とすることにあるわけでもない。同項は,各相続人が被相続人から承継
する国税を納める義務について,遺産分割により現実に取得した積極財
産の価額に応じてではなく,民法の規定による相続分に応じてこれを計
算することとしたものであるから,各相続人の租税の支払能力を考慮す
る趣旨の規定ではないというべきである。現に,同条3項には,資力が
ない者が国税を納める義務を承継することがあり得ることを考慮した規
定が置かれている。そもそも同条2項が規定しているのは,担税力を考
慮して構築された課税制度に基づいて被相続人の国税を納める義務の内
容が確定した後において,その額をどのような割合で各相続人に承継さ
せるかであって,担税力そのものが問題となる場面ではない。
ウさらに,遺言で相続分が定められている場合,相続人は,その遺言で
定められた相続分に応じて被相続人に課されるべき所得税を納める義務
を承継し,これを申告することになるところ,申告時までに遺留分減殺
請求がされていなければ,遺言で定められた相続分の割合に応じて計算
した額による申告をすればよく,申告時までに遺留分減殺請求がされて
いれば,遺留分減殺請求によって修正された指定相続分の割合に応じて
計算した額による申告することになるだけのことであって,相続人が申
告すべき所得税の額は,申告期限内に遺留分減殺請求がされたか否かで
確定しているのであるから,法的安定性が損なわれることもない。
第2原告の主張の要旨
1争点1(本件遺言が原告の相続分を定めたものといえるかどうか)
(1)本件遺言において,原告が相続するAの遺産は皆無とされている。すな
わち,本件公正証書遺言の第1条から第5条まで及び本件自筆証書遺言に
おいて,特定の遺産を原告以外の特定の相続人に相続させる旨が記載され
ているのみならず(前提事実(1)イ(ア)から(オ)まで,ウ(ア)),本件公正証
書遺言の第6条において,本件公正証書遺言に物件を特定して掲げられて
いない全ての遺産が包括してCに相続させる旨が記載されていることから
(前提事実(1)イ(カ)),Aの全ての遺産は他の相続人らに相続されること
になり,Aの財産が新規に発見されるなどの事態が生じたとしても,原告
が相続する遺産は必然的に皆無のままとなるのである。このように原告を
遺産の配分から完全に排除していることは,とりもなおさず,原告の相続
分を零としようとすることにほかならない。
原告は,侵害された遺留分の回復を求めて,C,F及びGの3名を被告と
する訴え(前記(第1の1(4)参照)横浜地方裁判所平成○年(ワ)第○号
事件)を提起しているところ,同訴訟においてC,F及びGが提出した前記
準備書面(1)には,Aの認識として,Bが原告の父との婚姻中に原告の父及
びその両親に冷遇され,離婚に追いやられ,原告の親権についても譲歩を強
いられた上,原告の父の家族と絶縁状態になった旨の記載があり(甲11・
2頁から3頁まで),このことからも,Aが,本件遺言の作成当時に,Bの
子である原告に対しては自分の財産を与えたくないという気持ちを有してい
たことが推察される。被告は,本件公正証書遺言及び本件自筆証書遺言に原
告の記載がないことの理由の一つとして,Bに対する多額の生前贈与(特別
受益)の存在があったとも解し得るなどと主張するが,Aの遺産が純資産価
額として26億円を超える超富裕層レベルのものであったことからすれば
(甲14),AがBに経済的援助をしていたとしても,それは結婚に際して
の費用であるとか小遣いにすぎないものというべきであって,その程度の経
済的援助であれば,Dも受けていたはずである。
以上によれば,本件遺言は,原告の相続分を法定相続分である10分の1
ではなく零と定めるもので,相続分の指定(民法902条)に当たるという
べきである。
(2)これに対し,被告は,特定の遺産を特定の相続人に相続させる旨の遺言
は,遺産の分割の方法を定めたものであり,法定相続分の分数的割合を別
の分数的割合に変更するという遺言者の意思が明らかでない限り,相続分
の指定を伴うものとは解されないなどとして,本件遺言は,遺産の分割の
方法を定めたものであり,相続分を定めたものではないなどと主張する。
しかし,以下のとおり,本件遺言は,遺産の分割の方法を定めるとともに
相続分を定めるものであり,いわゆる「相続分の指定を伴う遺産分割方法の
指定」に当たるといえるから,被告の上記主張は失当である。
ア遺言で相続分を定める態様には様々なものがあり,相続人の全員又は一
部について法定相続分とは異なる相続分の割合を定めるという態様が典型
ではあるが,これに限らず,特定の遺産を特定の相続人に相続させるとい
う態様であっても,それにより相続財産全体に対する相続すべき割合が指
示されている限り,その遺言は相続分の指定としての法的意義を有すると
解されている(甲5・198頁)。
イそして,遺産分割方法の指定と相続分の指定とは,必ずしも両立しない
関係にあるものではなく,ある遺言が遺産分割方法の指定としての法的意
義と相続分の指定としての法的意義を併有することがあり得ると解されて
いる(甲5・198頁から199頁まで)。裁判例においても,東京高裁
昭和41年(ネ)第1556号,第1639号同45年3月30日判決・
判例時報595号388頁(甲6)が「被相続人が自己の所有に属する特
定の財産を特定の相続人に取得させる旨の指示を遺言でした場合に,これ
を相続分の指定,遺産分割方法の指定もしくは遺贈のいずれとみるべきか
は,被相続人の意思解釈の問題にほかならないが,被相続人において右の
財産を相続財産の範囲から除外し,右特定の相続人が相続を承認すると否
とにかかわりなく(たとえば相続人が相続を放棄したとしても),その相
続人に取得させようとするなど特別な事情がある場合は格別,一般には遺
産分割に際し特定の相続人に特定の財産を取得させるべきことを指示する
遺産分割方法の指定であり,もしその特定の財産が特定の相続人の法定相
続分を超える場合には相続分の指定を伴う遺産分割方法を指定したもので
あると解するのが相当である」と判示し,東京高裁昭和51年(ネ)第2
777号同60年8月27日判決・判例時報1163号64頁(甲7)が
「被相続人が特定の相続財産を特定の相続人に取得させる旨の遺言をした
場合には,特別の事情のない限り,これを特定の財産の遺贈とみるべきで
はなく,遺産分割において右特定の財産を当該相続人に取得させるべきこ
とを指示する遺産分割方法の指定(民法908条)とみるべきものであ
り,もし右特定の財産の価額が当該相続人の法定相続分を超えるときは,
相続分の指定(同法902条)を併せ含む遺産分割方法の指定をしたもの
と解するのが相当である」と判示しているように,相続分の指定を伴う遺
産分割方法の指定という概念が定着している。
前掲最高裁平成3年4月19日第二小法廷判決は,特定の遺産を特定の
相続人に相続させる旨の遺言は,特段の事情がない限り,民法908条に
いう遺産の分割の方法を定めたものと解すべきである旨を判示している
が,これは,ある遺言が遺産分割方法の指定としての法的意義と相続分の
指定としての法的意義を併有することがあることを否定するものではな
い。むしろ,前掲最高裁平成21年3月24日第三小法廷判決が「相続人
のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言により相続分の全部
が当該相続人に指定された場合,遺言の趣旨等から相続債務については当
該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段
の事情のない限り,当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が
表示されたものと解すべきであり,これにより,相続人間においては,当
該相続人が指定相続分の割合に応じて相続債務をすべて承継することにな
ると解するのが相当である」と判示しているのは,相続させる旨の遺言に
対し,遺産分割方法の指定としての法的意義のみならず,相続分の指定と
しての法的意義をも認める立場を明らかにしたものといえる。
ウ不動産にしても,株式にしても,特定の相続人が取得した遺産の評価額
をめぐって常に争いが生ずる余地があるから,本件遺言に基づいてAの遺
産を相続した他の相続人らについては,各自が取得する遺産の遺産全体に
対する割合を一義的な数値をもって確定することができず,国税を納める
義務の承継の場面では通則法5条2項にいう「相続分の指定」が存すると
認めることはできないと解されることも理解できる。
他方,本件遺言において間違いなく一義的に確定しているのは,原告が
Aの遺産の配分から完全に排除され,これを承継する割合が零であるとい
うことである。被告は,相続分の指定は相続財産全体に対する分数的割合
で示されなければならないなどと主張するが,原告の相続分を零と定める
ことは,被告の主張する指定相続分の要件である「分数的割合」として一
義的な数値でそれが確定していることを当然に満たすものである。
これに対し,被告は,前掲東京高裁平成3年2月5日判決及び前掲最高
裁平成4年11月16日第一小法廷判決の判示するところから,本件遺言
がその名宛人としていない原告の相続分を零と定めたものとは解されない
などと主張するが,最高裁平成6年(オ)第2365号同11年4月23
日第二小法廷判決・登記情報453号129頁は,被相続人が6名の相続
人のうちの5名に対してその相続分を各5分の1と定めて遺産を包括的に
相続させる旨の遺言をした事案において,遺言書に記載のない相続人につ
いて,その遺言により相続分はないものと指定された旨の判示をしてい
る。
また,被告は,本件遺言では,Aの積極財産をどのように分割するかに
ついては定められているものの,消極財産をどのように分割するかについ
ては明らかにされていないことから,他の相続人らはもとより,原告につ
いても,その指定相続分を読み取ることはできないなどと主張するが,遺
言で相続分を定めるに当たって,消極財産の承継割合を定めることは必ず
しも不可欠なことではなく,特段の事情のない限り,積極財産の承継割合
が定められていれば,その承継割合によって相続分が定められたものと認
めることができるというべきである。前記イでも引用したとおり,前掲最
高裁平成21年3月24日第三小法廷判決は,「遺言により相続分の全部
が当該相続人に指定された場合,遺言の趣旨等から相続債務については当
該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるなどの特段
の事情のない限り,当該相続人に相続債務もすべて相続させる旨の意思が
表示されたものと解すべきであり」と判示している。
2争点2(通則法5条2項の計算の基礎となる原告の相続分が本件遺留分減殺
請求によって修正されるかどうか)
(1)民法899条は,各共同相続人は,その相続分に応じて被相続人の権利
義務を承継する旨を定めているところ,これについては,遺言で相続分が
定められたときは,共同相続人間の内部関係においては債務についても指
定相続分に応じて承継されるものの,相続債権者との関係では指定相続分
に応じた承継を対抗することはできないと解されている。このように共同
相続人間の内部関係と相続債権者との対外的関係とを区別する解釈は,相
続債権者の保護の観点からは,やむを得ないものと理解できる。
他方,通則法5条2項は,上記の民法の解釈とは異なり,遺言で相続分が
定められたときは,国税債務は法定相続分ではなく遺言で定められた相続分
に応じて承継されるものとしている。これは,遺言でその相続分を定められ
た相続人は,法定相続分ではなく遺言で定められた相続分に応じた権利を承
継するところ,常に法定相続分に応じた国税債務を承継するものとすると,
遺言で法定相続分を下回る相続分を定められた相続人にとっては承継する国
税債務の負担が過度に重い苛酷なものとなる一方で,遺言で法定相続分を上
回る相続分を定められた相続人にとっては,相続分を少なく定められた他の
共同相続人の犠牲において,承継する国税債務の負担が軽くなって,共同相
続人間に不公平が生じ,更には求償問題をも生じさせかねないからであると
解される。同項は,共同相続人間の内部関係と対外的関係とを一致させ,遺
産の分配状況と国税債務の承継状況とに比例関係を持たせることにより,担
税力に応じた税負担を実現するとともに,求償問題の発生をも回避すること
ができるものとしたのである。
(2)前掲最高裁平成21年3月24日第三小法廷判決は,前記1(2)に掲げた
ように判示した上で,「遺留分権利者が相続債権者から相続債務について
法定相続分に応じた履行を求められ,これに応じた場合も,履行した相続
債務の額を遺留分の額に加算することはできず,相続債務をすべて承継し
た相続人に対して求償し得るにとどまるものというべきである」と判示し
ているところ,これは,共同相続人間の内部関係における相続債務の承継
割合が遺留分減殺請求によっても何ら修正されることなくそのまま維持さ
れることを前提とするものであると解される。前記(1)のとおり,通則法5
条2項の趣旨が共同相続人間の内部関係と対外的関係とを一致させること
にあると解されることからすれば,前掲最高裁平成21年3月24日第三
小法廷判決の判示するところに照らし,原告が承継するAに課されるべき
国税の額の計算の基礎となる相続分についても,本件遺留分減殺請求によ
って何ら修正されることなくそのまま維持されるものと解すべきである。
さらに,前掲最高裁平成8年1月26日第二小法廷判決が,「民法は,遺
留分減殺請求を減殺請求をした者の遺留分を保全するに必要な限度で認め
(1031条),遺留分減殺請求権を行使するか否か,これを放棄するか否
かを遺留分権利者の意思にゆだね(1031条,1043条参照),減殺の
結果生ずる法律関係を,相続財産との関係としてではなく,請求者と受贈
者,受遺者等との個別的な関係として規定する(1036条,1037条,
1039条,1040条,1041条参照)など,遺留分減殺請求権行使の
効果が減殺請求をした遺留分権利者と受贈者,受遺者等との関係で個別的に
生ずるものとしていることがうかがえる」と判示していることからしても,
本件遺留分減殺請求の効果は,原告と他の相続人との関係において個別的な
法律関係の変更が生ずるにとどまると解すべきであり,この法律関係の外部
にある国との間の国税債務の承継関係については,本件遺留分減殺請求によ
る影響を受けないものと解すべきである。
(3)これに対し,被告は,前掲最高裁平成24年1月26日第一小法廷決定
の判示するところから,本件遺留分減殺請求により,原告の指定相続分
は,その遺留分割合に相当する割合である20分の1に修正されるなどと
主張するが,以下のとおり,被告の主張は失当である。
ア前掲最高裁平成24年1月26日第一小法廷決定は,遺言で遺産の分割
の方法が定められず,相続分だけが定められていた事案において,相続分
の指定に対して遺留分減殺請求がされた場合について判断したものであ
る。相続分を指定するだけの遺言は,相続開始後に相続人間で遺産分割を
行うことを予定し,その遺産分割に当たっての分配基準としての相続分を
定めるにすぎないから,このような遺言があったとしても,遺産の共有状
態は持続することになり,遺産が相続人に物権的に移転するためには,遺
産分割を要することになる。そして,相続分の指定に対して遺留分減殺請
求がされたとしても,この分配基準が修正されるにすぎないから,遺産の
共有状態が解消されるわけではなく,遺産の物権的な移転のために遺産分
割を要することに変わりはない。前掲最高裁平成24年1月26日第一小
法廷決定が「遺留分減殺請求により相続分の指定が減殺された場合には,
遺留分割合を超える相続分を指定された相続人の指定相続分が,その遺留
分割合を超える部分の割合に応じて修正される」と判示しているのは,遺
産の共有状態を前提に,修正後の指定相続分が遺産分割に当たっての分配
基準として機能することを述べているのである。
イところが,本件遺言は,相続分だけを定めるものではなく,Aの全ての
遺産について相続人を割り当てる「相続分の指定を伴う遺産分割方法の指
定」に当たるのであって,主従を言えば,遺産分割方法の指定が主であ
り,それによって共同相続人間の遺産の取得割合に修正ないし変更が生ず
るという意味で,相続分の指定は従である。このため,本件遺言に対して
された本件遺留分減殺請求は,原告の遺留分が侵害される状態を生じさせ
た原因である遺産分割方法の指定に対して作用することになる。
そして,前掲最高裁平成3年4月19日第二小法廷判決が,特定の遺産
を特定の相続人に相続させる旨の遺言があるときは,相続開始と同時に当
該遺産が当該相続人に自動的に物権的に移転する旨を判示していることに
照らすと,本件遺言によりAの全ての遺産は他の相続人らにそれぞれ物権
的に移転することになるから,遺産共有状態が生ずることはなく,遺産分
割の余地はないことになる(甲15)。さらに,前掲最高裁平成8年1月
26日第二小法廷判決が「特定遺贈に対して遺留分権利者が減殺請求権を
行使した場合に遺留分権利者に帰属する権利は,遺産分割の対象となる相
続財産としての性質を有しない」と判示していることに照らすと,原告
は,本件遺留分減殺請求によって,その対象となった財産の共有持分を物
権的に取得することになる。すなわち,当該財産について物権法上の共有
関係が生ずるのであって,ここにも遺産分割の余地はない。
このように,本件遺言については,本件遺留分減殺請求の前後を問わ
ず,遺産分割の余地が排除されるものであるから,遺産分割における分配
基準としての指定相続分を観念する必要はなく,遺留分減殺請求によって
修正された相続分を機能させる場面もないのである。
ウところで,被告は,現行民法の遺留分法がゲルマン=フランス型に属す
るものであるという見解に立ち,これを重視して演繹的な解釈をしようと
するが,平成時代に入ってからの遺留分に関する判例の流れは,前掲最高
裁平成8年1月26日第二小法廷判決や「受贈者又は受遺者は,遺留分減
殺の対象とされた贈与又は遺贈の目的である各個の財産について,民法1
041条1項に基づく価額弁償をすることができる」と判示した最高裁平
成11年(受)第385号同12年7月11日第三小法廷判決・民集54
巻6号1886頁などに現れているとおり,遺留分権利者に遺留分相当の
財産価値を保障するローマ=ドイツ型に親和的な方向に向かっているとい
える。
また,被告は,遺留分権利者が遺留分減殺請求をした場合に取得する財
産について,遺産分割をする余地がなくても相続財産性を失うものではな
いなどと主張するが,従来,遺留分減殺請求により取り戻された財産に関
しては,相続財産性を認めてその分割は遺産分割によるべきであるとする
審判説と相続財産性を否定してその分割は共有物分割によるべきであると
する訴訟説とが対立していたところ,前掲最高裁平成8年1月26日第二
小法廷判決が訴訟説に立つことを明らかにした現在において,遺産分割の
対象とならない相続財産なるものを観念する意味が理解できない。そもそ
も遺留分減殺請求により取り戻される財産は,他の相続人から遺留分権利
者に移転するのであって,被相続人から遺留分権利者が承継するのではな
い。それに,実際の減殺比率(遺留分減殺請求の対象となる財産について
減殺を求める持分の比率)は,特別受益などを踏まえた複雑な計算過程に
よって導かれるものであって,遺留分割合のような整った分数的割合には
なることはまずないのであるから,遺留分減殺請求によって取り戻された
財産から修正された指定相続分が想起されるものではない。
なお,遺留分権利者が限定承認をした場合に被相続人の債権者が遺留分
減殺請求権を代位行使し得るかについては,民法起草者は否定説に立って
いたが,近時では肯定説が一般である旨の被告の主張は,最高裁平成10
年(オ)第989号同13年11月22日第一小法廷判決・民集55巻6
号1033頁が,「遺留分減殺請求権は,遺留分権利者が,これを第三者
に譲渡するなど,権利行使の確定的意思を有することを外部に表明したと
認められる特段の事情がある場合を除き,債権者代位の目的とすることが
できない」と判示して,それまでの論争に終止符を打ち,これにより,遺
留分減殺請求権は特段の事情のない限り行使上の一身専属性を有するとい
う解釈が定着したことを踏まえたものとは解されない。
(4)また,本件遺留分減殺請求により原告の指定相続分がその遺留分割合に
相当する割合である20分の1に修正され,原告が承継するAに課される
べき国税の額がこの割合によりあん分して計算した額になるとする被告の
主張に対しては,以下のような問題も指摘できる。
ア原告は,Aに課されるべき国税の額の20分の1に相当する額を国に納
付しなければならなくなるところ,前掲最高裁平成21年3月24日第三
小法廷判決の判示するところからすれば,これを遺留分の額に加算するこ
とはできず,別途,他の相続人らに対して求償しなければならないことに
なる。このような帰結は,求償問題の発生を回避しようとする通則法5条
2項の趣旨(前記(1))を没却するものである。
イまた,遺留分権利者は,遺留分減殺請求権を行使したとしても,価額に
よる弁償を受けない限りは,多数の遺産の一つ一つから細切れの持分を回
復するにすぎないのが通常であり,市場性の乏しい共有持分を売却して現
金化するのは非常に困難であるから,直ちにその支払能力が向上するわけ
ではない。すなわち,遺留分減殺請求権を行使したからといって,担税力
が容易かつ早期に形成されるものではない。それにもかかわらず,遺留分
減殺請求権の行使によって国税を納める義務が遺留分割合に応じて承継さ
れるとすれば,遺留分権利者は,国税の納付に窮するのみならず,延滞税
の増加から疲弊状態に陥ってしまうことになる。このような帰結は,担税
力に応じた税負担を実現しようとする通則法5条2項の趣旨(前記(1))
を没却するものであるし,ひいては遺留分減殺請求権の正当な行使を萎縮
させる弊害すら引き起こしかねないものである。
ウさらに,遺留分減殺請求権が行使されるか否かによって被相続人に課さ
れるべき国税の額の承継割合が変動するとなると,遺留分減殺請求権の行
使の有無が決まるまでは被相続人から承継する国税の額が未確定な状態が
続くことになるから,法的安定性が害されることになる。
(5)以上によれば,本件遺言は原告の相続分を零と定めるものであるから,
原告が承継するAに課されるべき平成▲年分の所得税の額は0円であり,
このことは本件遺留分減殺請求によっても左右されるものではないという
べきである。
これに対し,本件各処分(ただし,本件裁決により一部取り消された後の
もの)には,通則法5条2項の適用を誤り,原告が承継するAに課されるべ
き国税の額を20分の1の割合によりあん分して計算した違法がある。
よって,原告はその各取消しを求めるものである。
(別紙2)
本件各処分の根拠及び適法性に関する被告の主張
1本件決定処分の根拠
(1)Aの平成▲年分の所得税の課税標準等及び税額等
ア総所得金額3億0418万7219円
上記金額は,次の(ア)から(エ)までの各金額の合計額である。
(ア)不動産所得の金額1億1051万2801円
上記金額は,次のaの金額からb及びcの各金額を控除した後の金額
である。
a総収入金額1億7883万9916円
上記金額は,Aが平成▲年中に日本国及び大韓民国に所在する不
動産を貸し付けて得た賃貸料及び名義書換料の合計額である。
b必要経費の額6822万7115円
上記金額は,前記aの総収入金額を得るために直接要した費用,
一般管理費その他業務について生じた費用及び減価償却費の合計額で
ある。
c青色申告特別控除額10万0000円
上記金額は,租税特別措置法25条の2第1項の規定により控除
される金額である。
(イ)配当所得の金額1095万5250円
上記金額は,Aが平成▲年中にHから支払を受けた株式の配当の金額
である。
(ウ)給与所得の金額1億7922万9576円
上記金額は,Aが平成▲年中にH,J及びKからそれぞれ支払を受け
た給与等の収入金額の合計額1億9045万2186円から,平成24
年法律第16号による改正前の所得税法28条3項の規定により計算し
た給与所得控除額1122万2610円を控除した後の金額である。
(エ)雑所得の金額348万9592円
上記金額は,次のa及びbの各金額の合計額である。
a公的年金等の金額245万8866円
上記金額は,Aが平成▲年中に社会保険庁及びL基金からそれぞ
れ支払を受けた公的年金等の収入金額の合計額377万8488円か
ら,所得税法35条4項の規定により計算した公的年金等控除額13
1万9622円を控除した後の金額である。
b公的年金等以外の金額103万0726円
上記金額は,Aが平成▲年中に独立行政法人郵便貯金・簡易生命
保険管理機構から支払を受けた年金の支払金額及びAが同年中に貸付
利息として支払を受けた金額の合計額246万1296円から,必要
経費として控除される独立行政法人郵便貯金・簡易生命保険管理機構
に対する払込年金保険料143万0570円を控除した後の金額であ
る。
イ株式等に係る譲渡所得等の金額17億2531万8750円
上記金額は,次の(ア)の金額から(イ)の金額を控除した後の金額である。
(ア)収入金額18億1612万5000円
上記金額は,Aが平成▲年中にMに対しHの株式を1株当たり75円
で譲渡したことにつき,所得税法59条1項を適用し,その時における
価額に相当する金額1株当たり2505円を,当該譲渡した株数72万
5000株に乗じた金額である。
(イ)取得費9080万6250円
上記金額は,租税特別措置法通達37の10-14の定めにより,前
記(ア)の収入金額18億1612万5000円に100分の5を乗じて
計算した金額である。
ウ所得控除の額の合計額153万8374円
上記金額は,次の(ア)から(カ)までの各金額の合計額である。
(ア)医療費控除の額22万4914円
上記金額は,Aが平成▲年中に支払った医療費の合計額32万491
4円のうち,所得税法73条1項に規定する金額10万円を超える部分
の金額である。
(イ)社会保険料控除の額71万8460円
上記金額は,所得税法74条1項の規定により,Aが平成▲年中の給
与から控除された社会保険料等の金額64万8260円及びAが同年中
に負担した介護保険料7万0200円を合計した金額である。
(ウ)生命保険料控除の額5万0000円
上記金額は,Aが平成▲年中に支払った生命保険契約等に係る保険料
又は掛金38万5728円について平成22年法律第6号による改正前
の所得税法76条1項の規定により計算した金額である。
(エ)地震保険料控除の額5万0000円
上記金額は,Aが平成▲年中に支払った損害保険契約等に係る地震等
損害部分の保険料又は掛金7万9000円について所得税法77条1項
の規定により計算した金額である。
(オ)寄付金控除の額11万5000円
上記金額は,Aが平成▲年中に支払ったN協会に対する寄付金12万
円を平成20年法律第23号による改正前の所得税法78条1項の規定
により計算した金額である。
(カ)基礎控除の額38万0000円
上記金額は,所得税法86条1項に規定する金額である。
エ課税総所得金額3億0264万8000円
上記金額は,前記アの総所得金額3億0418万7219円から前記ウ
の所得控除の額の合計額153万8374円を控除した後の金額(ただ
し,通則法118条1項の規定により,1000円未満の端数金額を切り
捨てたもの)である。
オ株式等に係る課税譲渡所得等の金額17億2531万8000円
上記金額は,前記イの金額と同額(ただし,通則法118条1項の規定
により,1000円未満の端数金額を切り捨てたもの)である。
カ納付すべき税額2億7988万7100円
上記金額は,次の(ア)及び(イ)の合計金額から(ウ)から(オ)までの各金額を
控除した後の金額(ただし,通則法119条1項の規定により,100円
未満の端数金額を切り捨てたもの)である。
(ア)課税総所得金額に対する税額
1億1826万3200円
上記金額は,前記エの課税総所得金額3億0264万8000円に所
得税法89条1項に規定する税率を乗じて計算した金額である。
(イ)株式等に係る課税譲渡所得等の金額に対する税額
2億5879万7700円
上記金額は,前記オの株式等に係る課税譲渡所得等の金額17億25
31万8000円に平成20年法律第23号による改正前の租税特別措
置法37条の10第1項に規定する税率を乗じて計算した金額である。
(ウ)配当控除額54万7763円
上記金額は,前記ア(イ)の配当所得の金額1095万5250円に所
得税法92条1項の規定により計算した金額である。
(エ)源泉徴収税額6994万8575円
上記金額は,Aが平成▲年中に受けた配当所得から徴収された所得税
の金額219万1050円,Aが同年中に給与所得から徴収された所得
税の合計金額6769万0613円及びAが同年中に雑所得から徴収さ
れた所得税の合計金額6万6912円の合計額である。
(オ)予定納税額2667万7400円
上記金額は,所得税法104条の規定によるAの平成▲年分所得税の
予定納税額(第一期分及び第二期分)の合計額である。
(2)原告が承継する納付すべき税額2798万8700円
原告が承継する納付すべき税額は,Aに係る平成▲年分の所得税の納付す
べき税額2億7988万7100円を,原告の法定相続分である10分の1
の割合によりあん分して計算した金額(ただし,通則法119条1項の規定
により,100円未満の端数金額を切り捨てたもの)である。
2本件決定処分の適法性
被告が本件訴えにおいて主張する,原告が承継する納付すべき税額は前記
1(2)のとおり2798万8700円であるところ,この金額は,本件決定処
分(ただし,本件裁決により一部取り消された後のもの)に係る原告が承継
する納付すべき税額1399万4300円(別表のEの欄の順号17)を上
回るから,本件決定処分は適法である。
3本件賦課決定処分の根拠及び適法性
上記2で述べたとおり,本件決定処分は適法であるところ,原告は,所得
税法125条1項の規定に基づくAの平成▲年分所得税の申告書を提出しな
かったことから,原告に対しては,通則法66条1項及び同条2項の規定に
基づき無申告加算税が課されることになる。
原告に課される無申告加算税の額は,本件決定処分(ただし,本件裁決に
より一部取り消された後のもの)に係る原告の納付すべき税額1399万円
(ただし,通則法118条3項の規定により,1万円未満の端数金額を切り
捨てたもの)に対して,同法66条1項及び同条2項の規定に基づき計算し
た金額277万3000円となるところ,本件賦課決定処分(ただし,本件
裁決により一部取り消された後のもの)における原告の納付すべき無申告加
算税の額(別表のEの欄の順号18)は,これと同額であるから,本件賦課
決定処分は適法である。

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