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平成29年10月26日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成28年(行ケ)第10231号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成29年9月19日
判決
原告ハノンシステムズ・ジャパン株式会社
同訴訟代理人弁護士澤野正明
尾崎英男
上野潤一
日野英一郎
李知珉
被告株式会社豊田自動織機
同訴訟代理人弁護士永島孝明
安國忠彦
同訴訟代理人弁理士若山俊輔
磯田志郎
中村敬
伊東正樹
佐藤努
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2015-800122号事件について平成28年9月23日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等
⑴被告は,平成19年12月27日,発明の名称を「ピストン式圧縮機におけ
る冷媒吸入構造」とする特許出願(平成14年11月7日(優先権主張:平成13
年11月21日,日本国)に出願した特願2002-324043号の分割)をし,
平成21年5月15日,設定の登録(特許第4304544号)を受けた(請求項
の数2。以下,この特許を「本件特許」という。甲49)。
⑵原告は,平成27年5月1日,本件特許のうち請求項1に係る部分について
特許無効審判請求をし,無効2015-800122号事件として係属した(甲3
7)。
⑶被告は,平成28年3月7日,本件特許に係る特許請求の範囲を訂正する旨
の訂正請求をした(以下「本件訂正」という。甲46)。
⑷特許庁は,平成28年9月23日,本件訂正を認めるとともに,本件審判の
請求は成り立たない旨の別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)
をし,その謄本は,同年10月3日,原告に送達された。
⑸原告は,平成28年11月2日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起
した。
2特許請求の範囲の記載
⑴本件訂正前の特許請求の範囲請求項1及び2の記載
本件訂正前の特許請求の範囲請求項1及び2の記載は次のとおりである(甲49)。
なお,「/」は,原文の改行箇所を示す(以下同じ。)。
【請求項1】シリンダブロックにおける回転軸の周囲に配列された複数のシリン
ダボア内にピストンを収容し,前記回転軸の回転にカム体を介して前記ピストンを
連動させ,前記回転軸と一体化されていると共に,前記ピストンによって前記シリ
ンダボア内に区画される圧縮室に冷媒を導入するための導入通路を有するロータリ
バルブを備えたピストン式圧縮機において,/前記シリンダボアに連通し,かつ前
記ロータリバルブの回転に伴って前記導入通路と間欠的に連通する吸入通路と,/
吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮反力を前記ロータ
リバルブに伝達して,吐出行程にある前記シリンダボアに連通する前記吸入通路の
入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段とを有し,/前記シ
リンダブロックは,前記ロータリバルブを回転可能に収容する軸孔を有し,/前記
導入通路の出口は,前記ロータリバルブの外周面上にあり,前記吸入通路の入口は,
前記軸孔の内周面上にあり,前記軸孔の内周面に前記ロータリバルブの外周面が直
接支持されることによって前記ロータリバルブを介して前記回転軸を支持するラジ
アル軸受手段となっており,前記ラジアル軸受手段は,前記カム体から前記ロータ
リバルブ側における前記回転軸の部分に関する唯一のラジアル軸受手段であり,/
前記ピストンは両頭ピストンであり,前記両頭ピストンを収容する前後一対のシリ
ンダボアに対応する一対のロータリバルブが前記回転軸と一体的に回転し,前記カ
ム体は,前後一対のスラスト軸受手段によって挟まれて前記回転軸の軸線の方向の
位置を規制されており,前記一対のスラスト軸受手段の少なくとも一方は前記圧縮
反力伝達手段の一部をなし,該圧縮反力伝達手段の一部をなすスラスト軸受手段は,
前記シリンダブロックの端面に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形成さ
れた環状の突条とに当接し,前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの突条
の径よりも大きくしたピストン式圧縮機における冷媒吸入構造。
【請求項2】前記回転軸を支持する軸孔の端部側には,他部位よりも小径のシー
ル周面を有する請求項1に記載のピストン式圧縮機における冷媒吸入構造。
⑵本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載
本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,次のとおりである(甲46。訂
正箇所に下線を付した。)。以下,本件訂正後の特許請求の範囲請求項1に記載さ
れた発明を「本件発明」という。また,その明細書(甲49)を,図面を含めて「本
件明細書」という。
【請求項1】シリンダブロックにおける回転軸の周囲に配列された複数のシリン
ダボア内にピストンを収容し,前記回転軸の回転にカム体を介して前記ピストンを
連動させ,前記回転軸と一体化されていると共に,前記ピストンによって前記シリ
ンダボア内に区画される圧縮室に冷媒を導入するための導入通路を有するロータリ
バルブを備えたピストン式圧縮機において,/前記シリンダボアに連通し,かつ前
記ロータリバルブの回転に伴って前記導入通路と間欠的に連通する吸入通路と,/
吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮反力を前記ロータ
リバルブに伝達して,吐出行程にある前記シリンダボアに連通する前記吸入通路の
入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段とを有し,/前記シ
リンダブロックは,前記ロータリバルブを回転可能に収容する軸孔を有し,/前記
導入通路の出口は,前記ロータリバルブの外周面上にあり,前記ロータリバルブの
外周面は,前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ,前記吸入通路の入口は,
前記軸孔の内周面上にあり,前記軸孔の内周面に前記ロータリバルブの外周面が直
接支持されることによって前記ロータリバルブを介して前記回転軸を支持するラジ
アル軸受手段となっており,前記ラジアル軸受手段は,前記カム体から前記ロータ
リバルブ側における前記回転軸の部分に関する唯一のラジアル軸受手段であり,/
前記ピストンは両頭ピストンであり,前記両頭ピストンを収容する前後一対のシリ
ンダボアに対応する一対のロータリバルブが前記回転軸と一体的に回転し,前記ロ
ータリバルブの各導入通路は前記回転軸内に形成された通路を介して連通し,前記
カム体は,前後一対のスラスト軸受手段によって挟まれて前記回転軸の軸線の方向
の位置を規制されており,前記一対のスラスト軸受手段の少なくとも一方は前記圧
縮反力伝達手段の一部をなし,該圧縮反力伝達手段の一部をなすスラスト軸受手段
は,前記シリンダブロックの端面に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形
成された環状の突条とに当接し,前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの
突条の径よりも大きくしたピストン式圧縮機における冷媒吸入構造。
3本件審決の理由の要旨
⑴本件審決の理由は,別紙審決書(写し)のとおりである。要するに,①本件
訂正は,ⅰ)願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範
囲内においてなされたものであり,ⅱ)特許無効審判の請求がされていない本件訂
正後の請求項2に係る発明は独立して特許を受けることができるから,本件訂正が
認められ,②本件発明は,ⅰ)下記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発
明1」という。)及び下記イの引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」と
いう。)に基づいて容易に発明をすることができたものではなく,ⅱ)下記ウの引
用例3に記載された発明(以下「引用発明3」という。)及び周知慣用技術に基づ
いて容易に発明をすることができたものではない,などというものである。
ア引用例1:特開平8-334085号公報(甲1)
イ引用例2:特開平5-126039号公報(甲2)
ウ引用例3:特開平7-63165号公報(甲10)
⑵本件発明と引用発明1との対比
本件審決は,引用発明1及び本件発明との一致点・相違点を,以下のとおり認定
した(アないしウ)。なお,本件審決は,以下のとおり,引用例1には引用発明1
(2)も記載されているとした上で,本件発明との一致点・相違点を認定した(エ)。
ア引用発明1
シリンダブロック11の両端部間に回転軸16と平行に延びるように同一円周上
で所定間隔おきに貫通形成された複数のシリンダボア20内にピストン21が往復
動可能に嵌挿支持され,前記回転軸16の回転に伴い斜板27を介して前記ピスト
ン21を往復動させ,前記ピストン21によって前記シリンダボア20内に区画さ
れる圧縮室に冷媒ガスを導入する吸入弁機構35を備えた両頭ピストン型斜板式圧
縮機において,/圧縮動作時にシリンダボア20内のピストン21からの圧縮反力
を回転軸16に対しラジアル方向の分力として作用させ,軸支孔37の内周壁に対
して前記回転軸16上の大径の軸支部38を圧接する少なくとも斜板27を含む手
段とを有し,/前記シリンダブロック11には,回転軸16上の大径の軸支部38
が回転可能に嵌挿支持される軸支孔37が形成され,/前記軸支孔37に回転軸1
6上の大径の軸支部38が回転可能に嵌挿支持されてラジアルベアリング17,1
8となっており,ラジアルベアリング17,18は,前記回転軸16の部分に関す
る唯一のラジアルベアリングであり,/前記軸支孔37と前記軸支部38との間に
は,ピストン21の圧縮動作時に斜板27を介して回転軸16にそのラジアル方向
へ作用する力と反対方向の力を,前記回転軸16に対して付与する反力付与構造3
9が形成され,/前記ピストン21は両頭型のピストン21であり,前記斜板27
は,前後一対のスラスト軸受手段によって挟まれて前記回転軸16の軸線の方向の
位置を規制されており,前記スラスト軸受手段は,前記シリンダブロック11の端
面に形成された環状の突条と斜板27の端面に形成された環状の突条とに当接し,
前記斜板27の突条の径を前記シリンダブロック11の突条の径よりも大きくした
両頭ピストン型斜板式圧縮機における冷媒ガス吸入構造。
イ本件発明と引用発明1との一致点
シリンダブロックにおける回転軸の周囲に配列された複数のシリンダボア内にピ
ストンを収容し,前記回転軸の回転にカム体を介して前記ピストンを連動させ,前
記ピストンによって前記シリンダボア内に区画される圧縮室に冷媒を導入するため
のバルブを備えたピストン式圧縮機において,/吐出行程にある前記シリンダボア
内の前記ピストンに対する圧縮反力を回転軸に伝達して,軸孔の内周面に向けて前
記回転軸を付勢する手段とを有し,/前記シリンダブロックは,回転軸を回転可能
に収容する軸孔を有し,/前記軸孔の内周面に前記回転軸の外周面が直接支持され
ることによって前記回転軸を支持するラジアル軸受手段となっており,前記ラジア
ル軸受手段は,前記回転軸の部分に関する唯一のラジアル軸受手段であり,/前記
ピストンは両頭ピストンであり,前記カム体は,前後一対のスラスト軸受手段によ
って挟まれて前記回転軸の軸線の方向の位置を規制されており,スラスト軸受手段
は,前記シリンダブロックの端面に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形
成された環状の突条とに当接し,前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの
突条の径よりも大きくしたピストン式圧縮機における冷媒吸入構造。
ウ本件発明と引用発明1との相違点
(ア)相違点1
本件発明は,「前記回転軸と一体化されていると共に,前記ピストンによって前
記シリンダボア内に区画される圧縮室に冷媒を導入するための導入通路を有するロ
ータリバルブ」を備えたものであり,それに伴い,「前記シリンダボアに連通し,
かつ前記ロータリバルブの回転に伴って前記導入通路と間欠的に連通する吸入通路」
と,「吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮反力を前記
ロータリバルブに伝達して,吐出行程にある前記シリンダボアに連通する前記吸入
通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する」手段と,「前記ロータリバル
ブを回転可能に収容する軸孔」とを有し,「前記導入通路の出口は,前記ロータリ
バルブの外周面上にあり,前記ロータリバルブの外周面は,前記導入通路の出口を
除いて円筒形状とされ,前記吸入通路の入口は,前記軸孔の内周面上にあり,前記
軸孔の内周面に前記ロータリバルブの外周面が直接支持されることによって前記ロ
ータリバルブを介して前記回転軸を支持するラジアル軸受手段となっており,前記
ラジアル軸受手段は,前記カム体から前記ロータリバルブ側における前記回転軸の
部分に関する唯一のラジアル軸受手段」であり,「前記両頭ピストンを収容する前
後一対のシリンダボアに対応する一対のロータリバルブが前記回転軸と一体的に回
転し,前記ロータリバルブの各導入通路は前記回転軸内に形成された通路を介して
連通」するものであるのに対して,引用発明1は,「吸入弁機構35」を有するも
のの,「ロータリバルブ」を有していない点。
(イ)相違点2
本件発明は,「吐出行程にあるシリンダボア内のピストンに対する圧縮反力をロ
ータリバルブに伝達して,吐出行程にある前記シリンダボアに連通する吸入通路の
入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」を有し,「前記一
対のスラスト軸受手段の少なくとも一方は前記圧縮反力伝達手段の一部をなし,該
圧縮反力伝達手段の一部をなすスラスト軸受手段は,前記シリンダブロックの端面
に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形成された環状の突条とに当接し,
前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの突条の径よりも大きくした」構成
を有するものであるのに対して,引用発明1は,「圧縮動作時にシリンダボア20
内のピストン21からの圧縮反力を回転軸16に対しラジアル方向の分力として作
用させ,軸支孔37の内周壁に対して前記回転軸16上の大径の軸支部38を圧接
する少なくとも斜板27を含む手段」を有し,「前記スラスト軸受手段は,前記シ
リンダブロック11の端面に形成された環状の突条と斜板27の端面に形成された
環状の突条とに当接し,前記斜板27体の突条の径を前記シリンダブロック11の
突条の径よりも大きくした」構成を有するものであるが,「圧縮反力伝達手段」に
相当する構成を含むか否かが明らかでなく,また,「前記軸支孔37と前記軸支部
38との間には,ピストン21の圧縮動作時に斜板27を介して回転軸16にその
ラジアル方向へ作用する力と反対方向の力を,前記回転軸16に対して付与する反
力付与構造39」を有している点。
エ本件発明と引用発明1(2)との対比
(ア)引用発明1(2)
シリンダブロック11の両端部間に回転軸16と平行に延びるように同一円周上
で所定間隔おきに貫通形成された複数のシリンダボア20内にピストン21が往復
動可能に嵌挿支持され,前記回転軸16の回転に伴い斜板27を介して前記ピスト
ン21を往復動させ,前記回転軸16と一体回転可能に設けられていると共に,吸
入行程にある前記ピストン21によって前記シリンダボア20内に区画される圧縮
室に対して冷媒ガスを導入するための吸入通路を有するロータリバルブを備えた両
頭ピストン型斜板式圧縮機において,/前記シリンダボア20に連通し,かつ前記
ロータリバルブの回転に伴って間欠的に連通する,前記吸入通路と前記シリンダボ
ア20とを連通させるために設けられている通路と,/圧縮動作時にシリンダボア
20内のピストン21からの圧縮反力を回転軸16に設けられたロータリバルブに
対しラジアル方向の分力として作用させ,圧縮行程にある前記シリンダボア20に
連通する,前記吸入通路と前記シリンダボア20とを連通させるために設けられて
いる通路の入口に向けて前記ロータリバルブを圧接する,少なくとも斜板27を含
む手段とを有し,/前記シリンダブロック11には,回転軸16上の大径の軸支部
38の部分に設けた前記ロータリバルブが回転可能に嵌挿支持される軸支孔37が
形成され,/前記吸入通路の出口は,前記ロータリバルブの外周面上にあり,前記
吸入通路と前記シリンダボア20とを連通させるために設けられている通路の入口
は,前記軸支孔37の内周面上にあり,前記軸支孔37の内周面に前記軸支部38
の部分に設けた前記ロータリバルブの外周面が直接支持されることによって,前記
ロータリバルブを介して前記回転軸16を支持するラジアルベアリング17,18
となっており,前記ラジアルベアリング17,18は,前記斜板27から前記ロー
タリバルブ側における前記回転軸16の部分に関する唯一のラジアルベアリングで
あり,/前記軸支孔37と前記軸支部38との間には,ピストン21の圧縮動作時
に斜板27を介して回転軸16にそのラジアル方向へ作用する力と反対方向の力を,
前記回転軸16に対して付与する反力付与構造39が形成され,/前記ピストン2
1は両頭型のピストン21であり,前記両頭型のピストン21を収容する前後一対
のシリンダボア20に対応する一対のロータリバルブが回転軸16と一体的回転可
能に設けられ,前記斜板27は,前後一対のスラスト軸受手段によって挟まれて前
記回転軸16の軸線の方向の位置を規制されており,前記スラスト軸受手段は,前
記シリンダブロック11の端面に形成された環状の突条と斜板27の端面に形成さ
れた環状の突条とに当接し,前記斜板27の突条の径を前記シリンダブロック11
の突条の径よりも大きくした両頭ピストン型斜板式圧縮機における冷媒ガス吸入構
造。
(イ)本件発明と引用発明1(2)との一致点
シリンダブロックにおける回転軸の周囲に配列された複数のシリンダボア内にピ
ストンを収容し,前記回転軸の回転にカム体を介して前記ピストンを連動させ,前
記回転軸と一体化されていると共に,前記ピストンによって前記シリンダボア内に
区画される圧縮室に冷媒を導入するための導入通路を有するロータリバルブを備え
たピストン式圧縮機において,/前記シリンダボアに連通し,かつ前記ロータリバ
ルブの回転に伴って前記導入通路と間欠的に連通する吸入通路と,/吐出行程にあ
る前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮反力を前記ロータリバルブに伝
達して,吐出行程にある前記シリンダボアに連通する前記吸入通路の入口に向けて
前記ロータリバルブを付勢する手段とを有し,/前記シリンダブロックは,前記ロ
ータリバルブを回転可能に収容する軸孔を有し,/前記導入通路の出口は,前記ロ
ータリバルブの外周面上にあり,前記吸入通路の入口は,前記軸孔の内周面上にあ
り,前記軸孔の内周面に前記ロータリバルブの外周面が直接支持されることによっ
て前記ロータリバルブを介して前記回転軸を支持するラジアル軸受手段となってお
り,前記ラジアル軸受手段は,前記カム体から前記ロータリバルブ側における前記
回転軸の部分に関する唯一のラジアル軸受手段であり,/前記ピストンは両頭ピス
トンであり,前記両頭ピストンを収容する前後一対のシリンダボアに対応する一対
のロータリバルブが前記回転軸と一体的に回転し,前記カム体は,前後一対のスラ
スト軸受手段によって挟まれて前記回転軸の軸線の方向の位置を規制されており,
スラスト軸受手段は,前記シリンダブロックの端面に形成された環状の突条と前記
カム体の端面に形成された環状の突条とに当接し,前記カム体の突条の径を前記シ
リンダブロックの突条の径よりも大きくしたピストン式圧縮機における冷媒吸入構
造。
(ウ)本件発明と引用発明1(2)との相違点
a相違点1(2)
本件発明は,「前記ロータリバルブの外周面は,前記導入通路の出口を除いて円
筒形状とされ」るとともに,「前記ロータリバルブの各導入通路は前記回転軸内に
形成された通路を介して連通し」ているのに対して,引用発明1(2)は,「ロータリ
バルブ」は有するものの,「前記軸支孔37と前記軸支部38との間には,ピスト
ン21の圧縮動作時に斜板27を介して回転軸16にそのラジアル方向へ作用する
力と反対方向の力を,前記回転軸16に対して付与する反力付与構造39」を有し
ている点。
b相違点2(2)
本件発明は,「吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮
反力を前記ロータリバルブに伝達して,吐出行程にある前記シリンダボアに連通す
る吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」を有
し,「前記一対のスラスト軸受手段の少なくとも一方は前記圧縮反力伝達手段の一
部をなし,該圧縮反力伝達手段の一部をなすスラスト軸受手段は,前記シリンダブ
ロックの端面に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形成された環状の突条
とに当接し,前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの突条の径よりも大き
くした」構成を有するものであるが,引用発明1(2)は,「圧縮動作時にシリンダボ
ア20内のピストン21からの圧縮反力を回転軸16に設けられたロータリバルブ
に対しラジアル方向の分力として作用させ,圧縮行程にある前記シリンダボア20
に連通する,前記吸入通路と前記シリンダボア20とを連通させるために設けられ
ている通路の入口に向けて前記ロータリバルブを圧接する,少なくとも斜板27を
含む手段」を有し,「前記スラスト軸受手段は,前記シリンダブロック11の端面
に形成された環状の突条と斜板27の端面に形成された環状の突条とに当接し,前
記斜板27体の突条の径を前記シリンダブロック11の突条の径よりも大きくした」
構成を有するものの,「圧縮反力伝達手段」に相当する構成を含むか否かが明らか
でない点。
⑶本件発明と引用発明3との対比
本件審決は,引用発明3及び本件発明との一致点・相違点を,以下のとおり認定
した。
ア引用発明3
シリンダブロック2における回転軸24の周囲に配列された複数のシリンダ12,
13内にピストン30を収容し,回転軸24の回転に斜板27を介してピストン3
0を連動させ,回転軸24と一体化されていると共に,ピストン30によってシリ
ンダ12,13内に区画される作動室に冷媒を導入するための吸入通路38,39
を有するジャーナル部24a,24bを備えた斜板型圧縮機1において,/シリン
ダ12,13に連通し,かつジャーナル部24a,24bの回転に伴って吸入通路
38,39と間欠的に連通する吸入ポート40,41と,/シリンダブロック2は
貫通穴33及び34を有し,その貫通穴33及び34の中心に,ジャーナル部24
a,24bを回転可能に収容する比較的薄肉の滑り軸受35,36が一体的に固定
され,/吸入通路38,39の出口は,ジャーナル部24a,24bの外周面上に
あり,ジャーナル部24a,24bの外周面は吸入通路38,39の出口を除いて
円筒形状とされ,吸入ポート40,41の入口は,滑り軸受35,36の内周面上
にあり,滑り軸受35,36の内周面にジャーナル部24a,24bの外周面が摺
動回転可能に支持されることによってジャーナル部24a,24bを介して回転軸
24を支持するジャーナル軸受25,26を有し,/ピストン30は両頭ピストン
であり,両頭ピストンを収容する前後一対のシリンダ12,13に対応する一対の
ジャーナル部24a,24bが回転軸24と一体的に回転し,ジャーナル部24a,
24bの各吸入通路38,39は前記回転軸24内に形成された通路を介して連通
し,斜板27は,前後一対のスラスト軸受28,29によって挟まれて回転軸24
の軸線の方向の位置を規制されているピストン式圧縮機における冷媒吸入構造。
イ本件発明と引用発明3との一致点
シリンダブロックにおける回転軸の周囲に配列された複数のシリンダボア内にピ
ストンを収容し,前記回転軸の回転にカム体を介して前記ピストンを連動させ,前
記回転軸と一体化されていると共に,前記ピストンによって前記シリンダボア内に
区画される圧縮室に冷媒を導入するための導入通路を有するロータリバルブを備え
たピストン式圧縮機において,/前記シリンダボアに連通し,かつ前記ロータリバ
ルブの回転に伴って前記導入通路と間欠的に連通する吸入通路を有し,/前記シリ
ンダブロックは,前記ロータリバルブを回転可能に収容する軸孔を有し,/前記導
入通路の出口は,前記ロータリバルブの外周面上にあり,前記ロータリバルブの外
周面は,前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ,前記ロータリバルブを介し
て前記回転軸を支持するラジアル軸受手段を有し,/前記ピストンは両頭ピストン
であり,前記両頭ピストンを収容する前後一対のシリンダボアに対応する一対のロ
ータリバルブが前記回転軸と一体的に回転し,前記ロータリバルブの各導入通路は
前記回転軸内に形成された通路を介して連通し,前記カム体は,前後一対のスラス
ト軸受手段によって挟まれて前記回転軸の軸線の方向の位置を規制されているピス
トン式圧縮機における冷媒吸入構造。
ウ本件発明と引用発明3との相違点
(ア)相違点3
本件発明は,「吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮
反力を前記ロータリバルブに伝達して,吐出行程にある前記シリンダボアに連通す
る前記吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」
を有し,「前記一対のスラスト軸受手段の少なくとも一方は前記圧縮反力伝達手段
の一部をなし,該圧縮反力伝達手段の一部をなすスラスト軸受手段は,前記シリン
ダブロックの端面に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形成された環状の
突条とに当接し,前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの突条の径よりも
大きくした」ものであるのに対して,引用発明3は,「圧縮反力伝達手段」を有す
るか否かが明らかでなく,また,少なくとも一方のスラスト軸受手段が「前記シリ
ンダブロックの端面に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形成された環状
の突条とに当接」するものであって,前記各突起が「前記カム体の突条の径を前記
シリンダブロックの突条の径よりも大きくした」ものであるとの構成を有していな
い点。
(イ)相違点4
本件発明は,「前記吸入通路の入口は,前記軸孔の内周面上にあり,前記軸孔の
内周面に前記ロータリバルブの外周面が直接支持されることによって前記ロータリ
バルブを介して前記回転軸を支持するラジアル軸受手段となっており,前記ラジア
ル軸受手段は,前記カム体から前記ロータリバルブ側における前記回転軸の部分に
関する唯一のラジアル軸受手段であり,」との構成を有するのに対して,引用発明
3は,ラジアル軸受手段が,「貫通穴33及び34」に一体的に固定された「滑り
軸受35,36」と「ジャーナル部24a,24b」とからなるものである点。
4取消事由
⑴本件訂正の可否(取消事由1)
ア新規事項の追加
イ本件訂正後の請求項2に係る発明の独立特許要件
⑵引用発明1に基づく進歩性判断の誤り(取消事由2)
⑶引用発明3に基づく進歩性判断の誤り(取消事由3)
第3当事者の主張
1取消事由1(本件訂正の可否)について
〔原告の主張〕
(1)新規事項の追加
ア本件訂正による訂正事項のうち「前記ロータリバルブの外周面は,前記導入
通路の出口を除いて円筒形状とされ」との部分は,新規事項を追加するものである。
イ明細書の記載
願書添付の明細書には,「ロータリバルブ35,36の外周面に導入通路の出口
を除いて溝や凹部等が設けられておらず,ロータリバルブ35,36の外周面が円
筒形状であること」が一切記載されていない。
被告が主張する「冷媒を洩れ難くし,体積効率を向上させる」という本件発明の
作用効果は,ロータリバルブの付勢の結果として生じるものであり,ロータリバル
ブを,外周面に溝や凹部等が設けられていない円筒形状とすることにより生じるも
のではなく,このことについて願書添付の明細書には記載も示唆もされていない。
ウ図面の記載
願書添付の図面(【図1】~【図5】)に関しても,これらの図面に表されてい
ない領域において,ロータリバルブ35,36の外周面が溝や凹部が設けられてい
ない形状を有しているか否かは不明であるから,「ロータリバルブの外周面に導入
通路の出口を除いて溝や凹部等が設けられていない」という構成が記載されている
ということはできない。かかる溝や凹部等は,本件発明が作用効果を奏する上で無
関係の構成であり,特段の技術的意義を有しないものであるから,図面にもあえて
破線等で記載しなかったものと解される。
また,ロータリバルブの外周面に溝や凹部等を設けることは,滑性及びシール性
の向上,ブローバイガスの回収,体積効率の向上等のために慣用技術であるから(甲
29~32),【図1】ないし【図5】に表されていない領域において,ロータリ
バルブの外周面に溝や凹部等を有する構造は,排除されていない。
エしたがって,本件訂正は,願書添付の明細書等に記載した事項の範囲内にお
いてされたものではない。
(2)独立特許要件
本件訂正後の請求項2に係る発明は,独立して特許を受けることができない。
(3)小括
よって,本件訂正は認められるものではない。
〔被告の主張〕
(1)新規事項の追加
ア本件訂正による訂正事項のうち「前記ロータリバルブの外周面は,前記導入
通路の出口を除いて円筒形状とされ」との部分は,新規事項を追加するものではな
い。
イ明細書の記載
願書添付の明細書には,「ロータリバルブ形成箇所の軸径」(【0066】)と
いう記載があるほか,ロータリバルブは,軸孔内において回転し,回転に伴ってロ
ータリバルブの導入通路を間欠的に吸入通路と連通するものであるから,ロータリ
バルブの外周面は,導入通路の出口を除いて円筒形状となる。
また,願書添付の明細書には,ロータリバルブ35,36の外周面に溝や凹部等
を設けることは一切記載されていない。ロータリバルブの外周面に溝や凹部等が設
けられれば,吐出行程にあるシリンダボア内の冷媒が吸入通路からロータリバルブ
の外周面に沿って溝や凹部等に漏洩し,「冷媒を洩れ難くし,体積効率を向上させ
る」という本件発明の作用効果が損なわれるから,本件発明において,ロータリバ
ルブの外周面に溝や凹部等を設けるという構成は採用されていないものである。
ウ図面の記載
願書添付の図面(【図1】~【図5】)から,ロータリバルブ35,36の外周
面に導入通路の出口を除いて溝や凹部等が設けられておらず,ロータリバルブ35,
36の外周面が円筒形状であることを把握できる。
エしたがって,本件訂正は,願書添付の明細書等に記載した事項の範囲内にお
いてなされたものである。
(2)独立特許要件
本件訂正後の請求項2に係る発明は,独立して特許を受けることができる。
(3)小括
よって,本件訂正は認められるべきものである。
2取消事由2(引用発明1に基づく進歩性判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)相違点1の容易想到性に係る判断について
アまず,本件審決が正しく判断したとおり,当業者であれば,引用発明1にお
いて,「吸入弁機構35」に代えて,引用発明2の「回転弁22」を「回転軸16」
の「ラジアルベアリング17,18」の部分に設けることは容易に想到し得る。
イロータリバルブの外周面の形状
(ア)次に,引用発明1において,「凹部40」を無くし,「前記ロータリバル
ブの外周面は,前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ」る構成を採用するこ
とは容易に想到し得る。
(イ)すなわち,凹部40等の「反力付与構造39」は,「ラジアル方向の力P
2」(圧縮反力)を「相殺」するといっても完全に打ち消すものではなく,「回転
軸16の円滑な回転に支障は生じない」程度まで低減するものである。そして,凹
部40の大きさをどの程度にするかは,滑り軸受を使用しても回転軸の円滑な回転
に支障が生じないように当業者が適宜選択すべき設計事項にすぎない(【0048】)。
したがって,滑り軸受を使用しても回転軸の円滑な回転に支障が生じないのであれ
ば,凹部40を設ける必要がないことも,引用例1に基づき当業者が容易に想到し
得ることである。
(ウ)また,引用発明1において,凹部40を設けないことに阻害要因などは存
在しない。
引用発明1は,滑り軸受を使用した場合において,「ラジアル方向の力P2」(圧
縮反力)が大きすぎて回転軸の円滑な回転に支障が生じたときであっても,凹部4
0を設けることにより,円滑な回転を実現可能にする技術である。引用発明1の前
提として凹部40を持たない圧縮機が従来存在したことを考えれば,引用発明1の
反力付与手段は,回転軸の円滑な回転に必要な場合に用いればよいというものであ
る。さらには,凹部40は,反力付与構造の一構成要素にすぎず,ガス通路41を
設けるだけでも,回転軸の外周面に圧力をかけて,圧縮反力とは反対の方向に回転
軸を付勢することができるものである。
これに対し,本件発明は,軸孔の内周面にロータリバルブの外周面が直接支持さ
れる滑り軸受構造を使用しても回転軸の円滑な回転に支障が生じないから,凹部4
0が設けられていないにすぎない。引用例1には,「回転軸16のラジアルベアリ
ングと対応する部分にロータリバルブを配設した圧縮機において,そのロータリバ
ルブ上に反力付与構造39を配設すること」(【0049】)と記載されているこ
とからすれば,引用例1は,ロータリバルブ式の斜板式圧縮機も従来技術として想
定するものであって,引用発明1は,本件発明に「反力付与手段」を更に具備した
発明であって,本件発明は後退発明というべきものである。
(エ)引用発明1において,凹部40が存在することは,「圧縮反力伝達手段」
を具備しないことを意味せず,本件発明の特徴とは無関係な事項でしかない「凹部
40」の有無を単純に比較し,進歩性の判断を形式的に行った本件審決は誤りであ
る。
ウロータリバルブの各導入通路の連通
(ア)加えて,引用発明1において,「ロータリバルブの各導入通路は回転軸内
に形成された通路を介して連通」する構成を採用することは容易に想到し得る。
(イ)すなわち,両頭ピストン型のロータリバルブを配設した圧縮機において,
「ロータリバルブの各導入通路は回転軸内に形成された通路を介して連通」したも
のとすることは,本件特許の原出願の優先日前に周知の事項である(甲10,33
~35,50,52,53)。そうすると,引用発明1においてロータリバルブを
備える両頭ピストン型の圧縮機について,当業者は,吸入室として利用できる空洞
の存在しないフロントハウジング側にも吸入室を設け,さらに,回転軸と吸入室3
3との間が離れているにもかかわらず,回転弁を同吸入室と連通させる構成を想起
することはなく,むしろ,周知技術を適用し,回転軸内の通路によって両導入通路
が連通する構成を有し,リアハウジング側の中央部にある空洞を唯一の吸入室とし
て用いる構成を容易に想到する。
(ウ)これに対し,引用発明1の「吸入室33」は両頭ピストンの両側に有する
タイプであるものの,ロータリバルブを採用した場合に,冷媒は,回転軸の内部に
設けられた通路から,ロータリバルブ及び吸入通路を経てシリンダに供給されるの
であって,「吸入室33」は不要な構成になる。したがって,「吸入室33」の存
在する位置に基づいて,各導入通路が回転軸内に形成された通路を介して連通させ
る必要がないとするのは失当である。また,引用発明1の「吸入室33」に相当す
る空間がありながら,ロータリバルブの各導入通路が回転軸内に形成された通路を
介して連通する圧縮機も存在する(甲34,50~53)。
さらに,引用発明1に「ロータリバルブ」を適用したものは,引用例1から又は
引用例1及び2から導き出せる事項であって,引用例1にも引用例2にも「両頭ピ
ストン型のロータリバルブを配設した圧縮機全体の構成」が開示されていないとい
うことはできない。
エしたがって,引用発明1において,相違点1に係る本件発明の構成を採用す
ることは,当業者が容易に想到することができる。
(2)被告の主張について
ア被告は,本件審決は,引用発明1の圧縮反力伝達手段に相当する構成につい
て認定を誤り,相違点の認定を誤ったものである,正しく認定した引用発明1を前
提とすれば,相違点A及びBなどを認定すべきであり,これらの相違点は容易に想
到できない旨主張する。しかし,以下のとおり,被告の主張は誤りである。
イ引用発明1の認定
(ア)被告は,本件発明の「圧縮反力伝達手段」に対応する引用発明1の構成に
ついて,本件審決は認定を誤った旨主張するが理由がない。
(イ)すなわち,引用発明1において,吐出行程にあるシリンダボア20内のピ
ストン21に対する圧縮反力は,斜板27を介して回転軸16に作用し,回転軸1
6のラジアルベアリング17,18に対応する部分に伝達され,吐出行程の状態に
あるシリンダボア20に連通するガス通路41の入口に向けて同部分が付勢される
(【0003】【0013】【0034】)。したがって,引用発明1の斜板27
及び回転軸16は,本件発明における「圧縮反力伝達手段」に相当する。このこと
は,引用発明1に,反力付与構造39があったとしても変わりはない。
そして,引用発明1においては,反力付与構造39の存在によって,吐出行程に
あるシリンダボア側へ回転軸を付勢する圧縮反力の一部が相殺されるにすぎず,圧
縮行程(吐出行程)にあるシリンダボアの吸入通路の入口に向けて,ラジアルベア
リング17,18に対応する部分が付勢されていることに変わりはない。また,引
用発明1において,反力付与構造39が設けられたとしても,ラジアルベアリング
に加わる負荷は,完全に相殺されるものではない(【0036】)。反力付与構造
39によって回転軸16に作用する力のモーメントは,圧縮反力による力のモーメ
ントよりはるかに小さいことは明らかである。そもそも,引用発明1は,反力付与
構造39を設けることで,「回転軸が滑り軸受けに強く圧接されることはなく,滑
り軸受けを使用しても回転軸の円滑な回転に支障は生じない。」(【0013】)
というものであるから,滑り軸受と回転軸の摺動抵抗が,回転軸の回転に支障がな
い程度に小さくなるように,回転軸が滑り軸受に圧接する力を弱めてやれば足り,
圧接する力を零にする必要まではない。
ウ相違点の認定及び判断
被告は,本件発明と引用発明1との圧縮反力伝達手段に関する相違点について,
相違点1及び2ではなく,相違点A及びBなどと認定すべきである旨主張する。し
かし,引用発明1には,圧縮反力伝達手段に相当する構成が存在するから,相違点
A及びBは存在せず,本件審決が認定した相違点2も存在しない。また,仮に相違
点2が認定されたとしても,本件審決が正しく判断したとおり,引用発明1に引用
発明2の「回転弁22」を適用して,相違点2に係る本件発明の構成とすることは,
当業者にとって格別なことであるとはいえない。
(3)小括
よって,本件発明は,引用発明1及び引用発明2に基づき,当業者が容易に想到
することができたものである。なお,同様に,本件発明は,引用発明1(2)及び引用
発明2に基づき,当業者が容易に想到することができたものである。
〔被告の主張〕
(1)相違点1の容易想到性に係る判断について
ア引用発明1の圧縮機は,フロントハウジング12及びリアハウジング13の
両方に冷媒を導入する経路を備え,前側のシリンダボアにはフロントハウジング1
2の吸入室33から冷媒が吸入され,後側のシリンダボアにはリアハウジング13
の吸入室33から冷媒が吸入されていたのであり,引用発明2の圧縮機のように,
これに別途の「回転弁22」を付加して前後のシリンダボアに冷媒を吸入する必要
性は全くない。
イロータリバルブの外周面の形状
(ア)引用発明1において,「凹部40」を無くし,「前記ロータリバルブの外
周面は,前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ」る構成を採用することは容
易に想到できない。
(イ)引用発明1は,「反力付与構造39」の一つとして,回転軸16の軸支部
38の外面に「凹部40」が形成されており,「凹部40」が存在しなければ,「圧
縮反力のラジアル方向の分力P2」を相殺する反対方向の力を回転軸16に付与す
ることができなくなる。そのため,引用発明1において,「凹部40」を無くし,
回転軸16の軸支部38の外面を円筒形状とすることは,引用発明1が実施できな
くなる。回転軸16の軸支部38の外面に形成される「凹部40」は,引用発明1
にとって必要不可欠な構成である。
(ウ)原告は,回転軸の円滑な回転を実現できるのであれば,「凹部40」を設
けるべき必要はないと主張する。しかし,引用発明1は,従来の圧縮機ではラジア
ル方向の負荷が加わることを前提として(【0003】),滑り軸受を使用するた
めに「凹部40」を含む反力付与構造39を採用したものである(【0005】)。
引用例1において,「滑り軸受を使用しても回転軸の円滑な回転に支障が生じない」
状況は,想定されていない。
また,引用発明1の従来技術は,リードバルブ式の斜板式圧縮機において,転が
り軸受を採用したものであり,本件発明の従来技術とは異なるものである。引用発
明1は,本件発明に「反力付与手段」をさらに具備した発明であるということはで
きない。本件発明は,引用発明1とは全く異なるロータリバルブ式のピストン式圧
縮機に特有の課題に対して,本件発明の構成要件の全てを一体的に採用することに
より,冷媒を洩れ難くし,体積効率を向上させるという効果を奏するものである。
ウロータリバルブの各導入通路の連通
(ア)引用発明1において,「ロータリバルブの各導入通路は回転軸内に形成さ
れた通路を介して連通」する構成を採用することは,容易に想到できない。
(イ)引用例1にも引用例2にも,両頭ピストン側のロータリバルブを配設した
圧縮機の構成は開示されていない。引用例1及び2から,両頭ピストン型のロータ
リバルブを配設した圧縮機において,前側のロータリバルブの導入通路及び後側の
ロータリバルブの導入通路にどのように冷媒を供給するのか把握することはできな
い。
また,仮に,引用発明1に引用発明2を適用して,フロントハウジング12とリア
ハウジング13の吸入室33に,回転弁22を付加した場合,前後の吸入室33か
らそれぞれ前後の回転弁22を介してシリンダボアに冷媒を供給すればよい。また,
両頭ピストン型のロータリバルブを配設した圧縮機において,前側のロータリバル
ブの導入通路及び後側のロータリバルブの導入通路に冷媒を供給する手法は様々存
在する(甲31,32)。したがって,「前記ロータリバルブの各導入通路は前記
回転軸内に形成された通路を介して連通」させる必要性は全くなく,このような構
成を採用する動機付けは存在しない。
エしたがって,引用発明1において,相違点1に係る本件発明の構成を採用す
ることは,当業者が容易に想到することができたものではない。
(2)本件発明の容易想到性について
ア仮に相違点1について容易に想到できるとしても,以下のとおり,引用発明
1に基づく進歩性を否定した本件審決は,結論において誤りはない。すなわち,正
しく認定した引用発明1を前提とすれば,相違点1に対応する相違点のほか,相違
点A及びBを認定することができ,これらの相違点は,当業者が容易に想到するこ
とができたものではない。
イ引用発明1の認定
(ア)本件発明の「圧縮反力伝達手段」に対応する構成の誤り
本件審決は,引用発明1を「圧縮動作時にシリンダボア20内のピストン21か
らの圧縮反力を回転軸16に対しラジアル方向の分力として作用させ,軸支孔37
の内周壁に対して前記回転軸16上の大径の軸支部38を圧接する少なくとも斜板
27を含む手段とを有し」,「前記軸支孔37と前記軸支部38との間には,ピス
トン21の圧縮動作時に斜板27を介して回転軸16にそのラジアル方向へ作用す
る力と反対方向の力を,前記回転軸16に対して付与する反力付与構造39が形成
され」と認定した。
しかし,正しくは,引用発明1は,「圧縮動作時にシリンダボア20内のピスト
ン21からの圧縮反力が回転軸16に対しラジアル方向の分力として作用するが,
前記軸支孔37と前記軸支部38との間に形成され,ピストン21の圧縮動作時に
斜板27を介して回転軸16にそのラジアル方向へ作用する力を相殺する反対方向
の力を,前記回転軸16に対して付与する反力付与構造39とを有し」と認定され
るべきである。引用例1は,本件発明における「圧縮反力伝達手段」を開示するも
のではない。
(イ)引用発明1において,圧縮反力に基づいて回転軸16に作用する「圧縮反
力のラジアル方向の分力P2」は,「反力付与構造39による反対方向の力」によ
り「相殺」される。したがって,「圧縮反力」に基づく「圧縮反力のラジアル方向
の分力P2」により,「軸支部38」を「軸支孔37の内周壁」に押し付ける力は
零である。
また,引用例1は,反力付与手段によりラジアル方向の力が相殺され,回転軸が
滑り軸受に「強く圧接」されることはないことを開示しているから,軸支部38は,
軸支孔37の内周壁を圧接するとの記載(【0003】【0013】【0034】
~【0036】)は,反力付与手段が設けられた引用発明1の圧縮機において,回
転軸が滑り軸受に圧接されることを開示するものではない。
さらに,引用例1には,「圧縮反力のラジアル方向の分力P2」と「反力付与構
造39による反対方向の力」とを,同じ大きさの力で「相殺」することしか開示さ
れておらず,いずれかの力を大きくすることについて一切開示されていない。凹部
の形状について「回転軸16に作用するラジアル方向の力P2を考慮して,最適な
ものを選択すればよい。」(【0048】)と記載されていることからすれば,引
用発明1は,「反力付与構造」によって「圧縮反力」に基づいて回転軸16に作用
する「圧縮反力のラジアル方向の分力P2」を相殺し,回転軸16にラジアル方向
の分力を作用させないことを基本的な技術思想としていることが理解できる。
(ウ)したがって,本件審決は,引用発明1の認定を誤ったものである。
ウ相違点の認定及び判断
(ア)前記イ(ア)のとおり,正しく認定した引用発明1を前提とすれば,本件発
明と引用発明1との相違点は,相違点1に対応する相違点に加えて,次のとおり,
認定すべきである。
a相違点A
本件発明は,「吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮
反力を前記ロータリバルブに伝達して,吐出行程にある前記シリンダボアに連通す
る前記吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」
を有するのに対し,引用発明1は,「圧縮動作時にシリンダボア20内のピストン
21からの圧縮反力が回転軸16に対しラジアル方向の分力として作用するが,前
記軸支孔37と前記軸支部38との間に形成され,ピストン21の圧縮動作時に斜
板27を介して回転軸16にそのラジアル方向へ作用する力を相殺する反対方向の
力を,前記回転軸16に対して付与する反力付与構造39」を有し,「圧縮動作時
にシリンダボア20内のピストン21からの圧縮反力が回転軸16に対しラジアル
方向の分力として作用する」が,反力付与構造39により「ピストン21の圧縮動
作時に斜板27を介して回転軸16にそのラジアル方向へ作用する力を相殺する反
対方向の力を,前記回転軸16に対して付与する」ため,回転軸16には圧縮反力
に基づく力が作用しておらず,本件発明の「圧縮反力伝達手段」を有しない点。
b相違点B
本件発明は,「前記一対のスラスト軸受手段の少なくとも一方は前記圧縮反力伝
達手段の一部をなし,該圧縮反力伝達手段の一部をなすスラスト軸受手段は,前記
シリンダブロックの端面に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形成された
環状の突条とに当接し,前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの突条の径
よりも大きくした」のに対し,引用発明1は,この構成が開示されていない点。
(イ)そして,相違点A及びBに係る本件発明の構成は,次のとおり,引用発明
1及び引用発明2に基づき容易に想到することができるものではない。
a相違点Aの容易想到性
引用発明1においては,「反力付与構造39による反対方向の力」よりも「圧縮
反力のラジアル方向の分力P2」を大きくし,「吐出行程にある前記シリンダボア
に連通する前記吸入通路の入口に向けて前記ロータリバルブを付勢する」構成を具
備することへの動機付けは存在しない。また,引用発明2には,そもそも回転弁2
2に対してラジアル方向に力が作用することについて何らの記載も示唆も存在せず,
本件発明の課題も効果も開示するものでもないから,引用発明1において相違点A
に係る本件発明の構成を採用する動機付けとなるものではない。
b相違点Bの容易想到性
「ロータリバルブを配設した圧縮機」において,スラスト荷重吸収機能を付加さ
れたスラスト軸受手段を採用することは周知技術でも慣用技術でもなく,スラスト
荷重吸収機能を付加されたスラスト軸受手段を備えた両頭ピストン型のロータリバ
ルブを配設した圧縮機の構成は,引用例1にも引用例2にも開示されていない。
⑶小括
よって,本件発明は,引用発明1及び引用発明2に基づき,当業者が容易に想到
することができたものということはできない。なお,同様に,本件発明は,引用発
明1(2)及び引用発明2に基づき,当業者が容易に想到することができたものという
ことはできない。
3取消事由3(引用発明3に基づく進歩性判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)相違点4の容易想到性に係る判断について
ア引用発明3に,周知慣用技術(「回転軸をシリンダブロックにより直接支持
する構成」)を適用して,相違点4に係る本件発明の構成を採用することは,当業
者が容易になし得たことである。
イすなわち,引用例1【0045】,甲9,甲19【0040】,甲20のほ
か,片頭ピストンではあるものの甲21(【図1】【図3】)の記載によれば,「回
転軸をシリンダブロックにより直接支持する構成」は慣用技術である。
また,「回転軸をシリンダブロックにより直接支持する構成」によって,引用発
明3の構成に比して,さらに部品点数の削減,加工工程の削減,製造原価の削減を
図ることができる。
したがって,引用発明3から「滑り軸受35,36」を無くし,回転軸をシリン
ダブロックで直接軸受けする構成を想到することは,設計事項にすぎない。
ウさらに,引用発明3の必須の構成は,回転軸を支持するラジアル軸受を,転
がり軸受ではなく滑り軸受として,回転軸の内周面の加工を容易にするとともに,
回転軸に取り付けられた「ロータリバルブ」を排除し,回転軸自体に吸入弁を併設
して,公差の発生原因を取り除き,これらにより,クリアランスを小さくしたもの
である。そして,引用発明3の滑り軸受構造に,「回転軸をシリンダブロックによ
り直接支持する構成」を組み合わせても,上記構成はそのままであり,滑り軸受部
分の円筒内面の精密な仕上げ加工を可能とし,クリアランスを大幅に小さくして,
冷媒の漏洩を防止できるという効果は何ら妨げられない。
なお,回転抵抗低減のために軸受の内周面等に潤滑油やフッ素樹脂等の固体潤滑
材を用いることは慣用技術であるから(甲20),引用発明3において「回転軸を
シリンダブロックで直接支持する構成」を採用しても,阻害要因はない。
エ一方,「滑り軸受35,36」は,回転抵抗低減のために設けられる部材で
あることを理由として,引用発明3に必須の構成であるということはできないから,
同構成を,「回転軸をシリンダブロックで直接軸受する構成」に置換することに阻
害要因はない。
すなわち,引用例3には,クリアランスを小さくすると回転抵抗が増大する旨の
記載はないこと,引用例3は,冷媒の漏洩や小型化を課題とするものであって,課
題解決過程において,「極めて小さなクリアランスと回転軸の円滑な回転とを同時
に実現する」という課題も存在しないことから,「滑り軸受35,36」は必須の
構成であるということはできない。引用例3【0028】には,回転軸をシリンダ
ブロックで直接受けるのではなく,回転軸を「滑り軸受35,36」により受ける
ことによる効果も記載されていない。引用例3【0027】には,回転軸の径を小
さくすることによって固体潤滑材のコーティングを施す必要がなくなることが示唆
されているほか,回転軸をシリンダブロックで直接軸受けする構成が慣用技術であ
って,回転抵抗低減のためにフッ素樹脂等を積層する構成も慣用技術であることか
らも,「滑り軸受35,36」のような別部材を用いる必然性はなく,これが必須
の構成であるということはできない。
また,「滑り軸受35,36」の内周面に「フッ素樹脂等」を積層することは一
実施例の記載にすぎないから,フッ素樹脂が低摩擦を実現するための素材であるこ
とをもって,「滑り軸受35,36」は,回転抵抗低減のために設けられる部材と
いうことはできない。さらに,回転軸の回転抵抗低減に資する部分は「滑り軸受3
5,36」の内周面に積層されたフッ素樹脂自体であるから,「滑り軸受35,3
6」が回転抵抗低減のために設けられる部材であるということもできない。引用発
明3において,フッ素樹脂等の固体潤滑材のコーティングを施した「滑り軸受35,
36」のような部材を用いることは必須の構成ではない。
(2)被告の主張について
ア被告は,相違点3が容易に想到できるとした本件審決の判断は誤りである旨
主張する。
しかし,本件審決が正しく判断したとおり,引用発明3に,周知技術を適用して,
相違点3に係る本件発明の構成を採用することは,当業者が容易になし得たことで
ある。
イまず,甲3,7,9,17,28から,軸線方向の寸法公差を吸収するため
に,斜板式圧縮機の斜板の前後方向に斜板を挟むように設けられるスラスト軸受手
段を,シリンダブロックの端面に形成された環状の突条と斜板の端面に形成された
環状の突条とに当接するものとし,更に,斜板の環状の突条の径をシリンダブロッ
クの環状の突条の径よりも大きくすることが周知の技術であったことが認められる。
なお,甲28(【0060】【図1】)及び甲67(【図11】)には,ロータリ
バルブを備えたピストン式圧縮機において,スラスト荷重吸収機能を付与されたス
ラスト軸受手段を採用することも記載されている。
ウそして,ピストン式圧縮機においては,ロータリバルブ式かリードバルブ式
かを問わず,組み付け時の公差を吸収するために,少なくとも一方にスラスト荷重
吸収機能を付与されたスラスト軸受を採用することは,技術常識である(甲24~
27)。リードバルブ式には,スラスト荷重吸収機能を付与されたスラスト軸受を
採用することで公差を吸収することができても,ロータリバルブ式にはスラスト荷
重吸収機能を付与されたスラスト軸受を採用することができないとか,これを採用
しても公差が吸収されないといった事情はない。
そして,このような技術常識に鑑みれば,引用発明3において,少なくとも一方
のスラスト軸受を,上記周知技術のように弾性変形可能にすることは,当業者が当
然に採用すべき事項である。
引用発明3のようなロータリバルブを備えたピストン式圧縮機において,「圧縮
反力伝達手段の一部として」という目的がなければ,スラスト荷重吸収機能を付与
されたスラスト軸受手段を採用する動機付けがないということはできない。
エこれに対し,被告は,引用発明3を,圧縮反力によって回転軸を変位させな
いスラスト軸受28及び29を採用したものであると主張するが誤りである。
すなわち,引用例3には,圧縮反力にもかかわらず,スラスト軸受28及び29
が回転軸の変位を抑えることによって,クリアランスを維持するとの構成は記載さ
れておらず,その示唆もない。引用例3の従来技術(【図3】)と引用発明3(【図
1】)とは,ラジアル軸受の配設位置の相違を示すものであって,これをもってス
ラスト軸受28及び29の構造を比較し,引用発明3のスラスト軸受が回転軸の変
位を許容しないものと解釈することはできない。
また,引用発明3において,斜板に作用する均等でない圧縮反力を排除できてい
ない。引用発明3のスラスト軸受28及び29は,平坦な端面と当接する構造では
あるものの,応力を受けて歪み,回転軸が傾いたり,軸がずれたりするから(甲2
6【0006】,甲27【0006】【0026】),引用発明3は,回転軸の回
転中に圧縮反力を受け,回転軸の変位を許容する構造である。転がり軸受タイプの
スラスト軸受には遊隙が存し,軸と垂直方向の遊隙により軸の偏心を吸収すること
は本件特許の出願前から技術常識として存する(甲54~58)。
さらに,図1では,スラスト軸受が斜板に接する位置に設けられているところ,
この位置は,スラスト軸受を設けることのできる位置としては,回転軸の変位の中
心に最も近い位置であり,回転軸の変位を抑えることが最も難しい位置であるから,
スラスト軸受の位置に鑑みても,引用発明3が,スラスト軸受によって,回転軸の
変位を抑えることを目的としていたと考えることはできない。
加えて,引用発明3において,スラスト軸受28及び29とは異なり,スラスト
荷重吸収機能を付与されたスラスト軸受手段を採用しても,回転軸の挙動は異なる
ものではない(甲66)。
(3)小括
よって,本件発明は,引用発明3及び周知慣用技術に基づき,当業者が容易に想
到することができたものである。
〔被告の主張〕
(1)相違点4の容易想到性に係る判断について
ア本件発明の相違点4に係る構成は,引用発明3及び「回転軸をシリンダブロ
ックにより直接支持する構成」という周知慣用技術に基づいて当業者が容易に発明
をすることができたものではない。
イすなわち,引用発明3は,軸受構造と吸入弁の構造を簡単にするだけでなく,
滑り軸受の円筒内面の仕上げ加工が容易に行われ,ジャーナル部とのクリアランス
を極めて小さくすることを可能とし,圧縮された流体が吸入弁から漏洩することを
防止するために,ジャーナル軸受を採用したものである(【0009】【0016】
【0020】【0021】【0028】)。引用例3の請求項1にも,回転軸を指
示する軸受がジャーナル軸受であると記載され,シリンダブロック内に取り付けら
れる滑り軸受が発明の構成に欠くことができない事項であることが明記されている。
引用発明3の滑り軸受35,36は,滑り軸受の円筒内面の仕上げ加工が容易に行
われ,ジャーナル部とのクリアランスを極めて小さくするために必要とされている
ものである。
したがって,引用発明3において,回転軸を支持する軸受を,滑り軸受とジャー
ナル部とによって構成されるジャーナル軸受とすることは,課題解決に必要不可欠
な構成要件であって,当業者は,滑り軸受35,36を除くことを想到し得ない。
なお,引用例3には,「回転軸の円滑な回転」に関する課題は明記されていないが,
回転軸を円滑に回転させることはラジアル軸受の基本的な機能に由来する自明な課
題であるから,本件審決の判断に誤りはない。
ウそもそも,ロータリバルブ式の圧縮機におけるラジアル軸受手段は,甲9,
19,20においては,一切開示されておらず,引用例1【0049】において,
部分的に開示されるのみである。したがって,「回転軸をシリンダブロックで直接
軸受けする構成」を,ロータリバルブ式の圧縮機の周知慣用技術であるということ
はできない。
(2)本件発明の容易想到性について
ア仮に相違点4について容易に想到できるとしても,以下のとおり,引用発明
3に基づく進歩性を否定した本件審決は,結論において誤りはない。すなわち,本
件発明の相違点3に係る構成は,引用発明3及び原告主張の周知技術(スラスト軸
受として径の異なる環状の突条を当接させる構成,すなわち,スラスト荷重吸収機
能を付与されたスラスト軸受手段)に基づいて当業者が容易に想到することができ
たものではない。
イ引用例3の従来技術(【0025】【図3】)とは異なり,引用発明3の前
後一対のスラスト軸受28及び29は,いずれもが平坦な端面と当接しているから
(【図1】),斜板27に加えられた圧縮反力によってスラスト軸受が撓み変形す
ることはなく,圧縮反力を回転軸24に伝達しない。このため,圧縮反力によって
回転軸が変位しない。このように,引用発明3は,微小なクリアランスを維持する
ために圧縮反力によって回転軸が変位しないスラスト軸受28及び29を採用した
ものである(【0021】【0025】)。
そして,引用発明3に,スラスト軸受として径の異なる環状の突条を当接させる
構成を適用した場合,圧縮反力によって回転軸が変位することになり,微小なクリ
アランスを維持できなくなることにつながり,引用発明3の課題を解決できなくな
る。したがって,上記構成がたとえ周知技術であったとしても,これを引用発明3
に適用することは当業者が容易に想到し得ない。
なお,本件審決は,引用例3には,スラスト軸受が転がり軸受であることが示唆
されており,転がり軸受には遊隙があることが自明であって,この遊隙があること
により圧縮反力が伝達され得るとするが,引用例3には,スラスト軸受について遊
隙があることは記載されておらず,スラスト軸受に関する技術常識にも反する(乙
2)。また,甲26及び27において,前後一対のスラスト軸受のうち,一方のス
ラスト軸受は平坦な端面と当接していたとしても,他方のスラスト軸受は平坦な端
面と当接する構造を採用していないから,「スラスト軸受が平坦な端面と当接して
いても,スラスト軸受が転がり軸受の場合にはゆがむことはありうる」ということ
はできない。
ウまた,引用例3には,圧縮反力により,吐出行程にあるシリンダボアに連通
する吸入通路の入口に向けてロータリバルブを付勢することについては,記載も示
唆も存在しない。むしろ,引用発明3は,圧縮反力が問題発生の要因の一つである
ことを明らかにしている(【0004】【0025】)。したがって,当業者にと
って,周知技術を採用することにより,圧縮反力を積極的に利用して,吐出行程に
あるシリンダボアに連通する吸入通路の入口に向けてロータリバルブを付勢し,冷
媒の漏れを防止し,体積効率を向上させた本件発明を想到することは容易になし得
るものではない。また,本件発明は,引用発明3から予測できない顕著な効果を奏
するものである。
エそもそも,周知技術の根拠とされる甲3,7,9及び17は,いずれもロー
タリバルブを備えたピストン式圧縮機を開示していない。引用発明3のようなロー
タリバルブを備えたピストン式圧縮機において,圧縮反力伝達手段の一部としてス
ラスト荷重吸収機能を付与されたスラスト軸受手段を採用することについては記載
も示唆も一切存在しない。
甲28からも,リードバルブを備えたピストン式圧縮機において,弁形成板を本
体板に対して固定するための固定手段を本体板と弁形成板との間に設けた構造が把
握できるだけであり(【0008】),具体的なロータリバルブを備えた圧縮機の
構造は開示されておらず,また,甲28は,スラスト荷重吸収機能を付与されたス
ラスト軸受手段に関するものでもない。
(3)小括
よって,本件発明は,引用発明3に基づき,当業者が容易に想到することができ
たものではない。
第4当裁判所の判断
1本件発明について
本件発明に係る特許請求の範囲は,前記第2の2⑵【請求項1】のとおりである
ところ,本件明細書(甲49)によれば,本件発明の特徴は,以下のとおりである。
なお,本件明細書には,別紙1本件明細書図面目録のとおり,図面が記載されてい
る。
⑴本件発明は,回転軸の周囲に配列された複数のシリンダボア内にピストンを
収容し,回転軸の回転にカム体を介してピストンを連動させ,また,回転軸と一体
化されていると共に,ピストンによってシリンダボア内に区画される圧縮室に冷媒
を導入するための導入通路を有するロータリバルブを備えたピストン式圧縮機にお
ける冷媒吸入構造に関するものである(【0001】)。
⑵従来,圧縮機において,吐出行程にあるシリンダボア内の冷媒がこのシリン
ダボアに連通する吸入通路からロータリバルブの外周面に沿ってシリンダボア外に
洩れやすい。そして,このような冷媒漏れは,圧縮機の体積効率を低下させるとい
う問題があった(【0004】)。
⑶本件発明は,ロータリバルブを用いたピストン式圧縮機における体積効率を
向上させることを目的とするものである(【0005】)。
⑷本件発明は,上記目的を達成するために,請求項1の構成を採用したもので
ある。
すなわち,本件発明は,吐出行程にあるシリンダボア内のピストンが,圧縮反力
を受け,この圧縮反力が,ピストン及びカム体を介して回転軸に伝達され,回転軸
に伝達される圧縮反力が,吐出行程にあるシリンダボアに向けてロータリバルブを
付勢し,吐出行程にあるシリンダボアに向けて付勢されるロータリバルブが,吐出
行程にあるシリンダボアに連通する吸入通路の入口に向けて付勢されるという構成
を有する(【0007】【0008】)。そして,このような吸入通路の入口に向
けてロータリバルブを付勢するという構成は,吸入通路からの冷媒漏れ防止に寄与
する(【0008】)。
また,本件発明における回転軸のラジアル軸受手段は,シリンダブロックが回転
軸をロータリバルブを介して支持するというものであり,回転軸と一体化された導
入通路の出口が,ロータリバルブの外周面上に設けられ,吸入通路の入口が,軸孔
の内周面上に設けられ,軸孔の内周面にロータリバルブの外周面が直接支持され,
さらに,これが唯一のラジアル軸受手段とされている(【0009】)。そして,
このような支持構成は,吸入通路の入口に向けたロータリバルブの付勢による冷媒
漏れ防止作用を高める(【0010】)。
さらに,本件発明におけるカム体のスラスト軸受手段の少なくとも一方は,シリ
ンダブロックの端面に形成された環状の突条とカム体の端面に形成された環状の突
条とに当接し,カム体の突条の径はシリンダブロックの突条の径よりも大きく,ス
ラスト荷重吸収機能が付与されている(【0010】)。そして,このようなスラ
スト荷重吸収機能は,吸入通路の入口に向けてロータリバルブを付勢する状態をも
たらすような回転軸の変位を許容する(【0010】)。
⑸本件発明は,吐出行程にあるシリンダボア内のピストンに対する圧縮反力に
より,吐出行程にあるシリンダボアに連通する吸入通路の入口に向けてロータリバ
ルブを付勢し,吸入通路からの冷媒漏れを防止することによって,ロータリバルブ
を用いたピストン式圧縮機における体積効率を向上し得る(【0015】)。
2取消事由1(本件訂正の可否)について
⑴新規事項の追加
ア原告は,本件訂正による訂正事項のうち「前記ロータリバルブの外周面は,
前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ」との部分(以下「本件訂正部分」と
いう。)は,新規事項を追加するものであると主張する。
イ本件訂正部分の内容
本件訂正部分に関する本件訂正は,「ロータリバルブ」について,「前記ロータ
リバルブの外周面は,前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ」という事項を
追加することにより,ロータリバルブの外周面の形状について,特定されていなか
ったものを,導入通路の出口以外,溝,凹部等が設けられていないと特定するもの
である。
そうすると,本件訂正部分に関する本件訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的と
して,特許請求の範囲に限定を付加するものということができる。
ウ願書に添付した図面の記載
願書に添付した図面(甲49)【図1】において,ロータリバルブ35,36の
指し示す範囲の外周面には,導入通路の出口を除いて溝や凹部等が記載されていな
い。
また,同図面【図1】におけるA-A線断面図である【図2】(a)とその要部
拡大図である【図2】(b),及び,B-B線断面図である【図3】(a)とその
要部拡大図である【図3】(b)のいずれにおいてもロータリバルブ35,36の
外周面351,361に導入通路31,32の出口を除いて,溝や凹部等が記載さ
れていない。そして,【図2】【図3】は,ロータリバルブ35,36の断面の形
状を表そうとするものと解されるから,ロータリバルブ35,36のA-A線及び
B-B線以外の部分の断面の形状も,A-A線及びB-B線の断面図と同様のもの
を考えるのが自然である。仮に,ロータリバルブ35,36の外周面に,導入通路
31,32の出口を除いて溝や凹部等が存在するのであれば,【図2】(a),(b),
【図3】(a),(b)において,当該溝や凹部等は,甲29【図3】【図5】,
甲30【図3】,甲31【図3】【図5】のように,破線等を用いて図示されるも
のである。
そうすると,本件訂正部分は,願書に添付した図面に記載されていたものという
ことができる。
エ特段の事情
本件訂正部分に関する本件訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的として,特許請
求の範囲に限定を付加するものであって,本件訂正部分は,願書に添付した図面の
記載から自明であるから,このような訂正は,特段の事情のない限り,新たな技術
的事項を導入しないものであると認められ,新規事項を追加するものではないとい
うべきである。
そして,願書に添付した明細書等には,ロータリバルブの外周面について,導入
通路の出口部分以外には溝や凹部等がなく,円筒形状であることに矛盾する記載も
見当たらないから,上記特段の事情があるということはできない。
オ原告の主張について
(ア)原告は,願書に添付した図面に表されていない領域(A-A線断面,B-
B線断面以外の領域)において,ロータリバルブの外周面に,溝や凹部等が設けら
れているか否かについては不明である,また,ロータリバルブの外周面に溝や凹部
等を設けることは慣用技術である,と主張する。
しかし,本件発明において,ロータリバルブの外周面に溝や凹部等を設けること
は,願書に添付した特許請求の範囲に記載されているわけではなく,発明の課題解
決手段として必須であったということもできない。したがって,仮にロータリバル
ブの外周面に溝や凹部等を設けることが慣用技術であったとしても,これをもって,
願書に添付した図面に表されていない領域において,ロータリバルブの外周面に溝
や凹部等が設けられていない構成が排除されているということはできない。
そして,ロータリバルブの外周面に溝や凹部等が設けられていない構成が排除さ
れていないのであるから,本件訂正部分は,願書に添付した明細書等に記載されて
いたものということができる。
(イ)原告は,「冷媒を漏れ難くし,体積効率を向上させる」という本件発明の
効果は,ロータリバルブの外周面に溝や凹部等がないことにより生じるものではな
いと主張する。
しかし,前記ウのとおり,願書に添付した図面に,ロータリバルブの外周面が,
導入通路の出口を除いて円筒形状とされていることが記載されているから,原告の
上記主張は,新規事項の追加の有無の判断を左右するものにはならない。
カ以上によれば,本件訂正部分に関する本件訂正は,新規事項を追加するもの
ではなく,願書に添付した明細書等に記載した範囲内においてなされたものという
ことができる。
⑵独立特許要件
後記3,4のとおり,本件発明は,当業者が容易に発明をすることができたもの
ということはできないところ,本件訂正後の請求項2に係る発明は,本件発明の発
明特定事項を全て含み,さらに他の限定を付したものであるから,本件訂正後の請
求項2に係る発明もまた,当業者が容易に発明をすることができたものということ
はできない。
したがって,本件訂正後の請求項2に係る発明は,独立して特許を受けることが
できる。
⑶小括
以上によれば,本件訂正は,新規事項の追加には当たらず,独立特許要件も満た
すものであるから,許されるべきものである。
よって,取消事由1は理由がない。
3取消事由2(引用発明1に基づく進歩性判断の誤り)について
⑴引用発明1について開示された事項
引用例1(甲1)には,別紙2引用例図面目録引用例1【図4】のとおり,図面
が記載されるとともに,引用発明1に関し,以下の点が開示されているものと認め
られる。
ア引用発明1は,斜板式圧縮機等の往復動型圧縮機に関するものである(【0
001】)。
イ従来の,回転軸に斜板が支持され,回転軸の回転に伴いこの斜板を介してピ
ストンが往復動されるような圧縮機においては,斜板が傾斜しているから,ピスト
ンの圧縮動作時に発生する圧縮荷重,すなわち圧縮反力が,斜板を介して回転軸に
対し,その回転軸のラジアル方向の分力として作用し,ラジアルベアリングに大き
な負荷が加わる。このため,このような大きなラジアル方向の負荷が加わっても,
回転軸の円滑な回転に支障が無いように,ラジアルベアリングとしてニードルベア
リングやボールベアリング等の転がり軸受が使用されていた(【0003】)。
しかし,ニードルベアリングやボールベアリング等の転がり軸受は高価であるか
ら圧縮機のコスト低減の妨げになるという問題があった(【0004】)。
ウ引用発明1は,回転軸を支持するラジアルベアリングとして,高価な転がり
軸受を使用する必要がなく,製造コストの低減を図ることができる圧縮機を提供す
ることを目的とするものである(【0004】)。
エ引用発明1は,上記目的を達成するために,ラジアルベアリングを滑り軸受
により構成するとともに,ピストンの圧縮動作時に斜板を介して回転軸にそのラジ
アル方向へ作用する力と反対方向の力を,同回転軸に対して付与するために,滑り
軸受と対向する回転軸の外面においてピストンが上死点付近にあるシリンダボアと
対応するように形成された凹部40と,その凹部内に高圧ガスを導入するためのガ
ス通路41とから構成される反力付与構造39を設けたものである(【0005】
【0006】【0043】)。
オ引用発明1は,ラジアルベアリングが転がり軸受ではなく,滑り軸受により
構成されるから製造コストが低減される(【0013】)。
また,引用発明1では,回転軸に作用する圧縮荷重のラジアル方向への分力と,
回転軸上の凹部に高圧ガスが導入され,その圧力が高められることによって回転軸
に付与される反対方向の力とが相殺されるから,回転軸が滑り軸受に強く圧接され
ることはなく,滑り軸受を使用しても回転軸の円滑な回転に支障は生じない(【0
013】【0014】)。
⑵引用発明1の認定
ア本件発明の「圧縮反力伝達手段」に対応する構成について
(ア)引用例1(甲1)の【0003】【0013】【0034】【0042】
及び【図4】の記載によれば,引用例1に記載された圧縮機は,圧縮動作時に少な
くとも斜板27を含む手段が,回転軸16上の大径の軸支部38に,ラジアル方向
の分力P2を作用させ,軸支部38は,軸支孔37の内周壁を圧接することが認め
られる。
(イ)これに対し,被告は,引用例1に記載された圧縮機において,圧縮反力に
基づいて回転軸16に作用する「圧縮反力のラジアル方向の分力P2」は,「反力
付与構造39による反対方向の力」により「相殺」されるから,引用例1には,回
転軸(軸支部38)が滑り軸受(軸支孔37の内周壁)に圧接される圧縮機は開示
されていない旨主張する。
しかし,前記⑴のとおり,引用例1には,ピストンの圧縮動作時に発生する圧縮
反力が,斜板を介して回転軸に対し,回転軸のラジアル方向の分力として作用する
ことで,ラジアルベアリングに大きな負荷がかかるものであるところ,その大きな
負荷を解消するために反力付与手段を設けた圧縮機が記載されている。そして,反
力付与手段は,圧縮反力のラジアル方向の分力と反対方向の力を作用させて圧縮反
力のラジアル方向の分力を相殺し,「軸支部38」を押し付ける力を零にしようと
するものであって(【0013】【0035】【0036】),圧縮反力自体をな
くすことにより,圧縮反力のラジアル方向の分力をなくすものではない。
このように,引用例1に記載された圧縮機は,反力付与手段の有無に関係なく,
ピストンの圧縮動作時に発生する圧縮反力が,斜板を介して回転軸に対し,回転軸
のラジアル方向の分力として作用することにより,回転軸(軸支部38)が滑り軸
受(軸支孔37の内周壁)に圧接されるものである。被告の上記主張は採用できな
い。
イそして,上記検討に加え,引用例1(甲1)の記載(【0001】【000
5】【0006】【0014】【0042】~【0044】【図4】)によれば,
引用例1に前記第2の3⑵アの引用発明1が記載されていることが認められる。
⑶相違点の認定
ア本件発明と引用発明1とを対比すれば,本件発明と引用発明1の相違点は,
前記第2の3⑵ウの相違点1及び2のとおりであると認められる。
イこれに対し,被告は,本件発明と引用発明1とは,相違点A及びBにおいて
相違する旨主張する。しかし,同主張は,前記⑵ア(イ)のとおり,引用発明1の誤
った認定を前提とするものであるから,採用できない。
また,原告は,引用発明1には圧縮反力伝達手段に相当する構成が存在するから,
本件審決の相違点2の認定は,この点において誤りである旨主張する。しかし,引
用発明1は,ピストン21からの圧縮反力を回転軸16に対し作用させるものであ
るが,本件発明と同様の伝達手段までをも備えるかについては,必ずしも明らかで
はないから,原告の上記主張は採用できない。
⑷相違点1の容易想到性
ア原告は,引用発明1に,引用発明2を適用して,相違点1に係る本件発明の
構成を採用することは,当業者が容易になし得たものであると主張する。
イ引用発明2
(ア)引用例2(甲2)には,本件審決が認定したとおり,「シリンダブロック
1における駆動軸6の周囲に配列された5個のボア1b内にピストン15を収容し,
前記駆動軸6の回転により斜板9を介して前記ピストン15を往復動させ,前記駆
動軸6の後端に装着されているとともに,前記ピストン15によって前記ボア1b
内の区画される空間に冷媒を導入するための吸入通路25を有する回転弁22を備
えた揺動斜板式圧縮機において,/前記ボア1bに連通し,かつ前記回転弁22の
回転に伴って前記吸入通路25との連通と遮断を繰り返す吸入ポート21を有し,
/前記シリンダブロック1は,前記回転弁22を滑合可能に収容する軸心孔1aを
有し,/前記吸入通路25の溝部25bは,前記回転弁22の外周面上にあり,前
記吸入ポート21の入口は,前記軸心孔1aの内周面上にあり,/前記ピストン1
5を収容するボア1bに対応する回転弁22が駆動軸6と同期して回転する揺動斜
板式圧縮機における冷媒吸入構造。」との発明が記載されていることについては,
当事者間に争いがない。
(イ)そして,引用例2(甲2)には,別紙2引用例図面目録引用例2【図1】
のとおり,図面が記載されるとともに,引用発明2に関し,以下の点が開示されて
いるものと認められる。
a引用発明2は,車両空調用に供して好適な往復動型圧縮機に関するものであ
る(【0001】)。
b従来の往復動型圧縮機においては,リアハウジングの外周側に吸入室が環状
に形成され,この吸入室は,リアハウジングの外周側に貫設された冷媒導入孔87
aにより冷凍回路と接続される。しかし,この種の往復動型圧縮機では,冷媒導入
孔87aから各吸入ポートを介して各ボアに至る吸入経路が不均衡になっていたた
め,冷媒導入孔に近いボアでは好適に冷媒を吸入・圧縮するものの,冷媒導入孔か
ら遠いボアでは圧力損失から不足した冷媒を吸入・圧縮することとなり,各ボアを
それぞれ有効に活用できず,充分な性能を発揮できないとともに,各ボアの圧縮反
力のアンバランスから振動・異音を生じるなどの問題があった(【0006】【0
007】)。
c引用発明2は,往復動型圧縮機における上記問題を解決するために,ハウジ
ングには内周側に吸入室,外周側に吐出室を隔設し,吸入室の外側壁には駆動軸と
同心上に整合する冷媒導入孔を貫設する構成とし,また,吸入弁手段として,駆動
軸に一体回転可能に装着され,吸入室と吸入行程時の吸入ポートとを連通させる吸
入通路をもつ回転弁を採用したものである(【0008】【0009】)。
d引用発明2は,上記構成を採用することにより,冷媒導入孔から各ボアに至
る吸入経路が均等かつ最短になっており,全ボアが好適に冷媒を吸入・圧縮するか
ら,各ボアをそれぞれ有効に活用して充分な性能を発揮させるとともに,各ボアの
圧縮反力のバランスから振動・異音を生じさせることがない(【0010】【00
24】)。
ウ容易想到性について
(ア)ロータリバルブの外周面の形状
a「ロータリバルブ」を有していない引用発明1に,溝部25bを除く回転弁
22の外周面の形状が特定されていない引用発明2を適用することにより,「前記
ロータリバルブの外周面は,前記導入通路の出口を除いて円筒形状」とされる本件
発明の構成を採用することを,当業者が容易になし得たか否かについて検討する。
b前記(1)によれば,引用発明1は,回転軸を支持するラジアルベアリングとし
て,製造コスト低減のために,転がり軸受ではなく,滑り軸受を採用したものであ
る。また,引用発明1は,滑り軸受を採用しても回転軸の円滑な回転に支障が生じ
ないようにするために,回転軸が滑り軸受に強く圧接されないための構成として,
ラジアル方向へ作用する力と反対方向の力を回転軸に付与するために,回転軸の外
面に凹部と,それに高圧ガスを導入するためのガス通路とから構成される反力付与
構造39を設けたものである。
したがって,引用発明1において回転軸の外面に凹部などの反力付与構造が設け
られたことは,製造コスト低減という課題の解決手段として滑り軸受を採用するた
めの必須の構成であるということができる。
そうすると,回転軸の外面に凹部などの反力付与構造39を設けることを必須の
構成として有する引用発明1に,溝部25bを除く回転弁22の外周面の形状が特
定されていない引用発明2を適用しても,「前記ロータリバルブの外周面は,前記
導入通路の出口を除いて円筒形状」とされる本件発明の構成には至らないというべ
きである。
このことは,引用発明1と引用発明2とは,ピストン型斜板式圧縮機という同一
の技術分野に属すること,引用例1には,「例えば特開平5-126039号公報
(判決注:引用例2)に開示されているように,回転軸16のラジアルベアリング
と対応する部分にロータリバルブを配設した圧縮機において,そのロータリバルブ
上に反力付与構造39を配設すること。」と記載されていること(【0049】)
をもって,左右されるものではない。
c原告の主張について
(a)原告は,凹部40の大きさは,滑り軸受を使用しても回転軸の円滑な回転に
支障が生じないように当業者が適宜選択すべき設計事項にすぎないから,滑り軸受
を使用しても回転軸の円滑な支障が生じないのであれば,凹部40を設ける必要が
ない旨主張する。
しかし,引用発明1は,滑り軸受を採用することによって,回転軸に円滑な回転
の支障が生じることを前提に,これを軽減するために,凹部40等から構成される
反力付与構造39を採用したものである。滑り軸受を使用しても回転軸の円滑な支
障が生じないことを前提として,引用発明1を解釈する原告の上記主張は採用でき
ない。
⒝原告は,凹部40を持たない圧縮機は従来存在した,本件発明は滑り軸受構
造を使用しても回転軸の円滑な回転に支障を生じないから凹部40が設けられてい
ないにすぎない,凹部40は本件発明の特徴と無関係であるなどと主張する。
しかし,引用発明1は,滑り軸受を採用することによって回転軸の円滑な回転に
支障が生じることを軽減するために,凹部40等から構成される反力付与構造39
を採用したものである。引用発明1において回転軸の外周面に凹部40を採用した
技術的意義を捨象して,引用発明1に基づく容易想到性を判断できるものではない
から,引用発明1を離れて凹部40の意義を解釈する原告の主張は採用できない。
⒞原告は,引用発明1において,凹部40は反力付与構造の一構成要素にすぎ
ず,ガス通路41を設けるだけでも,回転軸の外周面に圧力をかけることができる
と主張する。
しかし,引用例1には「各反力付与構造39は吐出圧導入溝40a及び圧力作用
部40bよりなる凹部40と,複数のガス通路41とから構成されている」(【0
043】)と記載されており,凹部40を有さずに,ガス通路を設けるだけの反力
付与構造39は当業者が容易に想到できるものではない。凹部40を反力付与構造
の一構成要素にすぎないとする原告の主張は採用できない。
dよって,引用発明1に引用発明2を適用する動機付けを欠くから,引用発明
1及び引用発明2に基づき,相違点1に係る本件発明の構成を当業者が容易に想到
できたものであるということはできない。
(イ)ロータリバルブの各導入通路の連通
a引用発明1は,両頭ピストンの両側に「吸入弁機構35」を有するものであ
るところ,これに,引用発明2の「駆動軸6の後端に装着されているとともに」,
「吸入通路25を有する回転弁22」を適用した場合,吸入通路を有する回転弁が,
回転軸の両端部に配置されることになる。
そして,引用発明1は,「吸入弁機構35」を有するから,回転軸16に通路は
形成されていない。また,引用発明2の「回転弁22」も「駆動軸6の後端に装着
されている」から,回転弁22には,駆動軸の後端から冷媒が吸入され,駆動軸に
通路は形成されていない。そうすると,引用発明1に引用発明2を適用しても,吸
入通路を有する回転弁が,回転軸の両端部に配置されるにとどまり,回転弁の各吸
入通路が,回転軸内に形成された通路を介して連通されることはない。そして,引
用発明2は,回転弁22に駆動軸6の後端から冷媒が吸入されるものであるから,
引用発明1に引用発明2を適用した場合,回転弁の各吸入通路には回転軸の各端部
から冷媒が吸入される構成となる。
したがって,引用発明1に引用発明2を適用しても,「前記ロータリバルブの各
導入通路は前記回転軸内に形成された通路を介して連通し」という本件発明の構成
には至らないというべきである。
b原告の主張について
原告は,両頭ピストン型のロータリバルブを配設した圧縮機において,「ロータ
リバルブの各導入通路は回転軸内に形成された通路を介して連通」したものとする
ことは周知技術であるから,当業者は,周知技術を適用し,回転軸内の通路によっ
て両導入通路が連通する構成を容易に想到する旨主張する。
しかし,前記aのとおり,引用発明1に引用発明2を適用した圧縮機において,
回転軸の各吸入通路は,回転軸内に形成された通路を介して連通されていない構成
を有する。そうすると,引用発明1に引用発明2を適用した上で,さらに原告主張
の上記周知技術を適用するのは容易に想到できるものではない。
また,前記aのとおり,引用発明2は,回転弁22に駆動軸6の後端から冷媒が
吸入されるという技術を開示するものであるから,引用発明1に引用発明2を適用
した圧縮機においては,回転弁の各吸入通路には,回転軸の端部から冷媒が吸入さ
れるものである。引用例1に,フロントハウジング側の回転軸近傍に吸入室として
利用できる空洞が存在せず,また回転軸と吸入室33との間の距離の離れた実施例
の図面(【図4】)が記載されていたとしても,引用発明1は,そのように特定さ
れた圧縮機に関する発明ではない。そして,引用発明1に引用発明2を適用した圧
縮機においては,回転弁の各吸入通路には,回転軸の端部から冷媒が吸入されるの
であるから,さらに原告主張の上記周知技術を適用し,回転軸に通路を形成して,
各吸入通路を連通する必要はない。
なお,引用例1には,「例えば特開平5-126039号公報(判決注:引用例
2)に開示されているように,回転軸16のラジアルベアリングと対応する部分に
ロータリバルブを配設した圧縮機において,そのロータリバルブ上に反力付与構造
39を配設すること。」と記載されているとしても(【0049】),同記載は,
ロータリバルブ上に反力付与構造39を配設することを開示するものであるから,
同記載をもって,両頭ピストン型のロータリバルブを配設した圧縮機全体の何らか
の構成を想定できるものではない。
したがって,原告主張の周知技術を斟酌しても,引用発明1に引用発明2を適用
することにより,「前記ロータリバルブの各導入通路は前記回転軸内に形成された
通路を介して連通し」という本件発明の構成には至らないというべきである。
⑸小括
以上によれば,本件発明は,引用発明1及び引用発明2に基づき,当業者が容易
に発明をすることができたものということはできない。なお,仮に,引用発明1(2)
が認定できたとしても,本件発明と引用発明1(2)との相違点1(2)は,引用発明1
との相違点1と同様に,ロータリバルブの外周面の形状及びロータリバルブの各導
入通路の連通に関する相違点を含むものであるから,前記(4)ウと同様に,引用発明
1(2)及び引用発明2に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものという
ことはできない。
よって,取消事由2は理由がない。
4取消事由3(引用発明3に基づく進歩性判断の誤り)について
⑴引用発明3
引用例3(甲10)に,前記第2の3(3)アの引用発明3が記載されていることは,
当事者間に争いがない。そして,引用例3には,別紙2引用例図面目録引用例3【図
1】のとおり,図面が記載されるとともに,引用発明3に関し,以下の点が開示さ
れているものと認められる。
ア引用発明3は,自動車用空調装置の冷媒圧縮機として使用することができる
斜板型圧縮機,特にその吸入弁と軸受部に関するものである(【0001】)。
イ従来のロータリバルブを吸入弁として使用する斜板型圧縮機においては,①
転がり軸受であるラジアル軸受によって支持されている回転軸と,ハウジング側の
バルブシリンダとの間には,各部品の製作上の加工誤差(公差)や,転がり軸受の
作動に必要な遊隙等によって相当大きな心ずれが存在し,構造上その心ずれ量を少
なくすることが難しいこと,②斜板に作用する圧縮反力が回転軸の回りに均等に作
用しないで一方に偏っていること等を原因として,ロータリバルブのローターとバ
ルブシリンダとの間のクリアランスが大きくなりやすく,シリンダブロックに設け
られた幾つかの吸入ポートの周囲からロータリバルブの外周を通じて圧縮された冷
媒等の流体が漏洩し,それによって圧縮機の作動効率が低下するという問題等があ
った(【0004】)。
ウ引用発明3は,上記問題等を解決するために,シリンダブロック内において
回転軸を支持する軸受について,ジャーナル軸受であって,シリンダブロック内に
取り付けられる滑り軸受とそれによって支持される回転軸の一部としてのジャーナ
ル部とから構成される軸受を採用するなどしたものである(【0006】【000
7】)。
引用発明3において,斜板27を駆動することによって回転軸24に発生する反
力としての軸方向荷重は,斜板27の両側に設けられた一対のスラスト軸受28及
び29によって支持される(【0014】)。また,ジャーナル軸受25及び26
は,回転軸24の外径よりも例えば2~4mm程度大きい貫通穴33及び34の中
に,打ち込み等の方法で一体的に固定されている比較的薄肉の滑り軸受35及び3
6と,それらの滑り軸受35及び36によって摺動回転可能に支持されている回転
軸24自体の円筒面の一部であるジャーナル部24a及び24bとからなり,滑り
軸受35及び36は,例えば金属ベースの上にフッ素樹脂等を積層したもので,貫
通穴33及び34の中に打ち込んで一体化した後,内径を精密加工して,それに対
応する回転軸24のジャーナル部24a及び24bの外径に極めて近い内径となる
ように高精度に仕上げられる(【0016】)。
エ引用発明3は,上記構成を採用することにより,滑り軸受の円筒内面の仕上
げ加工が容易に行われて,ジャーナル部とのクリアランスを極めて小さくすること
が可能になり,圧縮された流体が吸入弁から漏洩することがない(【0009】【0
035】)。
(2)本件発明と引用発明3との対比
本件発明と引用発明3との相違点は,前記第2の3(3)ウの相違点3及び4のとお
りである。
(3)相違点4の容易想到性
ア引用発明3に,「回転軸をシリンダブロックにより直接支持する構成」とい
う周知慣用技術を適用することにより,本件発明の構成を採用することを,当業者
が容易になし得たか否かについて検討する。
イ前記(1)によれば,引用発明3は,ラジアル軸受として,ジャーナル軸受であ
って,滑り軸受とそれによって支持される回転軸の一部としてのジャーナル部とか
ら構成される軸受を採用することにより,滑り軸受の円筒内面の仕上げ加工を容易
に行い,ジャーナル部とのクリアランスを極めて小さくすることを可能とした発明
である。また,引用発明3において,ジャーナル軸受25及び26は,回転軸24
のジャーナル部24a及び24bと,滑り軸受35及び36から成るところ,滑り
軸受35及び36は,例えば金属ベースの上にフッ素樹脂等を積層した比較的薄肉
のものであって,シリンダブロックの貫通穴33及び34の中に打ち込んで回転軸
と一体化した後,ジャーナル部24a及び24bの外径に極めて近い内径となるよ
うに精密加工されるものである。
このように,引用発明3において,ラジアル軸受手段として「滑り軸受35及び
36」を有するジャーナル軸受が採用されたのは,滑り軸受の円筒内面の仕上げ加
工を容易に行い,ジャーナル部とのクリアランスを極めて小さくするためである。
そして,円筒内面の仕上げ加工を容易に行えるのは,例えば金属ベースの上にフッ
素樹脂等を積層した比較的薄肉のものである滑り軸受35及び36があらかじめ準
備され,滑り軸受35及び36はシリンダブロックの貫通穴33及び34の中に打
ち込まれることにより回転軸と一体化され,その後,ジャーナル部24a及び24
bの外径に極めて近い内径となるように滑り軸受35及び36を精密加工できるこ
とによるものと解される。したがって,引用発明3において,ラジアル軸受手段と
して「滑り軸受35及び36」を有するジャーナル軸受が採用されたのは,クリア
ランスを極めて小さくするという課題の解決手段として必須の構成であるというこ
とができる。
そうすると,ラジアル軸受手段として「滑り軸受35及び36」を有するジャー
ナル軸受を採用することを必須の構成とする引用発明3に,「滑り軸受35及び3
6」を有しない構成である,「回転軸をシリンダブロックにより直接支持する構成」
である技術を適用することは,引用発明3の必須の構成を無くすことになるから,
動機付けを欠くというべきである。
このことは,仮に「回転軸をシリンダブロックにより直接支持する構成」が周知
慣用技術として認められたとしても左右されるものではない。
ウ原告の主張について
(ア)原告は,引用発明3の滑り軸受構造に,「回転軸をシリンダブロックによ
り直接支持する構成」を組み合わせても,滑り軸受部分の円筒内面の精密な仕上げ
加工を可能とし,クリアランスを大幅に小さくでき,冷媒の漏洩を防止できるとい
う効果は何ら妨げられないと主張する。
しかし,引用発明3において「滑り軸受35及び36」に代えて,シリンダブロ
ックにより回転軸を直接支持する場合において,当該「滑り軸受35及び36」の
円筒内面の仕上げ加工と同様に,当該シリンダブロックの円筒内面の仕上げ加工を
行えるものではないから,原告の主張は採用できない。
(イ)原告は,回転抵抗低減のために軸受の内周面等にフッ素樹脂等の固体潤滑
材を用いることは慣用技術であることから,引用発明3において「滑り軸受35及
び36」のような別部材を用いる必然性はないと主張する。
しかし,原告主張の慣用技術があったとしても,別部材である「滑り軸受35及
び36」に固体潤滑材を用いることと,シリンダブロックに固体潤滑材を用いるこ
とは異なるから,引用発明3において「滑り軸受35及び36」を用いる必然性は
ないということはできない。
エしたがって,仮に原告主張の周知慣用技術が認められたとしても,引用発明
3に同周知慣用技術を適用する動機付けを欠くから,引用発明3及び同周知慣用技
術に基づき,相違点4に係る本件発明の構成を当業者が容易に想到できたものとい
うことはできない。
(4)相違点3の容易想到性
ア被告の主張に鑑み,相違点3の容易想到性,すなわち,スラスト軸受手段に
ついて「前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの突条の径よりも大きくし
た」ものであるとの構成を有しない引用発明3に,スラスト軸受手段として径の異
なる環状の突条を当接させるという周知技術を適用することにより,「前記カム体
の突条の径を前記シリンダブロックの突条の径よりも大きくした」という本件発明
の構成を採用することを,当業者が容易になし得たか否かについて検討する。
イ前記(1)のとおり,引用発明3は,斜板に作用する圧縮反力が回転軸の回りに
均等に作用しないで一方に偏っていることなどを原因として,ロータリバルブのロ
ーターとバルブシリンダとの間のクリアランスが大きくなりやすく,その結果とし
て,幾つかの吸入ポートの周囲から圧縮された冷媒等の流体が漏洩することを課題
とし,このクリアランスを小さくするための技術を採用したものである。
一方,スラスト軸受手段として径の異なる環状の突条を当接させるという技術は,
斜板に作用する圧縮反力を回転軸に伝達するものであるから,ロータリバルブのロ
ーターとバルブシリンダとの間のクリアランスを大きくするものであって,その結
果として,冷媒等の流体が漏洩する可能性を高めるものである。
そうすると,スラスト軸受手段として径の異なる環状の突条を当接させるという
技術は,冷媒等の流体が漏洩する可能性を高めるものであって,引用発明3が解決
しようとする課題に反するものであるから,仮にこれが周知技術であったとしても,
当業者は,引用発明3にこのような技術を適用しようとは考えないというべきであ
る。
なお,スラスト軸受手段として径の異なる環状の突条を当接させるという技術に
よって,ロータリバルブとバルブシリンダとの間のクリアランスが大きくなる部分
があったとしても,本件発明の構成によれば,冷媒等の流体の漏洩につながるもの
ではない。しかし,引用例3は,ロータリバルブのローターとバルブシリンダとの
間のクリアランスが大きくなりやすいことなどが,幾つかの吸入ポートの周囲から
冷媒等の流体が漏洩することの原因であるという前提で記載がなされており,クリ
アランスの増加が,吸入ポートの周囲からの冷媒等の漏洩につながらないことを示
す技術事項が,本件特許の優先日当時,周知であったことを示す文献もない。
ウ原告の主張について
(ア)原告は,ピストン式圧縮機において,組付け時の交差を吸収するために,
スラスト軸受手段として径の異なる環状の突条を当接させるという周知技術を採用
することは技術常識である旨主張する。
しかし,前記イのとおり,原告主張の周知技術を適用することは,引用発明3の
解決すべき課題に反するものであるから,組付け時の交差を吸収するという観点の
みから,同周知技術を適用する動機付けがあるということはできない。
(イ)原告は,引用例3には,圧縮反力にもかかわらず,スラスト軸受28及び
29が回転軸の変位を抑えることによって,クリアランスを維持するとの構成は記
載されていないと主張する。
しかし,引用例3には,引用発明3の従来技術の課題として,「斜板に作用する
圧縮反力が回転軸の回りに均等に作用しないで一方に偏っていること等から,ロー
タリバルブのローターとバルブシリンダとの間のクリアランスが大きくなりやすく,
それによってシリンダブロックに設けられた幾つかの吸入ポートのうちで,圧縮行
程において閉塞されるべきものが完全に閉塞されないために,それらの吸入ポート
の周囲からロータリバルブの外周を通じて圧縮された冷媒等の流体が漏洩」する旨
記載されている。したがって,スラスト軸受28及び29が回転軸の変位を抑える
との記載の有無にかかわらず,当業者は,ロータリバルブのローターとバルブシリ
ンダとの間のクリアランスを大きくすることになる,スラスト軸受手段において径
の異なる環状の突条を当接させるという技術を,引用発明3に適用することは考え
ないというべきである。
(ウ)原告は,引用発明3において,斜板に作用する均等でない圧縮反力は排除
できていない,引用発明3におけるスラスト軸受28及び29ではなく,径の異な
る環状の突条を当接させるというスラスト軸受手段を採用しても,回転軸の挙動は
異ならないなどと主張する。
しかし,引用発明3におけるスラスト軸受28及び29によって圧縮反力を排除
できていなかったとしても,あえてこれらのスラスト軸受に代えて,クリアランス
を大きくすることになる,スラスト軸受手段において径の異なる環状の突条を当接
させるという技術を採用することに至るものではない。
エしたがって,仮に原告主張の周知技術が認められたとしても,引用発明3に
同周知技術を適用する動機付けを欠くから,引用発明3及び同周知技術に基づき,
相違点3に係る本件発明の構成を当業者が容易に想到できたものということはでき
ない。
(5)小括
以上によれば,本件発明は,引用発明3及び周知慣用技術に基づき,当業者が容
易に発明をすることができたものということはできない。
よって,取消事由3は理由がない。
5結論
以上のとおり,取消事由はいずれも理由がない。原告の請求は棄却されるべきも
のである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官髙部眞規子
裁判官山門優
裁判官片瀬亮
別紙1
本件明細書図面目録
【図1】
【図4】【図5】
別紙2
引用例図面目録
引用例1
【図4】
引用例2
【図1】
引用例3
【図1】

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