弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役六年及び罰金一〇〇万円に処する。
     原審における未決勾留日数中四〇日を右懲役刑に算入する。
     右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算し
た期間被告人を労役場に留置する。
     押収してあるコカイン一〇袋(当庁平成八年押第四四六号の1ないし1
0)を没収する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、検察官桐生哲雄名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、
弁護人野々山哲郎名義の答弁書にそれぞれ記載のとおりであるから、これらを引用
する。
 一 事実誤認の主張について
 論旨は、要するに、原判決は、本件公訴事実中、関税法違反(輸入禁制品輸入未
遂)の点につき、「被告人がスーツケースを自己の物として通関させようとしたと
いうような関税法上の禁制品輸入の実行行為の着手に該当する事実は認められず、
その他、本件証拠を子細に検討しても、右に該当するような事実は認められない。
むしろ、被告人は、大蔵事務官の質問に対し、携帯品はない旨答えているのである
から、本件コカインを通関させようとする故意を喪失していたとも認められる。し
たがって、関税法上の禁制品輸入未遂については犯罪の証明がないといわざるを得
ない」として無罪の判断を示しているが、実行に着手した事実も被告人に故意があ
った事実も認められるから、原判決には事実の誤認があり、この誤認が判決に影響
を及ぼすことは明らかであるというのである。
 そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せ
て検討し、次のとおり判断する。
 1 関係証拠によると、本件の事実経過は以下のとおりであり、原判決の認定も
ほぼこれと同旨である。
 (1) 被告人は、ブラジル連邦共和国a市のb国際空港において、乙航空第六
三便に搭乗するに当たり、本件コカインを隠匿したスーツケースを機内預託手荷物
として運送委託した上、平成八年五月二八日午後一時四〇分ころ、新東京国際空港
に到着した。
 (2) 被告人は、入国審査の際、アルゼンチン共和国の偽造旅券で入国しよう
としたことを入管職員に発見され、入管職員らとともに東京税関成田税関支署第二
旅客ターミナルビルAゾーン旅具検査場一番検査台に赴き、同日午後二時四五分こ
ろ、税関検査を受けたが、その際、被告人は、携帯品を所持しておらず、大蔵事務
官の質問に対し、携帯品はない旨、及び税関に申告すべきものはない旨答えた。
 (3) 同日午後二時五〇分ころ、厳重な検査を行うために引継ぎを受けた別の
大蔵事務官は、被告人が何らの携帯品も所持していないことに不審を抱き、右検査
場内設置の乙航空案内カウンターに行き、被告人が搭乗していた飛行機の旅客用手
荷物のうち、未だ引き取られていない物があるかどうかを確認した。その結果、本
件スーツケース一個が引取り未了手荷物として保管されていることが判明したた
め、このスーツケースを一番検査台まで運搬し、被告人に確認を求めたところ、被
告人はこのスーツケースが自分のものである旨認めた。
 (4) 大蔵事務官は、右スーツケースを検査室に運び、求めに応じて検査室へ
同行した被告人に麻薬類が在中していないかを尋ねたが、被告人は、首を左右に振
るなどして否定した。被告人は、右スーツケースをX線で検査した結果認められた
異常な陰影についての質問に対しても、何ら答えず、その後本件コカインが発見さ
れて初めて、薬物が隠匿されている事実を認めるに至った。
 <要旨>2 ところで、関税法一〇九条所定の禁制品輸入罪にいう輸入とは、外国
から本邦に到着した貨物を本邦に引き取ることをいうと定義されているとこ
ろ(同法二条一項一号)、関税空港において通関線(旅具検査場)を通過する形態
の輸入においては、空港内の通関線を突破した時点で同罪の既遂が成立すると解せ
られることに照らすと、同罪の実行の着手時期は、通関線の突破に向けられた現実
的危険性のある状態が生じた時点をいうものと解すべきである。そして、禁制品で
ある貨物が機内預託手荷物として飛行機に搭載された場合においては、税関検査を
受ける意思のある犯人が、到着国の情を知らない空港作業員をして、貨物を駐機場
の機内から機外に取り降ろさせ、空港内の旅具検査場内に搬入させた時点をもって
実行の着手があったと解すべきであり、犯人が搬入された貨物を現実に受け取った
ことや、更に進んで犯人がその貨物を持って検査台に進むなどの行為に出たことま
では必要としないというべきである。右のような場合においては、犯人が貨物を携
帯して通関線を通過する場合と異なり、貨物は犯人の行為を介在することなく情を
知らない空港作業員により旅具検査場内に自動的に搬入されるのであり、このよう
にして貨物が旅具検査場内に搬入されるに至れば、通関線の突破に向けた現実的危
険性のある状態が生じたといえるからである。
 そこで、本件において右の実行の着手があったか否かをみると、本件スーツケー
スは、被告人の運送委託により機内預託手荷物として飛行機に搭載され、新東京国
際空港に到着後、情を知らない空港作業員によって税関検査のため旅具検査場内に
搬入されており、その後、被告人は、税関検査に際し、本件スーツケースを見せら
れて自分の物であることは認めた上、麻薬が隠匿されていることを否定する態度に
終始していたのであるから、麻薬が発見されなければこれをそのまま通関させよう
とする意思を有していたということができ、実行の着手があったということができ
る。原判決は、被告人が大蔵事務官に対し携帯品はない旨答えたことをもって通関
させようとの故意を喪失したかのように認定しているが、これはその後の経過と照
応せず、妥当ではない。
 また、被告人は、出入国管理及び難民認定法に基づき、特別審理官による口頭審
理を経て上陸禁止処分となる予定の者であったが、そのことは右の結論に影響を及
ぼすものではない。すなわち、東京入国管理局成田空港支局における上陸禁止処分
を受けた者(以下「上陸禁止者」という)に対する取扱いは、機内預託手荷物がな
く、即時(概ね二時間以内)に出国便の手配がついた者については、税関における
手荷物等の携帯品検査を受けさせることなく出国させることもあるが、それ以外
は、税関における携帯品検査を受けさせた上、上陸禁止者が搭乗してきた航空会社
の責任及び管理の下で、特別審理官が指定した東京入国管理局が管理する上陸防止
施設まで連行して留め置き、出発時に右上陸防止施設から当該出国便の搭乗口まで
連行して出国させることになっている。被告人の場合、搭乗できる出国便は、早く
とも到着日から二日後の五月三〇日午後一〇時発の乙航空第六四便であり、その間
は東京入国管理局が管理する上陸防止施設に収容されることになっており、本件に
おける税関の携帯品検査も、被告人を上陸防止施設に収容する予定の下に実施され
たものであった。上陸禁止者に対しても税関において携帯品検査の実施が必要であ
るのは、同局が管理する上陸防止施設が、千葉県成田市古込字古込一番地一新東京
国際空港第二旅客ターミナルビル二階の東京入国管理局成田空港支局上陸防止施
設、茨城県牛久市久野町一七六六番地の同支局牛久上陸防止施設等に所在してお
り、いずれも通関線の外に設けられていること、上陸禁止者の手荷物や携帯品は上
陸禁止者が管理支配し、上陸防止施設への携行が認められていること、偽造旅券等
を行使して不法に本邦に入国しようとする上陸禁止者の中には、麻薬等の禁制品を
輸入しようとする者が少なくない上、上陸防止施設への連行が、民間の航空会社の
管理及び責任に委ねられ、しかも手錠等の戒具使用を許されない不完全な身体的拘
束状態のまま行われるため、逃走したり、隠匿物を本邦内の共犯者等に引き渡すな
どの行為に及ぶおそれが高いことなどの理由からである。
 3 そうすると、関税法違反の点につき無罪としている原判決には、事実の誤認
があることになり、この誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかである。論旨は理
由があり、予備的主張である訴訟手続の法令違反の主張について判断するまでもな
く、原判決は破棄を免れない。
 二 破棄自判
 よって、刑訴法三九七条一項により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書に従
い、被告事件について更に以下のとおり判決する。
 (罪となるべき事実)
 被告人は、自称甲なる者と共謀の上、みだりに、営利の目的で、麻薬を本邦に輸
入しようと企て、麻薬であるコカインの塩酸塩(白色の粉末)三四二五・三三グラ
ム(当庁平成八年押第四四六号の一ないし10は鑑定後の残量)を一〇個に小分け
してそれぞれを透明のビニールで包むなどした上、これらをスーツケースの上蓋内
及び下蓋内の底部に隠匿し、被告人が平成八年五月二七日午前零時(現地時間)こ
ろ、ブラジル連邦共和国a市のb国際空港において、乙航空第六三便に搭乗するに
当たり、右スーツケースを、千葉県成田市所在の新東京国際空港までの機内預託手
荷物として右b国際空港作業員に運送委託し、情を知らない同空港作業員らをし
て、同月二八日午後一時四〇分(日本時間)ころ、同便により新東京国際空港第六
三番駐機場に運送させた上、そのころ同航空機から機外に搬出、取り降ろさせて右
麻薬を本邦内に持ち込み、もって、麻薬であるコカインの塩酸塩を本邦に輸入する
とともに、同日午後二時四五分ころ、同空港内東京税関成田税関支署第二旅客ビル
旅具検査場において、携帯品検査を受けるに際し、右のとおり麻薬を携帯している
にもかかわらず、同支署税関職員に対しその事実を秘して申告しないまま同検査場
を通過して輸入禁制品である麻薬を輸入しようとしたが、同支署税関職員に発見さ
れたため、その目的を遂げなかったものである。
 (証拠の標目)(省略)
 (法令の適用)
 被告人の判示所為中、営利の目的による麻薬輸入の点は刑法六〇条、麻薬及び向
精神薬取締法六五条二項、一項一号に、輸入禁制品に当たる貨物である麻薬輸入未
遂の点は刑法六〇条、関税法一〇九条二項、一項、関税定率法二一条一項一号にそ
れぞれ該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五
四条一項前段、一〇条により一罪として重い麻薬及び向精神薬取締法違反罪の刑で
処断することとし、情状により所定刑中懲役刑及び罰金刑を選択し、その刑期及び
金額の範囲内で被告人を懲役六年及び罰金一〇〇万円に処し、刑法二一条を適用し
て原審における未決勾留日数中四〇日を右懲役刑に算入し、右罰金を完納すること
ができないときは、同法一八条により金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を
労役場に留置し、押収してあるコカイン一〇袋(当庁平成八年押第四四六号の1な
いし10)は、営利目的による麻薬輸入の罪に係る麻薬で、いずれも犯人が所持す
るものであるから、麻薬及び向精神薬取締法六九条の三第一項本文によりこれらを
没収し、原審及び当審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項ただし書により被告
人に負担させないこととする。 よって、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 香城敏麿 裁判官 佐藤公美 裁判官 坂井満)

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