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主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
以下,国民年金法を「法」といい,法の改正の表記は別表による。
第1上告代理人新井章ほかの上告理由第1点,第4点のうち昭和60年改正前
の法7条2項8号,平成元年改正前の法7条1項1号イの規定等の憲法14条及び
25条違反をいう部分について
1法30条1項1号は,障害基礎年金(昭和60年改正前は障害年金。以下,
上記の障害基礎年金と障害年金を「障害基礎年金等」という。)につき,傷病の初
診日において国民年金の被保険者であることを受給要件として定めている。
法は,原則として,日本国内に住所を有する20歳以上60歳未満の者につき,
当然に国民年金の被保険者となるものとしている(昭和60年改正前の法7条1
項,法7条1項1号。いわゆる強制加入。以下,強制加入による被保険者を「強制
加入被保険者」という。)が,平成元年改正前の法は,このうちの高等学校の生
徒,大学の学生など所定の生徒又は学生(ただし,定時制の課程,通信制の課程又
は夜間の学部等に在学する生徒又は学生を除く。以下「20歳以上の学生」とい
う。)につき,その例外とし(昭和60年改正前の法7条2項8号,平成元年改正
前の法7条1項1号イ。以下,これらの規定を「強制加入例外規定」という。),
本人の都道府県知事への申出によって国民年金の被保険者となることのできる任意
加入を認めていた(昭和60年改正前の法附則6条1項,平成元年改正前の法附則
5条1項1号)。
また,法は,強制加入被保険者に対しては,保険料納付義務の免除に関する規定
(法89条,平成12年改正前の法90条。以下,これらの規定を「保険料免除規
定」という。)を設け,これによる免除を受けた者に対しても所定の要件の下で障
害基礎年金等を支給することとしている(昭和60年改正前の法30条1項1号,
昭和60年法律第34号附則20条1項,法30条1項ただし書)が,任意加入に
より国民年金の被保険者となった者(以下「任意加入被保険者」という。)につい
ては,保険料免除規定の適用を認めず(昭和60年改正前の法附則6条6項,平成
12年改正前の法附則5条10項),任意加入被保険者は,保険料を滞納し所定の
期限までに納付しないときは,被保険者の資格を喪失することとしている(昭和6
0年改正前の法附則6条5項4号,法附則5条6項4号)。
このため,平成元年改正前の法の下においては,20歳以上の学生は,国民年金
に任意加入して保険料を納付していない限り,傷病により障害の状態にあることと
なっても,初診日において国民年金の被保険者でないため障害基礎年金等の支給を
受けることができない。また,保険料負担能力のない20歳以上60歳未満の者の
うち20歳以上の学生とそれ以外の者との間には,上記の国民年金への加入に関す
る取扱いの区別及びこれに伴う保険料免除規定の適用に関する区別(以下,これら
を併せて「加入等に関する区別」という。)によって,障害基礎年金等の受給に関
し差異が生じていたことになる。
2国民年金制度は,憲法25条の趣旨を実現するために設けられた社会保障上
の制度であるところ,同条の趣旨にこたえて具体的にどのような立法措置を講じる
かの選択決定は,立法府の広い裁量にゆだねられており,それが著しく合理性を欠
き明らかに裁量の逸脱,濫用とみざるを得ないような場合を除き,裁判所が審査判
断するのに適しない事柄であるといわなければならない。もっとも,同条の趣旨に
こたえて制定された法令において受給権者の範囲,支給要件等につき何ら合理的理
由のない不当な差別的取扱いをするときは別に憲法14条違反の問題を生じ得るこ
とは否定し得ないところである(最高裁昭和51年(行ツ)第30号同57年7月
7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁参照)。
3国民年金制度は,老齢,障害又は死亡によって国民生活の安定が損なわれる
ことを国民の共同連帯によって防止することを目的とし,被保険者の拠出した保険
料を基として年金給付を行う保険方式を制度の基本とするものであり(法1条,8
7条),雇用関係等を前提とする厚生年金保険法等の被用者年金各法の適用対象と
なっていない者(農林漁業従事者,自営業者等)を対象とする年金制度として創設
されたことから,強制加入被保険者の範囲を,就労し保険料負担能力があると一般
に考えられる年齢によって定めることとし,他の公的年金制度との均衡等をも考慮
して,原則として20歳以上60歳未満の者としたものである(昭和60年改正前
の法7条1項)。そして,国民共通の基礎年金制度を導入し被用者年金各法の被保
険者等をも国民年金の強制加入被保険者とすることとした昭和60年改正において
も,第1号被保険者(平成元年改正前の法7条1項1号)の範囲を原則として上記
の年齢によって定めることとしたものである。
学生(高等学校等の生徒を含む。以下同じ。)は,夜間の学部等に在学し就労し
ながら教育を受ける者を除き,一般的には,20歳に達した後も稼得活動に従事せ
ず,収入がなく,保険料負担能力を有していない。また,20歳以上の者が学生で
ある期間は,多くの場合,数年間と短く,その間の傷病により重い障害の状態にあ
ることとなる一般的な確率は低い上に,多くの者は卒業後は就労し,これに伴い,
平成元年改正前の法の下においても,被用者年金各法等による公的年金の保障を受
けることとなっていたものである。一方,国民年金の保険料は,老齢年金(昭和6
0年改正後は老齢基礎年金)に重きを置いて,その適正な給付と保険料負担を考慮
して設定されており,被保険者が納付した保険料のうち障害年金(昭和60年改正
後は障害基礎年金)の給付費用に充てられることとなる部分はわずかであるとこ
ろ,20歳以上の学生にとって学生のうちから老齢,死亡に備える必要性はそれほ
ど高くはなく,専ら障害による稼得能力の減損の危険に備えるために国民年金の被
保険者となることについては,保険料納付の負担に見合う程度の実益が常にあると
まではいい難い。さらに,保険料納付義務の免除の可否は連帯納付義務者である被
保険者の属する世帯の世帯主等(法88条2項)による保険料の納付が著しく困難
かどうかをも考慮して判断すべきものとされていること(平成12年改正前の法9
0条1項ただし書)などからすれば,平成元年改正前の法の下において,学生を強
制加入被保険者として一律に保険料納付義務を負わせ他の強制加入被保険者と同様
に免除の可否を判断することとした場合,親などの世帯主に相応の所得がある限
り,学生は免除を受けることができず,世帯主が学生の学費,生活費等の負担に加
えて保険料納付の負担を負うこととなる。
他方,障害者については障害者基本法等による諸施策が講じられており,生活保
護法に基づく生活保護制度も存在している。
これらの事情からすれば,平成元年改正前の法が,20歳以上の学生の保険料負
担能力,国民年金に加入する必要性ないし実益の程度,加入に伴い学生及び学生の
属する世帯の世帯主等が負うこととなる経済的な負担等を考慮し,保険方式を基本
とする国民年金制度の趣旨を踏まえて,20歳以上の学生を国民年金の強制加入被
保険者として一律に保険料納付義務を課すのではなく,任意加入を認めて国民年金
に加入するかどうかを20歳以上の学生の意思にゆだねることとした措置は,著し
く合理性を欠くということはできず,加入等に関する区別が何ら合理的理由のない
不当な差別的取扱いであるということもできない。
確かに,加入等に関する区別によって,前記のとおり,保険料負担能力のない2
0歳以上60歳未満の者のうち20歳以上の学生とそれ以外の者との間に障害基礎
年金等の受給に関し差異が生じていたところではあるが,いわゆる拠出制の年金で
ある障害基礎年金等の受給に関し保険料の拠出に関する要件を緩和するかどうか,
どの程度緩和するかは,国民年金事業の財政及び国の財政事情にも密接に関連する
事項であって,立法府は,これらの事項の決定について広範な裁量を有するという
べきであるから,上記の点は上記判断を左右するものとはいえない。
そうすると,平成元年改正前の法における強制加入例外規定を含む20歳以上の
学生に関する上記の措置及び加入等に関する区別並びに立法府が平成元年改正前に
おいて20歳以上の学生について国民年金の強制加入被保険者とするなどの所論の
措置を講じなかったことは,憲法25条,14条1項に違反しない。
以上は,前記大法廷判決及び最高裁昭和37年(オ)第1472号同39年5月
27日大法廷判決・民集18巻4号676頁の趣旨に徴して明らかである。これと
同旨の原審の判断は正当として是認することができる。論旨は採用することができ
ない。
第2同第2点,第4点のうち20歳以上の学生に対し無拠出制の年金を支給す
る旨の規定を設けるなどの措置を講じなかった立法不作為の憲法14条及び25条
違反をいう部分について
1法30条の4(昭和60年改正前の法57条)は,傷病の初診日において2
0歳未満であった者が,障害認定日以後の20歳に達した日において所定の障害の
状態にあるとき等には,その者(以下「20歳前障害者」という。)に対し,障害
の状態の程度に応じて,いわゆる無拠出制の障害基礎年金(昭和60年改正前は障
害福祉年金。以下,上記の障害基礎年金と障害福祉年金を「20歳前障害者に対す
る障害基礎年金等」という。)を支給する旨を定めている。
国民年金の被保険者資格を取得する年齢である20歳に達する前に疾病にかかり
又は負傷し,これによって重い障害の状態にあることとなった者については,その
後の稼得能力の回復がほとんど期待できず,所得保障の必要性が高いが,保険原則
の下では,このような者は,原則として,給付を受けることができない。20歳前
障害者に対する障害基礎年金等は,このような者にも一定の範囲で国民年金制度の
保障する利益を享受させるべく,同制度が基本とする拠出制の年金を補完する趣旨
で設けられた無拠出制の年金給付である。
2無拠出制の年金給付の実現は,国民年金事業の財政及び国の財政事情に左右
されるところが大きいこと等にかんがみると,立法府は,保険方式を基本とする国
民年金制度において補完的に無拠出制の年金を設けるかどうか,その受給権者の範
囲,支給要件等をどうするかの決定について,拠出制の年金の場合に比べて更に広
範な裁量を有しているというべきである。また,20歳前障害者は,傷病により障
害の状態にあることとなり稼得能力,保険料負担能力が失われ又は著しく低下する
前は,20歳未満であったため任意加入も含めおよそ国民年金の被保険者となるこ
とのできない地位にあったのに対し,初診日において20歳以上の学生である者
は,傷病により障害の状態にあることとなる前に任意加入によって国民年金の被保
険者となる機会を付与されていたものである。これに加えて,前記のとおり,障害
者基本法,生活保護法等による諸施策が講じられていること等をも勘案すると,平
成元年改正前の法の下において,傷病により障害の状態にあることとなったが初診
日において20歳以上の学生であり国民年金に任意加入していなかったために障害
基礎年金等を受給することができない者に対し,無拠出制の年金を支給する旨の規
定を設けるなどの所論の措置を講じるかどうかは,立法府の裁量の範囲に属する事
柄というべきであって,そのような立法措置を講じなかったことが,著しく合理性
を欠くということはできない。また,無拠出制の年金の受給に関し上記のような2
0歳以上の学生と20歳前障害者との間に差異が生じるとしても,両者の取扱いの
区別が,何ら合理的理由のない不当な差別的取扱いであるということもできない。
そうすると,上記の立法不作為が憲法25条,14条1項に違反するということは
できない。
以上は,前記各大法廷判決の趣旨に徴して明らかである。これと同旨の原審の判
断は,正当として是認することができ,論旨は採用することができない。
第3その余の上告理由について
その余の上告理由は,違憲をいうが,原判決の結論に影響しない事項についての
違憲を主張するもの又はその実質は単なる法令違反をいうものであって,民訴法3
12条1項及び2項に規定する事由のいずれにも該当しない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官津野修裁判官今井功裁判官中川了滋裁判官
古田佑紀)
別表
昭和60年改正昭和60年法律第34号による改正
平成元年改正平成元年法律第86号による改正
平成12年改正平成12年法律第18号による改正

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