弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件抗告を棄却する。
         理    由
 弁護人上田國廣外六名及び申立人本人の各抗告趣意は、いずれも、憲法違反、判
例違反をいう点を含め、実質は単なる法令違反、事実誤認の主張であって、刑訴法
四三三条の抗告理由に当たらない。
 所論にかんがみ、職権をもって判断すると、所論引用の各証拠が同法四三五条六
号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に当たらないとした原決定の判断は、
これを是認することができる。その理由は、以下のとおりである。
 一 本件再審請求の対象である第一審判決(以下「確定判決」ともいう。)が認
定した強盗殺人、同未遂、現住建造物放火の罪となるべき事実の要旨は、次のとお
りである。すなわち、申立人は、Aとの間で、申立人の以前の稼働先である福岡市
内のB株式会社C店に押し入り宿直員を殺害して金品を強取し同店に放火して犯跡
を隠蔽することを計画して、共謀の上、昭和四一年一二月五日午後一〇時ころ、同
店営業部事務室において、宿直中のD及びEに対し、玩具のけん銃と登山用ナイフ
を突き付けるなどして金銭を要求し、これに従おうとしない両名を計画どおり殺害
しようと決意して、Dの頭部を小型ハンマーで強打するなどし、その反抗を抑圧し
て現金合計二二万一〇〇〇円等を強取するとともに、Eの首を電熱器用コードで締
め上げ、両名の頭部等を右小型ハンマーで殴打するなどの暴行を加えて両名に瀕死
の重傷を負わせた。そして、かねてからの計画どおり、同店(木造瓦葺二階建店舗)
に火を放って焼燬し、右宿直員両名を窒息死あるいは焼死させて犯跡を隠蔽しよう
と企て、Aが同事務室内の棚に積み上げられていた多数の商品カタログ紙を取り出
して同室内一面にまき散らし、申立人が侵入前から点火されていた同事務室内の石
油ストーブを、火炎の部分を覆っていた金属製防護網を取り外した上で、反射鏡が
上になり火炎の部分が下になるように足蹴にして横転させ、Aに命じて右ストーブ
の火炎が同事務室内の机等に燃え移っていることを確認させた上で同人とともにそ
の場から逃走し、よって、Dらが現在する同店を半焼させるなどして焼燬するとと
もに、Dを前記暴行による高度の脳挫傷及び一酸化炭素中毒によりその場で死亡さ
せて殺害したが、Eに対しては加療約五箇月を要する陥没骨折を伴う前額部、右側
頭部の各挫創等の傷害を負わせたにとどまり、殺害するに至らなかった。
 二 申立人は、逮捕直後から右事実を全面的に認め、公判においてもこの自白を
維持して、第一審において死刑の宣告を受けた。申立人は、この第一審判決を不服
として控訴し、控訴審において、死刑制度の違憲性、心神耗弱、量刑不当等の主張
に加え、放火の犯意についても争ったが、第一審判決挙示の証拠により十分これを
認めることができるとして、その主張は排斥され、上告も棄却されて、第一審判決
が確定した。
 三 本件再審請求においても、申立人が強盗殺人、同未遂の犯行に及んだことに
は争いがなく、本件再審請求は、前記各犯罪事実のうち、現住建造物放火の点のみ
を否定し、火災の真の原因は事務室内で燃焼中の石油ストーブ(以下「本件ストー
ブ」という。)が直立したままの状態で異常燃焼したことによるものであるとして、
この点について申立人を無罪とすべき明らかな証拠を新たに発見したと主張するも
のである。右放火の罪は、確定判決において強盗殺人、同未遂の罪と一個の行為で
三個の罪名に触れる観念的競合の関係にあるものとして処断されたものであるとこ
ろ、このように確定判決において科刑上一罪と認定されたうちの一部の罪について
無罪とすべき明らかな証拠を新たに発見した場合は、その罪が最も重い罪ではない
ときであっても、主文において無罪の言渡しをすべき場合に準じて、刑訴法四三五
条六号の再審事由に当たると解するのが相当である。
 四 原決定は、確定判決が放火の方法に関し燃焼中の本件ストーブを足蹴にして
横転させたと認定したことについて、原審における検証調書等によれば、本件スト
ーブを蹴り付けて横転させようとしても、ストーブは重心が低く設計されているた
め床面を前方に滑るだけで容易に転倒させることができず、また、所論引用の新た
な証拠であるF作成の「GKV202石油ストーブ実験結果のまとめ」と題する書
面及び原原審における証人Fの尋問調書等によれば、本件ストーブを横転させると
裏蓋が開いて給油タンクがストーブ本体から外れてしまい、本件ストーブの発見時
のように給油タンクが納まったままの状態で横転させることはできないことから、
確定判決の右認定には合理的な疑いを生じたとしている。その上で、原決定は、放
火の方法について更に検討を加え、申立人及びAの各自白を含む関係証拠、とりわ
け確定判決を言い渡した裁判所に提出されていた福岡県警察技術吏員H作成の鑑定
書、再審請求後に検察官から提出された同技術吏員I作成の鑑定書二通等によれば、
申立人が本件ストーブをその前面下部の扉部分が床面に接するように設置して火を
放ったことを認定することができるとし、申立人が本件ストーブを故意に転倒させ、
その火を机等に燃え移らせて放火の犯行に及んだことに変わりがないから、無罪を
言い渡すべき場合に当たらないと判示し、本件再審請求を棄却している。
 五 記録に徴すれば、原決定の右判断は、結論において正当として是認すること
ができる。すなわち、申立人の自白のほか、共犯者Aの供述、本件ストーブや防護
網の発見状況、現場の焼燬状況等を総合すれば、原決定のように本件ストーブを前
傾した状態に設置したとまで認定すべきか否かはともかくとしても、申立人及びA
が、事務室内にあった燃焼中の本件ストーブを防護網を取り外して移動させ、その
火力を利用して室内の机等に燃え移らせるようにして火を放ち、その場から逃走し
たことは、動かし難いところであるから、申立人に現住建造物放火罪が成立するこ
とは明らかである。
 所論は、確定判決の判示した放火の具体的方法が実行可能であることについて合
理的な疑いを生ずるに至ったのであるから、再審事由に該当すると主張している。し
かし、放火の方法のような犯行の態様に関し、詳しく認定判示されたところの一部
について新たな証拠等により事実誤認のあることが判明したとしても、そのことに
より更に進んで罪となるべき事実の存在そのものに合理的な疑いを生じさせるに至
らない限り、刑訴法四三五条六号の再審事由に該当するということはできないと解
される。本件においては、確定判決が詳しく認定判示した放火の方法の一部に誤認
があるとしても、そのことにより申立人の現住建造物放火の犯行について合理的な
疑いを生じさせるものでないことは明らかであるから、所論は採用することができ
ない
 六 前記福山晴夫作成の鑑定書は、確定判決を言い渡した裁判所の審理中に提出
されたが、確定判決にはその標目が示されなかった証拠であり、また、原審におけ
る検証調書及び前記I作成の鑑定書は、本件再審請求の後に初めて得られた証拠で
ある。所論は、確定判決に標目が挙示されなかった証拠や再審請求後に提出された
証拠を考慮して再審請求を棄却することは許されないと主張する。しかし、刑訴法
四三五条六号の再審事由の存否を判断するに際しては、F作成の前記書面等の新証
拠とその立証命題に関連する他の全証拠とを総合的に評価し、新証拠が確定判決に
おける事実認定について合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性
のある証拠(最高裁昭和四六年(し)第六七号同五〇年五月二〇日第一小法廷決定・
刑集二九巻五号一七七頁、最高裁昭和四九年(し)第一一八号同五一年一〇月一二
日第一小法廷决定・刑集三〇巻九号一六七三頁、最高裁平成五年(し)第四〇号同
九年一月二八日第三小法廷決定・刑集五一巻一号一頁参照)であるか否かを判断す
べきであり、その総合的評価をするに当たっては、再審請求時に添付された新証拠
及び確定判決が挙示した証拠のほか、たとい確定判決が挙示しなかったとしても、
その審理中に提出されていた証拠、更には再審請求後の審理において新たに得られ
た他の証拠をもその検討の対象にすることができるものと解するのが相当である。原
決定は、これと同旨の見解の下に、刑訴法四三五条六号の再審事由の存否について
判断したものであるから、正当である。
 七 以上のとおり、所論引用の新証拠のほか、再審請求以降において新たに得ら
れた証拠を含む他の全証拠を総合的に評価しても、申立人が放火の犯行に及んだこ
とに合理的な疑いが生じていないことは明らかであるから、所論引用の新証拠が刑
訴法四三五条六号にいう証拠の明白性を欠くとして本件再審請求を棄却すべきもの
とした原決定の判断は、正当であり、是認することができる。
 よって、同法四三四条、四二六条一項により、裁判官全員一致の意見で、主文の
とおり決定する。
  平成一〇年一〇月二七日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    金   谷   利   廣
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    千   種   秀   夫
            裁判官    尾   崎   行   信
            裁判官    元   原   利   文

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