弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
     原判決中上告人の敗訴部分を破棄する。
     前項の部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
     被上告人は、上告人に対し、二二八四万円及びこれに対する昭和五八年
六月三〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
     前項の裁判に関する費用は被上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人森本寛美、同高野裕士、同木村一美、同原田知彦、同北村輝雄、同滝
本英明の上告理由第一について
 一 原審は、被上告人が大阪環状線福島駅において両足切断の傷害を負うに至る
までの経緯を次のとおり確定した。
  被上告人は、旧制中学校卒業ころから視力が衰え、昭和四五年ころ交通事故に
あつてから、左眼は失明、右眼は眼前での手動を弁識できる程度の視力の状態にあ
つた。被上告人は、大阪で就職するため、昭和四八年八月一六日博多駅を夜行列車
で発ち、翌一七日午前一〇時ころ大阪駅に到着し、以前働いたことのある工務店に
電話したが盆休みで連絡がつかないため、天王寺駅近くで食事し、酒を一合飲んで、
公園のベンチで三、四時間午睡ののち、環状線に乗つて福島駅で降り、友人に会お
うとしたが明日にしようと考え直し、再度電車に乗ろうとホームに戻つたところ、
ホーム側端から足を踏み外して線路上に転落し、折から進入してきた電車に両脚を
轢過され、両脚切断の重症を負つた(以下「本件事故」という。)。
 そして、原審は、大要次のとおり認定判断して、本件事故によつて被上告人に生
じた損害について、上告人に国家賠償法二条一項に基づく損害賠償責任があるもの
と認めた。
 1 点字ブロツクは昭和四〇年に、点字タイルは昭和四一年に、岡山市の財団法
人安全交通試験研究センター(以下「安全センター」という。)によつて開発され
た。点字ブロツクは、縦、横各三〇センチメートル、厚さ五・五センチメートルの
コンクリートブロツクの台座に硬質の骨材でできた高さ〇・五センチメートル、直
径三・五センチメートルの半球状突起を縦横各六列に合計三六個取り付けたもので
あり、点字タイルは、コンクリートブロツクの代わりに厚さ〇・二センチメートル
の塩化ビニールのタイルが使用されているものである(ただし、規格が右のものと
異なるものもある。)。点字ブロツク及び点字タイル(以下「点字ブロツク等」と
いう。)は、帯状に並べて敷設し、足裏又は白杖による手指の感覚により、視力障
害者の歩行を誘導するためのものであつて、これを駅のホーム上の白線内に敷設す
れば、視力障害者がホーム側端の位置を容易に知覚することができ、転落事故の発
生を防止しうる機能をもつものである。
 2 安全センターは、点字ブロツク等の開発後直ちにその普及活動に入り、パン
フレツトやカタログ等を上告人を始めとしてその他の公営交通機関、私鉄、地方公
共団体、建設省等に送付して点字ブロツク等の採用を要請してきたし、昭和四七年
一一月には上告人旅客局の担当係員に対し点字ブロツク等の詳細な説明をしたり、
更に、昭和四八年二月一日の国鉄山手線高田馬場駅ホームでの転落事故後の昭和四
八年三月に、上告人の東京西鉄道管理局の係員に対し同様の説明を行つたりして、
ホームに敷設することの有効性を改めて強調した。
 3 昭和四三年から昭和四六年までに、盲人交通安全連絡会、日本盲人社会福祉
施設協議会、岡山県盲人協会及び京都府盲人協会が、上告人に対し、点字ブロツク
等の敷設の要望をした。
 4 昭和四六年三月当時、点字ブロツクは五六の、点字タイルは四一の各都市で
既に採用されていたが、その後昭和四八年ころから急速に普及した。
 5 上告人は、本件事故の昭和四八年八月当時、大阪及び天王寺各鉄道管理局管
内では、近くに盲学校のある阪和線我孫子駅と紀伊駅、紀勢本線の和歌山駅の各ホ
ームに点字ブロツク等を敷設しただけで、その他の駅のホームにはこれを敷設して
いなかつた。
 6 点字ブロツク等を敷設するためには、巨額の費用を要するものではなく、本
件事故が発生した昭和四八年当時、三〇センチメートル四方の点字ブロツク一枚の
価格は工事費を含めて四八〇円位、同様の大きさの点字タイルのそれは六〇〇円位
であつたし、特に点字タイルは接着剤でホームに貼付すれば足りるから工事も簡単
であり、一、二番線合わせて三六〇メートルの福島駅ホームに敷設するには一日も
あれば足りる。
 7 本件事故当時、福島駅は、一日に、乗降客が約二万六〇〇〇人いる(そのう
ち視力障害者の数は定かではない。)。
 8 福島駅ホームは、島式ホームで、かつ、高架のため周囲の騒音が入り乱れる
うえ、ホーム上には多くの障害物があるため、視力障害者が転落する危険性が極め
て高い。旅客掛も転落防止、救護の時間的余裕がない。また、電車の運転士からは
見通しが悪く、視力障害者は迅速な退避行動をとれないから、転落の場合は重大な
結果に至る可能性がある。したがつて、福島駅ホームには、視力障害者が足裏や白
杖による手指の感覚によつてホーム側端の位置を知覚し、自ら転落を避けうる設備
を必要不可欠としていた。そして、本件事故当時、このような設備として既に点字
ブロツク等が開発されており、上告人は、このことをよく承知していて、しかも容
易にこれを敷設することができたにもかかわらず、他の少数の駅に敷設しただけで、
福島駅には敷設しないまま放置していたのであるから、福島駅のホームは、通常有
すべき安全性を欠き、設置管理に瑕疵があつた。
 9 本件事故当時、被上告人は、福島駅のホームをすり足で歩行していたのに、
点字ブロツク等が敷設されていなかつたためにホーム側端に気付かず転落したので
あるから、本件事故は右瑕疵により発生したというべきである。
 二 ところで、国家賠償法二条一項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵とは、営
造物が通常有すべき安全性を欠く状態をいい、かかる瑕疵の存否については、当該
営造物の構造、用法、場所的環境及び利用状況等諸般の事情を総合考慮して具体的
個別的に判断すべきものである(最高裁昭和五一年(オ)第三九五号同五六年一二
月一六日大法廷判決・民集三五巻一〇号一三六九頁、同昭和五三年(オ)第七六号
同年七月四日第三小法廷判決・民集三二巻五号八〇九頁、同昭和五三年(オ)第四
九二号、第四九三号、第四九四号同五九年一月二六日第一小法廷判決・民集三八巻
二号五三頁参照)。そして、点字ブロツク等のように、新たに開発された視力障害
者用の安全設備を駅のホームに設置しなかつたことをもつて当該駅のホームが通常
有すべき安全性を欠くか否かを判断するに当たつては、その安全設備が、視力障害
者の事故防止に有効なものとして、その素材、形状及び敷設方法等において相当程
度標準化されて全国的ないし当該地域における道路及び駅のホーム等に普及してい
るかどうか、当該駅のホームにおける構造又は視力障害者の利用度との関係から予
測される視力障害者の事故の発生の危険性の程度、右事故を未然に防止するため右
安全設備を設置する必要性の程度及び右安全設備の設置の困難性の有無等の諸般の
事情を総合考慮することを要するものと解するのが相当である。
 そこで、右の点について検討するに、原審が本件事故当時の点字ブロツク等の標
準化及び普及の程度についてどのように認定したのかは明確でない。のみならず、
記録によれば、甲第三五号証(昭和五〇年三月に作成された「昭和四九年度建設技
術研究補助金による道路における盲人の誘導システム等に関する研究報告書」。こ
れは、建設省昭和四九年度建設技術研究補助金による研究委員会(その委員には、
厚生省国立東京視力障害センター指導課長、警察庁交通局交通規制課課長補佐のほ
か、安全センターの職員も含まれている。)の研究の結果の報告書の抜粋である。)
には、点字ブロツク等が開発以来、盲人の歩行の安全に大きな効果を果たしてきた
が、まだ実用的応用の場も少なく、その素材、形状及び敷設方法等においても統一
されていない旨の記載がある。更に、一審証人I(安全センター理事)は、昭和四
五年に同人が関与した阪和線我孫子駅の点字タイルの敷設方法は完全なものではな
かつた旨並びに森の宮駅及び新今宮駅の各ホームに昭和五三年九月当時敷設されて
いた点字ブロツク等は、一辺が一五センチメートルの正方形のもので、敷設方法も
間隔を空けて並べてあるため、視力障害者のための安全設備としては不完全である
旨の証言をしており、また、一審証人J(上告人の職員、大阪鉄道管理局勤務)は、
昭和四九年ころまでに大阪近郊の私鉄や地下鉄等で点字ブロツク等が設置されてい
たのは、南海電鉄我孫子前駅及び地下鉄の長居駅しかなく、昭和五〇年以降それが
漸次増加してきている旨の証言をしている。そして、これらの証拠の内容からは、
点字ブロツク等が、昭和四八年八月の本件事故当時、視力障害者用の安全設備とし
ての普及度が低く、しかもその素材、形状及び敷設方法等において必ずしも統一さ
れていないことが窺えるのである。しかしながら、原審は、右各証拠の内容につい
て何らの配慮を示していない。
 更に、原審は、福島駅が島式ホームであつて、視力障害者にとつて危険な駅であ
ることを強調するが、福島駅のホームが視力障害者の利用度との関係で視力障害者
の事故の発生の危険性が高かつたか否かについても検討を加えていない。
 そうすると、右の諸点を検討しないで、本件事故当時福島駅のホームに点字ブロ
ツク等が敷設されていなかつたことをもつて、福島駅のホームが通常有すべき安全
性を欠き、その設置管理に瑕疵があつたとした原判決には、国家賠償法二条一項の
解釈適用を誤つたか、又は採証法則違背、審理不尽、理由不備の違法があるものと
いうべきであり、この違法は判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、
論旨は、理由がある。
 以上によれば、原判決中、上告人の敗訴部分は、その余の論旨につき判断するま
でもなく破棄を免れない。そして、更に審理を尽くさせるため、右破棄部分につき、
本件を原審に差し戻すのが相当である。
 上告人の民訴法一九八条二項の規定による裁判を求める申立について
 上告人は、本判決末尾添付の申立書記載のとおり民訴法一九八条二項の裁判を求
める申立をし、その理由として陳述した同申立書記載の事実関係は被上告人の争わ
ないところである。そして、原判決中上告人の敗訴部分が破棄を免れないことは前
記説示のとおりであるから、右事実関係によれば、上告人が原判決の仮執行宣言に
基づいて給付した二二八四万円及びこれに対する右支払の日の翌日である昭和五八
年六月三〇日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による損害金につい
て、被上告人に対し、その支払を求める上告人の申立は正当として認容すべきであ
る。
 よつて、民訴法四〇七条、一九八条二項、八九条に従い、裁判官全員一致の意見
で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    安   岡   滿   彦
            裁判官    長   島       敦

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