弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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           主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役4年に処する。
原審における未決勾留日数中160日を上記の刑に算入する。
当審における訴訟費用は,全部被告人の負担とする。
           理由
1検察官の控訴の趣意は,検察官榊原一夫作成の控訴趣意書に,これに対する答
弁は,弁護人東島浩幸提出の答弁書に各記載のとおりであるから,これらを引用す
る。
2 検察官主張の論旨は,要するに,原判決は,平成13年4月12日付け起訴状
公訴事実の強盗致傷の訴因に対して,原判示第2,第3の窃盗及び傷害の事実を認
定し,「事実認定の補足説明」の項において,被告人が,A(以下,2においては
「被害者」という。)に対し加えた暴行の態様として,被害者の乗った自転車の前
荷かごに入ったバッグの肩紐を引っ張り,それにより被害者の自転車が倒れた後,
なお,バッグの肩紐を掴んで引っ張り,その後,被害者がしゃがみ込んだときに,
中腰の姿勢で,被害者の顔の左目近くのこめかみの辺りを右手の拳骨で続けて横か
ら2回殴ったことを認定しながら,原判示のような状況下で被害者に加えたその暴
行が,強盗の要件である被害者の反抗を抑圧するに足りる程度のものではないとし
て,窃盗と傷害の事実を認定しているが,被告人の前記暴行は,公訴事実記載のと
おり,被害者の反抗を抑圧したもので,強盗致傷罪にあたるから,原判決には,判
決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というのである。
 そこで検討するに,当裁判所は,被害者に対する本件暴行は,その反抗を抑圧す
るに足りるものであり,本件は強盗致傷罪に該当すると判断したので,以下説明す
る。
(1) 原判決挙示の関係証拠及び当審の事実取調べの結果によれば,本件の経緯は,
概ね原判決「事実認定の補足説明」の項の3記載のとおりであるほか,以下の事実
が認められる。
 ① 被告人は,平成13年3月8日から牛乳販売店に勤めたものの,3か月間は
固定給のみ支払われることになっていたため,返済日の迫ったサラ金への支払に困
り,引ったくりをすることを決意した。
 ② 被告人は,平成13年2月末ころから,盗んだ自転車に乗って,女性を狙っ
て引ったくりをするようになったが,本件までにこの種犯行を約6回したことがあ
る旨自認しており,その中で,自転車の前かごから相手のバッグなどを引ったくろ
うとしたとき,相手の女の人が自転車ごと倒れたことも経験していた。
 ③ そして,本件当日(3月21日)午後8時前に仕事を終え,自動車で佐賀市
に行き,犯行に使用する自転車を盗んだ上,それに乗って,引ったくりし易い女性
を物色していたところ,前かごにバッグを入れて自転車に乗った被害者を見つけ,
午後9時15分ころ,同女が国道から暗い脇道に入ったので,自転車の前かごに入
ったバッグを引ったくることにした。本件現場の状況について,被告人は,辺りに
人がいなかったし,暗かった,被害者の顔の輪郭が分かる程度の明るさだったと供
述している。
 ④ 被告人は,被害者の背後から,被害者の自転車を左側から追い抜きざま,被
害者の自転車の荷かごに入っていたショルダーバッグ(以下単に「バッグ」とい
う。)の肩紐を掴んでひったくって奪おうとしたのであるが,被害者は,盗難防止
のため,バッグの肩紐を同人の自転車のハンドルにかけていたため,その肩紐を強
く引っ張った力で被害者の自転車が左に倒れかかり,被告人の自転車と一緒に転倒
した。
 ⑤ その後,被告人と被害者は立ち上がり,互いにバッグの肩紐を握って引っ張
り合う状態になった。その後間もなく,被害者は,フェンスを背にして寄りかかる
状態で路上に尻餅をついた。被害者は,バッグを自分の方に引っ張った勢いと,被
告人が被害者を押した力とで,そのようになった旨述べる。しかし,被告人が,被
害者の体に手を掛けて「押した」という意味であるとすると,疑問の余地がある
(Aの当審証言ではそこまでは述べていない。)。むしろ,二人がバッグの肩紐を
引っ張り合っている際,被告人がその力を急に緩めたため,被害者が倒れたと考え
る方が合理的であるように思われる。
 ⑥ 被告人は,借金などで困っており,どうしてもお金が欲しかったので,被害
者がなおバッグを離さなかったため,被害者を殴ってでもそれを奪い取ろうと考
え,中腰の姿勢で,いきなり,被害者の顔面の左目近くのこめかみ付近を,右手拳
骨で2回続けて殴った。被害者は,殴られた後も,バッグの肩紐を手に握っていた
が,被告人がバッグの中に手を入れて,財布を奪った際,被害者はこれに抵抗しな
かった。この点,被告人は,バッグの中は全然まさぐったりしていない,財布が地
面に落ちているのが分かってそれを取って逃げた旨弁解するが,被害者が,バッグ
の中を探られたと述べていることと食い違っている。当該バッグは,正面から見れ
ば正方形に近く深みがあり,革製でそれ自体にかなり重さがあり,肩紐はバッグの
上方に付けられている。上方に取り出し口があり,同じ革製の簡単な止めひもが付
いているが,取り出し口全体を覆うものではない。このようなショルダーバッグの
形状等及び当時本件財布の他黒色バッグ,布製手提げバッグ,缶入りのウーロン茶
など中身がかなり密に入っていたことからすると,互いに肩紐を引き合った状態で
はバッグの中身が容易に落下しないと考えられる。被害者は,バッグの中身が飛び
出した事実はないと述べており,被告人も,財布以外の物が落下していたとは述べ
ておらず,記録を検討しても,バッグの中から飛び出した物があった形跡もないか
ら,被告人の弁解は信用できない。
 ⑦ 被害者は,被告人から顔面を殴られたとき,「目から火が出るような痛み」
を感じ,2回続けて殴られたので,これ以上抵抗すると,今度は蹴られるんじゃな
いか,もっとひどくたたかれるんじゃないかとか,そういう気がしたので,非常に
怖くなって,抵抗する気力がちょっとなえた旨供述している。本件直後,被害者の
左眼窩部に皮下出血があり,本件当日と3月24日の2回病院に通院して治療を受
け,顔面打撲症により1週間の加療を要すると診断された。被害者は,事件の翌
日,目の縁が青黒くなっており,仕事を休みたかったが,業者との約束があったた
め出勤した,腫れは4,5日続き,痛みは,被害の日から約1週間あった,また,
皮下出血による黒ずみが消えるまで2週間くらいかかったと述べる。
 ⑧ 被告人は,本件当時,身長約170センチ,体重約52キロ,26歳の男性
であり,被害者は,身長約150センチ,体重約45キロ,35歳の女性である。
(2) 以上の諸事実,特に,(ア)本件の犯行時刻は夜分であり,犯行場所が暗く,人
通りがなかったこと,(イ)被害者は女性であり,被告人と被害者には前記(1)⑧のよ
うに体格の差があること,(ウ)被告人は,自転車に乗った被害者の背後から,いき
なり自転車で接近し,バッグの肩紐を引っ張ったところ,その紐が被害者の自転車
のハンドルに通してあったため,被害者を自転車ごと転倒させたこと,(エ)被告人
は,被害者とバッグの肩紐を引っ張り合っている時に,被告人が急に引っ張る力を
緩め,被害者を道路際の金網に寄りかかる形で尻餅をつかせたので,被害者は身動
きをとりにくい状態になったと考えられること,(オ)被告人は,被害者がそれでも
バッグの肩紐を離さなかったことから,殴ってでも金品を奪取しようと考え,被害
者の左目付近を右手の拳骨で2回殴打し,被害者をひるませ,その隙にバッグ内に
手を入れて,財布を奪ったこと,(カ)被害者は,被告人から殴られた痛みのほか,
さらに暴行を受けるのではないかと,非常に怖かった旨述べていること等を総合す
ると,被告人の被害者に対する上記((ウ)ないし(オ))一連の暴行は,被害者の反
抗を抑圧するに足りるものと認められるから,被告人の行為は,強盗致傷罪に該当
すると認定できる。
(3)ア これに対し,原判決は,まず,被告人が被害者の顔面を拳骨で殴った行為
(以下「殴打行為」という。)について,相手方の反抗を抑圧するに足りる程度の
暴行があったといえるか疑問であり,被告人の殴打行為が被害者の抵抗能力や意欲
に大きな影響を与えたとはいえないとする。
 しかし,被告人の被害者に対する暴行は,前記のとおり,殴打行為を含む一連の
有形力の行使をもって理解すべきであり,殴打行為のみを切り離して評価するのは
相当ではない。また,殴打行為自体決して軽微なものといえず,被害者に恐怖感を
与えており(前記(1)の⑦),現に殴打行為の後は,被害者は,被告人がバッグの中
に手を入れて物色する行為を防ぐことができなかった。そうすると,被告人の殴打
行為は,いかに気丈であっても女性である被害者にとっては軽視しがたい心理的影
響力があり,結局一連の暴行により被害者の反抗を抑圧するに至ったと考えられ
る。
 イ また,原判決は,被告人は,かなり痩せており,外見上,弱々しく見えると
説示するが,被害者の立場からすれば,人通りのない,暗い脇道で,背後からいき
なり襲われて自転車を引き倒され,前記一連の暴行を加えられたもので,被害者よ
りも約20センチほど身長の高い男性から暴行を加えられたとの印象を持つのがむ
しろ自然であり,客観的にも前記一連の暴行を加える能力があったもので,被害者
に弱々しい印象を与えたとは認められない。
 ウ さらに,原判決は,本件犯行の時刻及び場所からみて,助けを求めれば誰か
が応じてくれる可能性があったから,強盗にはならないかのように説示している。
しかし,逆に言えば,被害者が,被告人から襲われ,財布を奪われて逃走するまで
は,救助する者が駆け付けた事実はなかったのである。
 エ また,原判決は,①凶器を使用していないこと,②被害者の身体に対する直
接の有形力行使が前記殴打行為に尽きること,③犯行に要した時間が短時間である
こと,④被害者に対し,脅迫的な言辞を述べていないことなどから,被告人の被害
者に対する暴行は,反抗を抑圧するに足るものではなかった旨説示しているが,①
③④は,それ自体が強盗不成立の決定的な要素であるとはいえず,②については,
被告人の被害者に対する一連の暴行の止めとして殴打行為をしたこと,暴行全体の
被害者に与えた影響力を正しく評価していないというべきである。
(4) そうすると,原判決が,被告人の被害者に対する行為を強盗致傷ではなく,窃
盗及び傷害に該当すると認定した点は,事実を誤認したものであり,これが判決に
影響を及ぼすことは明らかである。原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。
3 よって,原審は,原判示第2の傷害罪及び同第3の窃盗罪は,同第1の窃盗罪
と刑法45条前段の併合罪の関係にあるものとして1個の刑をもって処断している
から,刑訴法397条1項,382条により原判決の全部についてこれを破棄し,
同法400条ただし書に従いさらに判決する。
(罪となるべき事実)
 第1は,原判示第1事実を引用する。
 第2,被告人は,平成13年3月21日午後9時15分ころ,自転車で帰宅途中
のA(当時35歳)を認め,同女の自転車前かごに入れたショルダーバッグを引っ
たくろうと企て,佐賀市a町b番c号先路上において,同女の自転車を追い越しざ
まに,前記ショルダーバッグを引っ張り奪取しようとしたが,同バッグの紐が同自
転車ハンドルにかけられていたため,同女を自転車もろとも路上に転倒させ,立ち
上がった同女と同バッグの紐の引っ張り合いとなった後再度同女を転倒させ,さら
に同女の左顔面を右手拳で2回殴打するなどの暴行を加えて同女の反抗を抑圧し,
よって,同女から同女所有の現金1万2000円ほか3点在中の財布1個(時価約
5000円相当)を強取し,その際,前記暴行により,同女に加療約1週間を要す
る顔面打撲症の傷害を負わせたものである。
 (証拠の標目)(省略)
(法令の適用)
 被告人の判示第1の所為は,刑法235条に,判示第2の所為は同法240条前
段に該当するところ,判示第2の所定刑中有期懲役刑を選択し,以上は同法45条
前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により,重い判示第2の罪の刑
に同法14条の制限内で法定の加重をし,なお犯情を考慮し,同法66条,71
条,68条3号を適用して酌量減軽した刑期の範囲内で,後述する情状を考慮し
て,被告人を懲役4年に処し,同法21条を適用して原審における未決勾留日数中
160日をその刑に算入し,刑事訴訟法181条1項本文により,当審における訴
訟費用は全部被告人に負担させることとする。
(量刑の事情)
 本件は,被告人が,女性の自転車の前かごから現金などが入った手提げバッグを
引ったくり窃取し(判示第1),また,前同様の引ったくりをしようとしたが,バ
ッグの紐がハンドルに通してあったため奪えず,判示のような暴行を加えてバッグ
内の財布を強取し,その際,判示の傷害を負わせた(判示第2)いう事案である。
 本件の罪質,動機,態様,結果等をみると,とくに,判示第2の犯行は,バッグ
の奪取を防ごうとした被害者に対し,判示のような暴行を加えて傷害を負わせたも
ので,特に殴打行為は被害者の左目付近を手拳で2回殴ったもので危険な犯行であ
る。そして,女性である被害者の顔面に判示のような傷害を負わせ,肉体的苦痛の
他,短くない期間仕事上も支障が生じているばかりか,被害者に与えた精神的打撃
も無視できず,被害者が,捜査機関に対し,被告人の厳重処罰を求めていたのはも
っともである。被告人は,福岡県柳川市から佐賀市まで自動車で乗り付け,犯行に
使用する自転車を盗んだ上,夜間,奪取しやすい女性を物色してひったくりを連続
的に敢行していたもので,本件は,計画的かつ常習的な犯行である。その動機は,
遊興費等に充てるためにサラ金から借金し,その返済に充てる金が欲しかったなど
というもので,特に酌むべき事情はない。加えて,被告人の本件に対する態度をみ
ると,法的評価について争うことはともかくとしても,捜査段階及び原審を通じて
認めていた事実を当審になって否認するなど,反省に乏しい面も窺われる。このよ
うな諸点を考慮すると,被告人の犯情は良いものではなく,被告人の刑事責任は重
いというべきである。
 他方,被告人は,判示第2事実において,初めから強盗を企図していたものとは
認められないこと,判示第1の被害者との間で示談が成立し,同人は,被告人を宥
恕する旨表明していること,判示第2の被害品については,犯行直後逮捕されたこ
とから,被害者に返還されていること,同被害者に負わせた傷害の程度は,幸い重
傷ではないこと,被告人にはこれまで前科がないこと,両親が今後の被告人の監督
を約束していることなど,被告人のために酌むべき事情も認められるので,これら
の事情を総合考慮すると,酌量減軽したうえ,被告人を懲役4年に処するのが相当
である。
  よって,主文のとおり判決する。
平成14年9月11日
福岡高等裁判所第一刑事部
裁判長裁判官  虎   井   寧   夫
裁判官    鈴   木   浩   美
裁判官 向   野     剛

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