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平成15年(行ケ)第474号 特許取消決定取消請求事件
口頭弁論終結日 平成16年7月13日
判決
原告            参天製薬株式会社
同訴訟代理人弁護士  熊倉禎男
同          吉田和彦
同          渡辺光
同          相良由里子
同          高石秀樹
同          外村玲子
同訴訟代理人弁理士   箱田篤
同          松田七重
被       告     特許庁長官 小川洋
同指定代理人        深津弘
同竹林則幸
同一色由美子
同 涌井幸一
同宮下正之
主文
     1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
 事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
(1)特許庁が異議2000-74406号事件について平成15年9月12日
にした決定のうち,特許第3055006号の請求項1ないし4に係る部分を取り
消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
主文と同旨
第2 前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯(甲1,甲2,弁論の全趣旨)
  (1) 原告は,平成7年9月21日,特許法41条による優先権を主張して(優
先権主張日平成6年9月27日,以下「本件優先日」という。),名称を「リウマ
チ治療剤」とする発明について特許出願(特願平7-281106号)をした。特
許庁は,同出願につき,特許すべき旨の査定をし,平成12年4月14日,特許第
3055006号として設定登録をした(以下,この特許を「本件特許」とい
う。)。
  (2) 本件特許については,平成12年12月4日付けで,Aから特許異議の申
立てがされ,同申立ては異議2000-74406号として特許庁に係属した。特
許庁は,上記事件について審理を遂げ,平成15年9月12日,「特許第3055
006号の請求項1~4に係る特許を取り消す。同請求項5~7に係る特許を維持
する。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,同年10月1日,その謄本
は原告に送達された。
2 本件特許の特許公報に掲載された明細書(甲2。以下「本件明細書」とい
う。)によれば,本件特許の請求項1ないし4に係る発明の要旨は,次のとおりの
ものであると認められる(以下,請求項1ないし4に係る発明をそれぞれ「本件発
明1」ないし「本件発明4」という。)。
【請求項1】リウマチ患者の滑膜細胞におけるFas抗原と特異的に反応し,滑膜
細胞にプログラム化細胞死の一形態であるアポトーシスを発現させるIgM型抗Fasモ
ノクローナル抗体を有効成分とするリウマチ治療剤。
【請求項2】IgM型抗Fasモノクローナル抗体がヒト型Fas抗原と特異的に反応す
るモノクローナル抗体である請求項1記載のリウマチ治療剤。
【請求項3】IgM型抗Fasモノクローナル抗体が,ヒト二倍体繊維芽細胞により
免疫して得られたクローンから産生されたものである請求項1または2記載のリウ
マチ治療剤。
【請求項4】IgM型抗Fasモノクローナル抗体が,ヒト二倍体繊維芽細胞をマウ
スに免疫した後,その脾細胞とマウスミエローマ細胞とを融合させて得られたclone
CH-11から産生されたものである請求項1または2記載のリウマチ治療剤。
 3 本件決定の理由の要旨は,次のとおりである(甲1)。
(1) 本件発明1について
   ア 本件発明1と,本件優先日前の平成6年9月10日に頒布された刊行物
である「日本癌学会総会記事(第53回総会(名古屋)平成6年10月)」中の
「慢性関節リウマチ(RA)滑膜細胞での抗Fas抗体によるアポトーシス誘導」なる
演題の記事(甲3。以下「刊行物1」という。)記載の発明(以下「引用発明1」
という。)とを対比すると,両者は,抗Fas抗体により慢性関節リウマチ(RA)滑
膜細胞でアポトーシスが誘導されることを開示する点」で一致し,「本件発明1で
は抗Fas抗体がIgM型モノクローナル抗体であるのに対して,引用発明1ではいかな
る抗Fas抗体であるのか明示されていない点」(以下「相違点1」という。),及
び,「本件発明1ではIgM型抗Fasモノクローナル抗体をリウマチ治療剤に用いるの
に対して,後者においてはとくにリウマチ治療剤に用いることは明記されていない
点」(以下「相違点2」という。)で相違する。
   イ 相違点1についての検討
 本件優先日前に発行された刊行物であるJ.Exp.Med.,vol.169,pp.
1747-1756(1989)(甲4。以下「刊行物2」という。)には,抗Fasモノクローナ
ル抗体の生産方法が記載され,この方法により生産された抗Fasモノクローナル抗体
がIgM型であることが記載されている。また,本件優先日前において,モノクローナ
ル抗体としては,種々のものが知られていた。したがって,これらのモノクローナ
ル抗体を用いてRA滑膜細胞でのアポトーシス誘導の有無を確認することは当業者
が容易に行い得ることであり,その結果,IgM型がIgG型に比して高いアポトーシス
誘導能を発揮することは,当業者がたやすく確認できることに過ぎない。
ウ 相違点2についての検討
 滑膜細胞が慢性関節リウマチ(RA)において重要な役割を担っている
こと,例えばリウマチ患者の関節において滑膜細胞が異常に増殖していることは従
来から知られており,滑膜細胞の異常増殖を抑制することができればその薬物はリ
ウマチの治療剤となり得ることは,当業者が容易に想到できることである。したが
って,上記イのとおり引用発明1から当業者が容易に想到できるIgM型抗Fasモノク
ローナル抗体を用いて,その高いアポトーシス誘導能を生かしてリウマチの治療剤
の有効成分とすることも,当業者が容易に想到し得たものである。
エ そして,その奏する効果についても,本件明細書においては,IgM型の抗
Fasモノクローナル抗体がinvitroでの滑膜細胞のアポトーシスを誘導することを確
認しているだけであるので,格別顕著なものとはいえない。
オ したがって,本件発明1は,当業者が刊行物1及び2に記載された発明
から容易に発明をすることができたものと認められる。
(2) 本件発明2について
 本件発明2は,本件発明1におけるIgM型抗Fasモノクローナル抗体がヒト型Fas抗
原と特異的に反応するモノクローナル抗体であるように限定するものである。
 刊行物1においてもRA患者(ヒト)由来の滑膜細胞を用いて抗Fas抗体のアポト
ーシス誘導能を確認しているのであるから,ヒト型Fas抗原と特異的に反応したこと
が記載されているものと実質的には同じことである。したがって,本件発明2も,
刊行物1及び2に記載された発明から,当業者が容易に発明をすることができたと
認められる。
(3) 本件発明3について
 本件発明3は,本件発明1及び2におけるIgM型抗Fasモノクローナル抗体を,ヒ
ト二倍体繊維芽細胞により免疫して得られたクローンから産生されたものに限定す
るものであるが,このようなIgM型抗Fasモノクローナル抗体は刊行物2に記載され
ており,上記と同様の理由で,刊行物1及び2に記載された発明から,当業者が容
易に発明をすることができたと認められる。
(4) 本件発明4について
 本件発明4は,本件発明1及び2におけるIgM型抗Fasモノクローナル抗体を,ヒ
ト二倍体繊維芽細胞をマウスに免疫した後,その脾細胞とマウスミエローマ細胞と
を融合させて得られたcloneCH-11から産生されたものに限定するものであるが,こ
のようなIgM型抗Fasモノクローナル抗体は刊行物2に記載されており,上記と同様
の理由で,刊行物1及び2に記載された発明から,当業者が容易に発明をすること
ができたと認められる。
(5) したがって,本件発明1ないし4についての特許は,特許法29条2項の
規定に違反してされたものであり,同法113条2号に該当し,取り消されるべき
ものである。
(以下,「抗Fasモノクローナル抗体」を単に「抗Fas抗体」ということがある。ま
た,「IgM型抗Fasモノクローナル抗体」「IgG型抗Fasモノクローナル抗体」を,そ
れぞれ単に「IgM型」「IgG型」ということがある。)
第3 原告主張の取消事由の要点
  本件決定は,本件発明1について,相違点1に関する判断等を誤るとともに
(取消事由1),その奏する顕著な作用効果を看過した(取消事由2)ものであ
り,これらの誤りが本件発明1のみならず同2ないし4についても本件決定の結論
に影響を及ぼすことは明らかであるから,本件決定は,請求の趣旨第1項記載の限
度で取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点1に関する判断等の誤り)
 本件優先日当時,抗Fas抗体としてIgM型のものを用いることについては,次
のような強い反対の動機付けが存在していたから,当業者が刊行物1に接したとし
ても,あえてIgM型のアポトーシス誘導能を確認することは考えられず,IgG型につ
いて確認を行うのが自然かつ合理的である。したがって,IgM型を用いてそのアポト
ーシス誘導能を確認することが容易であるとした本件決定の判断は,誤りである。
(1) IgM型の製造・精製の困難性
ア IgG型は,1個の抗体分子から成る単純な構造を有し,製造方法が既に確
立されていることから,製造・精製はきわめて容易である(甲5)。他方,IgM型
は,5個の抗体分子が結合した複雑な構造を有し分子量が大きいため,凝集が頻繁
に発生し,製造・精製工程において,抗体が機器類に付着する等の作業工程上のロ
スが生じたり,フィルターが目詰まりする問題が生じ,工業生産が難しいとされて
いる(甲10)。
     抗体医薬品は,安全に使用できる医薬品として完成するまでに様々な資
料を提出し,厳格な基準審査を受けなければならない(甲26)が,IgM型はIgG型
に比べ,断片J鎖やジスルフィド結合が壊れた変性蛋白質等の不純物を生じやすい
ことから,医薬品としての開発製造を念頭においた当業者であれば,厳格な基準審
査に合格するために,より取り扱いやすいIgG型を選択する方が合理的である。
イ 被告の主張に対する反論
(ア) 被告は,本件優先日当時,IgM型の製造方法は知られていたと主張す
る。
      しかし,まず,上記製造方法が知られていたとしても,IgM型を実際に
製造するには上記のとおり膨大な時間と手間を要するものである以上,当業者がこ
れを利用した製品の開発を避けようとするのは当然である。
      また,対象となる細胞によってアポトーシス誘導能は異なるところ,
刊行物2(甲4)には,産生されたIgM型が「種々のヒト細胞に対して細胞溶解性で
ある」ことが記載されているにとどまり,RA滑膜細胞に対するアポトーシス誘導
能の有無は読みとれない。したがって,単に上記製造方法が知られていたにすぎな
いという理由は,当業者がIgM型を選択する動機付けにはなり得ない。
(イ) 被告は,IgM型として,cloneCH-11から産生されたもの(以下単
に「CH-11」ということがある。)が本件優先日前に既に市販されていたとも主張す
る。
      しかし,CH-11のカタログ(甲6)からは,CH-11ががん細胞にアポト
ーシスを誘導することが明らかになるのみで,RA滑膜細胞にアポトーシスを誘導
するか否かは全く不明であるから,CH-11が市販されていたからといって,刊行物1
に接した当業者が抗Fas抗体としてIgM型を選択する動機付けにはなり得ない。
      また,同カタログには,CH-11は研究用試薬であることが記載されてお
り,医薬品としての厳格な審査を受けていないものであるから,最終的にかかる審
査を通過し得る医薬品の開発を目指す当業者は,CH-11を利用した製品の開発を避け
ようとするのは当然であり,殊更にIgM型を選択する動機付けとはならない。
(2) 抗Fas抗体としての多数の選択肢の存在
 本件優先日前に,抗ヒトFas抗体に限っても,40種類を超える抗Fas抗体
が具体的に入手可能であった(甲15)。そのうち,IgM型のものはCH-111種類の
みであり,その他の40種類は全てIgG型であった。しかも,IgG型については,高い
アポトーシス誘導能を有する抗ヒトFas抗体として有望視され,画期的な開発が日進
月歩で進められていたのに対して,IgM型については,CH-11が1989年に公表されて
以来,新しい種類のものが発表されることは全くなく,当業者からは抗ヒトFas抗体
の開発対象として無視されていた。
    かかる状況に鑑みれば,本件優先日当時における当業者にとっては,リウ
マチ治療薬の開発に向けて抗Fas抗体のアポトーシス誘導能を確認する実験を行うに
当たり,IgM型を用いた実験も行って,これがIgG型に比して顕著な作用効果を有す
るという知見を得ることは,容易になし得ることではなかったものである。
(3) IgM型及びIgG型のアポトーシス誘導能の比較に関する当業者の認識
ア 本件優先日以前に発行された文献(甲8,甲9)によれば,IgM型は
IgG型に対して抗体としての性能が劣ると認識されていた。このため,本件優先日前
においてもIgM型は医療用としては倦厭されていたし,その後の文献(甲7,甲1
0,甲11)によっても,IgM型の抗体としての威力はIgG型よりも劣るとされてい
る。
     また,甲4に記載されたCH-11のアポトーシス誘導能と,甲16に記載さ
れた抗APO-1抗体のアポトーシス誘導能とを比較対照すると,IgM型であるCH-11は
IgG型である抗APO-1抗体に比して,少なくとも腫瘍細胞に対するアポトーシス誘導
能が劣る傾向が読みとれる(甲29)。甲4も甲16も極めて注目度の高い学術雑
誌であり,本件優先日当時の当業者がこれらの雑誌に掲載された論文の内容を認識
していたことは当然であるから,本件優先日当時の当業者がIgM型のアポトーシス誘
導能がIgG型に比して劣ると認識していたことは,明らかといえる。
     したがって,本件優先日現在における当業者は,少なくとも腫瘍細胞に
対するアポトーシス誘導の研究開発にあたっては,IgG型を採用する方針であったこ
とは明らかである。とするならば,「癌細胞類似の性質を有する」(甲3)RA滑
膜細胞に対するアポトーシス誘導の研究開発にあたっても,IgG型を採用しようと考
えるのが当然であって,殊更にIgM型を採用する動機付けは一切存在しない。
イ もし仮に,IgG型がRA滑膜細胞に対するアポトーシス誘導能を全く有し
ないのであれば,確かに,IgG型を採用して研究開発を試みた後に,IgM型に移行す
る可能性も否定できない。しかし,IgM型には劣るとはいえ,IgG型もRA滑膜細胞
に対するアポトーシス誘導能を有する以上(甲5,甲13,甲14),IgM型は
IgG型に比してアポトーシス誘導能が劣る傾向があると認識していた当業者は,IgG
型の実験結果に満足して研究開発を終了するはずであるから,IgM型の研究開発に移
行する余地はほとんどなかったといえる。
     この点からしても,IgM型を採用してリウマチ治療薬の研究開発を行うこ
との動機付けは存在しなかったというべきである。
 2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)について
(1) 本件審決は,IgM型のアポトーシス誘導能として本件明細書に記載された
内容は,invitroで滑膜細胞へのアポトーシス誘導能が確認されたという記載にと
どまり,刊行物1に記載された内容に比べて顕著な作用効果を示すものとはいえな
いと判断したが,誤りである。
     すなわち,刊行物1においては,抗Fas抗体の中でいかなる種類のものを
採用するかは記載されていないところ,本件発明1は,各種の抗Fas抗体の中で,前
記1のとおり医薬品用途への適応性がIgG型よりもはるかに劣ると認識されていた
IgM型をあえて選択し,下記ア及びイのとおり,滑膜細胞のアポトーシス誘導に関し
てはIgG型をはるかに凌ぐ性能が潜んでいたことを明らかにしたものであって,本件
発明1の作用効果は,本件優先日における当業者の予想を越える画期的なものであ
る。したがって,各種の抗Fas抗体の中からIgM型を選択した本件発明1に,選択発
明として進歩性を認めるに足る顕著な作用効果が存することは明らかである。
ア 本件明細書【0080】表4に示された実験結果及び原告が行った実験
の結果(甲12)によれば,精製IgM型で処理した場合と,精製IgG型で処理した場
合とを比較すれば,前者の方がアポトーシス誘導率が高いことについて,疑義を挟
む余地はない。また,これらの実験においては,細胞の自然増殖を定量的に考慮す
ることは極めて困難であることから,滑膜細胞の自然増殖については考慮されてい
ないが,これを考慮に入れた場合には,精製IgM型の真のアポトーシス誘導率はこれ
らの実験結果よりも高いものであり,実際のアポトーシス誘導率の差異が,これら
の実験結果よりもさらに顕著であることは明らかである。
イ そして,細胞の自然増殖をも考慮した実験(甲13,14)によれば,
抗Fas抗体は,IgM型及びIgG型ともに関節リウマチ患者由来細胞に対するアポトーシ
ス誘導能を有するが,IgM型の方がIgG型に比べ顕著なアポトーシス誘導能を有する
ことがあらためて確認された。
(2) 被告は,本件明細書【0080】表4及び甲12の実験結果では,IgG型
にはアポトーシス誘導能がないことが示されているから,IgM型を選択した場合のみ
にアポトーシス誘導能を有することは,格別の作用効果とはいえないと主張する。
しかし,上記(1)イに述べたとおり,細胞の自然増殖を考慮すれば,IgG型にもアポ
トーシス誘導能が認められるのであり,刊行物1に接した当業者は,IgG型を用いて
アポトーシス誘導能を確認したことに満足し,あえてIgM型を選択してその優れたア
ポトーシス誘導能を検証するには至らないはずであるから,IgM型を選択した場合の
作用効果は顕著なものであるということができる。よって,被告の主張は失当であ
る。
第4 被告の反論の要点
  本件決定の判断には原告の主張する誤りはない。
 1 取消事由1(相違点1に関する判断等の誤り)について
 刊行物1に接した当業者が,抗Fas抗体としてIgM型のものを使用することに
は強い反対動機があったとする原告の主張は,次のとおり,いずれも根拠を欠くも
のである。
(1) IgM型の製造・精製等の困難性について
ア 原告は,IgM型はIgG型に比べて製造・精製等が困難であったと主張する
が,本件明細書(甲2),刊行物2(甲4),公刊のカタログ(甲6)によれば,
本件優先日前にIgM型の作成方法が紹介され,商品としても市販されていたことが明
らかであるから,原告の主張は根拠がない。
イ 原告は,市販されていたCH-11は医薬品としての厳格な審査を経ていない
研究用試薬であり,カタログ(甲6)にもヒトの体内に用いないよう記載されてい
るから,医薬品としての開発製造を念頭に置く当業者がCH-11を選択することはない
とも主張するが,invitro(生体外)で培養したRA滑膜細胞を対象にアポトーシ
ス誘導能を評価して医薬発明としての有用性を確認した本件発明1のような段階で
は,このような研究用試薬をもって実験を行うことは何ら妨げられない。
ウ 原告は,同カタログにはがん細胞に対してアポトーシスを誘導する効能
が記載されているだけであるとも指摘する。しかし,同カタログの冒頭には「ヒト
Fas抗原発現細胞において,細胞死(Apoptosis)を誘導する活性を有しています」
との記載もあり,これは一般にヒトFas抗原発現細胞のアポトーシスを誘導し得る旨
の記載とみることができるし,刊行物1にはRA滑膜細胞ががん細胞類似の性質を
有する旨の記載があることも考えれば,原告指摘の記載は,RA滑膜細胞を対象に
アポトーシス誘導能を評価するにあたってCH-11を用いることの反対動機となるもの
ではない。
(2) 抗Fas抗体に関する選択肢の存在について
 原告は,本件優先日前に入手可能であった41種類の抗ヒトFas抗体のうち,
当業者から抗ヒトFas抗体の開発対象として無視されていたIgM型のCH-11をあえて選
択することには強い反対動機があり,その選択に想到することは困難であったと主
張する。
    しかし,刊行物1に接した当業者は,その追試をするにあたり,手当たり
次第に抗Fas抗体を使用するものではなく,その目的(ヒトのRA滑膜細胞に対する
アポトーシス誘導能の研究)に沿った抗Fas抗体を選択することになる。そして,こ
の選択にあたり,アポトーシスを誘導することが知られている抗Fas抗体を選択する
のは当然のことであり,ヒト細胞であるRA滑膜細胞のアポトーシスに抗ヒトFas抗
体を用いることも当然である。本件優先日前に論文発表されたものとして原告が挙
げた41種の抗Fas抗体の中で,アポトーシスを誘導することが知られていたのは3
種のみで,しかもこの時点で市販されていたのはCH-11の1種だけであったことを考
慮すれば,刊行物1に記載のアポトーシスを誘導する抗Fas抗体として,IgM型の
CH-11を採用することに何の反対動機も,困難性も存在しない。
(3) IgM型及びIgG型のアポトーシス誘導能の比較に関する当業者の認識につい

 原告は,IgM型はIgG型に対して抗体としての威力が劣るとの認識が一般的
であったと主張し,その証拠として甲7ないし11を援用するが,甲7,10,1
1は本件出願時の状況を示すものでない上,甲7ないし11の全ては,抗Fas抗体に
よるアポトーシス誘導という具体的な目的を開示するものでないから,アポトーシ
ス誘導活性を有することが知られているIgM型のものについてアポトーシス誘導の試
験をすることを妨げるようなものではない。
    原告はIgM型に比べてIgG型の開発が進展したことについても述べている
が,これは新種の抗Fas抗体の探索という観点での研究であって,抗Fas抗体による
アポトーシス誘導能が記載された刊行物1を追試するに当たり,本件優先日当時の
当業者がどのような抗Fas抗体を使用するかという問題とは直接関係しない。
2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)について
(1) 原告は,引用発明1においては抗Fas抗体としてIgG型またはIgM型のいず
れを用いたかを明らかにしていないところ,本件発明1が,アポトーシス誘導能が
一般に劣ると考えられていたIgM型をあえて選択し,IgG型を凌ぐアポトーシス誘導
能を有することを明らかにしたことは,選択発明として進歩性を認めるに足る顕著
な作用効果を見出したものであると主張する。
    しかし,上述したとおり,本件優先日の時点において,IgM型である
CH-11はアポトーシスを誘導する抗Fas抗体として市販され,広く知られていたもの
であるから,刊行物1に記載された抗Fas抗体としてIgM型のものを用いることに何
らの困難性はなく,したがって,IgM型が優れたアポトーシス誘導効果を示したとし
ても,それは単に,刊行物1に記載された抗Fas抗体のアポトーシス誘導活性を確認
したに過ぎないのであって,原告の主張は失当である。
(2) 原告は,IgG型にもアポトーシス誘導能は認められるから,刊行物1を追
試する当業者はIgG型でアポトーシス誘導能を確認したことで満足し,IgM型を用い
た実験をさらに行うことには容易に想到せず,IgM型の顕著な作用効果は見出し得な
いとも主張する。
    しかし,IgG型のアポトーシス誘導能は,本件明細書において「抗体Bは
アポトーシスをほとんど発現しない。」(【0080】),甲12実験において
「全くアポトーシス誘導が認められなかった」と判断されるような程度のものであ
るから,仮にこれが確認されたとしても,当業者は引き続きIgM型で同様な実験を行
って効果を確認することとなったはずのものであり,原告の主張は成り立たない。
第5 当裁判所の判断
1取消事由1(相違点1に関する判断等の誤り)について
 原告は,本件優先日当時,刊行物1に接した当業者が,抗Fas抗体として
IgM型のものを使用することには強い反対動機があったから,IgM型のものを使用す
ることに想到するのは容易でなかったものであり,これが容易であるとした審決の
判断には誤りがあると主張するので,以下この主張につき検討する。
(1)「IgM型抗Fas抗体の製造・精製等の困難性」について
ア 原告は,IgM型は,その分子構造などの面から,IgG型に比べて製造・精
製等が著しく困難であると主張する。確かに,平成15年4月発行の刊行物である
甲10(日経バイオビジネス 2003.5,46頁)には「IgM利用の課題」として工業
生産の難しさを指摘する記載があることからみて,本件優先日当時においても,原
告主張のような製造・精製等の困難性があったことを推認することができる。
     しかしながら,他方,本件優先日前の平成元年に発行されたと認められ
る刊行物2(J.Exp.Med.,vol.169,pp.1747-1756(1989),甲4)に
は,「mAb[注;モノクローナル抗体]の調製 BALB/cメスのマウスをヒト二倍体繊
維芽細胞株FS-7で免疫し,免疫したマウス由来の脾細胞を,NS-1マウスミエローマ
細胞株と,標準的なハイブリダイゼーション法により融合させた。殺細胞能力を有
するmAb(抗Fasと呼ぶ)を産生するハイブリドーマ細胞の一つを,限界希釈法によ
り2回クローン化した。」(1747頁下から8~5行),「TNFと抗FasmAbとの細胞
溶解活性の比較 ヒト細胞表面に対するmAbを産生する20,000超のハイブリドーマク
ローンのうち,一のハイブリドーマが,種々のヒト細胞に対して細胞溶解性である
mAbを産生した。該mAbはIgMであることが分かった。」(1748頁34~40行)と記載さ
れていることから,IgM型の製造方法は本件優先日前に公知であったと認められる。
そして,本件優先日前の1992年に発行されたと認められる株式会社医学生物学研究
所のカタログ(乙3)には,参考文献として刊行物2(甲4)を引用した上
で,「Clone CH-11」,「品名 抗Fasモノクローナル抗体」,「性状 IgM」と記
載されていることから,刊行物2(甲4)記載のIgM型が,本件優先日前に商品とし
て市販されていたことも明らかである。そうであれば,刊行物1(甲3)に接した
当業者は,RA滑膜細胞へのアポトーシス誘導を確認するに際し,刊行物2(甲
4)に製造方法が記載されており,かつ乙3のとおり市販されていたIgM型を使用す
ればよく,自らIgM型を製造し精製する必要のないことが明らかであるから,IgM型
の製造及び精製が困難であることは,原告主張のような反対の動機付けにはなり得
ない筋合いである。
イ 原告は,抗体医薬品は厳格な基準審査を受けなければならないことか
ら,不純物の生じやすいIgM型より,取り扱いやすいIgG型を選択する方が合理的で
あるとも主張する。
     しかしながら,刊行物1(甲3)は,RA滑膜細胞での抗Fas抗体による
アポトーシス誘導を,本件明細書に記載された実施例と同様,生体外(invitro)
で実験したことについて記載したものであるから,将来的な医薬品への応用を示唆
するものということはできるものの,この実験自体は基礎研究の段階のものと解さ
れ,このような実験を再現するにすぎない場合に,医薬品の製造承認審査を直ちに
受けることを前提として,使用する抗Fas抗体の選択を行う必要性は認められない。
加えて,医薬品の研究開発は,通常,医薬品としての効果と不純物発生等のデメリ
ットとを総合的に検討して行われることを考慮すれば,医薬品としての効果が予測
される有効成分が,単に不純物が生じやすいというだけで,研究開発の対象から除
外されると考えることもできない。したがって,原告の主張は採用することができ
ない。
(2)「抗Fas抗体としての多数の選択肢の存在」について
 原告は,本件優先日当時に知られていた多数の抗Fas抗体の選択肢か
ら,IgM型であるCH-11をあえて選択することに想到するのは容易でなかったと主張
するので検討する。
ア 刊行物1(甲3)には,「【結果】DNA電気泳動法ではRAの滑膜組織に
おいて程度の差は存在したがDNAfragmentationを示すladder形成が認められた。さ
らにDNAnickendlabeling法および電顕にてRA滑膜細胞にアポトーシスが認めら
れた。抗Fas抗体によるアポトーシスの誘導のkineticsstudyではRA滑膜細胞にお
いてのみアポトーシスが数時間後より誘導され,OAおよび外傷滑膜細胞では認め
られなかった。以上の結果より滑膜細胞におけるアポトーシスは癌細胞類似の性質
を有するRA滑膜においてのみ認められ,抗Fas抗体によるアポトーシスの誘導にお
いてもRA滑膜特異的であることが示された。」と記載されている。この記載に接
した当業者が,RA滑膜細胞におけるアポトーシス誘導作用を確認すべく実験を行
おうとすれば,まず,「アポトーシスの誘導」作用が知られている抗Fas抗体の使用
を試みるのが普通であると認められる。そして,本件優先日前に頒布されたと認め
られる乙3のカタログには,IgM型の抗Fas抗体であるCH-11が,まさにアポトーシス
誘導活性を有することを主たる効果として紹介されているのであるから,この市販
品の抗体を適用することになるのは極めて自然な流れである。
     なお,原告は,乙3の後に発行された同じく株式会社医学生物学研究所
発行のカタログ(甲6の添付資料1)の記載に関して,CH-11が,がん細胞にアポト
ーシスを誘導することが明らかにされているのみで,RA細胞にアポトーシスを誘
導するか否かは全く不明であると主張する。しかしながら,甲6には,その冒頭に
一般的な効能として「ヒトFas抗原発現細胞において,細胞死(apoptosis)を誘導
する活性を有しています」と記載された上で,代表的な使用法として「IFN-γで処
理したA673細胞を標的とし………殆ど全ての細胞が死に至る」ことが記載されてい
るのであるから,CH-11によるアポトーシス誘導はヒトFas抗原発現細胞全般に対す
る効能であってがん細胞に限定されるものではないと解するのが相当であって,刊
行物1(甲3)に接した当業者がCH-11を使用することは何ら妨げられない。かえっ
て,刊行物1(甲3)には「癌細胞類似のRA細胞」という記載もあり,RA細胞
はがん細胞に類似の性質を有することが開示されているのであるから,むしろ,が
ん細胞であるA673細胞にアポトーシス誘導を引き起こすCH-11をRA細胞に適用する
積極的な動機付けがあるということさえできる。
イ また,甲15(陳述書)においては,本件優先日前に41種類の抗ヒト
Fas抗体が知られていたとされるが,このうちアポトーシス誘導活性が確認されてい
たとされるのは,CH-11,抗APO-1抗体,DX2の3種類のみである。
     他の38種類(M1ないしM38)については,本件優先日前に発行されたと認
められる甲18(J.Med.Exp.,vol.178;pp.2231-2235.,Dec.1993)では,こ
のうちの「いくつか」は固相化されるとアポトーシスを誘導することが記載されて
いるにとどまり,具体的にいずれの種類のものがどの程度のアポトーシス誘導活性
を有するかは,データを開示して明らかにされているわけではない。(これを明ら
かにした研究成果を記載した甲21論文(InternationalImmuninology,Vol.6.,
No.11,pp.1799-1806,1994)は,本件優先日後の1994年11月になってから発行さ
れたものと認められる。)。したがって,本件優先日前にM1ないしM38のアポトーシ
ス誘導活性が確認されていたということはできない。
     刊行物1(甲3)に接した当業者がアポトーシス誘導を確認しようとす
れば,まず,アポトーシスの誘導作用が知られている抗Fas抗体の使用を試みるのが
自然であることは上記のとおりであるから,抗ヒトFas抗体が多数存在していたとし
ても,アポトーシスの誘導作用が知られている抗Fas抗体として実質的に選択の対象
となるのは,上記の3種類だけであったことになり,その中から,CH-11を選択する
ことが想到困難であったとは認められない。
ウ なお,原告は,M1ないしM38の試料も研究者同士のネットワークを利用す
れば本件優先日当時においても入手可能であったと主張し,甲15(陳述書)には
これに沿う記載があるが,仮にM1ないしM38が本件優先日当時入手可能であったとし
ても,上記のとおり,M1ないしM38については,そのアポトーシス誘導活性が本件優
先日当時確認されていたとは認められないのであるから,抗Fas抗体としての選択の
対象からは実質的に除かれると解すべきである。
     そうすると,41種類もの選択肢があったという原告の主張の前提自体
が,これを認め難いというほかない。
エ 以上のとおりであるから,刊行物1(甲3)に接した当業者が,現実的
に入手可能であり,かつアポトーシス誘導活性の確認されていた3種類の抗Fas抗体
の中から,IgM型のCH-11の市販品を選択することが想到困難なものであったとは認
められない。
(3) IgM型及びIgG型のアポトーシス誘導能の比較に関する当業者の認識につい

 原告は,①本件優先日当時の当業者に,IgM型は抗体としての能力がIgGと
比較して大きく劣ると認識されていたこと(甲8~10),②IgM型はIgG型に比し
て少なくとも腫瘍細胞に対するアポトーシス誘導能が劣ると認識されていたこと
(甲29),③抗体医薬の開発の中心はIgG型でありIgM型は殆ど無視されていたこ
と(甲7,甲10)も,IgM型を用いることについての反対の動機付けとなると主張
するが,以下のとおり採用できない。
ア ①について
 前掲の甲10は,本件優先日後に発行されたものであるから本件優先日
当時の技術常識を示すものとはいえない。本件優先日前に発行された甲8及び甲9
については,甲8(大沢利昭監訳「モノクローナル抗体」株式会社東京化学同
人,1992年7月1日第2刷発行,96頁)には「治療用としてはIgGの方がIgMより望
ましい。というのは分子量が小さく組織への到達性がより高いからだ。」との記載
があり,甲9(MolecularImmunology,vol.21,No.11,pp.1023-1029,1984)に
は「IgMとIgGの解離定数の比較は,14日の間隔でも,Ig応答が,IgM応答により到
達できないレベルにまで親和性が成熟していることを示している。」(1026頁右欄
下から2行~1027頁左欄3行)との記載はあるが,いずれも,抗体が有する様々な
効果についてごく一般的な知見を示しているに過ぎず,抗Fas抗体によるアポトーシ
ス誘導という特定の効果についてIgM型の能力が劣ることに言及しているものではな
いから,刊行物1(甲3)に接した当業者がアポトーシス誘導を確認するにあたり
IgM型を使用することの妨げにはならない。
イ ②について
 甲29(陳述書)の表Aは,刊行物2(甲4)に記載された実験結果と
甲16(Science,vol.245,pp.301-305,1989)に記載された実験結果を定量的
に対比しようとしたものであるが,異なる文献に記載された実験同士を定量的に対
比するには,実験条件が定量的に一致していなければならないというべきであるか
ら,甲4,甲16に記載された実験の条件が定量的に一致するか否かを検討するこ
となく結果のみを対比することは無意味なことである。したがって,この対比結果
から,甲29でいうように,IgM型がIgG型に比して少なくとも腫瘍細胞に対するア
ポトーシス誘導能が劣ると認識されていた,と結論づけることはできない。そし
て,甲4に,IgM型はアポトーシス誘導能があると記載され,甲6(カタログ)にも
CH-11の効能としてアポトーシスの誘導が掲げられている以上,刊行物1(甲3)に
記載されたアポトーシス誘導を確認する際にIgM型であるCH-11を使用することは,
何ら妨げられない。
ウ ③について
 確かに,甲7(陳述書)及び甲10によれば,本件優先日当時におい
て,一般的にIgG型の研究開発が先行していたことは窺えるものの,他方,乙1(特
開平2-237935号公報)の「下記の性状を有するモノクローナル抗体を有効
成分として含有するエイズ処置剤。(1)ヒト二倍体線維芽細胞FS-7を認識す
る。(2)クラスがIgMである。(3)分子量が200Kである。」(特許請求の範囲)との
記載によれば,本件優先日当時,IgM型も医薬品開発の対象になっていたことが認め
られ,また,上記(2)で検討したように,アポトーシス誘導能を有することが知られ
ていた抗ヒトFas抗体の数は限られていたのであるから,抗体医薬の開発の中心が
IgG型であったとしても,そのことは,刊行物1(甲3)に記載されたアポトーシス
誘導を確認する際にIgM型を使用することを妨げるものではない。
(4) 以上のとおりであるから,刊行物1に接した当業者がIgM型を使用するこ
とに反対の動機付けが存在し,その使用に想到することは容易でなかったという原
告の主張は,採用することができない。
2 取消事由2(顕著な作用効果の看過)について
(1) 原告は,本件発明1は,医薬品としての適性がIgG型よりも劣ると認識さ
れていたIgM型に,RA滑膜細胞のアポトーシス誘導に関してはIgG型をはるかに凌
ぐ性能が潜んでいたことを明らかにした点で,本件優先日における当業者の予想を
越える画期的なものであって,刊行物1記載の引用発明の構成要件「抗Fas抗体」に
ついて,IgG型ではなくIgM型を選択した本件発明1には,選択発明として進歩性を
認めるに足る顕著な作用効果が存すると主張する。
    しかしながら,以下に述べる理由により,原告のこの主張も採用できな
い。
ア 上記1(3)で検討したところによれば,「抗Fas抗体によるアポトーシス
誘導」という観点では,本件優先日前においてIgM型の性能が劣ると認識されていた
ことを示す証拠がないから,IgM型はIgG型よりも医薬品としての適性において劣る
と認識されていたという原告主張の前提自体が成り立たない。
イ(ア) いわゆる選択発明とは,構成要件の中の全部又は一部が上位概念で
表現された先行発明に対し,その上位概念に包含される下位概念で表現された後行
発明であって,先行発明が記載された刊行物中に具体的に開示されていないものを
構成要件として選択した発明をいい,後行発明が先行発明を記載した刊行物に開示
されていない顕著な効果を奏する場合に,先行発明とは独立した別個の発明として
認められるものである。
       そこで,引用発明1(先行発明)と本件発明1(後行発明)との関
係についてこれを見るに,①引用発明1における「抗Fas抗体」という構成要件と本
件発明1における「IgM型抗Fas抗体」という構成要件とが上位概念と下位概念の関
係に立つこと,及び②本件発明1におけるアポトーシス誘導効果が引用発明1で開
示されていない顕著なものであること,の2点が認められることが,本件発明1が
選択発明として進歩性を認められるために必要である。
(イ) まず①の点については,抗Fas抗体にはIgM型の他にIgG型も存在する
ところから,「抗Fas抗体」と「IgM型抗Fas抗体」とは上位概念と下位概念の関係に
立つものと一応解することができる。
       上記②の点について,引用発明1において開示された効果は,RA
滑膜細胞へのアポトーシス誘導という定性的なものである。これに対し,本件発明
1では,本件明細書【0080】等において,IgM型のアポトーシス誘導活性が定量
的に開示されているが,引用発明1では定性的な開示しかなされていない以上,こ
れらを比較して,本件発明1の効果が引用発明1に比べて顕著なものであるか否か
を判断することは,そもそも不可能であるといわざるを得ない。
       むしろ,本件明細書【0080】等において,IgG型はアポトーシス
誘導活性を示さないことが開示されていること(後述(2)イ)をあわせ考えると,本
件発明1は,引用発明1につき刊行物1(甲3)に記載された「RA滑膜細胞のア
ポトーシス誘導活性」という作用効果を生ずるのは「抗Fas抗体」のうちIgM型のも
のだけであることを追試によって確認したものであって,引用発明1の構成要件で
ある「抗Fas抗体」の内容及びその作用効果である「RA滑膜細胞へのアポトーシス
誘導」の程度を具体的に特定したという以上の意義はないというべきである。
       したがって,本件発明1が,選択発明としての進歩性を認められる
ものではない。
(2)ア なお,原告は,IgG型もアポトーシス誘導作用を有するから,当業者は
まずIgG型を選択した追試実験によってそのアポトーシス誘導効果を確認したことで
満足してしまい,IgM型の優れたアポトーシス誘導能を明らかにするには至らないは
ずであると主張する。そして,このことも,本件発明1が見出したIgM型のアポトー
シス誘導能が,当業者の予想を超えた顕著な作用効果であり,選択発明としての進
歩性を認めるに足りるものであることの理由の一つとして主張するので,この点に
ついても検討しておく。
イ 甲13(実験報告書(1))には,RA患者由来の滑膜細胞が自然増殖する
ことが実験によって確認されたと記載されている。そして,甲14(実験報告
書(2))には,この自然増殖を考慮した実験の結果,IgM型である「APO-1IgM」のみ
ならず,IgG型である「APO-1IgG」,「UB2」,「ZB4」についてもアポトーシスが
認められるが,IgM型の方が優れたアポトーシス誘導能を有することが確認できた,
という評価が記載されている。
     これに対し,本件明細書【0034】には,「抗Fasモノクローナル抗体
と称されるものであっても本発明の必須要件を満足するものと満足しないものとが
あることを見い出した。例えば,ヒトFas抗原cDNAで形質転換したマウス細胞より得
たリコンビナントFas抗原をマウスに免疫した後,その脾細胞とマウスミエローマ細
胞とを融合させたハイブリドーマ「cloneZB4」から得た抗Fasモノクローナル抗体
を用い,これがRA患者の滑膜細胞にアポトーシスを発現させるかどうか検討した
ところ,実質的にアポトーシスを発現しないことを見い出した。さらに,この抗体
は単にアポトーシスを発現しないだけでなく,アポトーシスを発現する抗Fasモノク
ローナル抗体の作用を打ち消す作用も示すことを見い出した。」と記載され,【0
080】に「表4に示されるように,抗体A[注;cloneCH-11から産生されたも
の]は滑膜細胞のアポトーシスを濃度依存的に発現している(48時間後には回復
傾向にある)のに対し,抗体B[注;cloneZB4から産生されたもの]はアポトーシ
スをほとんど発現しない。また,抗体Bは抗体Aに対し拮抗作用を示し,抗体Aの
効果を打ち消している。」と記載されていることから,本件明細書において
は,「cloneCH-11」から得たIgM型はアポトーシス誘導能を有するが,「clone
ZB4」から得た抗Fas抗体(甲6の添付資料1のカタログからIgG型であると認めら
れ,甲14実験においてもIgG型であるとされている)はアポトーシスを発現しない
ものとして位置付けられていると解すべきである。
     そうすると,IgM型だけでなくIgG型にもアポトーシス誘導作用があるこ
とを前提とする原告の主張は,IgG型にはアポトーシス誘導作用がないという本件明
細書の記載に反するものであって,採用することはできない。
(3) 以上検討したところによれば,本件発明1の作用効果は,選択発明として
進歩性を認めるに足る顕著なものであるということも,本件優先日における当業者
の予想を越える画期的なものであるということもできない。したがって,取消事由
2に関する原告の主張も,採用の限りではない。
 3 以上の次第で,原告が取消事由として主張するところは,いずれも理由がな
く,本件決定には他にこれを取り消すべき瑕疵はない。
   よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文
のとおり判決する。
  東京高等裁判所知的財産第1部
    裁判長裁判官    北  山  元  章
   裁判官      清  水     節
         裁判官   上  田  卓  哉

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