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平成20年3月26日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成19年(行ケ)第10186号審決取消請求事件
平成20年2月20日口頭弁論終結
判決
原告三菱電機株式会社
訴訟代理人弁護士近藤惠嗣
同弁理士高橋省吾,伊達研郎
被告特許庁長官肥塚雅博
指定代理人深澤幹朗,早野公惠,西本浩司,山本章裕,森山啓
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が訂正2006−39115号事件について平成19年4月25日に
した審決を取り消す。
第2当事者間に争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「エレベーター装置」とする特許第3508768号
(1999(平成11)年12月6日を国際出願日とする特願2001−54
3429号の一部を平成14年11月11日に新たな特許出願(特願2002
−326628号)としたもの。平成16年1月9日設定登録。以下「本件特
許」という。)特許の特許権者である。
フジテック株式会社は,平成17年5月23日,本件特許について無効審判
請求をし,原告は,同年8月10日,訂正請求をした。特許庁は,上記審判請
求を無効2005−80153号事件として審理した結果,平成18年3月8
日,「訂正を認める。特許第3508768号の請求項1ないし4に係る発明
についての特許を無効とする。」との審決をした。
原告は,平成18年4月17日,知的財産高等裁判所に上記審決の取消しを
求める訴えを提起するとともに,同年7月11日,訂正審判請求(以下,この
審判請求による訂正を「本件訂正」という。)をした。特許庁は,上記審判請
求を訂正2006−39115号事件として審理した結果,平成19年4月2
5日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同月27日,審
決の謄本が原告に送達された。
2特許請求の範囲
本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1及び5は,次のとおりである。
【請求項1】乗降口,該乗降口の両側方にそれぞれ位置する第1及び第2の
かご壁並びに上記乗降口と対向し,上記第1及び第2のかご壁と連結した第3
のかご壁を有し,上記昇降路内を昇降するかごと,
上記かごの水平方向の移動を規制するかご用ガイドレールと,
上記昇降路の平断面において,上記第3のかご壁と,この第3のかご壁に対
向する上記昇降路の第1の昇降路壁との間に位置し,上記かごと反対方向に昇
降するカウンターウェイトと,
上記カウンターウェイトの水平方向の移動を規制するカウンターウェイト用
ガイドレールと,
シーブ及び該シーブを駆動するモーターを有し,上記昇降路の平断面におい
て,上記第3のかご壁と上記第1の昇降路壁との間であって,上記第1の昇降
路壁の幅方向に上記カウンターウェイトとは離れて設けられ,上記シーブが上
記第1の昇降路壁に対向し,上記モーターが上記第3のかご壁側に位置し,上
記シーブの回転軸方向の外形寸法が上記回転軸に対して垂直な方向の外形寸法
よりも小さい巻上機と,
上記シーブに巻き掛けられるとともに,上記かご及び上記カウンターウェイ
トを懸架するロープと,
上記シーブから上記かごに至る上記ロープの一部分が巻き掛けられた第1の
返し車と,
上記シーブから上記カウンターウェイトに至る上記ロープの一部分が巻き掛
けられた第2の返し車と,
を有することを特徴とするエレベーター装置。
【請求項5】上記かごの下に配置されたかご用吊車と,
上記カウンターウェイトに配置されたカウンターウェイト用吊車を有し,
上記ロープは上記かご用吊車と上記カウンターウェイト用吊車に巻き掛けら
れて,上記かご及び上記カウンターウェイトを懸架することを特徴とする請求
項1に記載のエレベーター装置。
本件訂正は,上記の請求項1を次のとおり訂正し,本件訂正前の請求項4を
削除し,上記の請求項5を請求項4に改めるとともに,明細書の記載を一部訂
正するものである(訂正部分を下線で示す。)。
【請求項1】乗降口,該乗降口の両側方にそれぞれ位置する第1及び第2の
かご壁並びに上記乗降口と対向し,上記第1及び第2のかご壁と連結した第3
のかご壁を有し,昇降路内を昇降するかごと,上記かごの水平方向の移動を規
制するかご用ガイドレールと,上記昇降路の平断面において,上記第3のかご
壁とこの第3のかご壁に対向する上記昇降路の第1の昇降路壁との間に位置し,
上記かごと反対方向に昇降するカウンターウェイトと,上記カウンターウェイ
トの水平方向の移動を規制するカウンターウェイト用ガイドレールと,シーブ
及び該シーブを駆動するモーターを有し,上記昇降路の最下階停止時のかご床
面より上方でかつ最上階停止時のかご天井より下方に位置し,上記昇降路の平
断面の投影面において,上記第3のかご壁と上記第1の昇降路壁との間であっ
て,上記第1の昇降路壁の幅方向に上記カウンターウェイトとは離れて設けら
れ,上記シーブが上記第1の昇降路壁に対向し,上記モーターが上記第3のか
ご壁側に位置するとともに,上記モーターの上記第1のかご壁と対向する上記
昇降路の第2の昇降路壁側の端部が上記第1のかご壁よりも上記第2の昇降路
壁側に位置し,かつ,上記シーブの回転軸方向の外形寸法が上記回転軸方向に
対して垂直な方向の外形寸法よりも小さい巻上機と,上記シーブに巻き掛けら
れるとともに,上記かご及び上記カウンターウェイトを懸架するロープと,上
記シーブから上記かごに至る上記ロープの一部分が巻き掛けられ,上記昇降路
の平断面の投影面において,上記かごとは離れ,上記シーブ側が上記巻上機の
モーターと一部重なるとともに,上記かご側が上記第1のかご壁と上記昇降路
の第2の昇降路壁との間に位置し,回転面が上記昇降路の第2の昇降路壁と平
行で,かつ,上記シーブの回転面と垂直である第1の返し車と,上記シーブか
ら上記カウンターウェイトに至る上記ロープの一部分が巻き掛けられた第2の
返し車と,を有することを特徴とするエレベーター装置。
(以下,審決と同様に,本件訂正後の請求項1に係る発明を「訂正発明」とい
う。)
3審決の理由
別紙審決書の写しのとおりである。要するに,訂正発明は,特開平11−1
30365号公報(以下,審決と同様に「刊行物1」という。)記載の二つの
発明(以下「刊行物1記載発明1及び2」という。),刊行物1及び特開平9
−165172号公報(以下「刊行物3」という。)記載の技術事項,ドイツ
国特許出願公開第19752232号明細書(以下「刊行物2」という。)記
載の技術思想並びに公知又は周知技術に基づいて当業者が容易に発明をするこ
とができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許出願の際独
立して特許を受けることができないとするものである。
審決は,上記結論を導くに当たり,刊行物1記載発明1及び2の内容並びに
訂正発明と刊行物1記載発明1との一致点及び相違点を次のとおり認定した。
(1)刊行物1記載発明1の内容
ドア35,ドア35の両側方にそれぞれ位置する左側及び右側の乗かご壁
並びにドア35と対向し,上記左側及び右側の乗かご壁と連結した後部の乗
かご壁を有し,昇降路25内を昇降する乗かご28と,乗かご28の水平方
向の移動を規制するかごレール33A,33Bと,昇降路25の平断面にお
いて,後部の乗かご壁と,この後部の乗かご壁に対向する昇降路25の後部
の昇降路壁との間に位置し,乗かご28と反対方向に昇降するカウンターウ
ェイト31と,カウンターウェイト31の水平方向の移動を規制するカウン
ターウェイト用ガイドレール34A,34Bと,シーブ5及びシーブ5を駆
動する同期モータ7を有し,昇降路25の下部に位置して,昇降路25の平
断面の投影面において,後部の乗かご壁と後部の昇降路壁との間であって,
後部の昇降路壁の幅方向にカウンターウェイト31とは離れて設けられ,シ
ーブ5が後部の乗かご壁側に位置し,同期モータ7が後部の昇降路壁側に位
置し,トラクションマシン1全体の軸長を短くしたトラクションマシン1と,
シーブ5に巻き掛けられるとともに,乗かご28及びカウンターウェイト3
1を懸架するロープ26と,シーブ5から乗かご28に至るロープ26の一
部分が巻き掛けられ,回転面が右側の乗かご壁と対向する昇降路25の右側
の昇降路壁に対して傾斜した頂部プーリ27Aと,シーブ5からカウンター
ウェイト31に至るロープ26の一部分が巻き掛けられた頂部プーリ27B
と,を有するエレベーター装置。
(2)刊行物1記載発明2の内容
ドア35,ドア35の両側方にそれぞれ位置する左側及び右側の乗かご壁
並びにドア35と対向し,上記左側及び右側の乗かご壁と連結した後部の乗
かご壁を有し,昇降路25内を昇降する乗かご28と,乗かご28の水平方
向の移動を規制するかごレール33A,33Bと,昇降路25の平断面にお
いて,左側の乗かご壁と,この左側の乗かご壁に対向する昇降路25の左側
の昇降路壁との間に位置し,乗かご28と反対方向に昇降するカウンターウ
ェイト31と,カウンターウェイト31の水平方向の移動を規制するカウン
ターウェイト用ガイドレール34A,34Bと,シーブ5及びシーブ5を駆
動する同期モータ7を有し,昇降路25の下部に位置して,昇降路25の平
断面の投影面において,左側の乗かご壁と左側の昇降路壁との間であって,
左側の昇降路壁の幅方向にカウンターウェイト31とは離れて設けられ,同
期モータ7が左側の乗かご壁側に位置し,シーブ5が左側の昇降路壁側に位
置し,トラクションマシン1全体の軸長を短くしたトラクションマシン1と,
シーブ5に巻き掛けられるとともに,乗かご28及びカウンターウェイト3
1を懸架するロープ26と,シーブ5から乗かご28に至るロープ26の一
部分が巻き掛けられ,回転面が左側の昇降路壁に対して傾斜した頂部プーリ
27Aと,シーブ5からカウンターウェイト31に至るロープ26の一部分
が巻き掛けられた頂部プーリ27Bと,を有するエレベーター装置において,
頂部プーリ27Aは,昇降路25の平断面において,トラクションマシン1
の少なくとも一部と重なるよう配置され,頂部プーリ27Aの回転面は,昇
降路25の平断面においてロープ26が乗かご28の第1及び第2の下部プ
ーリ29A,29Bへ至る側がトラクションマシン1のシーブ5から巻き掛
けられる側よりドア35に近づく方向に位置して左側の昇降路壁に対して傾
斜しているエレベーター装置。
(3)一致点
「乗降口,該乗降口の両側方にそれぞれ位置する第1及び第2のかご壁並び
に上記乗降口と対向し,上記第1及び第2のかご壁と連結した第3のかご壁
を有し,昇降路内を昇降するかごと,上記かごの水平方向の移動を規制する
かご用ガイドレールと,上記昇降路の平断面において,上記第3のかご壁と
この第3のかご壁に対向する上記昇降路の第1の昇降路壁との間に位置し,
上記かごと反対方向に昇降するカウンターウェイトと,上記カウンターウェ
イトの水平方向の移動を規制するカウンターウェイト用ガイドレールと,シ
ーブ及び該シーブを駆動するモーターを有し,上記昇降路の平断面の投影面
において,上記第3のかご壁と上記第1の昇降路壁との間であって,上記第
1の昇降路壁の幅方向に上記カウンターウェイトとは離れて設けられた巻上
機と,上記シーブに巻き掛けられるとともに,上記かご及び上記カウンター
ウェイトを懸架するロープと,上記シーブから上記かごに至る上記ロープの
一部分が巻き掛けられた第1の返し車と,上記シーブから上記カウンターウ
ェイトに至る上記ロープの一部分が巻き掛けられた第2の返し車と,を有す
るエレベーター装置。」である点
(4)相違点
ア相違点1
訂正発明においては「上記シーブの回転軸方向の外形寸法が上記回転軸方
向に対して垂直な方向の外形寸法よりも小さい巻上機」であるのに対し,刊
行物1記載発明1では,「トラクションマシン1全体の軸長を短くしたトラ
クションマシン1」である点
イ相違点2
訂正発明においては,巻上機は,「上記昇降路の最下階停止時のかご床面
より上方でかつ最上階停止時のかご天井より下方に位置し」ているのに対し,
刊行物1記載発明1では,トラクションマシン1は,「昇降路25の下部に
位置して」いる点
ウ相違点3
訂正発明においては,巻上機は,「上記シーブが上記第1の昇降路壁に対
向し,上記モーターが上記第3のかご壁側に位置」しているのに対し,刊行
物1記載発明1では,トラクションマシン1は,「シーブ5が後部の乗かご
壁側に位置し,同期モータ7が後部の昇降路壁側に位置し」ている点
エ相違点4
訂正発明においては,巻上機は,「上記モーターの上記第1のかご壁と対
向する上記昇降路の第2の昇降路壁側の端部が上記第1のかご壁よりも上記
第2の昇降路壁側に位置し」ているのに対して,刊行物1記載発明1では,
そのような構成を備えていない点
オ相違点5
訂正発明では,「上記昇降路の平断面の投影面において,上記かごとは離
れ,上記シーブ側が上記巻上機のモーターと一部重なるとともに,上記かご
側が上記第1のかご壁と上記昇降路の第2の昇降路壁との間に位置し,回転
面が上記昇降路の第2の昇降路壁と平行で,かつ,上記シーブの回転面と垂
直である第1の返し車」であるのに対して,刊行物1記載発明1では,「回
転面が右側の乗かご壁と対向する昇降路25の右側の昇降路壁に対して傾斜
した頂部プーリ27A」である点
第3審決取消事由の要点
審決は,訂正発明と刊行物1記載発明1との相違点3ないし5についての判
断を誤り(取消事由1),ひいては,相違点1ないし5についての総合的な判
断を誤った(取消事由2)ものであるところ,これらの誤りがいずれも結論に
影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきで
ある。
1取消事由1(相違点3ないし5についての判断の誤り)
審決は,相違点3ないし5に関して,刊行物1記載発明1に,刊行物1記載
発明2に示された,シーブが第1の昇降路壁に対向し,モーターが第3のかご
壁側に位置した技術事項を適用して,相違点3に係る訂正発明の構成とするこ
とは,当業者が容易に想到し得る程度のものと判断し,相違点3に係る訂正発
明の構成とし,昇降路内において第1の返し車の回転面を第2の昇降路壁と平
行とすれば,必然的に相違点4に係る訂正発明の構成となり,相違点5に係る
訂正発明のように,昇降路平断面の投影面において返し車が巻上機と一部重な
ることになると判断して,結論として,「昇降路内の不使用空間の発生を極力
押さえるというのは,エレベーター装置において技術常識であり,巻上機の配
置や第1の返し車の回転面を近接する昇降路の壁面に対してどのような角度に
位置させるかは,そもそも,昇降路の形状,寸法,かごの形状寸法,返し車や
カウンターウェイトや巻上機の機器の諸寸法・配置等を比較考慮して当業者が
適宜決定すべき事項にすぎず,相違点3ないし5に係わる訂正発明の構成とす
ることは,当業者が容易に想到し得る程度のもの」と判断している。
(1)訂正発明では,平断面における第1のかご壁と第2の昇降路壁との間にで
きる空間を利用するために,①第1の返し車の回転面が第2の昇降路壁と平
行で,かつ,シーブの回転面と垂直であるという構成を採用するとともに,
②第1の返し車をかごとは離れて配置させ,かつ,第1の返し車のシーブ側
が巻上機のモーターと一部重なるとともに,かご側が第1のかご壁と第2の
昇降路壁との間に位置しているという構成を同時に採用しているのである。
そして,具体的に第1の返し車をどこに,どのような向きで配置させるかは,
第1の返し車の位置やシーブとの関係等の技術的な検討を経たものであって,
単に返し車をかごとは離れて配置することが周知技術であったとしても,そ
れは相違点5の全ての構成を採用することまでをも設計的事項とする根拠に
はならない。
審決は,相違点3に係る訂正発明の構成とすれば,必然的に,相違点4に
係る訂正発明のように構成され,相違点5に係る訂正発明のように昇降路平
断面の投影面において返し車が巻上機と一部重なることとなると判断してい
るが,これは,訂正発明の構成を見てしまってからの後知恵による判断であ
る。
訂正発明において相違点3のように構成されているのは,相違点4及び相
違点5との関係から必然性があるのである。しかし,必然性があるからとい
って,必然性のある組合せを想到することが容易とはいえない。
(2)訂正発明では,昇降路壁の角部に生ずる空間を最大限に利用する点に特徴
がある。この特徴を実現する構成が相違点4及び相違点5であるが,相違点
4及び相違点5を実現するには,その前提として相違点3を採用しなければ
ならないのである。本件審決は答えを知ってから,必然的であるから容易で
あるという論理で結論を下しているが,その論理こそが誤っているのである。
刊行物1の図7をあらためて参照すると,昇降路壁の図面における右上に
不使用空間が存在する。また,頂部プーリ27Aとかごが一部重なっている
から,昇降路の上部において垂直方向に不使用空間が存在する。この垂直方
向の不使用空間を縮減するには,図7において,かごの右側壁を左に移動せ
ざるを得ない。しかし,頂部プーリ27Aと昇降路壁との間隔は安全上必要
な隙間を考慮して既に最適化されているはずであるから,右側の昇降路壁と
かごの右側壁との隙間が大きくなり,水平方向の不使用空間は増大してしま
う。
そこで,訂正発明においては,刊行物1の図7でいえば,巻上機1を右に
寄せ,頂部プーリ27Aが右側の昇降路壁と平行になるように構成している。
しかし,このような構成は別の問題を生じる。巻上機のモーターが昇降路壁
の角に入ってしまうので,メンテナンス上の困難を生じるのである。そこで,
さらに,訂正発明では,巻上機のモーターがかご側を向くという構成も採用
している。これらの構成を同時に採用した結果,相違点5に含まれている
「シーブ側が巻上機のモーターと一部重なるとともに,かご側が第1のかご
壁と昇降路の第2の昇降路壁との間に位置している」という構成が生じるの
である。また,相違点4は,第1の返し車が第2の昇降路壁と平行にするた
めの最適な条件として採用されているのである。
(3)刊行物1記載発明1も訂正発明も,かご及び昇降路壁の平面形状は長方形
である。すなわち,かごにおいても,昇降路壁においても,隣接する2面は
直交していることが両発明の前提となっている。訂正発明において,相違点
5に含まれている「回転面が昇降路の第2の昇降路壁と平行で,かつ,シー
ブの回転面と垂直である」点は,この前提を反映しているが,それ以外には,
特定の寸法や形状を前提とするものではない。したがって,訂正発明のよう
に構成することが必然的であることが当業者に容易に想到することができた
のであれば,刊行物1記載発明1と訂正発明との間に,相違点3ないし5が
存在することはあり得ないことになる。しかし,現実には相違点3ないし5
が存在するから,このこと自体が,訂正発明が容易ではなかったことを示し
ている。
(4)以上のとおり,訂正発明は,昇降路内の不使用空間の縮減という目的に向
けて複数の要素を最適に組み合わせたものである。これに対し,刊行物1に
は,「特定の方向に優先順位を与えてその方向の不使用空間を縮減するとい
う思想」が記載されているにすぎない。それぞれの要素が公知であるからと
いって,それらを最適に組み合わせる方法までも公知であるわけではないし,
それが容易であるわけでもない。
2取消事由2(相違点1ないし5についての総合的な判断の誤り)
上記1のとおり,審決がした相違点3ないし5についての判断が誤っている
以上,相違点1ないし5に基づく総合的な判断も誤っている。
第4被告の反論の骨子
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1取消事由1(相違点3ないし5についての判断の誤り)について
(1)近年のエレベーター装置においては,エレベーター占有空間の最小化を狙
いとしているのは技術常識であり,刊行物1には,高さ方向,平断面での幅
方向・奥行き方向にわたるエレベーター占有空間を縮減するという技術事項
が示されている。そして,上記技術常識又は技術事項を念頭に置いて,エレ
ベーター装置を構成するモーターやシーブ,返し車等の寸法・形状等を考慮
してモーターやシーブ,返し車等の配置を適宜のものとすることは設計的事
項にすぎず,総合的にみても,モーター及びシーブの配置を最初に決定すれ
ば,返し車等の配置は上記技術常識又は技術事項に照らして,自ずと決定さ
れるということを審決は判断したものであって,原告が主張するように,審
決は相違点を分断して判断したものでも,また後知恵でもない。
特開平6−286960号公報(甲第7号証),実願平4−60147号
(実開平6−20372号)のCD−ROM(甲第8号証)及び特開平11
−301950号公報(甲第9号証)にあるように,不使用空間の縮減のた
めに,昇降路内において返し車の回転面を適宜最適な角度に設定することは,
当業者が適宜普通に行うものであるから,昇降路内において第1の返し車の
回転面を第2の昇降路壁と平行にした点は,エレベーター装置の昇降路内機
器の配置において,当業者が普通に行う設計的事項にすぎないものである。
なお,かご及び昇降路壁の平断面形状は長方形であることから,シーブの回
転面は,当然第2の昇降路壁と垂直となる。さらに,不使用空間の縮減のた
めに,第1の返し車のかご側を第1のかご壁と第2の昇降路壁との間に位置
させることも当業者が普通に行う設計的事項にすぎない。
また,返し車を平断面の投影面上においてかごとは離れて配置することは,
エレベーター装置の昇降路内機器配置において周知の技術である。
相違点3に係わる訂正発明の構成に関し,シーブが第1の昇降路壁に対向
し,モーターを第3のかご壁側に位置させるか,その逆に位置させるかは,
刊行物1の図7及び図8に並んで示されているように,当業者が困難なく普
通に採用する技術事項にすぎず,刊行物1記載発明1に,刊行物1記載発明
2に示された,シーブが昇降路壁に対向し,モーターがかご壁側に位置した
技術事項を適用して,相違点3に係わる訂正発明のように構成することは,
当業者が容易に想到し得る程度のものである。
よって,原告の主張は失当であり,審決の判断に誤りはない。
(2)原告が主張するメンテナンス上の効果は,訂正発明の特許請求の範囲の記
載に基づく限り,刊行物1記載発明2に示された技術事項に内在する作用効
果にすぎない。したがって,訂正発明は,刊行物1記載発明1,刊行物1記
載発明2及び上記周知技術から予測することができる作用効果以上の顕著な
作用効果を奏するものとも認められず,相違点3ないし5を総合的に判断し
ても,審決の判断に誤りはない。
2取消事由2(相違点1ないし5についての総合的な判断の誤り)について
原告の主張は,審決がした相違点3ないし5についての判断の誤りを前提に
しているところ,上記1のとおり,前提が成り立たないから失当であり,相違
点1ないし5の総合的な判断としても誤りはない。
第5当裁判所の判断
1取消事由1(相違点3ないし5についての判断の誤り)について
(1)第1の返し車について
ア特開平6−286960号公報(甲第7号証)には,次の記載がある。
「【0021】
【作用】この発明におけるリニアモータ駆動方式エレベータ装置は,吊り車を釣
合おもり用レールの中心線に対して90度未満の角度をもって設置することによ
り,かごと釣合おもりを近接して設置することができる。」
「【0023】また,この発明におけるリニアモータ駆動方式エレベータ装置は,
吊り車を,昇降路上部のかごと釣合おもりが対向する空間部に,釣合おもり用レ
ールの中心線に対して平行に設置することにより,かごと釣合おもりを近接して
設置することができると共に,吊り車にかごが干渉することなく建物天井間際ま
でかごを昇降することができる。」
「【0041】
【発明の効果】以上のように,この発明によれば吊り車を釣合おもり用レールの
中心線に対して90度未満の角度をもって設置することにより,かごと釣合おも
りを近接して設置することができるので昇降路の寸法を低減できる。」
図1には,リニアモータ3からかご1に至るロープ7の一部分が巻き掛けられ
る吊り車5を,釣合おもり用レール10の中心線に対して90度未満の角度θを
もって設置した状態が記載され,図2には,昇降路内において,リニアモータ3
からかご1に至るロープ7の一部分が巻き掛けられる吊り車25,26を,釣合
おもり用レール10の中心線に対して平行に設置した状態が記載されている。
訂正発明に係るエレベータ装置の駆動方式は巻上機によるものであるのに
対し,甲第7号証に記載されたエレベータ装置の駆動方式はリニアモータに
よるものであるとの相違があるが,上記の「吊り車」は,訂正発明における
シーブからかごに至るロープの一部分が巻き掛けられる「第1の返し車」に
相当すると解することができる。したがって,甲第7号証には,昇降路内に
おいて,昇降路の寸法を縮減するためなどの設計上の必要に応じて,返し車
の回転面を適宜最適な角度に設定する技術的事項が記載されているものと認
められる。
イ実願平4−60147号(実開平6−20372号)のCD−ROM(甲
第8号証)には,次の記載がある。
図1及び図2からは,リニアモータ駆動方式エレベータ装置の昇降路内におい
て,リニアモータ7からかご1に至るロープ16の一部分が巻き掛けられる吊り
車4を,左側のかご壁と平行に設置した状態が記載されている。
訂正発明に係るエレベータ装置の駆動方式は巻上機によるものであるのに
対し,甲第8号証に記載されたエレベータ装置の駆動方式はリニアモータに
よるものであるとの相違があるが,上記の「吊り車4」は,訂正発明におけ
るシーブからかごに至るロープの一部分が巻き掛けられる「第1の返し車」
に相当すると解することができる。また,かご及び昇降路の平面形状が矩形
であることに鑑みれば,かご壁の側方にはこれと平行に昇降路壁が存在し,
上記「吊り車4」は,これらかご壁と昇降路壁との間に位置し,その回転面
がこの昇降路壁に平行であると解することができる。したがって,甲第8号
証には,昇降路内において,返し車をかご壁と昇降路壁との間に配置し,そ
の回転面をこの昇降路壁に平行として設定する技術的事項が記載されている
と認められる。
ウ特開平11−301950号公報(甲第9号証)には,次の記載がある。
図2には,つり合いおもりをつるロープの一部分が巻き掛けられる返し車(固
定プーリ9)が,昇降路内において,ロープの一部分が巻き掛けられる返し車を
昇降路平面の軸線に対して傾けて配置した状態が記載されている。
上記の記載から,返し車は,昇降路平面のサイズ縮減等の設計上の必要に
応じて,昇降路内においてその回転面を適宜最適な角度に傾けて設定される
という技術的事項が記載されているものと認められる。
エ甲第7ないし第9号証の上記各記載によれば,エレベータ装置において,
ロープの一部分が巻き掛けられる返し車を,昇降路内において,どこに設置
し,その回転面を昇降路壁とどのような角度(平行を含む。)で設置するか
は,不使用空間の縮減等の設計目的や他の機器との関係に応じて,適宜設定
される設計的事項であるということができる。そして,この点において,シ
ーブからかごに至るロープに一部分が巻き掛けられる訂正発明の「第1の返
し車」を例外とする理由はない。したがって,「第1の返し車」の回転面が
第2の昇降路壁と平行となるように設置すること及び第1の返し車のかご側
を第1のかご壁と第2の昇降路壁との間に位置させることは,昇降路内の不
使用空間を縮減するなどの目的のために,当業者が必要に応じて適宜採用す
る設計的事項であるということができる。
よって,審決が「不使用空間を縮減できるように,昇降路内において第1
の返し車の回転面を第2の昇降路壁と平行とし,さらに,第1の返し車のか
ご側が第1のかご壁と第2の昇降路壁との間に位置することは当業者が普通
に行う設計的事項にすぎない。」と判断したことに誤りはない。
(2)相違点3ないし5に係る構成について
原告は,審決が相違点3に係る訂正発明のように構成し,昇降路内におい
て第1の返し車の回転面を第2の昇降路壁と平行とすれば,必然的に,相違
点4に係る訂正発明のように構成され,相違点5に係る訂正発明のように昇
降路平断面の投影面において返し車が巻上機と一部重なることとなると認定
したことについて,訂正発明の構成を見た後の後知恵による判断であると主
張する。
ア刊行物1(甲第1号証)には,次の記載がある。
「【0030】図5は,図4に示すエレベータ装置の平面図で,乗かご28のド
ア35とは反対側に面してカウンタウェイト31を配置し,乗かご28のドア3
5の隣接する側に面してトラクションマシン1を配置し,乗かご28の下部の左
右方向にロープ26が渡るように第1及び第2のかご下プーリ29A,29Bを
設ける。更に,カウンタウェイト31とトラクションマシン1との間には頂部プ
ーリ27Bが,トラクションマシン1と第1のかご下プーリ29Aとの間にはも
う1つの頂部プーリ27Aが配置される。
【0031】上記構成によれば,乗かご28の下側を通るロープ26は乗かご2
8の中心を通るように,両かご下プーリ29A,29Bは配置されている。これ
により,乗かご28の吊り中心と重心が概略一致するので,吊りにより乗かご2
8に発生するモーメントは小さく,安定した乗かご昇降が実現できるという効果
がある。
【0032】図6は,昇降路内機器配置の別の例を示すもので,乗かご28のド
ア35とは反対側に面してカウンタウェイト31とトラクションマシン1を夫々
平行に配置し,その間に頂部プーリ27Bをほぼ直角に配置する。また,乗かご
28の下部のかご下プーリ29A,29Bをかご奥からドア35側へほぼ対角に
ロープ26が通るように配置し,トラクションマシン1と乗かご奥側のかご下プ
ーリ29Aの間に頂部プーリ27Aを配置する。このように配置することにより,
カウンタウェイト31とトラクションマシン1のトータルの奥行き及び幅をコン
パクトに配置できるので,昇降路面積を有効に利用できるという効果がある。例
えば,この図では,昇降路25のカウンタウェイト31の右側に大きなスペース
が生まれるので,そのスペースを利用してガバナ等の昇降路内配置機器を容易に
設置できるという効果がある。また,本実施例は,図5に示す配置よりも,昇降
路幅が小さくなるので,幅に制約のある昇降路に有効な実施例である。
【0033】図7は,さらに別の昇降路内機器配置を示すもので,トラクション
マシン1をカウンタウェイト31の横に配置して,カウンタウェイト31と頂部
プーリ27Bとトラクションマシン1のロープ26が同一方向に渡っていくよう
にしたものである。このようにすることにより,乗かご28の奥のスペースの奥
行きが小さくでき,昇降路全体を小さくすることができる。
【0034】図8は,他の昇降路内機器配置を示すもので,乗かご28のドア3
5に隣接する側にトラクションマシン1とカウンタウェイト31を縦に配置した
ものである。したがって,昇降路25の奥行きが小さく,横幅が大きくなるので,
昇降路25の横幅が余裕あり奥行きが厳しい用途に適している。また,乗かご2
8の背後に構造物がないので,通り抜け型の2方向で入り口を設ける場合にも適
している。」
刊行物1には,エレベータ装置における各種機器の様々な配置例が記載さ
れているところ,上記の記載によれば,図6には昇降路幅を小さくする例,
図7には奥行きを小さくして昇降路全体を小さくする例,図8には昇降路の
奥行きを小さくする例がそれぞれ記載されていることが認められる。
イこれらの記載からすれば,エレベータ装置では,昇降路内の不使用空間の
縮減のために,昇降路内における各種機器が様々な態様で配置され得るもの
と認められるところ,不使用空間を縮減するために必要に応じて昇降路内の
角部を機器の配置に利用することは容易に想到されることであるので,巻上
機を昇降路内の角部に寄せて配置することは,当業者が適宜行い得る設計的
事項であると解することができる。
訂正発明のエレベータ装置において,第1のかご壁と第2の昇降路壁との
間には,かごが昇降するための隙間があることは明らかであるので,巻上機
を昇降路内の角部に寄せて配置することで,巻上機のモーターの第2の昇降
路壁側の端部が第1のかご壁よりも第2の昇降路壁側に位置することとなる
のは明らかである。したがって,訂正発明において,相違点4の構成を採用
することは,昇降路の不使用空間を縮減するために採用される設計的事項に
より,巻上機を昇降路内の角部に寄せて配置した結果であるということがで
きる。
なお,原告は,「訂正発明では,昇降路壁の角部に生ずる空間を最大限に
利用する点に特徴がある。」と主張するが,角部を巻上機の設置位置として
選択することに特段の阻害要因も認められないので,上記のとおり,巻上機
を昇降路内の角部に寄せて配置することは,当業者が行う設計的事項である
と解すのが妥当である。
ウ刊行物1の図1,図2及び図8には,エレベータ装置の昇降路内において,
シーブ5が昇降路壁に対向し,同期モータ7がかご壁側に位置するように,
トラクションマシン1を配置した態様が記載されている。
上記トラクションマシン1が訂正発明の巻上機に相当することは明らかで
あるから,刊行物1には,審決が相違点3として認定した事項である「巻上
機は,シーブが昇降路壁に対向し,モーターがかご壁側に位置」した配置が
記載されている。
エエレベータ装置において,昇降路内の上下方向に延設されるロープは,昇
降移動するかごやカウンターウェイト,さらには,固定設置されたモーター
やガイドレールに干渉しないように,鉛直方向に延設されるのが常識である
から,鉛直方向に延びるロープをシーブと第1の返し車との間に巻き掛ける
と,昇降路平断面の投影面において返し車が巻上機と一部重なるように配置
することとなるのは明らかである。そうすると,刊行物1記載発明1に相違
点3に係る構成を適用して,昇降路内の不使用空間を縮減するために,昇降
路内の角部に巻上機を寄せて配置する構成を採用した場合には,昇降路平断
面の投影面において返し車が巻上機と一部重なり,第1の返し車は巻上機の
シーブに接するように配置されることも明らかである。また,刊行物1記載
発明2は,昇降路平断面の投影面において返し車がモーターと一部重なる構
成としたものである。
以上によれば,刊行物1記載発明1に相違点3に係る構成を適用して,巻
上機を,シーブが第1の昇降路壁に対向し,モーターが第3のかご壁側に位
置する態様とし,昇降路内の不使用空間を縮減するために,昇降路内の角部
に寄せて配置し,その際に,上記(1)ウで検討したとおり,第1の返し車を
その回転面が第2の昇降路壁と平行とし,そのかご側を第1のかご壁と第2
の昇降路壁との間に位置させて配置する構成とすることは,当業者が困難な
く行い得る設計的事項ということができる。
そして,この構成を採用した結果として,上記のとおり,巻上機のモータ
ーの第2の昇降路壁側の端部が第1のかご壁よりも第2の昇降路壁側に位置
することになるのは明らかであり,さらに,シーブが第1の昇降路壁に対向
し,モーターが第3のかご壁側に位置する構成としたのであるから,第1の
返し車は,そのシーブ側がモーターを越えて配置されなければロープを鉛直
に保つことができないので,昇降路平断面の投影面においてモーターと一部
重なることになるのは明らかである。
さらに,エレベータ装置において,かご及び昇降路壁の平断面形状は長方
形であることが通常であることに鑑みれば,シーブの回転面は第2の昇降路
壁と垂直となるので,第2の昇降路壁と平行な第1の返し車の回転面がシー
ブの回転面と垂直となるのは,上記構成とした結果であることは明らかであ
る。
オ第1の返し車をかごから離して配置することは,甲第7号証の図1(a),
甲第8号証の図3及び甲第10号証の図3に記載されているように,周知の
構成であると認められるところ,第1の返し車を第1のかご壁と第2の昇降
路壁との間に位置させて配置する構成とした場合には,第1の返し車をかご
と干渉しないようにかごから離して配置するのは当然のことであるので,上
記構成とした結果であることは明らかである。
カ昇降路内の不使用空間を縮減するために,相違点3に係る訂正発明のよう
に構成し,設計的事項により,昇降路内において第1の返し車の回転面を第
2の昇降路壁と平行とする構成とした結果として,相違点5の全ての構成が
得られるのであるから,相違点5の全ての構成を同時に採用することは,設
計的事項ということができる。よって,相違点5の全ての構成を同時に採用
することは,昇降路の不使用空間を縮減するために採用される設計的事項で
あるということができ,この点において審決の判断に誤りはなく,原告の主
張は採用することができない。
以上のとおり,刊行物1記載発明1に相違点3に係る訂正発明のように構
成し,昇降路内において第1の返し車の回転面を第2の昇降路壁と平行とし
て,巻上機等の機器を昇降路の角部に寄せて配置して不使用空間を縮減しよ
うとすれば,その結果として,相違点4に係る訂正発明のように構成され,
相違点5に係る訂正発明のように昇降路平断面の投影面において返し車が巻
上機と一部重なることとなるということができる。
審決は,理由の説示において,具体的な理由を述べずに「必然的」と結論
づけている点において説示が十分であるとはいえないが,上記説示のとおり,
その判断は後知恵によるものではなく,結論において誤りはない。
(3)メンテナンスにおける効果について
原告は,刊行物1の図7において,巻上機1を右に寄せ,頂部プーリ27
Aが右側の昇降路壁と平行になるように構成すると,巻上機のモーターが昇
降路壁の角に入ってしまうので,メンテナンス上の困難を生じるおそれがあ
るから,訂正発明では,巻上機のモーターがかご側を向くという構成を採用
していると主張する。
しかし,原告が主張するモーターのメンテナンス上の効果は,相違点3に
係る構成を採用することにより奏せられる効果であり,刊行物1の図8,す
なわち刊行物1記載発明2に採用されている構成であるから,予測すること
ができる作用効果以上の顕著な作用効果を奏するものとは認められない。さ
らに,相違点3に係る構成を訂正発明に適用することについて,阻害要因等
の特段の事情も認められず,当業者が容易に行うことができることである。
(4)不使用空間の縮減について
ア原告は,刊行物1では,昇降路の高さ方向及び平断面での幅方向・奥行き
方向にわたる不使用空間を縮減し,全方向において同時に不使用空間の縮減
を達成することができるという訂正発明の最大の主眼については全く示され
ていないものであり,それを示唆する記載も見受けられないから,審決にお
いて,訂正発明が昇降路内の不使用空間の縮減という目的に向けて複数の要
素を最適に組み合わせたものであることを考慮せずに,各要素が公知である
ことから,直ちに容易であると判断したことは誤りであると主張する。
しかしながら,相違点3ないし5に係る各要素は,前記(2)のとおり,設
計上の必要に応じてその配置が選択され得るのであるから,昇降路内の不使
用空間の縮減という目的を達成するために,これら要素を最適に組み合わせ
ることには,特段の阻害要因も認められず,当業者にとって容易であるとい
うことができる。
イ原告は,刊行物1記載発明1及び2は「特定の方向に優先順位を与えてそ
の方向の不使用空間を縮減するという思想にすぎない」と主張する。
刊行物1には,図6ないし8とともに,前記(2)アの記載がある。
これらの記載によれば,刊行物1には,トラクションマシン(巻上機)等
の機器の配置により,昇降路の平断面で,幅方向,奥行き方向のそれぞれ又
は双方について,不使用空間を縮減するという技術事項が示されていると認
められる。さらに,刊行物1記載発明1は,天井に機械室を設けず巻上機を
昇降路に内蔵する方式であると認められるところ,このような方式により高
さ方向の不使用空間が縮減されることは明らかであるので,刊行物1には,
平断面での幅方向・奥行き方向だけでなく,高さ方向をも加えた,全方向に
おける不使用空間の縮減という技術的思想が示されていると認められる。
刊行物1記載発明1及び2は,特に縮減しようとする方向に適した構成を
それぞれ例示しているにすぎず,刊行物1には全体として不使用空間の縮減
という技術的思想が示されていると認められるので,これらの例示された構
成に特に優先順位を与えたものとは認められない。
したがって,刊行物1には,昇降路の高さ方向及び平断面での幅方向・奥
行き方向にわたる不使用空間を縮減する技術的思想が記載され,又は示唆さ
れていると認めることができるから,原告の主張を採用することはできない。
ウ原告は,昇降路内の不使用空間の発生を極力押さえるという課題が自明で
あるとしても,その解決手段までも自明になるものではないと主張する。
しかしながら,上記に検討したとおり,本件においては,昇降路内の不使
用空間の縮減という目的に向けて複数の要素を最適に組み合わせることは,
当業者にとって容易であるから,審決の判断に誤りはなく,原告の主張を採
用することはできない。
エ原告は,レイアウト特許においては,全ての配置を組合わせて配置するこ
と,すなわち,その配置の仕方自体に非容易性が認められてしかるべきであ
ると主張する。
しかし,審決は,訂正発明のエレベーター装置おける各機器の配置(レイ
アウト)に関して,技術的課題を考慮して,各機器それぞれの配置が容易で
あるか,又は設計的事項であるか,との観点から,各機器のレイアウトを判
断しており,レイアウト特許について,配置の仕方自体の進歩性を否定する
判断をしているものではないことは明らかであるので,原告の主張は失当で
ある。
2取消事由2(相違点1ないし5についての総合的な判断の誤り)について
原告の主張は,審決がした相違点3ないし5についての判断の誤りを前提に
しているところ,上記1のとおり,その前提が成り立たないから失当である。
また,審決は,相違点1ないし5について総合的な判断をしていることは明ら
かであり,原告の主張する誤りはない。
3結論
以上に検討したところによれば,審決取消事由はいずれも理由がなく,審決
を取り消すべきその他の誤りは認められない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
田中信義
裁判官
古閑裕二
裁判官
浅井憲

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