弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中120日をその刑に算入する。
押収してあるバール1本(平成21年押第33号の1)を没収する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,Aに対して借入金等の名目で合計1345万円の支払債務を負い,同
人からその支払を迫られていたものであるが,同人を殺害して同債務の支払を免れ
ようと企て,平成20年11月1日午後8時30分ころ,埼玉県春日部市a町b丁
目c番地dの飲食店「B」店舗内において,同人に対し,殺意をもって,手に持っ
ていたバール(平成21年押第33号の1)でその後頭部を1回殴った上,左腕を
同人の頸部に巻き付けて絞めつけるなどし,よって,そのころ,同所において,同
人を頸部圧迫による急性窒息により死亡させて殺害し,同債務の支払を免れて財産
上不法の利益を得たものである。
(証拠の標目)〔省略〕
(法令の適用)
被告人の判示所為は刑法240条後段に該当するところ,所定刑中無期懲役刑を
選択して,被告人を無期懲役に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中120
日をその刑に算入し,押収してあるバール1本(平成21年押第33号の1)は,
判示強盗殺人の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法19条1項2
号,2項本文を適用してこれを没収し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただ
し書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
1事案の概要
本件は,犯行当時経済的に困窮していた被告人が,家族ぐるみで交際するなど
の親交があった被害者から,同人に対して負担していた債務の弁済を強く迫られ
たことに怒り,その追求から逃れるために同人を殺害して債務の支払を免れよう
と決意し,同人の背後から所携のバールでその後頭部を殴打した上,その頸部を
強く絞めつけるなどして窒息させて殺害し,1345万円の債務の支払を免れた
という強盗殺人の事案である。
2犯行動機及び犯行に至る経緯等
被告人は,東京都で出生し,埼玉県で生育して,私立大学中退後は主として不
動産業界で稼働していたところ,景気悪化後もかつてのバブル景気下での感覚か
ら抜けきれずに詐欺事件を起こして平成9年にC地方裁判所で懲役2年(3年間
執行猶予)の判決を受けていた。他方,この判決以前から被告人は被害者と会社
の同僚として面識を得て親交を深め,勤務先を退職後は被害者の経営する会社に
従業員として勤務したり,被害者と会社を共同経営するなどしていた。
しかし,被告人と被害者との共同経営の会社は失敗し,被告人は金銭に窮乏し
てサラ金や被害者から借金を重ねていた。そこで,被告人は,平成20年5月に
被害者から飲食店の営業権を譲り受けた際,被害者との間で,それまでの被害者
からの借金等をまとめるという意味で合計1410万円を支払う内容の金銭借用
証書を作成し,その後一部を分割返済して残債務額が1345万円にまで減少し
ていた。
ところが,同年9月末に被告人は道路交通法違反(無免許・酒気帯び)で身柄
を警察に拘束され,手元不如意で借金の返済が不可能な状態になってしまった。
そのような中,同年10月20日に被害者は警察の留置施設にまで来訪して被告
人に強く借金の返済を迫り,被告人の窮状に理解を示さなかった。
そこで被告人は,被害者の態度が非情であると憤りを覚え,これまでの被害者
の金銭に対する強い執着心や目的を必ず成し遂げようとする実行力ある性格から
して,店の経営を再開させて,その後順調に店を経営していくためには被害者を
殺害して上記債務の支払を免れるほかに方法はないと短絡的に殺害を決意したも
のである。
3犯行の計画性
被告人は,被害者をバールで殴って失神させた上で首を絞めて殺害しようと計
画し,殺害準備のために被害者と会う日を一日遅らせた上,その間に,被害者を
気絶させるために用いる全長約59.2センチメートル,重量約1.32キログ
ラムもあるバール1本及び殴る際に手が滑らないように使用する滑り止め付き手
袋1双を購入するなどして準備を整えて,被害者を営業休止中で人気の無い犯行
現場に呼び出して殺害に及んでいる。また,犯行後は,結果的に遺体を処分でき
ずに現場に放置していたものの,遺体を解体して処分しようと企て,ノコギリ等
を購入するなどしていた。これらの事情に鑑みると,本件犯行は計画的であり,
極めて悪質な犯行である。
4犯行態様
被告人は,何ら躊躇なく所携のバールでいきなり背後から被害者の後頭部を殴
りつけ,その後,床に倒れ込んだ同人を仰向けにしてその上に馬乗りになって両
手で首を絞め,さらに,同人がうつ伏せになって這って逃げようとすると,その
上に覆い被さって背後から左腕を同人の首に巻き付け,自己の全体重をかけ,同
人が抵抗しなくなるまでその首を強く絞め続けて頸部圧迫による急性窒息により
死亡させている。このような被告人の犯行態様は,執拗かつ残忍なものといえる。
加えて,被告人が免れた債務の金額も多額であって,悪質である。
5被害結果
本件犯行の結果,被害者は,2人の娘及び将来結婚を誓い合った内妻と4人で
新しい家庭を築く目前で,41歳の若さで突然無惨にも生命を奪われているので
あり,被害者の肉体的,精神的苦痛,死に至る恐怖感等は筆舌に尽くしがたいと
いうべきである。
殊に,被害者は,被告人を自身の経営する会社の役員として招き入れたり,取
得した店の営業権を譲渡してその経営を任せたりするなどして被告人の仕事の世
話をし,頼まれるまま被告人に多額の金員を貸し与え,様々な助言や指導を続け
て被告人の援助をして親交を深めていたにもかかわらず,かかる恩を施した被告
人から殺害された上,最愛の娘2人を残して突然人生を終えることを余儀なくさ
れたのであるから,その無念さは察するに余りある。
また,被害者の母親は,当公判廷において,「殺されたAも子供達が心配で心
残りで成仏できないでしょう。息子を殺された母親,父親を殺された子供達が心
に受けた傷は消えることはないでしょう。私は,人の命を奪った人は自分の命で
償うのが当たり前のことと思っています。被告人の死刑を心から望んでいま
す。」などと意見陳述をして被告人に対して極刑を望んでおり,被害者の2人の
娘及び内妻らが被告人に対して抱く処罰感情も峻烈である。さらに,何の前触れ
もなく突然愛する家族を失った遺族の受けた精神的衝撃,苦痛及び悲しみは計り
知れないものがあると理解できる。
6犯行後の情状
加えて,被告人は,本件犯行後,床に付いた血液を拭き取り,さらに血が付着
した衣服を着替えた上,被害者の車両を使って逃亡を謀るとともに,電源を切っ
た携帯電話等の被害者の所持品や血液の付着した自己の衣服等をごみ集積所に投
棄するなどの罪証隠滅工作を行い,被害者の遺体を殺害場所からレジ台脇,奥の
厨房の方へと順次移動させて隠すなどして犯行を隠蔽しようとしている。また,
犯行翌日には,被害者の遺体を解体して処分しようとノコギリやごみ袋,ゴム手
袋まで用意したものの,結局解体不可能と判断して,被害者を無残な姿で犯行現
場である「B」店内に放置している。かかる被告人の行動からは,自らが殺害し
た被害者に対する哀れみの感情や悔悟の念は皆無であると言わざるを得ず,犯行
後の情状も良くない。
7被告人の弁解について
まず,弁護人は,被告人が被害者に対して負うに至った債務の内容として,そ
もそもその根拠が極めて希薄なものが含まれていたという事情があり,これは被
告人に有利に斟酌すべきである旨主張して,被告人も同旨を述べている。
確かに,被告人と被害者との間における契約には,営業権の譲渡など評価的概
念を含むものがあるほか,必ずしも透明でない内容の旧債務の存在が窺える。け
れども,その件に対する被告人の主張は,本来,被害者との話し合いや専門家に
よる解決の方途を選択することによって解決を図るべきものであり,この点を被
告人に特に有利に斟酌すべき事情とすることはできないと思料される。
さらに弁護人は,被害者の生前の行状には非難すべき点が多々あり,そのよう
な被害者に対して被告人が抱いていた憎しみや,被害者からの解放を求める気持
ちが本件犯行の主な動機であったと指摘し,被告人も同様の弁解を述べている。
しかしながら,被害者の生前の行状がどのようなものであったにせよ,被害者
を殺害したという行為を正当化できるものではない。また仮に,被告人において
被害者の行状に憤懣が存していたとしても,被害者との関係を絶つことに格別の
客観的な障害が存していたとは認められない。即ち,被告人は,被害者を犯行現
場に呼び出した際,借金の減額等を求める最終確認をしたところ,これを断られ
るや躊躇なく本件犯行に及んでいるばかりか,それ以前に,従前から積もり積も
っていた被害者に対する不平,不満等の心情を被害者に吐露すらしていない。こ
れらの事実に鑑みれば,本件犯行の主たる動機が被害者に対する上記債務を免れ
ることにあったと推認することが自然と判断せざるを得ない。
8結論
以上に述べたとおり,被告人の本件犯行は,その動機において自己中心的かつ
身勝手なものであり,その態様は凶器を使用した計画的なもので犯情悪質である
上,その結果は尊いかけがえのない被害者の生命が失われたという誠に重大なも
のである。
他方,本件について被告人なりに一応反省の弁を述べ後悔の心情を示している
ことや,これまでは正業に就いて稼働してきたこと,被害者の従前の言動が被告
人を精神的に追い込む状況を作出したこと,自首していること,さらには被告人
には父親がおり被告人を案じていることは,被告人に有利に斟酌すべき事情であ
る。
そこで,以上のとおりの被告人に有利,不利に斟酌すべき一切の事情を総合し
て考慮すると,被告人には,その生涯をかけて被害者の冥福を祈らせ贖罪させる
ことが相当であり,被告人を無期懲役に処するべきであると判断した。
なお,弁護人は,被告人には自首が成立するから,自首によって刑を減軽し,
有期懲役刑を選択するのが相当である旨主張するが,被告人の自首は,被告人が
被害者の遺体の解体処分を断念した結果,いずれ遺体が発見され,被告人の犯行
が発覚すると考えてやむなくしたものにすぎないという経緯等からして,被告人
の真摯な反省悔悟の念に基づくものと評価することはできず,被告人の刑を減軽
して有期懲役刑を選択するのは相当ではなく,この点の弁護人の主張は採用でき
ない。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑無期懲役,主文記載のバール1本の没収)
(裁判長裁判官大谷吉史,裁判官西野牧子,裁判官廣瀬仁貴)

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