弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人吉田精三、同忽那隆治、同赤木文生の上告理由第一点について
 本件訴訟は、上告人が次のような事実、すなわち、(一) 日本の輸入業者である
株式会社D物産(以下「D物産」という。)は、ブラジル国の輸出業者であるE(
以下「E」という。)から本件原糖を買い受けたところ、Eは、その荷送人として、
オランダ国アムステルダム市に本店をおき日本国内に営業所を持つ海運業者である
被上告人と海上運送契約を締結し、被上告人から本件船荷証券の発行・交付を受け、
これを荷受人であるD物産に交付した、(二) 一方、被上告人は、本件原糖をその
所有船F号に船積してブラジル国サントス港から大阪港まで海上運送したが、F号
の発航当時、これを堪航能力及び堪貨能力のある状態におくことについて注意義務
を怠つたため、多数の袋に海水濡れを生じ一六〇万円を下らない原糖の毀損を生じ
させたので、D物産に対し運送契約上の債務不履行責任又は不法行為責任に基づき
右損害賠償義務を負うに至つたものであるところ、上告人は、D物産との間に締結
した本件原糖を保険目的とする積荷海上保険契約に基づき、一三七万六一八〇円の
保険金を支払つてD物産の被上告人に対する右損害賠償請求権を代位取得した、と
の事実を主張して、被上告人に対し右同額の損害賠償金及びこれに対する商事法定
利率による遅延損害金の支払を求めて、被上告人の営業所所在地を管轄する神戸地
方裁判所に提起したものであるが、被上告人は、本件船荷証券には「この運送契約
による一切の訴は、アムステルダムにおける裁判所に提起されるべきものとし、運
送人においてその他の管轄裁判所に提訴し、あるいは自ら任意にその裁判所の管轄
権に服さないならば、その他のいかなる訴に関しても、他の裁判所は管轄権を持つ
ことができないものとする。」旨の英文の管轄約款(以下「本件管轄約款」という。)
が存在し、本件管轄約款は国際的専属的裁判管轄の合意であるから、本件訴訟につ
いては、アムステルダム市の裁判所が専属管轄権を有し、神戸地方裁判所は裁判権
を有しないとの本案前の抗弁を主張したものである。
 原審は、上告人主張の前記(一)の事実及び被上告人の本件管轄約款に関する主張
事実を認めたうえ、(一) 本件国際的裁判管轄の合意の有効性の判断は、法廷地で
あるわが国の国際民訴法によつて決定されるべきものであるところ、Eが本件船荷
証券の交付を受けた際に特に本件管轄約款によらない旨を表示し又はその後に本件
管轄約款に関し異議を述べたことを認めるに足りる証拠がなく、本件管轄約款は、
被上告人とEとの間において、本件運送契約による運送中に生じた損害賠償を求め
る訴訟につき、それが債務不履行を理由とするか不法行為を理由とするかを問わず、
すべてわが国の裁判権を排除してアムステルダムの裁判所を第一審の専属管轄裁判
所として指定する旨の合意として成立したことが明白である、(二) 右の趣旨の合
意は、わが国の裁判権に専属しない事件に関するものであり、かつ、当該外国法上
でその国の裁判所が当該事件につき管轄権を有することが明らかである限り、原則
として有効であると解すべきところ、本件はわが国の裁判権に専属しない事件であ
り、かつ、アムステルダムの裁判所は被上告人が被告として提起されるべき本件と
同種の訴訟について法定の管轄権を有することが明らかであるから、本件国際的専
属的裁判管轄の合意は有効であり、本件管轄約款を記載した本件船荷証券上に荷送
人であるEの署名は存在しないが、この一事によつてその効力が左右されるもので
はない、(三) いわゆる船荷証券統一条約及びこれに基づく国内法である国際海上
物品運送法の精神に照らすと、船荷証券上の裁判管轄約款は、それが運送人による
免責約款濫用防止のために本来適用されるべきいわゆる公序法の適用を免れること
を目的とし、又は企業者としての経済的優位を不当に利用し合理的範囲を超えて運
送人に偏益するなどの場合には、無効とされるべきであるが、本件の事実関係のも
とにおいては、いまだ、本件管轄約款が公序法に違反すると認めるに足りない、(
四) 本件管轄約款による管轄の合意の効力は、対象とされた法律関係が当事者間
においてその内容を自由に定められる性質のものであるから、Eの特定承継人であ
る上告人にも及ぶと判示し、被上告人の前示抗弁を容れて、本件訴を却下すべきも
のとした。
 一 所論は、国際的裁判管轄の合意についても、民訴法二五条二項所定の管轄の
合意と同様、書面をもつてすることを要すると主張するが、国際民訴法上の管轄の
合意の方式については成文法規が存在しないので、民訴法の規定の趣旨をも参しや
くしつつ条理に従つてこれを決すべきであるところ、同条の法意が当事者の意思の
明確を期するためのものにほかならず、また諸外国の立法例は、裁判管轄の合意の
方式として必ずしも書面によることを要求せず、船荷証券に荷送人の署名を必要と
しないものが多いこと、及び迅速を要する渉外的取引の安全を顧慮するときは、国
際的裁判管轄の合意の方式としては、少なくとも当事者の一方が作成した書面に特
定国の裁判所が明示的に指定されていて、当事者間における合意の存在と内容が明
白であれば足りると解するのが相当であり、その申込と承諾の双方が当事者の署名
のある書面によるのでなければならないと解すべきではない。論旨は、採用するこ
とができない。
 二 所論は、本件管轄約款が専属的合意であることが明確ではないと主張するが、
本件訴訟については、被上告人の本店所在地であるアムステルダム市の裁判所及び
その営業所所在地を管轄するわが国の裁判所がいずれも法定の管轄権を有すると解
されるところ、本件管轄約款はそのうち前者のみを残して他の裁判所の管轄権を排
除する趣旨であることが明らかであり、かような管轄の合意は専属的合意と解する
のが相当である。これと同旨の原審の認定判断は、正当として是認することができ
る。
 同第二点について
 一 ある訴訟事件についてのわが国の裁判権を排除し、特定の外国の裁判所だけ
を第一審の管轄裁判所と指定する旨の国際的専属的裁判管轄の合意は、(イ) 当
該事件がわが国の裁判権に専属的に服するものではなく、(ロ) 指定された外国
の裁判所が、その外国法上、当該事件につき管轄権を有すること、の二個の要件を
みたす限り、わが国の国際民訴法上、原則として有効である(大審院大正五年(オ)
第四七三号同年一〇月一八日判決・民録二二輯一九一六頁参照)。
 所論は、当該外国の裁判所が同種の管轄の合意を有効と判断することを要すると
主張するが、前記(ロ)の要件を必要とする趣旨は、かりに、当該外国の裁判所が
当該事件について管轄権を有せず、当該事件を受理しないとすれば、当事者は管轄
の合意の目的を遂げることができないのみでなく、いずれの裁判所においても裁判
を受ける機会を喪失する結果となるがゆえにほかならないのであるから、当該外国
の裁判所がその国の法律のもとにおいて、当該事件につき管轄権を有するときには、
右(ロ)の要件は充足されたものというべきであり、当該外国法が国際的専属的裁
判管轄の合意を必ずしも有効と認めることを要するものではない。本件において、
原審の確定したところによれば、アムステルダムの裁判所が本件訴訟につき法定管
轄権を有するというのであるから、原判決が所論の点について判示しなかつたこと
をもつて、所論の違法があるとはいえない。
 二 所論は、国際的専属的裁判管轄の合意が有効と認められるためには民訴法二
〇〇条四号の相互の保証のあることを要すると主張する。しかしながら、外国判決
により当該外国において強制執行をすることは一般的に可能であり、相互保証が存
在しないためわが国における右外国判決による強制執行が不能であるとしても、前
記一(ロ)の要件を欠く場合とは異なり、権利の実現が全く閉ざされることとなる
ものではなく、管轄の合意は本来判決手続についてされるものであるが、当事者は、
その合意をするにあたつて、当該外国における強制執行の実効性を考慮しうるし、
また、この強制執行のため費用等の負担の増大をきたすことがあるが、かかる負担
の増大は、管轄の合意に伴う附随的結果にほかならない。したがつて、わが国の裁
判権を排除する管轄の合意を有効と認めるためには、当該外国判決の承認の要件と
しての相互の保証をも要件とする必要はないものというべきであり、このように解
しても当事者が右合意によつて通常意図したところは十分に達せられるというべき
である。論旨は、採用することができない。
 同第三点について
 所論の点に関する原審の認定判断もまた、正当である。原審は、本件管轄約款の
趣旨を合理的に探究してその管轄の合意の対象となる法律関係についての当事者の
意思が原判示のとおりであると認定したのであつて、債務不履行に基づく損害賠償
請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権との競合を否定する趣旨を判示したので
はなく、右の管轄の合意が本訴についてのわが国の裁判権を排除する効力を有する
かどうかの本案前の抗弁に対する判断にあたり、法廷地であるわが国の国際民訴法
がその準拠法となる旨を判示したのにすぎないのである。所論は、原判決を正解せ
ず、独自の見解に基づいて原審の判断を非難するものであり、論旨は採用すること
ができない。
 同第四点について
 被告の普通裁判籍を管轄する裁判所を第一審の専属的管轄裁判所と定める国際的
専属的裁判管轄の合意は、「原告は被告の法廷に従う」との普遍的な原理と、被告
が国際的海運業者である場合には渉外的取引から生ずる紛争につき特定の国の裁判
所にのみ管轄の限定をはかろうとするのも経営政策として保護するに足りるもので
あることを考慮するときは、右管轄の合意がはなはだしく不合理で公序法に違反す
るとき等の場合は格別、原則として有効と認めるべきである。したがつて、被上告
人の本店所在地の裁判所を専属的管轄裁判所として指定した本件管轄約款は、所論
指摘の諸点を考慮に入れても、公序法に違反する無効なものであるということはで
きない。これと同趣旨の原審の判断は正当であり、論旨は採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主
文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    高   辻   正   己
            裁判官    関   根   小   郷
            裁判官    天   野   武   一
            裁判官    坂   本   吉   勝
            裁判官    江 里 口   清   雄

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