弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主    文
1 本件控訴を棄却する。
2 訴訟承継に基づき,原判決主文第1項及び第4項(訴訟費用の仮執行宣言の部
分を除く。)を次のとおり変更する。
 (1)① 控訴人Aは,被控訴人らそれぞれに対し,金1867万0225円及びこ
れに対する平成5年5月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  ② 控訴人B,同C及び同Dは,被控訴人らそれぞれに対し,各金622万3
408円及びこれに対する平成5年5月7日から支払済みまで年5分の割合による
金員を支払え。
 (2) 前項は,仮に執行することができる。
ただし,控訴人Aが被控訴人らに対し各金1350万円の担保を,控訴人
B,同C及び同Dがそれぞれ被控訴人らに対し各金450万円の担保を供するとき
は,仮執行を免れることができる。
3 控訴費用は控訴人らの負担とする。
        事実及び理由
第1控訴の趣旨
 1 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。
 2 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
第2 事案の概要
1 本件は,福岡大学に在籍し,福岡市城南区のアパートで一人暮らしをしていた
H(当時21歳)が,嘔吐及び発熱を訴え亡G医師の開設するG医院を受診したと
ころ,G医師により解熱剤の皮下注射等を受けるとともに解熱鎮痛剤を含む内服薬
を処方され帰宅したが,その3日後には自室において遺体で発見されたことについ
て,Hの死因は,G医院で皮下注射された解熱剤ないし処方された内服解熱鎮痛剤
等の副作用によるものであるとして,Hの父母である被控訴人らがG医師(第1審
判決後にG医師が死亡したため,控訴人らが当審において訴訟を承継した。)に対
し,不法行為に基づく損害賠償及びこれに対するHが死亡したという平成5年5月
7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事
案である。
 なお,被控訴人らは,原審においては,それぞれ金3886万2736円及びこ
れに対する平成5年5月7日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損
害金の支払を求めていたが,当審においては,請求を減縮し(主たる請求額を原審
認容額であるそれぞれ金3734万0451円とした。),さらに,G医師が平成
13年7月26日死亡したことにより,控訴人らは,その法定相続分の割合で,損
害賠償債務を相続したとして,控訴人Aに対し,各金1867万0225円及びこ
れに対する平成5年5月7日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金,控
訴人B,同C及び同Dそれぞれに対し,各金622万3408円及びこれに対する
平成5年5月7日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めて
いる。
2 争いのない事実ないし証拠上容易に認められる事実
  原判決の「第二 事案の概要」欄の「二 争いのない事実ないし証拠上容易に
認められる事実」欄記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,「被告」
とあるのを「G医師」と,「被告医院」とあるのを「G医院」とそれぞれ訂正し,
原判決5頁1行目に「下痢及び」とある部分を削除し,原判決8頁6行目に「(乙
三の2)」とあるのを,「(甲50)」と訂正する。)。
なお,G医師は,平成13年7月26日死亡した。その相続人は,妻である控訴
人A,子である控訴人B,同C及び同Dである。
3 争点及び争点に対する当事者の主張
原判決の「第二 事案の概要」欄の「三 争点及び争点に対する当事者の主張」
欄記載のとおりであるから,これを引用する。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(Hの死亡原因)について
(1) 原判決の「事実及び理由」欄の「第二の二1」の事実及び証拠(各項ごとに
記載した。)によれば,以下の事実が認められる。
① 平成5年5月2日,Hは長崎市内の被控訴人らの居宅に帰省したが,そのと
き被控訴人らからみてHに体調の異常は見当たらず,またHも体調不良を訴えるこ
とはなく,通常の生活をしていた。(原審における被控訴人E本人13,同F本人
30,31)
② 同月6日午後11時過ぎころ及び翌7日午前8時ころ,それぞれ被控訴人E
はHと電話で話をしたが,その際,Hが体調不良を訴えることはなかった。(原審
における被控訴人E本人16ないし23,同F本人58)
③ Hは,同日(時刻については争いがある。),G医院を訪れてG医師の診察
を受け,その際,G医師に対し,嘔吐,数日前からの発熱を訴えた。なお,下痢に
ついては,G医師がHに投薬した風邪薬に下痢止めが含まれているとしても,カル
テにはHが下痢を訴えたという記載はないのであり,また,G医師は,Hにオベロ
ン注射をするに当たり,体温計を使用することなく,触診のみで体温を判断するな
ど,Hの症状を具体的に確認してきめ細かく対応していたとは考えられないことか
らすると,単にHに投薬された風邪薬に,予め下痢止めの薬が処方されていたに過
ぎず,Hが訴えた下痢症状に応じて前記処方がされたものではないと考えられるか
ら,Hが下痢を訴えたとは認定できない。(甲2,乙1)
④ G医師は,Hの訴えを受け,触診により発熱を確認し,問診,触診及び打聴
診により,Hの症状を感冒による消化器症状であると診断した上,Hに対し,非ス
テロイド性抗炎症薬でピリン系解熱剤であるオベロン1アンプルを皮下注射すると
ともに,軽度の脱水症状を回復する目的で約1時間をかけて点滴を施した。(甲
2,乙1,9,16,原審におけるG本人①23,35,39,40,58)
そして,G医師は,Hに対し,内服薬1日分(食前服用としてナウゼリン(吐
き気止め)3錠,食後服用として消炎鎮痛解熱剤ポンタール散(うちメフェナム酸
50パーセント)1グラム,解熱鎮痛剤フェナセチン散0・8グラム,次硝酸ビス
マス(下痢止瀉)2グラム,エンテロノンR(整腸剤)4グラム,ネオレスタミン
(抗ヒスタミン剤(感冒))0・8グラム,スメドリン錠(鎮痛剤)3錠(以上6
種の医薬品を調剤して食後用としたものを3包に分けて処方。))を処方した。
なお,G医師によるHの診断である「感冒による消化器症状」については,Hは,
1,2日間発熱が続いていたのに,咳,痰,鼻づまり,上気道の炎症といった呼吸
器症状があったとは認められないのであるから,感冒であったとは認められないの
であり,前記G医師の診断は,投与した薬から保険審査を通過するために付けた便
宜的診断名であると認められる(K鑑定)。
⑤ 同日午後7時過ぎころ,Hの姉がHの住むアパートに電話したところ,Hは
電話に出ず,また被控訴人Fが宅配便で発送したHの荷物の配達予定日である翌8
日になってもHから何の連絡もなかったことから,被控訴人Fは,同日から翌9日
にかけて何度もHのアパートに架電したが,Hは電話に出なかった。(甲35,原
審における被控訴人F本人66)
⑥ 翌10日午後,被控訴人FからHの様子を見るよう依頼された友人によりH
の遺体が発見され,その後の検視に携わったI医師により,原因不明の急性循環不
全による死亡と診断された。(甲1,35)
発見時のHの部屋は,窓にはカーテンがかかり,暖房が作動し,室内の電灯とテレ
ビはついたままで,Hは室内に敷かれた布団の中で横向きになった状態で死亡して
おり,枕元には新聞が敷かれ,その上に1口ほど食べた跡のある弁当と飲み干され
たジュースの空き缶があり,その横には封が切られ,中身がなくなっている薬袋と
錠剤の包み殻が残されていた。
弁当の食べ跡からすれば,Hは当時吐き気等により食欲がなかったものと思われ,
同人は食後に薬を服用するためもあって弁当を買ったものと考えられる。
(甲35,原審における証人I12ないし26,被控訴人F本人124ないし13
2,168ないし190)
前記認定事実に証人Iの証言を総合すれば,Hは平成5年5月7日,G医院離院
後,弁当を買ってそのまま帰宅したと考えられ,当時の症状からして,帰宅後間も
なく,食前にナウゼリン1錠を服用し,ついで,弁当を1口食べて,G医師から処
方された食後用の薬1袋(うちポンタール散中のメフェナム酸約0・17グラム,
フェナセチン約0・267グラム)を服用し,布団に入った後同日午後7時ころま
でに死亡したものと推認される。
また,前記⑥の事実からHが死亡前に暖房をつけていたこと並びにHは電灯及び
テレビをつけたまま布団に入って死亡していたことが認められ,このことから,H
は死亡前に強い寒気を感じていたことが推認される。
(2) HのG医院受診時刻及び3剤服用時点について
この点につき,控訴人らは,最終的に,G医師自身の記憶及びG医院のレセプト
コンピュータ等の記録からHの受診時刻を推理し,原判決の「事実及び理由」欄の
「第二の三1(控訴人らの主張)(一)」のとおりHの受診時刻を主張する。
ところで,Hの受診時刻に関する控訴人らのこれまでの主張ないしG医師の陳述
の経過は,次のとおりである。
G医師は,平成5年5月21日に来院した被控訴人Eらに対し,Hの受診時刻に
つき,「覚えていないが,コンピューターで調べればすぐ分かるから後で教えま
す。」と述べたものの,結局コンピューターの都合で回答できないという態度で終
わり(弁論の全趣旨(被控訴人ら平成9年8月18日付け準備書面19頁)),同
年6月26日に来院した被控訴人らの長男Jに対しては,「(Hの受診時刻を)コ
ンピューターで受付番号から見ると,だいたいお昼である(と)。」述べ(甲38
の8頁),同年7月5日来院した被控訴人らに対しては,「時間はよくわからない
から。」と言いつつも,「(午後)1時から2時の間ぐらいですね。」と述べ(甲
39の25頁),さらに,同年8月24日に被控訴人らに交付した診断書(甲2)
に「5月7日昼すぎ(コンピューター登録順位より推定すれば午後1時から2時
か)受診」と記載し,さらに平成8年12月13日付答弁書において,Hの受診時
刻を午後1時ころと主張し,平成9年4月17日付け準備書面において,レセプト
コンピューター記録紙(乙4。なお,平成6年9月8日実施の証拠保全としての検
証調書添付複写紙⑤,⑥は乙4とほぼ同内容のものである。)上のHの直後の請求
番号の患者の心電図検査記録(乙5)の時刻が平成5年5月7日午前11時16分
であることが判明したとしてHの受診時刻が午前11時ころである可能性もあると
いう理由により,受診時刻を午前11時ころないし午後1時ころと主張し,同旨の
陳述をするに至った(乙9)。
しかし,G医師はHの受診後3日目の平成5年5月10日午後4時30分ころに
西警察署の警察官江藤から電話でHの死亡及びHの部屋にG医院の薬袋が置いてあ
ったことを告げられ,診察内容及び投薬内容を簡単に説明し,呼び出されれば応ず
る旨伝えたというのであって(甲38,乙1,9),受診後わずか3日目(なお,
その間の同月9日は日曜日である。)に警察から連絡があったということであれ
ば,自分と雇用している3名の看護婦(あるいは妻を含む。)の記憶及び当日の何
らかの記録を照合すれば,その段階でおおよそのHの受診時刻及び離院時刻が判明
するはずであると思われる。
そうすると,Hの死後3年近くも経過した後になって,主張を変更して受診時刻
を午前11時ころないし午後1時ころなどというに至ったG医師の態度は極めて不
自然,不合理というべきであって,乙4(レセプトコンピューター記録紙)は,G
医院における受付番号ではなく,診療報酬請求のための請求番号に過ぎない上,そ
の請求番号がコンピューターで自動的に付けられるのであるとすれば,欠番が生じ
ることは考えられないにもかかわらず,欠番が存在することからみて,その内容に
おいてHの受診時刻を客観的に示すものではない上,乙4だけではそれが改ざんさ
れたものでないことが不明であること,他にこれまでの控訴人らの主張を裏付ける
客観的証拠がないことも併せ考慮すれば,Hの受診時刻についての控訴人らの主張
ないしG医師の陳述はいずれも採用し難いというほかない。
他方,Hの受診時刻についての原判決の「事実及び理由」欄の「第二の三1(被
控訴人らの主張)(一)(1)」の事実は,G医師が乙第9号証において陳述するとこ
ろであり,同(2)の事実のうち,Hの在院時間が約1時間であったことは当事者間に
争いがなく,G医師は平成5年5月7日当日Hに対し,1日分の薬しか処方せず,
翌日再来院するよう勧めており,同月21日被控訴人Eらに対し,「検査は翌日に
しようと思っていた。」旨述べていたようであるが(弁論の全趣旨(被控訴人ら平
成9年6月16日付け準備書面22頁)),以上の事実のみによって,被控訴人ら
主張のとおり,Hの受診時刻を午後5時ころと推認することには無理があり,他に
そのように認めるべき証拠はない(ただし,被控訴人らの主張を否定し去る証拠も
ない。)。
結局,本件全証拠をもってしても,HのG医院受診時刻は特定できないものとい
わなければならない。
次に,Hが3剤を服用した時点を検討するに,前記(1)のとおり,HがG医院離院
後弁当を買ってそのまま帰宅し,帰宅後間もなく,弁当を1口食べて3剤を服用し
たと推認されることからすると,離院後30分ないし1時間程度の時点であろうと
思われ(甲34の26頁),オベロン注射後の在院時間が約1時間であるから,H
のG医院受診時刻がどうであれ,3剤服用時点はオベロン注射後1時間半ないし2
時間程度しか経過していない時点であったと推認するのが相当である(なお,甲3
4の26頁は,死体発見時に昼食用の牛乳とパンが残っていたことを理由に弁当を
夕食用としているが,当時Hに嘔吐症状があり,少しでも薬剤を服用しやすくする
ため弁当を買ったという可能性も考えられるから,これらの証拠関係のみから購入
した弁当が夕食用であったと断定することは相当でない。また,当時のHの症状に
鑑みれば,暖房が作動し,カーテンがかかって電気がついていたからといって,3
剤服用時点が夕方以降でなければならないとは断定できない。もっとも,購入した
弁当が夕食用であったとすれば,前記のとおり,HがG医院離院後弁当を買ってそ
のまま帰宅し,帰宅後間もなく弁当を食べたと考えられること,Hに対する投薬が
一日分のみであったこと等からして,Hの来院時刻は被控訴人らが主張するように
午後5時ころと認定することが可能となるところ,そのような認定を前提として
も,帰宅後間もなく弁当を食べて3剤を服用したとの前記認定が左右されるもので
はない。なお,控訴人らは,Hにおいても常識的に考えて注射と薬の服用には時間
をあけた方がよいことも分かっていたはずであるから,病院で注射を受けた後に弁
当を買って帰宅後間もなく弁当を食べて薬を服用するというのは矛盾であると主張
するが,処方された薬の作用を説明されていない場合,患者としては,処方薬の食
前ないし食後との指示に従って服用するのが通常であると考えられるから,控訴人
らの主張は採用することができない。)。
(3) 鑑定等について
 ① 鑑定人K作成の鑑定書(補充書を含む。)及び証人Kの証言(以下「K鑑
定」という。)
 K鑑定は,Hの死因につき,「オベロン,ポンタール散及びフェナセチンの複合
作用によって死亡した可能性が高い。」,すなわち,本件においては,Hに対し,
薬学的に安全とされていない投薬方法(ピリン剤である緊急解熱剤「オベロン注射
液」の投与後,相互副作用発現の危険性から併用を避けるように指示されている同
効解熱薬「ポンタール散・フェナセチン」の追加併用投薬)が行われていることか
ら,「ピリン剤異常中毒症状の状態で死亡した可能性が高い」としている。
 なお,K鑑定人作成の鑑定書では,Hが当時急性肝炎(A型肝炎)の前駆期にあ
った可能性が高いとされ,肝臓の機能が悪く,薬剤を十分に代謝排泄する能力が欠
如していたために,異常中毒症の状態となったものと指摘されているが,K証言を
加味すると,K鑑定は,Hが急性肝炎による肝障害の状態にあったことを一つの身
体要素として判断したに過ぎず,仮に,そのような状態になかったとしても,急性
肝炎の前駆期にあったことは論理的前提ではないから,異常中毒症の状態となって
死亡した可能性が高いという結論は左右されないとの意見である。
② L医師の意見(甲33,69の1,70の1)
 L医師は,Hの死因について,「ア ポンタール散によるアナフィラキシー・シ
ョック(アナフィラキシー型ショック),イ オベロン注単独,あるいはオベロン
注,ポンタール散,フェナセチンによるプロスタグランディン合成阻害を介したシ
ョックの可能性が最も大きく,ついで,ウ 上記解熱剤による「異常中毒」とも呼
ぶべき病態(種々の不特定の発病機序が考えられる)による可能性,エ ポンター
ル散による電撃的な溶血性貧血などの血液疾患の可能性もあり得る」としている。
③ M医師の意見(乙17の1,乙18)
 M医師は,Hの死因は不明であり,オベロン,ポンタール散及びフェナセチンの
複合作用によって死亡したとの結論は可能性としては全く考えられないわけではな
いが,急性心筋炎による突然死と比べて特段可能性が高いとは言えず,その他の内
因性急死の可能性も考えられなくはないとしている。
④ N医師の意見(乙21の1,23,24)
 N医師は,Hの死因は,心筋炎(不整脈)による突然死である可能性が高い,す
なわち,Hは,G医院を受診した際の症状からみてウィルス性の胃腸炎であり,ウ
ィルス感染によりウィルス性心筋炎を来たし,不整脈により突然死したものである
としている。
(4) 前記(1)ないし(3)を前提とした上で,Hの死亡原因につき検討する。
① 当裁判所は,Hの死因については,K鑑定を採用し,Hは,G医師により投
与されたオベロンが体内に残留している状況の下で,G医師の処方に係るポンター
ル散及びフェナセチンを服用したことにより,各医薬品の相互作用により死亡した
ものと推認するのが相当であると判断する。
 すなわち,K鑑定は,「オベロン,メフェナム酸(ポンタール散に50パーセ
ント含有されている。)及びフェナセチンは,いずれもプロスタグランディン生合
成阻害作用(発熱の原因となり,血管収縮作用のあるプロスタグランディンの生合
成を阻害し,毛細血管を開かせ,発汗させることによって体温を降下させる作用で
あるが,循環不全,ショック等の原因となり得る。)を伴うものであり,併用する
のは避けなければならないとした上で,本件においては,ポンタール散服用による
アナフィラキシーショック死も一応考えられるが,定型的なアナフィラキシーショ
ック死に見られやすい尿失禁や下痢便による肛門周辺の汚染が検視時に認められて
いないことからすると,やや可能性は低いと考えられ,仮にポンタール散によるア
ナフィラキシーショック死であったとしても,その下地にオベロンの体内残留が存
在したことも一因となっている可能性があると考えられる。」として,前記結論を
導いているものと解される。
 そして,ア 甲第3号証の3によれば,G医師がHに対して皮下注射した解熱剤
オベロンは副作用として過度の体温下降,虚脱,四肢冷却等の症状が現れることが
あると認められ,まれにショック等の重篤な副作用が発現すると認められること,
イ 甲第3号証の3,第13号証によれば,オベロンは,致死的または極めて重篤
かつ非可逆的な副作用が発現する結果,即時型アナフィラキシー・ショックに限ら
ず,極めて重篤な事故につながる可能性があり,特に注意を喚起する必要のある医
薬品として,その添付文書に「警告」が記載されていると認められること,ウ 甲
第7号証によれば,昭和61年4月から昭和62年3月までに厚生省に報告のあっ
た副作用モニター報告の中に,オベロンの主成分である解熱鎮痛剤スルピリンの注
射により死亡,循環不全を招来した副作用の疑いがあるとされた各症例があったと
認められること,エ 本件全証拠によっても,G医師がHに投与ないし投薬した薬
剤による副作用以外にHの死亡を惹起する蓋然性があると推認される原因は考えら
れないこと,オ 訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的
証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発
生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであるところ,後記の
とおり,Hが心筋炎により死亡した可能性は極めて低く,HがG医師が投薬した薬
剤による副作用により死亡したとの高度の蓋然性が肯定できることに照らしても,
前記のK鑑定の判断過程は合理的であって,その結論も含めて肯定できるものであ
る。
なお,控訴人らは,K鑑定は,HがG医院受診時にA型肝炎による肝障害の状態
であったことを前提としているところ,HにはA型肝炎や肝障害があったことは認
めることができず,誤った事実を前提として結論を導いているから,鑑定の結論は
誤りであると主張している。
 しかしながら,K鑑定人作成の鑑定書の記載からは,K鑑定においては,HがA
型肝炎の前駆期であったことが前提とされているように読めるが,K鑑定人は,そ
の尋問において,HがA型肝炎の前駆期になかったとしても,鑑定の結論は左右さ
れないとしており,前記アないしエの事実に照らすと,その判断は十分首肯できる
のであり,控訴人らの主張は理由がない。なお,むしろ,K鑑定は,疫学的な根拠
として,季節が5月初旬であること,Hが21歳の男性であり,A型肝炎はウイル
スに感染すると抗体を作り,一生感染しなくなるが,我が国では30歳代以下の若
い年齢層ではほとんど免疫を持っていないものと考えたことを挙げた上,悪心嘔
吐,発熱を主とした症状及び推測された食欲不振,強い嘔吐,悪寒発熱等の存在等
から,Hの症状は感冒の症状には一致せず,A型肝炎の前駆期の症状に一致してい
ることから,Hについて急性肝炎(A型肝炎)の前駆期にあった可能性が高いと示
しているのであって,その判断には合理性があり,その他に積極的な資料が存在し
ないとしても,それは急性肝炎(A型肝炎)であったことを否定する根拠とはなら
ず,誤った事実を前提としているとも考えられない(なお,K鑑定の前記判断によ
れば,Hが急性肝炎(控訴人らが主張するHが薬剤に過敏に反応しやすい身体的要
素)の前駆期にあったことがHの死亡の主因となっているものともいえず,かつ,
Hが急性肝炎であったとすれば,G医師がその存在を看過して投薬したことがHの
死亡の一因となったものと考えられるから,Hが急性肝炎に罹患していたことを損
害額の減額の要因とすることはできない。)。
 そして,K鑑定の結論は,L医師の意見によっても裏付けられているものであ
る。控訴人らは,L医師の意見は,ポンタール散中のメフェナム酸の含有量の計算
に明白かつ重大な誤りがあり,採用することはできないと主張するけれども,K鑑
定は,そのような計算の誤りを前提として導かれたものではないし,L医師も,ポ
ンタール散中のメフェナム酸の含有量の計算に誤りがあったことを認めてこれを訂
正した上,検討した結果,Hの体内に投与された解熱剤の総量が過剰であったと指
摘して,同様の結論を導いているのであって,控訴人らの主張によっても,L医師
の意見が不合理であるということはできない。
② 控訴人らは,HがG医院を受診したのは午前11時ないし午後1時ころであ
り,オベロン注射からポンタール散等服用までには相当程度の時間が経過している
ことから,ポンタール散等服用の時点ではHのオベロンの体内残留量は格別の影響
はない程度であった旨主張するが,本件全証拠によってもHの受診時刻を特定でき
ないところ,受診時刻がどうであれ,オベロン注射から1時間半ないし2時間程度
経過した時点でHが3剤を服用したと推認されることは,前記のとおりであって,
この程度の経過時間によりオベロン注射の影響が残存しなくなるとは考えられない
から(甲33,証人K92等),控訴人らの主張は理由がない。なお,控訴人ら
は,薬剤の相互作用は,複数の血中濃度が最高値となる時点が重なるか,非常に近
接していなければ通常生じないと主張するが,薬剤の効果は一定の血中濃度で現れ
るものであり,最高血中濃度に達しなければ薬効が現われない訳ではないと考えら
れることに照らして,控訴人らの主張は採用することはできない。
 また,控訴人らは,Hの死因が心筋炎によるものである可能性が高い旨主張し,
M医師及びN医師の意見もこれに副うものである。
しかし,M医師の意見は,Hの死亡時刻が不明であること,内服薬の服用時刻が
不明であること,解熱剤の皮下注射を受けて帰宅した患者がその後すぐに,処方さ
れたほぼ同様な解熱作用を持つ薬剤を今度は経口的に服用したと考えることにも無
理があるなどと,前記認定とは異なった前提に立つものであり,そのような前記認
定とは異なった前提を基にした考察・結論を採用することは困難である。また,N
医師の意見は,Hの死因は,心筋炎(不整脈)による突然死である可能性が高いと
いうものであるが,その判断の前提とされているHの症状がウイルス性胃腸炎であ
るとする点は,その客観的裏付がないから(K鑑定参照),その判断自体が適切か
どうか疑問がある上,現にHに投与された解熱剤は心筋炎を憎悪させる因子である
と考えられるにもかかわらず,この解熱剤の影響についての具体的な検討を行わな
いまま,判断の前提とすることが出来るかどうか不明確なウイルス性胃腸炎を前提
とし,かつ,現に投与された解熱剤の影響を加味して検討することもしないまま,
Hの死因につきウイルス性心筋炎による突然死であると結論づけているものであっ
て,その判断手法からみて,死因としては極めて可能性が低いと考えられる心筋炎
をHの死亡原因であると結論づけているものと考えられ,到底採用することができ
ない。
そして,控訴人らが,Hが当時心筋炎であったことの根拠として掲げる各症状
は,心筋炎に独自の症状と言えるものではなく,他に積極的にHが心筋炎であった
と窺わせる根拠はないこと,甲第33号証によれば,HがG医師に訴えていた症状
がその数時間後に死亡にまで至るほどの重症の心筋炎であったと推認するのは困難
であると認められること,G医院受診時にHがその日のうちに死亡するほどの重症
の心筋炎状態であったと認めることはできず,前記のとおり,控訴人らがその主張
の根拠とするM医師及びN医師の各意見が採用できないことに照らしても,Hの死
因が心筋炎である可能性は極めて乏しく,HがG医師が投薬した薬剤の副作用によ
り死亡したとの判断を左右するものではないから,控訴人らの主張は採用できな
い。
2 争点2(G医師の注意義務違反の有無)について
  原判決の「事実及び理由」欄「第三の二」記載のとおりであるから,これを引
用する。控訴人らの当審における主張は,原判決がG医師の過失を認定したことを
非難するものであるが,控訴人らの主張によっても原判決の判断は左右されない。
3 争点3(被控訴人らに生じた損害)について
  原判決の「事実及び理由」欄「第三の三」記載のとおりであるから,これを引
用する。
4 まとめ
 以上により,被控訴人らの請求は,G医師に対してそれぞれ3734万045
1円及びこれに対する平成5年5月7日から支払済みまで年5分の割合による遅延
損害金の支払を求める限度で理由があるから,原判決は相当であるところ,G医師
は,平成13年7月26日死亡し,妻である控訴人A,子である控訴人B,同C及
び同Dが,前記損害賠償債務を法定相続分に従って承継したことが明らかであるか
ら,控訴人Aは,被控訴人らに対し,それぞれ1867万0225円及びこれに対
する平成5年5月7日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金,控訴人
B,同C及び同Dは,被控訴人らに対し,それぞれ各622万3408円及びこれ
に対する平成5年5月7日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払
う義務を負うものである。
よって,主文のとおり判決する。
福岡高等裁判所第1民事部
     裁判長裁判官 宮   良   允   通
        裁判官 石   井   宏   治
        裁判官 野   島   秀   夫

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採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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