弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役一年に処する。
     原審未決勾留日数中三〇日を右本刑に算入する。
     原審並びに当審訴訟費用は全部被告人の負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人尾崎陞、提出の控訴趣意書並びに同補充書記載のとお
りであるから、これをここに引用し、これに対し、次のとおり判断する。
 控訴趣意第一点について、
 所論によると、原判決は、被告人が被害者の道路中央に佇立して自動車の通過を
待つていたのを発見しながら何等除行の措置を執らず、漫然同一速度を以てその前
方を通り抜けようとしたことに業務上の過失があると判示する。然しながら当時、
被害者は被告人の自動車の進行方向右側から左側に向いて道路中央に立ち、その時
対向して進行する車もなかつたのであるから、この様な場合、被告人において被害
者が道路を右から左へ横断しようとして被告人の運転する自動車を認め、その通過
を待つて佇立しているものと判断したのは当然である。しかるに、被害者は被告人
の自動車がその直前に来たところ、酒に酔つていたのでふらふらと前に体をのり出
し、その結果偶発的に本件事故を発生したものであるから、被告人にとつて全く予
見できない事故であつて、被告人には何等過失がないと主張する。よつて所論に基
き本件記録を精査して検討するに、被告人は原判示のとおり、時速約四〇粁で原判
示国道を進行中、道路中央に佇立していた被害者Aを発見したのに拘わらず、何等
除行措置を執らず、同一速度を以つて同人の直前を通り抜けようとしたところ、同
人が急に自動車の進路に進み出たので、自動車の右側車体を同人に突き当て、よつ
て原判示の如き傷害を与えたものであることを明認できる。このように自動車の往
来する道路を横断しようとして、その中央まで進み出た歩行者が自動車の接近し来
るのに気付き立止まつた場合においても、常に必らずしも、そのままの姿勢で佇立
し、自動車の通過を待つものとは限らず、何等かの衝動に基き突然、前進する場合
のあることは日常経験するところである。いわんや本件の場合、証人Bに対する原
審証人尋問調書によると被害者は本件事故の発生直前、酒に酔つた風で道路中央に
立ち、手を振りながら交通整理のような格好をしていたことが認められるので、被
告人にして前方注視の義務を怠らなければ、右の如き挙動により酒に酔つた被害者
が突如自動車の進路に進み出ることのあるのは、当然予見し得たところであるか
ら、その動静に細心の注意を払い、右の如き場合、直ちに臨機の措置を講じ、以て
危険の発生を未然に防止し得る如く、速力を減じ、佇立者と相当の間隔を保ちつつ
通過する等の業務上の注意義務の存することは言うを俟たないところである。然る
に、被告人は右注意義務を怠り、漫然四〇粁の速度のまま、その前方を通り抜けよ
うとした過失に基き本件事故を惹起したものであるから、到底過失の責を免かれな
い。よつて原判決が被告人に対し原判示の如き業務上過失の責任を認めたのは正当
であつて、いささかも事実を誤認し、不当に過失の責任を認めた違法は認められな
い。論旨はその理由がない。
 控訴趣意第二点の(ロ)の同補充書の一について
 所論によると、原判決が被告人の被害者Aを遺棄した所為と同人の死亡の結果と
の間に因果関係の存在を認めたのは事実誤認であり、且つ、審理を尽さず判断した
違法が存すると主張する。よつて所論に基き本件記録を精査し、原判決挙示の証拠
に照らして勘案するに、被害者は被告人操縦の自動車に跳ね飛ばされ、アスフアル
ト鋪装の車道上に顛倒し、頭部を強打し原判示の如き重傷を負つて意識を失つたも
のであり、たとえ所論の如く被告人の「大丈夫か」との問に対し「うん」と答えた
としても、そのまま放置しておいて自力で恢復歩行するに至るが如きことは到底期
待し得ない状態にあつたことを認め得るのである。然るに、被告人は被害者を抱き
かかえて歩道上まで運び、深夜同所にそのまま放置して立ち去り、その結果、被害
者は無意識の内に苦悶反転している内、同所から約二米離れた側溝に顛落し溺死す
るに至つたものと推認するに十分である而して右の如く意識を失つた重傷の被害者
を人通りの尠い道路上に放置するときは、右の如き結果の発生することのあるのは
通常人の容易に予見し得るところであるから、被告人の遺棄の行為と、被害者の死
の結果との間に相当因果関係の存することは自明であつて、原判決の認定は相当で
あり、何等審理不尽ないし事実誤認の違法は認められない。それ故論旨は理由がな
い。
 控訴趣意第三点同補充書の二について、
 所論によると、原判決は被告人が道路交通法第七二条第一項前段の規定により、
刑法第二一八条第一項にいわゆる病者を保護すべき責任ある者に該当するとして保
護者違棄致死の罪責を負わせたものであるが、道路交通法に言う救護責任と、刑法
第二一八条第一項前段に言う保護責任とはその性質が異るものであつて、被告人に
道路交通法の救護義務があるからといつて、直ちに刑法第二一八条第一項の保護責
任があると言うことはできない。また仮りに救護責任と保護責任が同性質のものと
しても、被告人には被害者が負傷の結果救護を要する状態にあつたとの点について
はその認識を欠いていたものであるから、救護責任は発生しないと主張する。
 よつて按ずるに、原判決挙示の証拠により認めうる、被告人は自己操縦の自動車
で被害者を跳ね飛ばしたことを知り、自から下車して意識を失つて倒れている被害
者を車道上から歩道まで運び、そこにそのまま放置して運転を継続し、その際、同
乗者である橋元盛に対し、事故の口止めをした事跡に徴し、被告人は被害者が傷害
を蒙り救護を要する状態にあつたことを知悉していたものと認めるのが相当であ
る。而して、自動車の操縦中過失により人に傷害を与えた者は、道路交通法第七二
条第一項前段の規定により、直ちにその運転を停止し、負傷者を救護する義務が定
められているから、右は正に刑法第二一八条第一項に言う病者を保護すべき責任あ
る者に該当すると言うべきである。(昭和三四年七月二四日第二小法廷判決参照)
所論によると、刑法第二一七条の保護責任は継続的にその費用を似つて病気が治癒
するまで保護しなければ罪責に問われるに反し、道路交通法による救護義務は応急
的救護措置を執れば足るものであつて、両者の責任は異なると主張する。然しなが
ら、本件の場合被告人が刑法第二一八条第一項にいわゆる保護責任者に該当するこ
とは前説示のとおりであり、刑法第二一八条の規定によつては、同条の保護責任が
継続的に保護する責任ある場合に限定される趣旨であるとは認められず、応急的に
保護責任の発生した者についても、なお適用のあるものと解するのが相当である。
それ故、原判決が被告人に対し刑法第二一八条第一項の規定による保護責任者遺棄
の責任を認めたのは正当といわねばならない。なお、所論によれば、被告人は被害
者を危険な車道上から歩道上まで運び様子を確めたのであるから、被告人の所為は
刑法第二一八条にいわゆる遺棄に該当しない旨主張する。しかしながら被告人は論
旨第二の(ロ)に対し説示したとおり、被害者を歩道上まで運んだままその場を立
去つているのであつて、同条にいわゆる遺棄とは所論の如く同条に規定する要保護
者を必ずしも場所的に移転し或は要保護者を置去りにした場所が他人の救助を期待
し得ないような地点であることを要するものではないから、被告人の所為が、刑法
第二一八条にいわゆる遺棄にあたることは明らかであり、原判決には所論の如き法
令適用の誤りは存しない。論旨は理由がない。
 控訴趣意第二点の(イ)同補充書の一及び第四点について、
 所論によると被害者は本件自動車事故により車道上に倒れたのであるから、被告
人の業務上過失の行為によつては被害者が歩道上の側溝に落ちて溺死することはな
かつた筈である。さすれば、被告人の過失行為と被害者の溺死との間には相当因果
関係を欠くものであるから、被告人に業務上過失致死の罪責を問うためには、本件
事故により被害者が蒙つた傷が生命にかかわる程度の傷であつたかどうかにつき審
理判断すべきであるに拘わらず、この点につき何等審理判断を加えず、被告人に対
し業務上過失致死罪の成立を認めた原判決は審理不尽の結果事実を誤認したもので
あり、且つ、原判決が被告人に対し業務上過失致死罪と保護者遺棄致死罪の成立を
認め、右の二罪を併合罪として処断したのは被害者の死という一個の結果に対し二
重の法的評価を加えたも<要旨>のであつて、法令の解釈適用を誤つた違法があると
主張する。よつて審按するに、本件において、仮りに被告人がその業務上の
過失行為により被害者を車道上に顛倒させ、傷害を与えなかつたならば、被告人は
右被害者を同所脇の歩道に運び、これを放置することはしなかつたであろうこと、
従つて、その結果、被害者が歩道上を転々として側溝に落ち溺死することもなかつ
たであろうことは明白である。それ故、被告人の過失行為と被害者の死の結果との
間には、自然的因果関係の存在することはこれを否定し得ないであろう。しかしな
がら、本件の場合の如く被告人の業務上の過失により被害者に傷害を負わしめ、そ
の傷害を与えたがために被告人に当該の被害者を保護すべき責任が生じたにも拘ら
ず同一被告人による要保護者遺棄という新たな可罰的行為が加わり、その結果、死
の結果を発生させた場合、即ち要保護者遺棄行為が介入することなく、保護責任者
として病者たる被害者を保護していたとすれば、被害者をして溺死させるという結
果を防止し得たと認め得るに拘らず、敢てその所為に出なかつたがために被害者を
して溺死せしめ、そのことを事由として要保護者遺棄致死の罪責を問われる場合に
は、死の結果に直結する後の因果関係のみが刑法上重要であつて、かかる場合には
業務上の過失により被害者に傷害を与えた行為は、被害者の死の結果に対し刑法上
原因を与えたものとは解し難いものと解するのが相当である。そして、若し然から
ずとすると被害者の一個の死に対し、被告人に対し二重の刑責を問うことになつて
不当である。しかして、本件の場合は被告人の業務上の過失によつて蒙らせた傷害
自体が直接の死因となつたのではないから、被告人の業務上過失の所為により被害
者の蒙つた傷害がそれ自体生命に関する程度のものであるか否かは右の結論に影響
を及ぼすものでない。以上の次第であるから、被害者の死の結果については被告人
に対し遺棄致死の責任のみを問うべきであつて、業務上過失の所為については因て
蒙らせた傷害の結果についてのみ責任を負うべきものと解する。してみると、被告
人に対し同時に業務上過失致死及び保護責任者による遺棄致死の罪の各成立を認め
た原判決は法令の解釈を誤り延いて事実を誤認した違法があり、右は固より判決に
影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の控訴趣意に対する判断を俟つまで
もなく、原判決はこの点において失当としてこれを破棄すべきものである。論旨は
理由がある。
 よつて本件控訴は理由があるので、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条、
第三八〇条、第四〇〇条但書に則り原判決を破棄し、当裁判所において自から次の
とおり判決する。
 (罪となるべき事実)
 被告人は前橋市a町b番地C株式会社D出張所に自動車運転手として勤務してい
たものであるが、
 第一、 昭和三五年一二月一八日午後三時頃、被告人が以前勤務していた前橋市
c町d番地青果物商Eの店員Fから頼まれ、同人を助手席に乗せ、同店所有の小型
貨物四輪車(群○す○、×△□号)を運転して東京都G市場に行き、蜜柑、約五〇
〇貫を積んで帰途につき、前橋市方面に向け、時速約四〇粁で一七号国道を進行
中、同日午後十時頃、埼玉県大宮市e町f丁目g番地先に差しかかつた際、道路の
中央に佇立して自動車の通過を待つていたA(当五二年)の姿を約二六、七米前方
に認めたが、かかる場合、自動車運転着たるものは絶えず前方を注視し、停立者の
動静によく注意し、速力を相当に減じ、佇立者が移動することがあつても直ちに臨
機の措置のできるよう停立者から相当の間隔を保つて進行する等事故の発生を未然
に防止すべき業務上の注意義務があるに拘らず、何等除行の措置を執らず、漫然同
一速度を以て右停立者の直前を通り抜けようとした業務上の過失により、自動車の
直前に進出した右Aに本体の右側ライトの上部を接触させ、よつて同人に対し左前
額部に長さ約五糎深さ骨膜に達する挫創、左眼瞼部外側に長さ約三糎の骨膜に達す
る挫創等の傷害を与え、
 第二、 前記第一掲記の如く、被告人の惹き起こした交通事故のため、Aが前記
のように頭部、顔面等に傷害を受け脳震盪を起し意識障碍を来したため、独力によ
る正常な起居動作が不可能に陥つたので、同人を保護すべき責任があるのに拘ら
ず、医師の手当を求める等同人に対する救護措置を執ることなく、同人を車道上か
ら歩道上に運搬して放置したまま自動車の運転を継続して同人を遺棄し、よつて同
人が意識障碍のまま歩道上を反転する内、右放置場所から約二、一米東方に距つた
幅四〇糎、深さ約四〇糎(水の深さ約二〇糎)のコンクリート製側溝内に身体を顛
落させ、同人をして同側溝内の汚水に顔面をつけ遂に溺死するに至らしめ、
 たものである。
 (証拠の標目)
 原判決挙示の証拠の外
 一、 当審で取調べた証人H、同Bの各供述
 (法令の適用)
 法律に照らすと、被告人の判示第一の所為は刑法第二一一条前段罰金等臨時措置
法第二条第三条に、判示第二の所為は刑法第二一八条第一項の罪を犯し、よつて人
を死に致したものであるから、同法第二一九条第一〇条に従い、右第二一八条第一
項所定の刑と、同法第二〇五条第一項所定の刑を比較し、重い後者の刑に従い、第
一の罪につき所定刑中禁錮刑を選択し、以上は同法第四五条前段の併合罪であるか
ら、同法第四七条本文第一〇条により、重い第二の罪の刑に同法第四七条但書の制
限に従い法定の加重をなし、なお、被告人についてはその状情憫諒すべきものがあ
るので、同法第六六条第七一条第六八条第三号を適用し、酌量減軽をした刑期範囲
内で被告人を懲役一年に処し、原審未決勾留日数の算入につき刑法第二一条、原審
並に当審訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用し、主文の
とおり判決する。
 (裁判長判事 山本謹吾 判事 目黒太郎 判事 深谷真也)

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