弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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判決
主文
1京都市教育委員会が平成22年5月31日付けで原告に対してした退職手当
支給制限処分を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第2事案の概要など
1事案の概要
本件は,京都市教育委員会(以下「市教委」という。)が,京都市立中学校
教頭であった原告に対し,原告が酒気帯び運転をしたことなどを理由として,
懲戒免職処分及び一般の退職手当の全部を支給しないことを内容とする退職
手当支給制限処分を行ったところ,原告が,前記懲戒免職処分についてはやむ
を得ないとしながらも,前記退職手当支給制限処分については裁量権の濫用で
あるなどと主張し,被告に対し,同処分の取消しを求める事案である。
2前提事実(末尾に証拠を掲げた事実以外は当事者間に争いがない。)
(1)原告と市教委との関係
原告は,昭和58年4月1日に教諭として採用されてから,平成22年5
月31日に懲戒免職処分を受けて退職するまで,27年2か月間にわたり,
京都市立中学校教諭及び市教委事務局職員として勤務していた。
退職時の原告の職名は,京都市立学校教頭であった。
(2)原告の非違行為
原告は,平成22年4月17日,自宅でウィスキーを飲んでいたところ,
その瓶を持ったまま自家用車に乗り込み,これを運転して自宅を出発し,午
後7時45分頃,信号待ちのため停車していた前方車両に自車を衝突させた
(以下,この事故を「本件事故」といい,飲酒運転の開始から本件事故まで
の行為をまとめて「本件非違行為」という。)。その後,通報により現場に
到着した警察官が原告の呼気を検査したところ,呼気1リットル中0.7ミ
リグラムのアルコールが検出されたことから,原告は,道路交通法違反(酒
気帯び運転)の罪で起訴され,罰金50万円の略式命令を受けた。(甲22,
乙1)
本件非違行為は,同月18日未明に市教委に発覚し,同月19日には,新
聞等で報道されるところとなった(乙2)。
(3)懲戒免職処分
市教委は,同年5月31日,原告に対し,本件非違行為が地方公務員法2
9条1項1号及び3号に該当するとして,懲戒免職処分をし,原告に辞令(甲
1)及び処分事由説明書(甲2)を交付して当該処分を告知した。処分理由
は,「平成22年4月17日(土)に自宅で飲酒(角瓶700mlのウィス
キーを約半分程度)した。その後,飲酒状態で運転することが法令上も社会
的にも許されないことを知りながら,また,所属職員を指導すべき職責を有
しているにも関わらず,私用で自宅を車で出発し,同日,午後7時45分頃,
国道1号線の大阪府枚方市a-b-c付近の信号待ちの自動車後部に追突
し,枚方署に『酒気帯び物損』の容疑で検挙された。こうした行為は,教育
公務員としてあるまじき行為であるとともに,職の信用を傷つけ,公教育に
寄せる生徒,保護者及び市民の信頼を著しく損なうものであり,地方公務員
法第29条第1項第1号及び第3号に該当する。」というものである。
(4)退職手当支給制限処分
市教委は,同年5月31日,職員の退職手当に関する条例(昭和31年京
都府条例第30号)(甲4,乙29。以下「本件条例」という。)13条1
項に基づき,一般の退職手当の全部を支給しない旨の退職手当支給制限処分
(以下「本件処分」という。)をし,原告に退職手当支給制限処分書(甲3)
を交付して告知した。本件処分の理由は,「本件非違行為について,原告が
占めていた職の職務及び責任,本件非違行為の内容及び程度,本件非違行為
に至った経緯,本件非違行為が公務の遂行に及ぼす支障の程度並びに本件非
違行為が公務に対する信頼に及ぼす影響を勘案したところ,特に参酌すべき
情状もなく,処分を軽減する余地がないため。」というものである。
(5)本件非違行為後の事情
原告は,平成22年8月1日,本件事故について,被害者と示談して被害
弁償を行い,罰金についても,同年6月29日,全額納付した(乙5,乙6,
原告本人,弁論の全趣旨)。
(6)原告の出訴
原告は,前記退職手当支給制限処分書を受領した日の翌日から6か月以内
である平成22年10月1日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
3争点及び争点に関する当事者の主張
本件の争点は,本件処分が,社会観念上著しく妥当を欠き,市教委が裁量権
を濫用したと認められるか否かである。
(1)原告の主張
退職手当には賃金後払いの性格があること,本件条例13条の文理解釈か
らすると,懲戒免職処分を受けて退職したとしても,退職手当は全額支給さ
れるのが原則である。そして,退職手当の全部支給制限の適否は,民間にお
ける退職金不支給に関する裁判例で用いられる判断基準と同様,当該退職者
に永年の勤続功労を抹消してしまうほどの背信的な行為があるか否かによっ
て判断すべきである。
本件についてこれをみると,原告は,中学校の教員として行った熱心な教
科指導や生徒指導が評価され,教育実践功績表彰や教育功労者表彰を受ける
などの勤務実績があるほか,同和教育,生活指導,部活動の指導などでも多
大な成果を上げている。
他方,本件非違行為は,職務遂行と直接関連するものではない上,所在不
明となった原告の妻との関係に由来するストレスに,職務上の過大なストレ
スが加わったことによるものである。本件非違行為の態様については,酒酔
い運転ではなく酒気帯び運転にとどまっている点,本件事故が物損にとどま
っている点,当初から自動車の運転を予定した上での飲酒ではなかった点な
どが有利に斟酌されるべきである。また,原告は,本件非違行為について真
摯に反省し,懲戒免職処分については争わず,本件事故の被害者に対する被
害弁償や罰金の納付も完了している。さらに,原告は,懲戒免職処分により
職を失い,現在は収入の少ないパートの仕事に従事しているところ,住宅ロ
ーンの教職員共済借入分約700万円の一括返済を請求されてこれを支払っ
た上,金融機関から借り入れた住宅ローン残額約1500万円についても
月々の返済を強いられ,経済的に困窮するなど,本件非違行為によって厳し
い社会的制裁を受けている。
このように,原告には有利に斟酌すべき事情が多々あるから,本件非違行
為は,原告の前記勤務実績,貢献を全面的に抹消してしまうほど信義に反す
るものではない。
したがって,本件処分は,裁量権を著しく逸脱するものであり違法である
から,取り消されるべきである。
(2)被告の主張
公務員には法律による身分保障があることなどに鑑みれば,公務員に対す
る退職手当支給制限処分と民間労働者に対する退職金不支給とを単純に同列
に扱うことはできない。
従前は,懲戒免職処分を受けた退職者には当然に退職手当を支給していな
かったところ,平成20年に制度が変更され,懲戒免職処分を受けた退職者
に対しても退職手当を支給することが可能になった。この制度変更の趣旨は,
従前ならば,退職手当の全部が不支給となることに配慮していわゆる諭旨免
職にとどめていた事案において,退職手当を一部支給した上で懲戒免職処分
とするなど,手続の明瞭化を図ることにある。
そうすると,制度変更後においても,懲戒免職処分を受けた退職者には退
職手当を支給しないのが原則であり,制度変更前であれば上記のように諭旨
免職とされていたような例外的な場合に限って,これを懲戒免職とした上で
退職手当を支給することができると解すべきである。
本件は,制度変更前においても懲戒免職処分が相当な事案であるから,原
則として退職手当の全部支給制限処分をすべき事案である。そして,市教委
は,本件非違行為について,国家公務員退職手当法(以下「退職手当法」と
いう。)の運用方針にも照らしつつ,本件条例13条1項に定められている
各考慮要素を検討した結果,本件非違行為は極めて悪質であり,原告の実績
を考慮したとしてもなお本件処分が適当と判断したのであるから,市教委が
本件処分をしたことに何ら裁量の逸脱濫用はない。
したがって,本件処分は適法である。
第3当裁判所の判断
1認定事実
証拠(甲4,17,22,乙1,5から12まで,29,原告本人)及び弁
論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1)原告の勤務状況
ア原告は,昭和58年3月,A大学工学部電気工学科を卒業し,同年4月,
市教委によって教諭として採用され,京都市立B中学校の数学担当・クラ
ス副担任として勤務を始めた。
イ原告は,昭和61年にB中学校から分離したB中学C分校(昭和62年
に校名が京都市立D中学校と変更)に配属となり,平成2年4月に京都市
立E中学校に転勤した後,平成5年4月から平成18年3月まで京都市立
F中学校に勤務していた。
この間,クラス担任や教科指導のほか,補導主任,生徒指導部長,学年
主任などを担当した。生徒指導では,緊急の場合には,時間にかかわらず
対応しなければならず,帰宅が深夜2時,3時になることも珍しくなく,
他府県まで生徒を保護するために駆けつけたこともあった。平成8年度と
平成12年度には初任者研修の指導教員を担当し,平成9年には京都市立
中学校教育課程「指導資料」作成委員会委員を委嘱された。平成15年に
は市教委から「永年にわたり,歴任校において多くの課題を克服し,たゆ
みない教育実践を通して生徒の学力向上や豊かな人間性の育成に努め,同
和教育など人権教育の推進をはじめ本市中学校教育の進展に貢献した。」
との理由により,教育功労者表彰を受けるとともに,文部科学省の海外教
育事情視察団に選抜されて,オーストラリアを訪問した。平成14年と平
成16年には,市教委から,熱意あふれる教育活動を実践し努力を重ねる
教職員の功績を称えるための教育実践功績表彰を受けた。
原告は,同和地区とその他の地区との教育格差是正等を目的とした同和
教育にも積極的に取り組み,その成果が認められ,平成5年に同和教育推
進者表彰を受けた。また,原告は,昭和58年度から平成17年度まで,
勤務校のバスケットボール部の顧問を担当し,原告が顧問を務めたバスケ
ットボール部は,京都市夏季大会優勝をはじめ,数々の大会で良好な成績
を収めた。
ウ原告は,平成18年4月から平成22年3月まで,市教委事務局の生徒
指導課指導主事(中等)として,山科地区及び醍醐地区の10中学校の担
当となり,当該中学校限りで対応できない生徒の問題行動等について,中
学校の責任者に対して助言指導を行い,時として自ら生徒を直接指導する
など,問題解決に尽力した。
エ原告は,平成22年4月,京都市立G中学校の教頭職を任され,人事管
理を含む学校運営を担うことになった。G中学校は,教職員約75名を擁
する大規模校であった。
オ原告は,本件非違行為以外の非違行為を理由に,市教委から懲戒処分を
受けたことはない。また,原告は,本件非違行為に至るまで,交通事故を
含め前科及び前歴はない。
(2)本件非違行為に至る経緯等
ア原告は,昭和62年に婚姻し,妻はその後小学校教諭となり,ともに教
諭として学校教育に携わっていたが,数年前から妻が帰宅しない日が増え,
その理由を問いただしても,小学校に泊まっていた,車の中で寝てしまっ
たということを聞かされ,不貞行為を疑っていた。そして,妻が平成22
年4月11日以降自宅に帰らなくなったことから,妻の不貞行為を確信し,
離婚を決意して,同月16日,妻に「大事な話がしたい。いつ会えるのか。」
という趣旨の電子メールを送信したが,妻からの返信はなかった。
原告は,同月17日(土曜日)の正午過ぎから,気分を紛らわせるため
に,京都府宇治市内にある自宅でウィスキーを飲み始めた。原告は,容量
700ミリリットルの瓶に入ったアルコール度数約40パーセントのウ
ィスキーをストレートで約3分の1飲んだ。午後3時頃,妻から電子メー
ルで「分からない。」旨の返信があった。原告は,衝動的に,妻が勤務し
ている小学校に妻を探しに行こうと考え,飲んでいたウィスキーの瓶を持
って自動車に乗り込んだ。もっとも,妻は同月1日に転勤しており,原告
は,現在の妻の勤務小学校の所在地を知らなかったため,妻が3月まで勤
務していた小学校に赴いたが,周辺に妻が使用している乗用車はなかった。
原告は,停車してウィスキーを飲み,これからどうするか考えたところ,
妻の現在の勤務小学校のおおよその場所が分かることから,そこに行くこ
とに決め,乗用車を運転して向かったが,その小学校を見つけることはで
きず,大阪府内まで来てしまった。原告は,明らかに行きすぎていること
から,京都方向に戻ることにし,立ち寄ったコンビニエンスストアの駐車
場に停車中の車内や,走行中の車内でもたまにウィスキーを飲みながら運
転を続けた。
そして,原告は,迷いながら運転しているうちに,午後7時45分頃,
大阪府枚方市に至り,吸っていたたばこの火を灰皿で消そうとして,前方
への注意が散漫になり,前方の交差点で赤信号で止まっている自動車に気
づくのが遅れ,ブレーキを踏んだが間に合わず,本件事故を起こした。本
件事故により前方に停止していた自動車に損害が生じたが,負傷者はいな
かった。
イ原告は,普段から飲酒により酩酊することがあるので,本件非違行為以
前,市教委事務局指導部生徒指導課長から,飲酒の仕方について,濃い酒
は飲まないようにという趣旨のことを言われ,以後注意しますなどと返事
をしたことがあった(原告本人)。
(なお,原告は,本件非違行為ないしそれに先立つ飲酒の動機の1つとし
て,新しい職場の環境及び教頭職の責任の重さなどからくるストレスがあっ
たと主張するが,原告がストレスの原因として主張する事情はいずれも転勤,
昇進等に不可避的に伴う通常の事柄にすぎないこと,原告自身が,本件非違
行為直後に記載した顛末書(乙1),本訴訟中に作成した陳述書(甲22),
及び原告本人尋問において,一貫して妻との不和を本件非違行為の原因とし
て挙げる一方,職場におけるストレスについてはほとんど言及していないこ
とからすれば,本件非違行為の中心的な原因は妻との不和であることが認め
られ,本件非違行為が職務上のストレスに起因するものとは認められない。)
(3)退職手当法の改正経緯等
ア懲戒免職処分の当然の効果として退職手当を支給していなかった退職
手当法は,国家公務員退職手当法等の一部を改正する法律(平成20年法
律第95号)により改正され,退職手当の支給制限を独立の処分とした。
すなわち,退職手当法12条は,当該退職に係る退職手当管理機関(当該
職員に対し懲戒免職等を行う権限を有していた機関)は,懲戒免職処分を
受けて退職した者などに対し,当該退職をした者が占めていた職の職務及
び責任,当該退職をした者が行った非違の内容及び程度,当該非違が公務
に対する国民の信頼に及ぼす影響その他の政令で定める事情を勘案して,
当該一般の退職手当等の全部又は一部を支給しないこととする処分を行
うことができると改正され,平成21年4月1日から施行された。
イ上記改正に先立ち,総務大臣が主催する国家公務員退職手当の支給の在
り方等に関する検討会が開催されたが,その報告書(平成20年6月4日。
甲17。以下「検討会報告書」という。)では,退職手当の性格,公務員
の退職手当制度と民間の退職金制度との関係等につき,以下の言及がある。
(ア)退職手当の性格が,勤続報償的,生活保障的,賃金後払い的な性格
をそれぞれ有する複合的なものだとすると,在職中の功績が没却された
からといって直ちに生活保障や賃金後払いを全くしなくてよいというこ
とにはならない。また,その勤続報償としての要素を重視するとしても,
退職手当の不支給という制裁を非違行為を行った個人に対する非難とし
てみた場合には,非違の重大性との間で均衡のとれたものとする必要が
あり,功績が没却され,退職手当を受け取る地位ないし権利が否定され
るとする立場からも,本人の過去の功績の度合いと非違行為によってそ
れが没却される程度とを比較衡量する必要がある。
(イ)民間においては,懲戒解雇の場合であっても一律全額不支給とはせ
ずに,一部を支給する規定を設けているところがあり,裁判事例におい
ても,懲戒解雇により退職金が全額支給されなかった事案について,懲
戒解雇は認めつつも,退職金は諸般の事情を考慮し,部分的に支給する
よう命じたものが少なくない。
(ウ)現行の退職手当制度においては,懲戒免職処分とその他の懲戒処分
(停職,減給,戒告)では,退職手当制度上の効果が大きく異なり,差
が大きすぎるのではないかという疑問がある。したがって,懲戒免職処
分を行う場合であっても,退職手当については,全額不支給を原則とし
つつ,非違の程度等に応じて,その一定割合を上限として一部を支給す
ることが可能となるような制度を創設することが適当である。
ウ上記改正に伴って,総務大臣による「国家公務員退職手当法の運用指針」
(乙10。以下「運用方針」という。)が改正されたが,退職手当法12
条の運用に関してはおおむね次のとおりの運用方針が示されている。
(ア)非違の発生を抑止するという制度目的に留意し,一般の退職手当等
の全部を支給しないこととすることを原則とするものとする。
(イ)一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分にとどめるこ
とを検討する場合は,退職手当法施行令(以下「施行令」という。)1
7条に規定する「当該退職をした者が行った非違の内容及び程度」につ
いて,次のいずれかに該当する場合に限定する。その場合であっても,
公務に対する国民の信頼に及ぼす影響に留意して,慎重な検討を行うも
のとする。
a停職以下の処分にとどめる余地がある場合に,特に厳しい措置とし
て懲戒免職等処分とされた場合
b懲戒免職等処分の理由となった非違が,正当な理由がない欠勤その
他の行為により職務規律を乱したことのみである場合であって,特に
参酌すべき情状のある場合
c懲戒免職等処分の理由となった非違が過失(重過失を除く。)によ
る場合であって,特に参酌すべき情状のある場合
d過失(重過失を除く。)により禁錮以上の刑に処せられ,執行猶予
を付された場合であって,特に参酌すべき情状のある場合
(ウ)一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分にとどめるこ
とを検討する場合には,例えば,当該退職をした者が指定職以上の職員
であるとき又は当該退職をした者が占めていた職の職務に関連した非違
であるときには処分を加重することを検討すること等により,施行令1
7条に規定する「当該退職をした者が占めていた職の職務及び責任」を
勘案することとする。
(エ)一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分にとどめるこ
とを検討する場合には,例えば,過去にも類似の非違を行ったことを理
由として懲戒処分を受けたことがある場合には処分を加重することを検
討すること等により,施行令17条に規定する「当該退職をした者の勤
務の状況」を勘案することとする。
(オ)一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分にとどめるこ
とを検討する場合には,例えば,当該非違が行われることとなった背景
や動機について特に参酌すべき情状がある場合にはそれらに応じて処分
を減軽又は加重することを検討すること等により,施行令17条に規定
する「当該非違に至った経緯」を勘案することとする。
(カ)一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分にとどめるこ
とを検討する場合には,例えば,当該非違による被害や悪影響を最小限
にするための行動をとった場合には処分を減軽することを検討し,当該
非違を隠蔽する行動をとった場合には処分を加重することを検討するこ
と等により,施行令17条に規定する「当該非違後における当該退職を
した者の言動」を勘案することとする。
(キ)一般の退職手当等の一部を支給しないこととする処分にとどめるこ
とを検討する場合には,例えば,当該非違による被害や影響が結果とし
て重大であった場合には処分を加重することを検討すること等により,
施行令17条に規定する「当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度」
を勘案することとする。
エ退職手当法及び施行令の上記改正を受け,京都府は,本件条例について
同様の改正を行い,平成21年10月16日から施行している。
また,総務省は,各都道府県においても前記運用方針の内容に留意すべ
きである旨の各都道府県知事等宛ての通知(乙11)を発している。
なお,原告は市教委の職員であった者であるが,本件処分には京都府の
条例が適用される(市町村立学校職員給与負担法1条1号,3条)。
(4)本件条例による退職手当の支払
ア本件条例では,退職手当の基本額は,退職日における給料の月額に,そ
の者の勤続期間を次の各号に区分して,当該各号に掲げる割合を乗じて得
た額の合計額と定められている(3条1項)。
①1年以上10年以下の期間については,1年につき100分の100
②11年以上15年以下の期間については,1年につき100分の11

③16年以上20年以下の期間については,1年につき100分の16

④21年以上25年以下の期間については,1年につき100分の20

⑤26年以上30年以下の期間については,1年につき100分の16

⑥31年以上の期間については,1年につき100分の120
ただし,傷病又は死亡によらず,その者の都合により退職した場合には,
勤務年数が19年以下のときは一定割合の減額がされる(同条2項)。
イ本件条例の規定に従って計算すると,原告が懲戒免職処分を受けた平成
22年5月31日時点で原告が受領できた退職金額は,1695万037
0円である。
2退職手当の法的性格
退職手当の法的性格は,一義的に明確とはいえず,退職手当制度の仕組み及
び内容によってその性格付けに差異が生じ得るが,一般的に,沿革としての勤
続報償としての性格に加えて,労働の対償であるとの労働者及び使用者の認識
に裏付けられた賃金の後払いとしての性格や,現実の機能としての退職後の生
活保障としての性格が結合した複合的な性格を有していると考えられる。そし
て,本件における退職手当も,算定基礎賃金に勤続年数別の支給率を乗じて算
定されていること,支給率がおおむね勤続年数に応じて逓増していること,自
己都合退職の場合の支給率を減額していることなどに照らすと,これらの3つ
の性格が結合したものと解するのが相当である。
3退職手当支給制限処分の審査
(1)本件条例13条は,退職手当管理機関が退職手当等の全部又は一部を支給
しない処分をするに当たっては,当該退職をした者が占めていた職の職務及
び責任,当該退職をした者の勤務の状況,当該退職をした者が行った非違の
内容及び程度,当該非違に至った経緯,当該非違後における当該退職をした
者の言動,当該非違が公務の遂行に及ぼす支障の程度並びに当該非違が公務
に対する信頼に及ぼす影響を勘案すべきであると定めており,このような広
範な事情について総合的な検討を要する以上,退職手当支給制限処分をする
か否か,するとしていかなる程度の制限をすべきかは,平素から内部事情に
通じ,職員の指揮監督に当たる退職手当管理機関の裁量に委ねられていると
解すべきである。
そのため,退職手当管理機関が上記裁量権を行使して行った退職手当支給
制限処分は,それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を
逸脱し,これを濫用したと認められる場合でない限り,その裁量権の範囲内
にあるものとして,違法とならないものというべきである。
したがって,裁判所が退職手当支給制限処分の適否を審査するに当たって
は,退職手当管理機関と同一の立場に立って当該処分をすべきであったかど
うか又はいかなる処分を選択すべきであったかについて判断し,その結果と
処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく,退職手当管理機関の裁
量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き,裁量権を濫用した
と認められる場合に限り違法であると判断すべきものである(最高裁昭和5
2年12月20日第三小法廷判決・民集31巻7号1101頁参照)。
(2)被告は,懲戒免職処分を受けた者に対しては退職手当全部支給制限処分を
行うのが原則である旨主張し,運用指針も同様の方針を示しているので,こ
の点について検討する。
懲戒免職処分を受けた場合には,当該処分の理由となった事実によって,
報償を付与すべき理由が相応に減殺されるものと考えられるから,上記2の
とおり退職手当が勤続報償的性格を有することに照らすと,退職手当がそれ
に応じて減額されることは当然に是認される。
しかしながら,そもそも懲戒免職処分は,非違行為をした者に職員として
の身分を引き続き保有させるのが相当かという観点から判断されるのに対し,
退職手当は,通常であれば退職時に支払われる一時金を支払うのが相当かと
いう観点から判断されるものであって,懲戒免職処分と退職手当の不支給は
論理必然的に結びつくものではない(この観点からすると,両者を結び付け
ていた平成20年法律第95号による改正前の退職手当法の規定は相当性を
欠いていたということができる。)。そして,上記2のとおり退職手当が同
時に賃金の後払いとしての性格を有することに照らすと,懲戒免職処分を受
けて退職したからといって直ちにその全額の支給制限まで当然に正当化され
るものではないことは明らかであり,その全額の支給制限が認められるのは,
当該処分の原因となった非違行為が,退職者の永年の勤続の功をすべて抹消
してしまうほどの重大な背信行為である場合に限られると解するのが相当で
ある。
そうすると,従来,退職手当法が懲戒免職処分になると当然に退職手当が
全部不支給となることを定めていたことから,懲戒免職処分とするのが本来
相当と考えられる事案でも,退職手当を支給するために自主退職を促してい
た(いわゆる諭旨退職扱い)といわれているが,そのような事案について,
上記改正によって,懲戒免職として一部支給制限処分とすることが可能とな
ったが,それ以外の懲戒免職についてはすべて全部支給制限処分をする趣旨
であると解することはできない。
以上からすると,非違行為の重大性と退職者の過去の功績の度合いとの均
衡を著しく失するほどの減額処分とした場合や,退職者の永年の勤続の功を
すべて抹消してしまうほどの重大な背信行為であるとは到底評価できない事
案において退職手当の全部不支給処分をした場合には,裁量権の濫用になる
というべきである。総務大臣が定めた運用方針は,懲戒免職処分があった場
合には退職手当の全部不支給を原則とすると定めているが,非違行為の重大
性,退職者の過去の功績の度合い等を考慮して判断すべきことであって,退
職手当の全部不支給が原則であるとみることはできない。
(3)他方,原告は,懲戒免職処分を受けて退職した者に対しても,退職手当の
全部支給が原則である旨主張するが,懲戒免職事由がある以上通常何らかの
勤続報償の減殺があると考えられるところであって,全部支給が原則である
ということはできない。
(4)結局,懲戒免職処分を受けて退職した者に対する退職手当については,全
部支給あるいは全部不支給のいずれかが原則であるといえるものではなく,
個別の事案において,非違行為の内容,程度やその者の勤務状況等本件条例
13条が定める要件を検討した上で判断すべきであるが,全部不支給が認め
られるのは,退職手当の性格からして,退職者の永年の勤続の功をすべて抹
消してしまうほどの重大な背信行為がある場合に限られるというべきである。
4本件非違行為等の検討
(1)これを本件についてみると,前記第2の2(2)及び第3の1(2)記載のとお
り,原告の飲酒量が多く,原告は車内に持ち込んだ酒を飲みながら運転する
など,本件非違行為は極めて危険かつ悪質である。事故は物損にとどまって
いるが,原告車両は人が乗車している自動車に後ろから追突しているのであ
り,本件事故で人身被害が生じなかったのは幸運といえるものであって,本
件非違行為の危険性を否定するものではない。
また,本件非違行為の動機は夫婦関係の不和にあるところ,これにより飲
酒運転が正当化されることはあり得ず,動機に酌量の余地は皆無である。
さらに,原告は,生徒に物事の是非弁別を教えることをその職務とする中
学校教諭であり,かつ同様の職務を担っている他の教諭を指導監督すべき管
理職の立場にあるのであるから,本件非違行為が職務に与える悪影響は大き
い。
このように,本件非違行為は決して軽いものではなく,退職手当が相応に
減額されることはやむを得ないものとしてその合理性を認めることができる。
(2)しかしながら,他方,原告は,27年間教員として勤務し,前記1(1)の
とおり,クラス担任や教科指導のほか,生徒に対する生活指導に熱心に取り
組むなどし,市教委等から数回にわたり表彰を受けるなど,学校教育に多大
な貢献をしてきたといえるところであって,本件によって懲戒免職処分を受
けるまで処分歴はない。また,本件非違行為は,上記のとおり危険なもので
はあるものの,酒酔い運転ではなく酒気帯び運転にとどまっている上,職務
行為とは直接には関係のない私生活上のものである(なお,私生活上の行為
の場合,職務の内容や性質に照らして職務に与える影響の具体的な程度が異
なり,本件においては上記(1)のとおり職務に与える影響は大きいといわざる
を得ないが,その場合でも,公務の遂行に及ぼす具体的な支障の程度及び当
該非違が公務に対する信頼に及ぼす具体的な影響の程度は,職務行為につい
てされた非違行為に比すると相対的に軽いというべきである。)。本件事故
の結果も,幸い物損にとどまっている上,被害者と示談をして被害弁償を行
っている。
これらの事情に照らすと,本件非違行為が,上記のような原告の永年の勤
続の功績をすべて抹消するほどの重大な背信行為であるとまでは到底いえな
い。
(3)したがって,退職手当の全部を不支給とする本件処分は,社会観念上著し
く妥当を欠き,裁量権を濫用したと認められるので,違法であり,取り消さ
れるべきである。
5結語
以上の次第で,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文
のとおり判決する。
京都地方裁判所第6民事部
裁判長裁判官大島眞一
裁判官谷口哲也
裁判官結城康介

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