弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人小笠豊の上告理由一及び二について
 一 いわゆる賃金の仮払を命ずる仮処分命令(以下「仮払仮処分」という。)に
基づく強制執行によつて仮処分債権者が金員の給付(以下「仮払金」という。)を
受領した後に右仮処分が控訴審において取り消された場合には、仮処分債権者は、
仮払金と対価的関係に立つ現実の就労をしたなどの特段の事情がない限り、仮処分
債務者に対し、受領した仮払金につき返還義務を負い(以下、仮処分債務者の右返
還請求権を「仮払金返還請求権」という。)、その範囲は不当利得の規定に準じて
これを定めるべきところ、右の理は、本案訴訟が未確定であり、かつ、従業員とし
ての地位を仮に定める仮処分命令(以下「地位保全仮処分」という。)が同時に発
せられていたときであつても同様であると解するのが相当である。その理由は、次
のとおりである。すなわち、仮払仮処分は、仮処分債権者である労働者と仮処分債
務者である使用者との間に雇用契約の存否をめぐる紛争があり、仮処分債権者が本
案判決の確定に至るまでの間賃金の支払を受けられないことによる生活困窮の危険
を避けるため、賃金の全部又は一部に相当する金員の支払を仮に命ずるものであり、
その執行によつて被保全権利が実現されたのと同様の状態が事実上達成されるいわ
ゆる満足的仮処分の一種である。しかしながら、かかる類型の仮処分は、疎明手続
により仮の履行状態を作出することを目的とする仮の地位を定める仮処分であつて、
被保全権利の終局的実現を目的とするものでも、それ自体として完結的な実体法上
の法律関係を形成するものでもなく、本質的に仮定性、暫定性を免れるものではな
いから、仮払仮処分の執行による金員の給付がされた後に右仮処分が控訴審におい
て取り消された場合には、その間に生じた仮処分の効果も当初から発生しなかつた
ことに帰し、右給付はその根拠を欠くに至つて執行開始前の状態に復元すべきこと
が、右仮処分制度の本来の趣旨から要請されているといわなければならない。そし
て、実体法上の賃金請求権は、労務の給付と対価的関係に立ち、一般には、労働者
において現実に就労することによつて初めて発生する後払的性格を有するところ、
仮払仮処分は、使用者による就労拒絶という事態を前提とし、これが将来も続くこ
とを予想して発せられるのが通例であつて、仮処分債権者に対し労務の給付又はそ
の提供を義務づけるものではなく、仮処分債務者の仮払金支払義務も当該仮処分手
続内における訴訟法上のものとして仮に形成されるにとどまり、その執行によつて
実体法上の賃金請求権が直ちに消滅するものでもない。したがつて、仮払金返還請
求権は、右賃金請求権の存否に関する実体的判断とはかかわりを有しないこととな
るから、それをめぐる本案訴訟が別に係属中であつても、仮払金返還請求権の発生
ないし行使の障害になるものではないというべきである。また、地位保全仮処分も、
雇用関係が存続する状態における仮処分債権者の包括的な地位を訴訟法上仮に形成
し、その任意の履行を期待するものにすぎず、これを前提として更に裁判上請求で
きるような賃金請求権を発生させる効果まで有するものではないから、右仮処分が
仮払仮処分と同時に発せられていたときであつても、同様に解すべきものであつて、
仮処分債権者がこれを契機として仮払金と対価的関係に立つ現実の就労をしたなど
の特段の事情がない限り、地位保全仮処分の存在によつて仮払金返還請求権が左右
されるべき合理的な根拠はない。そして、仮払金返還請求権は、仮執行に基づく給
付がされた後に本案判決が変更された場合に関する民訴法一九八条二項の原状回復
請求権に類するものではあるが、その返還義務の範囲については、かかる仮処分の
特殊性に鑑み、公平を理念とする不当利得の規定に準じてこれを定めるのが相当で
ある。
 二 これを本件についてみるに、原審の適法に確定したところによれば、(1) 
被上告会社の従業員である上告人らは、被上告会社がした解雇の意思表示の無効を
主張して、昭和五〇年に、広島地方裁判所福山支部に対し賃金仮払及び地位保全を
求める仮処分命令を申請したところ、同裁判所は、昭和五四年二月二八日、右解雇
の意思表示が無効であるとして、上告人らが被上告会社の従業員の地位を有するこ
とを仮に定め、かつ、被上告会社において上告人らに対し解雇の日の翌日から本案
判決確定まで賃金相当の金員を仮に支払うべき旨の判決を言い渡した、(2) 上告
人らは、右判決に基づく強制執行により、同年一一月までに、被上告会社から、上
告人A1において合計一六三万五一五五円、同A2において合計一七四万七五六〇
円、同A3において合計一七〇万一五七四円の仮払金(以下、一括して「本件各仮
払金」という。)を受領したのち、これをD労組B分会に対し闘争資金として贈与
した、(3) 右判決に対して双方が控訴したところ、広島高等裁判所は、昭和五五
年三月三一日、一審判決中、上告人らの仮払にかかる部分を取り消して同部分の申
請を却下し、地位保全にかかる部分を維持する旨の判決(以下「本件仮処分二審判
決」という。)を言い渡し、右判決が確定した、(4) 上告人らは、昭和五四年に、
被上告会社に対し解雇の無効確認及び賃金の支払を求める本案訴訟(以下「本件本
案訴訟」という。)を提起し、本件事実審口頭弁論の終結時になお右本案訴訟がそ
の一審に係属中であつた、というのである。
  以上の事実関係によれば、上告人らの受領した本件各仮払金について、本件仮
処分二審判決の言渡により被上告会社の上告人らに対する仮払金返還請求権が発生
したものであり、本件本案訴訟が係属中であるとの所論指摘の事情も右請求権に消
長を来たすものでないことは、前記の説示に照らして明らかである。そして、およ
そ金員の支払を受けることによる利益は、その価値が受領者の一般財産の中に埋没
され、たとえこれが消費されても、格別の事情がない限り、利益が現存するものと
みて妨げはなく、また、受領者においてこれを他に贈与することは、自己の責任に
おいてする財産の処分にすぎず、利益の現存を左右するものではないから、前示の
事実関係のもとにおいては、本件仮処分二審判決の言渡の当時、本件各仮払金の受
領による利益が上告人らに現存していなかつたものということはできない。
 三 ところで、被上告会社は、上告人らに対し、不当利得返還請求権に基づき、
本件各仮払金及びこれに対する本件仮処分二審判決の言渡の日の翌日から支払済み
まで民法所定年五分の割合による利息の支払を求めているところ、記録にあらわれ
た被上告会社の主張の趣旨に照らせば、右請求には前記説示にかかる仮払金返還請
求権に基づく請求も包含されているものと解するのが相当であり、その理由がある
ことは前示のとおりであるから、これを認容すべきものとした原審の判断は、結論
において是認することができる。論旨は、ひつきよう、以上と異なる見解に立つて
原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
  同三について、
  本件記録及び前示事実関係によれば、上告人らは、解雇の意思表示の無効を前
提として被上告会社に対し賃金債権の給付等を求める本件本案訴訟を提起し、生活
困窮の危険を避けるため仮払仮処分に基づき本件各仮払金の給付を受けたが、その
後右仮処分が取り消されたため、被上告会社から右仮払金の返還を求める本件訴訟
を提起され、同訴訟において、本件本案訴訟で訴求中の賃金債権(以下「本件自働
債権」という。)をもつて本件仮払金返還請求権(以下「本件受働債権」という。)
と相殺する旨の抗弁を提出し、本件事実審口頭弁論の終結時になお右本案訴訟がそ
の一審に係属中であつた、というのである。しかしながら、本件受働債権の給付請
求権は、仮払仮処分の取消という訴訟法上の事実に基づいて発生し、本来、民訴法
一九八条二項の原状回復請求権に類するものであり、右のように別訴で現に訴求中
の本件自働債権をもつてする上告人らの相殺の抗弁の提出を許容すべきものとすれ
ば、右債権の存否につき審理が重複して訴訟上の不経済が生じ、本件受働債権の右
性質をも没却することは避け難いばかりでなく、確定判決により本件自働債権の存
否が判断されると、相殺をもつて対抗した額の不存在につき同法一九九条二項によ
る既判力を生じ、ひいては本件本案訴訟における別の裁判所の判断と抵触して法的
安定性を害する可能性もにわかに否定することはできず、重複起訴の禁止を定めた
同法二三一条の法意に反することとなるし、他方、本件自働債権の性質及び右本案
訴訟の経緯等に照らし、この債権の行使のため本案訴訟の追行に併せて本件訴訟で
の抗弁の提出をも許容しなければ上告人らにとつて酷に失するともいえないことな
どに鑑みると、上告人らにおいて右相殺の抗弁を提出することは許されないものと
解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することがで
き、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官安岡滿彦の補
足意見、裁判官伊藤正己の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文の
とおり判決する。
 裁判官安岡滿彦の補足意見は、次のとおりである。
 私は、上告理由一及び二に関し、本件各仮払金の返還義務の範囲は不当利得の規
定に準じてこれを定めるべきものとする多数意見に同調するものであるが、その論
拠について私の考えを述べることとする。
 いわゆる満足的仮処分に基づき給付された金員につき、右仮処分の取消を理由に
その返還を求める仮処分債務者の請求権は、仮執行宣言に基づく給付がされた後に
本案判決が変更された場合に関する民訴法一九八条二項による返還請求権に類する
ものということができ、基本的には原状回復請求権の性質を有し、仮処分債務者は、
本案訴訟の対象たる給付請求権の存否とかかわりなく返還を求めうるものと解され
る。しかしながら、仮の地位を定める仮処分の内容は多様であり、それに応じて様
々な関係が生じうるのであつて、その取消に伴う返還請求に関しては、当事者間の
公平や利害の調整を無視することはできず、この視点を離れて原状回復の法理をそ
のまま貫徹することはできないものと考えられる。ことに本件のように仮払仮処分
と同時に任意の履行を期待する地位保全仮処分が発せられた場合にあつては、多数
意見も指摘するように、この仮処分に基づく現実の就労など様々な事態が生じうる
ことは免れず、むしろ当初から予定されたところといわなければならない。これら
は実体法上の雇用契約ないし賃金請求権とは別個の、右仮処分自体によつて仮に形
成された関係に基づくものというべきではあるが、これを全く無視して原状回復を
認めるのは相当でないから、仮処分債権者の仮払金返還義務の範囲については、公
平を理念とする不当利得の法理に従い調整が図られるべきものと思料する。
 裁判官伊藤正己の反対意見は、次のとおりである。
 私は、上告理由一につき多数意見と見解を異にし、論旨は理由があり、この点に
おいて原判決を破棄し本件を原審に差し戻すべきものと思料する。以下にその理由
を述べることとしたい。
 もとより、仮払仮処分も、民訴法が予定する仮処分の一種であり、本質的に仮定
性、暫定性を免れるものでないことは、多数意見の説示するとおりである。しかし
ながら、賃金は労働者の必須不可欠の生活手段であつて、右仮処分の眼目も、雇用
契約の存否をめぐる紛争の本案判決が確定するまでの間賃金の支払を受けられない
ことによる労働者の生活困窮の危険を避けることにあり、また、右仮処分が地位保
全仮処分と同時に発せられていることを特に念頭に置いて考える必要があると思わ
れる。すなわち、地位保全仮処分には、任意の履行を媒介として、包括的かつ流動
的な労働関係を調整する機能をも付与されているのであり、このことに鑑みると、
右仮処分により仮に形成される訴訟法的な法律関係にも雇用契約上の法理が類推適
用されるべきところ、仮処分債務者において雇用契約の終了を主張している以上、
仮処分債権者のする労務の提供の態様も軽減される筋合であり(最高裁昭和二九年
(オ)第五二二号同三二年六月五日大法廷判決・民集一一巻六号九一五頁参照)、
しかも、本件においては、上告人らの解雇の効力をめぐる本件本案訴訟が現に係属
中であつて、その有効性が未確定の状態にあることは明らかである。したがつて、
仮処分債権者は、右の各仮処分を同時に発した裁判所の公権的判断を信頼し、これ
を前提として雇用契約の本旨に従つた労務の提供をし、他に就労もしないでいたよ
うな格別の事情がある場合には、その受領が拒絶されたとしても、民法五三六条二
項ないし受領遅滞の法理に従い、賃金に準じた金員の支払請求権を取得し、これを
本件各仮払金の返還請求に対する抗弁事由とする余地があるといわざるをえない。
また、記録によれば、上告人らの解雇事由は、被上告会社の経営困難を克服するた
めにされたいわゆる整理解雇であつて、その効力の判断には微妙な要因が含まれて
いるばかりでなく、本件仮処分二審判決は、上告人らが解雇後に他で就労し収入を
得るに至つたことを理由に賃金仮払の必要性を否定し、その申請を却下するもので
あるところ、本件各仮払金の額が上告人らの解雇後右就労時までの間の各仮払金の
合計額に概ね相当するものであることが窺われるのである。そうとすれば、少なく
とも右期間中の仮払につき保全の必要性が存在したことは否定することができず、
上告人らが仮処分の趣旨に従つて前記のような行動に出たことも十分考えられると
ころであつて、それにもかかわらず、仮払仮処分が控訴審で取り消されたとの一事
をもつて上告人らが右仮払金の返還を余儀なくされるものとすれば、その合理的な
期待に著しく反する結果を招来し、かかる仮処分制度の存在理由をも没却すること
になりかねず、他方、権利濫用の法理に照らしても、仮処分債務者の本件返還請求
は、たやすくこれを肯認し難いものというべきである。
 そうすると、原審が、その確定した事実関係のもとにおいて、上告人らの受領し
た本件各仮払金につき、本件仮処分二審判決の言渡により、直ちに被上告会社の本
件不当利得返還請求を肯認した点には、法令の解釈を誤り、ひいて理由不備、審理
不尽の違法があるものというべきであり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明ら
かであるから、この趣旨をいう上告理由一の論旨は理由があり、原判決は破棄を免
れない。そして、本件については、叙上の点について更に審理を尽くさせる必要が
あるから、その余の論旨に対する判断を省略し、これを原審に差し戻すのが相当で
ある。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    長   島       敦
            裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    安   岡   滿   彦
            裁判官    坂   上   壽   夫

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