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裁判例


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         主    文
     原判決中上告人の被上告人に対する金一二八〇万六四三四円及びこれに
対する昭和三一年九月一四日以降完済に至るまで年五分の割合による金員の請求に
関する控訴を棄却した部分を破棄し、右部分につき、本件を東京高等裁判所に差し
戻す。
     上告人のその余の上告を棄却する。
     前項に関する上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人小林健治の上告理由第一点及び第二点について。
 原審は、(一)被上告人の農林省農林経済局農業保険課団体班事務費係の農林事務
官Dは、かねて職務上知合いであつた上告人連合会経理課長E、同職員Fらと結託
し、金券詐取の方法により、昭和二九年六月二日ころから同三一年三月九日ころま
での間に前後十数回にわたり、国庫より各農業共済団体に対して交付すべきいわゆ
る国庫負担金に充てるべき国庫金のうちから合計七八九五万一八二二円を詐取した
ため、国庫金に不足をきたし、同三一年四月に入るも、同三〇年度の予算をもつて
埼玉県Gに割当てられた国庫負担金二〇七八万九四一六円及び兵庫県Gに割当てら
れた国庫負担金一二八〇万六四三四円がいずれも未交付のまま放置され、そのため
Dの直属上司たる農業保険課長のもとに右両県Gから国庫負担金交付の催促がされ
るに至つたこと、(二)そこで、右犯行の発覚をおそれたDは、当面を糊塗して犯行
を隠蔽するため、昭和三一年四月下旬ころ、上告人連合会経理課長Eに対し、「農
林省の予算操作上の手違いにより、埼玉、兵庫両県Gに交付すべき昭和三〇年度の
国庫負担金に不足を来たしたので、新年度予算をもつて一か月以内に返済するから、
とりあえず上告人において取引銀行から三五〇〇万円程度の金員を借入れたうえこ
れを一時農林省に融通してもらいたい。」と申込んだが、その際、Eとしては、右
国庫負担金不足の原因が前記の不正な国庫金支出に由来するものであり、かつ、D
の右金員融通申込の意図が、前記国庫金詐取によりあけられていた国庫の会計上の
穴を秘かに埋めて、犯行の発覚を未然に防止するにあることを察知することができ
たこと、しかし、Dから右金員の調達ができなければ前記犯行が発覚するのみなら
ず、不正支出に基づく国庫金によりなされた上告人の簿外会計の赤字補填等の事実
も露見し、容易ならぬ事態に立至る旨を説得されるに及んで、結局、Eは自己の一
存で上告人名義をもつて銀行から右融通申込金を借受け、これをDに交付すること
を承諾し、上告人連合会の経理課長の地位にあることを奇貨として、上司の決裁を
受けることなく、ほしいままに上告人連合会会長の職印を使用して上告人振出名義
の金額一九四六万円及び金額一五〇〇万円の約束手形二通を作成したこと、(三)そ
して、Eは、まず右約束手形の一通を用いて同年四月二七日F銀行Gから、独断で、
上告人名義をもつて一九四六万円を借受けたうえ、同日右借入金を資金として同銀
行同支店から同銀行本店を支払人とする金額一九三五万七八三三円の小切手一通の
振出を受け、即日これを持参して農林省に赴き、Dの指示により同人立会のうえ、
上告人の受給国庫負担金のうち手続上の過誤に基づき過払勘定になつていた金員を
返納するとの名目のもとに、右小切手をDの上司で情を知らない事務費係長Hに手
交したところ、Hが翌二八日右小切手をF銀行本店に振込み、同銀行をして右小切
手金額に相当する金員をJ銀行国庫の当該口座に振替入金させ、かくして、右金員
は同年五月一日他の金員と合わせて二〇七八万九四一六円とされたうえ、埼玉県G
に対し昭和三〇年度分の割当国庫負担金として交付されたこと、(四)次いで、Eは、
前記約束手形の残りの一通を用いて、同年四月三〇日I銀行Gから、前同様独断で、
上告人名義をもつて一五〇〇万円を借受けたうえ、同日同銀行同支店から右借入金
を資金として同銀行本店を支払人とする金額一二八〇万六四三四円の小切手一通の
振出を受け、即日これをDに手交したこと、(五)ところで、Eが上司の決裁を受け
ることなく、ほしいままに上告人会長の職印を使用して上告人振出名義の約束手形
二通を作成し、これを用いて、独断で、上告人名義をもつて昭和三一年四月二七日
F銀行Gから一九四六万円を、同年同月三〇日I銀行Gから一五〇〇万円をそれぞ
れ借受けたことは、Eが上告人の経理課長として従前より上告人会長の職印を使用
して上告人名義の約束手形を振出す権限を与えられていた等諸般の事情に鑑みると
き、右各銀行支店員において、従来の取引例に照らし、Eに右各金員の借入につき
上告人を代理する正当の権限があると信じるのはもつともであつて、上告人は、民
法一一〇条の表見代理の法理により、Eのした右各金員借入れにつき責任を負い、
各銀行に対し借受金を返還すべき債務を負担するに至つたところ、Eが前記の経緯
によりF銀行Gからの借受金より一九三五万七八三三円をHに、I銀行Gからの借
受金より一二八〇万六四三四円をDに、それぞれ交付したのであるから、上告人に
右各交付金額相当の損失が発生したこと、(六)また、叙上の事実によれば、EがD
の指示により同人の上司たる農林省農林経済局農業保険課団体事務費係長Hに対し
小切手化された一九三五万七八三三円(以下本件(1)の金員と略称する。)を手交
し、HがこれをJ銀行の当該口座に振替入金したことにより、被上告人には右入金
額相当の利得が生じたこと、(七)しかし、Eが、本件(1)の金員をH係長に交付し
たのは、同人がFとともに共同加功したDの国庫金詐取によつて埼玉、兵庫両Gに
対し交付すべき国庫負担金が不足をきたしたため、右共同犯行の発覚を未然に防止
するため、Dの依頼により同人に代わつて、同人の被上告人に対する国庫金詐取に
基づく損害賠償債務の一部弁済としてなされたものであつて、上告人の主張するよ
うな過払金返納の趣旨でなされたものではなく、かつ、本件(1)の金員調達の経緯
につきH係長は善意であつたから、これによつて生じた被上告人の利得には法律上
の原因を伴うものであること、を認定判示しており、右認定判断は、原判決(その
引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠関係とその説示に照らして、
首肯しえないものではなく、その過程に所論の違法は認められない。なお、所論引
用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。それゆえ、本件(1)の金員に関す
る論旨は、採用することができない。
 同第一点及び第三点について。
 原審は、(1)Dは、昭和三一年四月三〇日、Eから小切手化された一二八〇万六
四三四円(以下本件(2)の金員と略称する。)を受領したが、これを一時自己の事
業資金として流用することを企図し、(1)同年五月一五日まず右金員をK銀行Lに
開設していた自己の当座預金口座に振込預金し(右振込前の預金残金は五万五三四
七円)、(2)同月八日、当日の預金残から一〇〇〇万円を払戻して、直ちに同銀行
同支店に同額の定期預金をし、(3)同月一〇日右定期預金を担保に同銀行から一〇
〇〇万円を借受け、これから前払利息を差引いた手取金九九九万一五〇〇円を再び
前記当座預金口座に預入れ、(4)同月一一日同口座から九八〇万円を払戻して、そ
のうち八三〇万円を同月一四日M銀行Nの当座預金口座に預入れ(右預入れ直前の
同口座預金残高は七八七四円)、(5)同月一八日、K銀行Lから、自己所有のa町
所在の家屋一棟を担保に三〇〇万円を借受け、内金二九〇万円に、別途工面した現
金二四〇万円を加えた合計五三〇万円を、同日M銀行Nの当座預金口座に預入れ、
この結果同口座の預金残額が一二九八万七〇〇〇円となつたので、即日これを資金
として同銀行振出の金額一二八〇万六四三四円の小切手を得て、これを農林省官房
会計課長の名義を冒用し兵庫県Gに宛て昭和三〇年度分の割当国庫負担金として直
接送金したが、このような預金操作の間においてDは右各銀行の預金口座から頻繁
に払戻しをして自己の事業資金に流用し、その額が五〇〇万円を超えたこと、(二)
一方、Dから送金を受けた同Gは、右送金が国庫金交付の正規の手続を履践してい
ないものとしてその正式受領を留保し、農林省に右金員の処理方について指示を仰
いだ結果、昭和三一年七月一〇日ころに至り、農林省、D及び右Gの三者間におい
て覚書を作成したうえ、同Gは右金員をいつたんDに返還し、Dは右返還を受けた
金員を同人が前記国庫金詐取により被上告人国に被らせた損害の一部弁償として国
に支払い、農林省より改めて右金員を同Gに対し昭和三〇年度分の割当国庫負担金
として交付する旨の合意がなされ、次いで右国庫負担金の過年度支出を法律上可能
にするため特別の政令(いわゆるD政令)が発せられ、同年一〇月四日右合意がそ
の内容のとおり処理履行されたこと、を認定したうえ、以上認定した事実によれば、
Dが兵庫県Gに送付した金員と本件(2)の金員との間にはもはや同一性を肯認する
ことができないから、その後、前記の経緯により同年一〇月四日被上告人がDの損
害賠償金として受領した一二八〇万六四三四円をもつて社会通念上本件(2)の金員
に由来するものとみることはできず、結局、Eが本件(2)の金員をDに交付したこ
とにより、上告人に右交付金額に相当する損失が生じたものということはできるが、
右損失と被上告人の同年一〇月四日のDからの金員受領による利得との間には因果
関係を認めることができないから、被上告人は上告人の財産によつて利得し、これ
によつて上告人に損失を被らせたものではないと判示し、被上告人が本件(2)の金
員を受領したことによる不当利得の返還を求める上告人の請求部分を棄却した一審
判決を是認している。
 しかしながら、右の原審の判断はにわかに首肯することができない。
 およそ不当利得の制度は、ある人の財産的利得が法律上の原因ないし正当な理由
を欠く場合に、法律が、公平の観念に基づいて、利得者にその利得の返還義務を負
担させるものであるが、いま甲が、乙から金銭を騙取又は横領して、その金銭で自
己の債権者丙に対する債務を弁済した場合に、乙の丙に対する不当利得返還請求が
認められるかどうかについて考えるに、騙取又は横領された金銭の所有権が丙に移
転するまでの間そのまま乙の手中にとどまる場合にだけ、乙の損失と丙の利得との
間に因果関係があるとなすべきではなく、甲が騙取又は横領した金銭をそのまま丙
の利益に使用しようと、あるいはこれを自己の金銭と混同させ又は両替し、あるい
は銀行に預入れ、あるいはその一部を他の目的のため費消した後その費消した分を
別途工面した金銭によつて補填する等してから、丙のために使用しようと、社会通
念上乙の金銭で丙の利益をはかつたと認められるだけの連結がある場合には、なお
不当利得の成立に必要な因果関係があるものと解すべきであり、また、丙が甲から
右の金銭を受領するにつき悪意又は重大な過失がある場合には、丙の右金銭の取得
は、被騙取者又は被横領者たる乙に対する関係においては、法律上の原因がなく、
不当利得となるものと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに、原審の確定した前記の事実関係のもとにおいては、
本件(2)の金員について、Dの預金口座への預入れ、払戻し、D個人の事業資金へ
の流用、兵庫県Gに送金するため別途工面した金銭による補填等の事実があつたか
らといつて、そのことから直ちにDが右Gに送付した金員と本件(2)の金員との間
に社会観念上同一性を欠くものと解することはできないのであつて、その後、原審
認定の経緯により昭和三一年一〇月四日被上告人がDの損害賠償金として受領した
一二八〇万六三四三円は、社会観念上はなお本件(2)の金員に由来するものという
べきである。そして、原審の確定した事実関係によれば、本件(2)の金員は、Dが
上告人の経理課長Eを教唆し又は同人と共謀し同人をして上告人から横領せしめた
ものであるか、あるいはEが横領した金銭を同人から騙取したものと解する余地が
ある。そうすると、被上告人においてDから右損害賠償金を受領するにつき悪意又
は重大な過失があつたと認められる場合には、被上告人の利得には法律上の原因が
なく、不当利得の成立する余地が存するのである。
 しかるに、原審はこれらの諸点を顧慮することなく、DがEから受領した本件(
2)の金員とDが兵庫県Gに送付した金員との間には同一性がなく、したがつてま
た、Eが本件(2)の金員をDに交付することにより上告人が被つた右金額に相当す
る損失と、被上告人の同年一〇月四日のDからの金員受領による利得との間には因
果関係を認めることができないとして、上告人の被上告人に対する本件(2)の金員
の不当利得返還請求を排斥した原判決には、不当利得に関する法理の解釈適用を誤
つたか又は審理不尽、理由不備の違法があるというべく、この違法は原判決の結論
に影響を及ぼすことが明らかであつて、論旨は結局理由がある。
 よつて、原判決中、上告人の被上告人に対する本件(2)の金員の不当利得返還請
求に関する控訴を棄却した部分を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、右部分に
つき本件を原審に差し戻し、上告人のその余の上告は理由がないのでこれを棄却す
ることとし、民訴法四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判
官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官岩田誠は退官につき評議に関与しない。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一

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