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平成11年(行ケ)第276号 審決取消請求事件
平成13年11月8日口頭弁論終結
判           決
原      告     株式会社エムアンドシーシステム
訴訟代理人弁護士    沖信春彦
同            出縄正人
同            小   野       顕
訴訟代理人弁理士     川   崎       仁
被      告     富士通株式会社
訴訟代理人弁護士     水谷直樹
訴訟代理人弁理士     井桁貞一
主          文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成10年審判第35103号事件について平成11年6月30日
にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「レシート上への累計ポイント表示システム」として
昭和60年5月29日にした特許出願(特願昭60-116248号。以下「原特
許出願」という。)の変更出願として,平成5年5月21日に,考案の名称を「販
売管理装置」とする実用新案の登録願(実願平5-031645号。以下「変更出
願」という。)をしたが,拒絶査定を受けたため,平成7年11月2日付けで,拒
絶査定不服の審判を請求し(平成7年審判第23894号),同年12月1日に,
上記実用新案の明細書につき手続補正(以下「本件補正」といい,その補正書を
「本件補正書」という。)をした。特許庁は,上記事件につき審理した結果,平成
9年2月6日,「原査定を取り消す。本願の考案は実用新案登録をすべきものとす
る。」との審決をし,上記実用新案につき,同年5月2日に実用新案の登録(登録
第2544193号。以下「本件実用新案登録」といい,本件実用新案登録に係る
考案を「本件考案」という。)がなされた。
被告は,平成10年6月2日,本件実用新案登録を無効とすることについて
審判の請求を行い,特許庁は,これを平成10年審判第35103号事件として審
理した結果,平成11年6月30日「登録第2544193号実用新案の登録を無
効とする。」との審決をし,同年8月4日にその謄本を原告に送達した。
2 実用新案登録請求の範囲
「クレジットカードとしても使用可能な規格に準拠しており,顧客を特定する
カード番号が記憶された磁気ストライプに,少なくとも累計ポイントを含む情報を
書込み記録することができる顧客磁気カードと共に使用され,この顧客磁気カード
から,少なくとも累計ポイントおよびカード番号の情報を読み出す情報読み出し機
能,通常の計算機能,販売額に応じて今回ポイントを計算する機能,前記今回ポイ
ントを前回までの累計ポイントに加算し,新たな累計ポイントを算出する機能,レ
シートを発行した店名が記載された発行店名欄と,発行したレシートを特定する番
号が記載されたレシート発行番号欄と,レシートが発行された発行時点が記載され
た発行時点欄と,今回購入した商品の商品名が記載された商品名欄と,前記商品毎
の購入額が記載された購入額欄と,前記購入額を合計した合計購入額が記載された
合計欄と,預り金額が記載された預り金額欄と,釣銭額が記載された釣銭額欄とを
含む購入額明細欄と,前記購入合計額に応じた今回ポイントが記載された今回ポイ
ント欄と,前記今回ポイントを含み今回購入時までの所定期間の購入により発生し
たポイントを累計した累計ポイント欄とを含むポイント表示欄と,商品の購入の際
に利用され,前記情報書込み読み出し機能を利用して読み出した顧客磁気カードの
番号が記載されたカード番号欄とを有するレシートを発券する機能,および前記新
たに算出された累計ポイントを前記顧客磁気カードに新たに書き込む情報書き込み
機能を持つPOS端末装置と,このPOS端末装置に接続され,このPOS端末装
置から今回ポイントを含めた新たな累計ポイント等の情報が伝送され,それを記憶
する顧客データバンクとを備えていることを特徴とする販売管理装置。」
3 審決の理由
別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに,本件実用新案登録は,
実用新案登録をすべき旨の査定の謄本の送達前にした補正(本件補正)によって補
正された,変更出願に添付した明細書又は図面に記載された考案(本件考案)に対
してなされたものであり,かつ、本件補正は,原特許出願の願書に添付した明細書
又は図面(乙第1号証の1,2。以下「特願当初明細書」という。)の要旨を変更
するものと認められるものであるから,平成5年法律第26号附則4条1項の規定
により,なおその効力を有するとされる改正前の実用新案法9条1項の規定により
準用される特許法40条の規定により,本件実用新案登録の出願は,本件補正書を
提出した平成7年12月1日にしたものとみなされ、この結果,特開平4-709
93号公報(以下「刊行物1」という。)及び特開昭61-273663号公報
(以下「刊行物2」という。)は、本件実用新案登録の出願前に頒布された刊行物
となり,本件考案は,これらの刊行物に記載された考案に基づいて当業者がきわめ
て容易に発明をすることができたものであるから,結局,本件実用新案登録は,実
用新案法3条2項の規定に違反してなされたものとなる,とした。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,「Ⅰ.手続の経緯」,「Ⅱ.本件考案」(2頁1行~4頁1
2行)は認める。「Ⅲ.本件実用新案登録に係る出願日」(4頁13行~17頁1
4行)のうち,「1.本件考案の,磁気カードに係る事項」(4頁14行~5頁3
行)は認める。「2.請求人の主張する当初明細書に記載された,磁気カードに関
する事項」(5頁4行~11頁末行」は認める。ただし,特願当初明細書には,同
認定に係る記載以外に,当該磁気カードに何らかのクレジットカード等としての機
能を併せて持たせること,磁気カードの磁気ストライプに,累計ポイント以外の情
報を記録することについての記載がなされている。「3.判断」(12頁1行~1
3頁8行)は争う。「4.被請求人の主張について」(13頁9行~17頁8行)
のうち,平成11年4月30日付意見書の主張及び平成9年1月7日付け回答書の
主張があったことは認め,その余は争う。「5.まとめ」(17頁9行~18頁3
行)は争う。「Ⅳ.引用刊行物に記載された考案」,「Ⅴ.対比」,「Ⅵ.判
断」,「Ⅶ.まとめ」(18頁4行~27頁8行)は争う。
審決は,特願当初明細書の記載事項の認定判断を誤り,本件補正が,出願当
初明細書の要旨を変更するものであるとの誤った判断をして出願日の認定を誤り
(取消事由1),要旨変更があったか否かの判断において比較すべき対象の選択を
誤った(取消事由2)ものであり,これらの誤りがそれぞれ審決の結論に影響を及
ぼすことは明らかであるから,審決は,違法なものとして,取り消されるべきであ
る。
1 取消事由1(特願当初明細書の記載事項の認定判断の誤り)
審決は,「特願明細書には,(1)当該磁気カードに何らかのクレジットカ
ード等としての機能を併せて持たせること,(2)磁気カードの磁気ストライプ
に,累計ポイント以外の情報を記録すること,については何ら記載されていな
い。」(審決書12頁13行~18行)と認定判断したが,誤りである。
(1) 自社カードとクレジットカード
ア 自社カードの記載
特願当初明細書の【発明の技術的背景ならびに問題点】欄には,「近年
に至って商品の購入時にあるいは自動車の修理,保険の契約などの具体的商品の移
動を伴なわないサービスを受けた際に磁気カードを用いて支払いをすることが多く
なっている。そしてデパート,チェーン化小売店,クレジット販売店などでは,自
社カードを発行し,この自社カードを通して顧客の固定化あるいは非流動化を図ろ
うとしている。」(3頁1行~8行)との記載がある。ここでは,明確に,「支
払」,「クレジット」及び「自社カード」の文言を使用し,デパート,小売店,あ
るいはクレジット販売店での消費の際の「自社カードを使用する支払」を想定して
いることが明らかである。
また,特願当初明細書の【発明の技術分野】欄の「磁気カードを介し
て」(2頁15行)との記載,【発明の目的】欄の「今回購入時までにした一定期
間の購入額に応じた累計ポイントをも表示できるようなシステムを磁気カードを介
して提供することを目的としている」(5頁18行~6頁1行)との記載,及び,
【特許請求の範囲】の「情報記録の可能な磁気カード」(1頁10行)との記載を
併せると,前記クレジットカードを意味する「自社カード」が磁気カードであるこ
とを,当然のこととして読み取ることができる。
特願当初明細書のこれらの記載状況の下では,特願当初明細書には,そ
こでいう「自社カード」がクレジット機能を有するカードであることが示されてい
るものというべきである。
イ クレジットカードとしての認知
原特許出願の7年前の昭和53年に発行された刊行物である,財団法人
流通システム開発センター作成の「POSシステムに関する調査研究報告書
(Ⅱ)」(甲第3号証,乙第14号証の3)には,「一方,近年のクレジットカー
ドの隆盛には目を見張るものがある。小売業においても,オイル・ショック移行の
低成長経済時代を迎えて“顧客組織化”の必要性を認識し,“自社カード”の普
及・強化に努力するところとなった。」(冒頭の「はじめに」20行~23行),
「自社カード,他社カードを問わずクレジット・カードによる販売事務処理の問題
は基本的な課題であり,自社カード発行上の課題は将来的,販売戦略的な課題であ
る。」(3頁2行~4行)との記載があるほか,「百貨店自社カード」,「月賦百
貨店自社カード」,「小売業(自社)カード」,「百貨店等の自社カードの場合」
等,「自社カード」の名称が頻繁に使用され(32頁ないし36頁),昭和51年
12月末時点の推計として,三越,大丸,高島屋等の百貨店(デパート)各社が,
合計100万枚に上る「百貨店自社カード」を発行しており(33頁の表1-
8),昭和53年2月時点の概数として,「月賦百貨店」として分類される丸井,
緑屋,丸興の3社においては,合計415万枚に上る「月賦百貨店自社カード」を
発行していることが明らかにされており,「自社カード」がクレジットカードの一
形態であることが示されている。これらの記載からは,既に,原特許出願の7年前
である昭和53年の時点において,多数の百貨店を始めとする小売業において,自
社固有のクレジットカードの発行により顧客組織化を図る大規模な試みが既に行わ
れていたという状況があり,このような状況を前提として,小売業の自社固有のク
レジットカードが「自社カード」の名称の下に一般に認知されていたという状況が
存在したことが明らかである。
原特許出願の時期とほぼ同時期である昭和60年2月に出版された刊行
物である,社団法人日本割賦協会(現在の名称は,社団法人日本クレジット産業協
会)作成の「日本クレジットカード百科」(甲第4号証)には,「自社カード」
は,クレジットカードの分類として,契約別分類による場合に使用される用語であ
って,二者間の契約のカードとして紹介され,その典型例として「小売業の自社カ
ード」が挙げられている(36頁)。
なお,同刊行物には,磁気カードのクレジットカードの規格がJISあ
るいはISOによるものであることが示されている(48頁)。
原告作成の刊行物である「いまなぜ自社カードか」(甲第5号証)に
は,月刊クレジット産業1985年(昭和60年)2月号中の記事からの引用とし
て,クレジットカードの機能比較として,汎用,多機能カードと自社カードとを取
り上げた表が引用されており(2頁左欄の表2),自社カードがクレジットカード
の一種別を示すものであることが,原特許出願がなされた昭和60年の時点におい
て,既に,当業者において,周知であったことが示されている。また,同刊行物に
は,流通系クレジットカードの発行枚数が,原特許出願に先立つ昭和58年3月末
には1170万枚に,原特許出願から1年を経過しない昭和61年3月末には21
36万枚に及んでいることが示されており,原特許出願に先立ち,百貨店(月賦百
貨店を含む。),スーパーマーケット,専門店チェーン等の小売業による自社固有
のクレジットカードが爆発的に普及し,これを前提として,既に昭和53年の時点
で一般に認知されていた「自社カード」の名称がより定着していたことを,推認す
ることができる。
ウ 特願当初明細書の対象としてのクレジットカード
上記のとおり特願当初明細書における発明が磁気カードに関連する発明
であること,特願当初明細書の発明の詳細な説明中の従来技術である【発明の技術
的背景ならびにその問題点】の欄には「自社カード」としての記載が明確になされ
ていること,特願当初明細書記載当時においても「自社カード」とは少なくともク
レジット機能を有する磁気カードのことを指していたことは自明であることから,
原特許出願に係る発明が自社カードすなわちクレジットカードを対象としているこ
とは明らかである。
エ 明細書におけるクレジットカードの記載方法
特願当初明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明中には,「クレ
ジットカード」の語は用いられていない。しかし,一般に,特許明細書の発明の詳
細な説明中の従来技術の項には,その特許発明に関連する従来の技術のうち,最も
密接に関連するものを開示するべきであるとされており,そこに開示された従来技
術の対象物は,その特許発明の対象物であることが明らかである。特願当初明細書
において,従来技術である【発明の技術的背景ならびにその問題点】欄に「自社カ
ード」との記載があることは上述のとおりであるから,クレジットカードである自
社カードを前提とした磁気カードが特許請求の範囲において記載された磁気カード
であることに,疑いを入れる余地はない。
オ 特願当初明細書の特許請求の範囲に記載された「磁気カード」の意義
上記【発明の技術的背景ならびにその問題点】欄には,「顧客の固定化
あるいは非流動化を図る」具体的手段として,「自社カードを通して」の「顧客ニ
ーズ」の的確な把握,「それに加えて」,「一定額以上の商品を購入した顧客に,
値引券,サービス券あるいは景品を提供するといったサービス」及びそのための
「累計ポイントのレシートへの表示」が挙げられ,さらに,このような「累計ポイ
ントのレシートへの表示」についての現状の問題点が挙げられている。このような
記載から,「自社カード」による「顧客の固定化あるいは非流動化」強化手段とし
ての「累計ポイントのレシートへの表示」に関する従来技術上の問題点こそが,原
特許出願に係る発明が解決しようとしている課題であることは明白である。そし
て,原特許出願に係る発明が,このように「自社カード」における問題を,「磁気
カード」を介した新たな累計ポイント表示システムにより解決しようとするもので
ある以上,この発明の対象である「磁気カード」が,「自社カード」すなわち磁気
カード方式による(自社固有の)クレジットカードとして使用されることを前提と
していることは,【発明の技術的背景ならびにその問題点】欄全体の記載から,当
然に読み取ることができる事項というべきである。
(2) クレジットカードにおける磁気ストライプ
ア 特願当初明細書に「自社カード」との記載があり,これが磁気ストライ
プ付きのクレジットカードを指すことは前記のとおりである。そして,クレジット
カードである以上は,その磁気ストライプ上に,顧客の特定のための顧客番号,す
なわち「累計ポイント以外の情報」が記憶されていることは自明であるから,特願
当初明細書には,磁気カードの磁気ストライプに,累計ポイント以外の情報が記憶
されていることが,既に示されているものというべきである。
また,特願当初明細書には,「今回ポイントを含めた新たな累計ポイン
トを,POSおよびコンピュータを介して顧客データバンクに電送して記録する」
(2頁10行~13行),「磁気カードを紛失しても,前日までの累計ポイントは
顧客データバンクに記録されているので,磁気カード再発行時にこの累計ポイント
をPOSの書込み機能を用いて磁気カードに記録することができる」(15頁1行
~5行)と記載され,多数の顧客を一括して処理する顧客データバンクにおいて記
録されるべき累計ポイントの特定のために,少なくとも電送される当該累計ポイン
トに対応する顧客の特定が必要なことは,当初から示されている。このような顧客
の特定は,磁気カードの磁気ストライプに記憶された顧客番号の読み込みによらざ
るを得ないのであるから,上記記載から,少なくとも顧客番号は,磁気ストライプ
上に記憶されていることは,当然に読み取ることができる。
イ 特願当初明細書には,「今回ポイントを含めた新たな累計ポイントをP
OSの有する書込み機能によりカードに記録する」(明細書2頁7行~9行)との
記載がある。
クレジットカード上の一本の磁気ストライプ上に,顧客番号のような固
定情報とポイント情報のような変動情報とが混在するときに,磁気ストライプ上に
ある両者を同時に読み込みかつ書き込むこと,すなわち顧客番号のような「累計ポ
イント以外の情報」をも書き込み記録することは,原特許出願当時,当業者にとっ
て自明なことであった。
磁気カードは,前記「日本クレジットカード百科」(甲第4号証)にお
いて,「カードに磁気テープを貼付,このストライプを磁化することによって各種
のデータをカードに記録する方式」であり,「データの書き換えができる」ことが
その特徴であると説明され,磁気ストライプ内の各種情報が書き換えられることが
当然であることが示されている(48頁)。この「各種データ」の中に,情報内容
が変更されることを予定しない固定情報と更新あるいは変更されることを予定する
変動情報が含まれることは自明である。
また,磁気カードの読取書込装置(リーダーライター)のトップメーカ
ーである松下電器産業株式会社製のリーダーライターの仕様書(甲第8号証)に
は,「カード書き込みデータは(1)のカード読み取りデータと同じ構成にして下
さい。」(7頁)として,磁気カードの磁気ストライプ全体の情報を同時に読み込
みかつ書き込むことが明確に記載されている。この記載からも,磁気ストライプ内
の情報を書き換える場合には一括して行なうべきであることは,原特許出願当時,
当業者にとって自明のことであったということができる。
ウ 以上によれば,一本の磁気ストライプ上に固定情報と変動情報とが混在
するとき,両者を同時に読み込むこと及び書き込むこと,すなわち,顧客番号のよ
うな「累計ポイント以外の情報」をも書き込み記録することは,原特許出願当時,
当業者にとって自明なことであったというべきである。
エ 被告は,原告の上記主張が,本件考案の出願過程における原告の主張と
矛盾すると主張する。
しかしながら,原告は,「書換えが予定されていない固定情報は書き直
さずに,書換えが予定されている変動(可変)情報のみを書き直すことは,現実に
は不可能と考えられていた」ことを前提として,そうであるからこそ,顧客番号の
ような固定情報と,ポイント情報のような変動情報がクレジットカード上の一本の
磁気ストライプ上に混在する場合には,この両者を同時に読み込みかつ書き込むこ
と,すなわち両者を一緒に書き直すことが,当業者にとって自明であったと主張し
ているのである。被告の主張は,原告の主張を誤解している。
(3) 以上によれば,本件考案における「クレジットカードとしても使用可能な
規格に準拠しており,顧客を特定するカード番号が記憶された磁気ストライプに少
なくとも累計ポイントを含む情報を書込み記録することができる顧客磁気カード」
は,特願当初明細書に記載されていたものであって,この記載を手続補正により明
細書に加えることは要旨変更には当たらないというべきである。したがって,本件
補正につき,要旨変更を認定して,本件実用新案登録についての出願日が本件補正
書の提出日である平成7年12月1日であるものとした審決の認定は,誤りであ
り,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
2 取消事由2(要旨変更の判断における比較すべき対象の選択の誤り)
審決は本件補正書の記載と特願当初明細書の記載とを比較して,本件補正書
による要旨変更を認定した点において,要旨変更の認定の対象を誤ったという重大
な違法があり,そもそもこの点において,既に取消を免れないものである。
出願変更にかかる実用新案出願は,もとの特許出願と全く別個独立のもので
あるから(東京高裁昭和37年12月6日判決,同昭和55年5月20日判決),
本件考案について平成7年12月1日付け手続補正書により要旨変更があったか否
かについては,実用新案法旧8条1項による出願の変更にかかる実願平5-316
45号(乙第5号証)の明細書を比較の対象とすべきである。
特願当初明細書の記載事項が問題となるのは,実用新案法旧8条の出願変更
に関する規定の適用の有無についてのみであり,特願当初明細書と本件補正書の記
載との比較の結果,実用新案法旧9条1項,特許法旧40条の要旨変更に関する規
定の適用が問題とされることはあり得ない。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は,正当であり,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(特願当初明細書の記載事項の認定判断の誤り)について
(1) 「自社カード」とはクレジットカードのことであるとの主張について
ア 原告は,特願当初明細書中に「クレジット」,「自社カード」の文言が
あることを根拠として,自社カードとは,クレジットカードのことであると主張す
る。
原告が,特願当初明細書中に「クレジット」の文言があるとして引用す
るのは,「クレジット販売店」の部分を指していると思われる。しかし,「クレジ
ット販売店」とは,割賦払等の支払形式で物品の販売を行なう小売店のことを指し
ている用語であり,物品販売の際にクレジットカードによる支払を受け付けている
小売店を指しているものではない。クレジットカードでの支払に応じている店舗を
「クレジット販売店」などと呼ばないことは,原特許出願当時はもとより,現在に
おいても同様である。
したがって,特願当初明細書中に「クレジット」(正確には「クレジッ
ト販売店」)の文言があるとしても,この「クレジット」が「クレジットカード」
を指しているものではないことは明らかである。
イ 「自社カード」とは,その文言それ自体からすれば,自社が発行するカ
ードという程度の意味を有するものにすぎず,本件との関係でも,企業が自社の顧
客に対して発行するカードという程度の意味を有するものにすぎない。
原告の主張は,自社カードと呼ばれるカードの中には,信用供与機能,
すなわちクレジットカードとしての機能が付与されたカードも存在していることを
意味するにすぎないというべきである。
ウ 原告が特願当初明細書に「自社カード」,「クレジット」の文言がある
として引用する部分は,原特許出願時における発明を開示している部分ではなく,
従来技術につき述べている部分の一部であり,しかも,その中の導入部分にすぎな
い。特願当初明細書に発明の前提となる課題及び発明の目的として記載されている
のは,今回ポイントを含めた一定期間の購入額に応じた累計ポイントをレシートに
表字することを可能とするシステムを実現することであり,そこでは,「自社カー
ド」であるクレジットカードを使用することは何ら前提とされておらず,これを使
用したことによる利便性,効果等についても,何らの明示も示唆もされていない。
上記引用部分は,原特許出願以前にデパート等で「自社カード」が使用されていた
ことがあったとの背景事情を説明しているものにすぎず,これにより,原特許出願
時における磁気カードがクレジットカードであることが当然に前提とされていたな
どということは,到底できない。
エ 特願当初明細書中の発明の開示部分においても,磁気カード中に累計ポ
イントを記録しておき,新たに買い物を行う際には,この磁気カード中の累計ポイ
ントを更新するとともに,レシート上に今回ポイント,累計ポイント等を印字する
レシートを発行するための装置が開示されているのみであり,発明の効果に関して
も,磁気カード上に累計ポイントを記録させた場合の効果が開示されているのみで
あり,磁気カードとしてクレジットカードを使用した場合の特有の効果等は何ら開
示されておらず,ここでの磁気カードがクレジットカードであることを当然の前提
としていることについては,何らの開示も示唆もされていない。
オ 原告が引用する甲第3,第4号証は,いずれもクレジットカードに関す
る文献であり,この文献中に自社カードの用語が使用されているからといって,す
べての自社カードがクレジットカードであることになるものではないことはいうま
でもない。自社カードとはクレジットカードにほかならないとの原告の主張には,
論理に明らかな飛躍がある。
甲第3号証中には,原告が引用するとおり,「自社カード,他社カード
を問わずクレジット・カードによる販売事務処理の問題は基本的な課題であり,自
社カード発行上の課題は将来的,販売戦略的な課題である。」(3頁2行~4行)
との記載が存在する。しかし,この部分は,自社カード,他社カードを問わず,ク
レジット・カードによる販売事務処理の問題は,今後の基本的課題である旨が記載
されているだけであり,当時,自社カードとは明らかにクレジットカードのことで
あったなどとは何ら記載されていない。
甲第4号証中には,クレジットカードとして,エンボスカード,磁気カ
ード,OCRコードの3種類が存在していることが説明されているほか(同号証4
8頁),2者間契約のカードとしては小売業の自社カード等が分類されていること
が記載されている(同号証36頁)。しかし,この記載が自社カードといえば当然
に磁気カードのクレジットカードのことであることを,裏付けているとはいえな
い。
甲第5号証は,同号証1頁の表1の内容から明らかなとおり(原特許出
願日よりも後である昭和62年に関する数値が掲載されている),原特許出願後の
作成にかかるものであるから,本件においては参考となる資料とはいえない。
(2) 磁気カード上の1本の磁気ストライプに固定情報と変動(可変)情報とを
共に記録することは自明であったとの主張について
ア 原告の主張は,原特許出願にかかる発明における磁気カードがクレジッ
トカードであることを当然の前提とするものである。しかし,その前提が失当なこ
とは前記のとおりである。
イ 特願当初明細書中には,磁気カード上で,1本の磁気ストライプ上に書
替えを予定しない固定情報及び書替えを予定している変動(可変)情報を共に記録
すること,カードを使用するたびごとに,磁気カード上に記録されている固定情報
及び変動(可変)情報をすべて書き直していくこと及びその実現方法などについて
は,何らの開示も示唆もされていない。
原告は,磁気カード上の一本の磁気ストライプに書替えを予定しない固
定情報(本発明においては「カード番号」)と書替えを予定している変動(可変)
情報(本発明においては「累計ポイント」)を共に記録することは,原特許出願時
において自明であったと主張する。
しかしながら,原告は,本件考案の出願過程においては,上記主張と全
く逆の開示を行なっていたものである。すなわち,本件考案の実用新案登録公報中
には,「前述のように公知例3においては磁気カードに特殊な規格の磁気カードを
使用しており,磁気カードの規格が統一されているクレジットカード(JIS規
格)の磁気ストライプに書き直すことが考慮も示唆もされていないのは,クレジッ
トカードに使用されている磁気カードの磁気内容を書き直す技術が,本願考案出願
時も現在も,磁気内容の一部だけを書き直すことができず,磁気内容のすべてを書
き直さざるを得ないことから,磁気内容がこわれたらどうするか,間違って他人の
カード番号を書き直したらどうするかなど,以後のトラブルが予想されるという問
題点があり,現実には不可能と考えられていたためである。」(乙第16号証・6
欄18行~29行),「このようにクレジットカードはクレジットの用途に利用さ
れるというのが常識であり,クレジットカードに使用されている規格の磁気カード
に現金購入のときにも変動する累計ポイントのような情報を書き込むという考え方
そのものがなく,まして1枚の磁気カードをクレジットカード兼ポイントサービス
用カードとして使用させ,かつ現金のみのときもポイントサービス用のカードとし
て使用させようという発想そのものがなかったのである。従って,現金購入のとき
にも変動する累計購入額の情報を磁気カードに書き込む場合には,この公知例3の
技術のように,同一カード上にカード番号が記録されている磁気ストライプとは別
に情報の読み込みおよび書き込みに使用する磁気ストライプを持たせた特殊な規格
の磁気カードを作成せざるを得なかったのである。」(乙第16号証・6欄43行
ないし7欄7行)と記載されている。
上記引用のとおり,原告は,本件考案の登録時掲載公報中においては,
1枚の磁気カード上で,磁気内容の一部だけを書き直す,すなわち固定情報は書き
直さずに,変動(可変)情報のみを書き直すことはもとより,変動(可変)情報と
固定情報を共に書き直すことも,現実には不可能と考えられていたことを強調し,
本件における上記主張とは全く逆の内容の開示を行なっている。
さらに,原告は,特許庁の拒絶査定不服の審判請求書中においても同様
の主張をし(乙第12号証7頁下から7行~8頁末行),特許庁も同主張を前提と
した審尋書(乙第13号証)を発し,原告もこのことを前提とした回答書(乙第1
4号証の1)を提出し,本件考案は,磁気カード上で固定情報と変動(可変)情報
を共に書き直すことを可能にしたものであることを強調した結果,いったんは登録
査定を受けたものである(乙第15号証)。
上記のとおり,原告が本件においてしている上記主張は,原告自らが出
願過程においてなした開示内容に全く反するものであることが明らかである。原告
は,本件考案の出願経過において自らした開示に基づかないどころか,これに反す
る主張を本件で行なっているものであり,その主張が失当であることは明らかであ
る。
2 取消事由2(要旨変更の判断における比較すべき対象の選択の誤り)につい

原告の主張は争う。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由2(要旨変更の判断における比較すべき対象の選択の誤り)につい

原告は,出願変更にかかる実用新案登録出願は,もとの特許出願と全く別個
独立のものであるから,本件考案について平成7年12月1日付け手続補正書によ
り要旨変更があったか否かについては,実用新案法旧8条1項による出願の変更に
係る実願平5-31645号(乙第5号証)の明細書を比較の対象とすべきである
とし,審決が特願当初明細書と本件補正書とを比較して,後者による要旨変更を認
定したのは要旨変更の認定の対象を誤ったものである旨主張する。
しかしながら,実願平5-31645号の出願は,原特許出願とは別個の出
願であるといっても,原特許出願の存在を前提に,出願日をこれの出願日に遡及さ
せるべき出願なのであるから,その明細書の記載が特願当初明細書の要旨を変更す
るものであってはならないことは,いうまでもないことであり,したがって,本件
補正が,特願当初明細書の要旨を変更するものであってはならないことも,当然で
ある。
原告の主張は採用することができず,取消事由2は,理由がない。
2 取消事由1(特願当初明細書の記載事項の認定判断の誤り)について
(1) 原告は,審決が,特願当初明細書には,当該磁気カードに何らかのクレジ
ットカード等としての機能を併せて持たせること,磁気カードの磁気ストライプ
に,累計ポイント以外の情報を記録することについては,何ら記載されておらず,
本件考案の「クレジットカードとしても使用可能な規格に準拠しており,顧客を特
定するカード番号が記憶された磁気ストライプに,少なくとも累計ポイントを含む
情報を書込み記録することができる顧客磁気カード」が特願当初明細書に記載され
ていたものとすることはできず,このような磁気カードについての構成が自明の事
項であると認めることもできない,としたのは誤りである旨主張する。
証拠(甲第3号証,乙第14号証の1ないし3)によれば,クレジットカ
ードとは,当該カードの保有者が,物品又はサービス等の購買に際して,当該カー
ド発行組織体の会員(メンバー)であることを証明するとともに,後日の代金決済
のために,当該取引行為(売買行為)の処理を行うのに必要なデータを得るために
利用されるカードであり,その基本的機能は,発行企業体,目的,使用範囲のいか
んを問わず,「顧客(会員)に対し,商品やサービスの購入に際して信用を供与す
ること」にあること,したがって,カードを示すことによって,たとい割引等の特
典を得られるにしても,後日の代金決済に利用できるものでなければ,それは,単
なる身分証,会員証にすぎず,クレジットカードとはいえないこと,クレジットカ
ードとして用いられる磁気カードの仕様については,遅くとも昭和54年(197
9年)には,JISにより規格が定められていたこと,同規格によれば,クレジッ
トカードとして用いられる磁気カードは,共通の読取機で読み取ることができるよ
うにするため,国内向けに使用できる磁気ストライプを一本のみ備えるものとさ
れ,この一本の磁気ストライプをカードのどの位置に配置すべきか等が定められて
いたことが認められる。
上記認定事実によれば,本件考案の実用新案登録請求の範囲に記載された
「クレジットカードとしても使用可能な規格に準拠しており,顧客を特定するカー
ド番号が記憶された磁気ストライプに,少なくとも累計ポイントを含む情報を書込
み記録することができる顧客磁気カード」とは,商品やサービスの購入に際して,
後日の代金決済に使用されるという,クレジットカードとしての機能を有する磁気
カードであり,カードの所定の位置に,クレジットカードについて定められた前記
JIS規格に準拠した一本の磁気ストライプが配置され,この一本の磁気ストライ
プ上に,少なくとも顧客を特定するカード番号及び累計ポイントを一緒に記録する
ことができる磁気カードを意味するものと解すべきである。
(2) 当裁判所は,本件考案の出願経過に鑑みると,原告が,本件訴訟におい
て,特願当初明細書に,累計ポイントを記録する磁気カードがクレジットカードで
あることが記載されていたものと主張することは,著しく信義に反することであ
り、許されることではない,というべきであると考える。
すなわち,前記認定によれば,仮に,クレジットカードに累計ポイントを
記録するとすると,クレジットカードにはJIS規格により磁気ストライプが一本
しかないから,一本の磁気ストライプ上に固定情報である顧客番号等と変動情報で
ある累計ポイントとが混在して記録されることになる。ところが,乙第8号証によ
れば,原告は,本件考案の出願経過において提出した平成7年4月24日付け意見
書において「引用例1においては磁気カードに特殊な規格の磁気カードを使用して
おり,磁気カードの規格が統一されているクレジットカード(JIS規格)の磁気
ストライプに書き直すことが考慮も示唆もされていないのは,クレジットカードに
使用されている磁気カードの磁気内容を書き直す技術が,本願考案出願時も現在
も,磁気内容の一部だけを書き直すことができず,磁気内容のすべてを書き直さざ
るを得ないことから,磁気内容がこわれたらどうするか,間違って他人のカード番
号を書き直したらどうするかなど,以後のトラブルが予想されるという問題点があ
り,現実には不可能と考えられていたためである。すなわち,クレジットカードは
固定的な情報を登録しておくものであり,本願考案の累計ポイントのように変動す
る情報をカード番号等が入力されている磁気ストライプと同一の磁気ストライプに
登録および変更する媒体としては考えられず,クレジットカードと本願考案の累計
ポイントサービス用のカードを1枚の磁気カードで一体化するという考え方自体が
なかったためである。このように,クレジットカードは一旦登録されたカード番号
等の磁気ストライプの内容を変更し書き込みをすることはできないというのが常識
であり,クレジットカードに使用されている規格の磁気カードに情報を書き込むと
いう考え方そのものがなく,まして1枚の磁気カードをクレジットカード兼ポイン
トサービス用カードとして使用させ,かつ現金のみのときもポイントサービス用の
カードとして使用させようという発想そのものがなかったのである。」(乙第8号
証1頁下から3行~2頁16行)と主張していたことが認められる。
この主張を前提とすると,原特許出願当時には,クレジットカードに変動
情報である累計ポイントを記録することは現実には不可能と考えられていたという
のであるから,特願当初明細書にこのようなことが記載されていたというために
は,当該構成を採用する旨が明確に記載されていなければならないことになるの
は,当然である。ところが,乙第1号証の1,2によれば,むしろ,特願当初明細
書に,そのような明確な記載がないことが明らかである。
原告は,「書換えが予定されていない固定情報は書き直さずに,書換えが
予定されている変動(可変)情報のみを書き直すことは,現実には不可能と考えら
れていた。」からこそ,顧客番号のような固定情報と,ポイント情報のような変動
情報がクレジットカード上の一本のストライプ上に混在する場合には,この両者を
同時に読み込みかつ書き込むこと,すなわち両者を一緒に書き直すことは,当業者
にとって自明であった旨主張する。しかしながら,原告は,原特許出願当時,固定
情報と変動情報とを一緒に書き直すことは,磁気内容を壊したり,顧客番号を間違
って書き直したりする危険性があるため,現実には不可能と考えられていて,クレ
ジットカードに使用されている規格の磁気カードに情報を書き込むという考え方そ
のものがなかったと主張しているのであるから,この主張が正しいことを前提とす
る限り,このことが,当業者にとって自明であったなどということは,およそあり
得ることではない。
以上によれば,原告の上記主張は,出願経過においてした主張内容と明ら
かに相反するものであり,本件訴訟においてこのような主張をすることは,著しく
信義則に反することであり,そもそも許されることではないものというべきであ
る。
(3) 仮に,原告が本件訴訟において,上記主張をすることが許されるとして
も,当裁判所は,特願当初明細書には,上記の構成が記載されているとは認められ
ないと考える。その理由は,次のとおりである。
ア 乙第1号証の1,2によれば,特願当初明細書には,次の記載があるこ
とが認められる。
【特許請求の範囲】
「下記のステップ(a)~(e)を含むことを特徴とする,レシート上に
今回購入時の購入額に応じた今回ポイントおよびその今回ポイントを含めて今回購
入時までにした累計購入額に応じた累計ポイントを表示するシステム:
(a)情報記録の可能な磁気カードを,カードに書込まれた情報の読取り
機能および新たな情報の書込み機能を有するとともに計算機能を有するPOS内に
挿入し,予じめカードに書込まれている今回購入日の前日までの累計ポイントを読
取る。
(b)POSに今回の購入額明細を入力し,次いで合計キーを押して今回
購入合計額を計算するとともに,その合計額に応じた今回ポイントを計算する。
(c)ステップ(a)で読取られた今回購入日の前日までの累計ポイント
に,ステップ(b)で得られた今回ポイントを加算して,今回ポイントを含めた新
たな累計ポイントをPOSにより計算して,この累計ポイントを今回購入時の各商
品の購入額およびその合計額ならびに今回ポイントとともにレシート上に表示す
る。
(d)今回ポイントを含めた新たな累計ポイントを,POSの有する書込
み機能によりカードに記録する。
(e)今回ポイントを含めた新たな累計ポイントを,POSおよびコンピ
ュータを介して顧客データバンクに電送して記録する。」(1頁5行~2頁12
行)
【発明の技術分野】
「本発明は,磁気カードを介して,今回購入時の商品の購入額に応じた今
回ポイントおよびその今回ポイントを含めてその当日までの一定期間に購入した商
品の購入額に応じた累計ポイントをレシート上に表示するためのシステムに関す
る。」(2頁15行~19行)
【発明の技術的背景ならびに問題点】
「近年に至って商品の購入時にあるいは自動車の修理,保険の契約などの
具体的商品の移動を伴なわないサービスを受けた際に磁気カードを用いて支払いを
することが多くなっている。そしてデパート,チェーン化小売店,クレジット販売
店などでは,自社カードを発行し,この自社カードを通して顧客の固定化あるいは
非流動化を図ろうとしている。自社カードを通して顧客の固定化あるいは非流動化
を図るには,もちろん,顧客がどのような商品をいつ購入したかというような顧客
情報を収集し,また顧客がどのような商品を欲しているかという顧客ニーズを的確
に把握することが重要であるが,それに加えて,一定額以上の商品を購入した顧客
に,値引券,サービス券あるいは景品を提供するといったサービスをすることも重
要であろうと考えられる。
一定額以上の商品購入をした顧客に,景品を提供したり,サービス券を
提供したりするといったサービスは,従来,店頭において,購入額に応じてブルー
チップス,グリーンスタンプなどと称される切手状印刷物を直接手渡していた。と
ころがこのような切手状印刷物をもらった顧客は,いちいちこれを所定のノートな
どに貼付して保管しておかねばならず,この操作は極めて煩わしいものと感ずる人
が多かった。このため,この切手状印刷物を商品購入額に応じて手渡すというサー
ビスは,顧客の固定化あるいは非流動化には必ずしも充分な効果を示しているとは
言えないのが実情である。
したがって,顧客が商品を購入した際に受け取るレシートに,今回購入
時の購入額に応じたポイントを表示でき,しかもその今回購入時のポイントを含め
て一定期間にした購入額に応じた累計ポイントをも表示でき,この累計ポイントに
切手状印刷物と同一の機能を果たさせれば,いちいち切手状印刷物をノートなどに
貼付する必要がなく,顧客の固定化あるいは非流動化に役立たせることができると
期待される。
ところで,現状では,顧客が商品を購入した際に受け取るレシートに,
今回購入時の購入額に応じたポイントを表示する技術は既に開発されているが,今
回購入時の購入額に応じた今回ポイントをも含めて今回購入時までの一定期間の購
入額に応じた累計ポイントをレシートに表示するシステムは開発されていなかっ
た。したがってもし顧客が商品を購入した際に受け取るレシートに今回ポイントを
含めて累計ポイントをも表示しようとすれば,顧客別の台帳などを準備するか,顧
客にいちいちそれまでの累計ポイントを表示してもらわなければならず,これでは
手間がかかるだけでなく,同一店舗でしか累計ポイントの表示がされたレシートを
発行できず,しかもレシートの発行に時間がかかるという問題点があった。」(3
頁1行~5頁13行)
【発明の目的】
「本発明は,上記のような問題点を解決しようとするものであって,顧客
が商品を購入した際に受領するレシートに,今回購入時の購入額に応じた今回ポイ
ントを含めて今回購入時までにした一定期間の購入額に応じた累計ポイントをも表
示できるようなシステムを磁気カードを介して提供することを目的としている。」
(5頁15行~6頁1行)
【発明の具体的説明】
「まず初めての顧客には,来店の際に,情報記録の可能な磁気カードを介
して商品を購入してもらうように磁気カードを発行する。このようにして顧客には
カードを介して商品の購入をしてもらうようにするが,この顧客がある商品を購入
しようとする場合には,レジにおいてまずカードを呈示してもらい,このカードを
前述のPOS1内に挿入する。
このPOS1ではカードを介してすでに商品を購入した顧客の場合には
このカードに今回購入時の前日までの累計ポイントが記録されているので,このカ
ードに記録された累計ポイントを読取る。」(9頁19行~10頁11行),「す
でにカードに書込まれている前日までの累計ポイントを読取った後に,今回ポイン
トを前日までの累計ポイントに加算し・・・このようにして今回ポイント8が加算
された新たな累計ポイント9を,POS1に備えられた書込み機能を用いて,カー
ドに新たに書込むことによって,記録する。
新たな累計ポイント9は,カードに書込まれるのみではなく,POS1
からCTL3およびコンピュータ2を介して顧客データバンク4に電送されて記録
される。」(11頁9行~12頁7行)
原告は,特願当初明細書中には,「クレジットカード」の語は用いられ
ていないものの,「発明の詳細な説明」中において,原出願に係る発明における磁
気カードは,クレジットカードの機能を有するカードであることが記載されている
旨主張する。
原告は,その主張の根拠として,特願当初明細書の【発明の技術的背景
ならびにその問題点】欄の「近年に至って商品の購入時にあるいは自動車の修理,
保険の契約などの具体的商品の移動を伴なわないサービスを受けた際に磁気カード
を用いて支払いをすることが多くなっている。そしてデパート,チェーン化小売
店,クレジット販売店などでは,自社カードを発行し,この自社カードを通して顧
客の固定化あるいは非流動化を図ろうとしている。」(3頁1行~8行)との記載
があることを指摘する。確かに,この部分には,磁気カードが商品購入の際の代金
決済の手段として用いられるものであること,すなわちクレジット機能を有するも
のであることが記載されている。また,甲第3号証(乙14号証の3も同じ。)に
よれば,原特許出願の前である昭和53年に発行された「POSシステムに関する
調査研究報告書(Ⅱ)には,「近年のクレジット・カードの隆盛には目を見張るも
のがある。小売業においても,オイル・ショック以降の低成長経済時代を迎えて
“顧客組織化”の必要性を認識し,“自社カード”の普及・強化に努力するところ
となった。」(「はじめに」20行~23行),「自社カード,他社カードを問わ
ずクレジット・カードによる販売事務処理の問題は基本的な課題であり,自社カー
ド発行上の課題は将来的,販売戦略的な課題である。」(3頁2行~4行)との記
載があり,「自社カード」の語がクレジットカードの一形態を意味するものとして
用いられていることが認められるから,特願明細書中の上記「自社カード」の語
は,その前の磁気カードがクレジット機能を有するものである旨の記載と併せて読
むならば,クレジットカード機能を有する磁気カードを意味するものと理解するこ
とができる。そして,クレジットカードについては,遅くとも昭和54年には,J
IS規格が定められていたことは前記認定のとおりであり,同規格は,原特許出願
時である昭和60年には周知であったということができるから,上記記載部分の
「磁気カード」及び「自社カード」は,上記JIS規格に準拠し,情報記録のため
の一本の磁気ストライプが配置されたものであることが,当然の前提とされていた
と解することができる。さらに,乙第14号証の2によれば,上記JIS規格に関
する説明の中で,「この種のクレジットカードは伝票作成事務の便宜のために購買
者の氏名・会員番号等をカード面にエンボスしてあるのが普通であるが,そのよう
な事務を省力化し,更に電子計算機システム利用の実を挙げるためにカード面に磁
気ストライプを設けて,ここに必要な情報を機械で読めるように記録する方法,す
なわち磁気ストライプ付きクレジットカードを使用する方法が採用され始めた。」
との記載があることが認められ,同記載によれば,JIS規格において,クレジッ
トカードの磁気ストライプ部分に,購買者の氏名,会員番号等が記録されているこ
とは,当然の前提とされているといえるから,特願当初明細書中における,クレジ
ットカードである「自社カード」の磁気ストライプ部分には,当然に,顧客を特定
するカード番号が記録されているものと理解することができる。
しかしながら,特願当初明細書の上記部分に続く「自社カードを通して
顧客の固定化あるいは非流動化を図るには,もちろん,顧客がどのような商品をい
つ購入したかというような顧客情報を収集し,また顧客がどのような商品を欲して
いるかという顧客ニーズを的確に把握することが重要であるが,それに加えて,一
定額以上の商品を購入した顧客に,値引券,サービス券あるいは景品を提供すると
いったサービスをすることも重要であろうと考えられる。」(3頁8行~16行)
との記載からは,顧客に対する上記サービスが,「自社カード」と何らかの形で関
連付けて行われるものであることは理解できるものの,それが自社カード自体に技
術的に何らかの機能を付与することによって実現されるものなのか,それとも,単
に「自社カード」が行使された機会に,自社カードとは別個の手段を用いて実現さ
れるものであるのかは,明らかではない。そして,これに続く部分に記載された従
来技術のうち,「店頭において,購入額に応じてブルーチップス,グリーンスタン
プなどと称される切手状印刷物を直接手渡す方法」は,自社カードとは別個の手段
を用いて実現されるサービスであることは明らかである。また,他の従来技術であ
る,「顧客が商品を購入した際に受け取るレシートに今回購入時の購入額に応じた
ポイントを表示する技術」についても,それが,自社カードに技術的に何らかの機
能を付与することによって行われているものなのか,それとも自社カードとは別個
の手段を用いて行われているものなのかは明らかでない。
このように,特願当初明細書中の【発明の技術的背景ならびにその問題
点】欄においては,冒頭部分のクレジットカードである自社カードと,その後に記
載された従来技術との間に必然的な関連性があるものとして記載されているとは認
められない。したがって,上記冒頭部分における自社カード,磁気カードの語がク
レジットカードを意味すると解することができるからといって,このことから,直
ちに,上記従来技術の克服としてなされた原特許出願に係る発明における「累計ポ
イントを記録する磁気カード」が,クレジットカードである自社カードであること
が特願当初明細書に記載されている,と認めることはできないものというべきであ
る。
ウ 前記認定によれば,特願当初明細書の【発明の技術分野】,【発明の目
的】及び【発明の具体的説明】の欄には,原特許出願にかかる発明が,顧客が商品
を購入した際に受領するレシートに,今回購入時までにした一定期間の購入額に応
じた累計ポイントをも表示できるようなシステムを「磁気カードを介して」提供す
ることを目的としていること,この磁気カードには,累計ポイントが記録され,当
該累計ポイントを読み取ること,顧客が商品等を購入するたびに今回購入額に応じ
たポイントを加えて算出された新たな累計ポイントを書き込むことができることが
記載されているものと認められる。
一般に,「磁気カード」とは「紙製又はプラスチックのカード上に形成
した磁気層によって情報を記憶させて使用する媒体」(広辞苑第4版参照)を意味
する語であって,クレジットカードに限られるものではない。また,【発明の技術
的背景ならびにその問題点】欄の冒頭部分の「磁気カード」は,クレジットカード
を意味すると解されるものの,これと従来技術との関係が必然的なものであること
を示す記載はないことから,直ちに原特許出願に係る発明の磁気カードがクレジッ
トカードであるとする根拠とはなりえないことは,前記説示のとおりである。そし
て,他に,特願当初明細書中には,原特許出願に係る発明の累計ポイントを記録す
ることのできる磁気カードがクレジットカードであることを示す記載を見い出すこ
とはできない。
(4) 上記のとおりであるから,平成7年12月1日付け手続補正書によって補
正された明細書の実用新案登録請求の範囲に記載された「クレジットカードとして
も使用可能な規格に準拠しており,顧客を特定するカード番号が記憶された磁気ス
トライプに,少なくとも累計ポイントを含む情報を書込み記録することができる顧
客磁気カード」が特願当初明細書に記載されていたものとすることはできず,上記
手続補正書による手続補正は,要旨を変更するものである,とした審決に誤りはな
い。
第6 以上によれば,原告主張の審決取消事由は,いずれも理由がなく,その他,
審決の認定判断にはこれを取り消すべき瑕疵が見当たらない。よって,原告の請求
を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法6
1条を適用して,主文のとおり判決する。
   東京高等裁判所第6民事部
       裁判長裁判官  山   下   和   明
        
          裁判官   宍   戸       充
 
裁判官    阿   部   正   幸
                                     
                     

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