弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人浅井正の上告理由第一点及び同細井土夫の上告理由第二の一、二につ
いて
 一 原審の確定した事実関係の大要は、次のとおりである。
 1 D(以下「D」という。)は、昭和五三年三月岐阜県立E高等学校を卒業し
て直ちに上告会社に入社し、同社の本件社屋四階の独身寮に住み込んで就労してい
たが、営業社員として入社したものの、見習と呼ばれ、営業活動を見習うほか、研
修を受けたり雑用をしたりしていた。
 2 他方、F(以下「F」という。)は、昭和五二年三月岐阜市内の高等学校を
卒業して上告会社に入社し、本件社屋の寮に入つていたが、同年一〇月ころから一
般のアパートに移り、会社に通勤していた。しかし、Fは、無断欠勤が多く、上司
から勤務態度を注意されたため嫌気がさして昭和五三年二月上告会社を退社し、尾
西市内の呉服店に勤めたが、そこもしばらくして辞め、同年七月ころからは無職と
なつていた。Fは、上告会社に勤務していた昭和五二年九月下旬ころから上告会社
の商品である反物類を盗み出しては換金していたが、上告会社を退社してからも夜
間に宿直中のもとの同僚や同僚に紹介されて親しくなつたDら新入社員を訪ね、同
人らと雑談、飲食したりしながら、その隙を見ては反物類を盗んでいた。
 3 Fは、昭和五三年八月一三日(日曜日)午後九時ころ、会社の反物類を窃取
しようと考え、自動車で上告会社を訪れ、本件社屋表側壁面に設置されているブザ
ーボタンを押したところ、くぐり戸が開き宿直勤務中のDが顔を出した。Fは、D
に対し、「久しぶりだなあ」と声をかけたので、Dが「やあ先輩ですか」と答える
と、Fは、「トイレを貸してくれ」と言つたので、Dがこれを許したところ、Fは、
社屋内に入りトイレを使用した。その後Fは帰宅しようとしないので、Dが「今日
は社長が出張に行つている。もうすぐ帰つて来るので早く帰つた方がよい。」旨作
り事を言つて退去を促したところ、Fは反物窃取の目的を遂げず帰つて行つた。し
かし、Fは、反物窃取の目的を諦め切れず、同日午後一〇時四五分ころ再び本件社
屋を訪れ、ブザーボタンを押して来訪を告げたところ、再びくぐり戸が開いてDが
顔を見せた。Fは、Dに対し「社長は帰つたか」と聞いたので、Dが「鞄を置いて
すぐ帰つた」と答えたところ、Dの許可もないのに社屋内に入り込んだ。Dは、F
が上告会社の反物類を持ち去ることがあるので社屋内に入れないようにしようと考
えていたが、Fが意に反して社屋内に入り込んできたため、Fが話しかけても答え
ず、「あんたに話すことはない」と冷たい態度を示すとともに暗に退去を促した。
そのためFは、立腹し、Dに一階商品展示場畳敷部分に正座するよう命ずるととも
に、正座したDに対して色々と話しかけたが、Dは、反抗的な態度を変えず、Fに
対し、「あんたが来ると反物がなくなる」「あんたが来たことが判ると僕が叱られ
る」と言つた。それを聞いたFは、いたく憤激するとともにこれまでの犯行がDに
も知られていることを知り、Dがこのまま見逃してくれそうにないので反物類を盗
むにはDを殺害するほかはないと考え、突嗟に近くの棚にあつた荷造り用ビニール
紐をとり出し、これをDの頸部に巻きつけて両手で絞めあげ、仰向けに引き倒した
うえ、社屋内にあつた木製野球バットで顔面を殴打したりしてその場でDを死亡さ
せ、反物類を盗んで自動車で逃走した。
 4 本件社屋には夜間の出入口としてくぐり戸が設けられていたが、この戸又は
その近くにはのぞき窓やインターホンはなく、呼出用のブザーボタンのみが設置さ
れ、また、防犯ベル等の設備もなかつた。もつとも、本件社屋は、建物としての機
能に欠陥はなく、窓、戸は堅牢で錠は整備されており、鉄筋コンクリート造りであ
るため、戸締りを十分にしている限り、外部からの盗賊等の侵入を防止することは
可能であつたが、しかし、夜間宿直中に来訪者がブザーボタンを押しても社屋内に
いる宿直員はくぐり戸を開けて見ないとそれが誰であるかを確かめることは困難で
あつたし、くぐり戸を開けた途端その者が強引に社屋内に押し入つてしまうと退去
させることが非常に困難であつた。また、付近はいわゆるビジネス街であつて、夜
間は極端に人通りが少なく、本件社屋内で異常事態が発生しても近隣の人や通行人
に目撃、感知される可能性はほとんどなく、大声で助けを求めても効果はないよう
な状況にあつた。
 5 上告会社の取扱商品には、高価な反物、毛皮、宝石類があつたが、反物は社
屋内畳敷きの商品陳列場の棚や畳の上に積み並べられ、毛皮類はハンガーに掛けら
れて展示されていた。また、高価品については番号等が付せられていたが、帳簿又
は伝票の記載を故意に偽ると紛失又は盗難にあつても判らなかつたし、社屋内の商
品陳列場は広く開放的なものであるため、夜間宿直員が一人となつたときなどは、
監視の隙に来訪者によつて商品を盗まれることもあり得る状況であつた。
 6 上告会社には宿直制度があり、原則として、平日は午後六時から翌朝午前八
時三〇分まで、土曜は午後六時から翌朝午前九時まで、日曜祝日は午前九時から翌
朝午前八時半までと定められ、男子従業員全員が一人宛交替制で実施していた。宿
直員の仕事は、夜間の営業、すなわち夜間における小売業者との商談又は小売業者
への商品の引渡、電話による受注、運送業者への発送品引渡、帰社した出張社員か
らの売上金受領、同金員の金庫への収納等があるほか、盗難防止のための戸締り、
見回り等、更に火災予防のための見回り等も含まれており、宿直員に割当てられる
と寮生であつても宿直員の指定就寝場所である一階商品陳列場の一隅で就寝しなけ
ればならなかつた。なお、毎年八月一二日から同月一六日まではお盆休みで、その
間の宿直は、会社代表者その他の役員とその年に入社した従業員のいずれか一名が
これに当る旨の慣行があり、Dは、昭和五三年八月一三日午前九時から翌一四日午
前九時まで宿直勤務を命じられていた。
 7 上告会社では昭和五二年一〇月ころから商品の紛失事故が二度、三度と発生
していたが、その原因を調査したが判明しないため、全従業員に対し、紛失事故が
ないようにすることや商品持出しを厳正にすることを注意し、夜間の戸締りを厳重
にすることを指示したが、紛失事故はやまなかつた。Fは、退職後本件事故の際の
犯行を含め、七、八回上告会社から反物を窃取するという犯行をくり返しており、
昭和五三年七月一三日には、宿直員がFの反物窃取を見付けたものの、直属の上司
に話したのみで上層部には報告しなかつた。なお、本件事故発生前上告会社に不審
な電話がたびたびかかつてきており、その中にはFからDに対する電話もあつたの
で、上告会社の代表者は、Dに対しFからの用件を尋ねたが、理由が判然としなか
つたため、Fとは交際しないよう注意をしたこともあつた。
  以上の原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認す
ることができ、その過程に採証法則・経験則違反、審理不尽等所論の違法はない。
 二 ところで、雇傭契約は、労働者の労務提供と使用者の報酬支払をその基本内
容とする双務有償契約であるが、通常の場合、労働者は、使用者の指定した場所に
配置され、使用者の供給する設備、器具等を用いて労務の提供を行うものであるか
ら、使用者は、右の報酬支払義務にとどまらず、労働者が労務提供のため設置する
場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程
において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下
「安全配慮義務」という。)を負つているものと解するのが相当である。もとより、
使用者の右の安全配慮義務の具体的内容は、労働者の職種、労務内容、労務提供場
所等安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によつて異なるべきものであるこ
とはいうまでもないが、これを本件の場合に即してみれば、上告会社は、D一人に
対し昭和五三年八月一三日午前九時から二四時間の宿直勤務を命じ、宿直勤務の場
所を本件社屋内、就寝場所を同社屋一階商品陳列場と指示したのであるから、宿直
勤務の場所である本件社屋内に、宿直勤務中に盗賊等が容易に侵入できないような
物的設備を施し、かつ、万一盗賊が侵入した場合は盗賊から加えられるかも知れな
い危害を免れることができるような物的施設を設けるとともに、これら物的施設等
を十分に整備することが困難であるときは、宿直員を増員するとか宿直員に対する
安全教育を十分に行うなどし、もつて右物的施設等と相まつて労働者たるDの生命、
身体等に危険が及ばないように配慮する義務があつたものと解すべきである。
  そこで、以上の見地に立つて本件をみるに、前記の事実関係からみれば、上告
会社の本件社屋には、昼夜高価な商品が多数かつ開放的に陳列、保管されていて、
休日又は夜間には盗賊が侵入するおそれがあつたのみならず、当時、上告会社では
現に商品の紛失事故や盗難が発生したり、不審な電話がしばしばかかつてきていた
というのであり、しかも侵入した盗賊が宿直員に発見されたような場合には宿直員
に危害を加えることも十分予見することができたにもかかわらず、上告会社では、
盗賊侵入防止のためののぞき窓、インターホン、防犯チェーン等の物的設備や侵入
した盗賊から危害を免れるために役立つ防犯ベル等の物的設備を施さず、また、盗
難等の危険を考慮して休日又は夜間の宿直員を新入社員一人としないで適宜増員す
るとか宿直員に対し十分な安全教育を施すなどの措置を講じていなかつたというの
であるから、上告会社には、Dに対する前記の安全配慮義務の不履行があつたもの
といわなければならない。そして、前記の事実からすると、上告会社において前記
のような安全配慮義務を履行しておれば、本件のようなDの殺害という事故の発生
を未然に防止しえたというべきであるから、右事故は、上告会社の右安全配慮義務
の不履行によつて発生したものということができ、上告会社は、右事故によつて被
害を被つた者に対しその損害を賠償すべき義務があるものといわざるをえない。
 三 してみれば、右と同趣旨の見解のもとに、本件において上告会社に安全配慮
義務不履行に基づく損害賠償責任を肯定した原審の判断は、正当として是認するこ
とができ、原審の右判断に所論の違法はない。所論引用の判例は、事案を異にし、
本件に適切でない。論旨は、違憲をいう点を含め、ひつきよう、原審の専権に属す
る証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実若し
くは独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができな
い。
 右上告代理人らのその余の上告理由について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係及びその説示に照ら
し、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつ
きよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自
の見解に基づいて上告会社の賠償すべき損害額の範囲に関する原審の判断の不当を
いうものにすぎず、採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主
文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    横   井   大   三
            裁判官    木 戸 口   久   治
            裁判官    安   岡   滿   彦

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