弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人長野浩三ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除
く。)について
1本件は,居住用建物を被上告人から賃借し,賃貸借契約終了後これを明け渡
した上告人が,被上告人に対し,同契約の締結時に差し入れた保証金のうち返還を
受けていない21万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める事案である。被
上告人は,同契約には保証金のうち一定額を控除し,これを被上告人が取得する旨
の特約が付されていると主張するのに対し,上告人は,同特約は消費者契約法10
条により無効であるとして,これを争っている。
2原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
(1)上告人は,平成18年8月21日,被上告人との間で,京都市西京区桂北
滝川町所在のマンションの一室(専有面積約65.5㎡。以下「本件建物」とい
う。)を,賃借期間同日から平成20年8月20日まで,賃料1か月9万6000
円の約定で賃借する旨の賃貸借契約(以下「本件契約」という。)を締結し,本件
建物の引渡しを受けた。本件契約は,消費者契約法10条にいう「消費者契約」に
当たる。
(2)本件契約に係る契約書(以下「本件契約書」という。)には,次のような
条項がある。
ア上告人は,本件契約締結と同時に,保証金として40万円を被上告人に支払
う(3条1項。以下,この保証金を「本件保証金」という。)。
イ本件保証金をもって,家賃の支払,損害賠償その他本件契約から生ずる上告
人の債務を担保する(3条2項)。
ウ上告人が本件建物を明け渡した場合には,被上告人は,以下のとおり,契約
締結から明渡しまでの経過年数に応じた額を本件保証金から控除してこれを取得
し,その残額を上告人に返還するが(以下,本件保証金のうち以下の額を控除して
これを被上告人が取得する旨の特約を「本件特約」といい,本件特約により被上告
人が取得する金員を「本件敷引金」という。),上告人に未納家賃,損害金等の債
務がある場合には,上記残額から同債務相当額を控除した残額を返還する(3条4
項)。
経過年数1年未満控除額18万円
2年未満21万円
3年未満24万円
4年未満27万円
5年未満30万円
5年以上34万円
エ上告人は,本件建物を被上告人に明け渡す場合には,これを本件契約開始時
の原状に回復しなければならないが,賃借人が社会通念上通常の使用をした場合に
生ずる損耗や経年により自然に生ずる損耗(以下,併せて「通常損耗等」とい
う。)については,本件敷引金により賄い,上告人は原状回復を要しない(19条
1項)。
オ上告人は,本件契約の更新時に,更新料として9万6000円を被上告人に
支払う(2条2項)。
(3)上告人は,平成18年8月21日,本件契約書3条1項に基づき,本件保
証金40万円を被上告人に差し入れた。なお,上告人は,本件保証金のほかに一時
金の支払をしていない。
(4)本件契約は平成20年4月30日に終了し,上告人は,同日,被上告人に
対し,本件建物を明け渡した。
(5)被上告人は,平成20年5月13日,本件契約書3条4項に基づき,本件
保証金から本件敷引金21万円を控除し,その残額である19万円を上告人に返還
した。
3原審は,本件特約が消費者契約法10条により無効であるということはでき
ないとして,上告人の請求を棄却すべきものとした。
4所論は,建物の賃貸借においては,通常損耗等に係る投下資本の減価の回収
は,通常,減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料の中に含ませてその支払を受
けることにより行われるものであるのに,賃料に加えて,賃借人に通常損耗等の補
修費用を負担させる本件特約は,賃借人に二重の負担を負わせる不合理な特約であ
って,信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるから,消費者契約
法10条により無効であるというのである。
5そこで,本件特約が消費者契約法10条により無効であるか否かについて検
討する。
(1)まず,消費者契約法10条は,消費者契約の条項が,民法等の法律の公の
秩序に関しない規定,すなわち任意規定の適用による場合に比し,消費者の権利を
制限し,又は消費者の義務を加重するものであることを要件としている。
本件特約は,敷金の性質を有する本件保証金のうち一定額を控除し,これを賃貸
人が取得する旨のいわゆる敷引特約であるところ,居住用建物の賃貸借契約に付さ
れた敷引特約は,契約当事者間にその趣旨について別異に解すべき合意等のない限
り,通常損耗等の補修費用を賃借人に負担させる趣旨を含むものというべきであ
る。本件特約についても,本件契約書19条1項に照らせば,このような趣旨を含
むことが明らかである。
ところで,賃借物件の損耗の発生は,賃貸借という契約の本質上当然に予定され
ているものであるから,賃借人は,特約のない限り,通常損耗等についての原状回
復義務を負わず,その補修費用を負担する義務も負わない。そうすると,賃借人に
通常損耗等の補修費用を負担させる趣旨を含む本件特約は,任意規定の適用による
場合に比し,消費者である賃借人の義務を加重するものというべきである。
(2)次に,消費者契約法10条は,消費者契約の条項が民法1条2項に規定す
る基本原則,すなわち信義則に反して消費者の利益を一方的に害するものであるこ
とを要件としている。
賃貸借契約に敷引特約が付され,賃貸人が取得することになる金員(いわゆる敷
引金)の額について契約書に明示されている場合には,賃借人は,賃料の額に加
え,敷引金の額についても明確に認識した上で契約を締結するのであって,賃借人
の負担については明確に合意されている。そして,通常損耗等の補修費用は,賃料
にこれを含ませてその回収が図られているのが通常だとしても,これに充てるべき
金員を敷引金として授受する旨の合意が成立している場合には,その反面におい
て,上記補修費用が含まれないものとして賃料の額が合意されているとみるのが相
当であって,敷引特約によって賃借人が上記補修費用を二重に負担するということ
はできない。また,上記補修費用に充てるために賃貸人が取得する金員を具体的な
一定の額とすることは,通常損耗等の補修の要否やその費用の額をめぐる紛争を防
止するといった観点から,あながち不合理なものとはいえず,敷引特約が信義則に
反して賃借人の利益を一方的に害するものであると直ちにいうことはできない。
もっとも,消費者契約である賃貸借契約においては,賃借人は,通常,自らが賃
借する物件に生ずる通常損耗等の補修費用の額については十分な情報を有していな
い上,賃貸人との交渉によって敷引特約を排除することも困難であることからする
と,敷引金の額が敷引特約の趣旨からみて高額に過ぎる場合には,賃貸人と賃借人
との間に存する情報の質及び量並びに交渉力の格差を背景に,賃借人が一方的に不
利益な負担を余儀なくされたものとみるべき場合が多いといえる。
そうすると,消費者契約である居住用建物の賃貸借契約に付された敷引特約は,
当該建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額,賃料の額,礼金
等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らし,敷引金の額が高額に過ぎると評
価すべきものである場合には,当該賃料が近傍同種の建物の賃料相場に比して大幅
に低額であるなど特段の事情のない限り,信義則に反して消費者である賃借人の利
益を一方的に害するものであって,消費者契約法10条により無効となると解する
のが相当である。
(3)これを本件についてみると,本件特約は,契約締結から明渡しまでの経過
年数に応じて18万円ないし34万円を本件保証金から控除するというものであっ
て,本件敷引金の額が,契約の経過年数や本件建物の場所,専有面積等に照らし,
本件建物に生ずる通常損耗等の補修費用として通常想定される額を大きく超えるも
のとまではいえない。また,本件契約における賃料は月額9万6000円であっ
て,本件敷引金の額は,上記経過年数に応じて上記金額の2倍弱ないし3.5倍強
にとどまっていることに加えて,上告人は,本件契約が更新される場合に1か月分
の賃料相当額の更新料の支払義務を負うほかには,礼金等他の一時金を支払う義務
を負っていない。
そうすると,本件敷引金の額が高額に過ぎると評価することはできず,本件特約
が消費者契約法10条により無効であるということはできない。
6原審の判断は,以上と同旨をいうものとして是認することができる。論旨は
採用することができない。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官金築誠志裁判官宮川光治裁判官櫻井龍子裁判官
横田尤孝裁判官白木勇)

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