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平成24年3月21日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成22年(ネ)第10062号職務発明譲渡対価等請求控訴事件
原審・東京地方裁判所平成18年(ワ)第23550号
口頭弁論終結日平成24年1月25日
判決
控訴人兼被控訴人(以下「1審原告」という。)
X
同訴訟代理人弁護士升永英俊
江口雄一郎
柳沢知樹
被控訴人兼控訴人(以下「1審被告」という。)
株式会社日立製作所
同訴訟代理人弁護士城山康文
岩瀬吉和
山本健策
同訴訟復代理人弁護士深津健
主文
11審原告の控訴を棄却する。
21審被告の控訴に基づき,原判決中,1審被告敗訴
部分を次のとおり変更する。
(1)1審被告は,1審原告に対し,290万3066
円及び内金11万8694円に対する平成21年
2月1日から,内金278万4372円に対する
平成22年2月1日から,各支払済みまで年5分
の割合による金員を支払え。
(2)1審原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを100分し,
その1を1審被告の負担とし,その余を1審原告の
負担とする。
4この判決は,主文第2項の(1)に限り,仮に執行する
ことができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
11審原告
(1)原判決を次のとおり変更する。
1審被告は,1審原告に対し,3億5000万円及び原判決別紙請求金額内訳表
の金額欄記載の各内金額(ただし,同請求金額内訳表の起算日欄記載の日の早
いものから順次3億5000万円に満つるまで。)に対する同請求金額内訳表の起
算日欄記載の各日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)訴訟費用は,第1,2審とも,1審被告の負担とする。
(3)仮執行宣言
21審被告
(1)原判決中,1審被告敗訴部分を取り消す。
上記部分に係る1審原告の請求を棄却する。
(2)訴訟費用は,第1,2審とも,1審原告の負担とする。
第2事案の概要
本判決の略称は,特に断らない限り,「旧特許法35条」を「改正前特許法35条」
と,「1審被告中央研究所」を「中央研究所」とそれぞれ読み替え,さらに,審級に
応じた読替えをするほか,原判決に倣う。
11審原告の請求及び原判決
(1)1審原告の請求
本件は,1審被告の従業員であった1審原告が,1審被告に在職中に行った発明
に係る日本国特許6件,米国特許17件及び韓国特許5件についての特許を受ける
権利を1審被告に承継させたことによる相当の対価として,改正前特許法35条3
項及び4項に基づき,平成9年10月24日から平成20年11月21日までの分
合計15億8799万5473円の一部である6億円及び原判決別紙請求金額内訳
表の金額欄記載の各内金額(ただし,同請求金額内訳表の起算日欄記載の日の早い
ものから順次6億円に満つるまで。)に対する同請求金額内訳表の起算日欄記載の
各日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を
求める事案である。
(2)原判決
原判決は,前記期間中の相当の対価額合計6302万6136円及び原判決別紙
認容金額内訳表の金額欄記載の各金額に対する同認容金額内訳表の起算日欄記載の
各日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度
で,1審原告の請求を認容した。
原判決を不服として,1審原告は,主たる請求の額を原判決の認容額と合わせて
3億5000万円の支払を求める限度で一部控訴し,1審被告は,全部控訴した。
2前提となる事実
1審原告の本件請求について判断する前提となる事実は,原判決2頁18行目か
ら5頁11行目までに摘示のとおりであるから,これを引用する。
3本件訴訟の争点
(1)本件発明により1審被告が受けるべき利益の額(争点(1))
ア本件各特許発明の技術的範囲
イ1審被告が包括クロスライセンス契約において本件各特許により得た利益の

⑵本件発明がされるについて1審被告が貢献した程度(争点(2))
(3)本件発明の相当の対価の額(争点(3))
(4)消滅時効の成否(争点(4))
第3当事者の主張
1原審における主張
当事者の原審における主張は,原判決35頁23行目の「成り回路パターンの領
域に」を「成り,回路パターンの領域に」と,38頁24行目の「クロス効果」を
「1審被告又はルネサスが包括クロスライセンス契約を締結したことにより,1審
被告又はルネサスが相手方に支払わずに済んだ財産的効果を金銭的に評価したもの
(以下「クロス効果」という。)」と改めるほかは,同原判決5頁21行目から95
頁5行目までに摘示のとおりであるから,これを引用する。
2争点(1)ア(本件各特許発明の技術的範囲)についての当審における補充主張
〔1審原告の主張〕
(1)「半透光領域」の開示について
ア「第1光透過領域」及び「第2光透過領域」の意義について
日本967-1発明は,「第1光透過領域」及び「第2光透過領域」の透過率やそ
れらが透明膜であることについて,いずれも構成要件としてはいない。同発明にお
ける「遮光領域」も,半透光領域の場合を含むのであって,完全遮光領域を必須の
構成とするものではない。
イ「ポリメチルメタアクリレート」について
日本967号明細書には,実施例1及び3において,ポリメチルメタアクリレー
ト(以下「PMMA」ともいう。)を適用し得ることが記載されているといえるもの
であるから,PMMAをハーフトーン型位相シフト透明膜として用い得ることが示
唆されているということができる。
(ア)ArFエキシマレーザを用いることを前提として,透明膜をPMMAとす
ることについて
日本967号明細書は,i線(波長365nm)の場合,透明膜の厚さは約0.
37μmとなることを例示したものにすぎず,「実施例1,3において,透明膜を酸
化インジウムとした場合について説明したが,これに限定されるものではなく,…
ポリメチルメタアクリレートなどでも良い。」と明記されているとおり,露光の際に
照射される光として,i線(波長365nm)を用いることに限定したものではな
く,ArFエキシマレーザ等,他の波長の縮小投影露光を含むものである。
したがって,実施例1及び3において,PMMA膜を透明膜として用いた上で,
i線(波長365nm)より波長の短い露光光(ArFエキシマレーザを含む)を
利用した縮小投影露光装置の存在もあり得ることを示唆しているものというべきで
ある。
(イ)PMMAの光透過率について
日本967号特許の出願当時,「PMMA膜が,波長:220nmを下回る露光光
(ArFエキシマレーザを含む)の場合,実質的に露光に寄与しない強度の光を透
過させると同時に,透過光を位相シフトさせる透過膜であり得ること」は,当業者
の間で知られていた(甲60の図4におけるPMMAの皮膜は850nmである。)。
日本967号明細書には,実施例1及び3において,PMMAを適用し得る旨の記
載があることからすると,PMMAをハーフトーン型位相シフト透明膜として用い
得ることを明確に示唆しているものということができる。
原判決は,透明膜とは,約100%の透過率の膜のみを意味し,遮光膜とは,透
過率0%の膜のみを意味することを前提として,日本967-1発明は,ハーフト
ーン膜を含むものではないとするが,その前提自体が,当業者の認識のみならず,
出願当時の1審被告における用語の取扱いにも反するものである。
ウ「金属クロム層」について
日本967号明細書は,Cr層(厚さ30nmの金属層)と酸化Cr層との積層
構造により,ハーフトーン型位相シフトマスクを構成し得ることを開示している。
酸化Cr層の厚さは,通常約20nmであり,光透過率は,ほぼ100%である。
日本967号明細書によれば,Cr層(金属層)に酸化Cr層を積層した全体の
層の厚さは50nm,Cr層の厚さは30nmであって,露光光としてi線(波長
365nm)をCr層に用いた場合,3%程度の光を透過するから,実施例のCr
層(金属層)は,「ハーフトーン」ということができる。
エ第3図実施例について
(ア)日本967号明細書の第3図実施例(1審原告が新たに付した符号につい
ては,別紙第3図説明図参照)において,「遮光膜」(金属層3,A領域)と位相シ
フト膜4a(透明膜4a)とを含んだ領域(C)が「半透光領域(第1光透過領域)」
を形成し,「半透光領域を形成する層」の外の窓部(D,第2光透過領域)の透過光
の位相と「遮光体」の一部(G)からの透過光の位相が,Eの位置(GとDの境界)
で互いに反転する。
ここで,「半透光領域を形成する層」の一部を透過する光が,ウエハ上のレジスト
を感光しないように制御することが可能であり,また,「半透光領域を形成する層」
の一部を構成する金属層3は,半透光領域の場合を含むものといえる。
(イ)原判決は,第3図(b)のマスク透過直後の光の振幅が,位相を反転させ
た光と位相を反転させない光とでほぼ同等に記載されていることを根拠に,「実質
的に露光に寄与しない強度の光を透過させると同時に透過光の位相をシフトさせる
半透光領域」であることを示唆する記載はないとするが,誤りである。
第3図(b)は,「位相シフト膜4a」(透明膜4a)を含んだ領域(G)の面積
を大きくするように制御することにより,マスク透過直後の光の振幅が,位相を反
転させた光と位相を反転させない光とでほぼ同等となる例を示したものであり,第
3図(a)ないし(d)は,レンズを介し,当該光透過の面積を小さくなるよう制
御することで,第1の光透過領域(同G領域)を透過する光の強度(光量)を小さ
くし,かつ第1の光透過領域(同G領域)と第2の光透過領域(同D領域)との境
界において互いに透過光の位相が反転する「ハーフトーン型位相シフトマスク」を
用いた露光法である集積回路の製造法の技術思想を開示しているものということが
できる。
オ第16図実施例について
日本967号明細書の第16図実施例(1審原告が新たに付した符号については,
別紙第16図説明図参照)は,位相シフト膜である透明膜4cが「半透光領域(第
1光透過領域)」を形成し,その端部(C1の端部)で,「半透光領域(第1光透過
領域)」(C1)を透過した光1と「透光領域(第2光透過領域)」(C2)とを透過
した光2の位相を相互に反転させ,縮小投影露光することによって,半導体回路パ
ターンの実像の端部が鮮明になることが開示されている。
(2)遮光領域について
ア日本967-1発明は,「遮光領域」が必須ではないことについて
日本967-1発明の技術思想は,①境界を接する第1光透過領域と第2光透過
領域とにおいて,②光の位相を相互に反転させて,③縮小投影露光をすることによ
り,④「端部が鮮明」になることに尽きるものである。
日本967号明細書の第16図実施例は,遮光領域(A)を必要とすることなく,
C領域の端部で相互に位相を反転させて,回路パターンの実像を鮮明にする「半透
光領域」を形成する位相シフト膜(透明膜4c)を開示しているものである。同発
明は,透明膜4cの端部(C1の端部)で,「第1光透過領域」(C1)を透過した
光1と「第2光透過領域」(C2)を透過した光2の位相とを相互に反転させ,縮小
投影露光することによって,半導体回路パターンの実像の端部が鮮明になるように
する発明であって,マスク上に「遮光領域」が存在するか否かは無関係である。
日本967-1発明は,「遮光領域」を構成要件とはしておらず,日本967号明
細書に開示された「遮光領域」は,「半透光領域」の場合を含むということができる。
イ誤記について
(ア)日本967-1発明は,露光の際,1つの透過領域内において,透明膜,
あるいは位相シフト溝を透過した光と,これらが形成されていない部分を透過した
光とを,ある部分において弱め合うように干渉させることにより,マスク上のパタ
ーンの転写精度を向上させることを技術内容とする発明である。同発明は,上記各
光を位相シフトの方法を用いて相互に干渉させ,光を大幅に減少させて端部を鮮明
にする技術であるから,その相互干渉は,各光のいずれかが透過率0%の遮光領域
によって透過を完全に遮られると,実現不可能となる。
そこで,透明膜を透過した光と,透明膜が形成されていない部分とを透過した光
の双方が併存していることが必須の要件となるものである。
(イ)日本967号明細書第3図によれば,「端部が鮮明」になるのは,透過領域
Bと遮光領域Aとの境界ではなく,透過領域Bの第1光透過領域と第2光透過領域
との境界であるから,日本967号明細書中の「位相シフト溝を透過した光と,こ
れらが形成されていない部分を透過した光とが,透過領域と遮光領域との境界部分,
または遮光領域の端部において弱めあうように干渉させる」との記載は明らかな誤
記である。原判決は,日本967-1発明は,「遮光領域の端部付近であって,第1
光透過領域と第2光透過領域の境界部分において弱め合うように干渉させるという
構成を採用することにより,マスク上のパターンが複雑であっても,その転写精度
を向上させるという作用・効果を有するもの」であるとするが,誤りである。
(ウ)日本967号明細書第3図に示した遮光領域Aの幅は,集積回路の設計事
項であり,回路設計の都合により,遮光領域Aの幅を狭くすることもあり得るから,
当業者は,遮光領域Aの幅を細くした場合を当然に想到することができ,遮光領域
の端部付近とはいえない個所でも,「第1の光透過領域と第2の光透過領域の境界
部分において弱め合うように干渉させることによりマスク上のパターンの転写精度
(を)向上させ(得)る」ものである。日本967号明細書には,「遮光領域の端部
付近であって」を根拠付け得る記述はない。
ウ原判決は,「回路パターン」は,第1光透過領域,第2光透過領域及び遮光領
域で構成されていると解釈すべきであるとするが,日本967-1発明の構成要件
にはこのような規定は存在しないのであるから,同発明の技術的範囲を実施例に限
定するかのような判断は明らかに相当ではない。
(3)小括
以上からすると,本件各特許発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマス
クが含まれると認めることはできないとした本判決の判断は,誤りである。
〔1審被告の主張〕
(1)日本967-1発明の技術的範囲について
ア日本967-1発明の技術的範囲に含まれるのは,商業的に実施されたこと
がないエッジ強調型位相シフトマスクであり,ハーフトーン型位相シフトマスクが
含まれないことは,原判決が認定したとおりである。本件各特許が1審被告又は第
三者において実施されたことはなく,かつ今後も実施される見込みはない。
1審原告の当審における追加主張は,そのほとんどが原判決において排斥された
原審における主張の単なる繰返しにすぎない。以下,当審における新たな主張を中
心に反論する。
イ1審原告は,甲60の図4において,PMMAの膜厚は850nmであると
主張するが,同文献の当該記載は典型的な場合について一般的に言及するものにす
ぎず,膜厚は種々の値に変化させる旨が明記されているものであるから,同図にお
ける膜厚の厚さは不明であるというほかない。
日本967号明細書で開示されている露光光源はi線(波長365nm)であっ
て,ArF線(波長193nm)を光源とする露光は開示も示唆もされていないこ
とは,原判決が認定したとおりである。露光光源をi線とした場合,PMMAの光
透過率がほぼ100%であることは1審原告も争うものではない。1審原告は,突
如として日本967号明細書にはArF線についても開示されており,ArF線を
用いた場合にはPMMAの光透過率は1%であるとして,これがハーフトーン膜に
該当すると主張するに至ったが,日本967号明細書に開示も示唆もないArF線
の透過率に関する議論は無意味である。
(2)遮光領域について
日本967号明細書における以下の記載及び図面からすると,日本967-1発
明の「光透過領域」とは,光透過率がほぼ100%の透過領域を意味するものとい
うべきである。
ア日本967号明細書において,第1光透過領域と第2光透過領域とで,マス
ク透過直後の光の振幅を示す第3図(b)(実施例1)及び第7図(b)(実施例2)
では,プラスマイナス反対方向であってもほぼ同じ高さとなっており,第1光透過
領域と第2光透過領域とで光透過率がほぼ同じであることを示しているが,位相を
反転させない透過領域の光透過率はほぼ100%であるから,第1光透過領域と第
2光透過領域とではいずれも光透過率はほぼ100%であることが開示されている。
イ日本967号明細書において,第1光透過領域又は第2光透過領域のいずれ
かに配置される位相シフタについて一貫して「透明膜」と呼んでいるが,通常の用
語例と日本967号発明の目的とに照らして解釈すれば,「透明」といえるためには,
少なくとも,透過光がフォトレジスト膜を感光する程度の光透過率を有することが
必須であると解される。
(3)小括
以上からすると,本件各特許発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマス
クが含まれると認めることはできないとした本判決の判断に,誤りはない。
3争点(1)イ(1審被告が包括クロスライセンス契約において本件各特許により
得た利益の額)についての当審における補充主張
〔1審原告の主張〕
(1)本件各発明の法的独占力又は事実上の独占力により得た利益について
アハーフトーン型位相シフト技術を利用した微細加工半導体製品(以下「ハー
フトーン微細加工半導体製品」という。)が,本件各特許権に抵触するか否かは,最
終的には訴訟手続において判断されるべき問題であり,判決が確定するまでの間,
何人も,抵触するか否かについて,確定的に判断することはできない。
イ原判決は,日本967-1発明の「透過膜」が約100%の透過率の膜を意
味し,かつ遮光膜は透過率0%の膜を意味するとして,ハーフトーン微細加工半導
体製品は,本件各特許権に抵触しないとする。
しかしながら,ハーフトーン微細加工半導体製品は,商品化するまで,巨額の投
資金額とそれにより構築される装置及び人材を必要とするところ,半導体メーカー
は,自己責任に基づいて,本件各特許権に抵触するか否かについて判断せざるを得
ない。そのため,半導体メーカーは,投資リスクをできる限り回避するため,訴訟
において,「透明膜」とは透過率100%の膜のみならず,透過率が数%の膜までを
も含むと判断されるリスク等を予測して,事業戦略を決定せざるを得ない。この場
合,半導体メーカーが採り得る合理的な選択肢の1つが,本件各特許について,対
価支払によりライセンスを受けることである。
ウしたがって,ハーフトーン微細加工半導体製品に関して,本件各特許権に抵
触しないとの判決が確定するまでの間,本件各特許は,法的独占力を有するものと
いうことができる(少なくとも,事実上の独占力を有することは明らかである。)。
本件発明の承継後,1審被告が取得した,本件各特許が有する法的独占力又は事
実上の独占力により得た利益(本件各特許に対応するライセンシーから受領・享受
した実施料及びクロス効果の額)であり,かつ,ライセンシーに返金する義務を負
わない利益は,改正前特許法35条4項の「発明により使用者等が受けるべき利益」
に該当するものである。それにもかかわらず,1審被告が相当の対価の支払を免れ
ることは,使用者である1審被告の定めた勤務規則によって,自らの「財」である
発明に対する権利を強制的に承継させられた発明者(1審原告)との関係で,信義
則に反するものというほかない。
(2)1審被告が本件各特許のいずれかを相手方に提示するなどした包括クロス
ライセンス契約について
ア1審被告は,本件訴訟提起前は,ハーフトーン微細加工半導体製品(ただし,
0.3μm以降の微細加工によるもの。以下,同じ。)は,本件各特許権に抵触する
と自認して自社の同種製品を製造し,販売するとともに,複数の半導体メーカーが
製造し,販売するハーフトーン微細加工半導体製品も本件各特許権に抵触している
と主張して包括クロスライセンス契約を締結し,実施料及びクロス効果を取得して
いるものである。
1審被告は,平成12年度以降に効力を有していた包括クロスライセンス契約に
関し,締結交渉の際,本件各特許のいずれかを,提示特許(契約内容を決定する検
討材料として相互に提示する,相手方が実施している可能性が高いと推測している
特許や技術的意義が高いと認識している基本特許等をいう。)又は代表特許(提示特
許のうち,相手方製品との抵触性及びその技術的価値が確認された特定の特許をい
う。以下,提示特許及び代表特許を総称して,「提示特許等」という。)としたのは,
A社ないしD社,E社及びG社との契約のみであるなどと主張し,書証として,公
証人作成に係る事実実験公正証書(乙39,52~54。以下,総称して,「本件公
正証書」という。)を提出するが,これらは,本件訴訟提起後に1審被告が依頼した
公証人において,1審被告の社員が各公正証書作成日に陳述した事実を証明するも
のにすぎず,1審被告の上記主張を裏付ける客観的な証拠は存在しない。
かえって,本件特許リスト(甲31)には,日本967号特許につき,「●●●●
●●●●●●●」と記載されており,平成11年6月時点で,同特許は,既に他の
●●●●●●●●●●●(ライセンス済み)であったということができる。
しかも,1審原告に対する平成17年度実績報奨金明細書(甲19)の記載によ
ると,少なくとも米国213号特許を対象として,包括クロスライセンス契約では
なく,単独でのライセンス契約が締結されているようである。1審被告は,当該ラ
イセンス契約の詳細について明らかにすべきである。
イ1審被告にとって,日本967号特許は貴重な知的財産であるから,ライセ
ンス交渉の相手方である特定数社に対してのみ交渉材料として提示され,その他の
交渉相手には提示されていないということはあり得ない。むしろ,合理的な経済人
として,1審被告は,どのような交渉の相手方であれ,極めて有利な交渉材料と自
ら評価している同特許を提示して,有利な契約条件を獲得すべく,交渉するものと
推察される。しかも,1審被告は,契約交渉の際,極めて有利な交渉材料たる上記
特許を相手方に提示したからといって,何らの不利益を受けるものでもない。仮に,
結果論として,同特許の提示が契約交渉に有効に機能しなかったとしても,1審被
告の利益を害することにはならない。1審被告が極めて有利な交渉材料であると評
価していた同特許を提示特許等として活用しなかったと主張するのであれば,1審
被告はそれを裏付ける具体的な証拠を提出して,提示しなかった合理的な根拠並び
に交渉の全経緯及び内容を立証すべきである。
ウ1審被告との交渉の際,日本967号特許に無効事由が存在すると主張した
のはB社のみであるところ,同社も,結局,1審被告とライセンス契約を締結し,
1審被告に実施料を支払っている。1審被告は,1審原告に対し,B社が無効事由
の存在を主張したことを根拠として特別の減額をすることなく,社内規定に従い,
報償金を支払っている。そうすると,B社は,ライセンス交渉の際,無効主張をし
たものの,1審被告の無効事由不存在の主張に強く反論できなかったものと推察さ
れるし,仮に,この推測が誤りであるならば,1審被告がB社との交渉経緯を具体
的に主張立証すべきである。
いずれにせよ,1審被告は,各ライセンシーから実施料を受領したのであるから,
日本967-1発明について,「発明により使用者等が受けるべき利益」(改正前特
許法35条4項)を受領済みであることは明らかである。
1審被告は,日本967号特許が無効事由を有することを知りながら,又はハー
フトーン型位相シフトマスク技術をカバーしない特許であることを知りながら,こ
のような事情を秘し,各ライセンシーとの間でライセンス契約を締結し,実施料を
得たわけではないはずである。仮に,無効事由が存在したとしても,1審被告は,
既に各ライセンシーから実施料を受領済みであって,その返還を予定していないの
であるから,相当の対価の算出については,無効事由の存否とは無関係に,各貢献
度の比率を決定すべきものである。
エ1審被告は,B社のみならず,日本967号特許について,「微細加工を行っ
ておらず,位相シフトマスクを実施していない」との反論を行ったA社についても,
実施料及びクロス効果について,●●●●●%もの高率で配分している。
1審被告は,本件訴訟提起後,A社ないしD社との交渉時における主張を一変さ
せ,ハーフトーン微細加工半導体製品は,本件各特許発明を実施していないと主張
し,1審原告に対する改正前特許法35条に基づく相当の対価の支払を拒否しよう
としているものである。
他方で,1審被告は,ライセンシー(半導体メーカー)に対しては,受領した実
施料を一切返金していないし,今後返金する予定もない。このような1審被告の行
為は,信義則違反又は権利の濫用であるというほかない。
(3)クロス効果の対実施料百分率について
ア1審被告又はルネサスが日本967号特許について配分したクロス効果は,
実施料率に対する配分率(対実施料百分率)によると,平成12年度ないし平成1
3年度の2年間では平均●●●倍であり,平成14年度ないし平成16年度の3年
間では平均●●●倍であったが,本件訴訟提起後の平成17年度には,突然,●●
●●倍に急落した。同特許の技術分野である微細な半導体集積回路パターンを形成
する技術について,平成12年度ないし平成16年度の5年間と,平成17年度の
1年間で,格別の変化は生じていない。また,クロス効果の対象となったライセン
ス契約は,いずれも長期の有効期間を定めているから,クロス効果の配分率が急落
した原因は,本件訴訟が提起されたことにほかならない。
したがって,平成17年度のクロス効果の対実施料百分率(●●●●倍)は,明
らかに信用性に欠けるものであり,同年度のクロス効果の額は,それ以前の3年間
における平均値(●●●倍)を用いて算出すべきである。
イ平成12年度及び平成13年度の実施料及びクロス効果合計の日本967号
特許への配分率は,通算して●●●●%であるのに対し,実施料及びクロス効果合
計の全特許権1件当たりの平均配分率は,平成12年度が●●●●%,平成13年
度が●●●●%であるから,日本967号特許に対する配分率が平均値と比較して
極めて高いことは明らかである。
仮に,1審被告がライセンス交渉の際,他社に対してライセンス可能な虎の子の
知的財産権(日本967号特許)を提示し,少しでも自社に有利な契約条件を引き
出すよう努力しなかったのであれば,これを正当化する事由を立証できない限り,
1審被告の関係取締役及び関係幹部社員は,忠実義務違反又は善管注意義務違反の
責任を問われかねないものである。
逆に,1審被告がライセンス交渉の材料として日本967号特許を有効に活用し
なかったにもかかわらず,正当な理由もなく,同特許について,平均分配率をはる
かに超える高率の分配率を付与し,職務発明の報償金を1審原告に支払ったのであ
れば,1審被告の関係取締役及び関係幹部社員は,当該行為につき,忠実義務違反
又は善管注意義務違反の責任を問われかねないものである。
(4)小括
以上からすると,本件発明により1審被告が受けるべき利益の額については,平
成12年度以降に効力を有していた全ての包括クロスライセンス契約について,算
定すべきである。また,原判決の認定する包括クロスライセンス契約締結に係る本
件各特許の寄与率は低きに失するものというほかない。
〔1審被告の主張〕
(1)相当の対価の算定方式について
ア改正前特許法35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益」と
は,使用者等が当該特許発明を実施することによって得られる利益の額ではなく,
当該特許発明を独占的に実施することができることによる利益の額(第三者に実施
許諾をすることによって得られる実施料収入等の利益の額を含む。)と解すべきであ
るところ,原判決も,「使用者等が受けるべき利益」が存在する前提として,当該発
明が実施されたことを想定しているものである。当該発明が何人によっても実施さ
れておらず,かつ当該不実施が当該発明に係る特許の禁止権に基づくものではない
場合,使用者等に独占の利益を認めることはできない。
本件各特許発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれないこ
と,エッジ強調型位相シフトマスク及び補助開口型位相シフトマスクが商業的に成
功しなかったこと,本件各特許が1審被告又は半導体メーカー等の第三者において
実施されていたと認めることができないことは原判決が指摘するとおりである。エ
ッジ強調型位相シフトマスク及び補助開口型位相シフトマスクが商業的に成功しな
かったことからすれば,本件各特許が1審被告又は半導体メーカー等の第三者にお
いて実施されていなかったのは,本件各特許が有する禁止権に基づくものではない
ことは明らかである。
したがって,本件各特許により1審被告が「受けるべき利益」は存在しない。
イ半導体又は液晶製品の業界においては,有力な特許を多数保有し,事業規模
も大きな製造業者同士の間では,包括クロスライセンス契約が締結されることが一
般的である。これは,当該業界では,1つの製品を製造する際,自社及び競業他社
が保有する多数の特許を不可避的に実施せざるを得ず,優良な特許を多数保有する
製造業者間に紛争が生じた場合,1つでも特許権侵害が認定されれば,製品の製造
販売ができなくなるという,資本を投下して研究開発,製品開発,設計,製造,販
売等を行い,これにより利益を上げることを目標とする製造業者にとって致命的な
状況が生じるおそれがあるからである。そのため,有力な特許を多数保有し,事業
規模も大きな製造業者同士の間では,互いの事業活動のフリーハンドを確保し,事
業活動で得られる利益を最大化するために,特許番号等ではなく,事業分野や製品
分野によりライセンス対象を特定する包括クロスライセンスを締結することになる。
このような目的により締結される包括クロスライセンス契約は,当事者の有する
膨大な数の特許から成る特許ポートフォリオの全体を,いわば1つの目的物として
締結されるものであり,多くの場合,契約締結時に登録又は出願されている特許の
みならず,契約有効期間中に新たにされた発明についてもライセンスの対象となる。
したがって,ライセンス交渉の際,特定の提示特許等が示され,又は議論される
ことがあったとしても,当事者は最終的に契約の対象となる特許ポートフォリオ全
体を1つの価値として評価するものということができる。しかも,その評価の対象
は,契約締結時に存する特許だけではなく,契約締結後にどのような発明がされる
と合理的に予想されるのか,すなわち,いかに先端分野等での研究開発がされてい
るかを含めた相手方の総合的な技術力や特許力を含むものと解される。仮に,提示
特許等自体を相手方が評価することがあったとしても,それは,当該特許そのもの
の価値(過去の技術力や特許力)を具体的な金銭的価値として評価するものではな
く,当該特許が徴表する総合的な技術力や特許力(将来の総合的な技術力や特許力)
を評価するものということができる。そして,提示特許等のうちの1つが無価値で
あることが後日判明しても,それを理由として実施料の返還を要求することも,要
求されることもないのであるから,膨大な数の特許から成る特許ポートフォリオ全
体により受けるべき利益が存在する場合,どのような分配方法であれ,その利益の
一部について当該特許ポートフォリオを構成する個々の特許に係る発明により「受
けるべき利益」であると認定することは不適当であるというべきである。
ウ原判決は,包括クロスライセンス契約においては,ライセンス交渉の際に提
示特許等とされた特許及び相手方が実施していたか,実施せざるを得ないことが認
められるような特許について寄与を認めるものであり,本件各特許は,商業的に実
施されていないことから,契約締結時において本件各特許を含む特定の特許が提示
特許等とされたか否かを主要な考慮要素として,寄与率を評価するものである。
しかしながら,原判決は,本件各特許が提示特許等とされたか否かについて,個
別的,具体的な認定をせず,「他社との関係でも提示特許等としていることが推測さ
れる」などという根拠なき推測に依拠して,相当の対価の具体的な計算において,
およそ本件各特許のいずれかが提示特許等とされたものと計算上同様に扱い,平成
12年度以降に効力を有していた全ての包括クロスライセンス契約について,「提
示特許等とされた包括クロスライセンス契約」であるとの認定をしたものであって,
以下に詳述する各ライセンシーとの間の交渉経緯に照らし,明らかに不当である。
エ1審被告がライセンス契約を締結したA社ないしR社とのライセンス交渉に
おいて,本件各特許を提示特許等としたか否か,しなかった場合における理由につ
いては,以下のとおりである。
(ア)A社について
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●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
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(イ)B社について
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(ウ)C社について
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
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(エ)D社について
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(オ)E社について
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(カ)F社について
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(キ)G社について
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(ク)H社について
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(ケ)I社について
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(コ)J社について
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(サ)K社について
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(シ)L社について
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(ス)M社について
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(セ)N社について
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(ソ)O社について
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(タ)P社について
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(チ)Q社について
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(ツ)R社について
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●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
オ仮に,本件各特許が実施されていないにもかかわらず,「使用者等が受けるべ
き利益」が認定され得るとするならば,寄与率の認定の際,包括クロスライセンス
契約の締結交渉において提示特許等とされたことを主要な要素として考慮するとい
う一般論それ自体は,それなりの合理性を有するといえる。
もっとも,平成12年度以降に効力を有していた包括クロスライセンス契約にお
いて,交渉の際,1審被告が本件各特許のいずれかを提示特許等としたのは,前記
エのとおり,平成14年度ないし平成17年度についてA社ないしD社,平成18
年度及び平成19年度についてA社ないしD社及びG社,平成20年度(ただし,
11月21日まで。以下同じ。)についてA社ないしE社及びG社との間の契約のみ
である。1審原告は,そのほかにも,米国213号特許について単独でライセンス
契約が締結されたなどと主張するが,平成17年度実績報奨金明細書において当該
特許のみが記載されたのは,同特許のみが提示された相手方もあったため,ルネサ
スの事務手続において,それに応じた処理がされたからにすぎない。当該相手方と
契約書については,既に1審原告に対して開示済みである。
また,半導体業界のように,数千件ないし1万件を超える特許が対象となる包括
クロスライセンス契約においては,ライセンス交渉の際,提示特許等以外の特許に
ついては,厳密な検討を経ることなく実施許諾に至ったものというべきであるから,
これらの特許の寄与度は,無視し得る程度に小さいものである。
しかも,サバイバル条項が付されている場合には,更新前の旧契約の有効期間中
に登録された特許は,当該契約の締結に寄与することが時期的にあり得ないのみな
らず,更新契約の締結に寄与することもない。相手方は,将来の技術開発力を評価
して包括クロスライセンス契約を締結するものである。1審被告は,このような場
合でも,本件各特許のように社内規程に従って報奨の対象としているが,本来,特
許発明とライセンス収入との間に,因果関係を認めることはできないものである。
原判決は,平成9年度ないし平成11年度について,本件各特許が提示特許等と
された等の事情は認められないとしながらも,上記各年度において効力を有してい
た包括クロスライセンス契約における本件各特許の寄与率を,0.007%と評価
し,相当の対価を算出している。原判決の判断基準によると,本件各特許の寄与率
の評価は,包括クロスライセンス契約毎に,締結交渉の際に本件各特許のいずれか
を提示特許等としたか否かにより区分されるべきであるから,上記の算出方法は誤
りである。
なお,1審被告は,本件特許リスト(甲31)作成当時,本件発明の技術的範囲
にハーフトーン型位相シフトマスクも含まれるものと誤信していたところ,「●●
●●●●●●●●●」との文言は,ライセンス交渉を申し入れる際に提示する特許
リスト(特許数百件が含まれるもので,個別議論の対象とするものではない。)にリ
ストアップされていたことを示すものにすぎない。
カ1審被告は,ライセンス交渉の際,提示特許等とされなかった特許であって
も,相手方が実施している蓋然性が高いと後に判断されれば実施料の配分を行って
いたため,当時において参酌し得た資料に基づいて判断して,本件各特許に対して
も実施料の配分を行った。
しかしながら,本件各特許は,事後的,客観的に考察すれば,何人によっても実
施されなかったものであるから,原判決の判断基準によると,本件各特許が提示特
許等とはされなかった包括クロスライセンス契約については,本来,実施料の配分
を行う必要がなかったものである。
(2)各年度において1審被告が得た実施料及びクロス効果の額について
ア平成12年度及び平成13年度について
1審被告がライセンス交渉の際に本件各特許のいずれかを提示特許等とした相手
方は,A社のみである。当該期間において,1審被告がA社から得た実施料の額及
びクロス効果の額の合計額は●●●●●●●円である。
イ平成14年度ないし平成16年度について
1審被告がライセンス交渉の際に本件各特許のいずれかを提示特許等とした相手
方は,A社ないしD社の4社である。当該期間において,1審被告が上記各社から
得た実施料の合計額及びクロス効果の合計額は,●●●●●●●●円である。
なお,1審原告は,B社は本件各特許について非抵触及び無効の主張をしたもの
の,結局1審被告と包括クロスライセンス契約を締結した以上,当該主張は弱々し
いものにすぎず,本件各特許が1審被告の得た利益に大きく貢献したと主張する。
しかしながら,本件各特許が決め手となって1審被告とB社との間に包括クロス
ライセンス契約が締結されたものではない。包括クロスライセンス契約は,当事者
の特許ポートフォリオ及び将来の研究開発能力を含めた総合的な技術力や特許力を
評価の対象として締結されるものであるから,ライセンス交渉の際,特許議論にお
いて結論が出ることはまれであり,両当事者が条件面についてある程度譲歩し,契
約締結に至るのが通常である。実際,1審被告からB社に対し,本件各特許を含む
合計●●件の特許が提示したところ,B社から日本967号特許について非抵触及
び無効との反論を受けたものであるが,B社も,上記反論をする一方で,ポートフ
ォリオとしての特許力を評価して早期の契約締結に至ったものである。
ウ平成17年度ないし平成20年度について
1審被告がライセンス交渉の際に本件各特許のいずれかを提示特許等とした相手
方は,平成17年度に効力を有していた包括クロスライセンス契約についてはA社
ないしD社,平成18年度及び平成19年度についてはA社ないしD社及びG社,
平成20年度についてはA社ないしE社及びG社である。1審被告が上記各社から
得た実施料及びクロス効果の合計額は,●●●●●●●●●円である。
(3)各年度における本件各特許の寄与率について
ア包括クロスライセンス契約における本件各特許の寄与率については,原判決
が認定するとおり,平成12年度及び平成13年度が2%,平成14年度ないし平
成16年度が3%,平成17年度が2%,平成18年度ないし平成20年度が2%
と評価できる程度である。
なお,ルネサス分社化後の平成15年4月1日以降は,1審被告の受けるべき利
益額は,ルネサスに対する1審被告の株式の保有割合(55%)に応じて減額され
るべきである(平成14年度ないし平成16年度については,平均値70%を乗じ
ることとなる。以下の1審被告主張の各計算において同じ。)。
イ1審原告は,1審被告による本件各特許に対する社内的評価(配分率)の高
さからすると,原判決の認定する寄与率は低きに失するなどと主張する。
しかしながら,1審被告における配分率は,1審被告の誤った主観的認識に基づ
いて配分された結果にすぎず,改正前特許法35条に基づいて職務発明の相当の対
価を請求する訴訟においては,当該発明に係る特許の価値を客観的に評価した上で,
寄与率を算定すべきである。原判決も,1審被告における従来の寄与率又は配分率
に基づいて認定しているものではない。
また,1審原告は,本件訴訟提起を契機として,実施料率にする配分率(対実施
料百分率)が急激に低下したことを疑問視している。
しかしながら,実際の実施料収入額とクロス効果の額との比率は,相手方により
異なるものであり,実施料率に対する配分率は,包括クロスライセンス契約の全相
手方に一律に妥当するものではないから,比較の対象となる実施料収入額とクロス
効果の額の数値の基礎となる包括クロスライセンス契約の相手方が異なれば,比率
も異なることはむしろ当然である。ルネサスは,平成17年度分からルネサス独自
の報償規則を採用し,ライセンス交渉の準備段階において,提示特許等とするため
の具体的準備をした特許についてもクロス効果の額を計上する取扱いを行ったため,
以前とは包括クロスライセンス契約の相手方の内訳が異なっているものである。1
審原告の主張には理由がない。
なお,職務発明の承継時にその評価を正確に行うことは極めて困難であり,使用
者等が当初行った発明の評価に誤りがあることは珍しくないからこそ,実際よりも
低く評価してしまった場合,発明者は裁判所が認定した相当の対価との差額を請求
することができるのである。そうすると,本件訴訟のように,使用者等が実際より
も高く評価してしまう場合も十分にあり得るものであって,後の精査によって当初
の高い評価が誤りであることが判明した場合であっても,なお使用者等は当初の誤
った判断に拘束されなければならないとすると,著しく正義に反することは明らか
である。
(4)小括
以上からすると,平成12年度以降に効力を有していた包括クロスライセンス契
約の全てについて,本件発明により1審被告が受けるべき利益を認定した原判決は
誤りである。また,包括クロスライセンス契約における本件各特許の寄与率につい
ても,原判決の認定はむしろ高率にすぎるものというべきである。
4争点(2)(本件発明がされるについて1審被告が貢献した程度)についての当
審における補充主張
〔1審原告の主張〕
(1)本件発明に至る経緯について
ア1審原告の上司であったP1が,真実,1審原告に対し,「位相シフトマス
クの調査・検討」を指示したのであれば,1審被告は,その旨を立証するための具
体的資料を書証として提出することが可能であるはずであるが,1審被告はそのよ
うな書証を提出しない。
イ1審被告は,工場勤務の技術者が中央研究所に伺い書を提出するのは,共同
開発が行われる場合など,それなりの規模を有する場合に限られると主張する。
しかしながら,工場の技術担当課の業務として新規の技術開発を行う場合,中央
研究所の研究成果を利用する限り,その規模にかかわらず,中央研究所の許可なく
行うことは,当時許されなかった。
1審被告は,P1が1審原告に対して研究テーマを示し,勉強しておくように指
示しただけであるから,技術援助の伺い書が提出されなかったとも主張する。
しかしながら,P1の陳述書には,1審原告に対し,中央研究所の特定の研究者
とコンタクトを取り,位相シフトマスクの研究について詳細に聴取する旨の指示を
したと記載されていることからすると,技術援助の伺い書が提出されないまま,こ
のような指示をすることは,中央研究所の成果をかすめ取ることを意味するもので
あって,あり得ないものである。
ウ1審原告がP2研究報告を閲覧したのは,本件明細書原稿の提出後である。
しかも,同報告は,レベンソン型位相シフトマスクに関する研究報告であり,同報
告を詳細に検討しても,本件発明に想到することはできない。
また,1審原告は,P2研究報告(研究期間昭和62年9月~昭和63年4月)
及び中央研究所のP3らによる研究報告(研究期間昭和61年4月~昭和62年
7月,昭和62年4月~昭和63年1月)より前の日に,位相シフトマスクに関し
て個人的に検討し,昭和58年11月3日,特許出願依頼をしたものである。
エ本件出願依頼書の「●●●●●●●●●●●●●●●●」欄には,「●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」との
記載がある。1審原告は,特許出願のテーマが中央研究所で研究されている研究テ
ーマと関係したものであるかのように本件出願依頼書に記入すれば,1審被告にお
いては,特許部から「特許出願要」の判定を得ることが容易であると考えていたた
め,このような記載をしたものと思われる。
また,1審原告は,本件発明は,P1から業務命令を受けて研究したものではな
いし,そのための便宜を1審被告から何ら得たものでもないから,P1が共同発明
者に加わるような内容の特許出願依頼書を作成したくはなかった。1審原告は,1
審被告の社員として,昭和63年当時,既に多くの特許出願をしていたが,特許出
願依頼書には,発明内容を全て記載するか,ベストの内容を記入しなければならな
いと指摘されたことはなかったため,依頼書の「●●●●●●●」の欄には,P1が
共同発明者として加わることがないよう,P1が上司ではなかった昭和58年11
月に1審原告が提出した本件旧発明に係る特許出願依頼書と類似した構造の位相シ
フトマスクをあえて記入した。
(2)本件各特許に係る出願経過について
ア本件出願依頼書の評価は,「●」であり,1審被告の特許部のサポートを得ら
れず,外部の特許事務所を通じて出願されることとなった。1審原告は,特許事務
所のスタッフとともに,本件出願時明細書を作成した。1審原告は,それ以前に,
既に25件の特許出願を経験していたが,当該スタッフは若年で,明細書作成につ
いて2年ないし3年程度の経験しか有していないものと推測され,しかも,半導体
製造プロセス技術の出願については経験を有するが,半導体マスク技術の出願は初
めてであるとのことであった。したがって,当該スタッフは,日本967-1発明
の内容面については,一切貢献していない。1審原告は,各種図面を交付したり,
同スタッフからの質問に回答するなどして,本件出願時明細書を作成した。
1審原告は,日本967号発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトが含ま
れるように,本件出願時明細書に,遮光領域を形成する金属層は酸化CrとCrと
の積層とし,その膜厚を薄くして半透明膜とするという具体的条件(酸化CrとC
rとが積層する金属層の膜厚が500~3000Å(=50~300nm))や,透
明膜として,出願日当時,遠紫外線に対して遮光性を有する材料として知られてい
たPMMAを用いてもよいことという,新規かつ具体的な記載をした。本件出願時
明細書に記載された発明には,ハーフトーン型位相シフトマスクが含まれないとし
た原判決は,誤りである。
なお,これらの記載は,1審原告の考えに基づくものであり,1審被告の特許部
及び中央研究所等から得た知見が反映されているわけではない。
イ米国各特許に係る出願手続において,集積回路の製造方法に関するクレーム
の内容決定及び米国特許庁からの拒絶査定クレームに対する技術面における対応
(先行技術との違いの指摘等)は,1審原告のみが行ったものであり,1審被告の
ほかの技術者は関与していない。その結果,米国807号特許は,日本967特許
の審査請求前(平成7年11月21日)の段階で,遮光領域がないクレームとして
登録されたものである。
日本各特許の審査請求は,審査請求期限(平成7年11月21日)直前に,それ
までに成立した米国各特許のクレームを参照して,集積回路の製造方法,マスク及
びマスクの製造方法に分割して行われたものである。
1審原告は,その際,「●●●●」等の文言を削除し,技術的範囲にハーフトーン
型位相シフトマスクが含まれるように,1審被告の特許部に対して強く依頼したも
のであり,本件各特許の特許請求の範囲は,発明者である1審原告の強い依頼を参
考にして,記載されたものである。1審原告が,本件出願時明細書に前記アの新規
かつ具体的な記述をしていたからこそ,当該補正が可能となったものである。
(3)市場の動向等について
ア日本967号特許の登録当時,半導体製品に使われている回路パターンは,
微細化が進展しており,微細になった回路パターンの形成には,日本967号特許
は不可欠であったから,当初からマーケットが存在していたものということができ
る。しかも,その市場は,年々拡大していたものであって,1審被告がマーケット
形成のために資金を投下する必要性は存在しなかった。
また,同特許を実施するための技術は,ほとんどがマスク製造メーカーにより開
発されたものであり,1審被告は,通常の半導体技術開発に必要とされる膨大な資
金を設備投資に用いたり,多数の開発人員を投入することはなかった。
イ1審被告が,微細化が進展した回路パターンの半導体を製造する半導体メー
カーに対し,ライセンス契約の締結を求めて日本967号特許を提示すれば,当該
半導体メーカーは,ほぼ1審被告の主張どおり,1審被告とライセンス契約を締結
し,実施料を支払った。
(4)小括
以上からすると,本件発明に対する1審原告の貢献度は,20%を下ることはな
いというべきであって,これを4%とした原判決は誤りである。
なお,1審被告が指摘する各事情は,1審被告の設備や人材から1審原告がマス
クの製造技術を学んだことを意味するにすぎず,1審原告の受けるべき相当の対価
を著しく減額する要素として機能するものではない。
〔1審被告の主張〕
(1)本件発明に至る経緯について
ア1審原告は,あたかも1審原告が初めて位相シフトマスクの有用性に着目し
たかのように主張するが,1審被告においては,昭和50年代末頃から位相シフト
マスクに注目しており,その改良及び実用化に向けた研究開発活動が開始されてい
る。例えば,中央研究所のP3は,補助開口型位相シフトマスクに関する発明(P3
発明)をし,同発明は昭和60年9月20日に特許出願されているものである。
また,1審原告による本件旧発明は,原判決が認定するとおり,原理的に誤って
いたことから,特許出願に至らなかったものであり,1審原告がP1による指示や
P2研究報告等を閲覧する前から抱いていたというアイデア(本件旧発明に係るア
イデア)は,原理的に誤っていた以上,本件発明の基礎となるものではない。
イP1は,1審原告に対し,「位相シフトマスクの調査・検討を開始すること
を指示」したものであって,中央研究所の情報を盗み出すように指示したものでは
ない。1審原告の主張は,1審被告の主張を針小棒大に解釈した不当な主張である。
また,1審原告は,本件明細書原稿の提出後にP2研究報告を閲覧したと主張す
るが,同原稿の提出日は昭和63年6月30日であるのに対し,1審原告は,原審
において,同年6月に中央研究所のP2に会って,P2研究報告に関する資料の写
しを受け取ったなどと主張していたこと,本件明細書原稿には,P2研究報告と同
一の図や同報告の図に手書きで加筆された図があることからすると,同原稿提出後
に初めて同報告を閲覧したとの1審原告の主張が虚偽であることは明らかである。
1審被告は,P2研究報告を参照することによって,本件発明が想到できるものと
主張するのではなく,1審原告が1審被告に在籍していなければ,P2研究報告を
利用することができなかった以上,1審被告の知的資源である同報告が本件発明に
貢献したことを指摘するものである。
さらに,1審原告は,中央研究所に対する技術援助の伺い書の提出等がされてい
ないことを根拠として,P1から1審原告への指示の事実を否定する。しかし,1
審被告において,中央研究所から情報提供を受ける場合に,必ずしも厳格な手続に
よらなくてはならないわけではない。1審被告の社内運用においては,中央研究所
に対して技術援助の伺い書を提出するのは,研究所間の共同開発が行われる場合な
ど,それなりの規模を有するプロジェクトの場合に限られており,1審原告に対し
て研究テーマを示し,勉強しておくようにと指示したにすぎないP1が,伺い書等
を提出しなかっただけである。
なお,1審原告は,P1から位相シフトマスクに関する調査の指示を受けた事実
を否定することを意図して,当審において,特許出願のテーマが中央研究所の研究
テーマと関連を有するかのように本件出願依頼書に記入すれば,特許出願が可能と
なる判定を得られるものと考え,そのような記載をしたなどと主張するが,1審被
告において,特許出願を行うか否かは当該発明の内容によって判断されることであ
り,それがどの研究所で行われた発明であるか,又はどの従業員によって行われた
発明であるかは無関係である。本件出願依頼書に1審原告自身が記載した「●●●
●●●●●●●●●●●●●」欄の記載からすると,1審原告は,P2研究報告の
研究内容(●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●)を受けて,
本件旧発明の内容を見直し,本件出願依頼書の作成に至ったものであることは明ら
かである。1審原告が同報告に接することができたのは,P1による調査検討の指
示があったからにほかならない。
ウ1審原告は,P1が共同発明者と認定されることを避けるため,本件出願依
頼書には,あえて本件旧発明と類似の内容を記載したものであり,1審被告の慣行
や実態に照らせば出願依頼書には発明内容を正確に記載する必要がないことから,
本件出願依頼書の記載内容に基づいて本件当初発明の内容を認定することは誤りで
あると主張するようである。
しかしながら,1審被告において,1審原告が指摘する慣行は存在しておらず,
職務発明を行った者が,その発明内容を使用者である1審被告に報告して特許出願
を要請する際,正確な報告を行わなければ発明の内容を特定することができないこ
とは明らかである。1審原告の陳述書(甲1)においても,そのような慣行が存在
していたことは一切触れられていない。1審原告の上記主張は失当というほかない。
(2)本件各特許に係る出願経過について
ア本件出願時明細書に記載された発明に,ハーフトーン型位相シフトマスクが
含まれないとした原判決の認定に誤りはない。
また,1審原告は,あたかも特許出願の経験豊富(25件)な1審原告が主導的
な立場に立って本件出願時明細書を作成したかのように主張するが,その件数自体
の根拠が不明であるのみならず,1審原告が発明者とされている特許出願には,本
件各特許のようなマスクの構造に関するものは含まれていないから,仮に,特許事
務所のスタッフが半導体マスク技術の出願について経験が乏しかったとしても,そ
の点については1審原告も同様である。また,発明者が特許事務所のスタッフに発
明内容の説明を行うことは当然の職務にすぎない。
日本967号発明の特許化に成功したのは,1審被告の知財担当者らの熱意と能
力経験によるほか,1審被告がマスクの製造のみではなく,半導体の設計や生産ま
でを広く手がけていたことによるところが大きいものである。
イ1審被告の従業員であった1審原告が,1審被告による米国各特許に係る出
願に当たり,請求項の補正に協力することは当然の職務にすぎず,特別な貢献であ
ると評価することはできない。
また,1審原告は,1審被告の特許部担当者に提出した社内資料(甲92)に基
づいて,米国807号特許が遮光領域のないクレームとして成立したなどと主張す
るが,甲92の手書きの図には「●●●●」が明記されており,1審原告が遮光領
域の存在しないハーフトーン型位相シフトマスクを特許請求の範囲に含ませること
については,思いもよらなかったことは明らかである。しかも,甲92は,「Serial
No.437,268」と記載されているとおり,クレーム1に遮光領域が明記されている
米国417号特許に関する文書であって,米国807号特許とは無関係である。
(3)市場の動向等について
ア日本967-1発明の技術的範囲に含まれるのは,商業的に実施されなかっ
たエッジ強調型位相シフトマスクにすぎず,1審被告は,ライセンス交渉の際,相
手方から日本967号特許を実施していない旨及び同特許は無効である旨の反論を
受けているから,日本967号特許を提示するだけで1審被告の主張どおりの契約
が締結できたわけではない。日本967号発明は,エッジ強調型位相シフトマスク
としては優れた発明であったと思われるが,商業的に実施されなかった以上,市場
の動向等に係る1審原告の主張は,その前提自体が誤りである。
イライセンス交渉は,担当者が長年にわたり構築した信頼関係に基づいて行わ
れる,極めて厳しいものである。仮に,ライセンスに係る特許がいかに優れていた
としても,それを提示するだけで相手方が無条件で契約締結に応じてくれるほど容
易なものではない。だからこそ,1審被告は,多大な人的,金銭的な投資により,
ライセンス交渉専門部隊の育成及びノウハウの蓄積を図っているのである。1審原
告の主張は,ライセンス交渉の現場担当者の努力を軽視するもので,不当である。
(4)小括
以上からすると,原判決は,本件発明がされるに当たって1審被告がした貢献に
関し,前提となる事実関係について原審における1審被告の主張をおおむね認めた
限りにおいて正当ではあるが,1審被告の貢献度は99%を下回らないことは明ら
かであって,これを96%とした原判決の認定は低きに失するというほかない。
5争点(3)(本件発明の相当の対価の額)についての当審における補充主張
〔1審原告の主張〕
(1)本件発明の譲渡価格について
ア本件発明の譲渡価格は,本件発明の市場価格から法定通常実施権の価格を除
することによって,算定することができる。
イ半導体集積回路は,平成9年以降,集積回路パターンの最小線幅が製造手段
である縮小投影露光に用いる露光光の波長により微細化し,何らかの特別な手段を
用いない限り,回路パターンを形成することが不可能となった。
本件各特許は,集積回路パターンの最小線幅が縮小投影に用いる露光光の波長に
より微細化(300nm以下)した集積回路パターンを形成する技術を提供したも
のであり,平成20年の存続期間満了まで,本件各特許の実用的な代替手段は存在
しなかった。
ウ本件各特許の存続期間中において,微細加工し,大量生産することによって
製造利益が高くなる半導体製品は,マイクロコンピュータ,DRAM,フラッシュ
メモリなどのメモリ及び標準ロジックである。これらの製品はいわゆる汎用製品で
あるから,本件各特許についてライセンス契約を締結し,相応の対価を支払わなけ
れば微細化が遅れ,本件各特許を実施した半導体メーカーの製品と比較して,全く
競争力を有しない製品しか製造することができない。そのため,一部の半導体メー
カーのみが本件各特許発明を実施することはあり得ず,大手メーカーは横並びに実
施して,微細化した半導体製品を製造することになるのが通常である。
上記半導体製品は,平成12年以降,回路パターンの最小線幅が縮小投影に用い
る露光光の波長により明確に微細化したものであり,本件各特許の実施品の売上金
額は,同年以降,平成20年まで,上記半導体製品の生産額を上回るものであり,
少なくとも下回ることはないと推測される。
平成12年から平成20年11月21日までの間,日本国内並びに米国及び韓国
における半導体集積回路の製造の際,本件各特許を実施したと推定される製品の生
産額は,合計42兆8605億円である。
1審被告のライセンス交渉の責任者であるP4部長は,本件各特許は極めて重要
であるから,半導体メーカーに対し,関連する半導体装置の生産額の4%を実施料
として要求する旨を1審原告に対して説明した。仮に,P4部長の説明の半額
(2%)でライセンス交渉が行われたとしても,半導体に関する特許権の通常の実
施料率と同等であり,格別高い料率というわけではない。
したがって,本件各特許の市場価格は,42兆8605億円の2%相当額である
約8572億円となる。
エ平成12年から平成20年11月21日までの間,1審被告及びルネサスの
半導体製品の生産額は,合計6兆9162億円である。
本件各特許が実施された割合について,他の日本国内の半導体メーカーにおける
比率(0.44)と同等と仮定すると,本件各特許の実施品の生産額は,合計3兆
0431億円と推定される。
そうすると,法定通常実施権の価格は,3兆0431億円の2%相当額である約
608億円となる。
オ以上からすると,本件発明の譲渡価格は,8572億円から608億円を除
した7964億円と推定される。
(2)小括
1審原告は,平成9年10月24日から平成20年11月21日までの本件発明
の相当の対価について,合計15億8799万5473円であると主張するもので
あるところ,改正前特許法35条4項は,相当の対価について,「その発明により使
用者等が受けるべき利益の額」と定めるものではあるが,当該利益額は,本件発明
の市場価格(7964億円)を十分考慮した上で,算出されるべきものである。
したがって,原判決の認定は明らかに少額にすぎるものであり,相当ではない。
〔1審被告の主張〕
(1)原判決の算定基準を前提とした相当の対価について
相当の対価の額について,原判決の算定基準に基づき,各年度において本件各特
許が提示特許等とされた包括クロスライセンス契約から得られた実施料及びクロス
効果の額に本件各特許の寄与率及び1審原告の貢献度を乗じて算出すると,以下の
とおりとなる。
(計算式)相当の対価額=各年度における実施料及びクロス効果の合計額×寄与率
×1審原告の貢献率
ア平成12年度及び平成13年度について
●●●●●●●円×2%×(100-99)%=●●●●●●円
イ平成14年度ないし平成16年度
●●●●●●●●円×3%×(100-99)%×70%=●●●●●●●●円
ウ平成17年度ないし平成20年度
●●●●●●●●●円×2%×(100-99)%×55%=●●●●●●●●

エ合計●●●●●●●●円
(2)小括
1審原告が,1審被告から,日本967号特許の実績報奨金として,合計222
3万0932円の支払を受けていることは当事者間に争いがない。
したがって,仮に,本件各特許が実施されていないにもかかわらず,「使用者等が
受けるべき利益」が認定され得るとしても,1審被告が,1審原告に対して支払う
べき相当の対価は,既に支払済みである。
6争点(4)(消滅時効の成否)についての当審における補充主張
〔1審原告の主張〕
(1)1審原告は,本件訴訟提起時において,本件発明に係る相当の対価の請求権
に関し,請求すべき元本債権が存在するか否か不明であり,相当程度の審理を経た
時点において,初めて元本債権の存在を認識することが可能となったものである。
特に,本件では,①債務者である1審被告が元本債権の存否を否認したこと,②
債権者である1審原告がライセンス契約書,実施料支払報告書,実施料分配表及び
各報償金の算定根拠となった資料等,元本債権の存在を確認するために必要な情報
を有していなかったこと,③1審被告も,これらの情報を1審原告に開示すること
を拒否しており,原審における審理が進行後,文書提出命令に基づいて,1審被告
はこれらの情報の一部を開示したことという各事情が存在するものである。
(2)このような事情においては,1審原告は,元本債権の存否すら知り得ない状
況に置かれていたというべきであって,元本及び遅延損害金の各債権の行使を信義
則に反して怠っていたとは解されない。
また,このような事情においては,1審被告が,その時効の完成を援用すること
は,信義則上許されないというべきである。
(3)以上からすると,平成9年10月24日ないし平成10年3月31日の間に
1審被告が得た利益に基づく対価請求及び平成10年度に1審被告が得た利益に基
づく対価請求についての各遅延損害金のうち,平成12年3月11日以前の分につ
いて消滅時効を認めた原判決は,誤りである。
〔1審被告の主張〕
(1)本件訴訟は,技術に関する争点や相当の対価の額に関しては事実関係が複雑
であるかもしれないが,実績報奨金の支払時期は明瞭であり,1審原告も支払時期
について具体的に認識していたものである。
(2)1審原告は,あたかも1審被告の帰責事由に基づいて,請求額の一部につい
て消滅時効が完成してしまったかのように主張する。
しかしながら,1審被告は,原審において,当初,任意で1審原告に対してライ
センス契約書及びロイヤルティレポートを開示することとして,当事者間で開示条
件について協議を重ねており,原審裁判所より,平成20年5月8日付け「秘密情
報開示に関する契約書」案が提示されるまでに至っていた。1審被告は,それまで
の1審原告との合意事項に従い,膨大な量の契約書等を再整理する等,任意の書面
開示に応じるべく誠実に準備を行っていたが,1審原告は,それまでの協議を突如
として一方的に全て破棄し,文書提出命令を申し立てたものである。さらに,1審
原告訴訟代理人弁護士升永英俊及び補佐人(当時)弁理士南条雅裕は,文書提出命
令が発令された旨の連絡を受けるや,その直後に決定の送達を受けることもなく訴
訟代理人又は補佐人を辞任した。升永弁護士は,半年以上が経過した平成21年2
月に至り,1審原告の訴訟代理人に復帰したが,その間,原審における審理は完全
に停止することを余儀なくされていた。
上記の事実経過から明らかなとおり,1審被告は誠実に訴訟を追行してきたにも
かかわらず,1審原告の一方的な事情により,原審における審理は大幅に遅延して
しまったのである。仮に,このような遅延がなければ,消滅時効は完成しなかった
ものと思われる。
(3)以上からすると,遅延損害金の一部について消滅時効が完成したことについ
て,一方的に1審被告を非難する1審原告の主張は不誠実であるというほかない。
第4当裁判所の判断
1争点(1)ア(本件各特許発明の技術的範囲)について
当裁判所は,本件各特許発明の技術的範囲について,原判決と同様,ハーフトー
ン型位相シフトマスクが含まれるとは認めることができないと判断するものである。
その理由は,次のとおり加除訂正するほかは,原判決95頁8行目から112頁1
4行目までに説示のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決106頁14行目の次に,改行して,以下を加える。
「なお,仮に,1審原告が主張するとおり,日本967-1発明における第1光
透過領域又は第2光透過領域のいずれかがハーフトーン膜が存在する領域であると
した場合には,「一つの透過領域」内にハーフトーン膜が存在することになって,
「一つの透過領域」と「他の透過領域」とを分離する領域が存在しないことになり,
回路パターンを形成することができなくなるものである。1審原告の主張は,この
ような観点からも理由がないものというべきである。」
(2)原判決109頁8行目の「そして,」から13行目「できなくなる。」までを
削除する。
(3)原判決112頁3行目の次に,改行して,以下を加える。
「(4)1審原告の当審における補充主張について
ア「半光領域」の開示について
(ア)ハーフトーン型位相シフトマスクについて
「ハーフトーン型位相シフトマスク」とは,マスクを透過する露光光間に位相差
を生じさせることによって,転写パターンの解像度を向上させる位相シフトマスク
の一種であり,透光領域と,遮光部として,実質的に露光に寄与しない強度の光を
透過させると同時に透過光の位相をシフトさせる半透光領域とを有し,両者を透過
した光がその境界部分において互いに打ち消し合うことにより,境界部の解像度を
向上させるものであることは,原判決の認定のとおりである。
そうすると,日本967-1発明が「ハーフトーン型位相シフトマスク」を包含
するというためには,以下の条件を満たすことが必要となる。
①透光領域と,
②遮光部として,実質的に露光に寄与しない強度の光を透過させると同時に透過
光の位相をシフトさせる半透光領域とを有し,
③両者を透過した光がその境界部分において互いに打ち消し合うことにより,境
界部の解像度を向上させるものであること
(イ)「第1光透過領域」及び「第2光透過領域」の意義について
日本967-1発明が「ハーフトーン型位相シフトマスク」を包含するというた
めには,少なくとも「第1光透過領域」及び「第2光透過領域」のいずれかが,実
質的に露光に寄与しない強度の光を透過させると同時に透過光の位相をシフトさせ
る半透光領域であることが必要である。
1審原告は,日本967-1発明には,「第1光透過領域」及び「第2光透過領域」
の透過率やそれらが透明膜であることは構成要件とされておらず,完全遮光領域を
必須の構成とするものではないなどと主張する。
確かに,日本967-1発明は,「第1光透過領域」及び「第2光透過領域」の透
過率及びそれらが透明膜であることは構成要件とはされていない。
しかしながら,日本967-1発明は,「第1光透過領域」及び「第2光透過領域」
のいずれか一方が透過光の位相をシフトさせる位相シフト手段を備えることは構成
要件とされているものの,日本967号明細書の記載を参酌しても,当該位相シフ
ト手段が実質的に露光に寄与しない強度の光を透過させるものであること,すなわ
ち,「第1光透過領域」及び「第2光透過領域」のいずれか一方が半透光領域を形成
することを示唆する記載はないから,「第1光透過領域」及び「第2光透過領域」の
透過率及びそれらが透明膜であることが構成要件とされていないことをもって,
「第1光透過領域」及び「第2光透過領域」のいずれか一方が半透光領域の場合を
包含するということはできない。
また,1審原告は,「半透光領域を形成する層」の一部を透過する光が,ウエハ上
のレジストを感光しないように制御することが可能であるとも主張するが,日本9
67号明細書には,露光光の強度を1審原告主張のように制御することに関する記
載はないし,その旨の示唆もされていないものというほかない。
(ウ)PMMAについて
a1審原告は,日本967号明細書の実施例1及び3において,PMMAを適
用し得ることが記載されているということができるので,PMMAを透明膜として
用いた上で,i線(波長365nm)より波長の短い露光光(ArFエキシマレー
ザを含む)を利用した縮小投影露光装置の存在もあり得ることを示唆しているもの
というべきであると主張する。
しかしながら,1審原告が指摘する日本967号明細書の記載は,位相シフト膜
として機能する透明膜をPMMAで形成することについて示唆するものということ
はできるが,ArFエキシマレーザを用いるとともに透明膜をPMMAとすること
を開示するものではない。
また,甲60の図4のグラフを参照すれば,PMMAの透過率(曲線40)は,
波長220nmでほぼ「.1」,すなわち10%程度であることは示されているもの
の,当該図面には波長193nmの光透過率は開示されていない。そして,光透過
率は膜厚にも依存すると考えるのが自然であるところ,甲60には,図4における
PMMAの膜厚は特定されていないから,上記主張の根拠とすることはできない。
甲60の図4には,波長193nmの光透過率は示されていないものの,波長30
0nmないし220nmの紫外線に対するPMMAの光透過率が示されており,ま
た,甲64の図1には,193nmの紫外線に対するPMMAの紫外線吸収スペク
トラムが示されていることから,これらを総合すれば,少なくとも,ArFエキシ
マレーザに対応する波長193nmにおいて,PMMAが紫外線を吸収する特性を
有すること,すなわち,所定の光透過率を有することが示されているということが
できる。しかし,PMMAが,ArFエキシマレーザの波長193nmにおいて所
定の光透過率を有し,露光光を所定の比率で透過するとしても,日本967号明細
書には,「実質的に露光に寄与しない強度の光を透過させる」ことを示唆する記載は
ないから,PMMAを「ハーフトーン型位相シフトマスク」のハーフトーン膜とし
て用いることが示唆されているとまで,いうことはできない。
なお,1審原告は,原審において,1審被告がPMMAの波長193nmにおけ
る光透過率が100%に近いことを裏付けるために提出した乙25論文は,平成1
3年発表の論文であって,PMMAの透過率向上の成果を反映させたものであるか
ら,日本967号特許の出願時における当業者の認識とは異なるとも主張するが,
上記のとおり,PMMAが,ArFエキシマレーザの波長193nmにおいて所定
の光透過率を有し,露光光を所定の比率で透過するとしても,PMMAをハーフト
ーン膜として用いることが示唆されているとまでいうことはできないから,乙25
論文に係る原告主張を前提としても,上記結論が左右されるものではない。
仮に,特定波長において,PMMAが「ハーフトーン」であることが示されたと
しても,それによってPMMAをハーフトーン型位相シフトマスクにおけるハーフ
トーン膜として用いることが示唆されているとまで,いうことはできない。
b1審原告は,日本967号明細書に記載されたi線(波長365nm)は例
示であって,露光の際に照射される光としてi線を用いることに限定したものでは
なく,ArFエキシマレーザ等の波長の縮小投影露光をも含むなどとも主張する。
しかしながら,日本967号明細書には,ArFエキシマレーザを用いることを
前提として透明膜をPMMAとすることが開示されているということはできず,ま
た,仮に,PMMA膜を透明膜として用いた上でArFエキシマレーザを用いるこ
とが示唆されていたとしても,PMMAをハーフトーン型位相シフトマスクにおけ
るハーフトーン膜として用いることが示唆されていることにはならないことは,先
に認定したとおりである。
日本967号明細書には,「今仮に,はみ出した透明膜4aの基板2の主面から厚
さをX1,基板2の屈折率をn,露光の際に照射される光の波長をλとすると,透
明膜4aは,その厚さX1が,X1=λ/〔2(n-1)〕の関係を満たすように形
成されている。これは露光の際,マスク1aに照射され,一つの透過領域Bを透過
した光のうち,透明膜4aを透過した光の位相と,通常の透過領域Bを透過した光
の位相との間に180度の位相差を生じさせるためである。例えば,露光の際に照
射される光の波長λを,0.365μm(i線),透明膜4aの屈折率を1.5とす
ると,透明膜4aの基板2の主面からの厚さX1を,約0.37μmとすればよい。」
との記載があり,透明膜の膜厚を定めるに当たり,膜厚と光透過率との関係は考慮
されていないことからしても,透明膜は,専ら,露光の際に照射される光の位相を
180度シフトさせるためのものであって,ハーフトーン膜として用いることを予
定したものではないことは明らかである。
(エ)厚さ30nmの金属クロム層について
1審原告は,日本967号明細書に実施例として記載されたCr層(金属層)の
厚さは30nmであり,露光光としてi線(波長365nm)を用いると,3%程
度の光を透過するから,実施例のCr層(金属層)は,「ハーフトーン」であると主
張する。
しかしながら,日本967号明細書の実施例を説明するための図面である第3図
(b),第16図(b)等を参照すれば,金属層(遮光領域)におけるマスク透過直
後の光の振幅は「0」とされており,これらの図面は,測定結果を示したものでは
ないとしても,日本967号特許の原理を説明するものであるから,金属層が実質
的に光を透過させない層として用いられていることを裏付けるものであるというべ
きである。実施例のCr層(金属層)は,「ハーフトーン」であるということはでき
ない。
(オ)第3図について
1審原告は,日本967号明細書の第3図について,「ハーフトーン型位相シフト
マスク」の技術思想を開示していると主張する。
しかしながら,第3図の金属層3は「ハーフトーン」とはいえず,むしろ光を透
過しない「遮光領域」として機能するものであるから,金属層3(領域A)を含む
領域Cが「半透光領域を形成する層」を形成するということはできない。
また,日本967号明細書には,第3図(a)ないし(d)が,レンズを介して
領域(G)の面積を制御することや,「半透光領域を形成する層」(C)の一部(G)
を透過する光が,ウエハ上のレジストを感光しないように制御することは記載も示
唆もされておらず,同図が,「ハーフトーン型位相シフトマスク」を開示していると
いうことはできない。
(カ)第16図について
1審原告は,日本967号明細書の第16図について,「ハーフトーン型位相シフ
トマスク」の技術思想を開示していると主張する。
しかしながら,先に認定したとおり,日本967号明細書には,透明膜4cをP
MMAで形成することは示唆されているといえるが,PMMAをハーフトーン型位
相シフトマスクにおけるハーフトーン膜として用いることが示唆されているとはい
えないから,透明膜4cが「半透光領域」(C1)を形成しているということはでき
ず,1審原告の主張は,その前提において誤りである。
イ「遮光領域」について
(ア)遮光領域の存在について
1審原告は,日本967号発明は,透明膜の端部で「第1光透過領域」を透過し
た光の位相と「第2光透過領域」を透過した光の位相とを相互に反転させ,縮小投
影露光することによって,半導体回路パターンの実像の端部が鮮明になるようにす
る発明であって,マスク上に「遮光領域」が存在するか否かは問わないと主張する。
しかしながら,日本967号発明が「ハーフトーン型位相シフトマスク」を用い
た集積回路の製造方法を含むとはいえないことは,前記のとおりである。
また,日本967号発明の位相シフトマスクは,いわゆる「レベンソン型位相シ
フトマスク」における課題を解決したものであり,1つの透過領域内に,透明膜か
らなる位相シフト手段が形成された部分と,透明膜が形成されていない部分とを形
成することにより,露光の際,1つの透過領域内で,透明膜を透過した光と透明膜
が形成されていない部分を透過した光との間で光の位相が相互に反転し,露光光が
干渉により弱め合うように構成したことにより,透過領域と当該遮光領域に隣接す
る遮光領域との境界部分又は遮光領域の端部において,実像の端部が鮮明になるよ
うにしたものであるから,各透過領域を規定するためには,各透過領域に隣接する
遮光領域が必要であり,また,実像の端部が鮮明になる箇所は,透過領域と当該遮
光領域に隣接する遮光領域との境界部分又は遮光領域の端部であるから,遮光領域
の存在は,日本967号発明の前提というべきである。
したがって,日本967号発明は,特許請求の範囲に遮光領域が構成要件として
記載されていないとしても,原判決の認定のとおり,「遮光領域」が存在することが
必要であるものというほかない。
1審原告は,日本967号明細書の第16図は,遮光領域(A)を必要とするこ
となく,C領域の端部で相互に位相を反転させて,回路パターンの実像を鮮明にす
る「半透光領域」を形成する位相シフト膜(透明膜4c)を図示しているとも主張
する。
しかしながら,前記のとおり,日本967号特許は,「遮光領域」が存在すること
が必要であるから,1審原告の主張は,その前提において誤りである。
また,第16図において,遮光領域Aがなければ,第1光透過領域C(位相シフ
ト膜)の端部で,第1光透過領域C1を透過した光1と第2光透過領域C2を透過
した光2の位相が相互に反転して弱め合うとしても,ウエハ上の第1光透過領域C
1の端部以外の領域では,光1と光2の光強度は同レベルであり,いずれもフォト
レジスト膜を感光させることになるから,ウエハ上には,第1光透過領域C1の端
部付近のみに回路パターンが形成されることになり,目的とする回路パターンを形
成することができない。日本967号明細書の第16図は,遮光領域(A)を必要
とすることなく,「半透光領域」を形成する位相シフト膜を図示しているということ
はできない。
(イ)誤記について
1審原告は,日本967号明細書の,「位相シフト溝を透過した光と,これらが形
成されていない部分を透過した光とが,透過領域と遮光領域との境界部分,または
遮光領域の端部において弱めあうように干渉させる」との記載は明らかな誤記であ
ると主張する。
しかしながら,遮光領域の存在は日本967号特許の前提であって,透過領域B
の中の第1光透過領域と第2光透過領域との境界は,透過領域と当該遮光領域に隣
接する遮光領域との境界部分にほかならないから,上記記載が誤記であるというこ
とはできない。
なお,第3図は,実際の測定結果等を示したものではなく,説明図であるから,
図面上,透明膜を透過した光と透明膜が形成されていない部分とを透過した光との
間で光の位相が相互に反転する箇所が,光透過領域の中の第1光透過領域と第2光
透過領域との境界であるように記載されているとしても,「端部が鮮明」になる箇所
は,第1光透過領域と第2光透過領域との境界であって「透過領域と遮光領域との
境界部分」ではないことを裏付けるものではない。
さらに,1審原告は,第3図に示した遮光領域Aの幅は,回路設計の都合により
狭くすることもあり得るから,遮光領域の端部付近とはいえない個所でも,第1の
光透過領域と第2の光透過領域の境界部分において弱め合うように干渉させること
によりマスク上のパターンの転写精度を向上させ得るから,原判決における,日本
967-1発明が「遮光領域の端部付近であって,第1の光透過領域と第2の光透
過領域の境界部分において弱め合うように干渉させることによりマスク上のパター
ンの転写精度を向上させるという作用・効果を有するもの」との認定も誤りである
と主張するが,「端部が鮮明」になる箇所について,第1光透過領域と第2光透過領
域との境界であるとは認められない以上,失当である。
ウ本件各特許発明の技術的範囲について
以上からすると,本件各特許発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマス
クが含まれると認めることはできないとした,原判決の認定に誤りはない。1審原
告の主張はいずれも採用できない。
日本967号発明は,いわゆるレベンソン発明の改良である「エッジ強調型位相
シフトマスク」として技術的に完成された発明である。1審被告においても,日本
967号特許が「エッジ強調型位相シフトマスク」に係る特許として評価され,「戦
略特許賞」の社内表彰を受けている(甲35の1~3,甲36)。
このように,日本967号特許を含む本件各特許は,自社又は他社において商業
的に実施されることはなかったことが当事者間に争いがない「エッジ強調型位相シ
フトマスク」に係る特許であるというほかない。」
(4)原判決112頁4行目「(4)」を「(5)」と改める。
2争点(1)イ(1審被告が包括クロスライセンス契約において本件各特許により
得た利益の額)について
(1)改正前特許法35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の
額」の意義
ア使用者等は,職務発明について特許を受ける権利又は特許権を承継すること
がなくても,当該発明について特許法35条1項が規定する通常実施権を無償で有
することに鑑みれば,改正前特許法35条4項にいう「その発明により使用者等が
受けるべき利益の額」とは,使用者等が当該特許発明を実施することによって得ら
れる利益の額ではなく,当該特許発明を独占的に実施することができることによる
利益の額(第三者に対する実施許諾をすることによって得ることができる実施料収
入等の利益の額を含む。以下同じ。)であると解すべきである。
そして,その利益の額は,本来,職務発明についての特許を受ける権利の承継時
において,当該権利を取得した使用者等が当該発明の実施を独占することによって
得られると客観的に見込まれる利益の額をいうと解されるが,特許を受ける権利自
体が,将来特許登録されるか否か不確実な権利である上,当該発明により使用者等
が将来得ることができる利益をその承継時において算定することは,極めて困難で
あることに鑑みると,その発明により使用者等が実際に受けた利益の額に基づき,
「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」を事後的に算定することも,「利
益の額」の合理的な算定方法の1つであり,同項の解釈として許容し得るところと
いうべきである。以上説示したところは,職務発明として,改正前特許法35条3
項及び4項が類推適用されるべき外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場
合の対価請求においても,妥当するものということができる。
イ本件各特許発明は,前記認定のとおり,「エッジ強調型位相シフトマスク」に
係る発明であるところ,本件各特許発明それ自体が自社又は他社において商業的に
実施されることはなかったことは,当事者間に争いがないから,改正前特許法35
条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」の算定に当たり,そも
そもハーフトーン型位相シフトマスクに係る事情を考慮することはできない。
しかし,本件において,1審被告が,半導体メーカー各社との間で,本件各特許
発明をもラインセンス対象特許に含め,包括クロスライセンス契約を締結していた
ことは,当事者間に争いがない。
そして,包括クロスライセンス契約は,当事者双方が多数の特許発明等の実施を
相互に許諾し合う契約であるから,当該契約において,一方当事者が自己の保有す
る特許発明等の実施を相手方に許諾することによって得るべき利益とは,それによ
って相手方から現実に支払を受ける実施料及び相手方が保有する複数の特許発明等
を無償で実施することができることによる利益,すなわち,相手方に本来支払うべ
きであった実施料の支払義務を免れることによる利益(クロス効果)であると解す
ることができる。
もっとも,営利企業が包括クロスライセンス契約を締結する場合,相互に支払う
べき実施料の総額が均衡すると考えて契約条件を定めたものと解するのが合理的で
あるから,「相手方に本来支払うべきであった実施料の支払義務を免れることによ
る利益」に代えて,相手方が自己の特許発明を実施することにより,本来,相手方
から支払を受けるべきであった実施料を基準として算定することも合理的である。
ウ弁論の全趣旨によれば,1審被告又はルネサスが半導体メーカー各社と締結
した包括クロスライセンス契約において,1審被告は自己が保有する約2万件の特
許をその対象としていたこと,ルネサスはその保有する約4万件の特許をその対象
としていたことが認められる。
このような包括クロスライセンス契約の締結交渉において,多数の特許の全てに
ついて,逐一,その技術的価値や相手方による実施の有無等を相互に評価し合うこ
とは現実的に不可能であるから,相手方が実施している可能性が高いと推測してい
る特許や技術的意義が高いと認識している基本特許を,提示特許として相互に一定
件数の範囲内で相手方に提示し,それらの特許に相手方の製品が抵触するか否か,
当該特許の技術的価値の程度及び実施していると認められた製品の売上高等につい
て具体的に協議し,相手方の製品との抵触性及び技術的価値が確認された特定の特
許(代表特許)と対象となる製品の売上高を重視した上で,互いに保有する特許の
件数,出願中の特許の件数も比較考慮することにより,包括クロスライセンス契約
の諸条件が決定されていることが通常であるということができる。
そうすると,多数の特許が対象となる包括クロスライセンス契約においては,相
手方への提示特許等として認められた特許以外の個別の対象特許(以下「非提示対
象特許」という。)については,多数の特許のうちの1つとして,その他の多数の特
許とともに厳密な検討を経ることなく当該契約の対象とされていたものというべき
である。したがって,非提示対象特許については,包括クロスライセンス契約の対
象特許である以上,同契約締結に対する何らかの寄与度は認められるものの,それ
は,提示特許等による寄与度を除いた残余の寄与度にすぎないと解される。そして,
提示特許等が包括クロスライセンス契約締結に対する寄与度の相当部分を占めるも
のと評価すべき場合が多いと考えられること,非提示対象特許の数は極めて多いこ
とが通常であることからすれば,非提示対象特許は,多数の特許群を構成するもの
としてその価値を評価すれば足りるものであって,包括クロスライセンス契約に対
する特段の寄与度を認めるまでの必要はないものというべきである。
もっとも,非提示対象特許であっても,包括クロスライセンス契約締結当時にお
いて相手方が実施していたこと又は実施せざるを得ないことが認められるような特
許については,当該契約締結時にその存在が相手方に認識されていた可能性があり,
また,特許権者が包括クロスライセンス契約の締結を通じて禁止権を行使している
ものということができることから,提示特許等に準じるものとして,当該契約締結
に対する一定の寄与度を認めるべきである。1審被告も,提示特許等とされなかっ
た特許であっても,相手方が実施している蓋然性が高いと後に判断された場合,実
施料の配分を行ったと主張するところである。
エ1審被告又はルネサスは,包括クロスライセンス契約に対する本件各特許の
寄与を認め,合計約2223万円もの実績報奨金を支払ったものであり,上記実績
補償金の金額を算定する際,認定した本件各特許の寄与率又は本件各特許への配分
額は,1審被告又はルネサスが,1審原告と1審被告との間で職務発明に係る相当
の対価請求について争いが生じる以前に,他の配分の対象となった特許の内容,交
渉の経過等を総合的に考慮して算定したものであると推測される。
もっとも,包括クロスライセンス契約の対象に含まれる全2万件又は4万件にも
及ぶ特許に対して実績報奨金の支払を決定する際,対象とされた各特許発明のそれ
ぞれについて,商業的に実施されている技術や他社製品に採用されている技術との
関係や公知例との関係等を厳密かつ客観的に検証することは,時間,手間及びコス
トのいずれの観点からも非現実的であり,この厳密な検証を行うこと自体,営利企
業においては合理的であるとも認めることはできない。そのため,従業員等に対す
る報奨金の算定に当たり,全従業員等に対する報奨金の総額において合理的範囲内
に収まる限りにおいて,厳密な検証を行うことなく,相当の対価の額が算定されて
いたとしても,不自然とまで,いうことができない。その結果として,使用者等が
算定した報奨金の額が,厳密な検証を行った上で算定した額と異なった場合には,
その不均衡の是正を求めることが可能であり,報奨金の額が改正前特許法35条4
項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,従業者等は,同条3項の
規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができるものと
されるところである(最高裁平成13年(受)第1256号同15年4月22日第
三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。
もちろん,実際上,従業者等に対して,本来支払うべき額を超えて相当の対価が
支払われることも生じ得る。
この点について,1審原告は,1審被告がライセンス交渉の材料として日本96
7号特許を有効に活用しなかったにもかかわらず,正当な理由もなく,同特許につ
いて,平均分配率をはるかに超える高率の分配率を付与し,その対価を1審原告に
支払ったのであれば,1審被告の関係取締役及び関係幹部社員は,忠実義務違反又
は善管注意義務違反の責任を問われかねないものであるなどとも主張するが,使用
者等が,本来支払うべき額を超えて対価を支払った場合に,1審原告の主張する責
任を追及される余地があるとしても,厳密な検討に要する費用の節約や発明の奨励
等の目的のために,不当利得返還請求などを差し控えることは考えられないわけで
はないから,1審原告に対し,その返還を求めることがなかったからといって,1
審原告に支払った対価の額が相当であったということはできない。
以上,要するに,1審被告又はルネサスによる,本件各特許に実施料を配分すべ
き包括クロスライセンス契約の選択や寄与率に関する認定については,本件におけ
る主張立証の内容をふまえ,その認定に明らかな誤りがないか否か,明らかに不公
正又は偏った認定となっていないか否か等の観点に基づいて,再検討を要するとい
うべきである。
そこで,以下,上記観点をふまえて検討する。
(2)1審被告が本件各特許を提示特許等として用いた包括クロスライセンス契
約により得た利益について
ア証拠(乙39,40,52~54,57~62)及び弁論の全趣旨によれば,
1審被告が本件各特許を提示特許等として用いた包括クロスライセンス契約の相手
方,支払を受けた実施料及びクロス効果の額については,以下のとおりである。
なお,ルネサスが設立された平成15年4月1日まで,包括クロスライセンス契
約の対象となった特許は,約2万件であり,ルネサスが設立された後は約4万件で
あるところ,ルネサスにおける1審被告の出資割合は,55%である。
(ア)平成12年度及び平成13年度
a相手方A社
b実施料の額及びクロス効果の額の合計額●●●●●●●円
(イ)平成14年度ないし平成16年度
a相手方A社ないしD社
b実施料の額及びクロス効果の額の合計額●●●●●●●●円
(ウ)平成17年度ないし平成20年度
a相手方平成17年度A社ないしD社
平成18年度及び19年度A社ないしD社及びG社
平成20年度A社ないしE社及びG社
b実施料の額及びクロス効果の額の合計額●●●●●●●●●円
イ1審原告の主張について
(ア)1審原告は,ハーフトーン微細加工半導体製品に関して,本件各特許権に
抵触しないとの判決が確定するまでの間,本件各特許は,法的独占力又は事実上の
独占力を有するものであり,本件発明の承継後,1審被告が取得した,本件各特許
が有する法的独占力又は事実上の独占力により得た利益であり,かつ,ライセンシ
ーに返金する義務を負わない利益は,改正前特許法35条4項の「発明により使用
者等が受けるべき利益」に該当するものであると主張する。
しかしながら,本件各特許発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスク
が含まれると認められないことは,先に争点1について述べたとおりである。もっ
とも,後記のとおり,1審被告は,本件各特許発明の技術的範囲にハーフトーン型
位相シフトマスクが含まれると主張して,本件各特許を提示特許等として用いてい
たが,相手方から非抵触又は無効であるとの反論を受けていたものでもあって,本
件各特許発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれないことは,
日本967号明細書の記載から容易に明らかなものということができるものである。
また,非提示対象特許については,厳密な検討が省略されることが通常である以
上,本件各特許が提示特許等とはされなかった包括クロスライセンス契約について
は,本件各特許が独占力を有していたものではないことは明らかである。
さらに,1審被告がライセンシーに対して返金する義務を負わないのは,包括ク
ロスライセンス契約における合意内容に基づくものであって,本件各特許が何らか
の独占力を有していたからというわけではない。
したがって,本件各特許が,ハーフトーン型位相シフトマスクについても独占力
を有していたものと認めることはできない。
(イ)1審原告は,本件訴訟提起前において,1審被告は,ハーフトーン微細加
工半導体製品が本件各特許権に抵触すると自認して自社の同種製品を製造し,販売
するとともに,複数の半導体メーカーが製造し,販売するハーフトーン微細加工半
導体製品も本件各特許権に抵触していると主張してライセンス契約を締結し,実施
料及びクロス効果を取得しているものであるから,合理的な経済人として,1審被
告は,どのようなライセンス交渉の相手方であれ,極めて有利な交渉材料と自ら評
価している日本967号特許を提示して,有利な契約条件を獲得すべく,交渉する
ものと推察されるから,平成12年度以降に効力を有していた包括クロスライセン
ス契約に関し,本件各特許を提示特許等としたのは,A社ないしD社,E社及びG
社との契約のみであるなどという本件公正証書に基づく1審被告の主張は虚偽であ
り,かえって,本件特許リストによると,日本967号特許は平成11年6月時点
で,既に他の●●●●●●●●●●●(ライセンス済み)であったということがで
きるなどと主張する。
確かに,本件公正証書は,本件訴訟提起後に1審被告が持参した資料に基づいて
公証人が作成したものであって,1審被告は,包括クロスライセンス契約の契約書
等を書証として提出していない。そして,本件公正証書を提出する理由として,ラ
イセンス交渉においては,秘密として取り扱うことを前提として相手方等の売上金
額等の開示を受けており,実施料額等についても,競合他社に知られた場合,将来
の交渉において不利になる危険性もあることから,交渉の詳細や契約内容について
はもとより,契約締結の事実自体についても秘密保持の対象となり得ることなどを
指摘するところ(乙44),ライセンス交渉において,秘密保持義務が定められるこ
と自体はむしろ自然であって(乙41の1~3),この点において,1審被告の説明
も不合理ということはできない。また,公証人も,本件公正証書作成の際,1審被
告が持参した資料の紙質等の経年劣化を確認する等の確認を行っていることがうか
がわれる。
そして,ライセンス交渉において,1審被告と相手方との企業規模,市場占有率,
技術力等の相違,当時の状況等の諸要素により,提示特許等を用いた交渉自体が行
われなかったり,交渉が行われるとしても,状況に応じて選択される提示特許等が
変更され得ることは,容易に推測し得るところである。1審被告は,本件各特許が
提示特許等とはされなかった理由として,①日本967号特許は未登録であった,
②相手方が微細加工用の技術を実施していないことが明らかであった,③契約締結
の要請はむしろ相手方において強く,1審被告から提示を行うまでもなく実施料支
払を承諾した,④1審被告から契約締結を打診したところ,相手方は特に争うこと
なく実施料支払について同意した,⑤相手方から,特許議論をすることなく,1審
被告に対してライセンス料を支払う意思があることが伝えられたため,いかなる特
許も提示されなかった,⑥更新前の契約において,フリークロスかつサバイバル条
項が付されており,いかなる特許も提示されなかった,⑦1審被告において,相手
方が有する半導体とは異なる分野の特許について妥当な条件で利用することを希望
していたため,格別の特許議論をすることなく,1審被告が相手方にライセンス料
を支払うことが事実上合意されており,いかなる特許も提示されなかったなどと説
明する。上記主張を裏付ける資料は,交渉担当者の陳述書(乙57~62)しか存
しないものの,上記説明内容自体は,いずれも不自然とまで,いうことはできない。
さらに,本件特許リストには,日本967号特許につき「●●●●●●●●●●
●」と記載されているものの,同リストは,その体裁及び内容からすると,活用の
可能性があるマスク関連の特許●●件をリストアップしたものであるところ,備考
欄の記載について,厳密な検討を経た上でされたものとは解し難いのみならず,「●
●●●」という記載の趣旨自体,必ずしもライセンス交渉に当たって交渉材料に用
いたこと等を意味すると認められるものではない。
もとより,1審原告においては,1審被告の開示によらなければ,1審被告が締
結した包括クロスライセンス契約の詳細を知ることは不可能である以上,仮に,本
件公正証書に記載されていない包括クロスライセンス契約について,本件各特許が
提示特許等として用いられていたとしても,当該契約に関する契約書等を書証とし
て提出することは困難である。1審原告は,このような事情を前提として,1審被
告に対し,交渉の全経緯及び内容等について,具体的な書証に基づいて立証するこ
とを要求するが,相当の対価の額について主張立証責任を負うものではない使用者
等に対し,常に交渉の全経緯等について詳細な説明を求めることは,包括クロスラ
イセンス契約の相手方との関係で秘密保持義務を負う使用者等に過大な負担をもた
らすものというほかなく,審理に必要な範囲内において,合理的な説明手段を講じ
ることを許容することは避けられないものである。以上説示したところからすると,
本件において,このような事情を考慮しても,なお,本件公正証書を証拠として採
用することが許されないということはできない。
(ウ)1審原告は,1審被告又はルネサスは,本件訴訟提起を理由として,平成
17年度以降,日本967号特許に対するクロス効果の配分率を急落させたとも主
張する。
しかしながら,クロス効果の額は,ルネサスのコンピュータサーバ内に保存され
ていたライセンス契約等に係る客観的データに基づくものであって(乙46~48,
弁論の全趣旨),その算定に当たり,何らかの作為が加えられたことを疑わせる具体
的事情があると認めることはできない。また,配分率の変更は,ルネサスにおいて,
1審被告での取扱いを変更し,原則として,提示特許等とされた特許についてのみ,
クロス効果を配分することとしたことに伴うものである(乙45)。そして,前記の
とおり,提示特許等についてのみ,包括クロスライセンス契約に対する貢献を認め
ること自体は,格別不合理なものということはできない。
なお,1審被告は,本件各特許が提示特許等として用いられなかった包括クロス
ライセンス契約についても,実施料を配分している。これは,ライセンス交渉の際
に代表特許等とされなかったとしても,その準備段階において特に重要な特許であ
るとして具体的な準備をするまでに至った特許についても,相手方が実施している
蓋然性が高いと判断された場合等には,特に貢献が大きかったものに準じて,配分
の対象としたものである(乙45)。しかし,エッジ強調型位相シフトマスクが商業
的に成功しなかったことは当事者間に争いがないのであるから,本件各特許発明を
相手方が実施しているものと解することはできない。
(エ)1審原告の主張は,いずれも採用できない。
(3)本件各特許の実施料及びクロス効果に対する寄与度について
ア寄与度算定の前提となる各事情について
(ア)本件各特許発明の技術的範囲について
前記のとおり,本件各特許発明の技術的範囲には,ハーフトーン型位相シフトマ
スクは含まれず,本件各特許発明が対象とする位相シフトマスクは,商業的には実
用化されなかったことから,本件各特許を包括クロスライセンス契約の相手方が実
施していたとは認められない。
(イ)1審被告による日本967号特許に対する配分額及び配分率について
a平成9年度から平成11年度まで
1審被告は,平成9度においては●●件の特許に,平成10年度においては●●
件の特許に,平成11年度においては●●件の特許に,支払を受けた実施料及びク
ロス効果の額を配分したが,これらの配分を受けた特許には,本件各特許は含まれ
ていない(乙46)。
b平成12年度及び平成13年度について
証拠(乙39,45)及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
①1審被告は,包括クロスライセンス契約の相手方であるA社に対して,日本
967号特許を含む●●件の特許を提示したが,A社から,位相シフトマスクを実
施していないとの反論を受けたため,A社から支払を受けた実施料額及びクロス効
果の額については,日本967号特許に配分しなかった。
②1審被告は,ライセンス交渉の際,提示特許等とされなかった特許であって
も,相手方が実施している蓋然性が高いと後に判断されれば,実施料の配分を行っ
ていたため,日本967号特許に対し,当該各年度に支払を受けた実施料及びクロ
ス効果の額の合計●●●●●●●●●円のうち,●●●●●●●●円を配分した。
また,1審被告は,平成12年度においては●●件の特許に,平成13年度におい
ては●●件の特許に,実施料及びクロス効果の額を配分した。なお,本件公正証書
には,実施料配分表に記載された配分額は,日本967号特許及びその関連特許に
対するものであるとの記載があるが,日本967号特許以外の本件各特許の寄与率
は極めて小さく,ほぼ無視し得ることからすれば,日本967号特許の寄与率に包
含されるとするのが相当である(以下,同じ。)。
c平成14年度ないし平成16年度について
証拠(乙39,46)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
①1審被告は,当該期間における包括クロスライセンス契約の相手方のうち,
A社との間では,新たな契約締結や契約更新の交渉は行われなかったが,交渉材料
として用いられたことを評価するというルネサスの運用に従い,A社との関係でも,
日本967号特許に対し,実施料及びクロス効果の額を配分した。
②B社との契約交渉において,B社に対し,日本967号特許を含む●●件の
特許が提示されたが,B社から,日本967号特許については非抵触及び無効であ
るとの反論がされた。
③C社との契約交渉において,C社に対し,日本967号特許を含む●●件の
特許が提示されたが,C社から,位相シフトマスクを実施していないとの反論がさ
れた。
④D社との間の契約交渉において,D社に対し,日本967号特許を含む●●
件の特許が提示されたが,いずれについても具体的な議論はされなかった。
⑤1審被告又はルネサスは,日本967号特許に,A社ないしD社から支払を
受けた実施料及びクロス効果の額の合計●●●●●●●●円のうち●●●●●●●
円を,その余の包括クロスライセンス契約の相手方から支払を受けた実施料及びク
ロス効果の額の合計●●●●●●●●●円のうち●●●●●●●●円を,それぞれ
配分した(実施料額及びクロス効果の額の合計●●●●●●●●●円のうち,配分
額合計●●●●●●●●円)。
なお,1審被告又はルネサスは,平成14度においては●●件の特許に,平成1
5年度においては●●件の特許に,平成16年度においては●●●件の特許に,支
払を受けた実施料及びクロス効果の額を配分した。
d平成17年度ないし平成20年度について
証拠(乙46)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
①ルネサスは,支払を受けた実施料及びクロス効果の額につき,平成17年度
においては●●件の特許にこれを配分し,日本967号特許に対しては,平成17
年度の支払を受けた実施料及びクロス効果の額の合計●●●●●●●●●●●●円
のうち,●●●●●●●円を配分した(乙46には,「2006年度」に配分された
額として記載されているが,その前後の文脈に照らして,平成17年度の誤記と認
める。)。
②ルネサスは,平成18年度においては●●件の特許に,平成19年度におい
ては●●件の特許に,支払を受けた実施料及びクロス効果の額を配分したが,本件
各特許についてはこれらを配分しなかった。
(ウ)1審被告による日本967号特許に対する評価について
a日本967号特許は,平成3年度における1審被告の社内表彰である戦略特
許賞「金賞」を受賞した(甲35の1~甲36)。
もっとも,戦略特許賞「金」候補補足説明書(甲35の3)には,日本967号
発明は,エッジ強調型位相シフトマスクに関する発明であると紹介されているが,
それは,「コンタクトホール」や「クロス配線部」にはレベンソン発明と日本967
号発明とを併用せざるを得ないため,今後,加工の微細化の進展に伴い,日本96
7号発明の重要性はますます増大すると記載されているにすぎない。また,雑誌(日
経マイクロデバイス平成4年4月号。甲105)には,日本967号特許の公開番
号(特開平2-140743号)が記載され,エッジ強調型位相シフトマスクに関
する発明として紹介されているが,同記事には,レベンソン発明以外は,1審被告
が数多くの特許出願をしており,成立次第では他社にとって苦しい足かせになる可
能性が高い旨が指摘されている。
b平成11年6月8日付けの本件特許リスト(甲31)において,日本967
号特許は,「●●●●●●●●●●●」と記載されている。
c本件各特許は,1審被告の「●●●●●●●●●●●●●」平成14年2月
18日作成の特許評価責任者説明会資料(甲30)において,「●●●●●●」とし
て例示された●●件のうちの1例として紹介されている。
d実績年を平成16年度とする日本967号特許についての実績報奨金の額は,
ルネサスの同年度支払分の実績報奨金の最高額であった(甲23)。
イ検討
前記ア(イ)及び(ウ)の各事実によれば,1審被告において,本件各特許は,ライ
センス交渉における提示特許等の候補の1つとして把握されており,平成12年度
以降の交渉の際,実際に提示特許等として活用したのみならず,提示特許等として
活用しなかった包括クロスライセンス契約についても,貢献を認めるなどしていた
ものである。
他方で,先に争点(1)アについて認定したとおり,本件出願時明細書に記載された
発明は,エッジ強調型位相シフトマスク及び補助開口型位相シフトマスクに関する
ものであって,平成3年度における戦略特許賞「金賞」を受賞したのも,その当時,
エッジ強調型位相シフトマスクが有力な技術であると一般的に評価され,雑誌記事
において紹介されていたことによるものと推測される。
日本967-1発明は,平成7年における補正より現在の内容となったところ,
1審被告は,本件各特許発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含
まれるとの当時の1審被告又はルネサスの認識(あるいは1審被告又はルネサスに
おいて,意図的にそのようなものとして取り扱ったこと)を前提として,本件各特
許を高く評価したものにすぎないと認められるところ,客観的には,本件各特許発
明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれるとは認められず,仮
に,含まれると解する場合,当該補正は,本件出願時明細書の要旨を変更するもの
となってしまうことは,先に争点(1)アについて認定したとおりである。日本967
号特許は,ライセンス交渉において,提示特許等として用いられたこともあったが,
交渉の相手方が,日本967号発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマス
クが含まれる等その価値を高く評価して,包括クロスライセンス契約を締結したと
認めるに足りる証拠はない。現に,ライセンス交渉の相手方から,日本967号発
明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれることに疑義が示され
ている例もあることが認められることは,先に説示したとおりである。しかも,日
本967号発明の技術内容からすると,日本967号発明の技術的範囲にハーフト
ーン型位相シフトマスクが含まれないことについて,相手方が指摘することは格別
困難であるということはできないから,相手方からその旨の反論がされることは十
分予想できるものである。
以上の諸事情からすれば,本件各特許の寄与率については,平成9年度から平成
20年11月21日までの各年度を通じて,3%をもって相当と認める。
ウ1審被告の主張について
(ア)1審被告は,本件各特許発明の技術的範囲にハーフトーン型位相シフトマ
スクが含まれていないこと及びレベンソン型位相シフトマスクとハーフトーン型位
相シフトマスク以外の位相シフトマスクは商業的には実用化されておらず,1審被
告及び第三者が本件各特許発明を実施していないことや,ライセンス交渉の相手方
は,1審被告の有する特許ポートフォリオ等を評価して契約締結に至るものである
から,本件各特許のライセンス契約に対する貢献はないことを主張して,1審被告
が本件各特許発明により受けた利益はゼロであると主張する。
しかしながら,前記のとおり,1審被告又はルネサスは,他社とのライセンス交
渉において,当該交渉を有利に進めるために日本967号特許を交渉材料として用
いており,現に包括クロスライセンス契約によって得た実施料及びクロス効果の額
の一部を日本967号特許に対して配分していたのであるから,自社又は他社にお
ける実施の有無にかかわらず,1審被告が当該ライセンス契約において本件各特許
発明により受けた利益がゼロということはできない。
(イ)1審被告は,ルネサス分社化後は,本件各特許の寄与率も,1審被告の出
資比率55%を乗じた割合によるべきであるとも主張する。
しかしながら,ルネサス分社化により,包括クロスライセンス契約の対象となる
特許が約4万件と増加した後も,日本967号特許への配分額は減少したわけでは
ないし,日本967号特許の寄与率自体を,包括クロスライセンス契約の対象とな
る特許数が増加した全特許数を基準に算定しながら,更に1審被告の出資割合に応
じて減額することは相当ではない。
(ウ)1審被告の主張はいずれも採用することはできない。
(4)小括
以上からすると,1審被告は,本件各特許(本件発明)により,前記(2)アの実施
料の額及びクロス効果の額の合計額につき,それぞれ3%の寄与率を乗じた額の利
益を得たものと認められる。
3争点(2)(本件発明がされるについて1審被告が貢献した程度)について
(1)1審被告が貢献した程度を認定するに当たって考慮することができる事情
について
改正前特許法35条3項及び4項の規定は,職務発明に係る特許を受ける権利等
が使用者等に承継される場合,当該発明をした従業者等と使用者等とが対等の立場
で取引をすることが困難であることに鑑み,その承継時において,当該権利を取得
した使用者等が当該発明の実施を独占することによって得られると客観的に見込ま
れる利益のうち,同条4項所定の基準(その発明により使用者等が受けるべき利益
の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度)に従って定められる
一定範囲の金額について,当該発明をした従業者等において確保できるようにして,
当該発明をした従業者等を保護し,もって発明を奨励し,産業の発展に寄与すると
いう特許法の目的を実現することを趣旨とするものであって,従業者等と使用者等
との利害関係を調整する規定であると解するのが相当である。
このように,改正前特許法35条3項及び4項が従業者等と使用者等の利害関係
を調整する規定であることや,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」の
算定に当たってその発明により使用者等が実際に受けた利益の額に基づいて事後的
に算出することが許容されることとの均衡からすれば,「使用者等が貢献した程度」
を認定するに当たっては,使用者等が「その発明がされるについて」貢献した事情
のほか,特許の取得,維持やライセンス契約の締結に要した労力や費用,特許発明
の実施品に係る事業が成功するに至った一切の要因や事情等を,使用者等がその発
明により利益を受けるについて貢献した事情として考慮すべきものと解するのが相
当である。
そこで,以下,1審被告が本件発明により利益を受けるについて貢献した事情に
ついて,検討する。
(2)1審被告の貢献度の基礎となるべき具体的事情について
ア発明に至る経緯
(ア)本件旧発明について
a1審原告は,1審被告に入社以来,マスクの製造や開発を行う部門に所属し,
昭和58年11月頃,本件旧発明を行い,1審原告を代表発明者,P5を共同発明
者として,本件旧発明出願依頼書を作成し,提出した(甲1,40)。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
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●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
本件旧発明は,マスクにおける位相シフト膜の作成方法に係る発明であり,「隣接
したフォトマスクパターンの一方の光透過部に照射光の位相を180°シフトさせ
るための透明膜」を設けることについても記載されていることから,いわゆるレベ
ンソン型位相シフト膜を対象としたものであり,当時公知であったP6発明(特開
昭57-62052号公報,乙3の1)及びレベンソン発明(特開昭58-173
744号公報,乙1の1)における位相シフト膜を前提とした発明と認められる。
したがって,本件旧発明出願依頼書提出時点においては,日本967号特許(エ
ッジ強調型位相シフトマスク)の技術思想は含まれてはいなかったものということ
ができる。そして,当該記載及び本件旧発明出願依頼書中の図面に照らすと,本件
旧発明は,透過領域内部の透明膜とそれが設けられていない部分の境界部分で正位
相光と逆位相光による光の干渉が生じ,当該部分においてフォトレジストが露光し
ない領域が発生してしまうという重大な問題があったということができる(当該問
題は,本件出願依頼書(乙16)において,P7が中央研究所のP3らによる研究
報告第17936号(乙20)に基づいて指摘している。)。本件旧発明出願依頼書
のコメント欄における部長又は関係先意見欄には,「●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」との評価が記載されてい
るが,当該意見は,Cr膜厚に関するものであり,実際のマスクを構成する場合の
1対の光透過領域相互の関係や,Cr膜上に位相シフト膜を形成したときに発生す
る段差部の光の回折等が不明であるとの指摘と解される。このように,本件旧発明
は,発明自体具体化されておらず,発明自体の評価が低かったことから,結局,特
許出願には至らなかった。
bなお,1審被告は,本件旧発明につき,P5が共同発明者とされていること
をもって,1審被告の貢献であるとするが,本件旧発明が前記のような問題を含む
内容であることや,仮に,P5が真実共同発明者であるとすると,後記のように本
件旧発明出願依頼書とほぼ同一の内容を有する本件出願依頼書において,P5が共
同発明者とされていないことは不自然であることなどからすると,P5が,共同発
明者であったと認めることはできない。
(イ)本件当初発明について
a本件当初発明について本件出願依頼書が作成された昭和63年頃,中央研究
所において,P2らが位相シフトマスクに関する研究をしており,同年5月13日,
1審被告の社内において,P2らの研究成果が報告された。
1審原告は,昭和63年3月頃,上司であるP1から,このような中央研究所に
おける研究動向を伝えられるとともに,位相シフトマスクについて検討するように
指示を受けたことを契機として,本件当初発明につき,同年5月17日,本件出願
依頼書を作成し,提出した(甲38,乙16,23)。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
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●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
評価担当者であったP7は,「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」とのコメン
トを本件出願依頼書に記載した。この指摘を受けて,1審原告は,上記の効果が得
られる理由として記載した「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」との記載を削除すると
ともに,「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●」と追記した。
このような本件出願依頼書の記載内容に照らすと,本件当初発明は,本件旧発明
と実質的には同一の発明であったと認められるのみならず,本件旧出願依頼書提出
以降,実証試験等は行われていなかったものと推測されるところである。
もっとも,1審原告は,本件出願依頼書作成時には,本件旧発明の問題点を認識
していたものと認められ,当初は,現像条件等を最適化することで対応しようとし
ていたところ,P7の指摘を受けたことから,●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●を提案したものと推測される。なお,1審原告は,本件当初発明は
本件旧発明とは異なると主張するが,1審原告が相違点として主張するもののうち,
●●●●●●●●●●●●●●●という点は,P7の指摘を受けて修正したもので
あって,当初から,そのような案が提案されていたものではない。また,透過領域
の位相シフタの境界部の影が形成されることを利用して転写パターンの像を鮮明に
するという点は,本件出願依頼書の記載からは,本件当初発明がそのような内容を
含むものと認めることはできない。かえって,前記効果が得られる理由の記載(「●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」との記載)
及び予想される効果の記載(「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●」との記載)からすれば,本件当初発明は,遮光領域を挟んで隣り合った1対
の透過領域の一方の位相を反転させ,1対の透過領域の相互の透過光を干渉させる
ことにより,パターン精度を向上させるというレベンソン発明(乙1の1)におけ
る位相シフト膜の作成方法の簡素化を目的としたものであり,本件旧発明と同様,
レベンソン型位相シフトマスクを前提とした発明であって,日本967号特許(エ
ッジ強調型位相シフトマスク)の技術思想,すなわち,日本967-1発明の作用
である,1つの透過領域を形成する第1光透過領域と第2光透過領域を透過した光
とを互いに干渉させることにより,パターン転写精度を向上させることを含むもの
ではないと認められる。
また,本件出願依頼書には,本件当初発明にハーフトーン型位相シフトマスクが
含まれることをうかがわせる記載もない。
本件当初発明が,レベンソン型位相シフトマスクを前提としたものであり,エッ
ジ強調型位相シフトマスクの技術思想に至っていないことは,本件出願依頼書に,
関係先意見(P7コメント)として,「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」と
記載されたことを受けて,「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」と追記されていることからも裏付け
られる。
b1審原告は,P1から中央研究所の研究動向を聞いたのは,本件出願依頼書
提出直前であり,P1から位相シフトマスクの検討の指示を受けたことはないとも
主張する。
しかしながら,1審原告は,本件出願依頼書の「●●●●●●●●●●●●●●
●●●●」の欄に,「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●」と記載されているのみならず,レベンソン発明に係る特許の公
報番号及びレベンソン型位相シフトマスクの説明図が記載されていることからする
と,1審原告がP2研究報告等の中央研究所の研究報告(乙17,19,20)自
体を直接閲覧したか否かは不明であるとしても,その研究内容や資料に接する機会
はあったものと推測される。しかも,0.3μmパターンの解像は,昭和62年9
月及び昭和63年3月にそれぞれ発行された研究報告(乙19,20)にも記載さ
れている以上,中央研究所において位相シフトマスクの解像度向上に関する研究が
行われていたことは,1審被告の社内において周知であったと解される。
また,P1も,本件出願依頼書の「●●●●●」に,「●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」と記載していることに照らして,P1
から中央研究所の研究動向を伝えられたのは,昭和63年3月頃であると認められ
る。
そして,1審原告は,前記aのとおり,本件旧発明の問題点について「●●●●
●●●●●」で対応しようとしている点を除き,本件旧発明とほぼ同一内容の本件
当初発明に係る本件出願依頼書を,P1から位相シフトマスクに関する話があった
後に提出していることからすると,本件旧発明が特許出願に至らなかった後,他か
ら指示を受けることなく自主的に検討を続けて,改めて出願しようと思っていたと
いう1審原告の主張は,不自然であり,P1から位相シフトマスクを検討するよう
に指示がされたものとみるのが合理的である。
したがって,P1から位相シフトマスクの検討の指示を受けたことがないとの1
審原告の前記主張は,採用することができない。
なお,1審原告は,レベンソン型位相シフトマスクとは基本構造が異なる位相シ
フトマスクとして,当時1審原告が考えていた最適の発明内容を記載すると,社内
の政治的事情から,P1が共同発明者として加わるおそれがあると考えたと説明す
る(甲93)が,客観的な裏付けは存在しないし,本件明細書原稿(乙18)の記
載内容などからすると,1審原告の上記説明は採用できない。また,1審原告は,
特許出願のテーマが中央研究所で研究されている研究テーマと関係したものである
かのように記入すれば,1審被告においては,特許部から「特許出願要」の判定を
得ることが容易であると考えて,本件出願依頼書を記載したなどと主張するが,前
記と同様に採用できない。
イ本件出願依頼書提出後特許出願まで
(ア)本件明細書原稿の作成
a本件当初発明は,本件出願依頼書を提出した当初,●評価であったことから,
1審原告が自ら明細書原稿を作成することとなり,1審原告は,昭和63年6月3
0日付けで,本件明細書原稿を作成した(乙18)。
本件明細書原稿(乙18)には,次のような記載がある。
①「特許(実用新案登録)請求の範囲」欄
「1.遮光膜パターンが基板本体上に形成されたマスクにおいて,近接した透過領
域間で双方の透過光が干渉して本来遮光領域となる領域で強め合うことがないよう
に双方の透過領域を通過した光に位相差が生じるよう上記遮光膜パターンと同一の
透明膜パターンをXY両方向に上記近接した透過領域距離の約1/2だけシフトさ
せて重ねたマスク」
「4.遮光領域内に露光により転写されない程度の大きさの微少な透過領域が複数
追加してあって,本来の転写を目的とする透過領域を通過した光が上記微少な透過
領域光と干渉して,遮光領域端で弱まるように,本来の透過領域と微少な透過領域
とを通過した光の間に位相差が生じるようこれらの一方に透明膜を付けるか又は基
板本体に溝を掘ったマスク」
「6.透過領域にあって,その周辺部に露光によって転写の影響を受けない程度の
微小幅の領域とこれ以外の中央領域に分け,周辺領域と中央領域を通過した光が干
渉して,周辺領域と中央領域との境界で弱まるように,周辺領域と中央領域とを通
過した光との間に位相差が生じるようこれらの一方に透明膜を付けるか又は基板本
体に溝を掘ったマスク」
「8.透過領域が近接し,かつそれらが繰り返している場合は,交互に透過領域の
基板本体を深さd,材料の屈折率n,露光波長λが,d=λ/2(n-1)の関係
を有するように基板本体に溝を掘ったマスク」
「9.位相推移マスクの製法に関して,位相推移のためのパターンは,遮光膜のマ
スクパターンと同一,パターン幅を太らせる,ポジネガ反転させて細らせる又は太
らせる,パターンエッヂのみ取り出し,くり返し部の抜き出し等の簡単なデータ変
換したパターンデータを使用して,作成したマスク」
「10.上記特許請求範囲第1項から第9項に記載したマスクを用いて,微細Lsi
パターンの露光を行う方法および製作したLsi」
②「●●●●●●●●●●●●●●●●●●」欄
「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●」
③「●●●●●●●●●●●●●」欄
「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●」
④「●●」欄
「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●」
⑤「●●●」欄
「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●」
このほか,図面として,「●●●●●●●●●●●●●」,「●●●●●●●●●●
●●●●●●●●」等がある。
bこのような本件明細書原稿の記載に照らすと,本件明細書原稿には,本件当
初発明(請求項1,実施例(1)及び(2)),補助開口型位相シフトマスク(請求項4,
実施例(3)及び(4)),エッジ強調型位相シフトマスク(請求項6,実施例(5)ないし
(8))及びレベンソン型位相シフトマスク(請求項8,実施例(9))が記載されてい
ると認められ,本件当初発明と同様に,レベンソン型位相シフトマスクにおける位
相シフト膜の作成方法の簡素化を目的としていたものということができる。
もっとも,図面の第3-1図(5),(6)には,日本967号明細書(本件当初
明細書等も同様)の図面第1図(第3図)及び第14図(第16図)に対応する図
面が示されているが,請求項6の「周辺領域と中央領域を通過した光が干渉して,
周辺領域と中央領域との境界で弱まるように」に対応する,あるいはこれを具体的
に示唆する記載はない。
かえって,第2図の左側の図及びこれに関連する記載(「●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●」)との記載によれば,本件出願依頼書におい
てP7に指摘された,透明膜境界部(透明膜端部)における転写の問題の解決を意
識していることから,遮光膜端部におけるエッジ強調は想定しておらず,依然とし
て,日本967号特許のエッジ強調型位相シフトマスクの技術思想には至っていな
いと解される。「ハーフトーン型位相シフトマスク」についても同様である。
c本件当初発明と同一の内容である請求項1に係る発明に関しては,前記アの
本件旧発明及び本件当初発明の問題点に対する対応手段は,「●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」と記載さ
れているにすぎず,前記のP7から指摘を受ける前の本件出願依頼書(乙16)の
当初の記載内容と同様の記載がされているのみであって,他の対応手段は,●●●
●●●●●●●●●●●●ことを含めて,何ら記載されていない。
また,補助開口型位相シフトマスクは,昭和62年3月27日に公開されたP3
発明に係る公開特許公報(特開昭62-67514。乙4の1)に開示されている
発明(特許請求の範囲は,「透明基板上に遮光膜を設け,その遮光膜を部分的に除去
した開口パタンを形成したホトマスクにおいて,第1の開口パタンの周辺部分に微
細な第2の開口パタンを形成し,上記第1の開口パタン,上記第2の開口パタンの
どちらか一方に位相シフト層を設けたことを特徴とするホトマスク」)とほぼ同一の
内容であり,P3発明を参考にしたものと推認される。
さらに,本件明細書原稿の図1は,社外秘であるP2研究報告(乙17)中の図
2.1(4頁)と同一であり,本件明細書原稿の図4も,同研究報告中の図3.1
(5頁)に手書きで書き加えをしたものであると認められることからすれば,1審
原告は,本件明細書原稿を作成するに当たって,同研究報告又はその原稿等を参考
にしたものと認められる。
(イ)特許出願に至るまで
a1審原告は,本件明細書原稿を提出後,社外秘であるP3らの研究報告第1
7582号(乙19)及び同第17936号(乙20)を借り出す(乙21の1・
2)などして検討を加え,出願手続に関与した特許事務所の担当者との打合せの際,
本件当初発明を説明する本件明細書原稿中の第2図の左側の図につき,「原理的に
おかしいので特許提案からのぞく」としてこれを削除することとした(乙22)。
そして,本件当初発明やレベンソン型位相シフトマスクに係る特許請求の範囲の
記載や実施例の記載等を削除した上で,昭和63年11月22日,本件発明につき
特許出願するに至った(乙8。以下,この出願を「本件特許出願」という。)。
b本件出願時明細書(乙8)に記載された発明の名称は,「マスクおよびその製
造方法」であり,また,その特許請求の範囲には,次のような記載がある。
「1.遮光領域,及び透過領域を備え,少なくとも部分的にコヒーレントな光の照
射によって所定パターンを転写するマスクであって,前記透過領域の一部に透明膜
を形成し,前記透明膜を透過した光と,前記透明膜が形成されていない透過領域を
透過した光との間に位相差が生じ,前記光の干渉光が,前記透過領域と遮光領域と
の境界部分において弱め合うように,前記透明膜を配置したことを特徴とするマス
ク」
「3.遮光領域,及び透過領域を備え,少なくとも部分的にコヒーレントな光の照
射によって所定パターンを転写するマスクであって,前記透過領域の一部に位相シ
フト溝を形成し,前記位相シフト溝を透過した光と,前記位相シフト溝が形成され
ていない透過領域を透過した光との間に位相差が生じ,前記光の干渉光が,前記透
過領域と遮光領域との境界部分において弱め合うように,前記位相シフト溝を配置
したことを特徴とするマスク」
「6.遮光領域,及び透過領域をマスク基板に備え,少なくとも部分的にコヒーレ
ントな光の照射によって所定パターンを転写するマスクであって,前記遮光領域の
一部に,前記マスク基板の主面に達する溝を形成するとともに,前記溝を透過した
光と前記透過領域を透過した光との間に位相差が生じ,前記光の干渉光が,前記遮
光領域の端部において弱め合うように,前記溝の上方に透明膜を設けたことを特徴
とするマスク」
cこのような特許請求の範囲の記載に照らして,本件出願時明細書に記載され
た発明は,エッジ強調型位相シフトマスク及び補助開口型位相シフトマスクに関す
るものであることは明らかであり,本件出願時明細書の発明の詳細な説明欄の記載
に照らしても,本件出願時明細書に記載されていた発明にハーフトーン型位相シフ
トマスクが含まれると認めることはできない。
本件明細書原稿(乙18)に記載された発明は,レベンソン型位相シフトマスク
における位相シフト膜の作成方法の簡素化を目的としたものであり,エッジ強調型
位相シフトマスクの原理を示唆する記載はないことから,エッジ強調型位相シフト
マスクに係る発明は,本件明細書原稿(乙18)提出時(昭和63年6月30日)
から本件特許出願時(昭和63年11月22日)までの間に,1審原告において完
成したものであるということができる。
ウ本件特許出願後特許査定に至るまで
(ア)1審被告は,平成7年11月21日,手続補正書を提出し,発明の名称を
「集積回路装置の製造方法」に変更するとともに,特許請求の範囲につき,その請
求項1を日本967号特許の請求項1と同一の内容のものに変更し,他の請求項に
ついても「マスク」の発明ではなく「集積回路の製造方法」の発明とする等の補正
を行い(乙9),平成9年10月24日に特許登録を受けた。
また,1審被告は,本件特許出願につき分割出願をするとともに,本件特許出願
につき優先権を主張して米国及び韓国に特許出願等を行い,日本967号特許以外
の日本各特許,米国各特許及び韓国各特許の特許登録を受けた。
(イ)1審被告が前記(ア)のように本件出願時明細書の特許請求の範囲の記載を
補正したことにつき,1審原告の関与を認めるに足りる証拠はない。
1審原告は,「●●●●」等の文言を削除するように1審原告が1審被告の特許部
門に強く依頼した結果,日本967号特許にハーフトーン型位相シフトマスクが含
まれるようになったなどと主張し,その旨の陳述書(甲93)を提出する。
しかしながら,日本967号特許は,先に認定したとおり,「遮光領域」の記載の
有無に関わらず,「遮光領域」の存在を前提とするものであり,ハーフトーン型位相
シフトマスクは含まれないものである。
また,1審原告が,日本967号特許の補正に関与したことを裏付けるに足りる
他の資料は提出されていないし,1審原告も「強く依頼した」などと抽象的に指摘
するのみで,具体的に主張するものではない。もちろん,技術開発等に関する資料
は,従業員等といえども持ち出しが禁止されていることが通常であり,職務発明の
相当の対価を請求する訴訟において,従業員等が十分な資料を提出できないこと自
体は不自然なことではない。もっとも,本件において,1審原告は,昭和58年作
成の本件旧発明出願依頼書(甲40)のように,作成後,長期間が経過した技術資
料を含め,1審被告内部における多数の資料(甲30~32の2,甲35の1~3,
甲38,40,49,50,92,95)を書証として提出し,1審被告から,1
審原告は,1審被告退職時に営業秘密に係る資料等を全て返却した旨の誓約書(乙
42)を1審被告に提出していたものであり,上記書証の一部について,当該誓約
書の条項に違反する旨を指摘され,抗議を受けているものである(乙43の1)。こ
の点について,1審原告は,当該資料は「営業秘密」には該当しないことについて
確認済みであるなどと反論しているが(甲89),本件各特許の出願に関する各種資
料(本件旧発明出願依頼書,本件明細書原稿,「外国出願要否検討依頼の件」と題す
る文書(甲50)等)が書証として提出されている状況において,本件各特許につ
いて行われた重大な手続である補正や分割に関してのみ,1審原告が関与した旨を
裏付ける資料が提出されていないことなどからすると,1審原告の関与はなかった
とみるのが相当であって,これに反する1審原告の主張を採用することはできない。
他方で,1審被告の「中研知本許3半導体第1Gr.」が提出元として平成9年1
2月20日頃に作成した1審被告戦略特許取得速報には,●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●また,1審被告は,前記のとおり,日本967号発明にハーフトーン
型位相シフトマスクが含まれるとしてライセンス交渉を行っているところ,このよ
うに特許請求の範囲を補正して,「●●●●」等の文言を削除し,ハーフトーン型位
相シフトマスクが含まれるかのようにも解される特許請求の範囲の記載を作成した
のは,1審被告(その知的財産権担当者)であると認められる。
なお,1審原告は,「外国出願要否検討依頼の件」(甲50)中の「●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」との記載をもって,本
件発明が集積回路の製造方法をカバーしていることを指摘しているとも主張する。
確かに,本件明細書原稿(乙18)の特許請求の範囲には,「10.上記特許請求
範囲第1項から第9項に記載したマスクを用いて,微細Lsiパターンの露光を行
う方法および製作したLsi」との記載があることから,1審原告においても,日
本967号発明の技術的範囲に,集積回路の製造方法まで含めることを検討してい
たと認めることはできるが,ハーフトーン型位相シフトマスクが含まれているかの
ような特許請求の範囲に補正したことにつき,1審原告の貢献があると認めるに足
りる証拠はないから,1審原告が集積回路の製造方法まで含めることを検討してい
たことをもって,1審原告の貢献が大きいということはできない(1審原告自身,
これが重大な貢献となるものではないことを自認している。)。
(ウ)1審原告は,米国各特許に係る出願手続において,クレームの内容決定及
び米国特許庁からの拒絶査定クレームに対する技術面における対応は1審原告のみ
が行ったものであり,その結果として,米国807号特許(甲3の5)は,遮光領
域がないクレームとして登録されたものであるなどと主張するが,1審原告がその
根拠とする社内資料(甲92)は,米国417号特許(甲3の1)に関するもので
あり,米国特許807号特許(甲3の5)に関するものではないから,米国807
号特許のクレーム1の成立とは無関係というべきであり,当該クレームにおいて,
「遮光領域」がないものとされたことについて,1審原告による関与を裏付けるも
のではない。
エライセンス交渉について
(ア)前記のとおり,1審被告は,ライセンス交渉において,日本967号特許
にはハーフトーン型位相シフトマスクが含まれるものとして,これを提示特許等と
して用いたこと,一部の交渉相手から日本967号特許は無効である等の指摘を受
けたことはあったものの,結果として,日本967号特許に対し,1審被告又はル
ネサスが支払を受けた実施料及びクロス効果の額につき比較的高い割合で配分を行
っていることに照らして,本件各特許により1審被告が前記の利益を得ることがで
きたのは,客観的にはハーフトーン型位相シフトマスクを含まないと認められる日
本967号特許を,それを含むものと主張して交渉を進めた1審被告のライセンス
交渉担当者の貢献によるところが大きいものと認められる。
(イ)1審原告は,1審原告が「他社特許対策賞」(甲87)及び「グループ長知
的所有権賞」(甲88)を受賞したことをもって,ライセンス交渉への1審原告の貢
献が多大であると主張する。
しかしながら,甲87は,件名が「●●●●●●●●●●●●●●●●●●」と
されており,F社が有する特許に対する対策に関する表彰であると推測されるもの
であり,甲88も,「●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●」
と記載されていることからすると,本件各特許に関する表彰とは解されず,これら
の受賞が,どの特許のどのような点が評価された結果によるものかは明らかではな
い。そして,仮に,これらの賞が本件各特許に基づくものであったとしても,1審
被告内部における本件各特許に対する高い評価は,本件各特許にハーフトーン型位
相シフトマスクが含まれることを前提としたものであって,そのことについての1
審原告の貢献が認められないことは前記ウのとおりである。
このほか,ライセンス交渉において,1審原告が具体的にいかなる貢献をしたの
かを認めるに足りる証拠もない。
1審原告の主張は,採用することができない。
オその他の1審原告の主張について
(ア)1審原告は,日本967号特許が,戦略特許賞「金賞」を受賞したことを
もって,1審原告の貢献は大きいと主張する。
しかしながら,前記のとおり,日本967号特許に係る出願が戦略特許賞「金賞」
を受賞したのは,これがエッジ強調型位相シフトマスクに係る発明であることが評
価されたことによるものであるところ,エッジ強調型位相シフトマスクは,結局は,
商業的に実用化されておらず,その後,1審被告の社内において日本967号特許
が高く評価されたのは,補正を経るなどした上で,ハーフトーン型位相シフトマス
クを含むものとしてライセンス交渉における提示特許等として活用することができ
ると考えられたことによるから,戦略特許賞「金賞」を受賞したことをもって,1
審原告の貢献を大きく評価することはできないというべきである。
(イ)1審原告は,本件発明につき,上司からのヒント等はなく,1審被告の社
内には,その母体技術もなかったとも主張する。
しかしながら,1審被告の社内において,上司等から本件当初発明の問題点の指
摘がされていること,本件当初発明がされた当時,中央研究所において位相シフト
マスクの研究が行われており,1審原告もこれを参考にしたと認められることは,
前記のとおりである。
(ウ)その他,1審原告は,1審原告の貢献としてるる主張するが,いずれも1
審被告の受けた利益に対する1審原告の貢献として認めるに足りる有意的な事情と
認めることはできない。
(エ)1審原告の主張は,いずれも採用することはできない。
(3)検討
本件発明それ自体は,1審原告の研究開発によりされたものと認められるが,こ
れにより1審被告が前記の利益を得ることができたのは,日本967号発明にハー
フトーン型位相シフトマスクが含まれ得るかのように特許請求の範囲を補正し,か
つ,日本967号発明にハーフトーン型位相シフトマスクが含まれることを前提に
ライセンス交渉が行われたことによるところが大きいものと認められる。そして,
このような補正を行い,かつ,ハーフトーン型位相シフトマスクが含まれるものと
してライセンス交渉において積極的に活用したのは,1審被告の貢献によるところ
であるのに対し,他方で,これらの点における1審原告の貢献は,そのような補正
及び活用の基礎となる本件発明をしたという限度にとどまるものと認められる。
しかも,1審原告が行った本件当初発明は問題点を包含しており,これを解消す
るに当たっての1審被告内部における問題点の指摘や,1審被告内部において進め
られていた位相シフトマスクに関する研究成果の蓄積を無視することはできないこ
と,本件当初発明に係る請求項は,補正により削除されるに至っていること,1審
原告が行った発明には,ハーフトーン型位相シフトマスクは含まれていないこと等
の本件発明が特許を取得するに至る経緯及び日本967号発明の本来の技術的範囲
等その他の一切の事情を考慮すれば,本件発明により受けるべき利益の額及び本件
発明がされるについて1審被告が貢献した程度は,相当程度高いものと解される。
もっとも,本件においては,本件各特許が提示特許等とされた包括クロスライセ
ンス契約における実施料及びクロス効果の合計額に基づいて,相当の対価を算定す
るところ,1審被告は,本件各特許について比較的高率の貢献を認めていることに
鑑みて,1審被告が貢献した程度は,95%をもって相当と認める。
4争点(3)(本件発明の相当の対価の額)について
(1)各年度における相当の対価の額
前記2及び3における認定に基づき,1審原告が請求する各期間における相当の
対価の額を算出すると,次のとおりである。
なお,平成12年度ないし平成16年度については,1審被告が1審原告に対し
て支払った実績報奨金の額に応じて按分して,各年度の相当の対価の額を算出し,
平成17年度ないし平成20年度については,実績報奨金の支払がないので,実施
料及びクロス効果の額の総額に基づいて,これを期間に応じて按分して,各年度の
相当の対価を算定する(いずれにおいても,小数点以下は切り捨てる。)。
ア平成12年度及び平成13年度について
(ア)平成12年度●●●●●●円
(計算式)●●●●●●●円×160万円/(160万円+400万円)×3%×
(100-95)%=●●●●●●円
(イ)平成13年度●●●●●●●円
(計算式)●●●●●●●円×400万円/(160万円+400万円)×3%×
(100-95)%=●●●●●●●円
イ平成14年度ないし平成16年度
(ア)平成14年度●●●●●●●●円
(計算式)●●●●●●●●円×420万円/(420万円+500万円+743
万0932円)×3%×(100-95)%=●●●●●●●●円
(イ)平成15年度●●●●●●●●円
(計算式)●●●●●●●●円×500万円/(420万円+500万円+743
万0932円)×3%×(100-95)%=●●●●●●●●円
(ウ)平成16年度●●●●●●●●円
(計算式)●●●●●●●●円×743万0932円/(420万円+500万円
+743万0932円)×3%×(100-95)%=●●●●●●●●円
ウ平成17年度ないし平成20年度
(計算式)●●●●●●●●●円×3%×(100-95)%=●●●●●●●●
●円
以上からすると,1審原告は,1審被告に対し,平成17年度ないし平成20年
度にルネサスが本件発明から得た利益に基づく相当の対価として,合計●●●●●
●●●●円の対価請求権を有している。
もっとも,上記年度において既払額はなく,また,各年度における実施料収入及
びクロス効果の額も明らかではない。
そこで,平成17年度ないし平成20年度における各年度の相当の対価の額につ
いては,平成20年度が4月1日から11月21日までの235日であることに鑑
み,便宜,1:1:1:0.64の比率で割り付けた金額を算定することとする。
(ア)平成17年度ないし平成19年度各●●●●●●●●円
(計算式)●●●●●●●●●円×1/(1+1+1+0.64)=●●●●●●
●●円
(イ)平成20年度278万4372円
●●●●●●●●●円-(●●●●●●●●円×3)=278万4372円(平
成17年度ないし平成19年度分について切り捨てた端数を調整した。)
(2)既払額の充当
1審被告が1審原告に対して支払うべき相当の対価は以上認定のとおりであると
ころ,1審被告は,1審原告に対して,実績報奨金として,既に合計2223万0
932円を支払っているが,その支払は,便宜,実績報奨金の名目で,相当の対価
を各年度に分割して支払っているにすぎず,各年度の実績報奨金の支払額と当該各
年度に支払うべき相当の対価の分割額との間に過不足が生じた場合には,実績報奨
金の過払額については,次年度以降の相当の対価の支払に充当され,反対に,相当
の対価の不足額については,次年度以降の実績報奨金の支払分から充当されるべき
ものと解される。そして,過払額についても,不足額についても,以下の充当計算
を行う期間にあっては,当事者間において,それぞれその支払を催告しているわけ
ではないから,いずれも遅延損害金が発生していないものとして,過払額及び不足
額の元本額に基づいて,充当計算を行えば足りると解される
なお,以下の充当計算において,金額の前に付した「-」(マイナス)の符号は,
過払額を示すものである。
ア平成12年度-●●●●●●●●円
(計算式)平成12年度分の相当の対価の額-平成12年度分の既払金=●●●●
●●円-160万円=-●●●●●●●●円
イ平成13年度-●●●●●●●●円
(計算式)平成13年度分の相当の対価の額-(平成12年度分の過払額+平成1
3年度分の既払額)=●●●●●●●円-(●●●●●●●●円+400万円)=
-●●●●●●●●円
以下の計算においては,平成13年度と同様に,次の計算式において算定する。
なお,平成17年度以降は,既払額はない。
(計算式)当該年度の相当の対価の額-(前年度の過払額+当該年度分の既払額)
ウ平成14年度-●●●●●●●●円
(計算式)●●●●●●●●円-(●●●●●●●●円+420万円)=-●●●
●●●●●円
エ平成15年度-●●●●●●●●円
(計算式)●●●●●●●●円-(●●●●●●●●円+500万円)=-●●●
●●●●●円
オ平成16年度-●●●●●●●●●円
(計算式)●●●●●●●●円-(●●●●●●●●円+743万0932円)=
-●●●●●●●●●円
なお,1審被告は,1審原告に対し,同年度分の実績報奨金として,日本967
号特許を対象とした743万0932円のほか,米国213号特許を対象として,
14万円を支払っている(甲19)。
これについて,1審被告は,ライセンス交渉の相手方に対し,日本特許と対応外
国特許の両方の特許番号が相手方に提示された場合には,通知表に記載するのは日
本特許のみであるのに対し,外国特許の特許番号のみが相手方に提示された場合に
は,通知表に外国特許を記載するという取扱いにしたからにすぎないと主張するが,
1審被告においても,米国213号特許に対する実績報奨金の支払を既払額として
主張しない。したがって,当該既払額は,相当の対価の額からは控除しない。
カ平成17年度-●●●●●●●●円
(計算式)●●●●●●●●円-●●●●●●●●●円=-●●●●●●●●円
キ平成18年度-●●●●●●●●円
(計算式)●●●●●●●●円-●●●●●●●●円=-●●●●●●●●円
ク平成19年度11万8694円
(計算式)●●●●●●●●円-●●●●●●●●円=11万8694円
ケ平成20年度
充当額なし
(3)1審被告が支払うべき相当の対価の額について
以上からすると,1審被告が支払うべき相当の対価の額は,以下のとおりとなる。
ア平成19年度11万8694円
イ平成20年度278万4372円
ウ合計290万3066円
5結論
以上の次第であるから,1審原告の控訴は棄却されるべきものであって,また,
原判決は,1審被告の控訴に基づいて,本判決の主文第2項のとおり変更されるべ
きものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官滝澤孝臣
裁判官井上泰人
裁判官荒井章光
(別紙)
第3図説明図
(別紙)
第16図説明図

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