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平成21年11月19日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成20年(行ケ)第10255号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成21年10月8日
判決
原告日本新薬株式会社
同訴訟代理人弁護士石川正
平野惠稔
被告Y
同訴訟代理人弁護士福田親男
同弁理士小板橋浩之
佐伯裕子
牛山直子
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2007−800016号事件について平成20年5月29日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,原告が有する下記2の本件発
明に係る特許に対する被告の無効審判請求について,特許庁が同請求を認め当該特
許を無効とした別紙審決書(写し)記載の本件審決(その理由の要旨は下記3のと
おり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯
(1)原告は,発明の名称を「固体分散体の製造方法」とする特許第25271
07号(平成4年4月14日特許出願(国際出願),国内優先権主張・平成3年4
月16日(以下「本件優先日」という。),平成8年6月14日設定登録。請求項
の数は全1項。以下「本件特許」といい,本件特許に係る明細書(甲14中の訂正
明細書(9∼31頁))を「本件明細書」という。)の特許権者である(甲14)。
(2)被告は,平成19年1月31日,本件特許について特許無効審判を請求し,
無効2007−800016号事件として係属した。
(3)特許庁は,平成20年5月29日,「特許第2527107号の請求項1
に係る発明についての特許を無効とする。」との本件審決をし,同年6月10日,
その謄本を原告に送達した。
2本件発明の要旨
本件審決が対象とした本件発明(本件明細書の特許請求の範囲の請求項1に記載
の発明)の要旨は,次のとおりである。
高分子担体中に薬物が溶解又は分散している固体分散体を製造するにあたって,
スクリュー軸上にパドルを有する2軸型エクストルーダーを用いることを特徴とす
る当該固体分散体の製造方法。
3本件審決の理由の要旨
(1)本件審決の理由は,要するに,本件発明は,下記イの刊行物1により認め
られる技術水準並びに下記ウ及びエの刊行物2及び3の記載を勘案すると,下記ア
の引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもの
であるから,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであって,
同法123条1項2号の規定に該当し無効にすべきものである,というものである。
ア引用例:特開昭62−242630号公報(甲5)
Technologyandイ刊行物1:JamesL.White著「TwinScrewExtrusion
」と題する文献(甲2。遅くとも平成3年(1991年)までに頒布さPrinciples
れたものであって,本件優先日当時の技術水準を示す刊行物であることにつき当事
者間に争いがない。)
ウ刊行物2:昭和61年7月発行の「栗本技報No.15第9章別冊」に掲載さ
れた小林隆らによる「KRCニーダの用途例について」と題する論文(甲4)
エ刊行物3:特開平1−305955号公報(甲6)
(2)なお,本件審決が認定した引用例記載の発明並びに同発明と本件発明との
一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア引用例記載の発明:少なくとも1種の医薬物質と少なくとも1種の溶融可能
な薬理学的に容認される製剤用結合剤との混合物から固形薬剤(固形溶液(分子分
散状に分布したもの))を製造する際に,溶融可能な結合剤として水含量が3.5
重量%以下で,少なくとも20重量%のN−ビニルピロリドン−2を重合含有する
溶剤不含のN−ビニルピロリドン重合体を使用し,その際重合含有されることのあ
るコモノマーのすべてが窒素及び/又は酸素を含有するものとし,そして混合物の
ガラス転移温度が130℃以上であるときは,有機溶剤中で又は開始剤として有機
過酸化物を使用して水溶液中で重合を行うことにより得られたN−ビニルピロリド
ン重合体を使用し,そして混合物が胃液に難溶な熱可塑性物質を混合含有しないこ
とを特徴とする,前記の医薬物質及び製剤用結合剤からの混合物を,2軸スクリュ
ー押出機により混合して押出しにより成形することによる固形薬剤の製法(以下
「引用発明」という。)。
イ一致点:溶融可能な結合剤として水含量が3.5重量%以下で,少なくとも
20重量%のN−ビニルピロリドン−2を重合含有する溶剤不含のN−ビニルピロ
リドン重合体を使用し,その際重合含有されることのあるコモノマーのすべてが窒
素及び/又は酸素を含有するものとし,そして混合物のガラス転移温度が130℃
以上であるときは,有機溶剤中で又は開始剤として有機過酸化物を使用して水溶液
中で重合を行うことにより得られたN−ビニルピロリドン重合体(高分子担体)中
に薬物が溶解又は分散している固体分散体を製造するにあたって,2軸型エクスト
ルーダーを用いる当該固体分散体の製造方法。
ウ相違点:本件発明では,「スクリュー軸上にパドルを有する」のに対し,引
用発明では,そのように特定していない点(以下「本件相違点」という。)。
4取消事由
(1)引用発明の認定の誤り(取消事由1)
(2)相違点を看過した判断の誤り(取消事由2)
(3)本件相違点についての判断の誤り(取消事由3)
第3当事者の主張
1取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)「固形薬剤」と「固形溶液」とを同義の趣旨で認定したこと
本件審決(22頁1∼3行)は,引用発明における「固形薬剤」につき,「(固
形溶液(分子分散状に分布したもの))」との括弧書きを付すことにより,「固形
薬剤」が「固形溶液」であり,製剤用結合剤中に医薬物質が分子分散状に分布して
いるものと認定したが,以下のとおり,「固形薬剤」と「固形溶液」とは異なるも
のであるから,両者を同義の趣旨で認定するのは誤りである。
ア引用例における固形薬剤と固形溶液との使分け
以下のとおり,引用例においては,固形薬剤と固形溶液とが明確に使い分けられ
ている。
(ア)固形薬剤
引用例において,「固形薬剤」とは,その記載(6頁左上欄8∼9行)のとおり,
固形の剤形一般を意味するものである。そして,引用例の請求項1に記載された発
明(以下「請求項1発明」という。)は,固形薬剤の製造方法に係るものである。
(イ)固形溶液
他方,引用例において,「固形溶液」は,下記記載のとおり定義されている。そ
して,引用例の請求項6に記載された発明(以下「請求項6発明」という。)は,
固形薬剤であり,かつ,固形溶液の製造方法に係るものである。なお,引用例に記
載された「固体溶液」は,「固形溶液」と同義であり,本件発明の「固体分散体」
とも同義である。
a固形溶液という概念は専門家に公知であって,例えば前記の文献にも記載さ
れている。重合体中の医薬有効物質の固形溶液においては,有効物質は重合体中に
分子分散状で存在する。(5頁右下欄11∼14行)
b…固形溶液(分子分散状に分布したもの)…(5頁右下欄17∼18行)
イ引用例記載の発明の目的
引用例記載の発明の目的は,同記載(2頁左下欄12行∼右下欄8行)のとおり,
固形薬剤については,①希望する時間後に含有する有効物質を放出すること(遅効
性),②有効物質の吸収を改善すること(吸収改善)である。
そして,引用例の記載(3頁右上欄7行∼5頁左下欄1行,6頁右下欄5行∼7
頁左上欄3行)によると,請求項1発明は,上記①の目的を実現するための固形薬
剤の製造方法に係るもの(溶剤不含のN−ビニルピロリドン重合体(以下「NVP
重合体」という。)と有効物質との組合せにより遅効性のある製剤を簡単に製造す
ることを実現したもの)である。
他方,引用例の記載(2頁右下欄6行∼3頁左上欄4行,5頁左下欄2行∼6頁
左上欄2行)によると,請求項6発明は,有効物質として難水溶性のものを選択し
た場合について,上記①の目的のほか,更に上記②の目的をも実現するための固形
溶液の製造方法に係るもの(NVP重合体を担体とし,特に好ましい有効物質の固
形溶液を組み合わせることで,多数の有効物質において,吸収性を高める固形溶液
の製造ができるという発明)である。
以上の記載によると,遅効性の固形薬剤の簡単な製造方法を発明するための実験
を重ねる間に,特定の組合せにおいて固形溶液が予想外に生成されたことから,請
求項1発明が引用例に記載されたほか,請求項6発明が付加的に引用例に記載され
たものということができる。
ウ実施例における固形薬剤と固形溶液との区別
引用例に記載された各実施例においては,遅効性の固形薬剤を製造するため,い
かなる重合体と有効物質とをいかなる方法で混合・射出したか,いかなる程度の遅
効性があったか(放出時間)の記載があるのみであり,固形溶液が製造されていな
いもの(実施例1ないし16及び51)と,固形溶液が製造されたか否かを確認す
るもの(実施例17ないし50)とが明確に区別されている。
(2)熔融法であるとの限定を付さないで認定したこと
引用例記載の発明の「固形薬剤の製法」については,以下のとおり,「重合体溶
融物に溶剤又は水を添加しないで分子分散状に溶解し,そして溶融物の凝固後に固
形溶液を形成する水に難溶な有効物質を使用することを特徴とする」との限定を付
して認定すべきところ,本件審決は,そのような限定を付さずに引用発明の認定を
したものであるから,この認定は誤りである。
ア前記(1)イのとおり,請求項6発明は,NVP重合体を担体とし,特に好ま
しい有効物質の固形溶液を組み合わせることで,多数の有効物質において,吸収性
を高める固形溶液の製造ができるという発明であるところ,引用例の請求項6の記
載によると,固形溶液(固体溶液)の製造方法としては,重合体溶融物に有効物質
を分子分散状に溶解し,その後,溶融物を凝固させているということができ,そう
すると,引用例の実施例17ないし50においては,すきの刃混合器中で予備混合
した段階で分子分散状に溶解し,その後,簡単な6回射出押出機により押し出し,
溶融物を凝固させているものと認められる。
イ固形溶液の製造方法についての従来技術として,引用例は,溶媒法に言及す
るのみ(2頁右下欄8行∼3頁左上欄4行)であり,請求項6に熔融法そのものが
記載されていることからすると,引用例記載の発明は,固体分散体の製造方法につ
いては,重合体溶融物に有効物質を分子分散状に溶解し,その後,溶融物を凝固さ
せることによってこれを製造する方法(熔融法)であることが明らかである。
ウなお,固形溶液の製造方法は,本件発明と引用例記載の発明とを対比する上
で極めて重要な事項であるから,引用発明の認定に当たり,その製造方法を特定し
ないことは許されないというべきである。
(3)混合物を押出しにより成形すると認定したこと
本件審決(22頁11∼12行)は,引用発明における混合物の製造方法につき,
「2軸スクリュー押出機により混合して押出しにより成形する」と認定したが,以
下のとおり,この認定は誤りである。
ア前記(1)ウのとおり,引用例に記載された実施例のうち固形溶液に係るもの
は,実施例17ないし50であるところ,これらの実施例に記載された方法は,
「すきの刃混合器で予備混合し,簡単な6回射出押出機により…押し出す」という
ものにすぎず,「2軸スクリュー押出機により混合して押出しにより成形する」な
どの記載は全くない。
なお,引用例においては,その実施例1ないし16の記載のとおり,用いられた
装置として,「射出成形機」,「二軸スクリュー押出機」及び「一軸押出機」が明
確に使い分けられており,混合又は成形にどの装置が用いられたかについても明確
に特定されているのであるから,実施例17ないし50に記載された上記方法につ
き,これを「2軸スクリュー押出機により混合して押出しにより成形する」方法で
あると理解することはできない。
イ他方,引用例に記載された実施例のうち「2軸スクリュー押出機」が用いら
れたものは,実施例3,4及び12ないし16であるところ,これらの実施例にお
ける有効物質(テオフィリン及びベラパミル)は,固形溶液に特に好ましい有効物
質(5頁左下欄3行以降)として例示されているものではないから,これらの実施
例において固形溶液が製造されていないことは明らかであり,その他,引用例には,
「2軸スクリュー押出機」によって固形溶液が製造された旨の記載は全くない。
ウ本件優先日当時の技術水準及び上記イのとおり「2軸スクリュー押出機」が
用いられた実施例において固形溶液が得られていないことに照らすと,当業者は,
引用例の実施例17ないし50において固形溶液が得られた機序につき,分子レベ
ルでの混合によりNVP重合体とベンゾカインとの組合せが分子の結合に影響した
ものと推定するのであって,「2軸スクリュー押出機により混合して押出しにより
成形する」との方法を用いたために固形溶液が得られたものとは理解し得ない。
エなお,本件発明のパドル付きの「2軸型エクストルーダー」は,単に混ぜる
という意味での混合ではなく,混ぜながら強い圧力で練り合わせる「混練」を行い
つつ,同時に押出成形する装置であり,上記アのすきの刃混合器による混合及び簡
単な射出押出機による押出しは,本件発明の「2軸型エクストルーダー」による方
法とは異なるものである。
(4)被告の主張に対する反論
ア被告は,引用例に,NVP重合体を用いることにより固形溶液とすることが
でき,それにより,希望する時間後に含有する有効物質を放出し得る固形薬剤とす
ることができるとの開示があると主張するが,放出時間をコントロールするとの目
的と吸収改善の目的とが異なるものであること,前者の目的のためには2軸スクリ
ュー押出機が用いられているのに対し,後者の目的のためには2軸スクリュー押出
機が用いられていないこと及び固形溶液とすることのみによっては放出時間のコン
トロールをなし得ないことを看過したものであって,失当である。
イ被告は,引用例の実施例16に固形溶液が形成されたとの記載があると主張
するが,同実施例は,放出時間の測定がされていることに照らし,固形溶液の製造
を目的としたものでないことが明らかであるし,また,同実施例の記載は,8頁左
下欄1行から2行にかけての「約3時間である。」までであり,同行の「固形溶
液」から10行末尾までの記載は,固形溶液が得られた実施例17ないし49を説
明するための記載であると解すべき(引用例に係る特許出願において主張された優
先権と同一の優先権を主張する特許出願に係る欧州特許公報(甲32)参照)であ
り,さらに,実施例16においては,固形溶液が形成されたとの記載がないことに
かんがみると,同実施例において固形溶液が形成されたと解釈するには無理がある。
この点に関し,被告は,実施例16において使用されたベラパミルが水に溶けに
くいものであることを根拠に,同実施例の固形薬剤は固形溶液の状態となっていた
と主張するが,ベラパミル(塩酸塩)は,同実施例に記載された溶出試験を実施し
た場合,媒体中に速やかに完全に溶出される有効物質であり,高い溶解性を有する
ものである(甲44)。なお,実施例15において使用された炭酸リチウムも,同
様に高い溶解性を有する有効物質である(甲43)。
ウ被告は,引用例に,NVP重合体を用いた固形溶液の製造についての具体的
な実施例の記載があるとともに,その製造方法についての具体的な記載があると主
張するが,引用例の発明の詳細な説明には,固形溶液の製造方法についての具体的
な記載がないのであるから,引用例記載の発明における固形溶液の製造方法につい
ては,同請求項6の記載に基づいて,すなわち,熔融法を採用したものとして認定
するほかない。
エ被告は,引用例に,固形溶液の状態で存在する固形薬剤が2軸スクリュー押
出機等により混合されるとの記載があると主張するが,固形薬剤の製造のために2
軸スクリュー押出機が使用されたとの記載があることをもって,これと性質,目的
等を異にする固形溶液の製造方法についても同様に認定することはできないという
べきである。
〔被告の主張〕
(1)「固形薬剤」と「固形溶液」とを同義の趣旨で認定したこと
引用例においては,「固形薬剤」が製剤化された薬剤の形態に関する語として用
いられているのに対し,「固形溶液」が有効物質の存在の状態に関する語として用
いられており,両者が概念的に異なる語として用いられていることは,原告が援用
する引用例の記載のとおりである。
しかしながら,引用例には,希望する時間後に含有する有効物質を放出し得る固
形薬剤を提供するために固形溶液とすることが望まれていたが,固形溶液を製造す
る従来の技術には多くの欠点があり,また,押出し成形により固形溶液が生成され
るとの報告もなかったところ,かかる課題を解決する手段として,引用例の請求項
1記載のNVP重合体を使用する方法があり,この課題の解決は,NVP重合体に
より固形溶液が生成されることを見出したことによりなされたものであるなどの記
載(2頁右下欄6∼11行,3頁左上欄5∼13行,同頁右上欄7行∼左下欄9行,
5頁右下欄11行∼6頁左上欄2行,同欄末行∼右上欄2行,同欄19行∼同頁左
下欄4行)がある。
上記記載によると,引用例には,NVP重合体を用いることにより固形溶液とす
ることができ,それにより,希望する時間後に含有する有効物質を放出し得る固形
薬剤とすることができるとの開示があり,引用例に記載された固形薬剤は,固形溶
液の状態で存在するものということができるから,引用発明について「固形薬剤
(固形溶液(分子分散状に分布したもの))」と認定した本件審決に誤りはない。
仮に,引用例に記載された固形薬剤に,固形溶液の状態で存在するものとそうで
ないものとがあるとしても,引用例にはNVP重合体により固形溶液が生成される
との記載があること,水に溶けにくい有効物質であるテオフィリン(乙1)の完全
な放出が確認されている実施例1ないし14の固形薬剤は固形溶液の状態で存在す
るということができる(乙2)こと,実施例16にも固形溶液の製造についての記
載があること,実施例17ないし50には簡単な6回射出押出機(温度の管理部分
が6ゾーンに分けられている1軸のエクストルーダー。甲32)によってすら固形
溶液を製造することができたとの記載があることからすると,引用例に固形溶液の
状態で存在する固形薬剤が記載されていることは明らかであり,本件発明と引用例
記載の発明との対比判断に当たり,引用発明について上記のとおり認定した本件審
決に誤りはない。
なお,原告は,実施例16につき,①放出時間の測定がされていること,②同実
施例の記載が8頁左下欄1行から2行にかけての「約3時間である。」までである
と解すべきことを根拠に,同実施例において固形溶液が形成されたと解釈するには
無理があると主張するが,①固形溶液の状態にある固形薬剤であっても有効物質の
放出時間をコントロールすることができるのであるから,固形溶液の状態にあるか
否かと放出時間を測定することとの間に直接の技術的関連性はないというべきであ
るし,②同実施例の記載を原告主張のように解すべき根拠はなく,仮に,そのよう
に解すべきであるとしても,同実施例において使用された有効物質は水に溶けにく
いベラパミルであり,その放出時間が約3時間であったこと,実施例12ないし1
4における放出時間が6時間であったことに照らすと,実施例16の固形薬剤は固
形溶液の状態となっていたものと認められるから,原告の主張は,いずれの点にお
いても理由がない。
(2)熔融法であるとの限定を付さないで認定したこと
引用例の実施例16には,実施例12ないし14に記載された2軸スクリュー押
出機を用いた方法により固形溶液を製造するためにNVP重合体が用いられたとの
記載があり,また,5頁右下欄11行ないし6頁左上欄2行には,製剤用結合剤
(高分子担体)としてNVP重合体を用いた場合に固形溶液が得られるとの記載が
あるのであるから,引用例には,NVP重合体を用いた固形溶液の製造についての
具体的な実施例の記載があるとともに,その製造方法(射出及び押し出し)につい
ての具体的な記載があるということができ,加えて,請求項1発明を引用する形式
をとる請求項6発明は,請求項1発明の「射出又は押出しにより成形する」との方
法をより原理的に規定したもの(押出機の内部における溶融状態について規定した
もの)であるということができ(乙3),従来の熔融法(本件明細書9頁20∼2
1行)とは異なるものであることをも併せ考慮すると,熔融法であるとの限定を付
さずに引用発明を認定した本件審決に誤りはない。
(3)混合物を押出しにより成形すると認定したこと
引用例の実施例16には,実施例12ないし14に記載の方法により共重合体A
及び重合体BないしDが固形溶液を製造するために用いられたとの記載があるとこ
ろ,実施例12ないし14には,2軸スクリュー押出機の使用が具体的に記載され
ているのであるから,実施例16にも,2軸スクリュー押出機により固形溶液を製
造することが記載されているということができる。
また,前記(1)のとおり,引用例に記載された固形薬剤は,固形溶液の状態で存
在するものであるところ,引用例には,そのような固形薬剤が2軸スクリュー押出
機により,又は射出成形機のスクリュー部(押出部)で混合されるとの記載(6頁
右上欄3∼8行)があり,現に,2軸スクリュー押出機を用いた実施例3,4及び
12ないし14においても,明示の記載はないものの,固形溶液が得られたものと
解することができる(乙2)。
したがって,本件発明と引用例記載の発明との対比判断に当たり,引用発明につ
いて「2軸スクリュー押出機により混合して押出しにより成形する」と認定した本
件審決に誤りはない。
2取消事由2(相違点を看過した判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)本件審決の判断の誤り
本件審決には,本件発明が「分子間の結合を弱める手段によらず,物理的な混練
力(2軸型エクストルーダーを用いることによるもの)によって,担体(重合体)
と有効物質とを選ばないで固体分散体を製造する方法」であるのに対し,引用発明
は「特定の担体(重合体)と一定の限られた範囲の有効物質とを使用して固体分散
体を製造するものであり,また,固体分散体(固形溶液)の製造方法としては,熔
融法によるものであり,2軸型エクストルーダーを用いるものではなく,その他の
固形溶液の製造方法が特定されていないもの」であるとの相違点(本件明細書の1
8頁1∼2行,引用例の1頁左欄5∼19行,2頁左上欄8∼10行,5頁右下欄
15行∼6頁左上欄2行,取消事由1に係る主張(2)参照。以下「原告主張の相違
点」という。)を看過した誤りがある。
(2)被告の主張に対する反論
ア固体分散体の生成原理における相違の有無について
(ア)被告は,本件発明が分子間の結合を弱める手段によらず,物理的な混練力
によって固体分散体を製造する方法であることが特許請求の範囲に規定されていな
いと主張するが,本件優先日当時の技術水準として,熔融法,溶媒法及びこれらの
組合せ(いずれも分子間の結合を弱める方法)が知られていたところ,本件発明に
係る特許請求の範囲には,熔融法や溶媒法についての記載がなく,物理的な混練力
を用いること,すなわち,2軸型エクストルーダーを用いることのみが記載されて
いるのであり,そのことが分子間の結合を弱める手段によらないことを含意してい
るというべきである。
(イ)被告は,引用例に,引用発明自体において溶解が行われるとの記載がない
と主張するが,引用例において固形溶液を得るための方法を規定した請求項6には,
溶解についての記載がある。
また,被告は,引用発明において溶融が生じるとしても,それは2軸スクリュー
押出機等の中で加熱混練されて生じるものであると主張するが,エクストルーダー
による物理的混練力によって固体分散体を製造することの技術的意義(熔融法及び
溶媒法しか存在しなかった本件優先日当時における本件発明のパイオニア性)を全
く理解しない主張であり,失当である。
イ使用する有効物質及び担体における相違の有無について
被告は,本件発明が有効物質を選ばない点で引用発明と相違するとの原告の主張
を争うほか,使用する担体において本件発明と引用発明とが相違することはないと
主張するが,本件発明は,引用発明と別の方法により広汎な高分子担体を使用する
ことができるものであるから,使用する担体における相違は,看過することのでき
ない相違であるというべきである。
ウ固体分散体の製造方法における相違の有無について
被告は,本件相違点を除くほか,固体分散体(固形溶液)の製造方法において本
件発明と引用発明とが相違することはないと主張するが,引用例に,固形溶液の製
造について2軸スクリュー押出機が使用されたとの記載がないことは,取消事由1
に係る主張(4)のとおりである。
〔被告の主張〕
(1)固体分散体の生成原理における相違の有無
ア本件発明について
原告は,本件発明が分子間の結合を弱める手段によらず,物理的な混練力によっ
て固体分散体を製造する方法であると主張するが,本件発明に係る特許請求の範囲
には,そのような規定は全く存在しない。
なお,本件において,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許
される特段の事情は存しないが,同明細書の発明の詳細な説明にも,原告の主張を
根拠付ける記載はない。
イ引用発明について
原告は,固体分散体の製法については,引用発明が熔融法(重合体溶融物に有効
物質を分子分散状に溶解し,その後,溶融物を凝固させることによって固体分散体
を製造する方法)によっていると主張するが,引用例には,従来技術の一つとして
溶解についての記載があるのみであり,引用発明自体において固体分散体の製法が
溶融法に限定されるとの記載はない。
ウ以上によると,固体分散体の生成原理において本件発明と引用発明とが相違
することはない。
なお,引用例には,2軸スクリュー押出機により,又は射出成形機のスクリュー
部(押出部)で混合が行われるとの記載(6頁右上欄3∼8行)があるのであるか
ら,引用発明において溶融が生じるとしても,それは,2軸スクリュー押出機等の
中で加熱混練されて生じるものであり,本件発明においても2軸スクリュー押出機
(2軸型エクストルーダー)が用いられる以上,この点において本件発明と引用発
明とが相違することはない。
(2)使用する有効物質及び担体における相違の有無
原告は,引用発明が一定の限られた範囲の有効物質を使用するものであり,有効
物質を選ばない本件発明と相違すると主張するが,引用例の記載(4頁左下欄11
行∼5頁右下欄10行,6頁左上欄18行∼右上欄2行)によると,引用発明にお
いても,使用する有効物質が限定されていないというべきであるから,使用する有
効物質において本件発明と引用発明とが相違することはない。
また,原告は,引用発明が特定の担体を使用するものであり,担体を選ばない本
件発明と相違するとも主張するが,特定の担体であっても,担体(高分子担体)で
あることに変わりはなく,本件発明の高分子担体に含まれるものであるし,また,
本件明細書(11頁22行)には,高分子担体の例としてポリビニルピロリドンが
記載されているところ,これは,引用発明において使用されるNVP重合体である
から,使用する担体においても本件発明と引用発明とが相違することはない。
(3)固体分散体の製造方法における相違の有無
原告は,固体分散体の製造方法について,引用発明は,2軸型エクストルーダー
を用いるものではなく,その他の固形溶液の製造方法も特定されていないと主張す
るが,本件審決が認定した引用発明においては,「2軸スクリュー押出機により混
合して押出しにより成形する」との製造方法が特定されている。
また,原告の主張が引用発明の認定に係る本件審決の誤りをいう趣旨であるとし
ても,引用例には,2軸スクリュー押出機(2軸型エクストルーダー)を用いる混
合及び押出しについての記載があるのであるから,引用発明が2軸型エクストルー
ダーを用いるものでないということはできない。
したがって,本件相違点(スクリュー軸上のパドルの有無)を除くほか,固体分
散体(固形溶液)の製造方法において本件発明と引用発明とが相違することはない。
(4)以上のとおりであるから,本件審決に原告主張の相違点を看過した判断の
誤りはない。
3取消事由3(本件相違点についての判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)本件審決の判断の誤り
本件審決(24頁18∼21行,25頁末行∼26頁1行)は,本件相違点につ
いて,2軸スクリュー押出機においてパドルを併用すること(2軸スクリュー押出
機にパドルを装着した態様のものとすること)が格別の創意工夫を必要とするもの
ではなく,当業者において容易に想到し得たものと判断した。
しかしながら,本件発明は,熔融,溶媒等により分子間の結合力を弱めて混合す
るとの化学的な観点に基づく発想とは異なる技術的思想,すなわち,パドルを有す
る2軸型エクストルーダーを用い,物理的に強い圧力を加えて混練することにより,
高温状態に置かずとも,また,溶媒を用いずとも,広汎な高分子担体を用いて固体
分散体を得るとの着想を具体化したものであり,この点にこそ,本件発明のパイオ
ニア性がある(甲15∼18,23,33∼41)。
他方,引用例には,NVP重合体を担体とする場合において固形溶液の製造に成
功した実施例の記載があるのみであり,また,NVP重合体を担体とする場合であ
っても2軸スクリュー押出機による固形溶液の製造に成功していない実施例の記載
があり,さらに,2軸スクリュー押出機が混合(物理的に強い圧力を加えずに均等
にかき混ぜる作用)のために用いられるとの記載があるにすぎないのであるから,
このような引用例に接した当業者は,固形溶液の製造に成功するか否かが高分子担
体と薬物との組合せによると考えるのが通常である。
したがって,引用例に接した当業者において,他の重合体を担体とする場合に固
形溶液が製造されない理由が混合の方法にあり,より高い圧力をかけて混練するよ
うに物理力を増す方向で装置を改良して2軸スクリュー押出機にパドルを設ければ,
広汎な担体においても固体分散体を製造し得るとの発想を抱くことはないというべ
きであり,加えて,2軸スクリュー押出機(2軸型エクストルーダー)が医薬製剤
の分野において使用されることはほとんどなかったことをも併せ考慮すると,パド
ルを有する2軸型エクストルーダーの高い混練力に着目してこれを医薬製剤の分野
で活用することが当業者において容易に想到し得たものということはできないから,
本件審決の判断は誤りである。
なお,パドルの有無が固体分散体の形成の成否を決定付けることは,原告による
実験の結果(甲29,31)が示すとおりである。
(2)被告の主張に対する反論
ア被告は,引用例に2軸スクリュー押出機によって固形溶液を製造することが
できるとの記載があることを根拠に,本件相違点に係る本件審決の判断に誤りはな
いと主張するが,引用例に2軸スクリュー押出機によって固形溶液を製造したとの
記載がないことは取消事由1に係る主張(4)のとおりであるから,被告の主張は,
その前提を欠くものとして失当である。
イ被告は,医薬製剤の分野に2軸型エクストルーダーを適用することが引用例
において既に開示されていたと主張するが,医薬品の品質は,薬事法に基づいて厚
生労働大臣が定めた医薬品等の品質管理基準(GMP)によって厳しく管理されて
いるのであるから,一般に,他の技術分野において用いられている機械を医薬製剤
の分野において用いることが当業者において容易に想到し得るものということはで
きないし,本件についてみても,2軸型エクストルーダーを医薬製剤の分野に適用
し,GMPレベルの品質の固体分散体を製造することが当業者において容易に想到
し得るものであったということはできない。
〔被告の主張〕
(1)本件審決の判断の当否
仮に,パドルを有しない2軸型エクストルーダーにおいては単に混ぜるという意
味での混合が行われるのみ(取消事由1に係る原告の主張(3)エ)であり,かつ,
引用発明の2軸スクリュー押出機がパドルを有しないものであったとしても,引用
例には,そのような2軸スクリュー押出機であっても固形溶液(固体分散体)を製
造することができると記載されているのであるから,混練をより強くすれば容易に
固体分散体を製造することができるであろうことは,本件優先日当時の当業者が容
易に想到し得たことである。
そして,2軸型エクストルーダーにパドル(ニーディングディスク)を設けるこ
とは,本件優先日当時において汎用されていた技術であって,2軸型エクストルー
ダーの大きな特徴の1つであることが周知であったのであるから,引用発明の2軸
スクリュー押出機(2軸型エクストルーダー)に代え,パドルを有するものを選択
することに格別の技術的困難性はなかったというべきである。
そうすると,引用発明の2軸スクリュー押出機に代えてパドルを有する2軸型エ
クストルーダーを用いることは,本件優先日当時の当業者であれば容易になし得た
ものということができるから,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
(2)原告の主張に対する反論
ア本件発明のパイオニア性について
2軸スクリュー押出機等を用いて混練することにより有効物質を含有する固体分
散体を得ることは,引用例において既に開示されていたものであるし,パドルを有
する2軸型エクストルーダーでなければ固体分散体を製造することができないとい
うものでもない(甲30)から,本件発明にパイオニア性があるとはいえない。
本件発明は,医薬製剤に係る引用例に,プラスチックの分野において汎用されて
いる2軸スクリュー押出機等を用いることができるとの開示があったことから,こ
れを追試したものにすぎないところ,追試に当たり,2軸スクリュー押出機にパド
ルを設けることが汎用の技術であったことから,使用した2軸スクリュー押出機に
もパドルが設けられていたという程度のものにすぎない。そのことは,本件明細書
の実施例にパドルの有無についての記載が全くないことにも表れている。
原告は,本件発明がパイオニア性を有する根拠として,甲16ないし18及び3
3ないし41を挙げるが,これらの書証には,パドルに関する記載がないから,こ
れらの書証により本件発明のパイオニア性が根拠付けられるということはない。な
お,これらの書証に記載されたエクストルーダーが高い評価を受けているのは,G
MPに対応することのできるエクストルーダーが開発・実用化されたことによるの
であって,本件発明と何ら関係のない事情によるものである。
イ医薬製剤の分野における2軸型エクストルーダーの適用について
2軸型エクストルーダー(2軸スクリュー押出機)を医薬製剤の分野において適
用し,固体分散体(固形溶液)が得られることは,引用例において既に開示されて
いたものである。
ウパドルの有無による固体分散体の形成の成否について
原告は,パドルの有無が固体分散体の形成の成否を決定付けると主張するが,本
件明細書の実施例には,パドルの有無についての記載はないし,また,仮に,原告
が主張するとおりであるとすれば,パドルを有しない2軸スクリュー押出機によっ
ては固体分散体(固形溶液)を形成することができないことになるから,引用発明
の2軸スクリュー押出機にもパドルが設けられていることになる。
第4当裁判所の判断
1引用例の記載
原告は,取消事由1において,引用例記載の発明についての本件審決の認定を争
うほか,取消事由2及び3においても,同発明の内容に基づく等の主張をするので,
各取消事由について検討するに当たり,まず,引用例の記載内容をみると,引用例
には,以下の記載がある。
(1)特許請求の範囲
【請求項1】少なくとも1種の医薬物質と少なくとも1種の溶融可能な薬理学的に
容認される製剤用結合剤との混合物から固形薬剤を製造する際に,溶融可能な結合
剤として水含量が3.5重量%以下で,少なくとも20重量%のN−ビニルピロリ
ドン−2を重合含有する溶剤不含のN−ビニルピロリドン重合体を使用し,その際
重合含有されることのあるコモノマーのすべてが窒素及び/又は酸素を含有するも
のとし,そして混合物のガラス転移温度が130℃以上であるときは,有機溶剤中
で又は開始剤として有機過酸化物を使用して水溶液中で重合を行うことにより得ら
れたN−ビニルピロリドン重合体を使用し,そして混合物が胃液に難溶な熱可塑性
物質を混合含有しないことを特徴とする,前記の医薬物質及び製剤用結合剤からの
混合物を,射出又は押出しにより成形することによる固形薬剤の製法。(1頁左欄
4行∼右欄3行)
【請求項6】重合体溶融物に溶剤又は水を添加しないで分子分散状に溶解し,そし
て溶融物の凝固後に固体溶液を形成する水に難溶な有効物質を使用することを特徴
とする,特許請求の範囲第1項ないし第5項のいずれかに記載の方法。(2頁左上
欄8∼12行)
(2)発明の詳細な説明
ア本発明は,結合剤としてN−ビニルピロリドン−2(NVP)の重合体を含
有する固形薬剤を射出し又は押出して成形することにより製造する方法に関する。
普通の錠剤機はピストンと型を用いて打錠することにより操作される。この方法
は強力に予備混合された特別に調製された製錠用材料を必要とするので,工程が多
く費用も多くかかる。希望する時間後に含有する有効物質を放出する固形製剤を製
造する場合は特に高価となる。この製剤は一方では遅効性にするために必要であり,
他方では有効物質の吸収を改善するために必要である。
難溶性有効物質の吸収の改善は,水溶性重合体中の有効物質の固形溶液を使用す
ることによつて可能である。従来知られているNVP重合体中のこの種の固形溶液
は,有機溶剤中の有効物質及び重合体の一緒の溶液から,溶剤を除去することによ
つて製造された。疎水性有効物質を親水性重合体に溶解することもできるが,普通
は塩素化炭化水素を必要とした。しかしそれを完全に除去するには多額の費用を要
する。環境への悪影響を避けるためには,溶剤を廃ガスからも完全に除去せねばな
らず,これにも費用を要する。(2頁左下欄11行∼右下欄17行)
有効物質/重合体の混合物を押出し成形することは既に報告されている…。しか
しいずれの場合にも,溶剤不含のNVP重合体を他の重合体又は水と混合しないで
単独で押出したことも,水に難溶な有効物質の水溶性重合体中の固形溶液が生成し
たことも報告されていない。(3頁左上欄5∼13行)
イ本発明の課題は,固形薬剤ことに希望する時間後に含有する有効物質を放出
しうる製剤の簡単な製造法を開発することであった。
本発明はこの課題を解決するもので,少なくとも1種の医薬物質と少なくとも1
種の溶融可能な薬理学的に容認される製剤用結合剤との混合物から固形薬剤を製造
する際に,溶融可能な結合剤として水含量が3.5重量%以下で,少なくとも20
重量%好ましくは60重量%以上特に100重量%のN−ビニルピロリドンを重合
含有する溶剤不含のN−ビニルピロリドン重合体を使用し,その際重合含有される
ことのあるコモノマーのすべてが窒素及び/又は酸素を含有するものとし,そして
混合物のガラス転移温度が120℃以上(判決注:「130℃以上」の誤記である
と認められる。)であるときは,有機溶剤中で又は開始剤として有機過酸化物を使
用して水溶液中で重合を行うことにより得られたN−ビニルピロリドン重合体を使
用し,そして混合物が胃液に難溶な(6時間後の溶解量が10%以下の)熱可塑性
物質を混合含有しないことを特徴とする,前記の医薬物質及び製剤用結合剤からの
混合物を,射出又は押出しにより成形することによる固形薬剤の製法である。
NVP重合体は少なくとも20重量%,好ましくは60重量%以上特に100重
量%のNVPを重合含有し,…。
重合体結合剤は,全成分の混合物中で50∼180℃好ましくは60∼130℃
において軟化し又は溶融するので,この物質は押出し可能である。したがつて混合
物のガラス転移温度は,いずれの場合も180℃以下好ましくは130℃以下であ
るべきである。(3頁右上欄7行∼右下欄3行)
NVP重合体は…有効物質…との混合物として,特別の軟化用添加物なしで,希
望の温度範囲で溶融し又は軟化することが特に好ましい。特定の温度以下の溶融又
は軟化は,場合により有効物質のみならずNVP重合体の可能な熱及び/又は酸化
による障害に関して必要である。これは押出しに際して黄変するので,NVP重合
体の押出しはこれまで普通は行われていない。しかし重合体が水溶液中で開始剤と
しての過酸化水素を用いて製造されたものでなく,有機溶剤中で又は開始剤として
の有機過酸化物を用いて製造されたものである場合は…,180℃以下特に130
℃以下の押出し温度ではそのおそれが少ない。(3頁右下欄18行∼4頁左上欄1
3行)
溶剤不含とは,有機溶剤特に塩素化炭化水素が添加されていないことを意味する。
そのほか胃液に難溶な熱可塑性物質が添加されないことも必要であり,NVP重合
体の水含量…は,3.5重量%を越えてはならない。(4頁左下欄1∼7行)
ウ本発明の方法は,例えば次の有効物質の加工に適する。…ベラパミル,…テ
オフイリン,…。(判決注:多数の有効物質が列挙されている。)
特に好ましいものは下記の有効物質の固形溶液である。…ベンゾカイン,…。
固形溶液という概念は専門家に公知であ…る。重合体中の医薬有効物質の固形溶
液においては,有効物質は重合体中に分子分散状で存在する。
前記のような有効物質がNVP重合体中で固形溶液を生成することは予想外であ
つた。なぜならば水に難溶な有効物質が他の重合体中では固形溶液(分子分散状に
分布したもの)を形成しないで,各重合体中に固体粒子の形で存在することが電子
顕微鏡により認められているからである。(4頁左下欄11行∼6頁左上欄1行)
本発明の固形薬剤は,例えば錠剤,糖衣錠心粒子,顆粒又は座剤の形であってよ
い。(6頁左上欄8∼9行)
本発明の有効物質としてはビタミンも用いられる。水に難溶な有効物質は,胃−
腸区域でその溶解性が低いために,吸収が普通は不満足なものである。
有効物質を結合剤…と混合することは,重合体結合剤の溶融の前又は後に,常法
により行われる。混合を,混合部を有する押出機特に二軸スクリユー押出機により,
又は射出成形機のスクリユー部で行うことが好ましい。
成形は射出成形により,あるいは押出したのちまだ可塑性の棒状物を成形するこ
とにより行われ,例えば熱時破断により顆粒となし,あるいは例えば棒状物を…2
個のロールの間を圧搾通過させることにより,錠剤にする。冷時破断も行われ,場
合により得られた顆粒を圧搾して錠剤にする。本発明において押出しとは射出成形
をも意味する。
NVP重合体は使用目的に応じて,コモノマーの種類及び量を変更して親水性を
強くすることも弱くすることもできるので,これから製造された錠剤は,口内で…
又は胃で,あるいは腸に達して初めて(急速に又はゆつくり)溶解もしくは膨潤し
て有効物質を放出する。(6頁左上欄18行∼左下欄4行)
本発明の固形製剤は希望に応じて,…有効物質の放出をさらに遅らせるため,普
通の被膜を備えてもよい。有効物質放出の遅延された経口用錠剤のためには,これ
を既知の手段により閉鎖気泡状の多孔質形に製造することが好ましい。これによつ
て錠剤は胃中で泥状化し,長くそこに滞留する。
本発明の方法は,速やかな有効物質放出をする固形製剤の場合に,従来の製錠技
術の場合よりも本質的により自由に剤形な定めることが可能である。…特定の形態
例えば半球も,特定の有効物質放出性を得るために適する。(6頁右下欄5∼19
行)
(3)実施例
実施例1
N−ビニルピロリドン60重量%及び酢酸ビニル40重量%から成るK値30の
共重合体45部,ステアリルアルコール5部及びテオフイリン50部を射出成形機
により糖衣錠心粒子に成形する。加工温度は100℃である。得られる心粒子は機
械的影響に対し安定で,輸送及び包装の際に破砕しない。有効物質は半変化試験法
…により,USP21のパドル法と組み合わせて試験すると,6∼8時間で完全に
放出される。(7頁右上欄1∼13行)
実施例12ないし14
N−ビニルピロリドン60重量%及び酢酸ビニル40重量%から成るK値30の
共重合体36部,ステアリルアルコール4部,テオフイリン40部及び下記のもの
実施例12:殿粉
実施例13:乳糖
実施例14:しよ糖
各20部を,6回射出の二軸スクリユー押出機により混合し,実施例1と同様にし
て錠剤成形する。射出温度は90℃,100℃,110℃,120℃,130℃,
130℃で,ノズル温度は135℃である。この錠剤は有効物質を6時間で完全に
放出する。(8頁左上欄7行∼右上欄11行)
実施例16
下記の共重合体50部及びベラパミル50部を,実施例12ないし14と同様に
して成形する。この場合の有効物質の放出時間は約3時間である。固形溶液を製造
するために用いられた共重合体は下記のものである。
A)60重量%NVP及び40重量%酢酸,K値約33
B)100重量%NVP,K値30
C)100重量%NVP,K値12
D)100重量%NVP,K値17
重合体B,C及びDは,西独特許出願公開3642633号の方法により,水中
で開始剤として有機過酸化物を使用して製造された。(8頁右上欄18行∼左下欄
10行)
2取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
以上の引用例の記載を踏まえ,まず,本件審決の引用発明の認定それ自体の誤り
をいう取消事由1について検討する。
(1)引用発明に係る本件審決の認定の当否
ア前記1の引用例の記載によると,引用例には,次のことが開示されていると
いうことができる。
(ア)技術分野
本発明(判決注:引用例の記載に倣う。以下同じ。)は,結合剤としてNVP重
合体を含有する固形薬剤を射出成形又は押し出し成形により製造する方法に関する。
(イ)従来の技術
希望する時間後に含有する有効物質を放出する固形薬剤は,遅効性のものとする
こと及び有効物質の吸収を改善するために必要である。
難溶性有効物質の吸収の改善は,水溶性重合体中の有効物質の固形溶液を使用す
ることによって可能となるところ,NVP重合体中の有効物質の固形溶液は,有機
溶剤中の有効物質及び重合体の溶液から溶媒を除去すること又は疎水性有効物質を
親水性重合体に溶解することにより製造し得るが,いずれの方法にも問題があった。
有効物質と重合体の混合物を押し出し成形することも報告されているが,水溶性
重合体中の難溶性有効物質の固形溶液が生成されたことは報告されていない。
(ウ)発明が解決しようとする課題
本発明の課題は,固形薬剤,ことに,希望する時間後に含有する有効物質を放出
し得る製剤の簡単な製造法を開発することである。
(エ)課題を解決するための手段
本発明は,上記課題を解決するためのものであり,請求項1記載の方法(ただし,
「少なくとも20重量%のN−ビニルピロリドン−2」については,好適な含有量
は60重量%以上(請求項2記載の方法)であり,更に好適な含有量は100重量
%である。また,「胃液に難溶な熱可塑性物質」とは,6時間後の溶解量が10%
以下のものをいう。)である。
重合体中の有効物質の固形溶液においては,有効物質は,重合体中に分子分散状
で存在する。水に難溶な有効物質は,他の重合体中では固形溶液を形成しないもの
と認められていたため,そのような有効物質がNVP重合体中で固形溶液を生成す
ることは予想外であった。
有効物質と結合材との混合は,重合体結合材の溶融の前又は後に,常法により行
われるが,混合部を有する押出機,特に,2軸スクリュー押出機により行うか,射
出成形機のスクリューで行うことが好ましい。
イ上記アによると,請求項1発明は,希望する時間後に含有する有効物質を放
出し得る固形薬剤を簡単に製造するというだけでなく,有効物質が水に溶けにくい
場合であってもその吸収性を改善するため,固形溶液の状態(分子分散状)で存在
する固形薬剤につき,従来のいわゆる溶媒法等の方法によらずに製造するとの課題
を解決するというものであることが明らかであって,有効物質と結合材との混合に
ついては,2軸スクリュー押出機等により行うことが望ましいとされているものと
いうことができる。
そして,本件審決は,以上のような理解に基づき,引用発明(前記第2の3(2)
ア)につき,引用例1頁左欄7行の「固形薬剤」の次に「(固形溶液(分子分散状
に分布したもの))」との括弧書きを加え,「射出又は押出しにより成形する」を
「2軸スクリュー押出機により混合して押出しによる成形する」と改めるほかは,
引用例の請求項1に記載のとおり認定したにすぎないから,引用発明に係る本件審
決の認定に原告主張の誤りはないというべきである。
(2)原告の主張の当否
ア「固形薬剤」と「固形溶液」とを同義の趣旨で認定したことについて
(ア)原告は,引用例においては「固形薬剤」と「固形溶液」とが異なるものと
して使い分けられているのであるから,「固形薬剤」と「固形溶液」とが同義であ
る趣旨の認定をした本件審決は誤りであると主張するが,本件審決は,「固形薬剤
(固形溶液(分子分散状に分布したもの))」と認定しているのであるから,同審
決が「固形薬剤」と「固形溶液」とが同義である趣旨の認定をしたということはで
きない。
(イ)原告は,請求項1発明が希望する時間後に含有する有効物質を放出するこ
とのみを目的とし固形溶液が生成されていないものであるのに対し,請求項6発明
は有効物質の吸収を改善することをも目的とし固形溶液が生成されるものであると
主張するが,前記(1)に説示したとおり,請求項1発明は,希望する時間後に含有
する有効物質を放出し得る固形薬剤を簡単に製造するというだけでなく,有効物質
が水に溶けにくい場合であってもその吸収性を改善するため,固形溶液の状態(分
子分散状)で存在する固形薬剤につき,従来のいわゆる溶媒法等の方法によらずに
製造するとの課題を解決するというものである上,引用例の請求項1の記載と請求
項6の記載とを対比すると,請求項6は,請求項1を引用しつつ,同請求項の「医
薬物質」(有効物質)について,「重合体溶融物に溶剤又は水を添加しないで分子
分散状に溶解し,そして溶融物の凝固後に固体溶液(判決注:『固形溶液』と同義
のものであることにつき,当事者間に争いがない。)を形成する水に難溶な有効物
質を使用する」との要件を付加したものにすぎず,請求項6発明は,「医薬物質」
についてそのような要件(限定)を有しない請求項1発明に包含されるものと解す
るのが相当であるから,そのような包含関係を否定して,引用例には,請求項1発
明と,請求項6発明とが全く別個の発明として記載されている旨の原告の主張を採
用することはできないというべきである。
なお,原告は,固形溶液とすることのみによっては放出時間のコントロールをな
し得ないとも主張するが,引用例には,前記1(2)ウの本発明の方法として,放出
時間のコントロールにつき,コモノマーの種類及び量を変更してNVP重合体の親
水性の強弱を調整するとの方法,固形薬剤に被膜を備えるとの方法,固形薬剤を閉
鎖気泡状の多孔質形に製造するとの方法及び固形薬剤を半球等の特定の形態に成形
するとの方法についての開示があるのであるから,固形薬剤を固形溶液の状態とす
ると放出時間のコントロールを図ることができなくなるというものではない。
(ウ)原告は,引用例の実施例1ないし16及び51においては,いかなる重合
体と有効物質とをいかなる方法で混合・射出したか,いかなる程度の遅効性があっ
たか(放出時間)の記載があるのみであり,固形溶液が製造されたか否かの確認が
されている実施例17ないし50と異なり,固形溶液が製造されていないと主張す
るが,前記1(3)のとおり,少なくとも実施例16においては,「固形溶液を製造
するために60重量%NVP及び40重量%酢酸(K値約33)の共重合体50部
を用い,これとベラパミル50部を6回射出の2軸スクリュー押出機により混合し,
射出成形機により糖衣錠心粒子に成形した(実施例12∼14と同様の成形方法)
ところ,有効物質の放出時間は約3時間である」旨の記載があるのであるから,原
告の主張は理由がない。
なお,実施例16の記載に関し,原告は,①放出時間の測定がされていることに
照らし,固形溶液の製造を目的としたものということはできないこと,②同実施例
の記載は引用例の8頁左下欄1行から2行にかけての「約3時間である。」までで
あると解すべきこと,③同実施例に固形溶液が生成されたとの記載がないことを根
拠に,同実施例において固形溶液が生成されたと解釈することはできないと主張す
るが,①前記(1)のとおり,引用例の請求項1の記載を基礎として認定された引用
発明は,希望する時間後に含有する有効物質を放出し得る固形薬剤を簡単に製造す
るとの課題及び固形溶液の状態で存在する固形薬剤を従来のいわゆる溶媒法等の方
法によらずに製造するとの課題の両者を解決するためのものであるから,放出時間
の測定がされているからといって,実施例16が固形溶液の製造を目的としたもの
でないということはできないし,また,②原告が同実施例の記載を上記のとおり解
すべき根拠として挙げる甲32(欧州特許公報)についても,その記載が正しく引
用例の記載が誤りであるとする確たる根拠は存しないのであるから,甲32に依拠
して同実施例の記載を原告主張のように解することはできないというべきであり,
さらに,③前記1(3)のとおり,同実施例には,「下記の共重合体50部及びベラ
パミル50部を…成形する。…固形溶液を製造するために用いられた共重合体は下
記のものである。A)60重量%NVP及び40重量%酢酸,K値約33…」との
記載があるのであるから,同実施例に固形溶液が生成されたとの趣旨の記載がない
ということはできず,結局,原告の主張は,いずれの点においても失当であるとい
わざるを得ない。
イ熔融法であるとの限定を付さないで認定したことについて
(ア)原告は,固体分散体の製造方法については,引用例の請求項6の記載に基
づき,いわゆる熔融法と認定すべきであると主張するが,請求項6発明が熔融法で
あるか否かはさておき,前記(1)のとおり,本件審決は,引用例の請求項1の記載
を基礎として「固形薬剤(固体溶液(分子分散状に分布したもの))」の製造方法
として引用発明を認定したものであって,その認定自体に誤りはないから,本件審
決の当該認定が引用例の請求項6の記載に基づけば溶融法との限定を付すべきであ
った旨の原告の主張を採用することはできない。
なお,原告は,その主張の裏付けとして,引用例の発明の詳細な説明に固形溶液
の製造方法についての具体的な記載がないとして,引用発明における固形溶液の製
造方法について,これを引用例の請求項6の記載に基づいて認定すべきであるとも
主張するが,前記(1)のとおり,引用例の発明の詳細な説明には,希望する時間後
に含有する有効物質を放出し得る固形薬剤を簡単に製造するとともに,固形溶液の
状態で存在する固形薬剤を従来のいわゆる溶媒法等の方法によらずに製造するとの
課題を解決する手段として,請求項1発明を採用したものであり,有効物質と結合
材との混合については,2軸スクリュー押出機等により行うことが望ましいとの記
載があるのであるから,引用発明における固形溶液の製造方法について,あえて引
用例の請求項6の記載に基づいて認定すべき理由はない。
(イ)原告は,固形溶液の製造方法が本件発明と引用例記載の発明とを対比する
上で極めて重要な事項であるとして,引用発明の認定に当たりその製造方法を特定
しないことは許されないと主張するが,一般に,特許法29条2項において引用す
る同条1項3項に掲げる発明の認定は,特許無効審判請求の対象とされた特許に係
る発明との対比判断に必要かつ十分な範囲でされれば足りると解すべきところ,前
記第2の2のとおり,本件発明においても,固形溶液(固体分散体)の製造方法に
ついては,「スクリュー軸上にパドルを有する2軸型エクストルーダーを用いる」
と規定されているのみであるから,前記第2の3(2)アのとおり,引用発明におけ
る固形溶液の製造方法について「2軸スクリュー押出機により混合して押出しによ
り成形する」とした本件審決の認定は,本件発明との対比判断に必要かつ十分な範
囲でされたものということができ,これを違法とすべき理由はない。
ウ混合物を押出しにより成形すると認定したことについて
(ア)原告は,引用例に記載された実施例のうち,固形溶液に係る実施例17な
いし50には「2軸スクリュー押出機により混合して押出しによる成形する」など
の記載がなく,他方,2軸スクリュー押出機が用いられた実施例3,4及び12な
いし16においては固形溶液が製造されておらず,その他,引用例には,2軸スク
リュー押出機によって固形溶液が製造された旨の記載が全くないと主張するが,前
記(1)イのとおり,引用発明の認定の基礎とされた引用例の請求項1の記載による
と,希望する時間後に含有する有効物質を放出し得る固形薬剤を簡単に製造すると
ともに,吸収性を改善するため固形溶液の状態で存在する固形薬剤を従来のいわゆ
る溶媒法等の方法によらずに製造するとの課題を解決するものであり,有効物質と
結合材との混合については,2軸スクリュー押出機等により行うことが望ましいと
されているものであるし,また,前記ア(ウ)のとおり,実施例16には,固形溶液
が製造された場合につき,2軸スクリュー押出機により混合し,射出成形機により
成形したとの記載があるのであるから,原告の主張を採用することはできない。
なお,原告は,2軸スクリュー押出機が用いられた実施例において固形溶液が得
られていないことを前提に,引用例に接した当業者は「2軸スクリュー押出機によ
り混合して押出しにより成形する」との方法により固形溶液が得られたものとは理
解しないと主張するが,その前提が誤りであることは,上記説示のとおりである。
(イ)原告は,引用例において,放出時間をコントロールするとの目的のために
は2軸スクリュー押出機が用いられているのに対し,吸収改善の目的のためには2
軸スクリュー押出機が用いられていないと主張するが,上記(ア)の請求項1発明の
内容や前記実施例16の記載に照らすと,原告の主張は失当である。
(3)小括
したがって,引用発明の認定の誤りをいう取消事由1は理由がない。
3取消事由2(相違点を看過した判断の誤り)について
次に,原告主張の相違点を看過した本件審決の判断の誤りをいう取消事由2につ
いて検討する。
(1)固体分散体の生成原理における相違の有無
ア原告は,固体分散体の製造方法については,引用例記載の発明は,同請求項
6の記載を根拠に,熔融法に限定されていると主張するが,本件審決は,同請求項
1の記載によってではなく,同請求項1の記載を基礎として引用発明を認定したこ
とは前記2(1)イのとおりであるから,原告の主張を採用することはできない。
イ原告は,2軸型エクストルーダーを用いることが物理的な混練力を用いるこ
とを意味し,本件発明に係る特許請求の範囲に2軸型エクストルーダーを用いるこ
とのみが記載されているとして,本件発明は分子間の結合を弱める手段によらず,
物理的な混練力によって固体分散体を製造する方法であると主張するが,本件審決
が認定した引用発明(前記第2の3(2)ア)も,医薬物質及び製剤用結合剤の混合
及び成形の方法については,「2軸スクリュー押出機により混合して押出しにより
成形する」と規定するのみであるから,原告の主張によると,引用発明も,分子間
の結合を弱める手段によらず,物理的な混練力によって固形溶液を製造する方法で
あるということになり,結局,固体分散体の生成原理において,本件発明と引用発
明とが相違するということはできない。
(2)使用する有効物質及び担体における相違の有無
ア原告は,引用発明が「特定の担体(重合体)と一定の限られた範囲の有効物
質とを使用して固体分散体を製造する方法」であるのに対し,本件発明は「担体
(重合体)と有効物質とを選ばないで固体分散体を製造する方法」であると主張す
るが,引用例には,引用発明に適する有効物質が多数にわたって例示列挙されてい
る(前記1(2)ウ)ほか,同発明が一定の限られた範囲の有効物質を使用するもの
である趣旨の記載はみられないから,同発明が一定の限られた有効物質を使用する
方法であるということはできず,したがって,本件発明と引用発明とが使用する有
効物質において相違するということはできないし,また,本件発明に係る特許請求
の範囲には,NVP重合体(引用発明が使用する担体)を排除する趣旨の規定はな
く,かえって,本件明細書(甲14)の11頁9行ないし12頁1行には,「本発
明において使用される高分子担体は,一般に医薬品製剤原料として使用することが
できる天然及び合成高分子化合物であって,2軸型エクストルーダーのダイの小孔
から排出するときにその機能を消失しない物質であれば特に制限はない。このよう
な高分子担体としては,pH依存性高分子担体,pH非依存性高分子担体,水溶性
高分子担体等があり,例えば,以下のような高分子化合物を挙げることができる。
…ポリビニルピロリドン…。」との記載があるのであるから,本件発明と引用発明
とは,担体としてNVP重合体を使用するとの点において一致するといえ,したが
って,両発明が使用する担体において相違するということはできない。
イ原告は,本件発明が引用発明と異なる方法により広汎な高分子担体を使用す
ることのできるものであるとして,使用する担体における両発明の相違を看過する
ことはできないと主張するが,本件相違点を除き,本件発明が固体分散体の生成原
理及び混合物の製造方法において引用発明と異なるものということができないこと
は,これまで説示したところ(固体分散体の生成原理につき上記(1)及び前記2(2)
イ,混合物の製造方法につき前記2(2)ウ)から明らかであるし,仮に,本件発明
が固体分散体の生成原理及び混合物の製造方法において引用発明と異なるものであ
るとしても,そのことは,両発明が担体としてNVP重合体を使用するとの点にお
いて一致することを否定するものでないから,いずれにせよ,原告の主張を採用す
ることはできない。
(3)固体分散体の製造方法における相違の有無
原告は,引用例に固形溶液の製造について2軸スクリュー押出機が使用されたと
の記載がないとして,引用発明は「2軸型エクストルーダーを用いるものではなく,
その他の固形溶液の製造方法が特定されていないもの」であると主張するが,この
主張に理由がないことは,前記2(2)ウにおいて説示したとおりである。
(4)小括
したがって,原告主張の相違点を看過した本件審決の判断の誤りをいう取消事由
2も理由がない。
4取消事由3(本件相違点についての判断の誤り)について
次に,本件相違点についての本件審決の判断の誤りをいう取消事由3について検
討する。
(1)本件相違点についての本件審決の判断の当否
2軸スクリュー押出機(2軸型エクストルーダー)を用いて高分子担体と有効物
質とを混合し,有効物質が分子分散状に存在する固体分散体を製造するに際し,2
軸スクリュー押出機による混合機能を高めることは,当該技術の内容に照らし,本
件優先日当時の当業者にとって自明の課題であったということができる。
そして,刊行物1及び2によると,混合機能を高めるため,2軸スクリュー押出
機のスクリュー軸上にパドルを設けることは,本件優先日当時の当業者にとって周
知の技術であったものと認めることができる。
そうすると,上記自明の課題を解決するため,引用発明に上記周知の技術を適用
して本件相違点に係る構成を採用することは,本件優先日当時の当業者が容易に想
到し得たものと認めるのが相当であるから,これと同旨の本件審決の判断に誤りは
ないというべきである。
(2)原告の主張の当否
ア原告は,引用例において固形溶液の製造に成功したとされる実施例がNVP
重合体を担体とする場合のものしかなく,また,引用例にはNVP重合体を担体と
する場合であっても2軸スクリュー押出機による固形溶液の製造に成功していない
実施例の記載があり,さらに,引用例に記載された2軸スクリュー押出機が混合
(物理的に強い圧力を加えずに均等にかき混ぜる作用)のために用いられているに
すぎないとして,引用例に接した当業者は,固形溶液の製造の成功が担体と有効物
質との組合せによるものと考え,担体をNVP重合体以外の広汎なものとする場合
にも固形溶液を製造するために,より高い圧力をかけて混練することができるよう
2軸スクリュー押出機にパドルを設けるとの発想を抱くことはないと主張するが,
引用例には,希望する時間後に含有する有効物質を放出し得る固形薬剤を簡単に製
造するとともに,固形溶液の状態で存在する固形薬剤を従来のいわゆる溶媒法等の
方法によらずに製造するとの課題を解決するものであり,有効物質と結合材との混
合については,2軸スクリュー押出機等により行うことが望ましいとされている発
明が記載されている(前記2(1)イ)のであるし,そのような発明の内容に照らす
と,引用例に記載された実施例中に2軸スクリュー押出機による固形溶液の製造に
成功していないものがあるとまでいうことはできないから,原告の主張は理由がな
い。
イ原告は,医薬製剤の分野において2軸スクリュー押出機(2軸型エクストル
ーダー)が使用されることはほとんどなかったと主張するが,引用発明は,医薬製
剤の分野において2軸スクリュー押出機を使用するものであるところ,本件におい
ては,そのような引用発明に基づいて容易に本件特許に係る発明(本件発明)をす
ることができたか否かが問題とされているのであるから,原告の主張は,前記(1)
の結論を左右するものではない。
なお,原告は,2軸型エクストルーダーを医薬製剤の分野に適用し,GMPレベ
ルの品質の固体分散体を製造することが当業者において容易に想到し得るものでな
かったと主張するが,本件発明は,GMPを始め医薬品等の品質管理基準を満たす
ことをその構成とするものではないから,原告の主張は,本件相違点についての本
件審決の判断の当否と何ら関係がないものといわざるを得ない。
ウ原告は,パドルを有する2軸型エクストルーダーを用い,物理的に強い圧力
を加えて混練することにより,高温状態に置かずとも,また,溶媒を用いずとも,
広汎な高分子担体を用いて固体分散体を得るとの着想を具体化した点に本件発明の
パイオニア性があると主張するが,前記3において説示したところに照らすと,本
件発明について原告が主張する点は,本件相違点(スクリュー軸上のパドルの有
無)を除き,いずれも本件発明と引用発明との相違点となり得るものではないから,
これらの点において本件発明にパイオニア性があるということはできないし,上記
(1)のとおり,本件相違点に係る構成は,本件優先日当時において周知のものであ
ったのであるから,この点においても,本件発明にパイオニア性があるとはいえな
い。
エ原告は,パドルの有無が固体分散体の形成の成否を決定付けると主張するが,
引用発明においても固形溶液が得られることは,前記2(1)イのとおりであるから,
原告の主張を採用することはできないというべきである。
(3)小括
したがって,本件相違点についての本件審決の判断の誤りをいう取消事由3も理
由がない。
5結論
以上の次第であるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,原告の請求
は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官滝澤孝臣
裁判官本多知成
裁判官浅井憲

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