弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人松尾菊太郎、同石川利男の上告理由第壱、弐点について
 一 所論の手形貸付債権及び手形買戻請求権を、いずれも手形債権自体ではない
とした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠により正当として是認することができ
る。そうすると、被上告人が右各債権を自働債権として上告人が転付を受けた債権
と相殺するにあたり、手形の呈示を要しないとした原審の判断は、その結論におい
て正当である。
 二 手形貸付において、貸金の返済と貸金支払確保のため振出された手形の返還
は同時履行の関係にあり(最高裁昭和二九年(オ)第七五八号、同三三年六月三日
第三小法廷判決・民集一二巻九号一二八七頁参照)、また、割引手形を買戻すにつ
いて、買戻代金の支払と手形の返還は同時履行の関係にあると解されるから、債権
者が、手形貸付債権及び手形買戻請求権をもつて債務者が債権者に対して有する債
権と相殺するときには、債務者に手形を交付してしなければならない。そして、右
受働債権が債務者から他へ転付されているときには、債権者は、右転付債権者に対
して相殺の意思表示をする(最高裁昭和二九年(オ)第七二三号、同三二年七月一
九日第二小法廷判決・民集一一巻七号一二九七頁参照)とともに、原則として、手
形を同人に交付して相殺すべきである。しかし、右のような場合でも、相殺の結果、
転付以前に遡つて受働債権が消滅するようなときは、転付は効力を生ぜず、転付債
権者に手形を返還すべきではないから、(後述三参照)相殺するにあたつても、同
人に手形を交付してする必要はないと解するのを相当とする。
 これを本件についてみるに、原審の適法に確定した事実は次のとおりである。す
なわち、被上告人は、訴外Dに対し手形貸付債権及び手形買戻請求権を有し、Dは
被上告人に対し預金債権を有していたが、右預金債権は昭和三五年八月九日転付命
令により上告人に転付された。被上告人は、同年八月一九日右手形貸付債権及び手
形買戻請求権をもつて右預金債権と相殺する旨上告人に対し意思表示をした。右手
形貸付債権及び手形買戻請求権と預金債権は、昭和三五年七月二八日に相殺適状に
あつたものである。右事実によると、右預金債権は相殺により転付以前に遡つて消
滅することとなるから、被上告人は相殺の意思表示をするにあたり、上告人に手形
を交付してする必要はないというべきである。そうすると、右と結論を同じくする
原審の判断は、正当として是認することができる。
 三 以上のとおりであり、所論の相殺を有効とした原審の判断は正当である。論
旨は、原判決の結論に影響を及ぼさない点について原審の認定判断を非難するもの
であつて、採用することができない。
 同第参点について
 金融機関に対する預金債権が預金者から第三者に転付された後、金融機関が右預
金者に対し有していた手形貸付債権及び手形買戻請求権をもつて右預金債権と相殺
した場合においても、相殺の結果預金債権が転付以前に遡つて消滅したときは、金
融機関は、手形貸付について振出された手形及び買戻の対象となつた手形を、右預
金者、すなわち、手形貸付の債務者兼手形割引依頼人に返還すべきであり、預金債
権の転付を受けた転付債権者に返還すべきではない。けだし、右のような場合、相
殺により、転付された以前に遡つて預金債権は消滅するのであるから、転付の効力
は生ぜず、転付債権者の預金者に対する債権は消滅しないこととなり、相殺によつ
て金融機関が預金者に対し有していた債権が消滅したのは、預金者の出捐によるの
であり、したがつて同人に対して手形を返還すべきであると解するのが相当である
からである。論旨は、これと異なる前提に立つて、原判決を非難するものであつて、
採用することができない。
 同第四点について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠に照らし、正当として是
認することができる。原判決に所論の違法はなく、右違法のあることを前提とする
所論違憲の主張はその前提を欠く。論旨は、採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主
文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一
            裁判官    岸   上   康   夫

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