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裁判例


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平成17年(行ケ)第10505号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成18年5月25日
判決
原告セイコーエプソン株式会社
訴訟代理人弁護士飯田秀郷
同栗宇一樹
同早稲本和徳
同七字賢彦
同鈴木英之
同大友良浩
同隈部泰正
同戸谷由布子
被告特許庁長官
中嶋誠
指定代理人藤本義仁
同酒井進
同岡田孝博
同大場義則
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2002-24093号事件について平成17年4月13日
にした審決を取り消す。
第2争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
原告は,発明の名称を「インクジェット式記録装置」とする発明につき,
平成8年4月5日(国内優先権主張平成7年4月21日・同年6月8
日),特許出願(特願平8-110384号。以下「本願」という。)をし
たが,特許庁が平成14年11月8日,拒絶査定をしたので,原告は,これ
を不服として審判請求をした。
特許庁は,これを不服2002-24093号事件として審理し,その係
属中,原告は,平成17年1月21日付け手続補正書をもって,特許請求の
範囲の補正を含む明細書の補正をした(以下,この補正後の明細書を図面を
含め「本願明細書」という。)。
そして,特許庁は,平成17年4月13日,「本件審判の請求は,成り立
たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月
28日,原告に送達された。
2特許請求の範囲
平成17年1月21日付け手続補正書による補正後の本願の特許請求の範
囲は,請求項1ないし26から成り,その請求項1の記載は次のとおりであ
る(以下,請求項1に係る発明を「本願発明」という。)。
【請求項1】ノズル開口,及びインク供給口を介して共通のインク室に連
通し,周期THのへルムホルツ共振周波数を備えた圧力発生室と,該圧力
発生室を膨張,収縮させる圧電振動子とからなるインクジェット式記録ヘ
ッドと,中間電位から時間的に変化して前記圧力発生室を膨張させる第1
の信号と,膨張状態にある前記圧力発生室を収縮させて前記ノズル開口か
らインク滴を吐出させる時間とともに変化する第2の信号と,前記インク
滴吐出後に生じたメニスカスの振動が前記圧力発生室側に最も引き込ま
れ,前記ノズル開口の側に転じる時点で前記圧力発生室を拡大させるよう
に前記中間電位となるように時間とともに変化する第3の信号とを1印字
周期内に有する駆動信号を出力する駆動信号発生手段と,からなるインク
ジェット式記録装置。
3本件審決の内容
本件審決の内容は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発
明は,特開平6-218928号公報(甲7。以下「引用例」という。)
に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づい
て,当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条
2項の規定により特許を受けることができないから,本願のその余の請求
項に係る発明について検討するまでもなく,本願は拒絶を免れないという
ものである。
本件審決が認定した引用発明の内容,本願発明と引用発明との一致点及
び相違点は,次のとおりである。
(引用発明の内容)
ノズル開口,及びインク供給口を介してリザーバに連通した圧力発生室
と,該圧力発生室を膨張,収縮させる圧電振動子とからなるインクジェッ
ト式記録ヘッドと,前記圧力発生室を膨張させる一定傾斜の充電電圧信号
と,膨張状態にある前記圧力発生室を収縮させて前記ノズル開口からイン
ク滴を吐出させる一定傾斜の放電電圧信号と,前記インク滴の吐出が終了
し,これに付随して振動するメニスカスが前記ノズル開口側へ移動を行っ
ている領域で前記圧力発生室を膨張させる,次のインク滴吐出のための一
定傾斜の充電電圧信号とを出力して前記圧電振動子を伸長又は収縮させる
駆動信号発生回路であって,前記一定傾斜の充電電圧信号及び前記次のイ
ンク滴吐出のための一定傾斜の充電電圧信号はともに零電位から電圧V0
まで上昇するものであり,前記次のインク滴吐出のための一定傾斜の充電
電圧信号は前記圧力発生室を膨張させることにより,前記圧力発生室の膨
張に起因するメニスカスを後退させる力と,インク吐出後のメニスカスの
前記ノズル開口側に向かおうとする力とを相殺させるものであるインクジ
ェット式記録装置。
(一致点)
「ノズル開口,及びインク供給口を介して共通のインク室に連通し,周
期THのヘルムホルツ共振周波数を備えた圧力発生室と,該圧力発生室を
膨張,収縮させる圧電振動子とからなるインクジェット式記録ヘッドと,
時間的に変化して前記圧力発生室を膨張させる第1の信号と,膨張状態に
ある前記圧力発生室を収縮させて前記ノズル開口からインク滴を吐出させ
る時間とともに変化する第2の信号と,インク滴吐出により発生したメニ
スカスの振動を減衰させるため,圧力発生室を拡大させるように時間とと
もに変化する信号とを有する駆動信号を出力する駆動信号発生手段と,か
らなるインクジェット式記録装置」である点。
(相違点1)
本願発明では,「第1の信号」は中間電位から時間的に変化する信号で
あり,「第3の信号」は中間電位となるように時間とともに変化する信号
であるとともに,第1の信号,第2の信号及び第3の信号が1印字周期内
に出力されるのに対して,引用発明における「圧力発生室を膨張させる一
定傾斜の充電電圧信号」及び「次のインク滴吐出のための一定傾斜の充電
電圧信号」はいずれも零電位から電圧V0まで上昇する信号であり,しか
も,「次のインク滴吐出のための一定傾斜の充電電圧信号」は,次のイン
ク滴吐出のための信号であることから,1印字周期内に出力されるとはい
えない点。
(相違点2)
本願発明では,インク滴吐出後に生じたメニスカスの振動が圧力発生室
側に最も引き込まれ,ノズル開口の側に転じる時点で前記圧力発生室を拡
大させるのに対して,引用発明では,インク滴の吐出が終了し,これに付
随して振動するメニスカスがノズル開口側へ移動を行っている領域で圧力
発生室を膨張させる点。
第3当事者の主張
1原告主張の本件審決の取消事由
本件審決は,本願発明及び引用発明の認定を誤った結果,両発明の一致点
の認定を誤り,ひいては相違点を看過し(取消事由1),更には相違点1,
2についての判断を誤ったものであり(取消事由2),これらが審決の結論
に影響を及ぼすことは明らかであるから,本件審決は取り消されるべきであ
る。
(1)取消事由1(一致点の認定の誤り・相違点の看過)
ア一致点の認定の誤り
本件審決認定の一致点のうち,本願発明及び引用発明が「ノズル開口,
及びインク供給口を介して共通のインク室に連通する圧力発生室と,該圧
力発生室を膨張,収縮させる圧電振動子とからなるインクジェット式記録
ヘッドと,時間的に変化して前記圧力発生室を膨張させる第1の信号と,
膨張状態にある前記圧力発生室を収縮させて前記ノズル開口からインク滴
を吐出させる時間とともに変化する第2の信号とを有する駆動信号を出力
する駆動信号発生手段と,からなるインクジェット式記録装置」である限
度で一致することは認める。
しかしながら,本件審決の一致点の認定には,以下に述べるとおり誤り
がある。
(ア)①インク滴の吐出により生じたメニスカスの振動は,「メニスカ
ス振動」又は「ヘルムホルツ振動」により発生する。
圧力発生室を圧電素子の駆動によって収縮させ,インク滴を吐出
させると,インク自体の流体力学的な振動である「メニスカス振
動」が発生し,流体としてのインクが前後に振動するのに対し
て,「ヘルムホルツ振動」は,物体(本願発明では圧力発生室)が
有する固有のヘルムホルツ共振周波数に適合する加振が行われてイ
ンクを含む圧力発生室全体が共振(発振)するものであり,インク
滴の体積等の液体力学とは無関係である。通常,ヘルムホルツ振動
に比較してメニスカス振動の周期はかなり大きい。
ヘルムホルツ振動は物体の固有のヘルムホルツ共振周波数に基づ
く共振が発生しなければ発振しないから,ヘルムホルツ振動を制振
するためには,その発生メカニズムに応じた制御をしなければなら
ない。
このように「メニスカス振動」と「ヘルムホルツ振動」は,「振
動」である点については共通であるものの,その発生メカニズムが
全く異なるものである。
②本願発明は,圧力発生室が備えるヘルムホルツ共振周波数を利用
して,第1及び第2の信号によるメニスカスのヘルムホルツ振動を
これと同期するように第3の信号を印加して効率よく減衰させ,次
のインク滴吐出に適した状態を現出させるようにしており,その意
味で,第1ないし第3の信号は,圧力発生室のヘルムホルツ振動に
関連づけて,その位相を考慮したものであり,ヘルムホルツ振動に
おける極めて制限された範囲で各信号を出力するものである。
このことは,請求項1記載の第3の信号の印加のタイミングを規
定する技術事項から明らかである。
すなわち,本願明細書の段落【0032】には,「ところで,圧
力発生室3のインクは,圧電振動子9に第2の信号(図7において
②で示す信号)が印加されて圧力発生室3が収縮された時点から周
期THのヘルムホルツ周波数FHで振動を開始しているので,結
局,第3の信号③を印加するタイミングは,Td+Th2≒TH×
n(ただし,nは1以上の整数)に等しくなるように設定しておく
のが望ましい。そして可及的早期,つまりメニスカスが圧力発生室
3の奥側に存在する段階で振動を抑制すると,メニスカスの振動に
よるインクミストの発生防止と,次のインク滴吐出までの時間の短
縮に役立つから,上記数値nが可及的に小さな値,例えばn=1の
時点が望ましい。」との記載がある。そして,請求項1が規定す
る「前記インク滴吐出後に生じたメニスカスの振動が前記圧力発生
室側に最も引き込まれ,前記ノズル開口の側に転じる時点で前記圧
力発生室を拡大させるように前記中間電位となるように時間ととも
に変化する第3の信号」の印加タイミングは,上記段落【0032
】で説明された「n=1」の時点を指称するものであり,この「n
=1」の時点とは,第2の信号が印加されて圧力発生室が収縮され
た時点からちょうどヘルムホルツ振動周期THだけ経過した時点で
あって,ヘルムホルツ振動により圧力発生室が収縮に転じるタイミ
ングに同期した時点である。
このように本願発明がヘルムホルツ振動の制振に関する発明であ
ることは,請求項1の記載に基づくものである。
また,本願明細書の段落【0009】~【0012】,【002
6】,【0027】,【0030】~【0032】,【0047】
~【0056】等の記載に照らしても,本願発明における駆動信
号(第1ないし第3の信号)が,ヘルムホルツ振動と関連づけられ
たものであり,本願発明は,ヘルムホルツ振動に基づく「メニスカ
スの運動エネルギ」を減じることによってメニスカスの振動を減衰
させ,次のインク滴吐出時におけるメニスカスを一定位置に留める
ことを目的とするものであることは明らかである。
③一方,引用発明は,引用例に記載のとおり,インク滴形成後に生
じる「メニスカス振動」が減衰するのを待つことなく,次のインク
滴の形成を可能ならしめるための発明であり,このメニスカス振動
を積極的に利用し,ノズル開口からのインク滴の吐出が終了し,こ
れに付随するメニスカスの振動(すなわちメニスカス振動)がノズ
ル開口側に移動を開始した時点で,第2のトリガ信号が出力するよ
うに,放電終了時点からΔTだけ遅延した時間を設定して,圧力発
生室を膨張させる充電を開始するものである。この充電開始は,イ
ンク滴形成により生じたメニスカス振動がノズル開口に向かう領域
aを指定できるのに必要な時間ΔTを設定できる信号遅延手段によ
ってなされ,メニスカスがノズル開口に移動し始めた段階で圧力発
生室の膨張工程が開始されるため,インク滴吐出時点にはメニスカ
スをノズル先端位置付近に位置させることができるものである(段
落【0003】,【0005】,【0030】,【0039】,【
0040】,【0047】,図5等)。
また,引用例の段落【0021】に記載の「インクの物性値,圧
力発生室15の寸法,これを構成している部材の寸法で定まる固有
の振動周期でもって残留振動」は,液体力学的な「メニスカス振
動」そのものであるから,引用例に開示されているのは「メニスカ
ス振動」の制振についての技術内容にすぎない。
このように,本願発明と引用発明では,減衰させる振動対象が,
本願発明ではヘルムホルツ振動であるのに対し,引用発明ではメニ
スカス振動である点で全く異なるものである。
そして,引用発明は,圧力発生室が周期THのヘルムホルツ共振
周波数(1/TH)を備えていることを何ら開示しておらず,ま
た,引用発明が開示する技術事項は,ヘルムホルツ共振周波数とは
全く関係しないから,本件審決が,本願発明と引用発明とが「周期
THのヘルムホルツ共振周波数を備えた圧力発生室」を有する点で
一致すると認定したことは誤りである。
④これに対し本件審決は,「圧力発生室がヘルムホルツ共振周波数
を備えることは自明(例えば,特開昭57-188372号公報(
第9ページ左上欄1行~同ページ右上欄10行)参照。)であるか
ら,引用発明における「圧力発生室」も当然にヘルムホルツ共振周
波数を備えている。」(審決書6頁34行~7頁1行)と認定す
る。
しかし,本願発明においては,圧力発生室のヘルムホルツ振動が
その技術事項として極めて重要であるため,特許請求の範囲(請求
項1)に,「周期THのへルムホルツ共振周波数を備えた圧力発生
室」と特記したのであって,本件審決のように,すべからく,圧力
発生室はヘルムホルツ共振周波数を備えているからといって,引用
発明の技術事項としては全く関係しない事項であるへルムホルツ共
振周波数をあたかも引用発明に記載されているかのように取り扱う
ことは誤りである。
また,被告は,引用例に「圧力発生室自体の機械的構造物として
の振動」(ヘルムホルツ振動)及び「インク自体の流体力学的な振
動」(メニスカス振動)が指摘されていること(段落【0002
】,【0003】)を捉え,引用例は,上記2つの振動の双方を制
御することを目的としている旨主張するが,引用例において開示さ
れているのは,あくまでインク滴の吐出による流体力学的な振動で
あるメニスカス振動であり,引用例においては,メニスカス振動の
影響を受けてメニスカスが振動することを制御することについての
み説明がされていること,メニスカス振動とヘルムホルツ振動
は,「振動」という点では共通するが,両者の発生メカニズムは全
く異なっており,メニスカス振動の制御がヘルムホルツ振動の制御
に当然に応用できるわけではないことからすれば,被告の主張は失
当である。
(イ)次に,本願発明の第3の信号は,インク滴吐出により発生するメ
ニスカス振動を減衰させるものではなく,第1の信号及び第2の信号
の印加により圧力発生室がヘルムホルツ振動するため,当該ヘルムホ
ルツ振動を減衰させるものであるのに対し,引用発明の「次のインク
滴吐出のための圧力発生室を拡大させるように時間と共に変化する信
号」は,直前のインク滴吐出により発生したメニスカス振動を減衰さ
せるように作用するものであって,ヘルムホルツ振動を減衰するため
のものではないから,本件審決が,本願発明と引用発明とが「インク
滴吐出により発生したメニスカスの振動を減衰させるため,圧力発生
室を拡大させるように時間とともに変化する信号」を有する点で一致
すると認定したことは誤りである。
(ウ)さらに,本願発明は,圧力発生室を膨張させる第1の信号,これ
を収縮させてインク滴を吐出させる第2の信号及びヘルムホルツ振動
を減衰させる第3の信号を駆動信号発生手段から出力するものである
のに対し,引用発明は,圧力発生室を膨張させる信号及びこれを収縮
させてインク滴を吐出させる信号のみからなり,次のインク滴吐出の
ための圧力発生室を膨張させる信号が,前のインク滴吐出によって発
生したメニスカス振動を減衰させる作用をするにすぎないから,本件
審決が,引用発明において本願発明と同様の3種の信号を有するもの
として,本願発明及び引用発明の一致点を認定したことも誤りであ
る。
イ相違点の看過
本件審決は,上記のとおり本願発明と引用発明の一致点の認定を誤っ
た結果,次の相違点(1)ないし(4)を看過した誤りがある。
(相違点(1))
本願発明の圧力発生室は,周期THのヘルムホルツ共振周波数を備
え,このヘルムホルツ振動を減衰させることを目的としているのに対
し,引用発明の圧力発生室が,周期THのヘルムホルツ共振周波数を備
えているか否か引用例に記載はなく,これとは異なるインク滴吐出によ
って発生するメニスカス振動を減衰させる作用を利用するものである
点。
(相違点(2))
本願発明の第1の信号は,中間電位から時間的に変化する信号である
のに対し,引用発明の第1の信号は最低電位から電圧V0まで時間的に
変化する信号である点。
(相違点(3))
本願発明の第3の信号は,インク滴吐出後に生じたメニスカスの振
動,すなわちヘルムホルツ振動が前記圧力発生室側に最も引き込まれ,
前記ノズル開口の側に転じる時点,すなわち,第2の信号の印加開始時
点から周期THのヘルムホルツ共振周期に等しい時間経過時点で,前記
圧力発生室を拡大させるように前記中間電位となるように時間とともに
変化する信号として出力されるのに対し,引用発明では,第3の信号に
相当する信号は出力されず,次のインク滴吐出の準備のための圧力発生
室を膨張させる第1の信号が印加されることにより,前のインク滴吐出
によって当該インク滴の体積に相当するインクが排除されてメニスカス
が形成され,インク供給口から同量のインクが流入することに伴って,
発生するメニスカス振動するメニスカスが前記ノズル開口側へ移動を行
っている領域で前記圧力発生室を膨張させるものである点。
(相違点(4))
本願発明では,第1の信号,第2の信号及び第3の信号が,1印字周
期内に出力されるのに対して,引用発明における「圧力発生室を膨張さ
せる一定傾斜の充電電圧信号」及び「次のインク滴吐出のための一定傾
斜の充電電圧信号」はいずれも最低電位から電圧V0まで上昇する信号
であり,しかも,「次のインク滴吐出のための一定傾斜の充電電圧信
号」は,次のインク滴吐出のための信号であることから,1印字周期内
に出力されるとはいえない点。
(2)取消事由2(相違点1,2についての判断の誤り)
本件審決は,次に述べるとおり相違点1,2に係る判断を誤った結果,
本願発明が,引用発明及び周知技術に基づいて容易想到であって,進歩性
を欠如すると判断した誤りがある。
ア相違点1に係る判断の誤り
(ア)本件審決は,「引き打形式のインクジェット式記録ヘッドを駆動
するにあたり,中間電位から時間的に変化して圧力発生室を膨張させ
る第1の信号と,膨張状態にある前記圧力発生室を収縮させてノズル
開口からインク滴を吐出させる時間とともに変化する第2の信号と,
前記圧力発生室を拡大させるように前記中間電位となるように時間と
ともに変化する第3の信号とを1印字周期内に有する駆動信号を用い
ることは,従来周知(特開平2-253960号公報(第3ページ左
上欄3行~同欄9行,第3図),特開昭63-153149号公報(
第1ページ右下欄17行~第2ページ左上欄10行,第1図)参
照。)である。」(審決書8頁26行~34行)と判断した。
しかし,本願明細書の段落【0041】の「駆動信号の電圧を中間
電位VM1から電圧VHに上昇させた場合は,インク滴吐出時点のメニス
カスはノズル開口2から遠く離れた距離D1の位置に存在するので,
インク滴を構成するインク量が少なく,記録用紙には小さなサイズの
ドットが印刷される。一方,駆動信号の電圧を中間電位VM2から電圧
VHに上昇させた場合は,インク滴吐出時点でのメニスカスはノズル開
口2に近い距離D2の位置に存在するので,インク滴のインク量が多
くなり,記録用紙に大きなサイズのドットが形成されることになる。
換言すれば,駆動信号の中間電位を調整することによりインク滴のイ
ンク量を変えてドットサイズを調整することが可能となる。」との記
載や段落【0040】,【0042】~【0046】の記載等によれ
ば,本願発明の「中間電位」は,次のインク滴の大きさ(インク量)
を決定するために適宜選択される電位であることは明らかである。
一方,特開平2-253960号公報(甲9)においては,①圧力
発生室を拡大させる信号(0Vから-Vrevまでの立ち下がり信号)
は,矩形波であって,本願発明の第1の信号のような時間的に変化す
る信号ではないこと,②0Vから信号が開始しているが,本願発明の
中間電位は,0VからVHの間の正の電位であること,③圧力発生室を
拡大させる信号(0Vから-Vrevまでの立ち下がり信号)によって
は,メニスカスの位置に変動はなく(第3図(B)参照),もっぱら
圧電素子を早く駆動させる目的で印加されるものであるのに対し,本
願発明の中間電位は,前記のように,これを調整することによりイン
ク滴のインク量を変えてドットサイズを調整するためのものであるこ
との各点において全く異なる。
また,特開昭63-153149号公報(甲10)においては,①
Aの領域とBの領域が圧電素子の分極方向と逆極性と同極性であるか
ら,横軸位置は0Vであり,圧力発生室を収縮させる第2の電圧パル
スはこの0Vまで降下するように印加されるものであるのに対し,本
願発明の第1の信号に相当するものではなく,また,本願発明の第1
の信号の中間電位が前記のように正の電位であること,②第2の電圧
パルスが0Vまで降下する構成は,本願発明の第1の信号の中間電位
のように,これを調整することによりインク滴のインク量を変えてド
ットサイズを調整するためのものであるという目的を有するものでは
ないことの各点において全く異なる。
したがって,本件審決がいうように,中間電位から圧力発生室を膨
張させたり収縮させたりする信号において,中間電位から又は中間電
位まで変化させる技術が存在するとしても,本願発明のように,中間
電位を調整してインク滴のインク量を変えてドットサイズを調整する
ように構成することは到底できないものであるから,上記技術から相
違点1に係る本願発明の「中間電位」の構成とすることは容易想到で
はない。
(イ)次に,本件審決は,「引用発明のように「一定傾斜の充電電圧信
号」と「膨張状態にある圧力発生室を収縮させる一定傾斜の放電電圧
信号」という2つの信号からなる駆動信号を採用するか,あるいは周
知技術のように「第1の信号」,「第2の信号」及び「第3の信号」
という3つの信号からなる駆動信号を採用するかは,それぞれの長所
短所(例えば,2つの信号で駆動信号を形成すれば駆動信号を簡素化
できるという長所があり,他方,3つの信号で駆動信号を形成すれば
インク滴吐出のための電圧変化を大きくすることができるという長所
がある。)を比較検討して決定すべき事項である。したがって,引用
発明において,2つの信号からなる駆動信号に代えて,「第1の信
号」,「第2の信号」及び「第3の信号」という3つの信号からなる
駆動信号を採用することは設計事項である。」(審決書8頁34行~
9頁9行)と判断しているが,以下に述べるとおり誤りである。
①前記(1)ア(ア)②のとおり,本願発明の第1ないし第3の信号は,
圧力発生室のヘルムホルツ振動に関連づけられたものであって,ヘ
ルムホルツ振動における極めて制限された範囲で,第1ないし第3
の信号を1印字周期内に出力させるものとする本願発明は,引用発
明とは全く異なるものである。本願発明の場合において生じる「メ
ニスカス振動」の周期は,ヘルムホルツ共振周期に比べてかなり大
きいものであり,本願発明の1印字周期は,「メニスカス振動」の
周期に比較してかなり小さいものである。
これに対し,引用発明の「圧力発生室を膨張させる一定傾斜の充
電電圧信号」及び「次のインク滴吐出のための一定傾斜の充電電圧
信号」は,「メニスカス振動」周期内に出力されるかもしれない
が,本願発明のようにヘルムホルツ振動における極めて限られた範
囲内での出力ではないから,これを設計事項であるとして実質的な
相違点でないとすることはできない。
また,そもそも,引用発明には,ヘルムホルツ振動を減衰させる
という思想はなく,引用発明の2つの信号からなる駆動信号を,3
つの信号からなる駆動信号としたとしても,それは,「メニスカス
振動」を減衰させるための信号と次のインク滴を吐出するための圧
力発生室を膨張させる信号になるにすぎず,本願発明のヘルムホル
ツ振動に関連した3つの信号とすることはできず,これをもって設
計事項であるとすることは到底できない。
②次に,本願発明の第3の信号は,最低電位から中間電位まで時間
的に変化する信号であるところ,この中間電位は,次のインク滴の
吐出量を制御するために適宜選択される電位であるから,引用発明
の「次のインク滴吐出のための一定傾斜の充電電圧信号」を,第1
の信号から分離して,本願発明の第3の信号とすることは容易では
ない。
(ウ)さらに,本件審決は,「インク滴吐出後のメニスカスの振動を抑
制するため,インク滴吐出のための駆動信号とは別に駆動信号を印加
することは,従来周知(・・・特開平4-64446号公報(特許請
求の範囲,第3ページ左下欄8行~第4ページ左上欄1行,第5図,
第6図),特開平4-339660号公報(段落番号0011~段落
番号0013,段落番号0015~段落番号0017,図1,図6)
参照。)であるから,引用発明における「次のインク滴吐出のための
一定傾斜の充電電圧信号」から,インク滴吐出により発生したメニス
カスの振動を減衰させるという機能を分離することは当業者であれば
容易に想到できることである。」,「そして,前述の周知技術(3つ
の信号からなる駆動信号)を採用した場合,圧力発生室を拡大させる
ように中間電位となるように時間とともに変化する「第3の信号」を
既に有するのであるから,インク滴吐出により発生したメニスカスの
振動を減衰させるために圧力発生室を膨張させる駆動信号を新たに設
けるのではなく,既存の「第3の信号」に当該機能を担わせること
は,駆動信号の簡素化を図るという当然の要請に応えるものであり,
設計事項である。」,「したがって,引用発明に前述の周知技術を適
用し,相違点1に係る発明特定事項とすることは,当業者であれば容
易に想到できることである。」(審決書9頁10行~27行)と判断
しているが,次に述べるとおり誤りである。
①本件審決が,インク滴吐出後のメニスカスの振動を抑制するた
め,インク滴吐出のための駆動信号とは別に駆動信号を印加するこ
とが周知技術であることの根拠として引用する従来技術は,いずれ
も「メニスカス振動」の減衰に関するものである。
すなわち,特開平4-64446号公報(甲11)記載の「残留
振動」は,「インク粒子をノズル14から噴射するとともに,記録
ヘッド12中において駆動パルスにより発生した圧力波が残留す
る。」(3頁左下欄10行~13行)と記載されているように,「
メニスカス振動」のことである。
また,特開平4-339660号公報(甲12)記載の「残留振
動」は,「本発明者らは,このインク液滴の速度変動の原因は,流
路の寸法,材料,および形状等からなる流路3aの構造と圧電素子
2の弾性係数及びインク液の粘性,質量等を含む振動系から定めら
れる固有振動数にインク液が共振して圧力波が発生するからである
と考えた。」(3頁右欄25行~30行),「また,駆動圧電素子
2bに図(a)に示すような駆動パルス信号の立上げ(矢印Pu)
後に,図(a)のA部に残留振動波形が発生し,図(b)のように
観察される」(3頁右欄30行~33行)と記載されているよう
に,ヘルムホルツ共振周波数と区別された「メニスカス振動」のこ
とである。
したがって,仮に引用発明における「次のインク滴吐出のための
一定傾斜の充電電圧信号」から,インク滴吐出により発生した「メ
ニスカス振動」を減衰させるという機能を分離することは当業者で
あれば容易に想到できるとしても,引用発明の「メニスカス振動」
に関連した各信号を,本願発明の「ヘルムホルツ振動」に関連した
信号とし,かつ,本願発明の第1ないし第3の信号とする発明に至
ることは容易ではない。
②また,本件審決は,引用例の「次のインク滴吐出のための一定の
傾斜の充電電圧信号」が1印字周期内にないことを無視しており,
1印字周期内に3つの信号を要するとする本願発明に引用例から容
易に至るものではない。
③さらに,本件審決が述べるように,周知技術として,インク滴吐
出のための駆動信号とは別に駆動信号を印加するものがあるとして
も,引用発明の「次のインク滴吐出のための一定傾斜の充電電圧信
号」から,インク滴吐出後に発生したメニスカスの振動を減衰させ
るという機能を分離する必然性は全くない。
イ相違点2に係る判断の誤り
本件審決は,相違点2に係る本願発明の発明特定事項は当業者にとっ
て容易想到であると判断しているが,次に述べるとおり誤りである。
(ア)本願発明では,第3の信号を例えばヘルムホルツ共振周期の半分
の時間だけ印加すれば,完全な逆位相を重畳できるピンポイントのタ
イミングを設定しているのに対し,引用発明では,「メニスカス振
動」の周期に厳密に同期させようとするものでなく,「メニスカス振
動するメニスカスが前記ノズル開口側へ移動を行っている領域」とい
う広い時間帯における印加タイミングを規定しているにすぎず,相違
点2に係る本願発明の構成を引用発明から想起することは到底できな
い。
(イ)本願発明において,「インク滴吐出後に生じたメニスカスの振動
がノズル開口側に向かう時点で」(請求項1)第3の信号を印加(出
力)するよう印加(出力)タイミングを設定することは,印刷時のイ
ンク滴の正常な飛翔(インク滴を紙面の所望の位置に着弾させるこ
と)やインクミストの発生を防ぐために非常に重要なポイントであ
る。
甲13の「実験報告書《第3の信号の印加時間をパラメータにした
場合におけるインク滴の飛翔状態の評価について》」の実験結果によ
れば,第3の信号の印加(出力)タイミングを「インク滴吐出後に生
じたメニスカスの振動がノズル開口側に向かう時点」とずらした場
合,インク滴が正常に飛翔されなかったり,インクミストが発生す
る。本願発明のインクジェット式記録ヘッドにおいて,引用例のよう
に,インク吐出が終了し,これに付随して振動するメニスカスがノズ
ル開口側へ移動を行っている領域で,インク吐出のための第1の信号
を出力しても,タイミングが異なって,インクミストが発生してしま
うことになり,本願発明の効果は全く期待できない。
また,本願明細書の段落【0046】,【0049】,【0053
】,【0077】にも,第3の信号の印加(出力)タイミングをヘル
ムホルツ振動の共振周期に合わせることにより,インク滴が正常に飛
翔し,インクミストの発生を防止することができることが記載されて
いる。つまり,1印字周期内において,「前記インク滴の吐出後に生
じたメニスカスの振動が前記圧力室側に最も引き込まれ,前記ノズル
開口の側に転じる時点」とのメニスカスの振動に同期した谷底時点と
いう第3の信号の出力タイミングを規定していることによって,イン
クミストの発生を防止するとともに,次のインク滴吐出のためのメニ
スカスを一定の位置に止めて飛翔の安定を図ることができるものであ
る。
(ウ)したがって,引用発明から,第3の信号の印加時点をインク滴吐
出後に生じたメニスカスの振動が圧力発生室側に最も引き込まれたノ
ズルの開口の側に転じる時点(第2の信号の印加開始後ヘルムホルツ
共振周期経過時点)とする本願発明の構成に至ることは容易ではな
い。
2被告の反論
(1)取消事由1に対し
ア一致点の認定の誤りに対し
(ア)①本願明細書の段落【0003】,【0005】,【0026
】,【0030】,【0077】の記載によれば,本願発明は,メ
ニスカスの運動エネルギを減じることによってメニスカスの振動を
減衰させ,次のインク滴吐出時におけるメニスカスを一定位置に留
めることを目的とするものである。そして,原告の主張を前提とす
れば,圧力発生室を圧電素子の駆動によって収縮させ,インク滴を
吐出させると,インク自体の流体力学的な振動(メニスカス振動)
が,圧力室の固有のヘルムホルツ共振周波数に基づく振動(ヘルム
ホルツ振動)とは別に生じるのであるから,本願発明の第2の信号
を印加することによってインク滴が吐出されると,メニスカスには
ヘルムホルツ振動及びメニスカス振動が生じることになり,これら
双方の振動を減衰させなければメニスカスを一定位置に留め得る程
度までにメニスカスの運動エネルギを減じることはできない。ま
た,メニスカス振動はヘルムホルツ振動に比較して大きい周期を有
するというのであるから,メニスカス振動を減衰させなければメニ
スカスを一定位置に留めることは到底不可能である。
そうすると,本願発明は,ヘルムホルツ振動及びメニスカス振動
の両振動の減衰を目的とするものと解すべきであり,原告が主張す
るように本願発明の第3の信号がヘルムホルツ振動の減衰のみを目
的として印加されるものではない。
②引用例には,「【従来の技術】・・・このように印刷タイミング
信号に対応して圧力発生室の圧力を変化させる関係上,圧力発生室
自体の機械的構造物としての振動と,インク自体の流体力学的な振
動が生じ,インク滴形成後にノズル開口近傍のメニスカスがノズル
開口側と圧力発生室側との間を往復動する振動を起こす。この結
果,圧力発生室に同一の圧力変化を発生させたとしても,ノズル開
口近傍に形成されているメニスカスのノズル開口に対する位置によ
って吐出するインク滴は,その大きさや飛翔速度が異なり,印刷品
質に変動を来すという問題を抱えている。」(段落【0002
】),「【発明が解決しようとする課題】本発明はこのような問題
に鑑みてなされたものであって,その目的とするところは,圧力発
生室の振動やインクの流体力学的振動に関りなく,メニスカスが常
に所定の状態になったときにインク滴を形成することができる新規
なインクジェット式記録装置を提供することである。」(段落【0
003】)との記載がある。
そして,上記「圧力発生室自体の機械的構造物としての振動」及
び「インク自体の流体力学的な振動」がそれぞれ「ヘルムホルツ振
動」及び「メニスカス振動」であることは原告も認めるところであ
るから,引用発明は,インク滴吐出によって生じるヘルムホルツ振
動及びメニスカス振動に関りなく,メニスカスが常に所定の状態に
なったときにインク滴を形成すること,言い換えれば,ヘルムホル
ツ振動及びメニスカス振動の双方を減衰させることを目的とするも
のと解すべきである。
なお,ヘルムホルツ振動及びメニスカス振動の双方を減衰させる
という引用発明の目的からすれば,引用例の図5中の「メニスカス
位置」は,ヘルムホルツ振動及びメニスカス振動の双方を考慮した
メニスカス位置と解すべきである。
③原告の主張を前提とすれば,およそ全ての圧力発生室はヘルムホ
ルツ共振周波数を有するはずである。
そして,本件審決が,特開昭57-188372号公報(甲8)
を提示し,圧力発生室がヘルムホルツ共振周波数を備えることが自
明であることを明らかにし,これを前提として,本願発明と引用発
明とが「周期THのヘルムホルツ共振周波数を備えた圧力発生室」
を有する点で一致すると認定したことに誤りはない。
(イ)前述のとおり,本願発明及び引用発明はともにヘルムホルツ振動
及びメニスカスの振動の減衰を目的とするものであるから,「インク
滴吐出により発生したメニスカスの振動を減衰させる」点において両
者は一致するとした本件審決の認定に誤りはない。
(ウ)本件審決は「次のインク滴吐出のための一定傾斜の充電信号」
が,次のインク滴吐出のために圧力発生室を膨張させる信号であると
ともに,前のインク滴の吐出に付随して振動するメニスカスを減衰さ
せるための信号であるという2つの機能を兼ね備えた信号である点に
着目し,後者の機能が本願発明でいう「第3の信号」の機能に相当す
るものとして「本願発明及び引用発明は,インク滴吐出により発生し
たメニスカスの振動を減衰させるため,圧力発生室を拡大させるよう
に時間とともに変化する信号を有するという点で一致する。」と認定
したものであり,この点に誤りはない。
イ相違点の看過に対し
(ア)前述のとおり,本願発明及び引用発明は,いずれもヘルムホルツ
振動及びメニスカス振動の両振動の減衰を目的とするものであるか
ら,原告主張の相違点(1)は,この点において誤りである。
また,引用発明の圧力発生室が周期THのヘルムホルツ共振周波数
を備えていることが自明なことも,前述のとおりであるから,相違点(
1)は本願発明と引用発明との実質的な相違点とはいえない。
(イ)原告主張の相違点(2)は,本件審決の「相違点1」の判断において
検討されているから,相違点の看過はない。
なお,原告主張の相違点(2)のうち,「引用発明の第1の信号は最低
電位から電圧V0まで時間的に変化する信号である点」は,本件審決
が,相違点1で「引用発明における「圧力発生室を膨張させる一定傾
斜の充電電圧信号」及び「次のインク滴吐出のための一定傾斜の充電
電圧信号」はいずれも零電位から電圧V0まで上昇する信号」である
と認定している。
(ウ)本願発明の特許請求の範囲(請求項1)には,第3の信号を印加
する「前記インク滴吐出後に生じたメニスカスの振動が前記圧力発生
室側に最も引き込まれ,前記ノズル開口の側に転じる時点」が,第2
の信号が出力されてからヘルムホルツ共振周波数の周期THだけ経過
した時点であることは記載されていないから,原告主張の相違点(3)
は,特許請求の範囲(請求項1)の記載に基づかない主張である。
かえって,請求項1を引用して記載する請求項7(甲6)におい
て,「前記第2の信号が出力されてから前記第3の信号が出力される
までの経過時間がヘルムホルツ共振周波数の周期THと実質的に同一
の値に設定されている請求項1または請求項2に記載のインクジェッ
ト式記録装置。」と記載されていることからすれば,本願発明におけ
る「前記インク滴吐出後に生じたメニスカスの振動が前記圧力発生室
側に最も引き込まれ,前記ノズル開口の側に転じる時点」は,第2の
信号が出力されてからヘルムホルツ共振周波数の周期THだけ経過し
た時点以外の時点も含まれることがうかがわれる。
このように本願発明は,あくまで「前記インク滴吐出後に生じたメ
ニスカスの振動が前記圧力発生室側に最も引き込まれ,前記ノズル開
口の側に転じる時点」に「前記圧力発生室を拡大させるように前記中
間電位となるように時間とともに変化する第3の信号」を印加するも
のであり,この点は,本件審決の「相違点2」の判断において検討さ
れている。
したがって,相違点(3)を看過したとの原告の主張は理由がない。
(エ)原告主張の相違点(4)は,本件審決の「相違点1」の判断において
検討されているから,相違点の看過はない。
(2)取消事由2に対し
ア相違点1に係る判断の誤りに対し
(ア)本願発明の「中間電位」は,時間的に変化する第1の信号が変化
を開始する電位であり,かつ,時間とともに変化する第3の信号が到
達する電位にすぎない。すなわち,中間電位は,第1の信号によって
到達する最高電位と,第2の信号によって到達する最低電位の中間に
位置する電位でありさえすればよく,本願発明の「中間電位」は,次
のインク滴の大きさ(インク量)を決定するために適宜選択される電
位である旨の原告の主張は,特許請求の範囲(請求項1)の記載に基
づかない主張である。
また,「引き打形式のインクジェット式記録ヘッドを駆動するにあ
たり,中間電位から時間的に変化して圧力発生室を膨張させる第1の
信号と,膨張状態にある前記圧力発生室を収縮させてノズル開口から
インク滴を吐出させる時間とともに変化する第2の信号と,前記圧力
発生室を拡大させるように前記中間電位となるように時間とともに変
化する第3の信号とを1印字周期内に有する駆動信号を用いること」
が周知技術であることは,本件審決が例示した特開平2-25396
0号公報(甲9)及び特開昭63-153149号公報(甲10)以
外にも,特開昭56-113473号公報(乙1)からも明らかであ
る。
(イ)本願出願時に「メニスカスの振動」といえば,「ヘルムホルツ振
動」と「メニスカス振動」の両方を含んだものと,当業者は認識する
ものである。
本願明細書の発明の詳細な説明中には,「ヘルムホルツ振動」の記載
が多々あり,請求項1以外の請求項に「駆動信号の継続時間」と「ヘル
ムホルツ共振周波数周期TH」との関係が記載されている。
しかし,本願発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載において,「
メニスカスの振動」を「ヘルムホルツ振動」のみに限定する記載,すな
わち,「駆動信号の継続時間」と「ヘルムホルツ共振周波数周期TH」
との関係を明確に限定する記載がない以上,本願発明の「メニスカスの
振動」は,従来の様々な振動を意味するものと解さざるを得ない。ま
た,そもそも,この「メニスカスの振動」の用語から「ヘルムホルツ振
動」のみを認識できるものではない。
このように請求項1の記載には,「ヘルムホルツ振動」に特化し
て,この振動を抑制することの限定がされていない以上,インク滴吐
出後の「メニスカスの振動」を抑制すべく,駆動信号の組合せを選択
することは設計事項に属するものであって,引用発明に,「1印字周
期内に膨張・収縮・膨張の3つの信号を有する駆動信号を用いるこ
と」(甲9,10参照)及び「インク滴の吐出のための駆動信号とは
別に駆動信号を印加すること」(甲11,12参照)の各周知技術を
適用して本願発明に想到することは,当業者であれば容易になし得た
ものである。
(ウ)請求項1には,1印字周期の長さに関する発明特定事項について
の記載がない。原告は,本願発明がヘルムホルツ振動を減衰させるこ
とを目的としているのに対して,引用発明はメニスカス振動を減衰さ
せることを目的としている点を根拠として,両者の1印字周期は異な
る旨主張しているが,その前提が誤りであることは前述したとおりで
ある。
そして,「引き打形式のインクジェット式記録ヘッドを駆動するに
あたり,中間電位から時間的に変化して圧力発生室を膨張させる第1
の信号と,膨張状態にある前記圧力発生室を収縮させてノズル開口か
らインク滴を吐出させる時間とともに変化する第2の信号と,前記圧
力発生室を拡大させるように前記中間電位となるように時間とともに
変化する第3の信号とを1印字周期内に有する駆動信号を用いるこ
と」は周知技術であるから,引用発明において,本願発明のように,
1印字周期内に出力される第1の信号,第2の信号及び第3の信号を
駆動信号とすることは容易想到である。
また,特開平4-64446号公報(甲11)及び特開平4-33
9660号公報(甲12)に記載されたメニスカスの振動がヘルムホ
ルツ振動であるか,メニスカス振動であるかに関らず,「インク滴吐
出後のメニスカスの振動を抑制するため,インク滴吐出のための駆動
信号とは別に駆動信号を印加すること」は周知技術であるから,引用
発明における「次のインク滴吐出のための一定傾斜の充電電圧信
号」(2つの機能を兼ね備えたものであることは前記(1)ア(ウ)のとお
りである。)から,インク滴吐出により発生したメニスカスの振動を
減衰させるという機能を分離することが容易想到であるとした本件審
決の判断に誤りはない。
イ相違点2に係る判断の誤りに対し
(ア)本件審決は,相違点2について,「引用発明は,圧力発生室の膨
張に起因するメニスカスを後退させる力と,インク吐出後のメニスカ
スのノズル開口側に向かおうとする力とを相殺させることを目的とす
るものであるから,実際にメニスカスがノズル開口側へ移動を行って
いなくてもメニスカスにノズル開口側へ向かおうとする力が作用する
時点であれば,圧力発生室を膨張させることによってメニスカスの振
動を減衰させ得ることは当業者であれば容易に想到できることであ
る。そして,メニスカスがノズル開口の側に転じる時点(メニスカス
がノズル開口の側に移動し始める直前の時点)では,ノズル開口側へ
の移動が未だ始まっていないものの,メニスカスにノズル開口側へ向
かおうとする力は既に作用しているのであるから,当該時点において
圧力発生室を膨張させて,インク滴吐出により発生したメニスカスの
振動を減衰させることは,当業者であれば容易に想到できることであ
る。」(審決書9頁34行~10頁8行)と判断している。
つまり本件審決は,引用発明が,ノズル開口側へ向かおうとする力
を相殺する逆向きの力をメニスカスに与えることによってメニスカス
の振動を減衰させるものである点に着目し,メニスカスがノズル開口
の側に転じる時点(メニスカスがノズル開口の側に移動し始める直前
の時点)では,メニスカスにノズル開口側へ向かおうとする力が最も
大きく作用することから,この時点において逆向きの力をメニスカス
に与えることは容易に想到できると判断したのであり,この判断に誤
りはない。
また,本願発明における第3の信号の印加時間(印加が開始されて
から終了するまでの時間)をヘルムホルツ共振周波数の周期の半分の
時間とすることは,本願明細書には記載されていないし,特許請求の
範囲(請求項1)にも記載がない。
(イ)本願発明の特許請求の範囲(請求項1)には,第3の信号につい
て「前記インク滴吐出後に生じたメニスカスの振動が前記圧力発生室
側に最も引き込まれ,前記ノズル開口の側に転じる時点で前記圧力発
生室を拡大させるように前記中間電位となるように時間とともに変化
する」と記載されているにすぎず,第3の信号の印加タイミングとヘ
ルムホルツ振動周期との関係も,駆動パルス幅とヘルムホルツ振動周
期との関係も,何ら限定されていないのであるから,甲13等に関す
る原告の主張も,特許請求の範囲(請求項1)の記載に基づかない主
張である。
第4当裁判所の判断
1取消事由1(一致点の認定の誤り・相違点の看過)について
(1)原告は,本願発明と引用発明では,減衰させる振動対象が,本願発明で
はヘルムホルツ振動であるのに対し,引用発明ではメニスカス振動である
点で全く異なるものであり,引用発明は,圧力発生室が周期THのヘルム
ホルツ共振周波数(1/TH)を備えていることを何ら開示しておらず,
また,引用発明が開示する技術事項は,ヘルムホルツ共振周波数とは全く
関係しないから,本件審決が,本願発明と引用発明とが「周期THのヘル
ムホルツ共振周波数を備えた圧力発生室」を有する点で一致すると認定し
たことは誤りである旨主張する。
ア原告は,本願発明の第3の信号は,第1及び第2の信号によるメニス
カスのヘルムホルツ振動をこれと同期するように減衰させることによっ
て次のインク滴吐出に適した状態を現出させることを目的とするもので
あり,本願発明において減衰させる振動対象は,ヘルムホルツ振動のみ
である旨主張するので,まず,この点について判断する。
(ア)①本願発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,前記のとお
り,「ノズル開口,及びインク供給口を介して共通のインク室に連
通し,周期THのへルムホルツ共振周波数を備えた圧力発生室と,
該圧力発生室を膨張,収縮させる圧電振動子とからなるインクジェ
ット式記録ヘッドと,中間電位から時間的に変化して前記圧力発生
室を膨張させる第1の信号と,膨張状態にある前記圧力発生室を収
縮させて前記ノズル開口からインク滴を吐出させる時間とともに変
化する第2の信号と,前記インク滴吐出後に生じたメニスカスの振
動が前記圧力発生室側に最も引き込まれ,前記ノズル開口の側に転
じる時点で前記圧力発生室を拡大させるように前記中間電位となる
ように時間とともに変化する第3の信号とを1印字周期内に有する
駆動信号を出力する駆動信号発生手段と,からなるインクジェット
式記録装置。」である。
証拠(甲4,7,9,10)及び弁論の全趣旨によれば,請求項
1記載の「メニスカス」とは,「インクに含まれるインク溶媒が,
ノズルを通じて外気に晒されている部分」又は「ノズル開口により
露出したインクの表面状態」を意味するものと認められる。
そして,請求項1の記載によれば,メニスカスの振動はインク滴
吐出後に生じるものであること,第3の信号は,インク滴吐出後に
生じたメニスカスの振動が圧力発生室側に最も引き込まれ,ノズル
開口の側に転じる時点で出力され,圧力発生室を拡大させるように
中間電位となるように時間とともに変化するものであることが認め
られる。
②次に,請求項1には,第3の信号の出力する時点をメニスカスの
振動が圧力発生室側に最も引き込まれ,ノズル開口の側に転じる時
点とする理由について明示されていないものの,本願明細書(甲
4)に,「この実施例ではメニスカスの振動が圧力発生室3側に最
も引き込まれ,ノズル開口2の側に転じる時点で,駆動信号を電圧
VLから中間電位VMに向けて再び上昇するように設定しているの
で,圧電振動子9が再び充電されて圧力発生室3が微小膨張する。
この圧力発生室3の微小膨張によりノズル開口側に移動するように
反転したメニスカスが圧力発生室側に引き戻されるから,メニスカ
スはその運動エネルギを減じられてその振動を急速に減衰す
る。」(段落【0030】),「上述のようにインク吐出後に発生
するメニスカスの振動を抑制するためには,メニスカスの運動方向
と反対方向の力を圧力発生室3のインクに与えるのが望ましいか
ら,第3の信号(図7において③で示す信号)により圧力発生室3
を微小膨張させるタイミングは,インク吐出後に生じたメニスカス
の微小振動がノズル開口側に向かい始める時点(図7における時間
t2)が望ましい。」(段落【0031】)との記載があることから
すると,圧力発生室が膨脹(拡大)することにより,圧力発生室に
吸引力が発生し,メニスカスの振動を圧力発生室側に引き戻すよう
に作用することから,圧力発生室の膨脹(拡大)によるメニスカス
の振動の引き込み作用と,メニスカスの振動がノズル開口側に向か
って移動しようとするエネルギとを相殺することによって,メニス
カスの振動を減衰させることにあるものと認められる。
③インク滴の吐出後のメニスカスの振動の発生原因としては,イン
ク自体の流体力学的な振動(メニスカス振動)によるものと,圧力
発生室自体の機械的構造物としての振動(ヘルムホルツ振動)によ
るものとがあるところ(争いがない。),請求項1には,「前記イ
ンク滴吐出後に生じたメニスカスの振動」との記載があるだけで,
メニスカスの振動の発生原因については明示されていない。
また,請求項1には,第3の信号の出力時点(インク滴吐出後に
生じたメニスカスの振動が前記圧力発生室側に最も引き込まれ,前
記ノズル開口の側に転じる時点),出力目的(圧力発生室を拡大さ
せる),出力態様(中間電位となるように時間とともに変化する)
が記載されているものの,上記記載から,メニスカスの振動の発生
原因が特定されるものではない。
④以上の①ないし③を総合すれば,請求項1の記載から,本願発明
の第3の信号がインク滴吐出後に生じるメニスカスのヘルムホルツ
振動を減衰することを目的とし,本願発明において減衰させる振動
対象は,ヘルムホルツ振動のみであることを読み取ることはできな
いから,原告の前記主張は,特許請求の範囲(請求項1)の記載に
基づかないものとして採用することができない。かえって,請求項
1の「前記インク滴吐出後に生じたメニスカスの振動」は,当業者
は「ヘルムホルツ振動」及び「メニスカス振動」の両方を含んだも
のと認識するものと認められる。
(イ)これに対し原告は,請求項1が規定する「前記インク滴吐出後に
生じたメニスカスの振動が前記圧力発生室側に最も引き込まれ,前記
ノズル開口の側に転じる時点で前記圧力発生室を拡大させるように前
記中間電位となるように時間とともに変化する第3の信号」の印加タ
イミングは,本願明細書(甲4)の段落【0032】に記載のとおり
第2の信号が印加されて圧力発生室が収縮された時点からちょうどヘ
ルムホルツ振動周期THだけ経過した時点であり,ヘルムホルツ振動
により圧力発生室が収縮に転じるタイミングに同期した時点であるか
ら,本願発明がヘルムホルツ振動の制振に関する発明であることは,
請求項1の記載に基づくものであり,また,本願明細書の段落【00
09】~【0012】,【0026】,【0027】,【0030】
~【0032】,【0047】~【0056】等の記載に照らして
も,本願発明における駆動信号(第1ないし第3の信号)が,ヘルム
ホルツ振動と関連づけられたものであり,本願発明は,ヘルムホルツ
振動に基づく「メニスカスの運動エネルギ」を減じることによってメ
ニスカスの振動を減衰させ,次のインク滴吐出に適した状態を現出さ
せることを目的とするものであることは明らかである旨主張する。
しかし,本願明細書の上記各段落の記載は,いずれも,本願発明の
実施例について説明したものにすぎず,原告の上記主張は,特許請求
の範囲(請求項1)の記載に基づくものではない。また,本願明細書
の段落【0047】に「次に,前述のタイミング発生回路36を,記
録ヘッドの仕様や,環境温度の変化に拘らず印字品質を一定に保つよ
うに積極的に使用した第3の実施例について説明する。前述したよう
にインク滴が吐出すると,図7に示したようにノズル開口2内のメニ
スカスが振動を開始するが,この振動周波数は,ヘルムホルツ共振の
周波数FHに支配され,またヘルムホルツ共振の周波数FHは個々の
記録ヘッドの製造公差やインクの物性に依存する。」との記載があ
り,上記段落中には,第3の実施例におけるインク滴吐出後のノズル
開口2内のメニスカスの振動の「振動周波数は,ヘルムホルツ共振の
周波数FHに支配され」るとの記載があるものの,一方で,「またヘ
ルムホルツ共振の周波数FHは個々の記録ヘッドの製造公差やインク
の物性に依存する。」との記載があることによれば,ヘルムホルツ共
振の周波数FHは個々の記録ヘッドの製造公差やインクの物性に依存
するものと認められるが,ヘルムホルツ共振の周波数FHの具体的な
制御方法については,請求項1に明確な記載はない。
したがって,原告の上記主張は,特許請求の範囲(請求項1)の記
載に基づくものではないから,採用することができない。
イ次に,原告は,引用発明は,圧力発生室が周期THのヘルムホルツ共
振周波数(1/TH)を備えていることを何ら開示しておらず,また,
引用例の段落【0021】に記載の「インクの物性値,圧力発生室15
の寸法,これを構成している部材の寸法で定まる固有の振動周期でもっ
て残留振動」は,液体力学的な「メニスカス振動」そのものであるこ
と,段落【0003】,【0005】,【0030】,【0039】,
【0040】,【0047】,図5等の記載によれば,引用例に開示さ
れているのは「メニスカス振動」の制振についての技術内容にすぎず,
ヘルムホルツ共振周波数とは全く関係しないから,引用発明において減
衰させる振動対象は,メニスカス振動のみであり,引用発明が「周期T
Hのヘルムホルツ共振周波数を備えた圧力発生室」を有するものではな
い旨主張する。
(ア)①引用例(甲7)には,「【従来の技術】・・・このように印刷
タイミング信号に対応して圧力発生室の圧力を変化させる関係上,
圧力発生室自体の機械的構造物としての振動と,インク自体の流体
力学的な振動が生じ,インク滴形成後にノズル開口近傍のメニスカ
スがノズル開口側と圧力発生室側との間を往復動する振動を起こ
す。この結果,圧力発生室に同一の圧力変化を発生させたとして
も,ノズル開口近傍に形成されているメニスカスのノズル開口に対
する位置によって吐出するインク滴は,その大きさや飛翔速度が異
なり,印刷品質に変動を来すという問題を抱えている。」(段落【
0002】),「【発明が解決しようとする課題】本発明はこのよ
うな問題に鑑みてなされたものであって,その目的とするところ
は,圧力発生室の振動やインクの流体力学的振動に関りなく,メニ
スカスが常に所定の状態になったときにインク滴を形成することが
できる新規なインクジェット式記録装置を提供することであ
る。」(段落【0003】)の記載がある。
上記各記載及び「圧力発生室自体の機械的構造物としての振動」
は「ヘルムホルツ振動」を,「インク自体の流体力学的な振動」
は「メニスカス振動」をそれぞれ意味すること(前記ア(ア)③)に
よれば,引用発明は,インク滴形成後にノズル開口近傍のメニスカ
スがノズル開口側と圧力発生室側との間を往復動する振動を起こす
結果,圧力発生室に同一の圧力変化を発生させたとしても,メニス
カスのノズル開口に対する位置が定まらず,吐出するインク滴の大
きさや飛翔速度が異なり,印刷品質に変動を来すという課題に対
し,圧力発生室の振動(ヘルムホルツ振動)やインクの流体力学的
振動(メニスカス振動)に関りなく,メニスカスが常に所定の状態
になったときにインク滴を形成することができるようにし,メニス
カスの振動を減衰することを目的とするものであることが認められ
る。
②次に,本願発明及び引用発明が「ノズル開口,及びインク供給口
を介して共通のインク室に連通する圧力発生室と,該圧力発生室を
膨張,収縮させる圧電振動子とからなるインクジェット式記録ヘッ
ドと,時間的に変化して前記圧力発生室を膨張させる第1の信号
と,膨張状態にある前記圧力発生室を収縮させて前記ノズル開口か
らインク滴を吐出させる時間とともに変化する第2の信号とを有す
る駆動信号を出力する駆動信号発生手段と,からなるインクジェッ
ト式記録装置」である限度で一致することは原告も認めており,引
用発明が上記の構成を有することは当事者間に争いがない。
そして,引用例(甲7)には,「最初のドットの印刷時点で,端
子42の印刷タイミング信号に一致して,第1のアンドゲート40
からの充電トリガ信号がセレクタ46を介して充電信号生成回路4
8に入力すると,これを受けて充電信号生成回路48からは,パル
ス幅Pwcの充電信号Pcが駆動信号発生回路49の端子IN1に出力
される。これにより駆動信号発生回路49は,時間T1から一定傾斜
の充電電圧信号を出力する。この充電電圧信号は,各圧電振動子8
に出力される・・・」(段落【0032】),「充電を受ける圧電
振動子8は,前述したように一定の速度で収縮して圧力発生室15
を一定の速度で膨張させる。このようにして充電信号Pcのパルス幅
Pwcに一致する時間が経過した段階(T2)では電源電圧V0まで十
分充電がなされ,以降この電圧V0が保持される。」(段落【00
33】),「第1のアンドゲート40から充電トリガ信号が出力し
た時点から第1の遅延回路50で規定される時間が経過した段階(
T3)で,第1の遅延回路50が放電トリガ信号を放電信号生成回路
51に出力する。この放電トリガ信号を受けて,放電生成回路51
はパルス幅Pwdの放電信号Pdを駆動信号発生回路49の端子IN2
に出力する。これにより駆動信号発生回路49は一定傾斜の放電電
圧信号を発生する。これにより圧電振動子8に蓄積された電荷は,
一定速度で放電されて,圧電振動子8は,一定速度で伸張する。圧
力発生室15は,圧電振動子8の伸張に一致して収縮し,ノズル開
口2よりインク滴を吐出する。」(段落【0034】),「放電信
号Pdのパルス幅により規定される時間が経過した時点(T4)で,
放電終了検出回路52は放電信号の立ち下がりを検出して信号を出
力する。この信号は第2の遅延回路53により所定時間ΔTだけ遅
延され,フリップフロップ47のリセット端子Rに入力してこれを
リセットするのでセレクタ46の端子SはLレベルになり,以降セ
レクタ46は第2のアンドゲート45の出力を選択することにな
る。」(段落【0035】),「同時に第2のアンドゲート45に
も入力する第2の遅延回路53の出力信号は,そのまま充電トリガ
信号として充電信号生成回路48に出力される。これによりメニス
カスがノズル開口側へ移動を行っている領域(図5中符号aにより
示す領域)のT1’時点で充電信号生成回路48から充電信号Pcが
出力することになる。」(段落【0036】),「この充電信号P
cで圧電振動子8の収縮を開始する時点は,直前のインク滴形成に
伴ってメニスカスが振動状態で,しかもメニスカスが圧力発生室1
5からノズル開口2に向かう運動を行っているので,この時点で充
電信号Pcにより圧力発生室15を膨張させると,この膨張に起因す
るメニスカスを後退させる力は,前記インク吐出後のメニスカスの
ノズル開口側に向かおうとする力と相殺されることになる。したが
って,メニスカスは圧力発生室15の膨脹に起因する後退量が極め
て小さくなり,速やかにノズル開口に復帰する。」(段落【003
7】)との記載がある。
上記各記載によれば,引用例においては,「メニスカスがノズル
開口側へ移動を行っている領域(図5中符号aにより示す領域)の
T1’時点で充電信号生成回路48から充電信号Pc」(段落【00
36】)(次のインク滴吐出の準備のための圧力発生室を膨張させ
る信号)が出力され,この充電電圧信号は,圧力発生室15を膨張
させ,「この膨張に起因するメニスカスを後退させる力」と,「前
記インク吐出後のメニスカスのノズル開口側に向かおうとする力と
相殺」させるように作用するものであること(段落【0037】)
が認められる。
そして,引用発明は,「ヘルムホルツ振動」,「メニスカス振
動」に関りなく,メニスカスの振動を減衰させることを目的とする
ものであって,メニスカス振動のみの減衰を目的とするものではな
いことは,先に説示したとおりであるから,引用発明の第1の信
号(次のインク滴吐出の準備のための圧力発生室を膨張させる信
号)は,メニスカス振動か,ヘルムホルツ振動かいずれの振動が要
因であるかに関りなく,振動するメニスカスがノズル開口側へ移動
を行っている領域で上記圧力発生室を膨張させる信号であることが
認められる。
③そうすると,引用発明は,「ヘルムホルツ振動」,「メニスカス
振動」に関りなく,メニスカスを常に所定の状態に保つことを目的
とするものであるから,引用発明において減衰させる振動対象は,
メニスカス振動のみであるとの原告の主張は採用することはできな
い。
(イ)次に,前記(ア)②のとおり,引用発明は,「ノズル開口,及びイ
ンク供給口を介して共通のインク室に連通する圧力発生室と,該圧力
発生室を膨張,収縮させる圧電振動子とからなるインクジェット式記
録ヘッド」の構成を有する点で本願発明と一致すること,本願明細
書(甲4)の段落【0009】の記載によれば,本願発明の圧力発生
室のヘルムホルツ周波数(FH)は,「FH=1/2π×√{(Mn+
Ms)/(Ci+Cv)(Mn×Ms)}」(ただし,Mnはノズル開口
のイナータンス,Msはインク供給口のイナータンス,Ciは圧力発生
室のインクの圧縮性に起因する流体コンプライアンス,Cvはノズルプ
レート等の材料自体の固体コンプライアンス)の算式で得られること
が認められることからすれば,引用発明の圧力発生室は,「周期TH
のヘルムホルツ共振周波数」を有していることが認められる。
そうすると,引用発明が「周期THのヘルムホルツ共振周波数を備
えた圧力発生室」を有するものではない旨の原告の主張は採用するこ
とができない。
ウ以上によれば,本件審決が,本願発明と引用発明とが「周期THのヘ
ルムホルツ共振周波数を備えた圧力発生室」を有する点で一致すると認
定したことに誤りはないから,その誤りをいう原告の主張は理由がな
い。
(2)原告は,本願発明の第3の信号は,インク滴吐出により発生するメニス
カス振動を減衰させるものではなく,第1の信号及び第2の信号の印加に
より圧力発生室がヘルムホルツ振動するため,当該ヘルムホルツ振動を減
衰させるものであるのに対し,引用発明の「次のインク滴吐出のための圧
力発生室を拡大させるように時間と共に変化する信号」は,直前のインク
滴吐出により発生したメニスカス振動を減衰させるように作用するもので
あって,ヘルムホルツ振動を減衰するためのものではないから,本件審決
が,本願発明と引用発明とが「インク滴吐出により発生したメニスカスの
振動を減衰させるため,圧力発生室を拡大させるように時間とともに変化
する信号」を有する点で一致すると認定したことは誤りである旨主張す
る。
しかしながら,本願発明の第3の信号がインク滴吐出後に生じるメニス
カスのヘルムホルツ振動を減衰することを目的とし,本願発明において減
衰させる振動対象は,ヘルムホルツ振動のみであるとの原告の主張を採用
することはできないこと,引用発明の「次のインク滴吐出のための圧力発
生室を拡大させるように時間と共に変化する信号」(次のインク滴吐出の
準備のための圧力発生室を膨張させる信号)は,メニスカス振動か,ヘル
ムホルツ振動かいずれの振動が要因であるかにかかわらず,振動するメニ
スカスがノズル開口側へ移動を行っている領域で上記圧力発生室を膨張さ
せる信号であることは先に説示したとおりであるから,原告の上記主張
は,その前提を欠くものとして,採用することができない。
(3)さらに,原告は,本願発明は,圧力発生室を膨張させる第1の信号,こ
れを収縮させてインク滴を吐出させる第2の信号及びヘルムホルツ振動を
減衰させる第3の信号を駆動信号発生手段から出力するものであるのに対
し,引用発明は,圧力発生室を膨張させる信号及びこれを収縮させてイン
ク滴を吐出させる信号のみからなり,次のインク滴吐出のための圧力発生
室を膨張させる信号が,前のインク滴吐出によって発生したメニスカス振
動を減衰させる作用をするにすぎないから,本件審決が,引用発明におい
て本願発明と同様の3種の信号を有するものとして,本願発明及び引用発
明の一致点を認定したことも誤りである旨主張する。
しかしながら,原告の上記主張は,前記(2)で説示したところと同様の理
由により,採用することができない。
(4)原告は,本件審決が本願発明と引用発明の一致点の認定を誤った結果,
相違点(1)ないし(4)を看過した誤りがある旨主張する。
アしかしながら,本件審決の本願発明と引用発明の一致点の認定に誤り
があるとの原告の主張が理由のないことは前記(1)ないし(3)で説示した
とおりである。
また,原告主張の相違点(1),(3)は,いずれも,減衰させる振動対象
が,本願発明ではヘルムホルツ振動のみであるのに対し,引用発明では
メニスカス振動のみであることを前提するものであるが,上記前提が認
められないことは先に説示したとおりである。
さらに,原告主張の相違点(2),(4)は,本件審決認定の「相違点1」
に実質的に含まれるものであるから,本件審決が上記相違点を看過した
ものということはできない(なお,原告主張の相違点(2)のうち,「引用
発明の第1の信号は最低電位から電圧V0まで時間的に変化する信号で
ある点」は,本件審決が,相違点1において,「引用発明における「圧
力発生室を膨張させる一定傾斜の充電電圧信号」及び「次のインク滴吐
出のための一定傾斜の充電電圧信号」はいずれも零電位から電圧V0ま
で上昇する信号」であると認定しているものと解される。そして,引用
例(甲7)には,「なお,充電信号Pcのパルス幅Pwcは,コンデンサ2
4を電圧端子VHの電位V0まで充電できるに十分な時間に設定されてい
る。」(段落【0013】),「なお,放電信号Pdのパルス幅Pwdは,
コンデンサ24を零電位まで放電させるに十分な時間に設定されてい
る。」(段落【0017】),「充電を受ける圧電振動子8は,前述し
たように一定の速度で収縮して圧力発生室15を一定の速度で膨張させ
る。このようにして充電信号Pcのパルス幅Pwcに一致する時間が経過し
た段階(T2)では電源電圧V0まで十分充電がなされ,以降この電圧V
0が保持される。」(段落【0033】),「これにより駆動信号発生
回路49は一定傾斜の放電電圧信号を発生する。これにより圧電振動子
8に蓄積された電荷は,一定速度で放電されて,圧電振動子8は,一定
速度で伸張する。圧力発生室15は,圧電振動子8の伸張に一致して収
縮し,ノズル開口2よりインク滴を吐出する。」(段落【0034】)
との記載があり,これらの記載と引用例の図4,5によれば,「コンデ
ンサ24」の電圧が「圧電振動子8」に印加されること,「コンデンサ
24」が零電位であれば,「圧電振動子8」に印加される信号も零電位
であることが認められる。したがって,本件審決が,相違点1におい
て,引用発明における「一定傾斜の充電電圧信号」及び「次のインク滴
吐出のための一定傾斜の充電電圧信号」は,ともに「零電位から電圧V
0まで上昇するもの」と認定したことに誤りはない。)。
イしたがって,本件審決に相違点を看過した誤りがある旨の原告の主張
は採用することができない。
(5)以上のとおりであるから,原告主張の取消事由1は理由がない。
2取消事由2(相違点1,2についての判断の誤り)について
(1)相違点1に係る判断の誤りの有無
ア原告は,本願発明の「中間電位」は,次のインク滴の大きさ(インク
量)を決定するために適宜選択される電位であるから(本願明細書の段
落【0040】~【0046】等),本件審決がいうように中間電位か
ら圧力発生室を膨張させたり収縮させたりする信号において,中間電位
から又は中間電位まで変化させる技術が存在するとしても,本願発明の
ように,この中間電位を調整してインク滴のインク量を変えてドットサ
イズを調整するように構成することは到底できない旨主張する。
しかしながら,請求項1の記載によれば,本願発明の第1の信号は,
中間電位から時間的に変化して圧力発生室を膨張させるものであるこ
と,第3の信号が前記中間電位となるように時間とともに変化するもの
であることが規定されているものの,請求項1中には,本願発明の「中
間電位」が,次のインク滴の大きさ(インク量)を決定するために適宜
選択される電位であることやインク吐出量を制御するものであるとの記
載はないこと,原告が引用する本願明細書(甲4)の段落【0040】
~【0046】の各記載は,いずれも本願発明の実施例について説明し
たものにすぎないことに照らすと,本願発明の「中間電位」は,次のイ
ンク滴の大きさ(インク量)を決定するために適宜選択される電位であ
るとの点は特許請求の範囲(請求項1)の記載に基づくものではないか
ら,原告の上記主張は,その前提を欠くものとして採用することができ
ない。
イ原告は,①本願発明の第1ないし第3の信号は,圧力発生室のヘルム
ホルツ振動に関連づけられたものであって,ヘルムホルツ振動における
極めて制限された範囲で,第1ないし第3の信号を1印字周期内に出力
させるものとする本願発明は,引用発明とは全く異なるものであり,ま
た,そもそも,引用発明には,ヘルムホルツ振動を減衰させるという思
想はなく,引用発明の2つの信号からなる駆動信号を,3つの信号から
なる駆動信号としたとしても,それは,「メニスカス振動」を減衰させ
るための信号と次のインク滴を吐出するための圧力発生室を膨張させる
信号になるにすぎず,本願発明のヘルムホルツ振動に関連した3つの信
号とすることはできないから,引用発明において,2つの信号からなる
駆動信号に代えて,「第1の信号」,「第2の信号」及び「第3の信
号」という3つの信号からなる駆動信号を採用することは設計事項であ
るとはいえない,②本願発明の第3の信号は,最低電位から中間電位ま
で時間的に変化する信号であるところ,この中間電位は,次のインク滴
の吐出量を制御するために適宜選択される電位であるから,引用発明
の「次のインク滴吐出のための一定傾斜の充電電圧信号」を,第1の信
号から分離して,本願発明の第3の信号とすることは容易ではない旨主
張する。
(ア)しかしながら,本願発明の第3の信号がインク滴吐出後に生じる
メニスカスのヘルムホルツ振動を減衰することを目的とし,本願発明
において減衰させる振動対象は,ヘルムホルツ振動のみであるとの原
告の主張を採用することはできないこと,引用発明の「次のインク滴
吐出のための圧力発生室を拡大させるように時間と共に変化する信
号」(次のインク滴吐出の準備のための圧力発生室を膨張させる信
号)は,メニスカス振動か,ヘルムホルツ振動かいずれの振動が要因
であるかにかかわらず,振動するメニスカスがノズル開口側へ移動を
行っている領域で上記圧力発生室を膨張させる信号であること,本願
発明の中間電位は,次のインク滴の吐出量を制御するために適宜選択
される電位であるとの原告の主張を採用することはできないことは先
に説示したとおりであり,原告の主張に係る上記①,②は,この点に
おいて理由がない。
(イ)そして,本件審決が認定(審決書8頁26行~34行)するよう
に「引き打形式のインクジェット式記録ヘッドを駆動するにあたり,
中間電位から時間的に変化して圧力発生室を膨張させる第1の信号
と,膨張状態にある前記圧力発生室を収縮させてノズル開口からイン
ク滴を吐出させる時間とともに変化する第2の信号と,前記圧力発生
室を拡大させるように前記中間電位となるように時間とともに変化す
る第3の信号とを1印字周期内に有する駆動信号を用いる」ことは,
本願に係る優先日前周知であることが認められる(甲9,甲10,乙
1)。このような周知技術を,引用例の2つの信号からなる駆動信号
に代えて用いることは当業者ならば適宜行い得たというべきである
また,乙1(特開昭56-113473号公報)に,「スタート時
にゼロボルト電圧から始まり,続いて負極性の波形となり,その後に
正極性の波形となる形の正弦波を用いる。・・・前記正弦波における
負極性成分の頂点から正極性成分の頂点までの波形の立上りの際に前
記インク室内容積の減少に伴なって噴出圧が発生し前記噴出ノズル孔
からインク滴が噴出される。それに続いて,前記正極性成分の頂点か
らゼロボルト電圧まで降下する波形の立下りの際に,インク室内容積
は増大して行き,それに伴なってインク室内へのインクの吸入行程が
進行する。この時,インクタンクからインク供給ノズルを介してイン
ク室内へインクが充てんされる作用と共に,インク噴出ノズルからイ
ンク室内へのインクの逆流作用が発生する。」(2頁左上欄13行~
右上欄12行)と記載されているとおり,上記周知技術において
は,「膨張状態にある前記圧力発生室を収縮させてノズル開口からイ
ンク滴を吐出させる時間とともに変化する第2の信号」に続く,「前
記圧力発生室を拡大させるように前記中間電位となるように時間とと
もに変化する第3の信号」によって,「インクタンクからインク供給
ノズルを介してインク室内へインクが充てんされる作用と共に,イン
ク噴出ノズルからインク室内へのインクの逆流作用」が生じることも
当業者に明らかであるものと認められる。
(ウ)次に,引用例(甲7)には,「すなわち,圧電振動子の残留振動
に起因して振動するメニスカスが,ノズル開口側に移動している状態
で,印刷タイミング信号が出力された場合,圧力発生室15の膨張に
よる陰圧を受けてメニスカスを圧力発生室側に移動させようとする力
が発生するが,前記残留振動に起因するノズル開口の外側に移動する
メニスカス自身の力のため,両者が相殺し合うことになり,上記陰圧
の作用が可及的に減じられてメニスカスが速やかにノズル開口側に戻
ることになる。ついで,圧電振動子の電荷が一定の速度で放電されて
圧電振動子が膨張すると,メニスカスが可及的にノズル開口側に位置
した状態でインク滴の形成が行なわれることになるから,所要のイン
ク滴の体積を得ることができる。その時一般には飛翔速度が小さくな
る。」(段落【0023】),「一方,残留振動に起因して振動する
メニスカスが,圧力発生室側に移動している状態で,印刷タイミング
信号が出力された場合,圧力発生室の膨張にる陰圧を受けてメニスカ
スを圧力発生室側に移動しようとところに,さらに前記残留振動に起
因する移動が重なって,メニスカスが圧力発生室の奥側に移動し,ノ
ズル開口への復帰が遅れることになる。ついで,圧電振動子の電荷が
一定の速度で放電されて圧電振動子が膨張すると,メニスカスがノズ
ル開口から圧力発生室側に引き込んだ状態でインク滴の形成が行なわ
れることになるから,インク滴の体積が小さくなり,飛翔速度が大き
くなる。」(段落【0024】),「第2の遅延回路53に設定され
ている遅延時間は,放電が終了した時点,つまりノズル開口からのイ
ンク滴の吐出が終了し,これに付随して生じるメニスカスの振動がノ
ズル開口側に移動を開始した時点で,第2のアンドゲート45から充
電トリガ信号が出力するように,放電終了時点から時間ΔTだけ遅延
した時間が設定されている。」(段落【0030】),「この充電信
号Pcで圧電振動子8の収縮を開始する時点は,直前のインク滴形成に
伴ってメニスカスが振動状態で,しかもメニスカスが圧力発生室15
からノズル開口2に向かう運動を行っているので,この時点で充電信
号Pcにより圧力発生室15を膨張させると,この膨張に起因するメニ
スカスを後退させる力は,前記インク吐出後のメニスカスのノズル開
口側に向かおうとする力と相殺されることになる。したがって,メニ
スカスは圧力発生室15の膨張に起因する後退量が極めて小さくな
り,速やかにノズル開口に復帰する。」(段落【0037】)との記
載がある。
これらの記載によれば,圧力発生室の膨張による陰圧を受けてメニ
スカスを圧力発生室側に移動しようとするところに,残留振動に起因
する圧力発生室側への移動が重なると,メニスカスのノズル開口への
復帰が遅れること,メニスカスが圧力発生室15からノズル開口2に
向かう運動を行っている時点で圧力発生室15を膨張させると,メニ
スカスは圧力発生室15の膨張に起因する後退量が極めて小さくな
り,速やかにノズル開口に復帰すること,上記充電信号Pcが,メニス
カスの振動を減衰させる機能を果たすものであり,この機能の実現の
ためには,上記充電信号Pcの印加タイミングが重要であることが認め
られる。
そうすると,上記充電信号Pcは,メニスカスの振動を減衰させる機
能と,圧力発生室15を膨張させてインクを引き込む機能を果たすも
のであることは明らかであるところ,インク滴吐出後のメニスカスの
振動を抑制するため,インク滴吐出のための駆動信号とは別の(抑制
専用の)駆動信号を印加することは,本願に係る優先日前周知である
から(甲11,12),引用発明における「次のインク滴吐出のため
の一定傾斜の充電電圧信号」から,インク滴吐出により発生したメニ
スカスの振動を減衰させるという機能を分離して,この機能を別の(
抑制専用の)駆動信号によって実現することは,設計事項にすぎない
ものであり,当業者であれば容易に想到できることであると認められ
る。
(エ)したがって,引用発明及び前記各周知技術に基づいて相違点1に
係る本願発明の構成を容易想到と判断した本件審決に誤りはない。
ウ原告は,①インク滴吐出後のメニスカスの振動を抑制するため,イン
ク滴吐出のための駆動信号とは別に駆動信号を印加する従来技術(甲1
1,12)は,いずれも「メニスカス振動」の減衰に関するものであ
り,引用発明の「メニスカス振動」に関連した各信号を,本願発明の「
ヘルムホルツ振動」に関連した信号とし,かつ,本願発明の第1ないし
第3の信号とする発明に至ることは容易ではないこと,②引用例におけ
る「次のインク滴吐出のための一定の傾斜の充電電圧信号」は1印字周
期内になく,引用例から1印字周期内に3つの信号を要するとする本願
発明に容易に至るものではないこと,③引用発明における「次のインク
滴吐出のための一定傾斜の充電電圧信号」から,インク滴吐出後に発生
したメニスカスの振動を減衰させるという機能を分離する必然性は全く
ないことを挙げて,本件審決が,引用発明に周知技術を適用し,相違点
1に係る発明特定事項とすることは,当業者であれば容易に想到できる
と判断したのは誤りである旨主張する。
しかしながら,上記①は,本願発明において減衰させる振動対象がヘ
ルムホルツ振動のみであるとの主張を前提とするものであり,その主張
を採用できないことは既に説示したとおりであり,また,上記②及び③
については,上記イにおいて判断したとおり,本件審決が相違点1に係
る本願発明の構成を容易想到と判断したことに誤りはなく,原告の上記
主張は採用することができない。
(2)相違点2に係る判断の誤りの有無
ア原告は,本願発明では,第3の信号を例えばヘルムホルツ共振周期の
半分の時間だけ印加すれば,完全な逆位相を重畳できるピンポイントの
タイミングを設定しているのに対し,引用発明では,「メニスカス振動
するメニスカスが前記ノズル開口側へ移動を行っている領域」という広
い時間帯における印加タイミングを規定しているにすぎず,相違点2に
係る本願発明の構成を引用発明から想起することはできない旨主張す
る。
しかしながら,本願発明の第3の信号がインク滴吐出後に生じるメニ
スカスのヘルムホルツ振動を減衰することを目的とし,本願発明におい
て減衰させる振動対象は,ヘルムホルツ振動のみであるとの原告の主張
を採用することができないことは,先に説示したとおりであり,また,
請求項1には,原告が主張するような第3の信号の印加タイミングとヘ
ルムホルツ振動周期との関係などについて記載されていないのであるか
ら,原告の上記主張は,その前提を欠き,採用することができない。
イまた,原告は,本願発明における第3の信号の印加タイミングの設定
は,印刷時のインク滴の正常な飛翔やインクミストの発生を防ぐために
非常に重要なポイントであり,引用発明から,第3の信号の印加時点を
インク滴吐出後に生じたメニスカスの振動が圧力発生室側に最も引き込
まれたノズルの開口の側に転じる時点とする本願発明の構成に至ること
は容易ではない旨主張する。
しかしながら,引用例(甲7)には,「同時に第2のアンドゲート4
5にも入力する第2の遅延回路53の出力信号は,そのまま充電トリガ
信号として充電信号生成回路48に出力される。これによりメニスカス
がノズル開口側へ移動を行っている領域(図5中符号aにより示す領
域)のT1’時点で充電信号生成回路48から充電信号Pcが出力するこ
とになる。」(段落【0036】)との記載がある。
上記記載及び引用例の図5に符号aによって示された領域とを合わせ
みると,インク滴吐出後に生じたメニスカスの振動が圧力発生室側に最
も引き込まれ,ノズル開口の側に転じる時点は,上記領域の起点となる
ものと解される。
そうすると,引用発明における領域は,インク滴吐出後に生じたメニ
スカスの振動が圧力発生室側に最も引き込まれ,ノズル開口の側に転じ
る時点(上記領域の起点)を含むものであるから,相違点2は実質的な
相違点ではないということができる。
仮にそうでないとしても,「引用発明は,圧力発生室の膨張に起因す
るメニスカスを後退させる力と,インク吐出後のメニスカスのノズル開
口側に向かおうとする力とを相殺させることを目的とするものであるか
ら,実際にメニスカスがノズル開口側へ移動を行っていなくてもメニス
カスにノズル開口側へ向かおうとする力が作用する時点であれば,圧力
発生室を膨張させることによってメニスカスの振動を減衰させ得ること
は当業者であれば容易に想到できることである。」,「そして,メニス
カスがノズル開口の側に転じる時点(メニスカスがノズル開口の側に移
動し始める直前の時点)では,ノズル開口側への移動が未だ始まってい
ないものの,メニスカスにノズル開口側へ向かおうとする力は既に作用
しているのであるから,当該時点において圧力発生室を膨張させて,イ
ンク滴吐出により発生したメニスカスの振動を減衰させることは,当業
者であれば容易に想到できることである。」(審決書9頁34行~10
頁8行)とした本件審決の判断は,十分是認できるものである。
したがって,いずれにしても,引用発明から相違点2に係る本願発明
の構成に至ることが容易でない旨をいう原告の主張は採用することがで
きない。
(3)以上のとおりであるから,原告主張の取消事由2も理由がない。
3結論
以上のとおり,原告主張の取消事由には理由がなく,他に本件審決を取り
消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,主
文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官佐藤久夫
裁判官大鷹一郎
裁判官嶋末和秀

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