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平成21年11月19日判決言渡
平成21年(行ケ)第10157号審決取消当事者参加事件(被参加事件平成
20年(行ケ)第10456号)
口頭弁論終結日平成21年10月13日
判決
当事者参加人三星モバイルディスプレイ株式会社
訴訟代理人弁護士中島和雄
同長沢幸男
訴訟代理人弁理士志賀正武
同船山武
同佐伯義文
同高橋詔男
同渡邉隆
被告特許庁長官
指定代理人村田尚英
同北川清伸
同廣瀬文雄
同酒井福造
脱退原告三星エスディアイ株式会社
主文
1特許庁が訂正2006−39153号事件について平成20年9月
17日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
1被参加事件の原告である三星エスディアイ株式会社(脱退原告)は,日本電
,「」気株式会社から発明の名称を多色発光有機ELパネルおよびその製造方法
とする特許第3206646号(出願日平成10年1月22日,登録日平成
13年7月6日,請求項の数7。以下「本件特許」という)を譲り受け,平成
16年3月29日その移転登録を受けていたところ,第三者からの特許異議の
申立てに基づき特許庁が平成18年2月2日付けで全請求項につき特許取消決
定をしたことからその取消しを求める訴訟を当庁に提起した平成18年行,((
ケ)第10275号。同事件は平成21年(行ケ)第10249号特許取消
決定取消参加事件として当庁に係属中。)
2その後,脱退原告は,平成18年9月13日付けで本件特許の請求項1∼7
につき特許請求の範囲の記載を訂正する内容の訂正審判請求(訂正2006−
39153号。本件訂正審判請求事件)をしたが,特許庁が平成19年2月1
6日付けで請求不成立の審決(第1次審決)をしたことから,当庁に対しその
取消しを求める訴訟を提起した(平成19年(行ケ)第10163号。)
知的財産高等裁判所は,上記訴訟について審理した上,平成20年5月28
,(),日上記審決は違法であるとしてこれを取り消す旨の判決第1次判決をし
同判決は確定した。
3そこで,本件訂正審判請求事件は再び特許庁で審理されることとなったが,
特許庁は,平成20年9月17日,訂正不可分等を理由として,再び請求不成
立の審決(第2次審決・以下「本件審決」ということがある)をしたことか。
ら,脱退原告は,当庁に対し本件審決の取消しを求める訴訟を提起した(被参
加事件。)
4そして,被参加事件係属中の平成21年6月15日,当事者参加人が脱退原
告から会社分割の方法により上記特許権を承継したとして,被告を相手方とし
て当事者参加申出をしたのが本件訴訟(平成21年(行ケ)第10157号)
である。
なお,脱退原告は,平成21年6月30日の本件第4回弁論準備手続期日に
,()。おいて被告及び当事者参加人の承諾を得て訴訟被参加事件から脱退した
5争点は,平成20年5月28日になされた第1次判決の確定後に言い渡され
た最高裁平成20年7月10日第一小法廷判決(平成19年(行ヒ)第318
号民集62巻7号1905頁)との関係で,平成20年9月17日になされ
た本件審決(第2次審決)が前記第1次判決の拘束力(行訴法33条1項)に
反するか,である。
第3当事者の主張
1請求原因
()特許庁等における手続の経緯1
ア特許登録
(ア)日本電気株式会社は,平成10年1月22日,名称を「多色発光有
機ELパネルおよびその製造方法」とする発明につき特許出願し,平成
(。)13年7月6日に特許第3206646号本件特許特許公報は甲1
として設定登録を受けた(請求項の数7。)
(イ)上記登録時の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。
【請求項1】少なくとも一方が透明または半透明の対向する,かつ,互
いに直交するストライプ状の電極間に,各色に対応して異なる波長を
発光する有機発光層,および電子輸送層を有する多色発光有機ELパ
ネルにおいて,
前記有機発光層同士は隣接する全ての画素間で互いに分離してお
り,前記電子輸送層は前記隣接する全ての画素間で隙間なく形成され
ていると共に前記有機発光層同士が互いに分離されている全ての隙間
に充填されていることを特徴する有機ELパネル。
【請求項2】前記電子輸送層が一様な膜として形成されていることを特
徴とする請求項1記載の有機ELパネル。
【請求項3】少なくとも一方が透明または半透明の対向する電極間に,
各色に対応して異なる波長を発光する有機発光層,および電子輸送層
を有する多色発光有機ELパネルにおいて,前記有機発光層が,隣接
画素間のスペース部内のみで重なりあっていることを特徴とする多色
発光有機ELパネル。
【請求項4】正孔注入・輸送層をさらに有している請求項1∼3のいず
れかに記載の多色発光有機ELパネル。
【請求項5】前記正孔注入・輸送層が,正孔注入層と正孔輸送層の2層
からなることを特徴とする請求項4記載の多色発光有機ELパネル。
【請求項6】透明基板上に,各色に対応する有機発光層を形成する工程
と,形成した有機発光層上に電子輸送層を形成する工程とを有する多
色発光有機ELパネルの製造方法において,
前記有機発光層同士を隣接する全ての画素間で互いに分離するよう
に形成する工程と,
形成された有機発光層同士の隙間を充填しながら前記隣接する全て
の画素間で隙間なく前記電子輸送層を形成する工程とを有することを
特徴とする多色発光有機ELパネルの製造方法。
【請求項7】透明基板上に,各色に対応する有機発光層を形成する工程
と,形成した有機発光層上に電子輸送層を形成する工程とを有する多
色発光有機ELパネルの製造方法において,
前記有機発光層を,隣接画素間のスペース部内のみで重なり合うよ
うに形成することを特徴とする多色発光有機ELパネルの製造方法。
イ特許取消決定とその取消訴訟
その後,平成14年3月5日から同年3月8日にかけて,請求項1ない
し7につきイーストマンコダックカンパニーから,請求項3・4・5・
7につきAから,それぞれ特許異議の申立てがなされ,同事件は異議20
02−70587号事件として特許庁に係属したところ,脱退原告は日本
電気株式会社から本件特許を譲り受けて平成16年3月29日にその旨の
移転登録を受けた。
特許庁は,上記事件について審理した上,平成18年2月2日「特許,
第3206646号の請求項1ないし7に係る特許を取り消す」との決。
定(以下「本件取消決定」という。甲3)をしたので,脱退原告は,平成
18年6月16日,同決定の取消しを求める訴訟を当庁に提起した(平成
18年(行ケ)第10275号特許取消決定取消請求事件。なお,同事
件は,平成21年(行ケ)第10249号特許取消決定取消参加事件と
して係属中。。)
ウ本件訂正審判請求と第1次審決
(ア)上記平成18年(行ケ)第10275号事件係属中の平成18年9
月13日,脱退原告は,本件特許の請求項1∼7につき下記(イ)のとお
り訂正するほか,発明の詳細な説明の記載を訂正することを求める本件
訂正審判請求を行い,同請求は訂正2006−39153号として特許
庁に係属した。
(イ)上記訂正後の特許請求の範囲の内容は,次のとおりである(以下,
そこに記載された発明を「訂正発明1」ないし「訂正発明7」という。
下線は訂正部分。甲4。)
【請求項1】少なくとも一方が透明または半透明の対向する,かつ,互
いに直交するストライプ状の電極間に,各色に対応して異なる波長を
発光する有機発光層,および電子輸送層を有する多色発光有機ELパ
ネルにおいて,
前記有機発光層のパターンは,前記透明または半透明電極のうちの
一方の陽極の長手方向と同じ方向に形成され,前記有機発光層同士は
隣接する全ての画素間で互いに分離しており,前記電子輸送層は前記
隣接する全ての画素間で隙間なく形成されていると共に前記有機発光
層同士が互いに分離されている全ての隙間に充填されていることを特
徴とする有機ELパネル。
【請求項2】前記電子輸送層が一様な膜として形成されていることを特
徴とする請求項1記載の有機ELパネル。
【請求項3】少なくとも一方が透明または半透明の対向する電極間に,
正孔注入・輸送層を有し,各色に対応して異なる波長を発光する有機
,,発光層および電子輸送層を有する多色発光有機ELパネルにおいて
前記有機発光層が,隣接画素間のスペース部内のみで重なりあってい
ることを特徴とする多色発光有機ELパネル。
【請求項4】正孔注入・輸送層をさらに有している請求項1又は2記載
の多色発光有機ELパネル。
【請求項5】前記正孔注入・輸送層が,正孔注入層と正孔輸送層の2層
からなることを特徴とする請求項3又は4記載の多色発光有機ELパ
ネル。
【請求項6】透明基板上に,各色に対応する有機発光層を形成する工程
と,形成した有機発光層上に電子輸送層を形成する工程とを有する多
色発光有機ELパネルの製造方法において,
透明または半透明のストライプ状の陽極を形成する工程と,
前記有機発光層のパターンを前記陽極の長手方向と同じ方向に形成
するとともに,前記有機発光層同士を隣接する全ての画素間で互いに
分離するように形成する工程と,
形成された有機発光層同士の隙間を充填しながら前記隣接する全て
の画素間で隙間なく前記電子輸送層を形成する工程とを有することを
特徴とする多色発光有機ELパネルの製造方法。
【請求項7】透明基板上に,少なくとも一方が透明または半透明の対向
する電極を形成する工程と,正孔注入・輸送層を形成し,各色に対応
する有機発光層を形成する工程と,形成した有機発光層上に電子輸送
層を形成する工程とを有する多色発光有機ELパネルの製造方法にお
いて,
前記有機発光層を,隣接画素間のスペース部内のみで重なり合うよ
うに形成することを特徴とする多色発光有機ELパネルの製造方法。
(ウ)ところが脱退原告は,特許庁から平成18年11月24日付けで訂
正拒絶理由通知(甲5)を受けたことから,平成19年1月15日付け
で,上記訂正後の請求項3・5・7の削除等を内容とする審判請求書の
補正書(甲7)と意見書(甲6)を提出した。
上記補正後の特許請求の範囲の内容(新請求項)は,次のとおりであ
る(旧3,5,7項を削除したので,新1,2,3,4項は順に旧1,
2,4,6項である。)
【請求項1】少なくとも一方が透明または半透明の対向する,かつ,互
いに直交するストライプ状の電極間に,各色に対応して異なる波長を
発光する有機発光層,および電子輸送層を有する多色発光有機ELパ
ネルにおいて,
前記有機発光層のパターンは,前記透明または半透明電極のうちの
一方の陽極の長手方向と同じ方向に形成され,前記有機発光層同士は
隣接する全ての画素間で互いに分離しており,前記電子輸送層は前記
隣接する全ての画素間で隙間なく形成されていると共に前記有機発光
層同士が互いに分離されている全ての隙間に充填されていることを特
徴とする有機ELパネル。
【請求項2】前記電子輸送層が一様な膜として形成されていることを特
徴とする請求項1記載の有機ELパネル。
【請求項3】正孔注入・輸送層をさらに有している請求項1又は2記載
の多色発光有機ELパネル。
【請求項4】透明基板上に,各色に対応する有機発光層を形成する工程
と,形成した有機発光層上に電子輸送層を形成する工程とを有する多
色発光有機ELパネルの製造方法において,
透明または半透明のストライプ状の陽極を形成する工程と,
前記有機発光層のパターンを前記陽極の長手方向と同じ方向に形成
するとともに,前記有機発光層同士を隣接する全ての画素間で互いに
分離するように形成する工程と,
形成された有機発光層同士の隙間を充填しながら前記隣接する全て
の画素間で隙間なく前記電子輸送層を形成する工程とを有することを
特徴とする多色発光有機ELパネルの製造方法。
(エ)特許庁は,平成19年2月16日,上記補正は審判請求書の要旨を
変更するものであるから認めることができないとした上で,補正前の旧
3・5・7(補正により削除したもの)についてのみ審理し,これらに
ついては独立特許要件を認めることはできないとして「本件審判の請,
求は,成り立たない」との審決(第1次審決。甲8)をした。。
エ第1次判決
上記審決に対し脱退原告は審決取消訴訟を提起したところ(平成19年
(行ケ)第10163号,知的財産高等裁判所は,平成20年5月28)
日「特許庁が訂正2006−39153号事件について平成19年2月,
16日にした審決を取り消す」旨の判決(第1次判決。甲9)をし,こ。
の判決は確定した。
なお,第1次判決は,その理由中で「…原告からなされた平成18年,
9月13日付けの本件訂正審判請求(甲4)は,旧請求項1∼7を新請求
項1∼7等に訂正しようとしたものであるところ,その後原告から平成1
9年1月15日付けでなされた上記訂正審判請求書の補正(甲7)の内容
は新請求項3・5・7を削除しようとするものであり,同じく原告の平成
19年1月15日付け意見書(甲6)にも新請求項1・2・4・6の訂正
は認容し新請求項3・5・7の訂正は棄却するとの判断を示すべきである
との記載もあることから,審判請求書の補正として適法かどうかはともか
く,原告は,残部である新請求項1・2・4・6についての訂正を求める
趣旨を特に明示したときに該当すると認めるのが相当である。…そうする
と,本件訂正に関しては,請求人(原告)が先願との関係でこれを除く意
思を明示しかつ発明の内容として一体として把握でき判断することが可能
な新請求項3・5・7に関する訂正事項と,新請求項1・2・4・6に係
,,わるものとでは少なくともこれを分けて判断すべきであったものであり
これをせず,原告が削除しようとした新請求項3・5・7についてだけ独
立特許要件の有無を判断して,新請求項1・2・4・6について何らの判
断を示さなかった審決の手続は誤りで,その誤りは審決の結論に影響を及
ぼす違法なものというほかない(64頁下9行∼65頁15行)等と判。」
示した。
オ本件審決
上記のような事情から,本件訂正審判請求については再び特許庁で審理
されることとなったが,特許庁は,平成20年9月17日,第1次判決確
定後になされた最高裁平成20年7月10日第一小法廷判決(平成19年
行ヒ第318号民集62巻7号1905頁の判示事項を理由に本()),「
件審判の請求は,成り立たない」との審決(第2次審決)をし,その謄。
本は平成20年9月29日に脱退原告に送達された(出訴期間として90
日附加。)
上記審決の内容は,後記()のとおりである。2
カ本件訴訟の提起と承継参加
そこで脱退原告は,上記第2次審決の取消しを求める訴えを当庁に提起
した(平成20年(行ケ)第10456号事件)が,会社分割の方法によ
り本件特許権は当事者参加人に承継され,日本国特許庁から平成21年3
,,月6日付けで本件特許権の移転登録がなされたことから当事者参加人は
被告を相手方として当事者参加申出をし(平成21年(行ケ)第1015
7号,平成21年6月30日の本件第4回弁論準備手続期日において被)
告及び当事者参加人の承諾を得て,脱退原告は本件訴訟(被参加事件)か
ら脱退した。
()審決の内容2
本件審決(第2次審決)の内容は,別添審決写しのとおりである。その理
,,由の要点は平成19年1月15日付けでなされた訂正審判請求書の補正は
訂正発明3・5・7項を削除するものであるが,これは訂正事項の趣旨を変
えて新しい趣旨について審判を請求するものに該当するから,許されないと
した上,訂正発明1,2,4,及び6には独立特許要件があって訂正要件を
満たすが,上記削除申出のあった訂正発明3・5・7は先願明細書(国際出
願PCT/JP97/03721〔特願平10−535549号,国際公開
第99/20080号)と同一であって特許法29条の2に違反するから〕
独立特許要件を欠くので訂正要件を満たさないところ,平成20年5月28
日になされた第1次判決の確定後に言い渡された最高裁平成20年7月10
日第一小法廷判決(平成19年(行ヒ)第318号民集62巻7号190
5頁。以下「平成20年最高裁判決」という場合がある)によれば「複数。,
の請求項について訂正を求める訂正審判請求は,複数の請求項に係る特許出
願の手続と同様,その全体を一体不可分のものとして取り扱うことが予定さ
れているといえる」と判示されたから,訂正事項の一部にでも訂正要件を満
,,,たさない部分があれば訂正審判請求は一体として棄却されることとなる
等としたものである。
()審決の取消事由(第1次判決の拘束力違反)3
しかしながら,平成20年9月17日になされた本件審決は,以下に述べ
るとおり,平成20年5月28日になされた第1次判決の拘束力に違反した
ものであるから,違法として取り消されるべきである。
ア第1次判決は,以下のとおり判示して,平成19年2月16日になされ
た第1次審決を取り消した。
・原明細書等の記載を複数箇所にわたって訂正するものであるときは,
原則として,これを一体不可分の一個の訂正事項として訂正審判の請
求をしているものと解すべきであり…上記のような不可分的処理は客
観的・画一的審理判断をむねとする特許庁における訂正審判制度の要
請から導かれる結論であるから,客観的・画一的処理の要請に反しな
い場合,例えば…請求人において複数の訂正箇所のうちの一部の箇所
についての訂正を求める趣旨を特に明示したときは,それぞれ可分的
内容の訂正審判請求があるとして審理判断をする必要があると解され
る(48頁6行∼17行。)
・原告から平成19年1月15日付けでなされた上記訂正審判請求書の
補正の内容は請求項3・5・7を削除しようとするものであり,同じ
く,平成19年1月15日付け意見書にも請求項1・2・4・6の訂
正は認容し請求項3・5・7の訂正は棄却するとの判断を示すべきで
あるとの記載もあることから審判請求書の補正として適法かどうかは
ともかく,原告は,残部である請求項1・2・4・6についての訂正
。を求める趣旨を特に明示したときに該当すると認めるのが相当である
…本件訂正に関しては…請求項3・5・7に関する訂正事項と,請求
項1・2・4・6に係わるものとでは,少なくともこれを分けて判断
すべきであったものであり,これをせず…請求項3・5・7について
だけ独立特許要件の有無を判断して,請求項1・2・4・6について
何らの判断を示さなかった審決の手続は誤りで,その誤りは審決の結
論に影響を及ぼす違法なものというほかない(64頁下7行∼65頁
15行。)
イこれに対し本件審決(第2次審決)は,以下のとおり判断して,本件訂
正審判請求を不成立とした。
・本件訂正請求は,複数の請求項について訂正を求めるものであり,訂
正発明3,5及び7に係る発明は,訂正要件を満たさないものであり,
,,,。訂正発明124及び6に係る発明は訂正要件を満たすものである
・平成20年最高裁判決を参照するに,該判決では「複数の請求項に,
ついて訂正を求める訂正審判請求は,複数の請求項に係る特許出願の手
続と同様,その全体を一体不可分のものとして取り扱うことが予定され
ているといえる」と判示されていることから,訂正事項の一部にでも。
訂正要件を満たさない部分があれば,訂正審判請求は,一体として棄却
されることとなる。
・これを本件訂正審判請求に当てはめてみると,本件訂正審判請求が一
部訂正要件を満たす部分があるとしても,訂正審判請求は,その全体を
一体不可分のものとして取り扱われなければならず,結局,一体として
棄却すべきものである。
ウ審決の違法性
(ア)行訴法33条1項は「処分又は裁決を取り消す判決は,その事件,
,。」について処分又は裁決をした行政庁その他の関係行政庁を拘束する
と規定しているところ,特許審決が上記処分又は裁決に当たることは,
最高裁平成4年4月28日第三小法廷判決(昭和63年(行ツ)第10
号民集46巻4号245頁。以下「平成4年最高裁判決」という場合
がある)が肯定しており,学説上も異論は見られない。。
平成4年最高裁判決は,以下のとおり判示している。
・特許無効審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したと
きは,当該審判事件について更に審理を行い,審決をすることとな
るが,審決取消訴訟は行訴法の適用を受けるから,再度の審理ない
し審決には,同法33条1項の規定により,取消判決の拘束力が及
ぶ。
・この拘束力は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び
法律判断にわたるものであるから,審判官は取消判決の認定判断に
抵触する認定判断をすることは許されない。
(イ)本件における第1次判決の拘束力
第1次判決は,請求人(脱退原告)において複数の訂正箇所のうちの
一部の箇所についての訂正を求める趣旨を特に明示したときは,それぞ
れ可分的内容の訂正審判請求があるとして審理判断をする必要があると
判断した。
そして,第1次判決は,脱退原告が残部である請求項1・2・4・6
についての訂正を求める趣旨を特に明示したときに該当すると認めるの
が相当であると判示して,請求項3・5・7についてだけ独立特許要件
の有無を判断して請求項1・2・4・6について何らの判断を示さなか
った審決の手続は誤りで,その誤りは審決の結論に影響を及ぼす違法な
ものであるとして,第1次審決を取り消した。
第1次判決は,上記取消しの理由に反する認定判断が許されないとい
う範囲において,特許庁を拘束するものである。
(ウ)本件審決(第2次審決)の拘束力違反
本件審決は,訂正発明1,2,4及び6に係る発明は,訂正要件を満
たすものであると判断したにもかかわらず,訂正発明3,5及び7に係
る発明が訂正要件を満たさないことを理由として,訂正審判請求の全体
を一体として棄却すべきであるとした。
しかし,第1次判決は,請求人(脱退原告)において複数の訂正箇所
のうちの一部の箇所についての訂正を求める趣旨を特に明示したときは
可分的内容の訂正審判請求があるとして審理判断をする必要があると判
断し,本件では,脱退原告が,残部である請求項1・2・4・6につい
ての訂正を求める趣旨を特に明示したときに該当すると認めた。したが
って,審判官は,第1次判決の拘束力に従い,請求項3・5・7と請求
項1・2・4・6とを可分的内容の訂正審判請求として独立特許要件の
許否を判断すべき法的義務を負った。
それにもかかわらず,審決は,本件訂正審判請求が一部訂正要件を満
たす部分があるとしても,訂正審判請求は,その全体を一体不可分のも
のとして取り扱われなければならず,結局,一体として棄却すべきもの
であると判断しており,取消判決の拘束力に違反することが明らかであ
る。
エ被告の主張に対する反論
(ア)本件審決の結論の誤りは,平成20年最高裁判決の位置づけないし
内容の誤解に基づくものである。
仮に平成20年最高裁判決をもって,本件審決の結論を支持する判例
とみる場合にも,日本法の下においては,判例は事実上の拘束力を有す
るにすぎず,法的拘束力を有しない。これは判例上当然のこととされ,
学説上も異論をみない。
これに対し,取消判決の拘束力は,行訴法33条1項が特に規定した
法的拘束力であって,判例の有する事実上の拘束力に優先するものであ
る。この点も判例学説上異論をみないところである。
したがって,取消判決が確定した後に,最高裁が別事件についてどの
ように判断しても,取消判決の法的拘束力は何ら影響を受けるものでは
なく,審判手続再開後の審理,審決は,取消判決の拘束力を免れない。
(イ)被告は,平成20年最高裁判決が,複数請求項につき訂正事項が存
在する訂正審判請求は,その全体を一体不可分のものとして取り扱うこ
とが予定されていると判示していることをもって,第1次判決の拘束力
を失効させる「重大な事情変更」であると主張する。しかしながら,こ
の主張は,以下のとおり誤りである。
第1に,被告の主張は,取消判決の拘束力が「法的」拘束力であるの
に対し,判例の効力が「事実上の」効力であるという差異を,看過する
ものである。取消判決の法的拘束力が,事実上の効力のみを有する判例
によって,変更を受けることはない。
第2に,被告の主張は,判決理由中の主論と傍論の区別を看過するも
のである。平成20年最高裁判決は,特許異議申立てないし無効審判手
続において訂正請求がされた場合について,訂正の許否を請求項ごとに
判断すべきことを判示したもので,被告の論拠とする訂正審判請求に関
する見解部分は,平成20年最高裁判決における傍論部分であって,最
高裁の判断を理解する上で参考にすべきではあるが「判例」としての,
効力が生じる部分ではない。
(ウ)加えて,第1次判決は,原明細書等の記載を複数箇所にわたって訂
正するものであるときは,原則として,これを一体不可分の一個の訂正
事項として訂正審判の請求をしているものと解すべきであるとしてお
り,平成20年最高裁判決の理由と整合する判断をしている。
第1次判決は,その上で,客観的・画一的審理判断をむねとする特許
庁における訂正審判制度の要請に反しない場合において,例外として,
複数の訂正箇所のうちの一部の箇所についての訂正を求める趣旨を特に
明示したときは,それぞれ可分的内容の訂正審判請求があるとして審理
判断をする必要があると判断した。
これに対し,平成20年最高裁判決は,訂正審判請求に関しては,傍
論でもあることから,原則論を述べたにとどまり,上記例外的取扱いの
是非については,何ら触れていない。
したがって,この意味においても,第1次判決は平成20年最高裁判
決の判断と抵触するものではない。
(エ)被告は,本件審決は,第1次審決後に生じた,最高裁平成20年判
決により変更された新たな事情に基づいて,拘束力が生じている範囲外
において審決したものであるから行訴法33条1項に規定する拘束力に
違反するものでないとも主張するが,詭弁に類する失当な主張といわざ
るを得ない。たとえば,A刊行物から容易想到とはいえないとして無効
審決を取り消した判決の拘束力は,B刊行物から容易想到か否かの判断
には及ばないから,B刊行物を引用例とする再度の無効審決は,まさに
被告が言うところの,取消判決の拘束力が生じている範囲外において審
決したものといえるが,本件審決は,そのような場合ではない。
(オ)また被告は,第1次取消判決の拘束力の範囲につき,当事者参加人
指摘の第1次判決の48頁1行∼17行,64頁下9行∼65頁15行
がその範囲であると認めているから,第1次判決の拘束力に従えば,再
開後の審判においては,当然ながら,請求項1・2・4・6について各
独立特許要件の有無を判断した上で,これを有すると判断したそれらの
請求項について訂正を認める審決をしなければならなかった筈である。
本件審決は,上記各請求項について,いずれも,独立特許要件有りと
判断したにもかかわらず,平成20年最高裁判決による事情変更を理由
にそれら請求項についての訂正を認めなかった。被告が,本件審決は行
訴法33条1項に規定する拘束力に違反しないと主張していることから
みて,本件審決は,平成20年最高裁判決により第1次判決の拘束力の
範囲が事後的に変更され,又は拘束力そのものが消滅したとの誤解に基
づいて,上記のような拘束力違反の審決内容に立ち至ったものと認めざ
るを得ない。
要するに,拘束力の範囲が事後的に変更されたり,あるいは拘束力そ
のものが消滅するということではなく,拘束力を生じている範囲外にお
いて審決したものとの被告主張の欺瞞は明らかである。
なお,被告が,第1次審決後に生じた,変更された新たな事情に基づ
いて,最高裁昭和55年5月1日第一小法廷判決(昭和53年(行ツ)
第27号・28号民集34巻3号431頁。以下「昭和55年最高裁
判決」という場合がある)に依拠する範囲外で審決をしたと主張する。
趣旨は分かりづらいが,被告として,平成20年最高裁判決により複数
請求項にわたる訂正の場合は昭和55年最高裁判決の射程外とされたか
ら,昭和55年最高裁判決に依拠する第1次判決の拘束力の射程外で本
件審決をしたものにすぎず,第1次判決の拘束力違反に当たらないと主
張したいのであれば,それは誤りである。
第1次判決が昭和55年最高裁判決に依拠したとしても,なにも同最
高裁判決の法的拘束力に従って判決したというわけではなく,同最高裁
判決の判示を尊重しつつも第1次判決としての別個独立の判断により判
決したものであるから,判決確定後は,昭和55年最高裁判決とは無関
係に第1次判決それ自体に固有の法的拘束力を生ずるのであって,昭和
55年最高裁判決に依拠する範囲外で審決をしたなどの理由により,第
1次取消判決の法的拘束力を免れることはできない。
(カ)被告は,我妻榮,星野英一らの教科書(乙7,8)を引用し,最高
裁の判決が法源の一つであることは,一般に認められているところであ
り,その意味では,法律の規定に従うのと同視し得るものと解されると
主張する。
我妻は,被告引用の同頁において「わが国においても,もとより成文
民法の主義であり,かつ判例の拘束力は事実上のものにすぎない」とし
ており,星野は,被告の引用部分によっても「法律上,裁判所がそれ,
を『適用』すべきものとされる規範ではないが,裁判所が実際上それを
尊重しており,またその望ましい社会規範である」とするものであるか
ら,両説はともに,最高裁判決の拘束力は事実上の拘束力にとどまると
する通説的立場に与している。
平成20年最高裁判決の「複数の請求項について訂正を求める訂正,
審判請求は,複数の請求項に係る特許出願手続と同様,その全体を一体
。」,不可分のものとして取り扱うことが予定されているとの判示部分は
同判決理由中の傍論にすぎないから,我妻のいう「判例」や星野のいう
「最高裁の判決」にも当たらない。つまり,審決がもっぱら依拠する上
記判決の上記傍論部分からは,本来の判例に認められるべき事実上の拘
束力すら生じないのであるから,第1次取消判決の拘束力との優劣を論
ずる余地すらそもそもない。
被告は,仮に本件審決において,本件取消判決の拘束力に従い,昭和
55年最高裁判決の例外的規定を採用して可分的処分をしていれば,平
成20年最高裁判決に添って行われる特許庁における同様の審判請求に
係る審決とは異なる結果となり,これでは,行政として一貫性を保てな
くなり,平等原則に反する結果となってしまう,したがって,以上述べ
てきたような諸事情を勘案しても,平成20年最高裁判決は本件取消判
決の拘束力を遮断する「事情の変更」に当たるというべきであるとする
が,支離滅裂の主張である。
第1に,取消判決の拘束力は当該事件限りのものであるから,被告の
憂慮する結果となっても,裁判の本質上やむを得ないとして受容すべき
である。行政の一貫性を保つために,行政の側において判決の既判力や
拘束力を無視することは,法による行政の理念に背馳し,許されない。
第2に,第1次判決は,複数請求項にわたる訂正審判請求の場合は,
原則として一体不可分の訂正事項として訂正審判の請求をしているもの
と解すべきとしているのであるから,その点は平成20年最高裁判決の
傍論部分の見解となんら異ならない。ただ,第1次判決は,その例外的
な場合として「例えば上記昭和55年最高裁判決が明言するように,,
①訂正が誤記の訂正のような形式的なものであるとき,②請求人におい
て複数の訂正箇所のうちの一部の箇所についての訂正を認める趣旨を特
に明示したときは,それぞれ可分的内容の訂正審判請求があるとして,
審理判断をする必要がある」として,その点の考慮を欠いた第1次審決
を取り消したのにすぎない。
そうすると,本件取消判決の拘束力に従い昭和55年最高裁判決の例
外的規定を採用して可分的処分をしていれば,平成20年最高裁判決に
添って行われる特許庁における同様の審判請求に係る審決とは異なる結
果となるとの被告の主張は,平成20年最高裁判決は,上記例外的取り
扱いを認めない趣旨との理解を前提とした主張と受け取らざるを得ない
ところ,同最高裁判決は,対象事案である異議申立て手続中の訂正請求
との対比に必要な限度において,訂正審判請求の場合について傍論的に
言及したにすぎず,例外的扱いの是非についてまで踏み込むものではな
いと解すべきであるから,誤った前提に基づく上記被告の主張は成り立
たない。
,,,第3に平成20年最高裁判決は複数請求項にわたる訂正の場合は
昭和55年最高裁判決の射程外としたにとどまり,昭和55年最高裁判
例をなんら変更するものではない。したがって,単一請求項の複数箇所
の訂正の場合には,依然同判例の事実上の拘束力が及んでおり,判例尊
重の実務を志向する被告としては,今後,単一請求項の複数箇所の訂正
審判請求がなされた場合において,前記①,②の例外的事由を認めるべ
,。き場合は上記判例に従って可分的取り扱いをすることになる筈である
すると,平成20年最高裁判決は,複数請求項にわたる訂正審判の請求
の場合は,前記①,②の例外的扱いを認めない趣旨とする被告の理解を
前提とする実務との間に耐え難い不均衡を生ずることになる。
前記①,②の例外的場合の可分的扱いを単一請求項の複数箇所の訂正
の場合にのみ認めて,複数請求項にわたる訂正の場合には認めないとす
る合理的理由は全く見当たらない。
被告主張の論理的破綻は明らかである。
2請求原因に対する認否
請求の原因(),()の各事実はいずれも認めるが,同()は争う。123
3被告の反論
,〔〕,()本件審決に当たり被告に第1次判決取消判決の拘束力が及ぶこと1
第1次判決の主文を導き出すに必要な事実認定及び法律判断の範囲は,当事
者参加人の主張するとおり,第1次判決中の48頁1行∼17行,64頁下
9行∼65頁15行記載の部分(下記のとおり)であることを認める。

・48頁1行∼17行
「訂正審判において一部の訂正を許す審決をすることの可否を論じた最高裁
昭和55年5月1日第一小法廷判決(民集34巻3号431頁。前述した昭
和55年最高裁判決)は,いわゆる改善多項制を導入した昭和62年の特許
法改正後においてもそのまま妥当すると解される。
したがって,本件訂正審判請求のように,原明細書等の記載を複数個所に
わたって訂正するものであるときは,原則として,これを一体不可分の一個
の訂正事項として訂正審判の請求をしているものと解すべきであり,これを
請求人において複数箇所の訂正を各訂正箇所ごとの独立した複数の訂正事項
として訂正審判の請求をしているものと解するのは妥当でない。上記のよう
な不可分処理は客観的・画一的審理判断をむねとする特許庁における訂正審
判制度の要請から導かれる結論であるから,客観的・画一的処理の要請に反
しない場合,例えば上記昭和55年最高裁判決も明言するように,①訂正が
誤記の訂正のような形式的なものであるとき,②請求人において複数の訂正
,箇所のうちの一部の箇所についての訂正を求める趣旨を特に明示したときは
それぞれ可分的内容の訂正審判請求があるとして審理判断をする必要がある
と解される」。
・64頁下9行∼65頁15行
「原告からなされた平成18年9月13日付けの本件訂正審判請求(甲4)
は,旧請求項1∼7を新請求項1∼7等に訂正しようとしたものであるとこ
ろ,その後原告から平成19年1月15日付けでなされた上記訂正審判請求
書の補正(甲7)の内容は新請求項3・5・7を削除しようとするものであ
り,同じく原告の平成19年1月15日付け意見書(甲6)にも新請求項1
・2・4・6の訂正は認容し新請求項3・5・7の訂正は棄却するとの判断
を示すべきであるとの記載もあることから,審判請求書の補正として適法か
どうかはともかく,原告は,残部である新請求項1・2・4・6についての
訂正を求める趣旨を特に明示したときに該当すると認めるのが相当である。
本件における上記のような扱いは,原告が削除を求めた新請求項3・5・7
,(『』,『』)はその他の請求項とは異なる実施例本発明の異なる形態実施例2
に基づく一群の発明であり,発明の詳細な説明も他の請求項に関する記載と
は截然と区別されており,仮に原告が上記手続補正書で削除を求めた部分を
,,削除したとしても残余の部分は訂正後の請求項1・2・4・6とその説明
実施例の記載として欠けるところがないことからも裏付けられるというべき
である。
そうすると,本件訂正に関しては,請求人(原告)が先願との関係でこれ
を除く意思を明示しかつ発明の内容として一体として把握でき判断すること
が可能な新請求項3・5・7に関する訂正事項と,新請求項1・2・4・6
に係わるものとでは,少なくともこれを分けて判断すべきであったものであ
り,これをせず,原告が削除しようとした新請求項3・5・7についてだけ
独立特許要件の有無を判断して,新請求項1・2・4・6について何らの判
断を示さなかった審決の手続は誤りで,その誤りは審決の結論に影響を及ぼ
す違法なものというほかない」。
しかし,平成20年最高裁判決は,行政処分のなされた時点である第1次
審決の後に生じた新たな事情であるところ,平成20年最高裁判決は,第1
次判決が依拠した昭和55年最高裁判決の射程を限定したものであるから,
,。本件審決は第1次判決の拘束力の範囲外でなされたものであり適法である
()当事者参加人が主張する拘束力は,行訴法33条1項に規定された「処2
分又は裁決を取り消す判決は,その事件について,処分又は裁決をした行政
庁その他の関係行政庁を拘束する」にいう拘束力をいうものである。。
拘束力の意義について判示する最高裁判例として,当事者参加人の指摘す
,(),る上記平成4年最高裁判決があるところその調査官解説乙1によれば
この平成4年最高裁判決では,行訴法33条の規定にいう拘束力は「主文,
を導くのに必要な主要事実について裁判所がした具体的な認定判断(理由中
)」()。の判断についても生ずることには異論がない乙1と説明されている
以上から,行訴法33条に基づく拘束力とは,主文を導くのに必要な主要
事実について裁判所がした具体的な認定判断についても生じるものであり,
また,同一事情の下で同一理由により同一内容の処分を繰り返すことができ
ないというにとどまるから,別の事実又は理由に基づいて,あるいは処分時
以降の事情変更により,同一内容の処分を行うことを妨げるものではないと
解される。
()審決が引用した平成20年最高裁判決の知的財産高等裁判所における原3
判決(平成18年(行ケ)第10314号)は,本件の第1次判決と同様に
昭和55年最高裁判決に依拠したものであるが,この原判決は,平成20年
最高裁判決により,昭和55年最高裁判決は複数請求項に対して訂正事項が
存在する場合には妥当しないとして,破棄された。
そこで,平成20年最高裁判決をみると,以下のような判示がある(下線
は被告が付記。)
<ア>「このような特許法の基本構造を前提として,訂正についての関係
規定をみると,訂正審判に関しては,特許法旧113条柱書き後段,特
許法123条1項柱書き後段に相当するような請求項ごとに可分的な取
扱いを定める明文の規定が存しない上,訂正審判請求は一種の新規出願
としての実質を有すること(特許法126条5項,128条参照)にも
照らすと,複数の請求項について訂正を求める訂正審判請求は,複数の
請求項に係る特許出願の手続と同様,その全体を一体不可分のものとし
て取り扱うことが予定されているといえる」。
<イ>「前掲最高裁昭和55年5月1日第一小法廷判決は,いわゆる一部
訂正を原則として否定したものであるが,複数の請求項を観念すること
ができない実用新案登録請求の範囲中に複数の訂正事項が含まれていた
訂正審判の請求に関する判断であり,その趣旨は,特許請求の範囲の特
定の請求項につき複数の訂正事項を含む訂正請求がされている場合には
妥当するものと解されるが,本件のように,複数の請求項のそれぞれに
つき訂正事項が存在する訂正請求において,請求項ごとに訂正の許否を
個別に判断すべきかどうかという場面にまでその趣旨が及ぶものではな
い」。
上記<ア>は,訂正審判請求の制度と訂正請求の制度の相違について言及し
ているが,改善多項制下において,複数の請求項について訂正を求める訂正
審判請求は,複数の請求項に係る特許出願の手続と同様,その全体を一体不
可分のものとして取り扱うべきことが判示されている。
上記<イ>は,昭和55年最高裁判決は多項制前の制度を前提とするもので
あるから複数の請求項のそれぞれに訂正事項を含む場合は射程外であること
が判示されている。なお,<イ>の記載は直接的には訂正請求について検討し
た部分で述べられたものであるが,昭和55年最高裁判決が訂正審判請求に
係るものであることを踏まえれば,上記判示は訂正審判請求にも妥当するこ
とは明らかである。
したがって,上記<ア>,<イ>から,平成20年最高裁判決は,多項制下に
おける訂正審判請求については昭和55年最高裁判決の射程外であって,複
数請求項にかかる複数の訂正事項は一体として取り扱うべきことを判示して
いることが明らかである。
()以上を踏まえると,本件審決には,当事者参加人が主張する拘束力違反4
はない。すなわち,平成20年5月28日に言い渡された第1次判決は,昭
和55年最高裁判決が改善多項制の導入後においてもそのまま妥当するとし
てこれに依拠してなされたものである。しかるに,第1次判決言い渡しの後
の平成20年7月10日に言い渡された平成20年最高裁判決により,昭和
55年最高裁判決に依拠した別の知財高裁判決が破棄された。そして,その
判示中に,昭和55年最高裁判決は複数の請求項に対する訂正を含むものに
ついては妥当せず,また訂正審判請求については,その全体を一体不可分の
ものとして取り扱うことが予定されており,一部の請求項に係る訂正事項が
訂正の要件に適合しないときは,訂正審判請求の全体が不成立となるものと
解すべき判断が示されたものである。
そして,行訴法33条1項にもとづく拘束力は,同一事情の下で同一理由
により同一内容の処分ができないものの,処分時以降に事情変更が生じた場
合には,もはや及ばないと解される。
本件についてこれをみると,第1次判決が依拠した昭和55年最高裁判決
は,第1次判決と本件審決(第2次審決)との間になされた平成20年最高
裁判決によって,本件のような複数の請求項に訂正事項が及ぶものについて
は射程外であり,訂正審判請求では,訂正事項は全体として一体不可分のも
のとして取り扱われることが判示された。つまり,第1次判決がその理由中
で判断の根拠としていた昭和55年最高裁判決は本件に妥当しないことが第
1次判決後に示されたのであり,これは重大な事情の変更に当たる。したが
って,その後にされた本件審決では,昭和55年最高裁判決に依拠した第1
次判決のとおりの判断をすることは許されず,平成20年最高裁判決に依拠
するほかはないので,これに則って再度不成立審決をしたものである。
,,以上のとおり第1次判決は昭和55年最高裁判決に依拠したものであり
同判決に判示された事項を前提としてなされた判決ということができるか
ら,第1次判決の拘束力は,昭和55年最高裁判決に依拠する範囲において
生じるところ,本件審決は,第1次審決後に生じた新たな事情に基づき昭和
55年最高裁判決に依拠する範囲外で審決をした,すなわち,拘束力の生じ
ている範囲外において審決をしたものであって,行訴法33条所定の拘束力
に反するものではなく,何らの違法も存しない。
()当事者参加人は,本件審決が引用する平成20年最高裁判決の判示は,5
傍論中の見解として,判例としての射程は及ばないとも主張する。しかしな
がら,平成20年最高裁判決の,昭和55年最高裁判決は多項制下の複数請
求項に係る訂正には及ばないという判断は,訂正審判請求,訂正請求の区別
なく妥当するものであり,平成20年最高裁判決は,そのような前提に立っ
た上で,訂正審判請求,訂正請求の取り扱いを同時に論じたものと見るべき
であって,傍論などといえるものではない。したがって,当事者参加人の主
張は失当であり,本件審決に拘束力違反の違法はない。
()因みに,最高裁の判決が法源の一つであることは,一般に認められてい6
るところである。その意味では,法律の規定に従うのと同視し得るものと解
される。例えば,我妻榮「新訂民法総則(民法講義I(岩波書店,197)」
9年3月20日第16刷発行,19∼20頁,乙7)には「裁判所の判決,
は,具体的な事件を解決するだけだが,その中に含まれる合理性は,他の類
似の事件についても同一の解決をさせる効力を有するので,そこにおのずか
ら,判決による一般的な法規範が成立する(20頁)と記述されている。。」
また,星野英一「民法概論I(序論・総則(良書普及会,平成5年6月1)」
日改訂第16刷発行,35∼36頁,乙8)にも「最高裁の判決は,第二,
の意味での法源といってよい(36頁)と述べられている。ここで,同書。」
31頁によると,第二の法源とは「法律上,裁判所がそれを「適用」すべ,
きものとされる規範ではないが,裁判所が実際上それを尊重しており,また
その望ましい社会規範である」と説明されている。。
このように,最高裁の判示に法源性が認められ,対世的に影響力を持ち得
るのは,最高裁の考え方が明確に示されていた場合,これに反する判決や処
分を下級審や行政庁が行った場合,最高裁がするであろう判断を予測するこ
とができ,最上級審まで争われれば覆されることが予見されるからである。
したがって,判決によって最高裁の考え方が明確に示されている場合,こ
,,れに反する処分は上述のように最上級審で覆される性質のものであるから
仮に行政庁がこのような処分を行えば,それは瑕疵の内在する行政処分とも
いえるものであり,これによって誤った権利関係を形成してしまうことにも
なり得る。こうした事情を踏まえれば,最高裁判決によって最高裁の考え方
が明らかになった時点で,基準や運用の見直しを行い,必要によりこれを改
めなければ,行政怠慢との非難を受けることにもなりかねない。
本件に関していえば,平成20年最高裁判決は,明確に「訂正審判に関,
しては,…請求項ごとに可分的な取扱いを定める明文の規定が存しない上,
訂正審判請求は一種の新規出願としての実質を有すること…にも照らすと,
複数の請求項について訂正を求める訂正審判請求は,複数の請求項に係る特
許出願の手続と同様,その全体を一体不可分のものとして取り扱うことが予
定されているといえる」と判示しているのであって,平成20年最高裁判。
決が訂正審判請求の制度について,その判示のとおり法律解釈をしているこ
とは明らかである。
そこで,平成20年最高裁判決によって昭和55年最高裁判決の射程は改
善多項制下では妥当しないものの,訂正審判請求は依然として一体不可分と
して扱われるべきである旨の判示,すなわち,訂正審判請求に関しては(従
前通り)訂正事項を一体不可分のものとして訂正の許否を判断すべきである
旨の判示に基づいて,本件審決(第2次審決)も再度一体不可分の判断をし
たものである。最高裁の判示に反した審決を行政庁が行うことは,一般社会
の常識から見ても許されることではない。
仮に本件審決において,第1次判決の拘束力に従い,昭和55年最高裁判
決の例外的規定を採用して可分的処分をしていれば,平成20年最高裁判決
に添って行われる特許庁における同様の審判請求に係る審決とは異なる結果
となり,これでは,行政として一貫性を保てなくなり,平等原則に反する結
果となってしまう。
したがって,以上述べてきたような諸事情を勘案しても,平成20年最高
裁判決は第1次判決の拘束力を遮断する「事情の変更」に当たると考えるべ
きである。
第4当裁判所の判断
1請求原因()(特許庁等における手続の経緯,()(審決の内容)の各事実12)
は,いずれも当事者間に争いがない。
2そこで,平成20年9月17日になされた本件審決が確定判決である第1次
判決(平成20年5月28日付け)の拘束力に反する判断をしたかについて検
討する。
(1)特許に関する審決の取消訴訟において審決取消判決が確定したときは,
審判官は特許法181条5項の規定に従い当該審判事件について更に審理・
審決をすることになるが,審決取消訴訟は行政事件訴訟法の適用を受けるか
ら,再度の審理・審決には,同法33条1項の規定により,上記取消判決の
拘束力が及ぶ。そして,この拘束力は,判決主文が導き出されるのに必要な
事実認定及び法律判断にわたるから,審判官は取消判決のなした事実認定及
び法律判断に抵触する認定判断をすることは許されないことは明らかである
(最高裁平成4年4月28日第三小法廷判決・昭和63年(行ツ)第10号
民集46巻4号245頁。そして,前記のとおり,平成19年2月16日)
になされた第1次審決は,平成20年5月28日に言い渡された第1次判決
により取り消され,その理由は第3,1(1)エのとおりであり,同判決は確
定したのであるから,本件審決を担当する審判官は,第1次判決の有する拘
束力の下で認定判断しなければならないこととなる。
ところで,第1次判決は,前記のとおり「原告からなされた平成18年,
9月13日付けの本件訂正審判請求(甲4)は,旧請求項1∼7を新請求項
1∼7等に訂正しようとしたものであるところ,その後原告から平成19年
1月15日付けでなされた上記訂正審判請求書の補正(甲7)の内容は新請
求項3・5・7を削除しようとするものであり,同じく原告の平成19年1
月15日付け意見書(甲6)にも新請求項1・2・4・6の訂正は認容し新
請求項3・5・7の訂正は棄却するとの判断を示すべきであるとの記載もあ
ることから,審判請求書の補正として適法かどうかはともかく,原告は,残
部である新請求項1・2・4・6についての訂正を求める趣旨を特に明示し
たときに該当すると認めるのが相当である。本件における上記のような扱い
は,原告が削除を求めた新請求項3・5・7は,その他の請求項とは異なる
実施例(本発明の異なる形態『実施例2)に基づく一群の発明であり,『』,』
発明の詳細な説明も他の請求項に関する記載とは截然と区別されており,仮
に原告が上記手続補正書で削除を求めた部分を削除したとしても,残余の部
分は訂正後の請求項1・2・4・6とその説明,実施例の記載として欠ける
ところがないことからも裏付けられるというべきである。そうすると,本件
訂正に関しては,請求人(原告)が先願との関係でこれを除く意思を明示し
かつ発明の内容として一体として把握でき判断することが可能な新請求項3
,,・5・7に関する訂正事項と新請求項1・2・4・6に係わるものとでは
少なくともこれを分けて判断すべきであったものであり,これをせず,原告
が削除しようとした新請求項3・5・7についてだけ独立特許要件の有無を
判断して,新請求項1・2・4・6について何らの判断を示さなかった審決
の手続は誤りで,その誤りは審決の結論に影響を及ぼす違法なものというほ
。」(,),,かない甲964頁下9行∼65頁15行等とするものであり一方
本件審決(第2次審決)は「以上のとおり,本件訂正請求は,複数の請求,
項について訂正を求めるものであり,訂正発明3,5及び7に係る発明は,
,,,,訂正要件を満たさないものであり訂正発明124及び6に係る発明は
訂正要件を満たすものである。ここで,平成20年7月10日言渡の最高裁
判所判決(平成19年(行ヒ)318号)を参照するに,該判決では『複,
数の請求項について訂正を求める訂正審判請求は,複数の請求項に係る特許
出願の手続と同様,その全体を一体不可分のものとして取り扱うことが予定
されているといえる(判決5頁)と判示されていることから,訂正事項の。』
一部にでも訂正要件を満たさない部分があれば,訂正審判請求は,一体とし
て棄却されることとなる。これを本件訂正審判請求に当てはめてみると,本
件訂正審判請求が一部訂正要件を満たす部分があるとしても,訂正審判請求
は,その全体を一体不可分のものとして取り扱われなければならず,結局,
一体として棄却すべきものである(33頁9行∼22行)等としたもので。」
ある。
そうすると,第1次判決が請求項1・2・4・6項と請求項3・5・7項
とは分けて判断すべきであるとして第1次審決を取り消しているのに,本件
審決(第2次審決)が請求項1∼7項の全体を一体不可分のものとして取扱
うべしとして訂正審判請求を不成立としていることは,被告主張の最高裁平
成20年7月10日第一小法廷判決(平成19年(行ヒ)第318号民集6
2巻7号1905頁,前述した「平成20年最高裁判決)を考慮しないと」
すれば,第1次判決の拘束力に反する判断をしていることになる。
(2)アこれに関して被告は,行訴法33条1項に基づく拘束力は処分時以降
に事情変更が生じた場合には及ばないところ,平成20年最高裁判決は第
1次判決が依拠した昭和55年最高裁判決の射程を限定し,また訂正審判
請求について一体として判断すべきことを判示しているから,これは処分
,,時以降の事情変更に当たり本件審決に拘束力違反はない等と主張し一方
これに対し当事者参加人は,被告の主張は取消判決の拘束力が法的拘束力
であるのに対し判例の効力が事実上の効力であるという差異を看過するも
のである,平成20年最高裁判決は特許異議申立てにおいて訂正請求がな
された場合について訂正の許否を請求項ごとに判断すべきことを判示した
もので,訂正審判請求に関する見解部分は傍論にすぎず,判例としての効
力を生じない,等と反論する。
イ被告が事情変更に当たるとする最高裁平成20年7月10日第一小法廷
判決(平成19年(行ヒ)第318号民集62巻7号1905頁)は,
特許庁がなした特許取消決定の取消しを求める訴訟についての判示であ
り,最高裁判所民事判例集62巻7号1905頁以下に記載された判決要
旨は「特許異議申立事件の係属中に複数の請求項に係る訂正請求がされた
場合,特許異議の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の
減縮を目的とする訂正は,訂正の対象となっている請求項ごとに個別にそ
の許否を判断すべきであり,一部の請求項に係る訂正事項が訂正の要件に
適合しないことのみを理由として,他の請求項に係る訂正事項を含む訂正
の全部を認めないとすることは許されない」とするものであり,判決の。
原文は「(1)特許法は,一つの特許出願に対し,一つの行政処分として
の特許査定又は特許審決がされ,これに基づいて一つの特許が付与され,
一つの特許権が発生するという基本構造を前提としており,請求項ごとに
個別に特許が付与されるものではない。このような構造に基づき,複数の
請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特
許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をするほか
なく,一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし,他の請求項に
係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いは予定
されていない。このことは,特許法49条,51条の文言のほか,特許出
願の分割という制度の存在自体に照らしても明らかである。一方で,特許
法は,複数の請求項に係る特許ないし特許権の一体不可分の取扱いを貫徹
,,することが不適当と考えられる一定の場合には特に明文の規定をもって
請求項ごとに可分的な取扱いを認める旨の例外規定を置いており,特許法
185条のみなし規定のほか,特許法旧113条柱書き後段が『二以上の
請求項に係る特許については,請求項ごとに特許異議の申立てをすること
ができる』と規定するのは,そのような例外規定の一つにほかならない。
(特許無効審判の請求について規定した特許法123条1項柱書き後段も
同趣旨。(2)このような特許法の基本構造を前提として,訂正について)
,,,の関係規定をみると訂正審判に関しては特許法旧113条柱書き後段
特許法123条1項柱書き後段に相当するような請求項ごとに可分的な取
扱いを定める明文の規定が存しない上,訂正審判請求は一種の新規出願と
しての実質を有すること(特許法126条5項,128条参照)にも照ら
すと,複数の請求項について訂正を求める訂正審判請求は,複数の請求項
に係る特許出願の手続と同様,その全体を一体不可分のものとして取り扱
うことが予定されているといえる。これに対し,特許法旧120条の4第
2項の規定に基づく訂正の請求(以下『訂正請求』という)は,特許異。
議申立事件における付随的手続であり,独立した審判手続である訂正審判
の請求とは,特許法上の位置付けを異にするものである。訂正請求の中で
も,本件訂正のように特許異議の申立てがされている請求項についての特
許請求の範囲の減縮を目的とするものについては,いわゆる独立特許要件
が要求されない(特許法旧120条の4第3項,旧126条4項)など,
訂正審判手続とは異なる取扱いが予定されており,訂正審判請求のように
新規出願に準ずる実質を有するということはできない。そして,特許異議
の申立てがされている請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とす
る訂正請求は,請求項ごとに申立てをすることができる特許異議に対する
防御手段としての実質を有するものであるから,このような訂正請求をす
る特許権者は,各請求項ごとに個別に訂正を求めるものと理解するのが相
,,,当でありまたこのような各請求項ごとの個別の訂正が認められないと
特許異議事件における攻撃防御の均衡を著しく欠くことになる。以上の諸
点にかんがみると,特許異議の申立てについては,各請求項ごとに個別に
特許異議の申立てをすることが許されており,各請求項ごとに特許取消し
の当否が個別に判断されることに対応して,特許異議の申立てがされてい
る請求項についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正請求について
も,各請求項ごとに個別に訂正請求をすることが許容され,その許否も各
請求項ごとに個別に判断されるものと考えるのが合理的である。被上告人
は,発明を表現する明細書は常にその全体が一体不可分のものとして把握
されるべきであると主張するが,昭和62年法律第27号による特許法の
改正により,いわゆる一発明一出願の原則を定めていた規定が削除され,
しかも一発明に複数の請求項の記載をすることが認められるようになった
ことを考えると,同改正後の特許法の下で,上記のように解すべき根拠を
見いだすことはできない。前掲最高裁昭和55年5月1日第一小法廷判決
は,いわゆる一部訂正を原則として否定したものであるが,複数の請求項
を観念することができない実用新案登録請求の範囲中に複数の訂正事項が
含まれていた訂正審判の請求に関する判断であり,その趣旨は,特許請求
の範囲の特定の請求項につき複数の訂正事項を含む訂正請求がされている
場合には妥当するものと解されるが,本件のように,複数の請求項のそれ
ぞれにつき訂正事項が存在する訂正請求において,請求項ごとに訂正の許
否を個別に判断すべきかどうかという場面にまでその趣旨が及ぶものでは
ない。(3)以上の点からすると,特許異議申立事件の係属中に複数の請
求項に係る訂正請求がされた場合,特許異議の申立てがされている請求項
についての特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正については,訂正の対
象となっている請求項ごとに個別にその許否を判断すべきであり,一部の
請求項に係る訂正事項が訂正の要件に適合しないことのみを理由として,
他の請求項に係る訂正事項を含む訂正の全部を認めないとすることは許さ
れないというべきである。(4)これを本件についてみると,上告人は,
訂正事項aは特許請求の範囲の減縮を目的とする旨主張して,これを含む
本件訂正の請求をしているところ,訂正事項aは,特許異議の申立てがさ
れている請求項1に係る訂正であるから,他の請求項に係る訂正事項とは
可分のものとして,個別にその許否を判断すべきものである。ところが,
本件決定は,請求項2に係る訂正事項bが訂正の要件に適合しないことの
みを理由として,請求項1に係る訂正事項aについて何ら検討することな
く,訂正事項aを含む本件訂正の全部を認めないと判断したものである。
これを前提として本件訂正前の特許請求の範囲の記載に基づいて特許発明
の認定をし,請求項1に係る部分を含む本件特許を取り消した本件決定に
は,取り消されるべき瑕疵があり,この瑕疵を看過した原審の判断には判
決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある」等とするものであ。
る。
一方上記判決が引用する最高裁昭和55年5月1日第一小法廷判決昭,(
和53年行ツ第27号・28号民集34巻3号431頁前述の昭(),「
和55年最高裁判決)は,実用新案権者のなした明細書の訂正審判請求」
の事案に関し「…実用新案登録を受けることができる考案は,一個のま,
とまった技術思想であって,実用新案法39条の規定に基づき実用新案権
者が請求人となってする訂正審判の請求は,実用新案登録出願の願書に添
付した明細書又は図面(以下「原明細書等」という)の記載を訂正審判。
請求書添付の訂正した明細書又は図面(以下「訂正明細書等」という)。
の記載のとおりに訂正することについての審判を求めるものにほかならな
いから,右訂正が誤記の訂正のような形式的なものであるときは事の性質
上別として,本件のように実用新案登録請求の範囲に実質的影響を及ぼす
ものであるときには,訂正明細書等の記載がたまたま原明細書等の記載を
複数箇所にわたつて訂正するものであるとしても,これを一体不可分の一
個の訂正事項として訂正審判の請求をしているものと解すべく,これを形
式的にみて請求人において右複数箇所の訂正を各訂正箇所ごとの独立した
複数の訂正事項として訂正審判の請求をしているものであると解するのは
相当でない。それ故,このような訂正審判の請求に対しては,請求人にお
いて訂正審判請求書の補正をしたうえ右複数の訂正箇所のうちの一部の箇
所についての訂正を求める趣旨を特に明示したときは格別,これがされて
いない限り,複数の訂正箇所の全部につき一体として訂正を許すか許さな
いかの審決をすることができるだけであり,たとえ客観的には複数の訂正
箇所のうちの一部が他の部分と技術的にみて一体不可分の関係にはないと
認められ,かつ,右の一部の訂正を許すことが請求人にとって実益のない
ことではないときであつても,その箇所についてのみ訂正を許す審決をす
ることはできないと解するのが相当である」とするものであり,確定判。
決たる第1次判決は,訂正審判請求において可分的取扱いが許されるとし
た「一部の箇所についての訂正を求める趣旨を特に明示したとき」に該当
するとしたものである。
ウ思うに,行訴法33条1項の定める拘束力を有する確定判決(第1次判
決)がなされた後に別事件に関する最高裁の新たな法的見解が示されたか
らといって,当然に上記拘束力に影響を及ぼすと解することは困難である
のみならず,仮にこれを肯定する見解を採ったとしても,平成20年最高
裁判決を被告主張のように解することもできない。すなわち,被告が事情
変更の論拠とする平成20年最高裁判決は,前記のとおり,第三者申立て
に係る特許取消事件の審理中に特許権者側から対抗的になされた訂正請求
に関する事案についてのものであり,その判示も,訂正不可分を主張する
特許庁の見解を否定し,改善多項制の法改正がなされた後においてはこれ
を可分と解するとしたものである。そして,訂正審判請求の場合はこれを
不可分と解するとした部分は,訂正審判請求については,その全体を一体
不可分のものとして取り扱うことが予定されているとの原則的な取扱いに
ついて判示したものであり,昭和55年最高裁判決に依ってなされた第1
次判決の例外的な取扱いを認めるべき場合についての判示,すなわち,請
求人において複数の訂正箇所のうちの一部の箇所についての訂正を求める
趣旨を特に明示したときは,それぞれ可分的内容の訂正審判請求があると
して審理判断する必要がある,との判示を否定するものとは解されない。
このことは,平成20年最高裁判決が訂正審判請求に関する昭和55年最
高裁判決を変更する趣旨を含まないことから明らかというべきである。
エそうすると,平成20年最高裁判決は,昭和55年最高裁判決に依って
なされた第1次判決(取消判決)の拘束力に何らの法的影響を及ぼすもの
ではないことになるから,被告の上記主張は採用することができない。
3結論
以上によれば,当事者参加人主張の取消事由は理由があり,これが審決の結
論に影響を及ぼすことは明らかである。
よって,当事者参加人の請求は理由があるから認容して,主文のとおり判決
する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官今井弘晃

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