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裁判例


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○ 主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
(甲事件)
1 被告が原告らに対し、昭和四五年七月一〇日付をもつてなした別表(一)記載
の下水道事業受益者負担金賦課処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
(乙事件)
1 被告が原告らに対し、昭和四六年七月一〇日付、昭和四七年七月一〇日付及び
昭和四八年七月一〇日付をもつてなした別表(二)記載の下水道事業受益者負担金
賦課処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
(甲・乙両事件)
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
原告らはいずれも肩書居住地に居住する鎌倉市民であるところ、原告A、同B、同
C及び同Dは別紙物件目録記載の土地を各賃借し、その余の原告らは同目録記載の
土地を各所有する者である。
被告は鎌倉市長であつて、都市計画法(昭和四三年法律第一〇〇号)七五条に基づ
いて制定された「鎌倉都市計画下水道事業受益者負担に関する条例」(昭和四四年
鎌倉市条例第一二号。以下「本件条例」という。)により、都市計画事業として執
行する下水道事業のうち、公共下水道に係る事業に要する費用の一部を、当該事業
により利益を受ける者に負担させる、いわゆる受益者負担金賦課権限を与えられた
ものである。
2 本件各処分
被告は原告らに対し、本件条例に基づいて、昭和四五年七月一二日頃同年七月一〇
日付の、昭和四六年七月一二日頃同年七月一〇日付の、昭和四七年七月一三日頃同
年七月一〇日付の及び昭和四八年七月一二日頃同年七月一〇日付の下水道事業受益
者負担金決定通知書並びに同納付書を各送付し、別表(一)(二)記載のとおり下
水道受益者負担金賦課処分(以下「本件各処分」という。)をなした。
3 本件各処分の違法性
しかしながら、本件各処分には、後記の違法が存する。
よつて、原告らは被告のなした本件各処分の取消しを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2項の事実は認める。
2 同3項の主張は争う。
三 被告の主張
1 下水道事業について
(一) 下水道事業の意義
下水道は、生活や生産に伴つて生ずる汚水並びに雨水を速やかに排除し、かつ、無
害な状態に処理して河海に放流する施設であり、都市におけるもつとも基礎的な公
共施設である。すなわち、近代産業の発展に伴う人口、産業の都市集中の激化とと
もに、都市住民の生活の場から排出される汚水はもちろんのこと、高度化した産業
活動によつて生ずる工場排水も急激に増加し、このため河川は汚水の負担に耐え切
れずに自然浄化の能力を失い、都市の環境は急激に悪化の傾向を呈することとな
り、かくして健康にして能率的な都市生活にとつて下水道は不可欠なものとなつ
た。
(二) 下水道整備計画
しかしながら、我国の下水道整備は著しく立ち遅れており、先進欧米諸国における
大都市の下水道普及率がほぼ一〇〇パーセントであるのに対し、我国においては昭
和四五年度現在において市街地面積に対する処理区域面積普及率はわずかに二二・
八バーセントにすぎない。
ところで、政府は、都市化のすう勢に相応して下水道整備を緊急に推進するため、
昭和三八年に生活環境施設整備緊急措置法(昭和三八年法律第一八三号)を制定
し、これに基づき、都市の基礎的な施設である下水道の緊急かつ計画的な整備を促
進することにより都市の健全な発達と生活環境の改善を図り、もつて国民生活の向
上に資するため、昭和三八年度から昭和四二年度までの下水道整備五箇年計画を決
定し、更に、昭和四二年には下水道整備緊急措置法(昭和四二年法律第四一号)を
制定し、これに基づき、右下水道整備五箇年計画を一年繰り上げて改定して、昭和
四二年度から昭和四六年度までの新下水道整備五箇年計画を樹立し、この五年間に
総額九三〇〇億円を投入して排水面積を八八六平方キロメートルから約二〇四二平
方キロメートルに引き上げることを決定した。
更に、政府は、昭和四六年には、昭和四六年度から昭和五〇年度までの第三次下水
道整備五箇年計画を樹立し、この五年間に総額二兆六〇〇〇億円を投入して処理区
域面積普及率を二二・八パーセントから三八パーセントに引き上げることを決定し
たのである。
(三) 鎌倉市における下水道事業について
鎌倉市における公共下水道事業は、諸般の事業との関係上、全市域を同時に整備す
ることは至難なところから、鎌倉市は、第一期事業分としてもつとも汚染の憂いの
多い旧鎌倉地区一二六六ヘクタールのうち、人口稠密な五五〇ヘクタールに対し、
昭和三〇年度から月三九年度までに整備する計画を策定し、昭和二九年八月二〇日
市議会の議決を受け、同年一二月二八日付で建設大臣に対し、下水道法に基づく事
業認可を申請したのであるが、その後、終末処理場の所管が厚生大臣に変更された
ことなどから昭和三二年八月一七日付で右申請書を再提出し、建設大臣より昭和三
三年三月二八日付で下水道築造工事の認可を受けた。一方、鎌倉都市計画下水道及
び同事業決定は、昭和三三年三月一三日建設省告示第三三四号をもつて告示され
た。
ところで、右の下水道事業は当初の計画より三年間着手が遅れたことから、昭和三
三年五月二九日の市議会において、事業執行年度を昭和三三年度から同四二年度ま
での一〇箇年とする議決更改がなされ、同日から事業に着手したものであるが、終
末処理場の位置決定が住民の意向等諸般の事情により遅れたことなどから、事業執
行年度を昭和五〇年まで延長した。そして昭和四六年度までに幹線管渠の約七四パ
ーセント、枝線管渠の四・四パーセントの埋設工事と中継ポンプ場三箇所及び終末
処理場の建設が完了した。
この間、物価や労務費の高騰による工事費の膨張、終末処理場の位置の変更に伴う
中継ポンプ場二箇所の増設及び処理場を半地下式にするなどによつて、昭和四四年
度に推計された総事業費は三三億一〇〇万円であり、そのうち、昭和四六年度まで
に一般市費、国庫補助金、起債を財源として二二億一一〇〇万円を支出している。
なお、終末処理場の稼動にともない下水道の利用が可能となつた地域については昭
和四七年三月一五日から供用を開始したが、同年一二月一日現在、供用開始の告示
区域は三〇三〇世帯、面積において一〇九・一ヘクタールである。
そして、鎌倉市の下水道事業は、第一期計画が昭和三三年に鎌倉地域につき事業決
定され、なお継続して施行されているものであり、昭和四五年当時の他地区の見通
しは、第二期計画が昭和五一年度から極楽寺及び腰越地域のうち市街化区域全域に
つぎ、更に第三期計画が昭和五六年度から深沢、大船地域のうち市街化区域全域に
つき順次施行される予定であつた。
各地域における下水道事業区域及び同区域における世帯数・人口がそれぞれ当該地
域において占める割合等は別表(三)記載のとおりである。
2 鎌倉市における受益者負担金制度の採用について
(一) 採用の理由
鎌倉市は前述のとおり、昭和三三年度から昭和五〇年度までに、旧鎌倉地区五五〇
ヘクタールに下水道を完備すべく計画をたてたのであるが、下水道施設の整備には
厖大な費用、たとえば鎌倉市の場合には管渠及びポンプ場の費用が一ヘクタール当
り三五七万円、終末処理場費が一人当り二万五六九円の建設費を必要とするもので
ある。
かかる巨額な事業費を要するこの種事業は事業が長期になればなるほど物価や労務
費の高騰で事業費が膨張し、事業の進捗が非常に困難になるので、計画的な整備と
自己財源の確保が急務とされる。更に国においては、立ち遅れている我国の下水道
を整備するため、昭和四〇年頃から各市町村に対し、計画的に下水道整備を促進す
るためその整備財源として受益者負担金制度の実施を指導しており、かつ徴収都市
には国庫補助金及び起債について優先的に配慮し積極的に国の方でも応援する姿勢
である。
ところで、都市計画事業による下水道事業に充てる自主財源としては、まず目的税
たる都市計画税が考えられるが、この使途は下水道事業のほか道路、公園、その他
各種の都市計画事業に用いられ、たとえば鎌倉市における昭和四六年度決算をみる
と、都市計画税としての収入が二億四六〇〇万円であるのに対し都市計画事業費
(都市計画税務費、土地区画整理費、街路事業費、公園費)としての支出は五億一
八三一万九〇〇〇円となつており、目的税である都市計画税の収入額は下水道事業
を除く都市計画事業費の五〇パーセントにも満たない。
したがつて、下水道総事業費(第一期分推計額)三三億一〇〇万円のうち国及び県
の補助金四億九七〇〇万円と起債による六億九七〇〇万円を差し引いた額二一億七
〇〇万円を一般財源をもつて充てなければならないのである。しかしながら、かか
る多額の一般財源をもつて一部地域(旧鎌倉市域の事業に充てることは、住民相互
間の負担公平の原則に反することになる。
ここにおいて鎌倉市は、昭和四三年一〇月終末処理場建設の着手を機に、安定した
自主財源として、国の指導のもとに、下水道事業により著しく利益を受ける者をし
て事業費の一部を負担せしむべく、いわゆる受益者負担金制度を採用することにし
たのである。
(二) 市議会への提案
被告は、鎌倉市の公共下水道が「分流式」(雨水を既設の溝渠や在来水路によつて
排除し、汚水、屎尿等のみを処理する方式。)であるため、終末処理場が完成しな
いと公共下水道が使えないという事情から下水管渠の埋設工事は昭和三三年度から
行なつてきていたが、受益の時期が不明確な時点において受益者負担金制度を周知
させることは適当でないと判断し、終末処理場の建設目途がたつた時点、すなわ
ち、昭和四四年九月の定例市議会に提案すべく、同年八月一八日、市議会代表者会
議において、受益者負担金制度の採用趣旨及び内容説明を行ない、同年九月二六
日、九月定例市議会において、鎌倉都市計画下水道事業受益者負担に関する条例案
を上程し、同月二七日審議に付し、同日、特別委員会が設置され、同条例案の付託
審議がきまり、同年一〇月一三日右委員会の審査期限を「審査の終了するまで特別
委員会の審査期限を延期する。」旨の議決がなされた。
その後、同年一一月二九日開催の一一月臨時市議会において右特別委員会委員長よ
り審議の経過及び結果が報告されたが、同年一二月二日右市議会における審議未了
のまま、右特別委員会に再付託された。更に同年一二月三日開催の一二月定例市議
会において、受益者負担率について事業費総額の三分の一から五分の一に原案を訂
正し、同月八日右特別委員会委員長より市議会に経過及び結果が報告され、同日原
案可決をみたものである。
(三) 条例及び施行規則の制定
そこで被告は、昭和四四年一二月一七日、都市計画法七五条及び地方自治法一四
条、一六条に基づき本件条例を公布し更に、同月一九日地方自治法一五条に基づ
き、規則二五号をもつて、受益者の地積申告、負担金の決定通知、納期、減免等同
条例の施行のため必要な事項を規定した「鎌倉都市計画下水道事業受益者負担に関
する条例施行規則」(以下「本件規則」という。)を制定、公布したのである。
3 本件各処分の経緯
(一) 本件条例三条、七条及び八条によれば、都市計画法七五条一項の規定によ
り、都市計画事業として執行する下水道事業のうち公共下水道に係る事業に要する
費用の一部を受益者に負担させるための手続きとしては、まず被告において、負担
区並びに当該負担区に係る事業費及び単位負担金額の予定額をそれぞれ定め、更に
年度ごとに具体的な賦課対象区域を設定し、いずれも公告すべきものとされてい
る。
そこで被告は、昭和四五年一月一日、鎌倉市における公共下水道事業の第一期計画
区域の負担区五六八・四ヘクタールを「鎌倉負担区」としてその区域を定め、告示
五八号をもつて公告するとともに、右負担区の事業費予定額を三三億一〇〇万円、
単位負担金額の予定額を一平方メー1ル当り一一六円と定め、告示五九号をもつて
公告し、更に同年四月一日、右負担区のうち同年度に負担金を賦課しようとする区
域を定めて告示一号をもつて公告した。
右単位負担金予定額の算定方法は次のとおりである。
条例五条及び六条によると、負担区の負担金の総額は、負担区の事業費の額に五分
の一を乗じて得た額とし、単位負担金額は、負担区の負担金の総額を当該負担区の
地積で除して得た額をいうものとされている。したがつて、本件の場合には、鎌倉
負担区の負担金総額三三億一〇〇万円に五分の一を乗じ、同負担区の地積五六八万
四〇〇〇平方メートルで除した値一一六円(一平方メートル当り)が単位負担金予
定額となる。
(三) 次いで、被告は、本件条例六条、一一条に基づき、右のとおり賦課対象区
域を定めて公告した昭和四五年四月一日現在における同区域内の土地に係る受益者
ごとに前記単位負担金額の予定額を基礎として負担金の額を定めて、これを賦課す
ることとしたものである。
別表(一)記載の原告らは、右同日現在別紙物件目録記載のとおり、同区域内に宅
地を所有し、又は同区域内の宅地につき一時使用でない賃借権を有していたため、
被告は、右計算方法に則り、別表(一)負担金額欄記載の賦課額を決定し、同年七
月一〇日、本件規則五条に基づき、別表(ハ)(一)記載の原告らに対しそれぞれ
負担金決定通知書を発して賦課処分をなしたもので、各通知書はそのころ右原告ら
に到達した。
(三) 更に被告は、昭和四六年度、昭和四七年度、昭和四八年度の各賦課対象区
域の所有者等として、別表(二)記載の原告らに、前同様の手続方法に則り、別表
(二)負担金額欄記載の賦課額を決定し、右各年のいずれも七月一〇日、別表
(二)記載の原告らに対し負担金決定通知書を発して賦課処分をなしたもので、各
通知書はそのころ右原告らに到達した。
よつて、被告のなした本件各処分は適法である。
四 被告の主張に対する原告らの認否
1 被告の主張1項の事実は認める。
2 (一)同2項(一)の事実は不知。
(二) 同2項(二)のうち、本件条例の提案理由は不知、その余の事実経過は認
めるが、本件条例は昭和四四年一二月二日の鎌倉市議会において継続審議の議決が
行なわれず、法的には当然廃案になつたものである。
(三) 同2項(三)の事実は認める。
3 同3項の事実は認める。
五 原告らの反論
本件各処分には、以下に述べるとおり違法な点が存する。
1 公共下水道の性格と受益者負担金の本質に照らせば、鎌倉市における公共下水
道事業に都市計画法七五条の規定に基づく受益者負担金を課することは違法であ
る。
(一) 公共下水道の意義
(1) 都市においては人口が密集し、空地もなく高層化していることから、自分
で屎尿を処理することは、例外の場合を除いておよそ不可能である。また、屎尿
は、これを社会的、公共的に処理するのでなければ、都市の市民は一日たりとも生
活できないのが現実である。
日本では、高度成長以前には農村還元方式という独特の処理方法があつた。しか
し、高度成長期に、日本は一方で急速な都市化が進行し、人口の極端な集中と都市
的生活様式が確立し(一九四〇年の都市人口は、二七五〇万人で三八パーセントで
あつたのに対し、一九七五年の都市人口は、八五〇〇万人で全人口の七六パーセン
トに達した。)、他方で、農村自体も大きく変化し、急激に都市的生活様式になつ
た。かくて、農村還元方式は、消減するにいたり、海洋投棄も困難となつた。
こうして、屎尿は、とりわけ都市において、社会的、公共的に処理しなければ一日
たりとも生活できないものとなり、下水道は、都市にとつては必須の生活手段とな
つたことは明らかである。つまり、屎尿の処理は下水道を使つて、都市の内部で自
ら処理しなければならなくなつたのである。
以上の点から考えると、都市における下水道の役割・地位は、
(イ) 屎尿処理、都市衛生からいつても、都市の基本的な、必須の施設であり、
(ロ) 公害防止、水資源の確保からいつても、家庭用排水や高度成長の産物であ
る産業廃棄物による水質汚濁を防ぐためにも必須の施設であり、
(ハ) 防災や浸水の防止からいつても、都市にとつて不可欠な施設である。した
がつて、下水道を贅沢なものとみるのは間違いであり、西欧と同じく、下水道は都
市の必要最低限の必須の行政施設であり、全市民が受益できるものでなければなら
ないもの、いわばシビル・ミニアムの一つである。
要するに、公共下水道は、都市にとつては必須の生活手段であり公共施設であるか
ら、その設置も公共団体が当然義務として行なわなければならないものである。
(2) また、憲法二五条は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を
営む権利を有する。
国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進
に努めなければならない。」と規定し、同法九二条の「地方自治の本旨」とは地域
住民の福祉増進をその内容としている。都市の下水道は、右の憲法上の要請に従つ
て設置されなければならない。今日では、下水道は単に特定地域の住民に利便をも
たらすだけではなく、より広範囲に高度の公共性、国家性を有するものである。こ
のことは、下水道法が端的に示唆している。「この法律は、流域別下水道整備総合
計画の策定に関する事項並びに公共下水道、流域下水道及び都市下水路の設置、そ
の他の管理の基準等を定めて下水道の整備を図り、もつて都市の健全な発達及び公
衆衛生の向上に寄与し、あわせて公共用水域の水質の保全に資することを目的とす
る。」(同法一条)これによつても明らかなように、下水道は、都市の基本的な施
設であり、上水道と同じように都市往民の生存福祉にとつて不可欠の存在であると
同時に、下水道は、公衆衛生、公共用水域の水質の保全等という重要な役割を担つ
ているものである。したがつて、このような下水道の法的性格に照らし、その工事
費用は、上水道と同じように、すべて本来的な租税で賄われなければならない。
(3) このことは、下水道法には道路法六一条、河川法七〇条、港湾法四三条の
四に規定する受益者負担金に関する規定がないばかりでなく、下水道法一八、一九
条には、汚濁原因者負担金と工事負担金について明文の規定をおいて、この場合の
み負担金をとることができることを規定していることによつても明らかである。も
し、下水道について負担金を課することが、被告が主張するように、それ程必要で
あり、重要なのであれば、道路法などがそうしたように、当然、下水道法に明文の
規定がおかれていてよいはずである。
のみならず、被告は、法律に明文の規定がある道路法、河川法、港湾法に基づく事
業については、一切受益者負担金をとつていないのである。しかるに、被告は、明
文の規定のない公共下水道事業についてのみ受益者負担金をとろうとしているので
あつて、右は違法な行為といわざるをえない。
以上のとおり、公共下水道事業について受益者負担金を課すことができるかどうか
は、政治的な議論の場において問題とされるばかりでなく、法律上の議論として違
法の問題が生ずるのである。
(二) 都市計画法七五条の受益者負担の本質
(1) 受益者負担の本質は、「開発利益の開発主体への還元」であり、これは、
「公共の負担において営まれる事業に依つて特別の利益を受ける者は平等の原則上
その利益を公共に返還すべきであるとするいわゆる利益の平均の観念」に基づくも
のである。
ただ、ここで注意すべきことは、「開発利益の開発主体への還元」とは、当然に、
「産業基盤整備(育成)事業」によつて特別利益が生じた場合のことを前提にして
いる事である。何故なら、「産業基盤整備(育成)事業」は、本来個別資本が全額
自己の負担で整備すべきものである。しかし、国や地方公共団体が他の公共的観点
(たとえば特定産業の育成等)からこれらの事業を為すとしても、その事業の本来
の目的である通常の利益(一般的利益)の外に、結果的に個別資本(特定の者)に
特別の開発利益を生ぜしめる(産業基盤整備事業であるだけに開発利益の生ずるこ
とが多い。)場合には、その利益を国・地方公共団体に還元せしめ、もつて事業費
(これら産業基盤整備事業は厖大な費用を必要とし、本来個別資本が負担すべきも
の。)やその他の負担の軽減に充てるのが相当である。一方、「生活環境整備事
業」の場合には、国・地方公共団体の義務としでもともと公費をもつて整備すべき
ものであり、これは産業基盤整備事業と違つて、個別資本ないし特定の者に開発利
益を生ずることは通常あり得ない。また、生活環境整備事業によつてもたらされる
「生活上の利便」は、その供与が当該の行政目的であるから、「生活上の利便」の
経済的価値を還元させる必要はないからである。
なお、受益者負担金と事業費との関係は、利益の還元を通して結果的に事業費の負
担軽減になるというにすぎず、国・地方公共団体が事業費を出費しなくても、開発
利益(特別の利益)が生ずる場合には、これに課せられ、その利益が還元せしめら
れること前述のとおりであるから、むしろ理論的には事業費との連鎖性を欠くので
ある。
(2) 受益者負担金の本質は、産業基盤整備(育成)事業における開発利益の還
元にあり、実定法上もこれを前提としている。すなわち、
土地改良法九〇条二項に受益者負担金制度が導入されているのは、同法が農業用地
の改良・開発・保全及び集団化などを通して「農業生産の基盤の整備」(同法一
条)事業であるからである。
同様に、河川法七〇条二項及び六六条、道路法六一条二項及び五五条、道路整備特
別措置法二〇条、高速自動車国道法二一条、特定多目的ダム法九条二項、鉱業法五
三条二項・三項や漁業法三九条の受益者負担金制度の導入は、それらがすべて産業
基盤整備(育成)事業であるからに外ならない。
それ故、同じく公共事業であつても、上水道や下水道事業の個別法規に受益者負担
金制度の導入がないのは、それらが公費で賄うべき「生活環境整備事業」であるか
らに外ならない。
(3) 前記受益者負担金の本質並びに他の実定法規に照らすと、都市計画法七五
条に規定される「都市計画事業」とは、産業基盤整備(育成)事業に限定して解釈
されなければならない。
しかして、仮に、生活環境整備事業にも受益者負担金が許容されるとしても、産業
基盤整備(育成)事業の場合に匹敵するほどの「著しい開発利益」が生ずるなどの
例外的事例においてでなければならない。特に生活環境整備事業が、本来国や地方
公共団体の義務として公費をもつて為されるべき事業であること及び受益者負担金
の徴収が強制権限をもつて実現されることに鑑みるならば、「著しい開発利益」の
認定が厳格でなければならないことも当然である。
(4) 本件下水道事業は、工場などの汚水処理等を目的とする産業用の下水道事
業でなく一般家庭用のものである。したがつて、これが生活環境整備事業の代表的
なものであることは言うまでもないから、本件下水道事業に都市計画法七五条を適
用することは許されず、右規定に基づく本件各処分は違法である。
2 都市計画法七五条の規定が公共下水道事業に適用があるとしても、本件各処分
は右規定に定める要件を満たしていない違法なものである。
(一) 原告らには、都市計画法七五条所定の利益である「特別の経済的利益」は
生じない。
(1) 同法七五条の受益者負担金は開発利益の開発主体への還元を前提とするも
のであるから、同条所定の利益とは「特別の経済的利益」に限られるものであり、
「一般的利益」を含む余地はない。
被告は、本件公共下水道事業により生ずる原告らの利益とは「当該土地の効用・便
益性の増大」であるというのであろうが、この「土地の効用・便益性の増大」とは
結局のところ、下水道の完備により「衛生的で快適な生活を営み得るようになるこ
と」であるというにあるところ、「衛生的で快適な生活を営み得るようになるこ
と」は当該事業の目的であり、それ故、必然的にもたらされる通常の「一般的利
益」であつて、受益者負担金制度の対象とする「特別利益」でないことは明らかで
ある。受益者負担はあくまでも「特別利益」に対応する概念であり、日常生活の利
便等の「一般的利益」に対応する概念は使用料であつて、両者を混同することは許
されない。
(2) 本件公共下水道事業における「特別の経済的利益」とは、「当該土地価格
の上昇」をいうものであり、「日常生活における利益の向上」という「一般的便
益」をさすものではない。
しかるとき、原告らには右の経済的利益は生じえない。けだし、原告ら一般の市民
が居住の用に供するため、いわば使用価値を目的として保有する最小限度の土地
は、売却されることを前提とするものではないので、右経済的利益が現実のものと
なる可能性がないからである。
それ故、被告は本件各処分にあたつて、原告ら一般市民の受益の測定は行なつてお
らず(測定すること自体不可能なのである。)、負担金の額は受益からではなく費
用から算出したものである。
(3) 本件公共下水道は、早晩鎌倉市の住宅地の全域に設けられることになつて
いるので、原告らを含む一部の市民だけが「特別」の利益を受けるものではない。
なお、敷設の時間的な差は、大きな意味を持ちえない。
(4) 下水道事業の目的からいつて、当該地域の住民が当然に受益者になるわけ
ではない。鎌倉市の場合、下水道問題の発端は海水浴場の汚染問題であり、したが
つて、真の受益者は、これら関係業者(観光、交通、旅館等の業者)である。
にもかかわらず、これらの者には負担金を賦課することなく、その反面、受益のな
い土地所有者等、たとえば地価の上昇によつて地代のあがる地上権者、賃借人、或
いは下水道利用の必要のない土地所有者に負担金を賦課している。
(二) 原告らには都市計画法七五条所定の「著しい利益」は生じない。
(1) 原告らに公共下水道敷設による「著しい利益」、すなわち、土地価格の大
幅な上昇は生じえない。
この点について重回帰分析(モデル式)なる手法を用いて原告らの経済的利益を裏
付けようとする試みもあるが、右重回帰分析はあたかも科学的体裁を整えているか
のようで、その実全く非科学的であり、その算出方法には何ら合理性はない。
仮に、右重回帰分析によつて、土地価格の形成における本件公共下水道の寄与の程
度が六・九パーセントであるとしても、これをもつて「著しい」利益というのは、
全くの強弁である。
(2) しかも、仮に、公共下水道の敷設によつて何らかの地価の上昇という利益
があつたとしても、当該土地を譲渡、相続するときにはその利益は譲渡所得税、相
続税で捕促されるし、一般的な地価の上昇は固定資産税と都市計画税で吸収される
仕組みになつているので、原告らに「著しい利益」が生ずる余地はない。
(三) 本件負担金は、「利益を受ける限度」において賦課されたものではない。
下水道敷設事業は関係地域に対し、少なくとも「投資額」を上まわる「経済的利
益」をもたらすから、右投資額つまり事業費の一部負担は当然に受益の限度内であ
るとの見解もあるが、右は「経済的利益」が、前記特別利益なのか一般的利益なの
か或いは双方を含むのかを明確にせず、常に公共投資をすれば、その投資額を上回
る経済的利益が生ずるものであるとの、経済学上全く根拠のない独断を前提にして
いるものである。
更に、公共下水道事業費のうち、雨水分の処理は、公衆衛生の向上・水質保全をも
たらすから「公的利益」に寄与し、汚水分の処理は、当該敷設区域内の所有者等に
もたらされる「私的利益」に寄与するところ、本件公共下水道事業は分流式を採用
し専ら汚水の処理を目的とするから、受益者負担金の総額を事業費の五分の一にし
たのは合理的であるとの見解もある。
だが、雨水分が「公的利益」、汚水分が「私的利益」に寄与するとはこじつけであ
る。むしろ、汚水分の処理こそ公衆衛生の向上・水質保全に寄与するし、雨水分の
処理も汚水分の処理も土地の所有者にとつて利益であることに異同はなく、かよう
な区別は不可能であるし、区別する意味はない。
ましてや、負担率を事業費の五分の一にしたのは理論的に何ら合理的なものではな
い。本件条例における受益者負担金の割合は五分の一と規定されているが、これは
当初鎌倉市議会において被告から三分の一案が提出され、世論の反対にあつて、与
党の新政会は四分の一案、特別委員会では一〇分の一案、民社党は五分の一案、社
会・公明・共産党は反対という中で、強行採決のための政治的妥協の結果であるに
すぎない。
3 本件各処分は、受益者負担の名のもとになされたものであるが、その実質は租
税の賦課であり、租税法律主義に違反する違法なものである。
(一) 本件受益者負担金の実質は、租税である。
すなわち、本件負担金は、本件公共下水道事業によつて受益すると否とにかかわり
なく、賦課対象区域内に存する土地の所有者等に対し、一律に土地面積に応じて賦
課され、これを納付しないときは、国税滞納処分の例により、国税徴収法によつて
強制徴収される(都市計画法七五条五項)のであるから、租税と異らない。
また、本件負担金は、受益を測定してその限度内で賦課しているのではなく、事業
費を基準にして賦課しているのであるから、本来の意味での「受益者負担金」では
なく、一種の事業分担金ないしは特別の目的税というべきものである。
したがつて、実質的租税である本件受益者負担金に関しては、憲法八四条の規定す
る租税法律主義の適用又は類推適用があり、これを潜脱してなされた本件各処分は
違法である。
(二) 更に、原告ら国民(住民)は、国や地方公共団体の一般行政のための費用
等の財源に充てるため、各種の国税や住民税を支払い、またとくに、本件公共下水
道整備事業等の都市計画事業等の財源に充てられるべきものとして、都市計画税或
いは固定資産税等を負担している。
公共下水道の設置が、国と地方公共団体の一般行政としての国民(住民)に対する
サービス義務に基づく公共事業であり、国民(住民)が右に述べたように国税及び
地方税を負担している以上、国及び地方公共団体は、国民(住民)に実質的な租税
である負担金を賦課することは、いわば税金の二重取りであつて、違法である。
4 本件条例は、昭和四四年一二月二日の鎌倉市議会において継続審議の議決が行
なわれていないので当然に廃案となつたものであり、本件条例に基づく本件各処分
は違法無効である。
(一) 元来議会は、会期毎に独立の存在意識を有し、活動をするものであつて、
会期中に議決に至らない事案は、会期終了とともに消滅し、一切後会に継続しない
(地方自治法一一九条)。これが、いわゆる会期独立ないし会期不継続の原則とい
われるものであつて、議会活動の大原則である。
特別委員会は、議会の内部的組織であるから、その活動は当然議会が活動能力を有
しているとき、すなわち会期中に限られる(同法一一〇条三項)。この点は常任委
員会についても同様である。
但し、委員会の存続については、特別委員会は特定の事件について設けられたもの
であるから、議会におけるその事件の審議が終われば会期中でも当然消滅し、会期
中に議会の審議が終わらなかつたときでも会期の終了とともに消滅する。この点は
常任委員会と異なる。
このような会期不継続及び委員会の活動・存続の原則の唯一の例外が、議会閉会中
における委員会の継続審査であり、この場合議会閉会中も継続審査に付する旨の議
決を要することは明文上明らかである(地方自治法一〇九条五項、一一〇条三項但
書)。
(二) 昭和四四年九月本件条例案が上程された定例市議会においては、「閉会中
も継続審査に付する。」旨の議決がなされたが、後会である一一月臨時市議会で
は、その旨の議決がなされないまま閉会となり、更にその後開かれた一二月定例市
議会において、改めて上程されることなくして本件条例案が審議・可決されたもの
であつて、その違法なることは明らかである。
(三) 継続審査は数会期にわたつてなし得ることを前提に、特別委員会に付託す
る際に「審査終了まで」として継続審査に付する旨の議決をしておけば、後会にお
いて再度「継続審査に付する。」旨の議決は必要ないとの見解があり、また仮にそ
のような行政実例があるとしても、かような見解や実例は次の理由により誤りであ
る。
第一に、会期毎に「閉会中継続審査」の特別決議を要することは明文上明らかであ
り、かつ前述の会期独立ないし不継続の原則及び委員会の従属性から当然のことで
ある。一回議決しておけば、その効力が数会期にわたつて持続するというが如き解
釈・運用が通用する道理がない。
第二に、特別委員会に付託する際に「審査終了まで」としておけばその後は継続審
査の議決を要しないとすることは、特別委員会を運営上常設機関とするものであつ
て、その性格上許されないものである。
第三に、本件の如き運用が一般的に慣行化しているという事実は絶対にないばかり
でなく、行政実例としてこのような事例が散見されるとしても、これは悪しき事例
でありかかる事例の存在の故をもつて違法が適法に転化されることはあり得ない。
一般住民に有利な給付行政や慣行的形式的な軽微な事案の審議であれば格別、受益
者負担というような権カ的一方的な不利益処分に関する審議について、本件の如き
安易な運用が許されてはならないのである。
(四) 更に、「本条例の審議手続に若干の法律的議論の余地があり得るとして
も、本条例の有効性については市議会の自律的判断が尊重されるべきであり、裁判
所に直接その有効・無効の判断を求めるのは相当でない。」との見解もあろう。
しかしながら、市議会の自律性といつても、それは市長その他の行政執行部に対す
る自律性であり、議会の運営及び活動における自律性であつて、法の解釈・適用に
おける自律性ではあり得ない。元来地方自治法の規定は強行法規性を有しこれに反
する行為は無効である(地方自治法二条)。当時の市議会が有効であるとしてなし
た立法行為であつても、手続上瑕疵があり無効とされる事例は数多く存在するので
あつて、とくに本件においては、当時の議員の中には本件条例の違法無効を主張す
る者が少数ながら存在していたものであつて、議会が多数決で有効なものとして取
扱つたからといつて、無効な決議が有効に転化することはあり得ない。況んや、裁
判所の有効・無効の判断が市議会の判断に左右されるというようなことは法治主義
の原則上認められないところである。
5 本件各処分は、昭和三三年以降の公共下水道事業の事業費をさかのぼつて賦課
の対象としており、このような長期にわたる受益者負担金の遡及的適用は、行政に
おける不遡及の原則ないし適正手続の原則に反し違法なものである。
(一) 本来下水道事業は、ある程度長期にわたることが予想されその事業費の支
出も過年度にわたることは当然認められるところで、その会計処理としては継続費
の逓次繰越しとして支出されているものと思われる。
しかし、会計年度としては各年度において独立した予算・決算審議の態様において
住民の代表者たる市議会の審議を受けており、その事業執行及びこれに対応した支
出は既に案件として終了している。
のみならず、右審議における事業費の支出は市費をもつて賄う旨の議決は、住民に
負担を課さない趣旨を当然含むものであつて、後に至つてその決議の趣旨を翻し、
事業費の一部を住民に転嫁するが如きは、適正手続違法ないし信義則違反として許
されないところである。
(二) 昭和三三年当時の下水道事業と一〇年後の本件各処分当時の当該下水道事
業とは、全体として一体性を有するので、過去に行なわれた別個の事業費をさかの
ぼつて負担させるものではないかのようであるが、右両者の共通点は、下水道事業
であるという一点だけであり、施行区域、規模、構造、工期等の内容及び計画の立
案、決定等の手続においてまつたく別個のものである。のみならず、右の一〇年間
は戦後日本経済が最も急激な変動を受けたいわゆる高度成長期に当り、資本と人口
の都市への集中集積により生活環境が著しく劣悪化し、いわゆる生態学的危機をも
たらした時期であつて、公共下水道の意義自体が大きく転換されるに至つた時期で
あるから、同じく下水道事業といつても、その意義は両者決して同一ではない。こ
の意味からも右両者に同一性があるとはいえない。
(二) また、「賦課時期をいつとするかは条例制定上の立法政策の問題であり、
議会の裁量に委ねられる。」とか、「受益の存在が不明確な時期において受益者負
担金制度を採用することは適当でない。」とか遡及的適用が合理的であるとする見
解もあろう。
しかしながら、前者については、住民に対する権力的不利益処分たる賦課処分の性
格及び適正手続保障の原則、更には行政の恣意を許さないという民主的法治行政の
原則からいつても、かかる安易かつ恣意的な解釈・運用が許される道理がない。
後者について、受益の存在が不明確なのは、昭和三三年当時ばかりでなく、本件賦
課処分当時も同様であり、むしろ本件処分当時の方が一〇年前より受益性が一層不
明確である。元来被告の主張によれば、下水道事業の施行によつて当然受益が生ず
るというのであるから、終末処理場の建設完成の目途が立つたからといつて突然受
益性が生じるというものではないはずである。時期の如何にかかわらず、その当時
において特定の者に著しい受益が認められれば、負担金を課することに支障はない
はずである。
以上のとおり、被告の原告らに対する本件各賦課処分は違法である。
六 原告らの反論に対する認否
1 (一)原告らの反論1項(一)のうち、公共下水道が都市にとつて必須の生活
手段であること、憲法八四条及び下水道法一条の規定の内容、同法に受益者負担制
度がないことは認めるが、その余の主張は争う。
(二) 同1項(二)の主張は争う。なお、受益者負担金は、事業費の負担の公平
を図ることを目的とする制度である。
2 同2項の主張は争う。
3 同3項のうち、受益者負担金が国税滞納処分の例により強制徴収されることは
認め、その余の主張は争う。
4 同4項のうち、(一)の主張は認め、その余の主張は争う。
5 同5項のうち、本件各処分が昭和三三年以降の公共下水道事業の事業費をさか
のぼつて賦課の対象としていることは認め、その余の主張は争う。
七 被告の再主張
1 公共下水道事業といわゆるナシヨナル・ミニマム
(一) 原告らは、公共下水道は憲法二五条の「健康で文化的な最低限度の生活」
を保障するための必要不可決の施設であり、同法九二条の「地方自治の本旨」から
しても、国及び地方公共団体は当然それを自らの負担において設置する義務を有し
ているので、そのような性格を有する公共下水道事業の費用を、受益者負担金を賦
課して住民に分担させることはできない旨主張する。
しかしながら、なにが「健康で文化的な最低限度の生活」かは時代々々の国の財政
状態、社会事情、生活水準等によつて異なるのであり、昭和四五年当時において公
共下水道が、原告らがいうように、「健康で文化的な最低限度の生活」を保障する
施設であるかどうかは、前記被告の主張に述べた我国における公共下水道の普及状
況に照らすと、はなはだ疑問としなければならない。仮に公共下水道が、原告らの
理解するような性格の施設であるとしても、そのことから直ちにその布設に際し全
く受益者負担金を賦課することはできないと結論するのは早計である。公共下水道
の性格を原告らのように理解するのであれば、公共下水道事業はまさに憲法二五条
の精神・趣旨を実現するためのものであり、受益者負担金はいわばそのための一手
段であるということができる。
したがつて、受益者負担金が住民に賦課されるという現象のみをとらえて、憲法二
五条の問題を議論するのは意味がない。要は、受益者負担金の負担と公共下水道布
設から受ける利益とのバランスの問題である。公共下水道布設によつて得られる多
大の利益を考えると、その布設のために住民が事業費の三分の一ないし五分の一程
度を負担させられたからといつて、このことが憲法二五条の上で問題になるとは到
底考えられない。むしろ、右の程度の住民負担において公共下水道を布設すること
がまさに憲法二五条の精神・趣旨に合致するということができるのである。
更に、憲法九二条「地方自治の本旨」からして、公共下水道の布設は国又は地方公
共団体の義務であるとする原告らの主張は、政治的責務と法律的義務との差異を明
確に理解しない議論である。
すなわち、仮に、公共下水道が原告らの主張するような性質のものであるが故に、
公共団体は、その布設を行なわなければならないということができるとしても、そ
れはあくまでも政治的なレベルの事柄を問題とした上でのことであるから、これを
政治的な責務であるというのであればともかく、法律的な義務ということはできな
い。したがつて、原告らのいう「義務」なるものについては、どのような手段・方
法によつてこれを遂行するかは、財政事情、住民感情のほか社会的、経済的、地理
的背景等諸般の事情を考慮してなすべぎ当該地方公共団体の政治的・政策的裁量に
すべてゆだねられているのであつて、地方公共団体としては、右の「義務」なるも
のを遂行し得る最も合理的かつ現実的な手段・方法を選択するのは当然であるか
ら、当該地方公共団体が受益者負担金制度をそのような手段・方法の一つとして選
択した上で法定の賦課要件に基づいてその負担金を賦課することとした以上、仮に
その選択自体の当否が政治的な議論の場において問題とされ得る余地がなくはない
としても、法律上の議論としてその適法・違法の問題を生ずる余地のないことはけ
だし当然である。なお、公共下水道事業推進のための財源確保の一手段として、受
益者負担金を選択することは、受益の地域的範囲が明確で賦課の対象者をとらえや
すいこと、市民の一部にすぎない受益者に対し負担金を賦課することによつて公平
感を醸成し、事業の推進に全市民的な協力が得られること、受益者の数が多いため
単位負担額は少額であつても全体としては比較的多額の財源を確保できること等を
考慮すると、政治的・政策的判断としても極めて妥当なものであり、地方自治の本
旨に何ら反するものではない。
要するに、「公共下水道布設は、ナシヨナル・ミニマムであるべきである。」とい
うことと「ナシヨナル・ミニマムである。」ということとは明確に区別して論じな
ければならない(第三次下水道財政委員会のこの点に関する提言も前者の趣旨であ
る。)。鎌倉市も公共下水道布設は、理念としては、ナシヨナル・ミニマムである
べきものと考えたからこそいち早く本件事業を実施したのである。その結果、受益
者負担金賦課の要件を満たす状態が生ずれば、それを賦課するのはけだし当然であ
つて、そのことと、公共下水道布設はナシヨナル・ミニマムであるべきであるとい
う考えとは何ら矛盾するものではない。
(二) 原告らは、「生活環境整備事業」によつて生じた利益は都市計画法七五条
にいう「著しい利益」に当たらないと主張するようである。
しかし、原告らのいう「生活環境整備事業」(その意味するところは必ずしも明確
ではない。)によつて生じた利益であつても、それが当該事業によつて一般の市民
ないし国民が等しく受ける利益(便宜上「一般的利益」という。)と区別し得る特
別の利益といえる以上、それを受益者負担金賦課の基礎とすることは何ら差し支え
ない。
これを本件の公共下水道事業受益者負担金についてみれば、公共下水道布設は、公
衆衛生を向上させ、公共用水域の水質保全に資することにより布設区域内の住民に
衛生的で快適な生活を営み得るという利益をもたらす。このような利益は布設区域
内の住民一般にもたらされるものであるから、前記の一般的利益としての面をも有
しているものである。そして、更に布設区域内の住民のうちその区域内の土地につ
き所有権等継続的使用権限を有する者には、当該土地の資産価値の増加という結果
をもたらす土地の効用、便益性の増大という利益がもたらされる。このような利益
は、明らかに、布設区域内の住民一般にもたらされる前記の衛生的で快適な生活を
営み得るという利益とは区別され、それにプラスされるものであり、右の継続的使
用権限者が排他的に享受するものであるから、特別の利益といい得る。
本件条例の規定に従つて被告が本件受益者負担金賦課の基礎とした利益は、右のよ
うな布設区域内の土地についての継続的使用権限者が排他的に享受する特別の利益
であるから、それが都市計画法七五条にいう「著しい利益」に当たることは明らか
である。
したがつて、本件各処分は何ら同条に違反するものではない。
(三) なお、下水道法に受益者負担金制度が採用されていない理由は、以下のと
おりである。
現行下水道法は、昭和三三年に公布施行されたものであるが、当時既に八都市(秋
田、豊橋、福井、函館、能代、岡山、仙台及び尼崎各市)において下水道事業に関
し旧都市計画法(大正八年四月五日法律第三六号)六条二項、同法施行令一〇条に
基づく受益者負担金省令が制定、実施されていたところ、公共下水道事業はすべて
都市計画事業として実施されるものと考えられていたため、下水道法に受益者負担
に関する規定を設けることによつて生ずる規定の重複による疑義を避け、かつ、右
のとおり現に旧都市計画法に基づく受益者負担金制度を活用している都市に関する
複雑な経過措置の制定を回避することとし、下水道法に受益者負担金制度を導入す
ることを見送つたものである。
2 公共下水道事業における受益者負担金の賦課要件
(一) 「著しく利益を受ける者」の意義本件条例において負担義務者とされてい
る者は、排水区域内に存する土地の所有者、又は継続的使用権限を有する地上権
者、質権者、使用貸借の借主及び賃借権者である(本件条例二条)。これらの者
は、本件事業によつて「著しく利益を受ける者」といえるものである。
(1) 公共下水道事業のもたらす利益
公共下水道の布設社、雨水、汚水・屎尿の排除・処理が簡便かつ衛生的に行なわれ
ることによつて公衆衛生を向上させ、公共用水域の水質保全に資する。このような
利益は、単に布設区域内の住民にとどまらず、関係周辺住民一般にもたらされるも
のであり、ひいては国民全体の福祉の増進に奉仕するといつてよいものであるが、
最も直接的かつ明確な形で利益を受けるのが布設区域内の住民であることは疑う余
地がない。そして、これら住民の受ける利益の中核が、下水道の完備により衛生的
で快適な生活を営み得るようになることにあるのは明らかである。このような利益
自体、下水道布設状況が不十分な我国の現状においては、公共下水道が布設されて
いない地域の住民の状況との比較において、極めて大きなものということができ
る。
公共下水道の布設によつてその区域内にもたらされる右のような生活環境の良化
は、土地の利用に即していえば、その区域内の土地の効用、便益性を増大させ、そ
の利用価値を増す。その結果、土地の資産価値の増加をもたらし、究極的に地価の
上昇を来す。右のような土地の資産価値の増加という結果をもたらす土地の効用、
便益性の増大は、公共下水道布設区域内の住民のうち、主として土地の所有者等継
続的使用権限者が排他的に享受するものであるから、これらの者は公共下水道布設
が布設区域内の住民一般にもたらす前記のような生活環境の良化という利益に加え
て、更に右のような意味においての経済的利益を受けることになる。
この利益の実体はあくまでも土地の効用、便益性の増大そのものであるから、下水
道布設に原因する地価の上昇と必ずしも同義ではない。地価の上昇は右の利益が存
在することの明白な、しかし、一個の徴憑であるにすぎない。したがつて、地価の
上昇をもつて右の利益を完全に評価し尽しているものといい切ることはできない。
そもそも、公共下水道布設による土地の効用、便益性の増大は、完全な金銭的評価
を行なうことが困難な性質のものである。これをあえて金銭的に評価しようとする
ならば、それは、公共下水道事業に対する投資額に相応するものということになら
ざるを得ないであろう。なぜならば、公共下水道事業に対する投資がなければ右の
ような利益が生ずることはないのであるから、この意味において、もし他に右の利
益を金銭的に評価する積極的な方法がない場合には、右の利益の金銭的評価は、投
資額に基づいて、右のように消極的な形でこれを行なうほかないからである。
そして、公共下水道布設により対象区域内の所有者等継続的使用権限者にもたらさ
れる利益は、土地の効用、便益性の増大であり、地価の上昇はそのような利益の存
在することを示す明白な徴憑であるから、本件受益者負担金賦課の対象となつた各
土地につきもたらされた利益を把握して金銭的に評価するのに最も簡便でかつ妥当
な方法は、右各土地の地価形成における公共下水道布設の寄与の程度を計量的に算
出する方法であると解される。
そこで、原告らの本件各土地の地価形成における本件公共下水道布設の寄与の程度
を重回帰分析の手法により算出すると、それは、約六・九パーセントの寄与率、金
銭的に評価して一平方メートル当たり五〇〇〇円ないし七〇〇〇円の寄与があると
認められる。そして、ある要因の地価形成における寄与の程度を把握する方法とし
て、右重回帰分析の手法によるやり方は最も一般的なものの一つであり、十分な合
理性を有する。
(2) 「著しい利益」
公共事業が特定の者にもたらす利益が「著しい」か否かの判断基準を一義的に示す
ことは、各公共事業によつてその性質・規模、それに対する社会的評価、それがも
たらす利益の性質・程度等が著しく異なるので、極めて困難である。結局、この問
題も受益者負担金の本質に立ち帰つて考えざるを得ない。すなわち、受益者負担金
は前記のように事業費用の負担の公平を図る制度であるから、当該利益が「著し
い」か否かは、尽きるところ、その特定の者が受ける利益と他の一般の市民ないし
国民の状態との比較の問題である。とするならば、「著しい利益」とは、その特定
の者に事業費を分担させなければ公平の観念に反することになる程度の利益、とい
うことになろう。
法律によつては「特に利益を受ける者」とかあるいは単に「利益を受ける者」とい
うような言葉を用いているものもあるが、その意味するところは基本的にはいずれ
も右と同じといつてよい。
本件排水区域内の所有者等継続的使用権限者が本件事業によつて受ける利益が「著
しい利益」に当たるか否かについての判断に関し、次の三種の比較が可能である。
第一に、他の国民一般の状態との比較、第二に、同一の行政区画すなわち鎌倉市内
において公共下水道布設対象外の地域すなわち本件排水区域外の市民の状態との比
較、第三に、本件排水区域内における所有権者等継続的使用権限者以外の者との比
較である。
第一の比較をするには、我国の公共下水道施設の普及状況及び本件事業にどの程度
の国費が充てられているかを知らなければならない。我国の公共下水道施設の普及
率は、昭和四七年末において人口比率でわずか一八・五バーセントにすぎない。そ
して、当初の事業推計費三三億一〇〇万円の財源の内訳は、国庫補助金四億九七〇
〇万円、地方債分六億九七〇〇万円、一般市費二一億七〇〇万円となつており、起
債が認められることによる利益をも考慮すると、国費の占める割合は決して少なく
なく、実質的には、本件事業に対し国庫から相当多額の支出がなされているという
ことができる(地方自治法二三〇条、地方財政法五条一項参照。地方債分のほとん
どが償還期間三〇年、年利率七・五ないし八パーセントという極めて有利な政府資
金からの借入れである。)。このような状況に照らすと、本件事業によつて、本件
排水区域内の市民は、他の一般の国民の負担において、それらに比し極めて大きな
利益を受けているといわなければならない。
次に留意すべきは、当該事業には、総事業費の約三分の二の多額の市費が投じられ
ている(一般市費二一億七〇〇万円のほかに地方債の償還分を加えると更に多額と
なる。)ので、鎌倉市の中において本件排水区域内の市民は区域外の市民の負担に
おいてそれらに比較し、極めて大きな利益を受けていることは明らかである。更
に、本件排水区域内において、その区域内の土地の所有者等継続的使用権限者はそ
れ以外の者に比べて前記のように土地の効用、便益性の増大という利益を保有する
ことになる。
右(1)、(2)のようにみると、本件排水区域内の市民のうち特に区域内に存す
る土地の所有者等継続的使用権限者は、他の市民ないし国民の負担において、それ
らと比較し、本件事業によつて著しく大きな利益を受けることは明らかである。し
たがつて、本件条例がこれらの者を負担義務者たる特別受益者としたことは極めて
正当であつて、なんら都市計画法七五条に違反するところはない。
(二) 「利益を受ける限度」について
(1) 「利益を受ける限度」の意義
前記のように、本件負担義務者の受ける利益の実体は土地の効用、便益性の増大で
あり、これをあえて金銭的に評価するならば事業に対する投資額に相当する額とい
わざるを得ないから、事業費の一部を負担させるかぎり、それは文言上は一応「利
益を受ける限度」ということになる。といつても、受益者負担金の本質が事業費の
公平な分担である以上、その分担金額は、事業費の一部でありさえすればよいとい
うものではなく、合理的に決定されたものでなければならないから、結局のとこ
ろ、「その利益を受ける限度」という言葉は右の合理性の判断基準を表現している
といえる。
ところで、公共下水道布設に事業費は、雨水排除に要する経費と汚水の排除・処理
に要する経費とに分析して考えることが可能であるが、現在の標準的な下水道計画
に基づいて雨水分として分析される経費と汚水分として分析される経費との一般的
な比率を推定すると、おおむね雨水分が七〇パーセント、汚水分が三〇パーセント
となつている。そして、現在の公共下水道施設の雨水・汚水の排除・処理における
機能の仕方をみると、雨水分として分析される経費の多くの部分は公衆衛生の向
上・公共用水域の水質保全という周辺住民一般にもたらされるいわば公的利益に寄
与し、汚水分として分析される経費の相当な部分は土地の効用、便益性の増大とい
う主として布設区域内の所有者等継続的使用権限者にもたらされるいわば私的利益
に寄与するといえる。ことに、鎌倉市の本件公共下水道施設においては、雨水は既
設の管渠や在来水路によつて排除し、汚水・屎尿等のみを排除・処理するいわゆる
分流式を採用しているため、その事業費の多くの部分が右に述べた土地の効用・便
益性の増大という私的利益に寄与しているということができる。
そして、本件受益者負担金賦課の対象となつた各土地については、前記のとおり、
本件公共下水道布設が原因で一平方メートル当たり本件受益者負担金額の数倍以上
に相当する地価形成における寄与が認められる。
これらの事実に、本件事業費の総額、本件事業によつて負担義務者の受ける右の地
価上昇を含む利益の程度、本件排水区域内の人口等を総合勘案すると、本件条例が
受益者負担金の総額を事業費の五分の一にした(本件条例五条)のは、極めて合理
性を有するものということができる。
なお、公共下水道事業の場合、事業費の五分の一ないし三分の一を受益者負担金と
して土地所有者等に負担させることは、戦前から慣行として確立しており、経験的
にもその合理性が承認されているのである。
また、土地の効用、便益性の増大の享受度は土地の面積に比例すると考えられるか
ら、本件条例が面積に比例して負担金を課することとした点も合理性を有するとい
える。
したがつて、本件条例が当初事業推計費三三億一〇〇万円の五分の一を本件負担区
の地積で除した額、すなわち一平方メートル当たり一一六円に負担義務者が所有権
等継続的使用権限を有する土地の面積を乗じて得た額を受益者負担金として賦課す
ることとしているのは合理的である。
3 負担金と租税の関係
(一) 原告らは、受益者負担金は実質的に租税としての性質をもつものであるに
もかかわらず、本件各処分はその手続を履行せずしてなされたものであるから、租
税法律主義に違反する旨主張するが、租税と受益者負担金とは、その本質において
異なる。
すなわち、租税とは、国又に地方公共団体が特別の給付に対する反対給付としてで
なく、これらの団体の経費に充てるための財力調達の目的をもつて、その課税権に
基づき、法律の定める課税要件に該当するすべての者に対し、一般的標準により、
均等に一般人民に賦課する金銭給付をいうのに対し、負担金とは、特定の公共事業
に特別の利害関係を有する者に、その事業に要する経費の全部又は一部を負担させ
るために課する公法上の金銭給付をいうのであるから、受益者負担金は、租税と
は、その課する目的及び負担義務者の二点において異なるものであつて、租税法律
主義とは直接には関係を有しないのである。
したがつて、本件各処分が租税法律主義に違反する旨の原告らの主張は理由がな
い。
(二) 原告らが、下水道建設の財源としては固定資産税や都市計画税が徴収され
ているのだから更に受益者負担金をとる必要がないと主張するのであるとしても、
右主張は理由がない。けだし、右主張のとおりであれば、固定資産税や都市計画税
を徴収している都市は必ず下水道建設事業を行なつていなければならないことにな
るが、現実に下水道事業を行なつている市町村はわずかである。また、受益者負担
金は開発利益の吸収ではないから、固定資産税、都市計画税、譲渡所得税、相続税
によつて開発利益が吸収されるとしても、受益者負担金と右各租税は何ら矛盾する
ものではない。
4 本件条例制定手続
(一) 原告らは、本件賦課処分を定めた条例は、その条例案が昭和四四年一二月
二日の鎌倉市議会臨時会において、継続審査に付する旨の議決がなされておらなか
つたため、同日の臨時会の閉会とともに廃案となつた旨主張する。
しかしながら、地方自治法一一〇条三項但書は「議会の議決により付議された特定
の事件については、閉会中も、なお、これを審査することを妨げない。」と規定し
ており、これによれば、特別委員会ば議会の閉会中においても、また数会期にわた
つても継続審査をなし得ると解されている。そして、特別委員会に付託する際に
「審査終了まで」継続審査に付する旨の議決を経ておけば、後会において再度継続
審査に付する旨の議決は必要ないと解され、このやり方は地方議会において一般に
行なわれている方法である。
そこで、本件条例の成立経過をみると、昭和四四年一〇月一三日の九月定例会にお
いて特別委員会の審査期限を「審査終了まで」とする旨議決され、同年一一月二九
日開催の一一月臨時市議会において委員長から審議経過及び結果が報告されたが、
これは中間報告的なものであつて議決されるには至らず、同年一二月二日議会にお
いて、本案件は右特別委員会に再付託された(再付託手続は前述したように不要と
解する。)のち、同月八日に定例市議会において委員長の報告を経て原案可決され
たものである。
したがつて、本件条例制定手続に何ら瑕疵はなく、本件条例は適法に成立したもの
である。
(二) なお、本件条例について審議した鎌倉市議会昭和四四年一一月臨時会の末
日、すなわち、同年一二月二日における、本会議終了に際しての共産党の青木元二
議員の「本件条例は、継続審議の議決が行なわれなかつたので廃案になつたものと
理解する。」との発言に対し、翌三日の一二月定例会において、同議員の言動は各
派代表者会議の申し合わせに反する独善的な行為として遺憾である旨の決議がなさ
れた。この決議は、共産党の議員を除き、本件条例自体には反対の立場をとる社会
党及び公明党の議員を含めた全議員の賛成によつて行なわれたものである。
このことは、鎌倉市議会としては本件条例案が右臨時会において廃案になつたもの
でないことを確認したことを示すものということかできる。
(三) 周知のとおり、地方議会は、住民の代表たる議員によつて構成される地方
公共団体の意志決定機関である。したがつて、その組織は議員の集合組織(本会
議)ないし分任組織(委員会)から成り、その権限・運営も議員によつて行なわれ
るものである。そして、議会運営についてのルールには、法律に直接規定されてい
るものもあり、議会運営の積重ねの中から、法の趣旨・解釈あるいは行政実例又は
先例等を基に蓄積・成立してきたものもあるが、議会運営はこれら各種のルールに
基づいて、当該議会自身の判断によつて自律的に行なわれるべきものである。
本件条例の審議についていえば、昭和四四年九月二六日九月定例会に上程後、同年
一二月八日本会議において原案が可決され、同月九日市議会議長は、議会の意志が
決定したものとして、地方自治法一六条一項の規定により、議決された本件条例を
市長に送付したのである。そして、市議会においてその後現在に至るまで本件条例
の成立に疑義あるとの意見が表明されたことは全くないし、また、本件条例の執行
者たる市長も本条例を当然有効に成立したものとして取り扱つてきたのである。
そうである以上、仮に本件条例案の審議手続について若干の法律的議論の余地があ
り得るとしても、本件条例成立の有効性については前述した市議会の自律的判断が
尊重されてしかるべきであり、裁判所に直接その有効・無効の判断を求めるのは相
当でないといわなければならない(なお、最高裁昭和三五年一〇月一九日大法廷判
決・民集一四巻一二号二六三三ページ、最高裁昭和三七年三月七日大法廷判決・民
集一六巻三号四四五ページ参照。)。
5 負担金の遡及的賦課について
原告らは、本件事業は、昭和三三年ころから行なわれてきたが、本件各処分は一〇
年前の事業費にまでさかのぼつて賦課の対象としており、行政における不遡及の原
則ないし適正手続の原則に反する旨主張する。
ところで、この「不遡及の原則」ないし「適正手続の原則」なるものの法律的意義
及びその効果は不明であるが、鎌倉市における第一期公共下水道事業は、昭和三三
年に着工した後、現在もなお昭和五八年度の完成をめざして建設工事を進めている
のである。この公共下水道事業は下水管渠や終末処理場等各種施設が一体となつて
初めてその効果を生むものであるから、受益者負担金の算出基礎としてその同一性
を有する過去の工事費等を含めることはむしろ当然のことである。
しかも、公共下水道布設に係る受益者負担金の賦課時期については、都市計画法七
五条はなんら規定しておらず、受益者負担金賦課の基礎たる利益が生じ、あるいは
生じることが確実になつた時点以後はいつでもこれを賦課することができると解さ
れる。したがつて、当該事業完了後であつても、特段の事情がないかぎり賦課でき
るのである。そして都市計画法七五条に基づいて受益者負担金を賦課するには条例
の制定が必要であるから、賦課時期をいつとするかは条例制定上の立法政策の問題
であり、究極的には立法機関としての市町村議会の裁量にゆだねられている。
鎌倉市においても、受益の存在が不明確な時期において受益者負担金制度を採用す
ることは適当でないと判断して、昭和四三年一〇月から着工していた終末処理場の
建設完成の目途が立つた時点の昭和四四年一二月に本件条例を制定し、昭和四五年
七月一〇日付けで本件各処分を開始したものであり(そして、その後、昭和四六年
度までに幹線管渠の約七四パーセント、枝線管渠の四・四パーセントの埋設工事と
中継ポンプ場三箇所及び終末処理場が完成しており、終末処理場の稼動に伴い下水
道の利用が可能になつた地域については昭和四七年三月一五日から供用開始してい
る。)、賦課時期に関して何ら違法の点はない。
また、国においても第二次下水道財政に関する研究委員会の下水道財政に関する改
善意見に基づき、昭和四一年一〇月二八日付けで建設省都市局長から都道府県知事
あてに、「受益者負担金の対象とする事業は、原則として、都市計画事業として決
定された公共下水道に係る事業のすべてとし、過年度の事業又は終末処理場等に係
る事業を適用除外としないこと。」とする旨の通達を発しているのである。
八 被告の再主張に対する原告らの認否
被告の主張は争う。
第三 証拠(省略)
○ 理由
一 請求原因1、2項の事実並びに被告の主張1項、2項(二)のうち鎌倉市議会
における本件条例の提案から可決に至る経緯及び同項(三)並びに3項の各事実は
当事者間に争いがない。
二 成立に争いのない甲第一号証、同第六号証の一ないし四、乙第一ないし第一二
号証、同第一三号証の三、同第一七、一八号゛証、同第二〇号証の一、同第二一号
“証の一、二、同第二二、二三号証、同第三〇号証、同第三一号証の一、二、同第
四一号証、同第四四ないし第四六号証の各一、二、同第四七号証、同第四九号証の
一、二及び同第五二号証並びに弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められ
る乙第三二号証及び同第五一号証並びに証人E、同F、同G(第一、二回)及び同
Hの各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められ、これを覆すに
足りる証拠はない。
1 都市における下水道の意義
下水道は、生活や生産に伴つて生ずる汚水及び雨水を速やかに排除し、かつ無害な
状態に処理して河海に放流する施設であり、都市における最も基礎的な公共施設の
一つである(以上の事実は当事者間に争いがない。)。
すなわち、近代産業の発展に伴う人口・産業の都市への集中が激化するにつれて、
都市住民の生活の場から排水される汚水は勿論のこと、高度化した産業活動によつ
て生ずる工場排水も急激に増加し、このため河川は汚水の負担に耐え切れず自然浄
化の能力を失つた。かくして、都市における下水道は、第一に、屎尿を処理し都市
衛生の保持と伝染病等の予防のため、第二に、河川海水の水質を保全し水資源確保
公害防止のため、第三に、洪水浸水等の防災対策として、必須の役割を果たすこと
となつた。
したがつて、都市環境の整備拡充を遂行すべき国及び当該地方公共団体は、都市住
民に対して、可及的速やかに公共下水道を布設すべき政治的な責務を負つていると
いえる。
2 我国における下水道整備の状況及び受益者負担金徴収実績
(一) 我国の下水道整備が本格化したのは、ようやく昭和三〇年代に入つてから
のことであり、昭和三三年の(新)下水道法の制定、昭和三八年の建設省による第
一次下水道整備五箇年計画の決定以来下水道事業は急速に進展しているが、我国の
下水道整備の現状は、昭和五三年度末現在の総人口普及率で約二八パーセントと欧
米先進諸国に比べてなお著しく立ち遅れた状況にある。
なお、昭和三六年以降の公共下水道の処理人口普及率及び排水面積普及率(昭和三
五年以降)並びに昭和五〇年度末の都道府県別普及状況は、別表(四)記載のとお
りである。
(二) 受益者負担金制度は、既に(旧)都市計画法(大正八年制定)六条二項に
「都市計画事業ニ因り著シク利益ヲ受クル者ヲシテ其ノ受クル利益ノ限度ニ於テ前
項ノ費用ノ全部又ハ一部ヲ負担セシメルコトヲ得」と規定され、戦前より都市計画
事業としてなされる公共下水道事業において採用され、東京(二三区)、横浜市、
名古屋市、大阪市等の大都市で受益者負担金を徴収していた。ところが、これらの
大都市では、戦中戦後の混乱により一旦徴収事務が廃止されて閏係書類が散逸し、
既に負担金を徴収ずみの地域と未だ徴収していない地域の区別もつかないことか
ら、戦後新たに受益者負担金を徴収することができず、いくつかの地方都市が旧都
市計画法に基づき負担金を徴収するにとどまつた。
しかしながら、昭和三五年の第一次下水道財政研究委員会及び昭和四一年の第二次
下水道財政研究委員会により受益者負担金制度の採用が提言されて以来再び多くの
都市で右制度が実施され、下水道の貴重な特定財源として下水道整備の推進に重要
な役割を果たしているが、昭和四八年の第三次下水道財政研究委員会の提言以降
は、条例で事業費の三分の一ないし五分の一を負担金の総額と定めていた従来の方
式に代えて、条例中に単位負担金額を明記する方式が一般化しつつある。そして、
昭和五四年の第四次下水道財政研究委員会の提言においても、受益者負担金制度の
役割を評価しつつその徴収を積極的に行なうべきである旨述べている。
なお、昭和三三年より昭和五二年に至る受益者負担金徴収実績は、別表(五)記載
のとおりである(但し、(旧)都市計画法六条二項及び同法施行令一〇条に基づく
建設省令によつて徴収していた都市にあつては、(新)都市計画法施行法三条三項
により、条例が制定施行されるまでの間、徴収方法及び徴収を受ける者の範囲につ
いて、当該省令の定めていた例により、徴収しうることになつている。)。
3 鎌倉市における受益者負担金制度採用の理由
鎌倉市は請求原因1項(三)記載のとおり、昭和三三年度から昭和五〇年度まで
に、旧鎌倉地区五五〇ヘクタールに公共下水道を完備すべく計画を立てたのである
が、下水道施設の整備には極めて厖大な経費がかかり、たとえば鎌倉市の場合は昭
和四五年当時管渠及びポンプ場の費用が一ヘクタール当り三五七万円、終末処理場
が一人当り二万五六九円の建設費を必要とするものである。かかる巨額な事業費を
要するこの種事業は、完成に到達するまで多くの年月が費されるのが通常である
が、事業期間が長期になればなるほど物価や人件費の高騰で事業費が膨張し、事業
の進捗が困難になるので、計画的な整備と自主財源の確保が急務とされる。
ところで、都市計画事業による下水道事業に充てる自主財源としては、まず目的税
である都市計画税が考えられるが、この使途は下水道事業のほか道路、公園その他
各種の都市計画事業に用いられ、たとえば、鎌倉市における昭和四六年度決算をみ
ると、都市計画税としての収入が二億四六〇〇万円であるのに対し都市計画事業費
(都市計画税務費、土地区画整理費、街路事業費、公園費)としての支出は、五億
一八三一万九〇〇〇円となつており、目的税である都市計画税の収入額は下水道事
業を除く都市計画事業費の五〇パーセントにも満たない。
したがつて、下水道総事業費(第一期分推計額)三三億一〇〇万円のうち国及び県
の補助金四億九七〇〇万円と起債による六億九七〇〇万円を差し引いた額二一億七
〇〇万円を、一般財源をもつて充てなければならないのである。しかしながら、か
かる多額の一般財源を一部地域(旧鎌倉市域)の事業のみに充てることは、住民相
互間の負担公平の原則に反することになる。
他方、国においては、立ち遅れている我国の下水道を整備する意図のもとに昭和四
〇年一〇月二五日建設省都市局長、自治省財政局長の共同通達により、各市町村に
対し、安定した建設財源を確保し計画的に下水道整備を促進するため積極的に受益
者負担金制度を採用すべきである旨指導しており、しかも右制度を採用し負担金を
徴収してやる都市には、国庫補助金及び起債について優先的に配慮し積極的に国の
方でも応援する姿勢である旨伝達している。
そして、鎌倉市では、市民の一部にすぎない受益者に対し負担金を賦課することに
よつて公平感が醸成され全市民的協力が得られること、受益者の数が多いため単位
負担額は少額であつても全体としては比較的多額の財源を確保できること、受益の
地域的範囲が明確で賦課の対象者を捕えやすいこと等を慎重に考慮するとともに、
住民の公共下水道の使用が可能となり受益の存在が明確となる時期まで受益者負担
金の賦課徴収を控えてきたが、昭和四三年一〇月、七里ヶ浜における終末処理場の
建築着工により下水道施設利用の目途が立つた(本件公共下水道は終末処理場が完
成しなければ全く使用できない。
)ことから、国の指導のもとに受益者負担金制度を採用することにしたものであ
る。
4 公共下水道の布設により鎌倉市民が受ける利益
(一) 公共下水道の布設は、雨水、汚水、屎尿の排除処理を簡便かつ衛生的に行
なうことにより、公衆衛生を向上させ、公共用水域の水質を保全するとともに、洪
水等の防止にも資するものである。このような利益は、公共下水道布設区域内の住
民にとどまらず、関係周辺住民一般にもたらされるものであり、ひいては国民全体
の福祉の増進に奉仕するといつてよいものであるが、最も直接的かつ明確な形で利
益を受けるのが布設区域内の住民であることは疑う余地がない。そして、これら住
民の受ける利益の中核が、下水道の完備により衛生的で快適な生活を営み得るよう
になることにあるのは明らかである。我国の下水道布設状況が前記2項記載のとお
り立ち遅れている現状においては、かような生活上の利益自体、公共下水道が布設
されていない地域の住民の生活状況と比較して、極めて大きな著しい利益というこ
とができる。
それとともに、公共下水道の布設によつてその区域内にもたらされる生活環境の良
化は、土地の利用内容を質的に著しく高め、その区域内の土地の効用、便益性を増
大させ、その利用価値を増す。その結果、土地の資産価値の増加をもたらす。
右のような土地の資産価値の増加という結果をもたらす土地の効用、便益性の増大
は、公共下水道布設区域内の住民のうち、主として土地の所有者、賃借人等継続的
使用権限者が排他的に享受するものであるから、これらの者は、公共下水道布設が
布設区域内の住民一般にもたらす前記のような生活環境の良化という利益に加え
て、更に右のような意味においての経済的利益を受けることになる。
もつとも、この経済的利益の実体は、あくまでも土地の効用、便益性の増大そのも
のであるから、下水道布設に原因する地価の上昇と必ずしも同義ではなく、地価の
上昇は右の利益が存在することの明白な、しかし、一つの明確な徴憑であるにすぎ
ない。したがつて、地価の上昇をもつて右の利益を完全に評価し尽し得るものとは
いい難い。そもそも、公共下水道布設による土地の効用、便益性の増大は、完全な
金銭的評価を行なうことが困難な性質のものであり、他方、地価の変動は、幾多の
複雑な要因が相互に影響し合つて生ずる性質のものなのである。
(二) しかしながら、土地の効用、便益性の増大を完全に金銭的に評価し尽すこ
とが困難であるとしても、公共下水道が布設された土地の地価形成における右布設
の寄与の程度を計量的に算出する方法が全くないわけではなく、ある要因の地価形
成における寄与の程度を把握する方法として、いわゆる重回帰分析の手法によるや
り方は最も一般的なものの一つであり、十分な合理性を有する。
そして、昭和四九年三月一日の時点で別表(一)記載の各原告らについて、別紙物
件目録記載の各土地の地価形成における本件公共下水道布設の寄与の程度を明らか
にするため、右各土地とほぼ地域的特性を同じくする、横須賀、平塚、鎌倉、藤
沢、茅ヶ崎、逗子のいわゆる湘南六都市の一二六地点について地価のデータを収集
して要因分析を行ない、これを基にしてモデル式を作成するという重回帰分析の手
法により右寄与の程度を算出すると、それは約六・九バーセントの寄与率となり、
金銭的に評価して一平方メートル当り五〇〇〇円ないし七〇〇〇円の寄与があると
認められる。
(三) ところで、現在の公共下水道施設の雨水・汚水の排除処理における機能の
仕方をみると、雨水分として分析される経費の多くの部分は公衆衛生の向上、公共
用水域の水質保全、洪水等の防止という周辺住民一般にもたらされるいわば公的利
益に寄与し、汚水分として分析される経費の相当な部分は、土地の効用、便益性の
増大という主として布設区域内の当該土地所有者等継続的使用権限者にもたらされ
るいわば私的利益に寄与するといえる。
ことに、鎌倉市の公共下水道施設はいわゆる分流式を採用しており、雨水を既設の
管渠や在来水路によつて排除し、本件下水道事業においては専ら汚水屎尿等を排除
処理することを目的としているからその事業費の多くの部分は、右に述べた土地の
効用、便益性の増大という私的利益に寄与しているということができる。
5 本件各処分後の鎌倉市の公共下水道事業
(一) 昭和四五年七月の第一回本件賦課処分後の鎌倉市における公共下水道事業
の実情をみると、第一期事業分の対象区域として昭和五一年二月に一二三ヘクター
ルが追加され、これに伴い第一期事業分全域への公共下水道の布設完了予定が昭和
五八年となつた。また、昭和四四年当時の下水道の幹線管渠部分の布設工事費単価
は一メートル当り六、七万円程度であつたものが、資材等費用、工事費、人件費の
急騰により、昭和五三年には一二、三万円となり、昭和五五年段階で既に出費され
た事業費は六〇億円にものぼり、完了時の総事業費は六七ないし六八億円程度にな
る予定である。
第二期事業分については、昭和五一年二月にその予定対象区域の一部(極楽寺周
辺)を第一期事業分の事業認可区域に組み入れる変更がなされたものの、昭和五二
年度より当該区域の下水道事業工事が着手されており、現在昭和六〇年の完成を目
指して進捗中であるが、事業費は一〇五億ないし一一〇億円程度になるものと予定
されている。
第三期事業分については、対象地域が大船、深沢地区とされてはいるものの、事業
化は昭和五八年以降とされ、具体的計画は全く立つておらず、昭和八〇年以降の完
成を予定するのみであり、事業費も現在の時点で三〇〇億円を越えるものと考えら
れる。
(二) 本件各処分後、前鎌倉市長Fは、第二期工事分の下水道事業について、受
益者負担金制度を維持すべきか否かの観点から、昭和四九年七月一五日、その諮問
機関として下水道財政審議会を設置した。昭和五一年一一月、同審議会内に設けら
れた小委員会は、同委員会報告として、公共下水道事業の整備財源を受益者負担金
制度からいわゆる下水道債制度へ転換するよう提唱したが、更に検討を進めた結
果、右下水道債が一般市民へ半ば強制的に債券の購入を求める制度であるため、現
行法制度上実現困難なものであることが明らかとなり、右F市長は、昭和五二年一
二月の鎌倉市議会で、下水道債制度が実現困難である旨報告するに至つた。
そして、昭和五三年九月鎌倉市長に就任したIは、改あて昭和五四年三月、前記審
議会に対し「第二期計画区域の下水道事業受益者負担金のあり方について」との諮
問をなしたところ、同小委員会は、受益者負担金に代わり得る財源として、下水道
使用料、不均一課税、法定外普通税及び県からの借入金等諸種の方法について慎重
に検討を加えたうえで、いずれの方法も制度の趣旨や実効性等の点で採用しえない
ものと判断するに至り、昭和五四年一一月、同小委員会報告として受益者負担金制
度を存続させることは已むを得ないとの結論をまとめた。右報告を受けた前記審議
会は、昭和五五年一一月、鎌倉市長に対し「第二期計画区域における下水道事業受
益者負担金については、これを賦課徴収するものとし、単位負担金額は定額にする
ことが望ましい。」と答申するに至つた。
6 下水道法と受益者負担金制度
現行下水道法は、昭和三三年に公布施行されたものであるが、当時既にいくつかの
地方都市において公共下水道事業が都市計画事業として実施され、(旧)都市計画
法六条二項、同法施行令一〇条に基づく受益者負担金省令により負担金が徴収され
ていたところ、近い将来実施されうる公共下水道事業もすべて都市計画法に基づく
都市計画事業としてなされるもの(以上は当裁判所に顕著な国会委員会における質
疑答弁によつてこれを認める。)と考えられていたため、下水道法に受益者負担金
に関する規定を設けることにより、かえつて規定の重複による疑義が生ずることを
避け、かつ右のとおり現に(旧)都市計画法に基づく受益者負担金制度を採用して
いる都市に関し複雑な経過措置の規定を制定しなければならなくなるので、下水道
法に受益者負担金制度が導入されなかつたものと考えられる。
かくして、今日においても、公共下水道事業はすべて都市計画法の規定に基づく都
市計画事業として実施されている。
以上の事実が認められる。
三 本件各処分か違法であるか否かを原告らの主張に則して検討する。
1 公共下水道と受益者負担金制度
(一) 公共下水道は、前記認定のとおり都市における最も基礎的な公共施設の一
つとして、都市衛生の保持、水質保全、防災等の役割を担つており、その効用は下
水道が布設された当該地域のみならず、斉しく我国全体に及ぶものといえる。した
がつて、都市の行政を司る国及び地方公共団体が、都市住民のみならず国民全体に
対する政治的責務として、可及的速やかに下水道を整備すべき義務を負つているこ
とは疑いを容れないところであり、とりわけ国においては、立ち遅れている我国の
下水道布設状況を改善すべき重大な責任を負つているといわなければならない。
しかしながら、国及び地方公共団体は、都市の居住環境、産業基盤を整備拡充する
ため、限られた財源のなかで、下水道事業のみならず、街路の建設、公園の設置、
土地区画整理等の多数の都市計画事業を早期に実現してゆかねばならない責務を負
つていることも明らかである。
したがつて、当該地方公共団体にあつて、下水道の布設という政治的責務を遂行す
るため、国の援助を受けつつどのような手段・方法を選択するかは、地域の特質、
限られた財政事情、住民の動向など社会的経済的地理的背景等諸般の事情を考慮し
て決定されねばならず、これは正に政治的裁量のもとになされるべき事柄といえ
る。
故に、当該地方公共団体において、公共下水道布設のための合理的手段として法の
認める受益者負担金制度を選択して法定の賦課要件に基づいて負担金を賦課するこ
ととした以上、仮にその選択自体の当否が政治的議論の場において問題とされる余
地が全くないわけではないとしても、その選択が濫用にわたる場合や裁量権の範囲
を逸脱している場合でない限り、これを違法なものということはできない。
被告は、前記認定のとおり、市民の一部にすぎない受益者に対し負担金を賦課する
ことによつて公平感が醸成され全市民的協力が得られること、受益者の数が多いた
め単位負担額は少額であつても全体としては比較的多額の財源を確保できること、
受益の地域的範囲が明確で賦課の対象者を捕えやすいことから受益者負担金制度を
採用するに至つたものであり、右の選択に何ら違法な点はなく、その他被告の選択
に裁量権限の濫用ないし逸脱があると認めるに足りる証拠はない。
(二) 原告らは、公共下水道は憲法二五条の「健康で文化的な最低限度の生活」
を保障するための必要不可欠な施設であり、国及び地方公共団体は当然それを自ら
の負担において設置する義務を有しているので、公共下水道事業の実現のため特定
の住民に経済的出捐を求めることは、一切許されず、住民の福祉増進を目的とする
地方自治の本旨(憲法九二条)にも反すると主張するもののようである。
しかしながら、憲法二五条の規定する「健康で文化的な最低限度の生活」の内容は
時代とともに変遷し、同条が国民各位に対し「健康で文化的な最低限度の生活」の
実現に関しての個別具体的請求権を付与したものでないことは明らかであるから、
同条に基づいて直接原告らが国又は地方公共団体に対し公共下水道の布設を法律上
請求できるものでないことはいうまでもない。また、住民福祉の増進が地方自治の
本旨であり、かつ下水道が都市における必須の公共的施設の一つであるからといつ
て、その布設が総て国及び地方公共団体に課せられた法律的義務とされなければな
らない理由はなく、まして、地方公共団体は限られた財源内で住民福祉の増進のた
め多数の都市施設の整備拡充をしてゆかねばならないのであるから、公共下水道の
布設という個別事業により一般住民に比して、より大きな特別の利益を受ける住民
がある場合に、当該住民に対して法定の賦課要件を充足する限り合理的範囲内でそ
の財源の一部について応分の負担を求めることは、憲法二五条、九二条及びその他
の法律に何ら反するものではなく、法律上当然許された選択であるといわなければ
ならない。
したがつて、原告らの主張は採用できない。
(三) 更に原告らは、受益者負担金の本質は開発利益の開発主体への還元である
から、受益者負担金を規定した都市計画法七五条の対象となる都市計画事業は、
「産業基盤整備事業」に限定されるものであり、公共下水道事業の如き「生活環境
整備事業」に受益者負担金制度を採用することは許されない旨主張する。
ここにいう「産業基盤整備事業」と「生活環境整備事業」の区別は必ずしも明らか
ではないが、都市計画法七五条の対象とされる事業が「生活環境整備事業」に限定
されることを認めるに足りる証拠はなく、仮に受益者負担金の本質が原告らが主張
するように「開発利益の開発主体への還元」であると解してみても、「生活環境整
備事業」が一部の限定された住民についてのみ特別の利益をもたらす場合に、これ
らの住民に対し法定の賦課要件の範囲内で、受益者負担金を賦課しても何ら違法で
はないと解するのが相当である。
なお、原告らは、下水道法に受益者負担金制度が規定されていないことを捕えて、
公共下水道事業に受益者負担金を賦課しえないことの根拠とするが、同法に受益者
負担金を課することができる旨の規定がない理由は前記二6認定のとおりであつ
て、公共下水道事業において受益者負担金制度を採用することが法律上許されない
からではないことが明らかである。
したがつて、被告が、都市計画事業である本件公共下水道事業実現のため、都市計
画法七五条所定の受益者負担金制度を採用して本件各処分をなしたことについて違
法な点はない。
2 都市計画法七五条の賦課要件
(一) はじめに、原告らが同法七五条所定の賦課要件である「著しく利益を受け
る者」に該当するか否かを検討する。
(1) (ア)都市計画法七五条に基づく受益者負担金を賦課するには、賦課され
る住民が、当該都市計画事業によつて、「著しく利益を受ける」住民でなければな
らない。
ところで、同法七五条所定の「著しく利益を受ける者」とは、当該事業によつて一
般的に都市計画区域内の居住者が享受するような性質の利益とは区別される特別な
利益を受ける者をいうものと解されるところ、利益の種類については、およそ受益
の測定を全くなし得ないような主観的な利益を除き、特に制限はされていない。し
たがつて、公共下水道事業によつて受ける住民の利益とは、下水道が布設されるこ
とを都会化、近代化と受けとめる好感情というような主観的利益は除かれるとして
も、生活環境の改善による日常生活の向上という客観的利益を除外すべき理由はな
く、日常生活上の利益が一般的に都市計画区域内の住民として等しく受ける利益の
程度を越えて特定の住民についてのみ著しく生じうるならば、右特定の住民を都市
計画法七五条所定の「著しく利益を受ける者」に該ると解して差し支えないと解す
る。
そして、都市下水道の目的とされる、衛生状態の向上、水質保全、防災という生活
上の諸利益は、公共下水道布設区域のみならず、都市計画区域であるその周辺地域
及び鎌倉市をはじめとする神奈川県南部のいわゆる湘南地区全域の住民にもたらさ
れる利益であるから、これは一般的利益と解する余地がないわけではないが、原告
らを含む下水道布設区域内の住民は、前記二4(一)認定のとおり、右日常生活上
の利益を最も直接的に、かつ可視的な形で享受し、下水道の未だ整備されていない
地域に居住する我国の大多数の国民ないし鎌倉市の一般市民と比較して、より衛生
的で快適な日常生活を営み得るようになることは疑いないところであるから、これ
を右の一般的利益とは区別される特別の利益であつて、かつそれが著しい程度に達
しているものと認めるにつき何ら問題はない。
(イ) 更に前記認定のとおり、右日常生活上の利益は、土地の利用内容(効用)
を質的に著しく高めその布設区域内の住民の中で土地の所有者又は継続的使用権限
を有する賃借権者等について最も直接的に当該土地の効用、便益性の増大という経
済的利益をもたらすものであることは疑う余地がない。この土地の効用、便益性の
増大という経済的利益の存在を、最も簡潔かつ明白に徴憑するものが当該土地価格
の上昇であるけれども、土地の効用、便益性の増大が直ちに地価の上昇として徴憑
されない場合もないわけではなく、土地価格の変動には幾多の複雑な要因が絡み合
つているのであつて、例えば、いわゆる土地ブーム等の社会的要因が余りに大きく
作用する場合には、右経済的利益が、その陰にかくされて、その要因を容易に見出
し難いものにするため、地価の上昇が、右経済的利益を完全に評価し尽したうえで
の上昇といえないことがあることは多くの説明を要しないところである。かような
経済的利益の評価には困難性があるとしても、長期的静的な観察をすれば、右の経
済的利益による価額の上昇があることは疑いなく、本件においても重回帰分析の手
法によれば、地価形成における下水道布設の寄与率(六・九パーセント)が算出さ
れ、右数値は、地価形成において公共下水道の布設が著しい影響を及ぼしているも
のであることを窺わせるものといえる。また、下水道布設区域内の土地の所有者、
賃借人等は、同じ下水道布設区域内の住民であつても、土地に関して所有権、賃借
権という継続的使用権限を全く有していない者と比較して、特別の著しい経済的利
益を得ていることが明らかである。
もつとも、証人Jの証言及び同証言により真正に成立したものと認められる甲第二
号証の一ないし三によれば、鎌倉市における公共下水道布設の地価に与える影響
を、その供用開始の前後における布設地域の地価上昇率から鎌倉市一般の平均地価
上昇率(公共下水道新規布設地域を除く。)を控除するという手法によつて捕える
ならば、別表(一)記載の各原告らのうち、住宅地に居住する原告らについては、
公共下水道の布設された年度において約一パーセント程度しか地価が上昇していな
い旨の鑑定がなされていることが認められる。
しかしながら、右の手法によつて地価変動を統計学的に分析するに際してその算出
の資料とする新規に公共下水道が布設された地点の数が住宅地について五箇所、商
業地について一箇所に過ぎないことは、土地の個別要因を無視して一般的な傾向を
導くにはサンプルの数量があまりに少ないうえ、地価変動の比較も単年度だけであ
ることから、数年度にわたつて公共下水道布設が地価に影響を及ぼすであろうこと
を考慮すれば、これによつて価額への影響を捕捉し尺して評価分析したものとは認
め難い。
したがつて、右手法のみによつて、地価上昇を測定することは、原告らに土地の効
用、使益性の増大という経済的利益が公共下水道が布設されていない地域の住民に
比較して著しく生じているか否かを判断する方法として十分なものということはで
きないと考えられるから、これを採用しえない。
(ウ) 以上のとおり、日常生活上の利益も究極的には経済的利益としで把握され
うるものの、両者を明確に区別することは困難であり、いわば両者は表裏一体のも
のである。しかして、両者を総合してみれば、これが下水道整備の立ち遅れている
我国において、下水道が布設されることによつて、該布設区域内の土地について所
有権、賃借権等の継続的使用権限を有する住民に、その余の国民、住民に比し、よ
り大きな右の利益をもたらすものであることは明らかであるから、これらの住民は
他の一般的利益を受ける者に比べて著しく特別に利益を受ける者であるといつて差
し支えなく、原告らは、都市計画法七五条所定の「著しく利益を受ける者」にあた
ると認めることができる。
(2) 原告らは、原告らが所有し又は賃借する土地は居住するための小規模な宅
地であり、売却することを前提とするものではないから、経済的利益である土地価
格の上昇を現実のものとして享受することができないと主張する。
しかしながら、原告らの受ける経済的利益が地価の上昇によつて評価し尽されるも
のでないことは前説示のとおりであるうえ、居住のための宅地であるからといつて
原告らにおいて当該土地(ないし土地賃借権)を譲渡する可能性が全くないわけで
はなく、少なくとも原告らは経済的利益が増大した土地を保有するに至るわけであ
るから、原告らの主張は理由がない。
また、原告らは、公共下水道は早晩鎌倉市の住宅地区全域に設けられる予定である
から、第一期分公共下水道の布設をもつて原告らが特別の利益を受けるというにあ
たらない旨主張する。
しかしながら、前記認定のとおり鎌倉市の内でも、公共下水道事業計画の第三期分
事業対象地域に属する深沢、大船地区については、本件各処分が最初になされた昭
和四五年当時においてさえ、昭和五六年以降に下水道布設工事に着手する予定であ
つたが、その後具体的事業計画は決定されておらず、現在では両地区に公共下水道
の布設が完了する時期は昭和八〇年以降と見込まれているのである。のみならず、
本件賦課処分対象区域(旧鎌倉地区)は、第二期分事業対象地区(これについては
昭和五二年度より下水道布設工事が開始された。)に属する極楽寺(昭和五一年二
月の事業認可区域変更前。)及び腰越地区等にも先駆けて、公共下水道が布設され
ているのであるから、同地域の住民は他地区の鎌倉市民に比較して著しく特別の利
益を受けている者であることは明らかであり、原告らの主張は採用しえない。
更に原告らは、下水道の布設によつて何らかの地価の上昇という利益があつたとし
ても、当該土地を譲渡、相続するときにはその利益は譲渡所得税、相続税で浦捉さ
れるし、一般的な地価の上昇は固定資産税と都市計画税で吸収されるから、著しい
利益は生じえないと主張する。
しかしながら、後述するように、そもそも負担金は租税と性質を異にするものであ
るのみならず、公共下水道布設による「著しく利益を受ける者」とは、現実に地価
の上昇を利得として把握する者に限られるものでないことは前説示のとおりである
から、右主張は採用しえない。
(二) 次に、本件各処分が、都市計画法七五条所定の「利益を受ける限度」でな
されたものであるか否かを検討する。
都市計画法七五条所定の「利益を受ける限度」とは、理論的には、当該事業の施行
により生じうる総ての利益から、当該事業が本来の目的としている一般的利益を控
除した利益の範囲内ということになるのであろうけれども、現実に公共下水道事業
がもたらす利益の内容が、日常生活上の諸利益と経済的利益とを混然一体として包
含するものであることに鑑みれば、社会科学的評価をまぬかれないから、そもそも
事業により生ずる総利益を算術的明確さをもつて金額として算出することは困難で
あり、まして、そのうちの一般的利益と特別の利益を峻別して算定することも容易
なことではない。換言すれば、結果である利益の側から受益の限度内であることの
理由づけを導こうとする試みは、不可能といわぬまでも不明確性を免れえない。
この点について被告は、当該事業に対する投資額に相当する金額が右事業により生
ずる総利益に匹敵するものと主張するので、これを検討するに、公共事業であるか
らといつて、常に当該事業に投資された金額が総てその事業により生ずる利益とみ
なされるものでないことはいうまでもない。しかしながら、当該事業に資本が投下
され、事業か遂行完成されることによつて、はじめて当該事業の対象たる特定の住
民は右事業によつて利益を享受することが可能となるものであり、投資された事業
費がなければ、住民に右利益が生ずる余地がないことも明らかである。ことに、公
共下水道はその施設の性格からみて地域住民の土地に密着して整備布設され、その
利用は専ら布設された排水区域内の住民に限られることが明らかであり、敷設区域
の周辺住民に限らず多くの国民の利用に供される街路、港湾設備、橋梁、ダム、空
港という一般的公共施設に比較すれば地域との密着性は遙かに強く、下水道布設に
より生ずる利益も当該布設対象区域内において最も明白かつ顕著に生ずるものであ
る。したがつて、当該事業に投資された事業費が濫用支出されたという特別の事情
がない限り、投資された事業費をもつて下水道事業により当該地域に生じた総利益
を下廻るものではないと推定することができよう。そして、本件公共下水道事業に
おいて、事業費が濫用出費されたという特段の事情を認めるに足りる証拠もないか
ら、右事業費をもつて本件公共下水道事業により生ずる総利益にほぼ見合うものと
の推定は揺がないということができる。
ただ、右事業費を当該事業により生ずる総利益と推定した場合、その総利益の内に
は事業による一般的利益と特別利益がともに含まれていると解せられること前示の
とおりであるところ、前記二4(三)記載のとおり、鎌倉市の下水道施設はいわゆ
る分流式を採用し、本件公共下水道は特に汚水、屎尿等の排除処理をなしているの
であるから、汚水処理という当該地域住民の私的な特別の利益に大きく寄与してい
ること、本件条例が当初推計された総事業費(三三億一〇〇万円)の五分の一に限
定して受益者負担金の総額としていること(第一期事業分として実際に支出を要す
る費用は六七ないし六八億円と見込まれている。)を考慮すれば、事業費の五分の
一にあたる金額は、一般の利益と区別された地域の住民にのみ生ずる特別の利益の
総額を決して越えていないものと解して差し支えない。
したがつて、事業費の五分の一の金額を負担金総額とし、これに基づいて算出され
た本件各処分は、都市計画法七五条所定の「利益の限度内」でなされたものと認め
るのが相当である。
3 受益者負担金と租税との関係
(一) 原告らは、本件各処分の実質は租税の賦課であり、租税法律主義に反する
違法なものである旨主張する。
たしかに受益者負担金と租税は、ともに行政庁により公権力の行使として賦課され
る金銭給付義務ではあるけれども、両者を比較してみると、受益者負担金は、特定
の公益事業の実施により特定の者が特別の利益を受けることを理由に、当該受益者
に対し、その特別利益を限度として、当該事業に要する費用の一部を負担させる目
的で賦課されるものであり、他方、租税は、国又は地方公共団体の経費が必要であ
ることを理由として、特別の給付に対する反対給付としてではなく法律の定める課
税要件に該当する総ての者に対し、負担能力についての一般的基準により、右団体
の財力調達の目的で賦課されるものであり、両者は賦課の目的及び理由並びに負担
義務者の範囲において全く異なるものである。したがつて、受益者負担金につい
て、憲法八四条の規定に由来する租税法律主義が適用ないし類推適用される余地が
ないことは当然である。
なお、租税法律主義とは、近代法治主義の一環として、法律の根拠に基づくことな
しに国家は租税を賦課徴収することはできず、国民は租税の納付を要求されること
はないという原則であるところ、本件受益者負担金も、国民に対する賦課徴収処分
として都市計画法の規定に基づいてなされているものであり、法形式上租税法規に
基づかないだけで法律上の根拠を欠くものではないから、右の意味の租税法律主義
の原則に些かも抵触するものでないことは明らかである。故に、本件各処分が租税
法律主義を潜脱してなされたものである旨の原告らの主張は、全く理由がない。
(二) また、原告らは、各種国税や地方税を支払い、都市計画事業の財源にあて
られるべきものとしては、都市計画税、固定資産税を負担しているから、実質的に
租税たる性格をもつ受益者負担金を賦課することは税金の二重取りとして違法であ
る旨主張する。
しかしながら、受益者負担金が租税と異なるものであることは前説示のとおりであ
るところ、一個の課税物件(課税の対象とされる物、行為又は事実。)についても
別個の課税要件を充足している場合であれば異なる課税目的を有する別種の租税を
賦課徴収することも、何ら違法ではない。しかも、都市行政を司る地方公共団体と
しては、都市の居住環境、産業基盤を整備拡充するため、下水道事業のみならず幾
多の都市計画事業を実施してゆかねばならないのであるから、その財源である国庫
補助金や都市計画税及び固定資産税は、できるだけ全住民に均等な利益な生ぜしめ
るような事業に投資するように配慮すべきものであり、各種租税を負担している住
民であつても、特定の事業により特別の利益を受ける場合であれば、右事業の遂行
につき応分の負担をすべきであることは、公平の見地からみてむしろ当然のことで
あり適法なものといえる。したがつて、原告らの主張は採用できない。
4 本件条例の適法性
原告らは、昭和四四年一一月二九日開催された鎌倉市議会一一月臨時会において
「本件条例案を閉会中も継続審査に付する。」旨の議決がなされず、同年一二月二
日同議会が閉会となつたから、その時点で本件条例案は廃案になつたものである旨
主張する。
しかしながら、当初の本件条例案(負担金総額は事業費の三分の一とされてい
た。)は、同年九月二六日に開催された鎌倉市議会九月定例会に上程された後、同
年九月二七日特別委員会が設置されてこれに付託され、同年一〇月一三日の同定例
会において「審査の終了するまで特別委員会の審査期限を延期する。」旨の議決が
なされているから、右議決に基づき特別委員会は、本件条例案の審査が終了するま
で存続し右条例案について継続して適法に審査を行なうことができるものと解する
のが相当である。
けだし、通常の場合特別委員会は、付託された案件の審議が終了したと否とにかか
わらず会期の終了とともに当然に消滅するものと解されているが、これは議会が会
期ごとに独立の存在として活動を営むとの原則(会期独立の原則、地方自治法一一
九条。)に由来するものであるところ、議会閉会中における特別委員会の活動を認
めた地方自治法一一〇条三項但書は、この会期独立の原則の例外を規定したものに
外ならない。同条但書の趣旨は、会期中に審査が終了しなかつた案件がある場合に
おいて、特に必要があるとき、これを次の議会までの間特別委員会に審査させるこ
とができるというものであるから、法律上はその継続審査をすべき期間についてど
のような定め方をすることも可能であると解される。
したがつて、継続審査の期間に特に期限を付さない場合は次の議会すなわち次の定
例会に至るまでの趣旨と解すべきであるけれども、閉会中の継続審査付託の議決の
際に期限を定めた場合は、その期間中何回議会が開かれても改めて付託する必要は
ないものと解せられる。
しかも、成立に争いのない乙第一五号証の一ないし三、同第一六号証の一ないし
五、同第二四ないし第二六号証の各一、二、同第四二号証の一、二及び同第五四号
証を総合すれば右のような継続審査付託の方法は行政実例にも合致し、地方議会に
おける一般的な慣行となつているとともに、鎌倉市議会においては昭和四四年一二
月二日臨時市議会閉会に当り議会は特別委員会に再付託する旨の議決をなしている
ところ、議員の一名より数議会にわたる付託方法は無効であり本件条例案は廃案と
なつた旨の独自の見解が表明されたので、同市議会は同月三日右独自の見解を否定
し右付託方法に法的な瑕疵は全くないことを更に確認し、特別委員会において本件
条例案の審査を継続し、昭和四四年一二月八日の本会議において、特別委員会委員
長より審議結果の報告を受けたうえ、同日市議会がこれを可決し、同市議会議長
は、地方自治法一六条一項の規定に基づき議決された本件条例を市長に送付した事
実が認められる。右事実によれば、前記付託方法が適法であることが明らかであ
る。
したがつて、特別委員会が審査終了まで本件条例案を継続して審査する権限を有し
て存続したことについて何ら違法な点はなく、本件条例案が廃案になつたとの原告
らの主張は全く理由がないから、これを採用することはできない。
5 受益者負担金の対象となる事業範囲
原告らは、被告が原告らに対し過去に行なわれた公共下水道事業に対応する事業費
用を遡及的に賦課の対象とし、その一部の負担を強いることは、行政における不遡
及の原則ないし適正手続の原則に反し違法である旨主張する。
原告らのいう行政における「不遡及の原則」なるものの法律的意義、内容、効果は
不明であり、また、「適正手続の原則」も同様にそれが本件処分にどのように適用
されるべきであるというのか必ずしも明らかではないが、過去に既に支出済みの事
業費については住民に負担せしめるべきではないとの趣旨とすれば、本件各処分が
鎌倉市における公共下水道事業の第一期計画区域に係る事業予定費三三億一〇〇万
円を対象として算出され、右事業予定費の内に昭和三三年の下水道事業着手後継続
して支出されてきた下水管渠の布設及び中継ポンプ場の建築費用等が総て含まれて
いることは当事者間に争いがない。
しかしながら、受益者負担金の賦課時期について都市計画法七五条は何ら規定して
おらず、受益者負担金賦課の基礎たる利益が生じ、あるいは生じることが確実にな
つた時点以後はいつでもこれを賦課することができると解される。そして、同条に
基づいて受益者負担金を賦課するには条例の制定が必要であるが、賦課時期をいつ
とするかは条例制定上の立法政策の問題であり、究極的には立法機閏としての市町
村議会の裁量に委ねられている。
被告は、前記二3認定のとおり、受益の存在が不明確な時期においては受益者負担
金の賦課を控えていたが、昭和四三年一〇月に着工された終末処理場の建築完成に
より下水道施設の利用の目途が立つた時点で受益者負担金の導入に踏み切り、昭和
四四年九月鎌倉市議会に本件条例案を上程したものであるところ、公共下水道事業
は下水管渠や中継ポンプ場、終末処理場という各種施設が一体となつて初めてその
使用が可能となり効果を生じうる性質力のものであるから、受益者負担金の算出基
礎である事業費の内に、下水道事業として同一性を有する昭和三三年から昭和四四
年に至るまでの過去の工事費等一切の費用を含めることはむしろ当然のことであ
り、これを違法と解する余地は全くない。したがつて、原告らの主張は採用しえな
い。
6 結論
以上のとおり、被告が公共下水道事業において受益者負担金制度を採用することと
し、都市計画法七五条所定の受益者負担金の賦課要件を充足している原告らに対
し、本件条例に基づいて、受益者負担金を算出、賦課、徴収したことは、総て適法
なものであり、本件各処分に違法な点は存しないものというべきである。
四 よつて、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴
訟費用の負担については、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本
文を各々適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 小川正澄 三宅純一 清水 節)
別紙目録、別表(一)、(二)(省略)

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